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淡「雲の切れ間に」京太郎「星が瞬く」2」(2015/08/17 (月) 17:55:04) の最新版変更点

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「で、次はここか」 礼儀正しくラーヌン次郎をペロリと平らげた淡に連れられて、京太郎はゲームセンターに来ていた。 「そうそう!麻雀ばっかしてちゃ麻雀だけの麻雀人間になっちゃうよ!アラフォー待った無し!」 「んー、確かにな……しかし、でかいな」 長野にこんなでかいゲーセンはなかったなーとおもいつつ、そのあまりにもやかましい店内へと二人は足を踏み入れた。 ゲームセンターの中は予想よりもだいぶ騒がしかった。 都会のゲーセンは二階三階とあるのか……と京太郎はギャップを感じる。 「しかし、来たはいいけど俺はあんまりゲームは得意じゃないんだよな」 「そうなの?」 「外で遊ぶほうが好きだし」 「……なんで麻雀部入ったの?」 呆れた目で見られるが、入ったのだから仕方がない。 「じゃあわたしがよくやるゲームを一緒にやろう!んふふ~、ずーっと麻雀の練習ばっかでしばらく来れなかったから久しぶり~」 「やっぱ名門校は練習キツイのか」 「キツイっていうか、長い!」 ウガーッと淡は不満を漏らす。長い練習をキツイというのではないのかと思ったがたいした問題でもないと思い聞かないことにした。 「えーと、あった、これこれ!」 先を歩いていた淡がビシッと指をさした。その先を見てみると、なにやら洗濯機のようなピカピカ光る機械がある。 「……なんだこれ」 「マイマイ!」 「……あぁ、前行った時に誰かがやってたよーな」 淡は早速チャリンとコインを投入し機械の前に立った。 そしてじっと京太郎を見てくる 「やらないの?」 「え?俺もやんの?」 「空いてるんだしやろうよー」 「お、おう……ここか」 京太郎はいわれるがまま淡と同じように隣の機械にも100円を投入しその画面の前に立った。なにやら淡がニヤニヤしている。 「じゃあシンクロモードでプレイしようね」 淡が勝手に画面をタッチしてモードを選択していく。なにやらよくわからない、初めてプレイするゲームなので任せるしかなさそうだ。 「じゃあ簡単な歌曲で練習!がめんのマーカーに合わせてタッチするだけだから簡単でしょ!」 「そうか?まあやってみるか……」 そしてゲームが始まり曲が流れ出す。すると中央の画面に言われた通りマーカーが現た。チラリと淡を見ると、外側のラインに触れた時にタッチしている。見よう見まねで京太郎もやってみる。 「お」 そのままゆったりとしたテンポでマーカーが流れ続けてくる、要領をつかんだ京太郎は曲に合わせてマーカーを押し続ける。 (しかしこれは……恥ずかしいな) 誰が見ているわけでもないが、まるで踊っているようではないか、と思いつつも、一曲が終了した。 「はい終わり。どう?簡単でしょ?」 「まぁ、そうだな。でもお前よくこんなのやれるな……」 「人の目なんか気にしない!さ、次やろ次!次は少し難しいのやろう!」 画面をカチカチと押している淡は楽しそうだ、付き合ってやるのも悪くはないか…… 京太郎は画面に向き直る。次の曲が選択されたようだ。曲名は……LUCIA? 「ふう、クリア~。……あれ?!クリア!?きょーたろークリアできたの?!」 「やっぱお前すげー難しいの選びやがったな!?死ぬかと思ったぞ!?」 「えー……京太郎えー……なにその才能、そこは失敗するとこでしょー……」 「言いたい放題だなこんにゃろめー!」 「ギャー!グリグリやめてぇ~!」 じゃれ合いながらゲームを離れ、次は麻雀ゲームをやることになった。 「えー、ここまで来て麻雀?」 「いいじゃねーか別に、初心者潰しの大星さん」 「ごめんってばー」 反射神経が疲労しきった京太郎はドスッとゲーム機の前の幅広の椅子に腰を下ろした。 「ちょ、つめてつめて」 「え、お前ここ座んのかよ」 すると淡は京太郎をぐいぐいと押して、無理やりに同じ椅子に座り込む。 二人なら問題なく座れる椅子ではあるが、画面を覗き込むと体が密着しそうで落ち着かない。 「ん~、じゃあへっぽこな京太郎には私が指導をしてあげよう。光栄に思いたまえ」 「はいはいありがとさん……」 チャリンとコインを投入し、画面をタッチして対局画面へと移っていく。隣の淡はなんだかんだといいつつ楽しげに画面を見つめている。 「ふふー、頑張ってねきょーたろー」 「おう」 「ねー京太郎」 「ん?」 「京太郎の麻雀を始めたきっかけってなに?」 「あー、それはなー……」 「あ、それ鳴いて」 「え、マジ?……入ったきっかけなー、麻雀部に好きな子がいたからだ」 「なにそれ」 「いやマジで。中学の頃までは運動一筋だったんだけどさ、同学年でスッゲー可愛い子が、麻雀部に入ってさ、お近づきになれればなーって……お、ツモった」 「なにそれ、不純」 「男なんてそんなもんだ。で、まぁ、それでやり始めたんだけど、案外面白くてな」 「ふ~ん……へんなの」 「なにがだよ」 「その割にはガッツあるなーって……私にボコボコにされれば、すぐに心折れて、少なくともその場では麻雀やめる!とか言い出すかと思ってた」 「いいたかないけど負け慣れしてるからな……」 「ダサいよー」 「うっせー」 「……ここは三索か?」 「三色の目あるんだからもったいないでしょ、もっと欲張りなよ」 「そ、そうか……で、淡はさ、どうだ」 「なにが、麻雀始めたきっかけ?」 「いや、そうじゃなくて、麻雀って楽しいか?」 「……え?それ聞く?普通同じ質問返さない?」 「聞きたいんだ」 「別にいいけど……楽しくなきゃやってないでしょ」 「やっぱ強いし楽しいか」 「そりゃね。負けることもたまにあるけどだいたい勝てるし……」 不意に、淡の顔が俯いているのが視界の端に移って、京太郎はそちらを見た。 「でも、ね、昨日は……相手も強くて楽しかったんだけどさ、すごく悔しかった……」 「……そうか」 再びゲーム画面に顔を向ける。