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健夜「せめて思い出に須賀る」19」(2015/08/17 (月) 20:57:36) の最新版変更点

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それから間もなく彼らは頭角を現した。 メインには元々強かった照ちゃん福路さんに前より強化されている天江さんや高鴨さん。 露出する頻度はメインに比べて少ないものの松実選手に原村さんや大星さんも控えている、あと池田。 何とも灰汁の強いメンバーである。 それで上手く回るというのが世の中不思議だ。 出てきて数ヶ月でこの強さなら今後更に強くなる可能性が高い。 彼らがウチを抜けたのは心情として複雑だが個人的には楽しみではある。 年度末の新チーム立ち上げのせいですっかり失念していたが…… 加藤さんと室橋さんが卒業して夢乃さんが最高学年になった。 それと同時に麻雀部は廃部になった。 当たり前だ。 如何に過去の栄光が輝かしいものだとしても、部員一人では部とは言えない。 顧問は付いてていいからこれからは同好会扱いになりますよってこと。 やっぱりちゃんと私が部員勧誘を手伝うべきだった。 そうしていれば意気揚々とドヤ顔Wピースして出て行く夢乃さんが泣き顔Wピースになって帰ってこなくてもよかったかもしれない。 まぁあれだね、ドンマイ! 練習相手なら佐久フェレッターズに咲ちゃんとか片岡さんとか靖子ちゃんが居るから大丈夫! ふとテレビをつけてみる。 ザッピングしている私の目を留めたのは料理特番だった。 出演者は最近売れに売れている吉野ファイアドラゴンズのメンバーだ。 といっても全員出ているわけではない。 京太郎君を筆頭に原村さん、福路さん、照ちゃんに池田が出ている。 料理技術では完全に照ちゃん浮いちゃってる。 京太郎君や福路さんが料理上手いのは前々から知っていたけど原村さんと池田が上手いとは知らなかった。 何でも池田は妹の世話がどうとか言ってたから日常的にやっていたのだろう。 スタジオの客席から黄色い声が聞こえる。 「きょうたろうく~ん。」 ニコニコと笑顔で返す彼。 「和ー結婚してくれー!」 「みっぽー! 俺のために毎日味噌汁作ってくれー!」 別のところからは男性の声が。 その声を受けて手を振って返す二人。 「いけだー! ずうずうしいぞー!」 「さんをつけろし! ちびっ子どもー!」 子供にいじられる池田。 女性人気の京太郎君、男性人気の原村さんと福路さん。 あと実は子供から人気な池田。 照ちゃんはさっきおばちゃんたちからお菓子貰ってずっと食べている。 あまりにおいしそうに食べるものだから皆調子に乗って与えている。 フリーダム過ぎる番組だ。 また別の日。 その日は試合がある日でその時はファイアドラゴンズと他2チームとの対局だった。 抜けた女子二人分の戦力の整っていないフェレッターズで戦うのだけれど苦戦を強いられる。 先鋒の靖子ちゃんに天江さん。 中堅の咲ちゃんに照ちゃん。 大将の私には福路さんが当てられた采配。 今のウチには基本的に大将型の打ち手ばかりなので戦略が立てにくい。 片岡さんを東風専門にしたのがあだとなったかな。 それでも私が何とか盛り返して一位をもぎ取った。 佐久フェレッターズが一位。 吉野ファイアドラゴンズが僅差で二位だ。 これで十代から二十代前半のチームなのだから末恐ろしい。 試合の後、咲ちゃんと一緒に照ちゃんと福路さんに会った。 そこで「吉野ファイアドラゴンズ」の設立話などを聞く。 何でも最初は別のところにホームを建てる予定だったんだけど松実宥選手の都合で吉野になったらしい。 それで吉野を拠点にナイスバディ先輩や高鴨さんにも協力してもらったらしい。 あと天江さんに関してはチームを作るときに福路さんや照ちゃんと一緒に龍門渕に出向いて勧誘しに行ったとのこと。 元フェレッターズの二人を除いたら最初の一人目なのだと。 ただそこで事はすんなり行かなかった。 待ったを掛けたのはあの龍門渕のお嬢様。 天江さんの意思は尊重するが任せられる相手かどうかそこで試したかったらしい。 対局したそのあと天江さんが入るということなら援助すると申し出たとのこと。 実力なら高校のときに知ってるはずなのにね。 そのあと東京の二人を誘ったり池田が福路さんの後を付いてきて仲間になり前述の吉野に居を構えたとの事。 詳しい話がよく分からないし、らしいらしいばかりだが伝聞なので仕方が無い。 ついにこの季節がやってきた。 インターハイのお時間です。 と言っても夢乃さんしか居ないから個人戦の手続きも簡単である。 「先生、マホ行ってきます!」 「いってらっしゃい。」 夢乃さんを見送って観客席に着くと退屈な時間の始まりである。 だって夢乃さんが勝つのが目に見えているし。 それから戻ってきた夢乃さんを車に乗せてラーメンを食べに行った。 そういえば夢乃さんあまり身長が変わらないなぁ。 もし彼女に部の後輩が出来てたら可愛がられていたのかも知れない。 