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健夜「せめて思い出に須賀る」20」(2015/08/17 (月) 20:58:01) の最新版変更点

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赤土プロを追っ払い、それから少し休んで決勝まで時間を潰すと控え室に戻った。 何か靖子ちゃんぐったりしてたから訳を聞いたらカツ丼が届かなくて空腹らしい。 靖子ちゃん片岡さんと似たようなキャラになってきたね。 さて最後の対戦相手は誰なのか、そう思いながら状況を確認する。 吉野の代表チームと横浜に延岡、横浜は私のチームと一緒に上がってきたようだ。 決勝戦で当たる組は大体予想出来ていたとは言えここまで完璧だと出来レースだといわれても仕方ないね。 以外だったのは吉野第2チームがトんで第3チームまで落ちた件だ。 仕方ないといえば仕方ない。 あれは事故みたいなもんだし。 色々面倒臭いことがあったが一応決勝戦まで休むことが出来た。 といっても私は大将戦まで何もすることは無いんだけど。 少し時間を潰すと予定の時刻になると同時にアナウンスが掛かる。 始まる先鋒戦。 横浜ロードスターズの先鋒はあまり聞いたことの無い選手。 佐久フェレッターズの先鋒、片岡優希。 吉野ファイアドラゴンズの先鋒、宮永照。 そして、延岡の先鋒の名前は、加藤ミカ。 何故彼女が延岡に就職したのか。 それは私には分からないことだが大沼プロが気に入ったのであろうことは何と無く分かった。 彼女の打ち方から大沼プロの打ち筋が垣間見えたのだ。 どうやらそれなりに仕込まれているようだ。 片岡さんは東場の勢いで突風を起こして突き進む。 照ちゃんはその風を絡め取って自身の周りに聖域を齎す。 加藤さんは嵐の中を翻弄される布のように身を任せている。 そして横浜の先鋒はトばないようにその場で踏ん張っていた。 誰が最初に音を上げるのか、それは意外にも照ちゃんだった。 そして先鋒戦が終了したときには照ちゃんがトップで二位のウチとの差は5200点差だった。 この中で一番強いのは誰がどう見ても照ちゃんだし、正直片岡さんには悪いけどかなりの点差を開けられることを覚悟していたのに。 加藤さんも以前よりも強かったとは言え照ちゃんに勝てるレベルではなかった。 それなのに点数はそこまで減っていない。 解せないと思っても本人以外にはわからないことだ。 続いての中堅戦。 実質咲ちゃんと天江さんの一騎打ち。 今日は満月で今は夜中ではあるけど天江さんがどれくらい耐えられるか楽しみだ。 咲ちゃんが攻める。 ただ只管攻める。 横浜から。 延岡から。 そして吉野から搾取する。 無意識に。 無差別に。 無慈悲に。 点棒を奪っていく。 しかし天江さんも最大限の抵抗をしたおかげか中堅戦が終わったころには一位になったウチとは12000点差程度で抑えられていた。 中々の健闘だったのではないのだろうか。 ただそれでも天江さんは少し気落ちした様子だった。 点を守れなかったことが悔しいらしい。 京太郎君や照ちゃん、福路さんなどに揉まれて急成長したであろう彼女と言えども咲ちゃんを相手にあそこまで抑えたのだ。 脳と能を最大限使ってここまで耐えた。 これは褒められることだ。 それだけのことを彼女はやってのけた。 最後の大将戦。 延岡の大将、大沼秋一郎。 横浜の大将、三尋木咏。 吉野の大将、須賀京太郎。 そして佐久の大将である私こと小鍛治健夜。 悪いけどこの状況で見ると三尋木プロにはかなり厳しいだろう。 誰がどれほど奥の手を持っているのかは分からないけどパッと見、大沼プロ、京太郎君、三尋木プロの順番の強さなのだ。 大沼プロは全盛期にどれだけ近付いてるのか分からないので京太郎君との差はわからない。 そして京太郎君がどれだけ研鑽を積んだのか分からないので三尋木プロとの差はわからない。 ただ漠然とした私の指標なので相性の関係や切り札次第で簡単に勝敗が決まるかもしれないがそれは当然読んでくる。 気の抜けない戦いではあるが順位の優劣はほぼ決まりだと思う。 私は適当にやばい部分だけを抑えて振り込まず、かつ振り込ませずに打っていた。 手作りで出来上がりそうな四暗刻を対々と三暗刻にしたり。 九連宝灯を作りかけては鳴きの清一色に落としたり。 そのまま行けば緑一色が出来そうになっても混一色で済ませたり。 その甲斐有ってか絶望的な点差が出来ずに南場に移れた。 南場に入っても未だ私の一人浮きではあるが簡単に引っ繰り返せる点差だ。 エンジンが掛かってきたのか京太郎君のオカルトが発動している。 大沼プロもやる気になっている。 三尋木プロも隙を見せれば喰いに来るのがわかる。 それでも私は気の抜けない戦いで適当に打っていた。 大沼プロの仕掛けを潰したり三尋木プロの攻撃をいなしたり。 京太郎君に点数調整も兼ねて点棒を上げたり。 それらが終わった頃には私は二位に落ちていた。 そのまま試合が終わるとトップの京太郎君は何も言わず目を伏せていた。 途中でやる気が削がれたのか失速して三位になった大沼プロが席を立つ際にこう言った。 「……とんだ茶番だったな。」 「小鍛治プロ、次は本気で打ちたいものだ。」 「……私の本気ですか。」 誰にも聞こえないような小さな呟き。 私が本気を出したって誰も得をしない。 そう思って全力で打つのは控えていた。 真面目に打つときは打つけどそれでも全力で打ってはいなかった。 それに対して文句を言われたのだろう。 大沼プロが去り際に京太郎君に耳打ちしていく。 彼は一瞬固まり、そのあと私のほうに目線を向けた。 今の彼はどんなことを思っているのだろう。 私には彼の心が。 何より人の心がわからない。 あのあと、何も告げずにその場を去った。 靖子ちゃんにその後のことは任せて私は逃げ出した。 忘れられないあの瞳。 悲しそうな彼の目がこちらに向いたとき、私は耐えられなくなった。 だから逃げ出した。 全くもって懲りない人間である。 私は何時になったら学習するのか。 それから数日後。 