そこから淡のアドバイスは終局まで入ることはなかった。 「今日はお疲れ様」 「おう」 ゲームセンターを出た二人は、帰り道を行きながら話していた。先ほど浮かばない顔をしていた淡もいまはすっかり明るい表情だ。 「本当楽しかった~。しばらく息抜きできなかったからさ!」 「いつも緩みまくってる気がするけどな」 ルンルンと広い歩幅でゆったり歩く淡の姿を見ていると京太郎も心が和む。こんなにも凛とした美貌なのにどうしてこうも癒しオーラが放てるのか、不思議でならない。ふだん幼馴染のポンコツを眺めていると余計にそう思う、あれはあれで可愛いが。 「……それにしてもさ、知り合って3日目なのにこんな風に仲良く遊ぶって不思議だよねー」 「お前が人懐っこいからだよ」 「犬みたいに言うなー!」 ポスポスと叩かれるが全く痛くない。淡のいう通り、知り合って3日目だというのに既にこのさっぱりとした子供っぽい性格の淡に、京太郎は心を許していた。 そして、二人の帰路の分かれ道へと差し掛かる。 「じゃ、ここでお別れ」 「そうだな」 「えーと、お金返したし、忘れ物とかないし……よし、大丈夫。じゃあ、ばいばーい京太郎」 淡は軽く手を振って沈みかけた夕日の方へと歩き出した。 揺らめく金の長髪がまさしく黄金色に輝いて、その性格とは裏腹の神々しさを醸し出す。 思い立って、京太郎は声をあげた。 「淡!」 その声に反応して、淡は振り返る。小首を傾げて、なんなのか、と問いかけてくる。 「明日の、清澄と白糸台の決勝線さ!」 「絶対に、清澄が勝つぜ!」 自分のことでもないのになにを偉そうにと自虐しながらも京太郎は自信満々に言い切った。 その言葉を受けて、少し呆然とした淡も、段々とその口角を上げて、悪役っぽい顔をする。 「いーや!勝つのは私!」 自信満々に言い切った後、再び背を向けてズンズンと淡は去っていった。 「……」 そして、京太郎も、淡と反対方向、夕日に背を向けて歩き出した。 翌日、インターハイ団体戦の決勝戦。 より一層多くの観客が詰め寄る中、清澄の控え室は緊張に包まれていた。 「……もう少しで開始だな」 「おう……」 「……おい優希、これみてみろ」 「お?……あー、タコス」 「お前ガラにもなく食べるの忘れてたぞ、食べなきゃ力がでないんだろ?」 「おう!気が聞くじぇ京太郎!……んー!うま!」 「俺の謹製タコスだ……それくらいしかしてやれねーからな……勝てよ、優希!」 「……任せとくじぇ!」 「……ふぅー」 「三連覇がかかると、さすがに緊張するか?」 「……」 「それとも、妹か?」 「関係ない……私は、ただいつも通り……勝つだけ」 「……任せた」 「任せといて」 決勝戦、先鋒戦開始 …… ………… ……………… 重苦しい、沈黙。緊張感の張り詰める控室。 「ゆーき……」 緊張した面持ちで和が見つめる画面には、対面で宮永照と対峙する優希の姿があった。 東4局、親番は照。 一言で言うと最悪である。宮永照との対局においてラス親を取られるのはほぼ負けを意味している。 もはや暗黙の認識と化している宮永照の能力、打点上昇ツモと《照魔鏡》。相手が起親で親番を潰すのが最高である。、その真逆はやはり最低である。 しかし優希は引き下がらない。点数98300点。まだまだ負けていない。 だが、長い南場が待っている。 「……お姉ちゃん」 咲が、ぼそりと呟く。 まさしくここで決勝戦は最大の山場を迎えている。 優希は、勝てるのか。 「……ん?」 不意に京太郎のポケットが震える。マナーモードにしてあるスマートフォンが震動したのだ。 画面を開くと、LIMEのようだ。差出人は、大星淡。 『やっほー。今控室だよねー?ねぇ、先鋒戦がどんな風に終わるか予想しあおうよー>< 私はねー、白糸台以外マイナス!どうー?(#′∀')』 「……」 京太郎は、黙って返信文を書いた。 『余裕だなおい。そうだな、俺の予想は……白糸台が一位で、清澄はプラス収支だ』 送信…… すぐに返信が来た。 『えー?そこは清澄が一位っていうところでしょー?(・3・)』 すぐに、返信 『まぁそれが理想だけどさ……あの清澄のタコスは昨日俺のアイスを奪いやがったからな。それに……』 文を書き終えて、京太郎は再び送信を押す 『点数負けてても、あんまり関係ないんだ』 ……変身は、来ない お人好しが過ぎると、京太郎は皮肉に笑う。 画面の向こうでは、優希が宮永照に直撃をかましていた。 (っ……食いついてくる) 宮永照は、清澄と阿知賀のタッグに苦戦していた。 実に理にかなったコンビ打ちを展開されて、上がる前に潰されている。 松実玄の力で、ドラは誰の手にも行き渡らない。 優希はその類稀なる集中力と運で、宮永照に食らいつくもあと一歩、いや、二歩。であれば、二人でやることは簡単だ。 優希は、ドラとは無関係の場所で手を作り上げる。 玄は手の内にドラを溜め込み、優希の欲しがる牌を切り鳴かせる。 単純だが強力だ、玄の一押しが優希を宮永照に喰らいつかせている。 (気があう人でたすかったじぇ……さて) 阿知賀の方にウインクをしてから、優希は宮永照へと向き直る。ここまでやってまだ五分だ。いや、少し不利かもしれない。 しかしこれなら十分勝てる。優希は深く深呼吸をし、改めて卓上を見渡した。 (負けるわけにはいかないじぇ!この優希様が点を稼いで、みんなを有利になるにスタートさせなきゃならないんだからな!)タンッ 「ロン!」 「あ」 臨海に直撃させられた 混沌とした、先鋒戦、終了 白糸台は一位通過で、122500点 清澄は100200点。 今までの試合と比べると白糸台のリードが明らかに少ない。 会場内は騒然とした。 「うぬぬぬ……ただいまー」 「ゆーき!」 「おわーっ!?」 部屋に入ってくるなり感極まった和に優希は抱きつかれた。顔が胸に埋もれている。 「すごい!すごいですゆーき!あんなすごい麻雀!」 「むぐぐぐ……ぷはっ。うー、でもかなり離されちゃったじぇ……」 「何言ってんの、上々よ」 「うん……お姉ちゃん、すごく悔しそうだったし。