インターハイで全国に行く前に仕事のスケジュールを確認しているとこんな話を事務所で聞いた。 何でも赤土さんが所属している事務所が潰れるとのこと。 博多エバーグリーンズといい、あの人不運だよね。 不運なのは雀士として致命的な気もするけど勝負運とこういう運は別物なのだろう。 果たして彼女はこれからどうするつもりなのか。 そして時間が流れてインターハイ全国。 前は隆盛を誇っていた清澄も流星の如く消えかかっている。 下らない事を考えてないでもうちょっと本気で勧誘するべきだったか。 いや、頑張ったところでダメな気がする。 何と言うか飽くまで私の直感だけど。 もう呪いか何かじゃないかな、人が寄ってこないのは。 ということで夢乃さんはあっさり個人戦優勝いたしました。 ちなみにエキシビジョンは去年の惨劇のせいで誰もやりたがりませんでした。 今回私は出ないんだけどなぁ…… 私こと小鍛治健夜は今凄いことに気付きました。 最近自堕落な生活を送っていたのは事実ではありますがまさかこんなことになるなんて…… スカートのホックが留まらない。 やばい。 マジでやばい。 これはあれだ。 ラーメンとか食ってる場合じゃなかった。 節制を心掛けないと…… 夏が過ぎ、茹だる様な気候も涼しくなって食欲の秋が到来する。 ただそれはウチで言うなら片岡さんと靖子ちゃんが該当するが私と咲ちゃんは違う。 咲ちゃんにとっては読書の秋で私にとってはスポーツの秋である。 本当は食欲の秋を堪能したかったけど節制を心掛けないといけないので仕方が無い。 食っても太らないとかいう人も居るけど後で泣きを見ればいい。 さてこのあとのスケジュールは…… そんな……グルメ番組で美味しいもの食べることになっている…… こんなところでまさかの万事休すである。 そして気になるロケ地は奈良の松実館である。 つまりおもち問題児の松実さんのご実家だ。 今回はこーこちゃんと一緒にロケに来ていた。 こーこちゃんはさっさと自分が楽しむだけ楽しんでお酒を飲んでは寝てしまった。 「お久しぶりです。」 「あ、どうも。」 松実館の一室に居た私の前に現れたのはかつての問題児の松実玄である。 そしてその後ろから出てきたのは彼女の姉の松実宥。 「あの……少しお時間貰ってもいいですか?」 「ええ、いいけど……」 彼女の提案を受けたはいいが私は彼女との接点を直接持ち合わせては居ない。 彼女は妹が部屋から出て行くのを見届けてから私を一瞥して話を切り出した。 「彼から聞いた通りですね。」 「へ? あ、もしかして京太郎君のこと?」 「はい、彼から小鍛治プロのことを聞き及んでいますから。」 私はその言葉に違和感を覚えた。 彼は自分から進んでそういうことを洩らす人間ではないはずだからだ。 もちろん彼の近くには照ちゃんや福路さんといった気心知れている人物が居るのだから多少の事情は聞けるだろうけど彼女は「彼から聞いた」と言ったのだ。 彼女は京太郎君と何かしらの接点があるのだ。 チームメイト以上の何かが。 「貴女と京太郎君との関係って何かな?」 「……まずはこれを見てほしいんです。」 単刀直入に聞くと彼女は厚めに羽織った上着に手を掛けた。 ここにも違和感を感じていた。 いくらこの時期冷えてくるとは言え厚めの格好すぎる。 だがその疑問は彼女が答えてくれた。 彼女が手を掛けていた上着を肌蹴させるとそこには炎の翼が生えていた。 まるで彼の翼と対になるかのような翼だった。 「分かってもらえましたか?」 「……彼と同じ火傷の痕だね。」 「はい、彼のお母さんが私を守ってくれた証です。」 「彼はそのことについて覚えていなかったけど……」 理解した。 松実宥と京太郎君の接点が。 彼女は尚も続ける。 「この火傷のせいで体温の調節が上手くいかないし、見られたくないからいつも長袖なんです。」 「でも救ってもらった命だから……」 「だから恩返しも兼ねているんです。」 「兼ねている?」 「はい、私の体質もあるんですけど玄ちゃん……妹には実家の事を任せっきりで。」 「だから彼に誘われてプロになるときにせめておウチの宣伝とかして手伝えたらって。」 「へぇ……」 確かに不思議に感じてはいたがそんな事情があったとは。 だが新たな疑問が生まれた。 「ところで何でその話を私に?」 「貴女には伝えておかないといけないと思ったんです。」 「私を助けてくれた彼のお母さん代わりに、彼を育ててくれたんですから。」 「ああ、そういうことか……」 そのあと話を軽くした。 彼の幼少期とか、彼が片親で苦労してなかったかとか。 そんな話ばかりだった。 もしかしたら彼女も免罪符を探しているのだろうか…… 松実姉と話した後、戻る彼女を見送って私は売店に足を運んだ。 今はもう寝てしまっているが先ほどまでこーこちゃんが呑んでいたのを思い出して私も飲みたくなったのだ。 そうして私は売店でおつまみとお酒を吟味していると気になる方向があった。 まるで鳥が羽ばたいた時の風斬り音のような物が聞こえた気がしたのだ。 少しの間その方向に注視をしていると見慣れた顔がやってきた。 今まで偶然とは言え半ば避けて居るようなものだったのに何故このタイミングになって会うのだろうか。 