私は家でグダグダとあーでもないこーでもないと悩む。 あの場面でどうするのが正解だったのか。 本気を出せば再起不能になる人間が出るかもしれない。 かといって手を抜けばこの間のようになっていた。 答えなんて無いんじゃないかと思いながらも必死になって考える。 彼との関係のことも。 今のままでいいとは思ってはいないけど距離を測り損ねていたままでは何ともよろしくない。 それはこのあいだ須賀さんとも話していたことでもある。 とはいえ簡単に答えなど出るわけも無く、結局時間だけが過ぎていった。 そんな折、私の携帯電話にメールが届く。 送り主は京太郎君からだった。 いや、正確には彼の携帯からだった。 メールには画像が添付されている。 画像には体が縛られ、そして顔には打撲痕などが付いた彼が横たわった姿が映っていた。 画像の下には一言添えられている。 「坊主は預かった、下記の場所に来い。」 私はソレを見た途端、激情に駆られた。 頭の中を支配されるような真っ赤な怒りに、腹の底から沸き立つような真っ黒い何か。 私は携帯を握り潰しそうになるかと自分で思うくらい力を込めていた。 私は取る物も取り敢えず外に出た。 多分相当焦っていたと思う。 家から出たときちょうどそこには須賀さんが居たのだが面を食らっていた。 なのに私は一瞥をくれる時間も惜しくて走っていった。 それほど彼のことしか頭の中に無かった。 私が走っていって着いた先。 そこはつい最近閉鎖されて廃墟となったビルの一室。 元は須賀家に因縁のあるあのデパートだ。 私は走ってきて乱れた息を整えながら足を踏み入れる。 暗い通路を進んでいくと開いた扉から微かな明かりが漏れていた。 その扉を開けて入ると一室の真ん中には一台の雀卓と老人が一人。 老人は振り向きもせず言葉を発した。 「来たか。」 「彼を返して。」 「慌てるな。」 「まだ面子が揃ってない。」 そう言った大沼プロが雀卓に向き直り私に座るように手を向けた。 私が座って少しすると扉から人が入ってきた。 「まったく、こんなところに呼び出して……」 入ってきた人物はモノクルに白髪の老女。 元宮守女子の監督をしていた熊倉トシだった。 それから更に少ししてまたも扉から人が入ってきた。 「おいおい、ただの老人会にしちゃあ随分と若い奴が交じってんな。」 タバコを咥えながら入ってきたその人物は南浦聡プロその人だった。 どうやらこの二人はただ呼び出されただけのようだ。 面子は揃ったようなので本題に移るために私は問いかける。 タバコを咥えながら入ってきたその人物は南浦聡プロその人だった。 どうやらこの二人はただ呼び出されただけのようだ。 面子は揃ったようなので本題に移るために私は問いかける。 「私は何をすればいい?」 「これを足に。」 「どちらの足でもいい。」 そう言った大沼プロは手錠を3組雀卓に置いた。 私は何も言わずに右足に手錠をかけてもう片方を椅子にかける。 事情を察したのか後から来た二人も私の後に続いて椅子と自分の足に手錠をかける。 その間に大沼プロは後ろの部屋の鍵を開け、中に入って行った。 少しして戻ってくると彼を担いで戻ってきた。 大沼プロは乱暴に彼を放り床に寝かせた。 京太郎君が横たわった瞬間呻き声が出ていた。 生きている。 彼はまだ生きている。 それだけ確認できてよかった。 次に大沼プロは部屋にあったシーツを引っぺがして中にあったものをばら撒き始めた。 異臭のする液体。 妙な箱。 嫌な予感しかしない。 「おい南浦、ヤニはやめとけ。」 そういった大沼プロが南浦プロからタバコを奪って捨てる。 イラついたような表情をした南浦プロが聞く。 「おい爺さん、一体俺らに何をやらせようって言うんだ。」 「博打だ。」 そういった大沼プロはサイコロを回していた。 大沼プロが卓に着き、自身の足にも手錠をかけてルールを説明しだす。 といってもたった一言だった。 「勝った奴が出られる。」 「それだけだ。」 そういうと自動卓のスイッチを押す。 牌が迫り出してる時に熊倉さんは問いただした。 「大沼、あんたなんでこんなことを。」 「ついに狂ったか。」 「耄碌するよりはいいと思っただけだ。」 熊倉さんの言葉を返した大沼プロは少々間を置いてからまた語りだす。 「この前、うちのかみさんが逝った。」 「と言っても所謂内縁の妻だがな。」 「儂の連れ合いにしてはよく出来た女だった。」 「もう儂にはこれしかない。」 大沼プロは牌を指しながら言うと手を整えた。 熊倉さんも手を整えながら言い放つ。 「さぞ死んだ奥さんがあの世で泣いてるだろうよ。」 「違いねぇな。」 「他に家族は?」 「娘が一人。」 「こっちはとっくに事故で死んでる。」 「とんだ親不孝者だった。」 そんなことを言っていた。 別段興味も無い。 だけど大沼プロは語り続ける。 「娘が死んでからだったか、心臓病が判明してな。」 「体を労わり一線から引退すると同時に相手に張り合いが無くなった。」 「それからどんどん麻雀が味気無く感じてきてな。」 「気付いたら腑抜けになっちまってた。」 「そんなときに坊主と打った。」 「あのインターハイだ。」 言い出した大沼プロに目に炎が宿る。 まるでずっとソレを求めていたかのように。 渇望していたものが目の前に現れたかのように。 「坊主と打って、くすんだ自分の世界に色が出た。」 「それからだよ。」 「いつ心臓の爆弾が爆発するかとびくびくしていたが、なんて事は無い。」 「火薬のように生きてやろうと決めたその日から気にならなくなった。」 「その礼に坊主にちょっと技術を教えてやった。」 微かに口角を上げた大沼プロが私を見据えて言い放つ。 「一緒打ったからわかるが……」 「坊主は根っからの麻雀狂いだ。」 「およそお前さんの影響だろうけどよ。」 「だが坊主はわかっていなかったみたいだったからな。」 「教えてやったのさ。」 「『お前に麻雀の面白さを教えた人物は麻雀の面白さを知らない。』ってな。」 「お前さん、麻雀打ってるとき如何にも『つまらねえ』って面してたぜ。」 「坊主は面食らってたな。」 「さて、そろそろか。」 そう言った大沼プロが手牌をいじって立てる。 