すごいよ優希ちゃん!」 「そ、そう?へへ……まぁ、この私なら当然!」 えっへんと胸を張る優希は、そのまま京太郎に向き直った。 「京太郎!お前のタコスの力もかなりあった!たすかったじぇ!」 「へへ、早起きした甲斐があったってもんだ」 あの宮永照相手にプラス収支で二位通過、湧き上がる面々をよそに、のっそりと染め屋まこが立ち上がった。 「おう、ようやったの、優希……ほんじゃ、わしはこの荒れた場をフラットにしてこようかの」 「まこの胸みたいに?」 「張り倒すぞおどれ」 「っ……」 「何を落ち込んでるんだお前は、ダントツ一位だろう。その顔見せたらさっきの先鋒のメンバーにすごい嫌なもの見る目で見られるぞ」 「いや……落ち込んではいない。ただ疲れた」 「ほう」 「あそこまで、喰らいつかれたのは久しぶり……まぁ、楽しかった」 「……うん、そうか。さて、私の番か……苦汁を舐めさせられたからな、準決勝で。名誉挽回と行こう。照のリードをより磐石にしなければならないな」 「スミレ~がんばってね~」 「菫せ、ん、ぱ、い。淡、阿知賀と清澄の対象の牌譜見ておけよ」 「は~い」 (読まないなあいつ……) 「……お」 またも、淡からのLIMEが届いた。 『う~、京太郎やるじゃん!』 『どうだ、俺の戦況千里眼は!』 『千里眼ってなに?千里山の親戚?』 頭を抱えた。 『千里眼ってのは千里先まで見渡せるほどの視力って意味だ』 『せん……なに(:・・)?』 『せ、ん、り!』 『距離じゃん、未来じゃないじゃん(′・3・)』 『戦術ってつけたろーが!』 素直に戦術眼と書けばよかったと後悔。予想以上に手間取らせる。 『それより次峰戦の予想!私はねー、白糸台が一位でドベは阿知賀!』 『おうそうかいそうかい』 チラリと画面を見て、返答 『阿知賀は二位かな、俺的には』 (あー、なんじゃろーなこれ) まこは頭を抱えたくなるような無茶苦茶な卓上を見た。 そして、対局相手たちを見る。 松実宥、そんな格好をして頭が茹らないのか、問い詰めたい。 弘世菫、お前こっち見ろ、うちは二位だぞ。阿知賀ばっかみんな。あ、みた。 慧宇、お前は……まぁよく知ってる。一回やったし。 (なんじゃこれ) 頭を抱えたくなる。なんと混沌とした場か、面子も卓上も。 自分が地味に見えてくるから困る。緑髪だぞ緑髪。 (しかし、ま) 眼鏡を外し、卓を見つめる。 (やることは変わらん) 牌をきる。 (だいぶ、なんというか、見たこともない表情しとるけどな?ご機嫌とりは、いつもの通りやればええ) (逃がさんぞ松実宥) 弘世菫は若干頭に血が上っていた。対面に位置する松実宥にただならぬ熱い視線を送っている。無論、あれじゃない意味で。 (無論これはチームの勝利を目指している。そのためなら感情を殺すべきだ、しかし……) 感情論を切り捨てては麻雀は勝てない、一度ならず二度までも躱してのけた松実宥に直撃をとらなくては、この劣等感が対局中ずっと足かせになる。 (必ず射抜 抜いて見せる、必ず) 神経を集中させる。名門校のプレッシャー、三連覇のプレッシャー。勿論、ある。 しかしそれすら一瞬忘れた。稼いでくれた友のため、後に続く後輩のため、この戦いは負けられない。 (清澄のはまだ手ができてはいない雰囲気だ、臨海もあと少しといったところが、なら、狙い撃つ!) 弘世菫は、狙いを定めた松実宥の捨て牌をみて、最高の待ちで満貫の聴牌を作り牌を切り出した 「ポン」 「!」 上家の清澄が鳴く。 (くっ、しかし、阿知賀までツモが回れば!) 「ほれ」 「あ!」 「ロン、5200」 阿知賀が上がった。清澄の捨て牌で。 ほいほいとまるで気落ちせず清澄は松実宥に点を支払う。 (……なるほど、強敵じゃないか、清澄の……染谷まこ!) 弘世菫の、視線を感じ、染谷まこは少し笑った。 白糸台、123800で次峰戦を終える。 対して阿知賀、点数を10万点代まで回復させる。 清澄と臨海はもつれ合う形でわずかに臨海が上。 「帰ったぞー、いやーすまんの優希、お前さんの点棒まいてきちゃった」 「先輩……すごく意地が悪い麻雀だったじぇ……」 「まーこー……あなた白糸台への嫌がらせに集中しすぎじゃないのー?」 「しゃーないじゃろ怖いし、調子づかれて突き放されるよりなるったけフラットにフラットに。だいたいこのくらいの点差なら……お前さんら勝てるじゃろ」 まこは、三人に目を向ける。 竹井久、原村和、宮永咲、この三人ならきっと追い抜ける。 「わしの役目は、射程圏内で耐えることと、相手をぐしゃぐしゃにかきみだすこと……あとは任せたぞ、久」 「……まっかせときなさい」 「やられた!!まんまとやられた!!!!」 「お、落ち着いてください部長」 「落ち着けるか!染谷まこめ……私が狙い撃つ相手全員に自分で振り込むし!いざ染谷を狙ってみよにも上がりを目指さない上がり方のせいで手が読めない!」 「……おそらく白糸台を独走させないために、あえて自分の点を吐いて菫のペースを乱してた。自分が上がる気がないんだから、当然相手はいろんな牌を持てるしひらひら逃げられる」 「ウグググ、悔しぃ……!!」 「部長キャラ崩壊してます……」 「あっはっはっは!スミレおもしろーい!」 「うがあああ!!」 「ギャー!?暴力はいけません~!!スミレのアホー!」 中堅戦 清澄の部長竹井久、ついに憧れの舞台に立つ。 (やば……すごい緊張する) なんせ悲願の優勝がかかった試合だ、今までよりはるかに大きい重圧がかかる。 (でもまぁ……後輩にかっこいい先輩の姿を見せつけるラストチャンス!怯えず行くわ!) しかし久は引かない。強い気持ちで手を作っていく。 新子憧、渋谷尭深は、確かに強敵ではあるが、他と比べれば火力はマシだ。 問題は、雀明華。自風を使って速攻で上がられると、瞬く間にオーラスに突入してしまう、そしてそのオーラスは渋谷尭深の本領。 それまでに、何としても点を稼ぎたい。 (どう戦おうかしらー……) んーと、少し考える。 そして、控え室のメンバーのことを思い出して、少し笑う。 (……かっこよく戦いたい。