しかも売店で。 しかし彼らの根城にしているところなのだから彼が居ても何ら不思議ではない。 「あれ、健夜さんどうしてここに?」 「えと、仕事でね、ここに泊まる事になったの。」 「そうなんですか、ここは良い所なんで満喫して行ってくださいね。」 「あ、照さんや福路さんとは会いましたか?」 「ううん、松実さんには会って話したけど二人とは会ってないよ。」 「そうですか、『ナイスバディ』さんも居ますから時間があったら会いに行ってあげてください。」 「う、うん。」 告白の後、久しぶりに会うというのにいつも通りの対応だった。 私といえば若干拙々しい受け答えをしてしまったというのに。 彼自身あまり気にしていないのだろうか? しかし彼も忙しいのだろうか、軽く挨拶して用事を早々に済ませようとしていた。 考えてみれば当たり前だ。 彼はプレイヤーでもあり経営者であり監督なのだから。 監督は一人やるわけではないだろうけど社員を纏めないといけない。 いくらウチの社長からノウハウを学んだと言っても一朝一夕で物にできるものでもあるまい。 子供みたいな容姿のせいでほぼマスコットみたいな天江さん。 一応営業モードも出来る照ちゃん。 天真爛漫な魅力の大星さん。 ポスト牌のお姉さんと噂される原村さん。 元気一杯で周りを活気付ける高鴨さん。 包容力の高いお姉さんポジションの松実宥&福路さん。 皆愛されながらも(主に子供に大人気)弄られキャラの池田ァ。 こんな憖アイドルみたいな事務所メンバーなのでメディアへの露出が多い。 瑞原プロが何故か対抗心を燃やしていたくらいだ。 兎にも角にも仕事忙しい彼だ。 そんな彼が軽く挨拶してその場を去ろうとしたとき、私は思わず呼び止めて聞いてしまった。 どうしていつも通りにいるのか。 どうしてそんな平然としているのか。 どうして……どうして…… 色々聞きたいことがあったのに一番最初に出てきた言葉はそのどれでもなかった。 「何で私のこと好きになってくれたの?」 「別に私じゃなくてもいいんじゃないかな?」 「君の周りには素敵な女の子が沢山居るわけだし。」 一瞬の間。 彼は答える。 「俺にとって健夜さんの代わりは居ないですよ。」 彼が放ったありふれた言葉。 だけどその後に来た言葉はありふれていなかった。 「例え俺が貴女にとって何かの身代わりだとしても。」 「!」 「俺にはそれが何か分からないけど別にそれはどうでもいいんです。」 「いつか俺を見てもらえるよう理想の男になりますから。」 「例えそれが貴女の理想の紛い物に過ぎないとしても。」 まるで自身の臓腑を大きな手で掴まれた様な錯覚するほど息苦しかった。 見透かされていたのかもしれない。 自分で意識していないとしても彼を彼自身の代替品にしていたことを。 あまりに失礼な話なのに彼はそれに対し意にも介していないようだった。 私はその後のことをあまり覚えていない。 気付いたときには自分の部屋の布団で寝ていた。 そしてそのとき私を起こしたのはこーこちゃんのうるさくもありがたい能天気な明るい声だった。 「すこやーん、お目覚め?」 「顔色悪いけど二日酔い?」 「え、あ、うん。」 「大丈夫だよ……うん、大丈夫。」 「あんまり大丈夫な様には見えないけど……」 「顔の小皺が増えたとか?」 「まだ皺は増えてないよ!」 機嫌よくやってきたと思ったらこれだ。 こーこちゃんといるといつも彼女のペースに持ってかれる。 それはある意味救いでもあるが。 彼女が私の調子が戻ったのを確認してかこう言い出した。 「すこやんの悩みは分からないけどさ、自分の手に負えなくなったり自分じゃ分からなくなったりしたら周りの人に相談してみるのも手だよ?」 彼女の言葉を聞いて不思議と少しは話してみようと思った。 彼女以外にだが。 だって絶対弄るためのネタにされるもん。 番組の収録が終わると直ぐ様とある場所に向かった。 私と彼の関係を知っている人物で頼れそうな人はそんなに多くない。 先輩に頼ろうかとも思ったけど名前が未だに思い出せないので下手に突いたら薮蛇臭い。 だとしたら他の大人だ、と向かった先には私にとって一番頼りになる人が居る家である。 「あら、健夜どうしたの。」 「お母さん、相談乗ってもらっていいかな。」 「ふ~ん……ま、まずは家に入りなさい。」 自分の実家だというのにお邪魔しますと言って上がる。 久々の実家なのに落ち着けない。 そういえばお父さんは居ないのだろうか。 ああ、まだ定年じゃないんだっけ。 じゃあ私とお母さんの二人きりなのか。 「はい、どうぞ。」 「ん、ありがとう。」 「で、相談って何。」 「うん、その……ね。」 「京太郎君のことなんだけどさ……」 お母さんが出してくれたお茶に手を付けて話を切り出す。 厳密には言い出そうとして言葉に詰まった。 今更ながら何と説明すればいいのかわからなくなってしまったのだ。 「なんて説明すればいいのか分からないけどさ。」 「京太郎君が好きだって言ってくれたんだよ。」 「私のことを。」 「それは嬉しいんだけど。」 「私は、その時は受け入れられなかった。」 