「分かりきっている勝負なんかにゃ興味は無え。」 「本気出したお前さんと打ちたいんだ。」 「そのために坊主を打ん殴って態々呼び出した。」 「そしてこんなところを指定したのは理由がある。」 「大分ここもキナ臭くなって来ただろう?」 「下はもう火の海だ、直にここにも火の手が回るだろう。」 「もたもたしてると坊主共々焼け死ぬぞ。」 「坊主を生かしたいんなら本気を出せ。」 本気を出さないと私が、引いては京太郎君が死ぬといっている。 そんなこと言われなくてもわかっている。 「儂は……いや俺は全てを賭けてお前を倒す。」 「麻雀って言うのは賭博にも使われる競技だ。」 「俺はそれに、人生を賭けて打っている。」 「俺はそれに、生涯を賭けて打っていく。」 「お前には何か賭けているものがあるのか?」 大沼プロの問い。 私の答えは決まっていた。 今までもこれからも変わらない感情。 人はソレを愛というが私のこれは愛なのだろうか? 多分、歪であっても愛なのだろう。 「私は……」 「私は私の全てを賭けて彼を助ける。」 「例えこの世の全てを壊すことになっても。」 覚悟は…… 決めた。 「いい目だ。」 「今ここにいるのは麻雀プロの大沼秋一郎ではない。」 「博打打の大沼だ。」 「さぁ、俺と打とうか。」 「華々しく花火のように散らせてくれ……!」 この老人の目はおよそ年老いたそれとは思えないくらいにギラギラとしていて、まるで餓えた獣を彷彿とさせた。 それは完全に博打打ちの目だった。 今まで燻っていた火薬に火を点けたのだ。 博徒大沼が不敵な笑みを浮かべた。 揃えた牌から熱を感じる。 かつてこんな熱を感じただろうか。 ツモる手に気持ちが籠もる。 かつてこんなに勝ちたいと思ったことがあろうか。 今までの、どの一戦より私はこのときに力を込めた。 「ツモ、4000オール。」 「ほう、やはり命が掛かると違うな。」 「引けないんです。」 「負けられないんです。」 「ただ、それだけです。」 目の前の敵に集中する。 普段だったら一発でトばすくらい余裕なのに簡単にはいかない。 それだけ相手方も本気だということだ。 大沼さんは何を思って打っているのか。 熊倉さんは? 南浦プロは? 普通なら考えるかもしれないけど今はそんなこと知ったことではない。 ただ眼前の敵を打ち倒すだけだ。 「すこしは火がついてきたようだな。」 「ええ。」 大沼さんがそういうと私は簡単な相槌を打った。 大沼さんが続けて言う。 「更に火が着くことを教えてやる。」 「その後ろにある箱は所謂C4爆弾と呼ばれるもんだ。」 C4爆弾。 所謂プラスチック爆弾と呼ばれるものであるが普通手に入るものではない。 それを訝しげに思ったのか熊倉さんが聞いていく。 「そんなもんどこで……」 「ブラフじゃないだろうね?」 「信じる信じないはそっちの勝手だ。」 「……大沼、何でそこまでする?」 「火薬庫で火遊びをする理由はな……」 「スリルがあるからだよ。」 「危険であればあるほどいいものだ。」 「……狂ってる。」 「狂わなければ到達出来ない場所もある。」 「狂気に身を委ねてこそわかる境地がある。」 「言っただろう、今の俺は博打打だと。」 「ツモ、2000・4000は2100・4100。」 大沼さんは何かを見抜くように言っている。 もしかして私に対して言っているのだろうか。 確かにずっと廻り続ける人生など狂気なのかもしれない。 もしかしたら私は既に狂っているのか。 必死に足掻いてループから抜け出せないのは何故なのか。 藻掻いても藻掻いても抜け出せない。 だけどいつも心の中には彼がいる。 たったひとつの譲れない者。 この人たちにもあるのだろうか。 「ツモ、2000・4000。」 「お前らしい和了り方だな。」 「あんたを止めるためだ。」 「ここであんたの凶行を終わらせる。」 熊倉さんが和了り大沼さんに揶揄されていた。 この二人には何か因縁があるのだろうか。 だが私にはそんなことを気にしている余裕は無い。 「そしてお前も死ぬのか。」 「私はそれでいい。」 「簡単には終わらせん。」 「こんなに楽しいことは一生で一度きりだろうからな。」 最初で最後になるであろうこの闘牌。 それはそうだろう。 本気でこれは死の麻雀なのだから。 だけどこれ以上付き合う気は無い。 大沼さんが楽しもうがつまらないと思おうがこっちは手加減しない。 私はかつて使って封印した能力を使う。 「悪いですけど、今ここで瞑(潰)れて貰います。」 「!?」 「……ふん、そういうことか。」 「お前さんは目を奪えるんだな。」 それは相手の目を奪う能力。 その名も『闇法師』。 これを喰らったものは基本的に盲牌によるツモでしか和了れなくなる。 しかも盲牌というのは慣れてないものには神経を擦り減らす事になるだろうことは容易に想像が付く。 過去にこれを使ったのは照ちゃんくらいだろうか。 それぐらい使うのに躊躇う代物だ。 「確かにこれはきついな。」 「公式で使えないのも理解できる。」 「だが今更だ。」 「ここには端から振り込む奴なんざいねえよ。」 確かにそうだ。 だけど見えるのと見えないのとでは違うのだ。 それとも大沼さんは元々河なんて見てないのだろうか。 「ツモ、3000・6000。」 「悪いですけど手を緩める気は有りませんよ。」 「それで結構だ。」 「この前みたいに手を抜かれたら困る。」 「そのために態々こんな舞台を用意したんだ。」 言い切る大沼さんが手牌を新たに揃える。 舐める様に指を滑らせて盲牌していく。 伊達に歴戦の雀士ではない。 「お前さん、俺の目を奪って意味があると思うのか?」 「いえ、気は抜きませんよ。」 「いや、まだ温い。」 「もっと本気を出せ。」 「でないと意味が無い。」 再び大沼さんの口角が上がった。 何か秘策があるのだろうか。 答えは次の瞬間わかる。 「ツモ、1300・2600。」 「どうだ、気を抜いては意味は無いだろう?」 そういう大沼さんは得意気に言い放つ。 私が張った闇の中を一瞬だけ爆炎が辺りを照らしていた。 火薬を燃やしたのだ。 その一瞬だけで掴んだんだ。 南場に入り更に熱量が上がる。 室温も上がっている。 