自分の好きなように、自分が楽しめるように、誇れる麻雀を) きっと前を向く。かわいいかわいい後輩連中の目にやきつけよう、この戦いを。 「……ツモ!」 我らが大将咲、頼れる副将和、信頼するまこ、かわいい優希、面倒かけてしまった京太郎。 全員を思い、久はいつも通りに派手なツモ上がり(モーション的な意味で)を決めた 一方京太郎は控え室から抜け出てトイレへ向かっていた 「あーちくしょう!緊張して飲み物飲みすぎた!」 自分が戦っているわけでもないのに京太郎はいつの間にか2リッターのミネラルウォーターを飲み干していた。 それに気づいた瞬間尿意をもよおす、しかも強烈。 そのせいで京太郎は久の想いが詰まったツモを見逃した。運のない男である。 「くっそー……どうしてこう締まらないかねー」 小便器に用を足し、急いで手を洗う。 男子力高めな京太郎はしっかり隙間まで、液体石鹸を使って洗い流した。 「さてと!すぐさま観戦に!」 トイレを飛び出し、いざ走り出す!目的地は清澄控え室!目標は試合観せ…… 「うはぅ!?」 「ぐおっ!?」 腹に、何か突き刺さった。 おそらく金色のものと視認したそれは走り出さんと身を乗り出した京太郎の硬い腹筋にドスリとめり込む。 カウンターの要領で名状しがたい金色に頭突きをもらった京太郎は二、三歩後ずさり、青い顔をして腹を抑えた。 「うっううぅ……ご、ごめん、前、見てなかった……」 「いや、俺も走ってたから……」 お互いくぐもった声で謝罪をし、お互いを見やる。 「……ん?京太郎じゃん」 「……淡?」 「ここでいいか」 「うん、オッケーオッケー」 そのあと、控え室に戻ろうとした京太郎に淡は、一緒に試合を観戦しようと持ちかけた。よって今二人は、大型モニターの備え付けられたスペースにいる。椅子は埋まっているため、壁に寄りかかる形だ。 「いやー、スミレを怒らせちゃってさー。大将戦までなるべく外にいようと思って」 「呑気すぎるだろ」 画面の向こう側では、控え室で後輩達が勇姿を見ているだろうと信じて戦う久が映っている。 その内の一人京太郎はその久の対戦相手の高校の大将とだべりながら見ているが。 「てゆーかー、京太郎勘鋭すぎー。この淡ちゃんより予想を当てるなんて、生意気だぞー!」 「理不尽な……」 プンスカ怒る淡を横目で見て、京太郎は苦笑いした。 「別に、勘が鋭いわけじゃねー。それなら麻雀弱いわけないしな」 「あーそっか」 「納得すんのな……俺は、ただ単に清澄に都合がいい展開を予想っぽく言ってただけだ」 「都合がいい?四位なのに」 「チーム戦だからな」 久が白糸台から直撃をとった。点数はそれなり、一気に差を詰める。 「わお。たかみーから直撃って、やるー。てかなにあの待ち」 「そういう人なんだよ。守り硬い相手の方がやりやすいんだ」 適当にだべりながら、試合を観戦する。画面の向こうで1回目の半荘が終了。風神こと明華が白糸台の大物手を阻止する。 「あーたかみー!」 「相性悪いな、ありゃ」 「うわー、点数が10万点だいに……でもいーもん!私が取り返すもんね!」 ふふーんと淡が胸を張る。 「そこ、ふつーは大丈夫かなーとか不安に思うとこじゃねーの?」 「高校100年生に負けはない!」 ふんすと語る淡の目に揺らぎはない、本当に、自分自身の実力を信じているのだろう 「チーム戦だぜ?これ」 「? 負けてても、私が取り返せばいーじゃん。大将の役目でしょ?」 「勝ってたら?」 「勝ってたら、ぶっ飛ばすまであがる!」 「なにもかわらねーじゃねーか戦法!」 「なにさー!よーはアガらせずにアガればいいんでしょ!私にはそれができる!」 再びふんすーと鼻を鳴らす。 京太郎は苦虫を噛み潰したような表情をした。 「……淡、俺の予想を教えてやろうか」 「予想?」 「多分な、白糸台は結構リードして、副将戦を終える。二位は清澄だ」 「ほほー」 一息、ついて 「……で、お前は、咲に負ける」 告げた。 「……ほっほーん」 結構カチンときたようだ。淡がメラメラと瞳の炎を燃やして見上げてくる。 「えーつまり、この淡ちゃんが、そのサキに、大きな点差ごと捲られて、逆転サヨナラ負けを喫すると」 「そうだ」 「……んにゃわけあるかー!」 淡は吠えてシュバッと京太郎の背後に周りベチベチと背中を叩いてくる。 「いててて、やめろ!」 「生意気だぞー京太郎のくせにー!てか、バカにしすぎー!」 フンッと今度は不機嫌に鼻を鳴らし、淡はきっと睨んできた。 「そんなに言うなら見てるがいい!この淡ちゃんがアッショーしてきてやるから!そしたら京太郎サーティーワンおごってよね、3段で」 何度目か、淡は鼻をふんすとならしてずかずかと歩き去って行った。 「……」 京太郎は、その背中を、少しばかり、心配そうに見つめた。 「で、須賀君は私の勇姿を見てなかったのね~……」 「いや、見てましたって!」 「よそのモニターで、いざこれから戦う高校の大将と駄弁りながら?」 「」 ものすごい勢いでいじける久に京太郎は徹頭徹尾謝罪する。 あのあと、対局を終えた久に優希が何やらチクったのだ。 どうやら飲み物を買いに出たら淡と喋って観戦していたのを見ていたらしく、それを聞いた部長は至極不機嫌である。 対局の結果は、白糸台が137000 、その他の高校は全員10万を下回るが似たり寄ったり。 三校で渋谷尭深を徹底的に狙い撃ち、一時白糸台は4万点近くまで点数を落としたが、ラス親の尭深はわずか三巡で四暗刻字一色を完成させる離れ業を披露、全校から大量の点棒を抉り取り、結局はプラス収支で終えてしまった。 「くっそー、泣きそうな表情になるもんだから油断したらこれよ、これも全部須賀君の仕業よ」 「なんだって!?絶対に許さないじぇ京太郎!!」 「それ俺かんけーねーし!!」 いじいじし続ける久と弄られる京太郎を他所に、原村和は準備を始めていた。 「……負けられませんね、せめてトップとの点差を10000まで縮めます」 「うん、頑張ってね!」 「もちろん、負けるわけにはいきませんから」 落ち着いた表情で、和はほかのメンバーを見渡した。 