「彼のことは好きなんだけど……でも、それは家族みたいなものであって……」 「男の人としては見ていなかったからびっくりして……」 お母さんが何も言わず聞いてくれている。 お茶を飲みながらだったけど。 それでも何も言わずに聞いてくれた。 私が訥々と辿々しく喋っていて時間が掛かっても。 全てを話し終えたあと、お母さんが口を開いた。 「あ、終わった?」 「お母さん真面目に聞いてたんじゃないの!?」 「だってあんたの話し長いんだもん。」 「人が折角勇気を振り絞って全部話したのに……」 まったく、こんな恥ずかしい話、親にはしたくなかったのに。 お母さんが改めて聞いてきた。 「で、何でOKしなかったの?」 「え、さっきも言ったんだけど……」 「あんたは自分の欠点が嫌なんでしょ。」 「さっき自分は京太郎君に相応しくないって言ってたんだから。」 「あ、うん……」 「だって私麻雀くらいしか取り柄ないし。」 「ズボラだしグータラだし甘えてるし。」 「嫌なところ一杯有る上。性格悪いって自覚してるもん。」 お母さんがお茶を飲み干し、軽く溜息を吐いた後に言い出す。 「あんた、あの子と何年いるの?」 「……もうすぐ出会って12、3年くらいになる。」 「だったらあんたの嫌なところわかってないわけないでしょ、京太郎君が小さい頃から一緒にいるんだから。」 「あの子は健夜のそういうところを承知の上であんたを好きでいるんだよ。」 「う……」 「それに幸せになれるかどうかなんて当人同士一緒になってみない限りわかんないって。」 「健夜、あんただけではそれは決められないことだよ。」 「あの子の幸せがどういうものかなんてあんたが勝手に決めていいものじゃない。」 「……はい。」 こう言われてはぐうの音も出ないです。 流石私のお母さん、頭が上がりません…… 「それにあんた口では何だかんだ言ってるけど、多分前とは認識が変わってきていると思う。」 「あんた前は家では『彼』なんて言い方してなかった。」 「せいぜい『京太郎君』か『あの子』って言い方だったよ。」 「健夜の中で確実に男としての京太郎君の存在が大きくなっているんじゃない?」 「……うん、そうかもしれない。」 「あー、ここで聞いておくけどさ。」 「想像してみて。」 「もし京太郎君の近くにあんたの知らない女が近付いてきたとして。」 「あの子が他の女に取られても平常でいられるの?」 「どうだろう……」 「あまりいい気分ではないけど……」 「じゃあ次だ。」 「あの子が家族になるのに抵抗があるか。」 「今でもほぼ家族みたいなものだと思ってるよ。」 「でもそれは姉弟みたいなもので……」 「夫婦や家族の形なんてそれぞれだよ。」 「私とお父さんだって家族だし。」 「それは夫婦だからじゃ……」 「それじゃ最後に聞くけど。」 「あの子が望むなら子供を産めるか。」 「ここが聞きたい。」 「え……」 「わかんないよ、そんなの……」 「そう、だったらいいか。」 「私とお父さんね、所謂幼馴染というか腐れ縁みたいなもんだったのよ。」 「半ば家族みたいなもんだったしお父さんのこと男として見たこと無かった。」 「でも世の中不思議なもんで、結婚してあんた産んで今ではこうしてお父さんと暮らしている。」 「どうしてお母さんはお父さんと結婚したの?」 「お父さんのお母さん、つまりあんたから見れば御祖母ちゃんが亡くなった時に泣いてたお父さんを放って置けなくてね。」 「思わずお父さんに向かって「私があんたの家族になってやる!」って言っちゃったんだよ。」 「そのあと付き合ったりして結婚してあんた産んだ。」 親の馴れ初めにケチ付ける訳ではないが、何かロマンチックさの欠片も無い話だ。 お母さんの言い分では多分そのときには既にお父さんの子供産んであげようと思ったんだろう。 お母さんが更に続けた。 「健夜、あんた子供産めるかって聞いたら『分からない』って言ったよね。」 「『嫌だ』とか『産めない』じゃなくて。」 「家族だとしても親兄弟のだったら子供産もうとは思わないんじゃないの。」 「ま、つまりはそういうことでしょ。」 何となく、自分の気持ちはわかっていた。 でもそうすると、何か申し訳ない気持ちがあった。 前の彼への気持ちに対して申し訳ない気持ちが。 そしてそれを引きずってしまえば今の彼に対して後ろめたさが生まれてしまう。 だから私は受け入れなかった。 でも……今はどうだろうか。 私にはまだ踏ん切りがつかない。 実家で一晩泊まって長野に戻りお隣に顔を出す。 その人もまた京太郎君と私の関係を知る一人だ。 インターフォンを鳴らしてみるが反応が無い。 仕事なのだろうか。 ドアに手を掛けるとあっさり開く、田舎ではよくあることだけど無用心である。 「お邪魔しまーす。」 そう家中に響く声。 声は返ってこない。 勝手知ったるこの家だが一応家主には自由に出入りして良いと許可は貰っている。 と言っても大分前の話だが今でもおよそ有効であるはずだ。 ならばと思い、中に入って私はとある部屋に向かう。 そこに着いたら一枚の写真の前に座った。 彼の母親の遺影。 仏壇の前で手を合わせて心中で問う。 ねぇ、私はどうすればいいかな。 