下の階はとっくに火の海だろう。 時間が無い、急いで決着をつけなければ勝ったとしても焼け死んでしまう。 もう一つの能力も使うことにする。 『闇法師』とは違い割りと使いやすい能力。 「影、踏ませてもらいます。」 その名は『影法師』。 これを喰らうと能力がまともに使えなくなる。 およそ今熊倉さんがモノクルを通して大沼さんの和了り目を潰しているだろう。 更にそこへ私が能力を潰せば完全に封殺出来る。 「……やれば出来るじゃねぇか。」 会話など気にせず私は宣言する。 他を寄せ付けないように。 「立直。」 「チー。」 私の宣言に南浦プロが反応する。 だけどそれでは私の和了りは止められない。 次の一巡後には私は和了っている。 だけどそこに一声掛かった。          後半 「人生も麻雀も南場から本番だぜ?」 「ツモ、2000・4000。」 ここへ来ての南浦プロの和了りである。 完全に失念していた。 南浦プロの能力は南場から勢いが付く。 大沼さんだけを見ていれば良いわけではないのだ。 更に私は手を変える。 「ぬお!?」 「すみませんが潰させてもらいます。」 私は大沼さんから南浦プロへと影法師を掛ける事にした。 今ここで勢いに乗られると拙いし親番を継続されるのはもっと拙い。 だからここで能力を封じないといけないのだ。 「ロン、8000。」 例えそれで私が満貫を熊倉さんに振ることになったとしても。 これで熊倉さんとの点数は2300点差まで縮まってしまった。 南三局に入る前にこれは危険だ。 確実に勝つ。 たったそれだけなのに。 今、こんなにも苦しい。 もう一度大沼さんに影法師を掛け直す。 南浦プロも危険だけど大沼さんは何をしでかすかわからない。 熊倉さんはどちらにターゲットを絞っているのか。 願わくば良い方に転がることを祈ろう。 だがそんな願いも虚しく空振りに終わる。 「良い風だ。」 「今、南場の風が最高に吹いてやがる。」 「ツモ、3000・6000。」 南浦プロが上がった跳満。 一躍トップに躍り出た南浦プロ。 オーラス前のこの土壇場でこの状態。 たかが4000差だけど負けたら彼を救えない。 そして私も………… それだけは許さない。 何があっても彼は救う……! 決めたのだ、とっくのとうに覚悟は! 全てを壊してでもこの勝負に勝つ! 「ぐ!」 南浦プロの苦悶の声。 それに続いて周りの呻く様な声。 私の背中から這い出る夜。 それらが全てを包んでいく。 そこにはもう。 他者の和了り目なんて無い。 「ツモ、1000・2000。」 私は人の命を犠牲にしても彼の方が愛しいのだ。 全てが終わり火に包まれていく中、大沼さんが話す。 「鍵はこいつだ、持って行け。」 「ああ……楽しかった……」 「これで……思い残すことも無い……」 満足そうに言ったあとは何も語らず牌を眺めていた。 私は鍵を受け取り自身の足の錠を外す。 その後は京太郎君に駆け寄り肩を貸した。 部屋から出るとき熊倉さんに声をかけた。 「すみません、どうしても彼だけは救いたかったんです。」 「でもそうすれば貴方方には……」 「何、いいさ。」 「老い先短い老人の死が早まっただけだよ。」 満足そうな大沼さんを眺めて熊倉さんは言った。 南浦プロからも「気にするな。」と言われる。 ふと大沼さんが思い出したかのように言い放つ。 「小鍛治。」 「坊主が大事なら俺らのようにするんじゃねえぞ。」 「はい。」 私はそれだけ返事をして燃え盛る部屋から出た。 「俺ら」の中には私も入っているのだろうか。 そんなこと確かめる余裕は無かった。 部屋から出て通路に出る。 まずい、通路まで火の手が回っている。 人には耐え難いほどの熱風が私達を焦がす。 私は彼が煙を吸わないようにハンカチを口に当てた。 彼の顔からは口を切っているのかそこから血が出ている。 意識が朦朧としている彼の体はとても重い。 それもそのはず、彼の体は15歳の時には180cmを越しているのだ。 対する私は150台前半。 体重も体格も違いすぎた。 それでも引き摺る様にして出口を求め進む。 階段を探して降り、記憶を頼りに進んでいく。 エントランスまで辿り着いた。 あと少しで出口だ。 もう少しで。 あと少しで。 あと少しなのに。 あと少しなのに体が動かない。 煙を吸いすぎたのだろうか気持ちが悪くなって四肢の力が抜けていく。 思わず倒れこんでしまう体。 背中の焼ける感触。 熱い、熱い。 こんなことなら家でぐうたらしてないで体を鍛えていればよかったと後悔する。 後悔先に立たずとはまさにこのことか。 そんなことを思っていると影が視界の中に映る。 その影は人の形をしていてこんなことを私達に言った。 「よかった。」 「今度は間に合った……」 それが私の耳に届いた言葉。 彼は私たちを助けたことで自分の縛めから解き放たれたのだろうか。 何にせよ、私達は助かったみたいだ。 悪夢のような時間から解き放たれ、目が覚める。 白い天井。 白いカーテン。 白いベッド。 ああ、そっか。 私入院しているんだ。 そこで私ははっとなる。 京太郎君は? 私がここにいるということは一緒にいた京太郎君も搬送されているはず。 私は起き上がろうとして目が眩んだ。 だけどそんなことは気にならなかった。 彼の安否の方が重要なのだ。 そう思って体を起こして立ち上がろうとしたとき、病室の扉が開く。 白衣を着た50歳くらいの人。 多分お医者さんだろうことは風貌でわかった。 医師が私を見て話し出す。 「小鍛治さん、気が付かれましたか。」 「お加減はどうですか。」 「ええ、大丈夫です。」 「それより私と一緒にいた男性は?」 「大丈夫ですよ、ここの隣の部屋で療養してます。」 「そうですか。」 それだけ聞けたらあとはどうでもいい。 だが医師は続ける。 「小鍛治さんの体に関してちょっと言っておきたいことがあります。」 「貴女の背中は重度の火傷を負ってですね、後遺症というほどでは有りませんが通常の治療では消えない痕が残ってます。」 「火傷痕が気になるのでしたら、もしよろしかったらこちらから整形外科の方の紹介もいたしますが。」 「いえ、結構です。」 