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【和side】 「彼女欲しいなー」 夕暮れの部室に居残って雑務をしていると、突然彼が口を開いた。 誰に言うでもない台詞で無視しても良いのだけれど、あいにく今は残って仕事をする部長である私と 副部長である彼の二人しかいない。 「一度しかない学生時代。青春の謳歌ってのをしたいんだよなー」 …仕方ないですね。 「作ればいいじゃないですか、彼女」 トントンと牌譜の束をそろえながら、私は返事をする。 「作れないから言ってるんだよ、部長」 「そうですかね…須賀君わりと人気あるじゃないですか」 事実だ。 かつて先輩たちが『麻雀部の須賀君って可愛くない?』と噂話をしているのを聞くこと2回。 同級生たちから『彼、付き合っているひといるの?』と聞かれること3回。 後輩たちから『須賀副部長の彼女って誰なんですか?』と聞かれること4回。 大切な友人たちから恋の相談をされること……これは内緒だ。 「というかモテモテじゃないですか」 「へ?」 「なんでもありません」 「いやモテモテって…」 「なんでもありません」 じろりと睨むと、須賀君は黙って牌と卓の清掃を始めた。 気付かれないようにちらりと彼の所作を眺めた。 相変わらず手際が良い。 布でもって牌をひとつひとつ磨いていくその手が目に留まった。 1年生の頃は、まだ腕白な少年と言っても良かった彼の手は、いつのまにか大人の男のそれとなっていた。 卓を囲んでいると、そのことに気付かされる。 産毛とは違うはっきりとした体毛が生えそろい、指はごつごつとしたものとなっていた。 女の手が艶めかしさの象徴なら、男のそれは力と意思の象徴なのだろう。 思い返せば父親も同じように大きく男らしい手のひらをしていた。 そういえば、女性が感じるセックスアピールというので男の手と指を挙げる女性は多いらしいです。 そのとき、顔を上げた彼と目が合ってしまった。 「まったく…色恋沙汰の前にもう少し強くなってくださいね。そうじゃないと示しがつきませんよ。 強い男の子が入部してきたんですから」 「へーい。わかりましたよ」 夕日が直接当たったからだろうか。 妙に頬がぽかぽかしているのを感じながら、私は作業に戻る。 ――あと少しで私たちの現役としての部活動も終わる。 思えば2年と半分、ずっと麻雀に費やしてきた。 しかし確かに、部活動だけが青春だったというのは面白くないのかもしれない。 ……かつての私ならこんなことは考えなかった。 一体何が私を変えたのだろうが? こんど暇なときにゆっくり考えてみてもいいかもしれない。 しかしとりあえず今するべきことは。 「早く終わらせて帰りましょう」 「そうだな…あっ、帰りに駅前のどら焼き食べようぜ」 「いいですね。そういえばタコス味を最近売り始めたと優希が……」 【京side】 部活の終了後、和と2人きりで仕事をすることになった。 普段ならこういうときは咲も残っているのだが、なんでも好きな作家の新刊の発売日らしい。 というか、今日の部活がして終わってちょっと目を離したらもう帰っていた。 神速だった。 ケータイが充電器についたままだった。 おおかた夜にでも、泣きながら俺に家から電話をしてくるだろう。 先まわって界さんに連絡しておかなくては。 やがて、優希やムロたち、男子の後輩たちも帰っていき、結局俺たち二人だけが残った。 夕陽が差し込んでいる。 仕事に没頭している和の髪が黄金色に輝いた。 「彼女欲しいなー」 なんとなく反応が欲しくてそう言ってみる。 …。 無視ですか。 負けてたまるか。 「一度しかない学生時代。青春の謳歌ってのをしたいんだよなー」 「作ればいいじゃないですか、彼女」 簡単に言わないでくれよ、男子高校生に向かって。 「作れないから言ってるんだよ、部長」 「そうですかね…須賀君わりと人気あるじゃないですか」 …。 何を言っているのだろうかこの部長様は。 きっとモテモテの女性にはモテない男の心なんてわからないのだろう。 なにしろ、後輩たちから『原村部長の彼氏って誰なんですか?』と聞かれること10回以上。 見ず知らずの先輩たちが和の噂をしているのを聞くこと20回以上。 同級生たちから『原村さんって付き合っているひといるの?』と聞かれること30回以上。 友人たちから恋の相談をされること…マジもんが4、5回あったっけ。 「というかモテモテじゃないですか」 「へ?」 「なんでもありません」 「いやモテモテって…」 「なんでもありません」 確かに、和はモテモテどころではない。 正真正銘、清澄高校のアイドル、牌のモテモテJKだ。 そんなことを考えていたら睨まれてしまった。 怖い。黙って卓と牌の清掃に戻る。 横目でちらりと見ると、和はペンを走らせ、牌譜に付けた付箋に何かを書き込んでいる。 おそらく、後輩たちへのアドバイスであろう。 そういえば昔から彼女は字が綺麗だった。 その性格通りに凛とした、しかしどこか柔らかい筆跡だった。 思えばこの2年間ずっと、あのようにして和は俺にアドバイスを続けてくれた。 1年の夏の大会が終わった後、彼女は「本来もっと早くにしなければいけなかったのですが…」と俺の指導を申し出た。 そして毎日のように俺の牌譜を確認し、さまざまなアドバイスを残し、いちいち説明をしてくれたのである。 だから今では、卓を囲むと俺はいつも和が書いてくれた様々な言葉を思い出してしまう。 【一通ばかりを念頭に置きすぎです】【下家への注意が足りません】【引く場面の見極めが重要です】【自信を持って!】etc…。 そのとき、顔を上げた彼女と目が合った。 「まったく…色恋沙汰の前にもう少し強くなってくださいね。そうじゃないと示しがつきませんよ。 強い男子が入部してきたんですから」 「へーい。わかりましたよ」 気恥ずかしくなって作業に戻る。 ――あと少しで俺たちの3年間の部活も終わる。 自分で言ってなんだが、確かに、部活動だけが青春だったというのは面白くない。 とはいえ、例えば誰かと恋愛するってのもイマイチピンとこない。 なぜだろう。 こんど暇なときにゆっくり考えてみてもいいかもしれない。 しかしとりあえずは今するべきことは。 「早く終わらせて帰りましょう」 「そうだな…あっ、帰りに駅前のどら焼き食べようぜ」 「いいですね。そういえばタコス味を最近売り始めたと優希が……」

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