貴女に聞いても答えは出ないだろうけど問わずにはいられなかった。 私たちは別に深い仲という訳ではないがそれでも顔は覚えている。 そうそう、貴女の救った女の子は立派に育っていたよ。 須賀さんから聞いたけど貴女が家族に執着していた理由が何となく分かったよ。 貴女は家族に執着していたらしいけど自分の息子を自身と似た境遇にしてしまうとは皮肉だね。 暫らくすると後ろに気配を感じて振り返る。 「どうしたの? そんなに熱心に拝んで。」 「いえ、須賀さんに話が有って来たんですけど。」 「インターフォン鳴らしても反応なかったので不躾だとは思いましたが勝手に上がらせてもらいました。」 「ああ、成る程、悪いね俺寝てたんだ。」 「それで話って?」 須賀さんに、京太郎君のお父さんに今までのことを掻い摘んで話した。 彼はあーとか、うんとか生返事をしている。 私が一頻り話すと彼は腕を組んで何か言葉を探し始めた。 「京太郎がいきなり大学を休んでどっか行ったと思ったらそういうことがあったのか……」 「しかし京太郎のやつ……」 「知らなかったんですか? 若しくは何か話さなかったんですか?」 「あー、そのなんだ。」 「今まで放って置いたツケというか今一話すのに切っ掛けが……」 「今更父親面して何か言うのも憚られるというか。」 父親として呆れた物言いだが私も人の事を言える立場ではない。 それでも彼は京太郎君との距離を測りかねていたとは言え心配はしているようだ。 須賀さんは続けてこう言う。 「俺の意見としては小鍛治さんの自由にするべきだよ。」 「小鍛治さんの心の問題なんだし。」 「ただ結論を出すならちゃんと出した方いいと思うよ。」 「中途半端なままだと進むことも諦めることも出来ない。」 「振るなら振るでいいけどお互い後腐れなく、後悔しないように。」 「ずっと京太郎を貴女に任せていた俺が言えるような話ではないけど。」 「それでも二人が幸せになってくれるといいなとは思っている。」 「どんな形にせよ、どんな結論にせよ、どんな結果にしろ、ね。」 そういうと須賀さんは身支度を始めた。 どうやらこれから出勤らしい。 私は家に戻って色々と考えて悶々としていた。 私は彼とどうなりたいのだろう。 彼に会う前は姉のような存在として傍らに居たいと願っていた。 それは最初の彼との思い出によるものだ。 でも今はどうだろう。 最初の、弟として彼と居た期間より今の彼と過ごした期間の方が長くなってしまっていた。 昔の彼の思い出が失われるわけではないけど新しい彼との思い出がより多く、より鮮明に、そして上塗りされるように代わっていったのを分かっていた。 答えなんて半分出掛かっているようなものだけどそれでも自分の心境に戸惑っている。 だから今はもうちょっとだけ時間が欲しい。 ちゃんと胸を張って答えを言えるようになるまで。 それから数ヶ月、かつての流れた噂が現実として固まる。 赤土プロが「吉野ファイアドラゴンズ」の一員になるというものだ。 彼女としては潰れたチームから移籍出来て渡りに船で嬉しいだろう。 しかも地元とくれば尚更だ。 しかし個人的には厳しいんじゃないかと思う。 だって完全に一人だけ浮いた年齢になってるし確かあの人アラサーだよアラサー。 比べてチームの基幹を成しているのは若くてキャラクター性のあるマスコットやアイドルのようなメンバー。 ……その中に赤土晴絵プロ(アラサー)は中々にきついと思う。 一部の人間には人気は出そうだけど。 今年ですこやさんじゅうにさいになりました。 気を遣われてお祝いするかどうかを相談されてるとは思いませんでした。 そういえば咲ちゃんこの間二十歳になったんだよね? 二十歳のお祝いしないとね! 皆でお酒呑みに行こうか! 自分の限界知っておかないとお酒で人生破滅しかねないからね! 大丈夫片岡さんも一緒だよ! それからまた暫らくすると進路を決定する時期になる。 夢乃さんが引退してからなり寂しくなった部室はしんと静かになって誰かを待っている。 私は何となく放課後ここで仕事をしていたりすることがある。 時々誰かがここにやってくるからだ。 それは歴代の部長だったり部員だったりするわけだけど。 そうそう、夢乃さんの進路が決まったそうだ。 私のチームや他のチームからスカウトが来ていたが彼女が選んだ場所はそのどれでもなかった。 「吉野ファイアドラゴンズ」 彼女は誘いを断り自ら進んでその門を叩いて入っていく。 今十二分なほどの指導を与えられるあそこは彼女にとって一番いいところだろう。 彼女個性もそこの方向性ともマッチングしているし。 ……赤土さんはよりきついことになるだろうけど。 それから更に少し経って2月の2日。 彼もついに二十歳になったんだろうなと思いながらも近くで祝えないことが悲しい。 前はあんなに一緒だったのにね。 もうこんなにも会ってない時間が長く感じられる。 降り積もるような感傷的な心が鬱陶しい。 私、前はもっとドライな人間だと思ってたのにな…… 部室からは誰も彼もが居なくなり一人で居るには寂しすぎる広さがある。 きっと彼は私とは違って今居る仲間に祝われているだろう。 