「そうですか、今は目が覚めたばかりですから落ち着いてからでもいいですよ。」 「もし気が変わったら整形外科などに相談してください。」 そういうと医師が検診をして戻っていった。 私は背中の火傷を鏡で見てみた。 やっぱり想像通りだ。 鏡を眺めながら身嗜みを整えて隣の部屋に向かう。 中を覗くとおよそお見舞いの品を食べてる照ちゃんとフルーツをナイフで向いてる京太郎君が見えた。 「照ちゃん入院してる人に何やらせてるの……」 「皮剥き。」 ちがう、そうじゃない。 私が言いたいことはそうじゃない。 「照ちゃんは何をしに来たのかな?」 「お見舞い。」 「うん、そうだね。」 「だったら普通そこは照ちゃんが剥くべきなんじゃないかな……」 「だって私が刃物持つと皆が止める。」 「皆して大人しくしていろって……」 「だから私は悪くない。」 「悪いのは京ちゃんと美穂子が主だと思う。」 何と言うしょうもない子に育ってしまったのか。 福路さんと京太郎君が甘やかすから…… どうやら話を聞く限り大勢で見舞いに行くのも拙いから代表として照ちゃんが来ることになったらしい。 人選に問題があるように思えるが決めた方法が長野に実家がある人間で麻雀したらしい。 そうなると腕の問題で福路さんか照ちゃんになるんだろうけど福路さんの性格だと照ちゃんに譲りそうだし…… 「京ちゃん、りんごまだ?」 「直ぐ剥けますよ。」 いっそのこと福路さんと一緒に来たらよかったのに。 それから数分後、同じく見舞いにやってきた咲ちゃんに連れられて照ちゃんは帰っていった。 彼女は顔を見に来ただけなのかな。 というか見舞いとは何かと思い悩む。 「健夜さん、すみません助けてもらってしまって。」 「ううん。」 「こっちこそごめんね、私が発端でもあるみたいだし。」 「それに……今まで避けちゃって。」 「いえ、俺が勝手に好きになっただけですから。」 「これからも好きなままですけど。」 臆面無く彼は言ってのける。 こんな私のどこがいいというのか、理解に苦しむ。 今回の事件で改めて気付かされたけどやはり彼は愛おしい存在だ。 掛け替えの無い存在だ。 代わりなんてない。 そう思わされた。 これからする問い。 これに全て答えたら私も彼に応えよう。 「ねえ、私のことが好き?」 「ええ、好きですよ。」 「私と付き合いたいほどに?」 「出来れば結婚を前提に。」 「私実はズボラでグータラだよ?」 「知ってます、全部お世話するつもりでいます。」 「それに最近太っちゃったし……」 「痩せてるよりは魅力的です。」 「私、重いよ……?」 「俺と比べたら軽いくらいです。」 「……ほら、私胸そんなに大きくないし。」 「女性の価値は胸だけじゃないです。」 「なにより私、もうおばさんだよ……?」 「俺にとっては大人のお姉さんです。」 「私と居たら時間を無駄にするよ? 一生を棒に振るかもよ?」 「俺は有意義な時間を過ごせると信じています。」 「…………」 「他にありますか?」 私の問いに対し即答で返してくる。 どうしよう、言い訳全部、潰されちゃった。 他に何か言い訳が無いか探して考える。 だけど思いつかない。 そこに更に追い討ちを掛けてくる。 「俺は、ありのままの貴女が。」 「等身大の小鍛治健夜が好きなんだ。」 「俺は一生を使ってでも貴女と一緒にいたい。」 「こんなのただの俺のエゴですけど。」 「でも、それでも俺は。」 「貴女には笑顔でいてもらいたい。」 「俺はもう一度言います。」 「何度でも言います。」 「俺は健夜さんが好きです。」 「誰よりも貴女が好きです。」 「これが俺の本心です。」 「今度は誤魔化さないでちゃんと返事を聞かせてください。」 そんなこと言われたら、お引き受けするしかないじゃない。 「後悔しても遅いからね……?」 そう言って私は彼の頬にキスをした。 小学生のようなほっぺにキス。 これが私の精一杯である。 「今はこれで我慢してね?」 そのあと私は部屋を出て自分の病室に戻る。 それと同時に彼の声が聞こえた 「よっしゃああ!!」 そのあと彼が彼の父親に怒られたのはご愛嬌。 ああ、それにしても恥ずかしかった。 32歳でやっとほっぺにキスとか恋愛経験無さ過ぎてこれが限界とか終わってる。 これから恋人になって行くのかも知れないけど経験が無いから何をすればいいのかわからない。 だけど焦る必要なんて無い。 彼は傍にいる。 私の傍にいる。 私の夜は彼の火で灯されている。 これからの未来は明るい。 それから数日後、退院してから須賀家に戻って報告。 須賀さんはやけにあっさりしていた。 ただ結婚するときは教えてくれとか言ってたけど。 それと須賀さんは憑き物が落ちたような感じに顔に翳りは無くなっていた。 やはり心の閊えが取れたのだろうか。 それでも日課のトレーニングは欠かしていないらしいが。 それからお互いのチームに挨拶に行きました。 吉野にも佐久にも迷惑かけたからね。 周りの子達は口々に「やっとか。」とか「傍から見ていてさっさとくっつけと思っていた。」とか言われた。 本当に申し訳ないです。 あと赤土さんは「仲人はお任せあレジェンド!」とか言ってるけど不安で仕方ない。 さらにそのあと「次は私の番だな。」とか言ってたけど結婚を考えられる男を捕まえるには相応の時間が掛かるとだけ言っておく。 特段隠していた訳ではないが結構簡単に人の噂というものは流れるもので世間には私と京太郎君が付き合ってるという話が出ていた。 ネットや世間の意見はさまざまである。 曰く「ああ、小鍛治プロやっと引き取られたのか。」とか。 曰く「押し付けられたな。」とか「須賀プロ可哀想。」とか。 挙句の果てには「残念! 大魔王すこやんからは逃げられない!」なんていうコラとかも。 中には暴言的なものも有って「行き送れのBBAと付き合うとか正気の沙汰じゃない。」とか書いた後に「小鍛治プロは男に必死すぎwww」なんて書いてた。 それに対して寄せられたレスは「こいつ赤土だろ。」というもの。 追撃で「赤土プロも結構いい年だよな。」とか「あいつもアラフォーだろwww」とか「ハルちゃんはまだアラサーで若いし……」などのフォローが入っていたが荒れていた。 