「みなさんから受け継いだバトンを最高の形で咲さんにつないで見せますよ」 「ふぅ……なんとかなった……怖かった……お茶……」 「さすがだね尭深、いや、相手の顔!いい気味だったね!」 「2人のために、しっかりと点を取れてよかった」 「相手にとっては、たぶんトラウマになる。だって、三巡で32000点オール、もはや神業」 「ど、どうもです」 「淡はまだ帰ってこないのか!」 「ダイジョーブですよ部長、なんやかんや割と余裕を持って帰ってきますって。さて、行きますか……準決勝の汚名を返上しなくちゃ」 「……あんまり気負わないで」 「ん、ありがと」 「……」 ちらりと、スマホを見る。LIMEはこない。淡はヘソを曲げに曲げたらしい。 おそらくあの調子で、決勝に望むことだろう。 京太郎は心配である。 別に心配することではないはずなのだが、とにかく心配なのだ。 恐らく淡はひどい目にあう。この、大舞台の、締めくくりとなる対局で。 しかし今はそれよりも和のことだ。 画面の向こうですでに対局は始まっている。いつも通り、静かに正確に手を進めていく和。 原村和にとって、対戦相手というとは実のところ、さほど重要ではない。 和にとっての麻雀とは、全員が同じ条件のもとで、運に左右されながらも、知略の限りを尽くし、できる限りの最良の道を選び続けるゲームだ。 無論、対戦相手の癖とか、そういうのはかなり重要な情報ではあるのだが、和はそれよりも、とことんデジタルに、とことん合理的に、低い確率よりも高い確率を、低い効率よりも高い効率を。 (配牌で暗刻がふたつ……両方筒子ですか) それ以外もそれなりにまとまっている。向聴数こそ並の三向聴だが、高めを狙えそうだ。 一瞬で計算を済まし、最も不要な牌を切り出す。 そして、対局相手を見る。 臨海のメガン・ダヴァン 白糸台の亦野誠子 そして……阿知賀の、鷺森灼 部長曰く、全員が不可解奇妙な「パワー」を持っているらしい。 (そんなオカルトありえません……が) 普段なら、バカバカしいと一蹴するが、和は、考えを切り替える。 オカルトは信じないが、打ち回しに独特の癖があるというのは事実だろう。 だったら、それを見咎めない手はない。 和は、ただ淡々と、手を作り上げる。 恐ろしい速度で 「ツモ」 7巡目、裏目もなく、最高の牌効率で打ち回した良配牌は、素晴らしいスタートを切らせてくれた 「2000.4000です」 (……強いなー) 亦野誠子は、ため息をつきたくなった。もちろん対戦相手に失礼なので実際にはしない。 (……綺麗な手を作るな、無駄も一切なし、最短距離を突っ走る) 門前で上がったことがない自分からすれば羨ましい限りである、その運を、少しよこせ、あと胸も (いや、運の問題じゃあない) 自分の手に、向き直る (役割を果たせ) 現在白糸台は135000、他は全員マイナスで、4万近く突き放している。 ダントツで有利だ。このまま淡にバトンをつなげば、その圧倒的防御力とスピードと火力、つまるところパーペキな淡ならばきっと勝ってくれる。 (つまり、私のこの対局結構重要じゃん) 「ポン」 化け物どもを相手に、立ち向かう (このままじゃ終われない) (汚名返上の最後のチャンス、ふいにしてたまるか) 「チー!」 二副露、あと一つ (綺麗にまっすぐ上がりを目指してくれて助かる、切る牌を結構絞れるからな) 「ポン!」 三副露 「ツモ!1000.2000!」 「亦野、よくやった」 「あはは……汚名返上には少し、地味すぎ、ましたかね……?」 「お疲れ様、誠子ちゃん……はい、お茶」 「ありがと……」 「……さすが、白糸台の副将」 「よしてください、先輩……あれ?淡のやつは?」 「ここだよーん!」 「うわ!おま、どこから!」 「ロッカー!!」 「狭いところが落ち着くのって、なんだろうね、あれ」 「やめろ照。……ていうか淡お前なぁ……いや、なんかもういい」 「へへーん、見てたよー!すごいじゃん!でもこれじゃあ余裕すぎて私の見せ場ないかなー?」 「……準決勝で苦労させたからさ、少しでも楽になってくれれば気が楽になる……準決勝でも言ったけどさ、頼んだよ淡」 「まっかせときなさーい!高校100年生のこの大星淡様が!」 「……清澄に、ひいてはその中の一人金髪のデクのボーに思い知らせてやる……!!ケケケケケケ!!!」ユラユラユラァァァ 「……金髪のデクのボー?」 「誰のことかな?」 「……さぁ?」 (もしかして自販機に頭ぶつけてたあの男子か?ていうかあいつすでに髪がユラユラしてるぞ、地味にこのssで初の「」の後の擬音じゃないか?) 「……」 京太郎は画面を見つめる。 すでに、大将の四人がそろい踏みだ 起親、高鴨穏乃から順に、咲、ネリー、そして大星淡である。 全員がスタートを待ち、卓上に視線をおろしている。咲はああ入ったもののこの大舞台で死ぬほど緊張しているだろう。 ……と、思ったら淡がちらりとカメラ目線になり、ニヤリと邪悪な笑みを浮かべた。なんとなくこちらを見たような気がして少し後ずさる。 (はは、おっかねーおっかねー) 実は淡が入場する直前、京太郎のLIMEに淡からトークが届いていた 内容は『この私のアイス好きをなめるなよ、破産させるまで食ってやる!(#`д′)』 なんとも、腹に据えかねているようだ。それはもう、ものすごく。 京太郎は、今更それに返信をした。今は試合中、淡もマナーモードにしているはずだ。 文を書き終え、送信。 『テレレレテレレレーン』 『あ、マナーモードにしてないや、ごめんごめーん!』 「……」 絶句 (俺悪くねーよな?) 少し冷や汗をかいたが、気を取り直す。 ポケットにスマホをしまい、再び京太郎は画面に集中した さて、と 淡は卓上を見下ろした。 淡はラス親であり、起親の高鴨穏乃が元気よく牌を切り出したところだ。 準決勝では苦渋を舐めさせられたが今度はそうはいかない。 メラメラと燃え上がるリベンジ根性を抑え込み、続けて対面。 宮永咲 静かに、素早く牌を切った。手慣れた手つきだ……当然か。 宮永咲、最近知り合って、結構気があう京太郎が言っていたが、私はこいつに、捲られて負けるらしい。 