私も何かお祝いしたいけど今更何を送ろうか。 名を出すのは憚れるので匿名でプレゼントを買って送ろう。 卒業式。 夢乃さんを見送る。 これで私が受け持つ麻雀部員は完全に居なくなってしまった。 チームの先輩として指導することは有っても顧問としてはもうないかも知れない。 だけどきっともうウチの部に入ろうとする者は居ないだろう。 そんな気がするのだ。 だから私は部室でここでの思い出に浸ると備品を締め出して掃除して綺麗にした。 綺麗になった部室を見てこれで最後かと思いながらも部室から出て扉を閉める。 そして思い出と一緒にそっと部室の扉に鍵を掛けた。 夢乃さんがデビューして久しいこの頃。 春が過ぎてもやはり麻雀部を立て直したいと言う酔狂な生徒は現れなかった。 そして春先から告知されていたプロチーム用のイベントマッチが始まる。 あらゆるプロが3人1チームで参加するトーナメント形式の大会。 ウチも参加の予定だがそんなに余裕あるのかな? 一応ベンチメンバーとして一人追加できるらしいけどそんなことしたらウチの主力がガラガラになってしまうね。 1事務所最大3チームまで出場できるらしいけど一度決まったメンバーは固定とのこと(ベンチメンバーとの交代はあり)。 つまりポジションが結構重要になるわけだけど私は当然大将として咲ちゃんと靖子ちゃんをどうするか。 先鋒は片岡さんとして中堅中継ぎを靖子ちゃんと咲ちゃんのどちらにするか。 無難なところで咲ちゃんにしておいて面倒臭くなったらベンチの靖子ちゃんに投げよう。 今大会の各チームのオーダーが出ていた。 私はそれを読みながらふと気になる名前を見かけた。 加藤ミカ。 なぜ加藤さんがこの人と一緒に……? 他には瑞原はやり・三尋木咏・野依理沙・戒能良子などが各々参加している。 それより彼らのチームはどんなオーダーを出したのか。 読んでいくとそれが顕になった。 『吉野ファイアドラゴンズ』 1チーム 宮永照・天江衣・京太郎 2チーム 松実宥・高鴨穏乃・赤土晴絵 3チーム 美穂子・原村和・大星淡 一体私たちは誰と当たることになるのだろうか。 まだ見ぬ戦力に私はどこか胸を躍らせ期待していた。 売れ残りのアラサーアイドル雀士。 半ばコミュ障口下手アラサー雀士。 アラサーに突っ込んだロリ系雀士。 そして私ダメ人間言い訳多目雀士。 う~んこの面子…… ひどいものだ。 というかここ来ている女子プロの内何人が男を漁り、もとい出会いを求めてきているのだろうか。 三尋木プロは何となくライバルを見に来た感は有るけどあの子も確か今年29歳だしね。 アラサーですよ私たちと同じアラサーですってよ。 「お疲れ様でした。」 結局何がどうするわけでもなし、私が周りを潰して一位上がりである。 二位である三尋木プロも一応トーナメントの関係上一緒に上がるのだけれど彼女は終始苦い顔をしていた。 「よーし! これから男の人と出会いを探しちゃうぞ☆」 「仲間!」 「……ああは、なりたくないねぃ。」 「うん? 何か言ったかな★」 「いえ、何でもないっすわ。」 黒いはやりん☆(33)が三尋木プロに絡んでいるのをよそに私はそそくさとその場を後にする。 三尋木プロがこっちを恨めしい目で見てた気がするけど私は絡まれたくないんです。 というか瑞原プロと野依プロは赤土プロと一緒に昔私から折檻麻雀を受けたのにまだ懲りてないのか。 多分結婚するまで懲りないんだろうなぁ。 結婚できる未来は見えないけど。 続いての対戦相手は意外や意外の組み合わせだった。 私側の佐久と横浜は分かっているのだけれども片方は二つとも吉野ファイアドラゴンズだった。 抽選の結果だからこういうこともあるのだろうけど同じチームが食い合うなんてね。 吉野の2チームと3チームなら京太郎君とは対峙しないだろうけどそれでも苦戦は強いられるのではないか。 特に福路さんを先鋒に置いてあるという事は先鋒で稼いで後は逃げの戦法が考えられる。 が、先鋒でトばして来る場合だって十分にありえるのだ。 流石にウチの面子がトぶことはないと思いたいが何が起こるかなんて分からないのが麻雀なのである。 先鋒戦。 吉野ファイアドラゴンズ第2チーム、松実宥。 吉野ファイアドラゴンズ第3チーム、福路美穂子。 この二人と片岡さんは戦わないといけない。 松実宥はまだしも福路さんは幾度となく打ってきた相手。 お互い手の内は分かっているはずだが福路さんのほうが上手なので片岡さんはかなり不利。 横浜ロードスターズは無名のだから気にしなくてもいいけど下手したらそっちを庇わないといけない可能性もある。 自分のガードを固めていたら横浜がトばされて吉野がワンツーフィニッシュとか目も当てられない事態だ。 まぁ例え片岡さんがぼろぼろになっても咲ちゃんまで回してくれれば何とかなるはずだ。 さて、お茶でも飲みながら観戦しようかな。 「ツモ、8000オールだじょ。」 まず最初に片岡さんの先制ツモ。 これで簡単にはワンツーフィニッシュとはいかなくなったわけだけどまだ油断は出来ない。 南場に入った途端に福路さんが全力で削ってくるはずだからだ。 しかも東場・南場に限らず赤い牌が入らない。 