まぁ何とでも言うがいいさ、今や私は勝ち組だからね。 今日は彼の自宅でご飯を食べるのだ。 彼と家デート、しかも手料理付き。 彼の手料理はおいしいぞと自慢してしまうほどに幸せではある。 一応入院中に頬にキスくらいはしたけどその先は結婚してからという事になっている。 京太郎君は「今まで待たされたんですからそのくらいは待てますよ。」と言ってくれた。 ごめんね、私所謂喪女だったから恋愛に奥手なんだ…… あとはお酒呑みながら御摘み作ってもらったりしていた。 ……あれ、やってることって付き合う前というか昔とあまり変わって無くない? 流石にこれは拙いと思い、彼に聞いてみることにした。 「ねえ、どこか行きたい所はないの?」 「健夜さんとならどこでもいいですよ。」 「うーん、そうじゃなくて……京太郎君がデートに誘いたいところとか……」 「何て言うか恋人と行きたい場所。」 「そこに私をエスコートして欲しいんだ。」 「一度は夢見たデートプランくらいはあるでしょ?」 「……まぁありますけどね。」 少し彼は気恥ずかしそうにはにかみながら答える。 彼も一応男の子なのだからそういうことを夢見ていたのだろう。 そしてそれが漸く叶う。 私も嬉しくなって笑顔で言った。 「期待しているからね?」 「はい、お任せあれ!」 当日、彼の主導によるデートが始まる。 社会人としての範囲で目一杯お洒落した彼に聞いてみる。 「今日のご予定は?」 「えっと……色々あるんですけどまずは……」 「動物園に行って、レストランに行って、映画を見て……それから……」 彼が嬉しそうに語る。 私達は車で行こうとして運転席に私は座ろうとした。 「運転しますよ。」 「免許取ったんだ。」 「ええ、長野でも奈良でも必要だったんで。」 「じゃあ任せようかな……?」 「? どうしましたか?」 「今日は車じゃなくて電車かバスで行かない?」 「別にいいですけど。」 私達は気を改めてバスと電車を使ってデートスポットに足を運ぶ。 駅のホームに入るとちょうど電車が来ていた。 「京太郎君、電車行っちゃうから急いで!」 「一本くらい遅れても大丈夫ですよ!?」 「次の電車は三十分後だよ!」 そんな会話を走りながらして電車に乗り込もうとする。 田舎は電車の本数が少ないのだ、だから一本逃すと結構時間が開く。 そう思うと自然と足が早くなるのだ。 私たちが急いでいると私は人とぶつかる。 そして、よろける体。 このままの体勢だと階段から真っ逆さまだ。 そう私の脳裏に浮かんだ瞬間彼の腕が抱きかかえてくれた。 「大丈夫ですか?」 「う、うん。」 「時間には余裕がありますからもっと落ち着いていきましょう。」 「そうだね。」 今のは結構ひやりとした。 私はちょっと神経質になっているのかも。 もしかしたら取り戻そうとしているのだろうか?と。 一度落ち着き電車に乗って動物園に向かう。 「見てください健夜さん、キリンですよキリン!」 「もう、ちゃんと見えてるよ。」 まるで子供のように明るい顔ではしゃいでいる。 そんな彼の顔を見ていると昔に戻ったような錯覚すら感じた。 ゾウやサイを見た後はフレンチレストランに行き舌鼓を打つ。 そこのレストランは山と川が望める綺麗な景色を眺められる場所だった。 「よくこんなところを知っていたね。」 「ここは知り合いに教えてもらったところなんですけどね。」 「その人に『こんな感じのイメージなんですけどありませんか?』って聞いたらすぐに教えてくれて……」 「あ、もしかして執事さん?」 「ご明察、あの人すごいですよね。」 「ふふ、あの人一体何者なんだろうね?」 談笑しながら料理を堪能する。 流石執事さんが紹介してくれただけあって料理はおいしいし見晴らしもいい。 人の手料理も美味しいけどプロの料理はやっぱり違うものだね。 そのあとは映画館に向かい、今話題の恋愛映画を見ることにした。 待ち時間の間に喉が渇いたのでジュースを買いに行くことに。 自販機には彼が行って私は席を確保して待ってた。 「お待たせしました、これどうぞ。」 「うん、ありがとう。」 私は彼からジュースを受け取って飲むことにした。 が。 「ぶふぉ!?」 「大丈夫ですか健夜さん!?」 あまりの独特な味に噴出しかけてしまった。 一瞬盛られたかと思うくらいには。 館内が暗くて缶のラベルを確認出来なかったので彼に直接聞いてみる。 「あ、うん、ごめんね……ところでこれなんてジュース……?」 「つぶつぶドリアンジュースです。」 「ああ、あれか……」 当時"相当きつい"と巷で不評を買っていたのにまさか復刻していたとは…… 読めなかった、このスコヤの目をもってしても…… ジュースのインパクトで吹き飛びかけていたが映画を見に来ていたんだった。 しかし映画の感想は正直微妙。 詰まらないと言う訳ではないけど前情報で期待してたほどかと言われると首を傾げてしまう。 映画が終わり帰路に着く。 「京太郎君ありがとうね、今日は楽しかった。」 「俺も、楽しかったです。」 「次もまた行きましょう。」 「出来れば面白い映画がやってる時に。」 「うん。」 楽しかったデートが終わる。 だがまた次の休みにでも行けばいいだけの話だ。 そうやって楽しい日々が過ぎていく。 幸せの日々。 幸せに罅。 皺寄せの罅。 幸せなんか長く続くわけが無い。 やっぱり私には不釣合いなのかもしれない。 幸せなんて贅沢なのかもしれない。 「ねぇ、須賀君……その女が悪いんでしょ……」 何度目かの彼とのデートの途中、刃物を持った知らない女が詰め寄ってきた。 恐らく彼の熱狂的なファンなのだろうが彼をアイドル視しすぎていたのだろう。 私と言う女が彼の恋人になることが許せないらしい。 女が私に突っ込んでくる。 手に持った刃物を腰撓めに構えて突進してくる。 ああ、やっぱり嫉妬の対象は私か。 だが京太郎君は女の手から刃物を取り上げて女を取り押さえた。 周りの人も手伝ってくれて迅速に警察に通報してくれたおかげもあって私たちは無事だった。 私たちはほっとしてその場を離れてデートの再開をしようとした。 しかし今度は坂の上の方から車が走ってきた。 