やってみろと、やれるもんならやってみろと、高らかに叫びたい。 点数はおよそ28.000点。そして、相手は必ず五向聴。こっちはダブリー『かけてもいい』 負けるものか、うち負けるものか。 髪がざわつく。意識を集中する。上家のネリーが切り出した。 淡、それを受けて改めて自分の手配を眺める。 ニヤリと少し笑い、牌を切り出した。 リーチは、しない。 「なんと……」 久は唸った。大星淡がダブリーをかけなかったことに疑問を覚えたのだ。 「戦略を変えてきたかの」 まこの指摘の通りだろう。淡は聴牌を崩しー向聴に戻す。しかし、役を絡めやすい組み合わせに近づけたようだ。 「驚くことじゃありません。あの手なら確かにダブルリーチをかけずに粘ったほうがいいですね」 和は苦々しい表情で言う。相手の出だしがすこぶる好調なのに対し、咲の手牌がバラバラなのが気になるのだろう。 「ダブリーは制約じゃないのか……」 優希が呟いた。あの能力はドラゴンロードのような『制約』がないようだ。すなわち、遅い相手を眺めながら手を組み替える余裕があるのだ。 「……」 京太郎、黙って画面を見つめる。焦りは、ない。 (いいじゃんいいじゃ~ん!) 大星淡は大変機嫌よく牌を切り出した。 4巡目、二向聴まで戻したが役が絡みドラなしでも満貫にてが届く。 そして、手元には崩さずにとってある暗刻もある。 倍満もゆめじゃな~いとウキウキしながら相手を待ち受ける。さあ追いついて見せろ、と。 誰も、リーチをかけない。 五巡目に入って改めて淡は卓上を見下ろす。ここからは油断しない。もしかしたら上がってきやがるかもしれないのだ。 捨て牌からはその気配はない。 ツモり、切る。手は進まながったが別に構わない。 カドまでまだまだあるのだから。 ~~~ (きたー!!) 「リーチ!」 高らかに宣言、リーチ棒をだす。 一応基本にならって、両面待ちの形にした。そして、次のツモ。 「カン!」 んでもって 「ツモ!」 淡はアガった。ところがどっこいカン裏がさっぱり乗らず、まさかの満貫そのまま。 (うぐぅぅぅなんでー!?) 満貫をツモあがりしたのに頭をかきむしる淡に三人の冷たい目線が刺さる。おっと失礼と姿勢を正し、気を取り直す。 (いいもんいいもん!上がったのは淡ちゃんだし!サァツギの局こそ……) #aa(){{{                        .  ¨  ̄ ̄ ¨   .                 . ´              `ヽ                . ´                  :.                 ′                         :.             /                        :.             ,′                       ;.             /                         /               / {         ニニ二三三二ニニ       /           /  \     ニ二二三三三二二ニ    /  イ             /\_ \ ___   ニニ二三三二ニニ   ∠ イ |         /  ,ィ   ̄ ̄三三|:ニニ三王 三l 三|ニニニ= | | | .        厶イ |  i  二| 三トニ二三ト、三ト、 ト、ニニ= | |/          j  j从|  | |、 | | | ト、ニ王ニ{{ o }}ニ=  | !                  |  ト、圦乂| 乂| \{ \| ヽ{ヽ{   イノ                  乂_{ jハ               从イ/´                -=ニ`ト .    -    .イ二ニ=‐- 、_               r=ニ    =ニ二|`ト   _ . r |二ニ   ニ7 }ニ〉              ハ マニ   ニ二ハ         !二ニ    / / /ヽ .            / Vハ \     ニ二ハー-  -一 j二ニ   / / / ∧             ′ \\\   ニ二ハ───‐/二ニ  //イ /             |      \\\  二∧    /二ニ ///,/ ,/  1             |   }八  {\\\ 二∧  /二 /// // ∧   | }}} 「!?!?」 対面の視線……否、死線を感じ体が震えた。 おもわず目をそらしてしまう。 (え、な、なになに!?ちょーこわい!?) (あ、淡ちゃんは怯まないもんね!テルーの妹だとかなんとかだけど、そんなのカンケーないし!) その照が控え室で咲にたいそう怯えていることなどつゆ知らず東二局。 相変わらず淡は好調であり他家のスタートはやはり遅そうだ。 (ふーんだ、このまま突っ切って……) 「カン」 「っ」 対面、宮永咲のカン。 おそらく有効牌を引き入れられたと、直感が告げる。 (少し余裕なくなったけど、でもまあ有利なのは……) 「カン」 「ぅ」 三巡目、再び咲のカン。 「カン」 五巡目。またもカン、しかも全て暗カン。 おまけに、その五巡目のリンシャン牌。 「ツモ」 淡にとって完全に想定外、五巡目のツモあがり。 「三暗刻三槓子、リンシャンカイホー、満貫」 早い、強い。ドラが載ってないことが救いだ。 清澄との点差、咲の親満で縮まる。 咲は、すでに淡の急所を見抜いている……京太郎は悟った。 実は対局前に、淡攻略には簡単な抜け道があると言っておいた。どうやら見つけたらしい。 おそらく、ここから淡は相当苦い思いをすることになる。自分は聴牌スタート、相手は五向聴スタートで、自分の『遅さ』に苦しむ羽目になるのだから。 画面の中で、咲が左右の二人に目を運ぶ。その二人も各々を見合い、そして再び卓上を眺める。 スマとを開く。