恐らく松実宥の能力だろうけどこれが半ば他家を絶一門にしているのだ。 最初以外片岡さんの手が伸びないのも仕方ないことだった。 「戻ったじぇ……」 結局戻ってきた片岡さんはボロボロにされていた。 咲ちゃんが片岡さんにフォローを入れた後気合を入れて言い放つ。 「じゃあ、行ってきます。」 「咲ちゃん頼むじぇ~。」 「頑張ってこいよー。」 「油断せずにね。」 「あ、健夜さん。」 「うん?」 「別に全部ゴッ倒しても構わないんですよね?」 あれそれ負けフラグじゃなかったっけ? 中堅戦。 咲ちゃんの相手は原村さんと高鴨さん。 うん、原村さんに負けてるね、何がとは言わないけどさ。 あ、でも今はもう気にしてないんだっけ、流石ナイスバディ先輩。 と言っても咲ちゃんが原村さんに嫉妬して八つ当たりしているところを見たこと無いけどさ。 元々友達だからかな? 咲ちゃん他人の巨乳には容赦なかったけど身近な人には危害を加えないもんね。 試合が始まり咲ちゃんが取られた分の点棒を点数調整で取り返していく。 とはいえすんなりとは行かない。 伊達に京太郎君たちと打ってない。 恐らく対策や研究も済ませて有るだろう。 それでも地の分咲ちゃんの有利は覆せないが。 あ、そういえば高鴨さんって賽の出目で能力が…… 「ロン! 6400!」 「わたしのイーピン……!!」 ぐにゃあっと歪む空間。 咲ちゃん、カメラに映せない顔になってるよ。 後カメラさん、一番カメラ映えするからって原村さんばっかり映すのやめてよ。 咲ちゃんを映すときも原村さんの胸越しに映してるし。 完全カメラさん遊んでるよね、こーこちゃんと同じ匂いがするもん。 やがて中堅戦が終わり、咲ちゃんが先鋒戦で奪われた点差をフラットにして戻ってきた。 「ふぅ、疲れた。」 「お疲れだじぇー。」 「のどちゃん元気だったな。」 「とくにあのおっぱいが。」 「優希ちゃん、人の体調を胸で判断するような真似はよくないよ。」 「確かに元気なお胸でしたけど。」 何か後で会いに行こうという話をしながら和気藹々としている。 咲ちゃんにしては珍しく明るい話題だとも思ったが関係人物は彼との共通関係も有って奈良に集中しているんだよね。 仕方ないといえば仕方ないのかな。 それから少しして私は時間になると対局室に向かう。 そこには三尋木プロと赤土プロと大星さんが待っていた。 「や、ども。」 対局者と軽い挨拶をして席に着くと何やら気になる行動をしている人物が一人。 「私は空気、私は星、私は……」 何か大星さんがブツブツ言っている。 そこに空かさず赤土さんがフォローを入れる。 「ああ、今回に限って彼女は気にしないであげて。」 「私のお願いを聞いてサシウマに協力してくれてるだけだから。」 「サシウマって私と?」 「ええ、ダメですか?」 「私はいいけど……そっちはどうかな。」 そう言って三尋木プロに目線を向ける。 目のあった三尋木プロは肩をすくめた。 「別にいいんじゃね?」 「ただしあたしとしては隙あらば二人から掠め取るよ。」 「分かってるよ。」 そういう受け答えがあった。 大会だと言うのに何か適当過ぎやしませんか? それともあれか、もうどうにでもなれ精神なのかな? 大将戦。 始まったのはいいけど手牌を開いて辟易した。 しかしそんなこちらの事情は関係ないと言わん勢いで赤土さんは仕掛けてくる。 「前はホテルで野依プロや瑞原プロと一緒に打ったけど今回は真面目に打ちます。」 「インターハイ、貴女とは直接打ってないけどトび終了なんて屈辱を払拭するためにも全力で。」 「私は、貴女を超えないと前に進めない。」 「だから貴女をここで倒す!」 「ロン、64000。」 赤土さん第一打で持ち点の50000失ってトび終了。 何かガチ凹みしていて見ていて可哀想だった。 必死にチームメイトが慰めていたが年下に慰められて余計惨めだったのか子供みたいに捨て台詞を吐いて泣きながら走って去っていった。 どうしてこうなった。 赤土プロをトばして控え室に戻ったら京太郎君チームが気になってきた。 しかしそれとは別の試合に目が移る。 彼のチームが既に試合を終えているというのもあったがそれ以上に目を引いたのだ。 モニターの中では延岡スパングールズの大将の大沼プロがメガン・ダヴァンと打っている。 見た感じダヴァン選手の方が若干優勢といったところか。 「お爺さん、無理しない方がいいでスよ。」 「若者に合わせるのは辛いでショウ?」 これは暗に「貴方の古い打ち方では私には勝てない。」と言ってるのだろうか。 皮肉も余裕もたっぷりだ。 しかし大沼プロはダヴァン選手に口数少なく返していた。 「御託はいいさ。」 「抜きな、ヤンキーの嬢ちゃん。」 「どっちが早いか勝負しようか。」 「いいでスネ、ソレ。」 「スピードでは負けセンヨ。」 見えるビジョンは荒野の西部劇に出てきそうな酒場の前。 大沼プロもダヴァン選手もテンガロンハットやカウボーイハットを被っている。 まるでビリー・ザ・キッドかパット・ギャレットのような出で立ちだ。 二人が再び会話を始める。 「What's going on?」 《調子はどうだ?》 