運転手は焦燥している、きっと機械の故障でも起きたのだろう。 正直そろそろ来る頃だと思ってたけどまさかこのタイミングでくるとは。 もし居るとするならば運命の神様は余程私のことが嫌いなのだろう。 いや、もしかしたら私の幸せが妬ましいのか若しくは幸せを許せないのか。 運命は私を事故で殺そうとし、それで死ななかったら事件で殺そうとし、それでも死ななかったら病で殺そうとするのだろう。 どちらにせよ私は運命に殺されるのだ。 彼が動く、私の前に体を差し出す。 彼のしようとしている事が手に取るようにわかる。 もういやだ、これ以上彼を失う人生なんて歩みたくない。 君を失う怖さも、君の居ない生活を送る寂しさも知っている。 だから……だからこそ。 君が居る人生が、幸せだってことをこの身で実感できる。 私はとっさに体を捻り、彼と私の位置を反転させていた。 車が私の体にぶつかり、跳ね飛ばす。 二人の男女が空中に放り出される。 ただその瞬間、彼にも衝撃が伝わるはずなのだが彼は羽に守られていた。 彼を守った鳥の羽根が舞い落ちる。 没してから二十余年だというのに。 死して尚子供を守ろうとする彼女の心が見えた。 だが私たちは重力によって地面に叩きつけられた。 彼は直ぐ様起き上がり私の体を気遣ってくれる。 でも私も彼の体が心配だ。 「健夜さん……」 「京太郎君……だいじょうぶ……?」 「俺は大丈夫だよ……」 「それより健夜さんのほうが大丈夫じゃないだろ!」 「こんなに一杯血が出てるのに……」 「何自分の心配じゃなくて俺の心配してんだよ!」 「あはは……いつかと逆だね。」 「何言ってんだよ健夜さん!」 もう彼の幻影なんて見ないと決めていたのに。 結局見てしまった。 ダメだね、ダメダメだね、ダメなお姉ちゃんだったよね。 「痛いなぁ……体が痛いよ……」 「でもね……京太郎君が無事ならそれでいいんだぁ……」 「何、言ってんだよ……」 「何言ってんだよ健夜さん!」 「京太郎君の体ってあったかいね……」 「もうちょっとだけ……手を握っててもらって、いいかな……?」 「手だったら幾等だって握っててやるよ! だから……」 開かない私の瞼に水滴が落ちてくる。 雨かな……? このままだと京太郎君、風邪引いちゃうよ……? 余り声が聞こえなくなってきちゃった…… ちゃんと言うべきことを言わないと…… 「これでお別れかなぁ……」 「お別れとか言うなよ!」 「まだ一杯人生楽しめるんだぞ!?」 「まだまだ遊べるんだぞ!」 「でも……きっと……また逢えるよ……」 「私と君だもの……」 「なんで……」 「きっと……廻り会える……」 「だから何で……」 「そんなに幸せそうな顔出来るんだよ……」 格好つけたのはいいけれど、本当は後悔で一杯。 やだ、やだやだ……いやだよ…… 本当は君と離れるなんて…… この温かい幸せを離すなんて…… したくない…… もっと君とお喋りして居たかったよ…… もっと君と一緒に居たかったよ…… もっと君を愛したかったよ…… でもね、私って案外意地っ張りなんだ。 大人だから痩せ我慢したり、理不尽なものも飲み込んで。 そうしてかっこいいお姉さんで居たかった。 特に君の前ではね。 だから。 せめて。 君の前だけでは『お姉さん』で居させて…… 私の体に夜が訪れる。 眼に闇が覆って暗くしていく。 ああ、この感覚……いつものやつだ。 思い出を抱えていると生きるのに不便だ。 それが眩しければ眩しいほど。 私はずっと続く牢獄の様な道を歩いている。 死ねない。 消せない。 外れない。 抜け出せない。 そんな道をずっと。 ずっと歩んできた。 いつもそう思っては廻ってしまう。 眠り落ちて、生れ落ちるときはいつもそうだった。 そして再び朝が訪れる。 私の体は大人のままだった。 私はホテルの一室で寝ていたようだ。 日付を確認するとどうやら私は今27歳で時期は夏。 私は仕事でインターハイの解説に来ているようだ。 状況を更に確認する。 名簿を見ると女子団体戦に阿知賀女子が入っており、白糸台の先鋒は照ちゃんになって、男子個人戦にはあの子の名前は入ってなかった。 また最初からだ。 私が長野で築いたものは全てリセットされているだろう。 まるで積んでは崩す積み木遊びのようだ。 繰り返して、繰り返して。 私はずっとぐるぐる回る。  around アラウンド。 よくいじられたネタだけどその意味は周囲・周り。 そして『周回』。 アラサー・アラフォーって私に誂えたようなあだ名だね。 廻って、巡って。 私はずっとぐるぐる回る。 ぐるぐると回る、周回する私にはぴったり。          Go around きっとこれからも『周回』するのだろう。 インターハイの仕事の時間が来るまで私はぶらつく事にした。 気持ちを紛らわすために歩いていると会場近くに咲ちゃんがいた。 その隣には片岡さんと清澄の原村さんもいる。 どうやらこの世界は本来の流れに近いみたいだ。 私は足早にその場から離れる。 少し早めに歩き続けて考え事をしてしまう。 彼女が私に気付くことはないはずだが彼女とどんな縁があるのかわからない。 下手に近付くのはよそう。 そう思ってその場から去ったのだ。 そうやって足早に去って考え事をしていたからか人にぶつかってしまって転んでしまった。 ぶつかったその人は声をかけながら私の手を取って起こしてくれる。 「すみません、大丈夫ですか!?」 「あの、こっちこそごめんね、私余所見して……」 そこまで言って私は固まった。 ああ……神様は本当に残酷だ。 およそ彼女達の所に向かっているであろう彼が目の前にいた。 私の目の前に。 ああ、彼は無事なのか。 ここにいる前の私が見た彼は事故に巻き込まれた瞬間の彼であったのでそう思ってしまった。 ここの彼とは関係ないのに。 ここの彼とは関係ないのに、安堵からか涙が流れる。 はらはらと。 私の頬を伝う。 彼が心配して私に声をかけてくれる。 「大丈夫ですか!? 今のでどこか怪我でも……」 「ううん、違うの……ちょっと目にゴミが入って……」 「大丈夫に見えないですよ……」 「え、大丈夫だよ。」 「だってお姉さん、何か凄く辛そうですし。」 