淡とのLIMEに当然、既読は付いていない。試合中だし。 「ポン!」 ネリーの牌に咲が無く。カンが積み重なり、淡の優位性が薄まる。 (カンでツモ増やして向聴数荒稼ぎとか、対抗できるかっつーのー!!もー!!) 淡はイライラしながら自分の親番の東4局を進める。手牌は相変わらず好調。ー向聴を維持しながら高めに作り変える。4巡目にして超良系の手が出来かけている。しかし 「カン!」 咲が、早い。恐ろしいほどの速度で手を作る。 理由は簡単だ。二人が、咲の鳴き頃の牌を切っている。 (私の点数を削りにきた……!!) 穏乃、ネリーの考えは読めた。防御力の異常に高い淡に手が届く咲に点数を稼がせ、その後に咲を削ろうという魂胆だ。そのために今は咲に協力しているのだ、『その方が手っ取り早いから』 (そんなのくやしーじゃん……!!) 強いから、警戒されているからこその作戦にしかし、まるで前座のように扱われてると感じ、淡はイラついた。そして、満貫確定の聴牌へと、牌を切り出す。 「カン」 (あっ) もちろん、相手の暗刻がなんなのかなど読めるはずもないだろう。しかし、やっちゃったと思わずにはいられない。 わずか五巡目で生牌を危険視など普通はしない。しかし、咲にその考えが甘かった。 「ツモ、リンシャンカイホー」 責任、払い 頭がクラクラする。 淡の総合能力は確実に咲に勝る。 しかし、他二人のブーストで、咲の火力、スピードが恐ろしいことになっている。 (勝てる?これ) 責任払いの5200、安くない。 己の中に生まれた不安をしかし、淡は強引に呑み下した。 (弱気なこと考えるな!負けるわけにはいかないじゃん!!) 三人が協力したからなんだ。そんなもの言い訳にはしない。私が優位なんだから目をつけられるのは当たり前。 (負けるわけには……!!) 焦る。最初にあった余裕など、最早かけらも残っていない。 …… ………… ……………… 食いしばった奥歯が痛い。ような、気がする。 半荘1回目が終わった。 死に物狂いで打って、上がったのは二回。 最初の満貫のツモ、そのあと、咲にたいしてなんとか3900の直撃。 しかし、点差はわずか7000点まで縮まってしまった。 強い。 顔を覆う。手の隙間から差し込む蛍光灯の明かりがひどく鬱陶しい。 強い。 このままでは凌ぎきれない。 どうしよう どうしよう 絶望が淡の胸の内を埋め始めた。 負けるのが、恐ろしい。 負けてしまう、恐ろしい。 悔しい、悔しい。 みんな、他のみんなは全員+収支で帰ってきて、私のせいで全て台無しになって、負けて いやだ いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ 「どう、しよう」 休憩時間は長くない。まだ余裕はあるが、二回目の対局が迫ってくるのが恐ろしい。 「……」 救いを求めて、スマートフォンを見る。周りに誰もいないいまこの廊下で、唯一、何かにつながっているモノだ。 すがるように、ホームボタンを押す。 LIMEが、一件 須賀京太郎:怖かったら呼べ 握りしめたスマートフォン。すでにスライドしてLIMEを開いている。 須賀京太郎が試合開始直前に送ってきていた短い文章が、他愛のない会話の一番下に表示されていた。 (……なんで、わかんのよ) 試合開始する前、というのが激しくムカついた。 私がこうなることを、見越していたかのようだ……いや、事実そうなんだろう。だって須賀京太郎、私が負けると予想していたのだから。 「……」 既読はつけてしまったが、無視してしまおうか。 気分転換で開いただけで、返信する気分ではなかった、言い訳はそれで済む。 不本意だが私は、凄まじい重圧に襲われているのが傍目から見ても分かるだろうから。 でも…… 「……」 指が、動く なんで、書こうか 偉そうに、とか、舐めるな、とか、憎まれ口でも送ろうか そんな心配は無用と、強がって突っぱねようか。 結局、打ち込んだのは、『助けて』と、たったこれだけ。 あぁ、情けない、一皮剥ければ私はこんなに弱かったのか。 視界がじんわりと滲んでくる。そして、震える指で、送信を押した。 途端、奇妙な電子音がなる。 「はいはい、呼ばれて飛び出て即参上」 音の方を振り向くと、いま読んだばかりのはずの、金髪の男がこちらへ歩いてきていた。 「ほれ」 何を言うでもなく、その大きな手を差し出してきた。見ると、そこには小さな棒付きキャンディー。 「脳みそってスゲー大食いな器官でさ、しかも甘いもんしか受け付けねーらしいぜ」 「……そうなんだ」 なんとも、どうでもいい豆知識を聞かされた。 くれるのだろうと思って、それを手に取る。包み紙をとって、口に咥えた。 ……甘酸っぱい、けど少しベタついている。 夏の気温のせいか。 「……びみょー」 「ははっ、まぁもらいもんの飴だからな、文句はその人に」 「もらったものを誰かにあげる?フツー」 笑う余裕がないから刺々しくツッこむけど、このノッポはどこ吹く風だ。 ーーー気楽そーな顔してさーーー 「……なんで、送ってすぐに来たの?」 「こりゃ呼ばれるなって思って。紳士たるものレディの呼びかけには5秒以内に応じるもんだぜ」 「ストーカー?」 「ちげーよドアホ」 「アホだと~?」 あぁ、全く、こっちの気分も知らないで 楽しそうに、話しやがってさ 「こっぴどくやられたな、どーだうちのタイショーは」 「……一対一なら勝てるし」 「それ麻雀じゃねーし。で、どうだ。言った通りだろ?」 「……」 「お前、うちのあのあれにまくられて負けるって」 ポンっと、頭に手が置かれて、撫でられた。言葉とは裏腹に、手つきは優しい。 「……なんで、わかったの?私が負けるって」 「そりゃあ、3人がかりで潰されるだろーなーーって思ったんだよ」 「……ふーん」 安直な答えを聞かされた。確かに、あの3人に事実私は追い込まれている。大ピンチだ。血の池の方が生ぬるい地獄だとすら思うも。 「それと……もう一つ」 スッと、頭から手が離れる。顔を上げると、こっちをじっと見つめていた。 