「That's tight.」 《最高ですね。》 大沼プロが流暢な英語を喋ったのが驚きではあるがそんなことはお構い無しに試合は進んでいく。 ダヴァン選手が唐突に銃を取り出した。 鳴り響く銃声。 彼女が片手に取り出したライフルを構えた。 そう思ったときには彼女は撃たれていた。 「ナ!?」 「ロン、8000。」 「What the fuck!?」 「どうやらこっちのアナクロの方が早かったみたいだな。」 「ま、年季の差って奴だ。」 まるで西部劇のガンマンのような早撃ち。 相手が銃を引き抜くより早く大沼プロは相手を撃っていたのだ。 若干彼女の語彙が放送コードに引っかかりそうな気がするけどこの際そこは目を瞑ろう。 「次はもっと早いでスヨ。」 ダヴァン選手が先程より早く仕掛ける。 さっきより早く、そして無駄の無い動き。 だが銃声が鳴ったのに立っていたのは大沼プロだった。 「Just made it.」 《ギリギリだな。》 「Do you want to try again?」 《まだやるかい?》 「Off course.」 《もちろん。》 ダヴァン選手が大沼プロの問いに答える。 そして何度も鳴り響く銃声。 「Do you want to try again?」 《まだやるかい?》 「I'm Fine.」 《大丈夫。》 鳴り止まぬ銃声。 倒れる女。 「try again?」 《まだやるかい?》 「Once more.」 《もう一回。》 問いかける言葉。 途切れぬ返答。 「Once more……」 「…………」 「Once more again!」 必死な声を上げて続きを強請る。 しかし終わりは告げられる。 「Not now.」 《今はやめておけ。》 「Game is over.」 《試合は終わりだ。》 試合は既に終了していた。 ただ、熱くなったダヴァン選手が気付いてなかっただけで。 点数なんてとうにひっくり返っていたのに。 熱くなりすぎるのも問題か。 大沼プロ達の試合が終わったのを見て息を漏らす。 明らかに全盛期に近付いている。 年齢と言う錆を感じさせないくらいの打ち筋だった。 私はその後大将を靖子ちゃんに預けて暫らく休んでいた。 来る決勝まで休んでいた。 休みたかった。 けどとある人物に会ってしまった。 「あ、さっきはどうも。」 「こちらこそ、さっきはトばしちゃってごめんね。」 そう、ボラーレでヴィーアなことになったあの赤土プロ。 挙句、基本の世界の教え子達に慰められて捨て台詞を吐きながら逃げ去ったあの赤土プロ。 より具体的に言うと「麻雀なんて嫌いだー!」と泣きながら出口にの方に走ったかなり大人として恥ずかしいあの赤土プロだ。 「いえ、気にしないでください。」 「そうですか、それではこれで。」 「ちょちょちょ、ちょっと。」 何か止められた。 私は早く休みたいのに。 そのために態々靖子ちゃんに大将を押し付け、もとい頼んだのに。 「私は今回負けてしまったけどいつかリベンジするから。」 「覚悟しておいてください。」 「あ、はい、頑張って。」 「気のない返事だな……」 そんな事言われても私は今寝転がりたいの。 正直どうでもいいの。 そう思っている私のことをどこ吹く風で赤土プロは考え始める。 「そういえば小鍛治プロって世界一位なんだよね?」 「ええ、まぁおかげさまで。」 「そして私はインターハイのとき小鍛治プロ以外に負けてない。」 「まぁそうだね。」 「つまり……」 「小鍛治プロが世界一位なら私は世界二位ということだな!」 何その謎理論。 これ以上付き合うとハイテンションのこーこちゃんを相手しているとき並に疲れそうだから早々に切り上げようとした。 「あ、じゃあ私はここで……」 「お疲れ様です。」 「うん、お疲レジェンド。」 「え……?」 「お疲レジェンド!」 ちゃんと聞こえてるから。 二度も言わなくていいから。 「え、何その語尾……」 「いやー、私地元では阿知賀のレジェンドって呼ばれててさ。」 「それでキャラ付けも兼ねて。」 「だからと言ってお疲レジェンドって」 「あ、気に入ったからって取っちゃダメだぞ?」 「取らないよ!」 思わず突っ込んでしまった。 この人前より鬱陶しい感じになった。 うわぁって感じ。 本気と書いてマジで休もうと離れようとしたとき赤土さんがポツリという。 「そういえばこのあいだ、彼宛てにプレゼントが届いていたんだよね。」 「…………」 「彼は後生大事に持っていたよ。」 「彼自身何も言わなかったけど凄く大事そうだった。」 「きっと誰かさんからの贈り物は大事な大事な宝物だったんじゃないの?」 「…………」 「これ以上は本人同士の話だから私の口を挟む余地は無いんだけどね。」 「一体誰なんだろうね。」 「プレゼントの送り主は。」 そう言った赤土プロは面白いおもちゃを見つけた子供のようにニヤニヤしていた。 凄く引っ叩きたい表情だ。 よし、決めた。 次に会った時は完膚なきまでに叩きのめす。 二度と調子に乗らないように。

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