「お姉さん」か…… それを聞いて私の胸は苦しくなる。 「俺に出来ることがあったら言ってください。」 「お姉さんの助けになれることもあると思いますから。」 「どうしてそこまで……」 私の出した質問。 彼は私のことを知らないはずなのに。 彼は手を握ったままその疑問に対して答えてくれた。 「俺は貴女のことを知らないけれど、この手を放しちゃいけない気がするんだ。」 「俺の心がそう言ってる。」 「この手を放したら、きっと俺の大事なものまで放してしまう、そんな気が……」 やめて…… 私にこれ以上貴方の匂いを染み付けないで…… そうじゃないともう離れられなくなっちゃう…… 「貴女のその表情が、その眼が、何かに重なるんだよ……」 きっと彼の魂には、私と同じで記憶が刻み込まれているんだ…… それが心を揺さぶっている。 それが心の中に残っている。 これ以上はきっともう取り繕えない…… 「ねぇ、お姉さんに付き合ってくれない?」 神様がくれたなら。 神様がくれるなら。 私は、喜んで受けよう。 例え運命とは関係ない神様でも。 例え幸せを取り上げる運命でも。 彼とデートをしてみることにしてみた。 まずペットショップに寄ってみる。 本当は動物園がいいのだけれど近場にそういうのがないから仕方ない。 ペットショップには犬や猫がケースの中やケージに入れられていた。 それを眺めては買いも飼いもしないのに動物に触れて遊ぶ。 「あの……」 「うん? なに?」 「どうしてペットショップに?」 「動物嫌いだった?」 「いえ、好きですよ。」 「家ではカピバラを飼ってるので。」 「へー。」 「あれ?」 「どうしたの?」 「いや、初対面の人にカピバラ飼ってるって言ったら普通は驚くか珍しがられるので。」 「もしかして周りにカピバラを飼っている人でもいたんですか?」 「え? ああ、うん。」 「まぁ、そんなところかな。」 適当な返事をしてしまったけど彼に言っても理解できないだろうからあえて言わないことにした。 その後はプールに行って一泳ぎすることにした。 幸いなことに今の私はピチピチお肌の27歳。 弛んだお肉なんかもない見事な体形。 ただ今後これを維持するのはきついけど。 彼が水着を着けてやってきた。 「どうかな?」 「目のやり場に困りますね。」 「ほほー、お姉さんの魅力に参っちゃったかな?」 「ソウデスネ。」 若干棒読みなのが気になるけどそれは置いといてあげよう。 泳いでいる時に彼の体を見てみる。 背中には何もない。 「? どうかしましたか?」 「ううん、何でもないよ。」 怪訝な顔をした彼にそう返すと私は飲み物を買いに行く。 二人分買って戻ると彼に一本渡した。 彼が缶の蓋を開けて口をつけると噴出した。 「ふごぉ!?」 「何ですかこの不味い飲み物!?」 「ふふふ、つぶつぶドリアンジュースだよ。」 「不味かった?」 「ぶっちゃけ美味しくないですね。」 私はくすりと笑いながら彼の零したジュースを拭く。 それらが終わると彼の泊まっている宿泊施設に送ってあげた。 デートもどきは楽しかったがそれもいつか終わる。 彼との別れ際に話をする。 「今日はありがとうね。」 「いえ……」 「あの、何か俺に出来ることはないですか?」 「……じゃあ、時々でいいからお姉さんと会ってくれないかな?」 「私はそれでいいんだよ。」 「本当にそれだけでいいんですか。」 「他に俺に何か出来ることはないですか。」 「俺は……貴女のその目が気になるんです。」 「貴女はまるで俺のことを知っているようで何か違うものを見てる。」 「俺に教えてください。」 「俺のこと、貴女のこと。」 「多分言っても解らないよ……」 「確かに解らないかもしれない、でも……!」 「解らないから聴くんだよ!」 「あんたは、一体、俺の何なんだ!?」 「私は……私は君の姉になれなかった者だよ。」 私は二つの意味で彼の姉になれなかった。 そのせいで感情の波が揺れ動く。 どうしていいか解らぬまま、どうしたいかも解らぬまま。 止め処無く溢れる感情が、涸れていた涙を引き起こす。 涙なんてあの時涸れたと思っていたのに…… 何度も流れる涙。 何度も流した涙。 彼を失ったときに。 彼と再び会えたときに。 流れていった涙。 心の中で流れていったその涙。 頬に流さないのは私の性格ゆえか。 「それって一体……」 「京ちゃん……?」 彼が言いかけたときに咲ちゃんがやってきた。 その後ろには片岡さんや原村さんも。 「おい京太郎、私らが会議しているときナンパとはいいご身分だな。」 「そんな暇あるならタコスを作って私に献上しろ!」 そういって片岡さんが京太郎君に絡む。 やっぱり気が変わった。 さっきまで素直に言おうかと思ったけど。 素直に言ってこれ以上関わらなくしようと思ったけど気が変わってしまった。 「ねえ、京太郎君。」 「さっき言い忘れてたけど……」 「私ね、意地っ張りで意地悪なんだ。」 「だから……」 「これ以上は……」 「簡単には教えてあーげない!」 そう言って頬にキスをした。 片岡さんと咲ちゃんのすごい声が響き渡り、京太郎君は固まっている。 引っ掻き回してみると楽しい光景も見えるものだ。 今度は彼との関係は別の形にしてみよう。 今回はもっと積極的にしてみよう。 今までの分を取り返すくらいには。 今まで何度も迷った。 今まで何度も躊躇った。 今まで何度も傷付いた。 今まで何度も間違えた。 今まで何度も失った。 今まで何度も廻った。 何度も。 何度も、何度も、何度も…… でもその度に君と出会えた時を思い出す。 君が私のことを忘れていてもそれは別にいい。 また思い出を作ればいい。 人生は案外楽しく生きていけるものだから。 君と廻る人生はとても楽しい。 生きる糧があればそれでいい。 私には縋れるものがある。 それを糧にし、支えに出来れば何の問題もない。 きっと何度も廻る人生だけど、君との思い出に縋る事が出来るから。 縋れるから生きていける。 ねぇ、これからも…… 君と作れた思い出に縋ってもいいかな? カン

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