「お前は、お前が負けるのを怖がってるから、負ける」 その目は、真剣だったけと言ってる意味はまるでわからない。 「なぁ、麻雀で勝つって、なんだと思う?」 「……そんなの、点数が少しでも高ければ勝つでしょ」 「そおーだそのとーりだ!たとえ百点棒一本でも多い奴の、勝ちだ。100点でも低けりゃそいつの負けだ」 何を、当たり前のことを。京太郎は続ける。 「そのルールのせいてで俺の部内の一年生四人の中では、トップ率はダントツドベの0.95だ。わかるか、10回やって1回目トップになれるかどーかだ。そりゃそーだ、何もかもが劣ってる俺があいつらに容易に点数合戦で勝てるわきゃないからな」 「何その自虐情けない」 「やめろ死にたくなる」 えらそーに語ってたかと思えば途端に顔を曇らせる。 「まぁともかく麻雀ってのはそういうゲームだ……で、淡、聞くぜ。いま、この麻雀で勝ってるのは誰だ?」 唐突な、質問。 何を変なことを聞いてくるのか、億劫な口を開いて答えてやる。 「そんなの……私だよ。7000点、上にいる、けど……」 「そーだお前はまだ勝ってる!お前の仲間たちが、稼いでくれたおかげでな」 その言葉に、四人の顔が思い浮かぶ。 四人は、必死でリードを広げてくれた。対策されまくって、まるで自分の麻雀を打てなかっただろう、それなのに、決して引かず、互角以上の成果を出さて、私にバトンを渡した。 でも、そのリードは、もう…… 「淡、お前が負けてるのは、お前が3対1に追い込まれてるからだけじゃねーんだ」 「……」 「お前は、麻雀の基礎を見落としてるぜ。大将戦が始まった時お前は28000点もリードしてた、それなのに、なんでお前は場をささっと流さなかったんだ?」 「それは……」 「こう考えてみろ、淡。28000点のリードってのは、仮にこれが個人戦だとすれば、お前は50000点だとすると2位は22000点っていう超超大差だ。おまけに実際は相手はまだ8万9万あるから箱割れにするのは難しい……だとすればお前がやることは一つ。速攻で流す麻雀だよ」 京太郎の顔は、真剣だ。 「そりゃ、早く上がれそうな高い手なら目指せばいいけど、普通はここまでの大差ならささっと鳴いて、パパッとクイタンなりなんなりで流したり、あるいは安めの相手にわざと振り込んだりしてもいい。お前は相手を無理やり遅らせられるんだし、相手が3人で挑んでくるならそれを潰すために早上がりに徹底すべきなんだ」 「なんでお前がそうしなかったのか」 「それはお前がこの大将戦を、チーム戦のラストじゃなくて自分一人の戦いとしか見てないからだぜ」 「っ!」 その言葉は、驚くほど強く、鋭く、私の胸を貫いた。 そんなことないと叫ぼうとしてと、声がでない。 反論したい、でも言い返せない、だってそれは、その通りだったんだから。 「お前は負けん気が強いからな……準決勝で負けたの悔しいって言ってたし。だから、この大将戦で自分も+収支で終わらせたかったんだ」 「……私は」 「そこが、お前の急所だった。高い手で上がって優位になりたかった、自分”も”勝ちたかった……そこが、相手を遅らせてなお食らいつく猶予を残しちまう、お前の弱点なんだ」 まぁ咲のあれはそれでも勝てるかどうか怪しいと思うけど、と、京太郎は顔を少し引きつらせて語るが、私は、もう何も言い返せなかった。 私は、私の勝手な欲望だけで、大局を見ずに、自分のことしか見ずに、その結果、みんなの稼いだ点数を無駄にしてしまった。 もう、ダメだろうか、勝てないだろうか みんなに会わせる顔が、ない 「……嫌だよぉ……」 言葉が溢れる、涙が出てくる。 「負けるの、やだよぉ……勝ちたいよぉ……!!」 私が勝ちたいんじゃない、チームで勝ちたいんだ、今更私はそれに、気づいた。京太郎の、言葉で でも、もう遅い、私のリードはもう少ししかない もう…… 「諦めるにはまだ早いと思うけどな」 すっと、前に何か差し出される。それは牌譜のようだ。 涙をぬぐって、差し出されたそれを見てみる。 「これ……牌譜のノート……?」 「さっき言った、うちの一年四人で打った牌譜だ……お前に見せたの内緒だぞ?部長に知られたら殺されちまう」 お前の偵察した詫びだ、と苦々しげに京太郎は言う。その牌譜に目を落とすと…… (……南3局で、京太郎…1300点?) 絶望的だ。ほぼ勝ち目はないしかし京太郎の南4局には、逃げ腰な姿勢は見当たらない、よどみなく、フラつきながらも上がりを目指している 「一位の和に役満直撃すりゃ捲くって一位だ、勝ち目はあった、まだ諦められなかったんだ、結局負けたけどな」 「さて……淡い、お前は今、どんな状況だ?」 私は……大星淡は今…… 「私は……みんなが、稼いでくれた点数のおかげで、7000点リードして一位。残りは半荘一回。私は、相手の手を6向聴まで遅らせられる」 なんだ、まだ、ぜんぜんやれるじゃん。すくなくとも、この男のこの牌譜よりも。 てゆーか、私、有利じゃん。なんで、不安になってたんだろ。 「……うん……うん」 立ち上がる。話してる間に、あと少しで第二回開始の時間が迫っていた。 迷いは、断ち切った。 不安は、投げ捨てた。 よどみなんて、もう、ない。 まだ飴はけっこう大きい。流石に咥えたまま会場には行けないから、口から出して、京太郎にもたせた。 「え、おま、これ」 「ありがと、きょーたろー。でも、敵に塩送ったこと、こーかいさせてやるから!!」 不安なんて微塵もない、支えてくれたみんなのおかげで、私はまだ有利なんだから、あとはそれを私が最後までつなぐ。つないで見せる! 「おい待て!ほら!」 ああなんだと言うのだ!大きな声で呼び止められ振り返る。ぬっと、ハンカチを差し出された。 「涙ふいてけ、顔ひでーぞ」 「……サンキュー!」 受け取って、今度こそ走り出す。 私は負けない、白糸台のみんなのために、そして、お節介なこいつからアイスクリームをおごってもらうために! 「勝つぞぉ!うおおおおお~!!」 「会場で叫ぶなって~!!」 ……

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