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例え話をしよう。 ある一匹の牡犬がいた、としよう。 それは、群れず一匹だけで餓えながら生きてきた犬だった。 それは、群れず一匹だけで吠えながら生きてきた犬だった。 それは、群れず一匹だけで己のみを頼りにして生きる犬だった。 しかし、最初からそうだったわけではない。 かつては、友が、仲間が、犬にはいた。確かに、そう、確かにいたのだ。 けれども、そんな暖かな場所を捨てたのは、犬自らの意思だった。 それは、傍から見れば嘲笑される行いだったかもしれない。 それは、ちっぽけな矜持だったかもしれない。 だが、犬は選んでしまった。孤独を。 そうしなくてはならない理由が……いや、衝動があった。 だから、犬は選んでしまったのだ。孤独を。 だから、犬は望んでしまったのだ。強さを。 強さの意味も、それを最初に望んだ理由も、顧みずに選んでしまった。 犬の目に映る世界には、もはや仲間などいなかった。 犬の目に映る世界には、もはや骨肉相食む同種の敵だけ。 故に、犬は孤独だった。 望んで得た、筈の、孤独だった。 やがて、犬は倒れた。 冬の街で孤独まままに倒れた。 争いに負け、命からがら逃げ、しかし倒れた。 さて、そこで別の犬がやってきた。 雌犬が彼の前に偶然、本当に偶然やってきたのだ。 それは、首輪でつながれ、人に飼われた雌犬だった。 それは、もはや彼と生きる世界を別にした雌犬だった。 それは、彼が決めた道を歩く限り、二度と会えない筈の雌犬だった。 彼女は倒れた彼を介抱し、やがて目を覚ました彼に食事を与えようとした。 何も聞かず寝床を与え、食べて、と言ってくれたのだ。 彼は自らの無力を噛み締めたのかもしれない。 己だけで一人生きてきたのに。彼女に施しを受けるなど。 自身の勝手で、一度は捨てた筈の彼女に、今更施しを受けるなど。 どれだけ好きだったとしても、一度は選んでしまったのだ。別離の道を。 だから、彼は進んできた筈だった。彼女とは二度と交わらぬ筈の道を。 彼はどうするべきだろうか? 彼女の言うことを聞くべきだろうか? それとも、彼女の為に彼が選んだ、しかし彼女が、かつて彼に望まなかった強さの証明を、貫き続けるべきだろうか? 答えは――――。     ―――――回答。 昔、少年と少女がいた。 それは、仲が良かった二人だった。 それは、子供の頃から隣同士にいた二人だった。 けれど、ある切欠で離れてしまっていた二人だった。 二人は、大人になって偶然再会した。 六年ぶりだった。かつて別れた時と同じ冬だった。 二人にとって思いも寄らぬ、しかし心の奥底では願っていた再会だった。 そして彼女は、彼が何か言う前に、好きだよと告げた。 貴方の望む通りにするよ、とも。 だから、あの時止めなかった、とも。 今も貴方が望むなら止めない、とも。 彼は気付いた。判ってしまった。 別の道を選んだと思っていたのは自分だけだ、と。 彼女は決して、あの時、そして今も別れを口にしない、と。 好きだったと過去形で嘘を吐き、別れを口にしたのは自分だけだった、と。 言葉に詰まった彼に対して、彼女は涙を一筋頬に伝わせながら、嗚咽を堪える様に詰まりながらも、尋ねた。 「きょう、ちゃんは、いま、どう、したい、の?」 そして、彼は――――。     「あれ……もしかして宮永プロ?」 と、思わず少女は呟いた。 小さな喫茶店の窓越しに、若手ホープの一角である麻雀プロ、宮永咲がいる。 有名人故の変装なのか、テレビで出演している普段とは、かなり趣が異なる装いだ。 更に眼鏡を掛け、伸ばしている後ろ髪をアップにしている手の込みよう。 なるほど、雰囲気が全然違う、これなら一見してバレないだろう――でも、わかる。間違いない。 自身の通っている清澄高校を出身とする麻雀プロ、宮永咲を、贔屓にしている少女が見間違える筈がなかった。 十年前に母校の麻雀部を優勝に導いた立役者の一人、そう、なんたって憧れの先輩の一人なのだ。 そもそも、現在清澄高校麻雀部所属の少女はOGとして、何度か直接会ったことがあるのだ。 「でも何で長野にいるんだろう?」 少女は、むむっと首を捻った。 オフシーズンとはいえ、宮永プロが所属する団体の本拠地、それは長野ではない。 麻雀部のOGとして来る時は、連絡が当然先にあるのだから、もしかして単なる里帰りなのだろうか。 なんて、脳裏に思い浮かべた瞬間、少女は気付いた。宮永プロと相席している男性がいることに。 二人、一緒にいる姿、浮いた話がない筈の宮永プロと、同年代に見える金髪の男性。 まさかのまさかのツーショットだ。もしかして逢引なのだろうか。 「うわー……うわー……」 頬が熱を帯びるのを自覚した。飛躍した勝手な想像ゆえに、だ。 でも確かに、逢引か何かならば、宮永プロの念入りな変装も頷ける。 プロなのだからゴシップを気にするのは当然。 喫茶店に入って直接話掛けてみても大丈夫だろうか? 先輩だし目こぼしして貰えるかな? もちろん、そう、もちろん、吹聴する気はない。これは下世話な話でなくファンとしての純粋な好奇心。 それに、とある噂で、女子プロは未婚となる呪いがあるとか聞くし、ファンとしては心配なのだ。 うん、そうだ。心配。その線でいこう。 そんな感じで、少女の理論武装が見事に完了した時だ。 何やら、親しげに会話している二人が。 からかわれたのか、そっぽを向き年甲斐もなく拗ね……いや失礼、可愛らしく頬を膨らましている宮永プロと、 悪戯っぽい笑みを浮かべている明るい金髪の男性が。 不意にその二人が、視線、交わらせ、互いに表情を柔らかく緩めて。 まるで十年来の友人同士か。長い間交際し続けている恋人同士みたいに。 ふと、互いの、そう互いの指と指をするりと、自然に絡め合う。 「…………」 うん、やはり今日はやめておこう。 人の恋路をなんとやらだ、馬に蹴られてはかなわない。 そう少女は決め、仲睦まじげに笑い合う二人を一度眺めた後、帰路についたのだった。 終

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