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ごめんね、咲ちゃんと幼なじみの母親に謝られながら  宮永咲は玄関で靴を脱ぎ、揃えてから上がりかまちを越える。  幼なじみ――須賀京太郎の家は一般的な住宅よりも立派である。  飼っているペットが特殊なこともあり庭も広く、フローリングや壁もぴかぴかだ。  サラリーマンならこういう家を買えれば同窓会ではヒーローなのではないかと  思うが、実のところ咲はあまりぴんときていない。咲の性別は女だったし、  歳もまだ十六を過ぎたところだからだ。  咲がなぜ京太郎の家にあがっているかというと、その幼なじみが風邪を引いて  連絡事項や宿題などのプリントを届けるためである。  京太郎と登下校をすることはここ三ヶ月で極端に減っており、ちょっと緊張したのは  咲だけの秘密だ。  体力には自信があると豪語する京太郎が風邪をひく事自体珍しかったが、  もう三日も学校を休んでいたので、咲は心配だった。 「京太郎ー! 咲ちゃんきてくれたわよー!」  京太郎の母親が上階に向かって叫ぶと、とたんに上からがたがたと物音がして、「やべっ」と  小さく声が聞こえてくる。 「あの子また……」  呆れてこめかみに指を当てる京太郎の母。咲ちゃん、構わずあがっちゃって、と促され、  咲は小さくお辞儀をしたあと遠慮がちに階段をあがった(途中で足を滑らせそうになった)。  ばれてなかったよね、と思いつつ京太郎の部屋の前まできて、ノックをする。 「京ちゃん、はいるよ?」 「まてまて!」  慌てた声を無視して咲は部屋の扉を開けた。ほんのちょっと怒っていたからだ。  部屋に入ると、京太郎の家で飼っているカピバラが真っ先に目に飛び込んできた。  京太郎の部屋に居た大きくて愛嬌のある動物は、体を丸めて眠っている。  咲は一瞬顔をほころばせたが、頑張って表情を作り直し、半目でベッドのほうを見ると、  ベッドの縁に足を残したまま、床にうつぶせになってこちらを仰ぐ幼なじみの情けない  姿があった。  掻き抱くようにしていた腕の下にはたくさんの紙――牌譜があり、ベッドのうえ、枕元には  急いで閉じたっぽいノートパソコンがある。 「……京ちゃん」 「お、おはようございます、お姫様」  全然かっこよくない。咲はむっとしながら京太郎にまくしたてる。 「もう夕方だし、お姫様にそんなかっこで話しかける人はいません。……また、麻雀やってたでしょ」 「いやこれは」「京ちゃん」「はい」  言い訳に被せると眉尻を下げて聞く体勢にはいる京太郎。ずるずると匍匐前進して足を床へ  寄せ、正座する。 「なんで、風邪ひいてるのに麻雀やってるの」 「だ、だって。二日目でもう熱もだいぶひいたし、暇だったから」  咲ははあ、と大きなため息をついて京太郎の顔を覗き込むように体を寄せる。  京太郎はちょっと身を引いて、 「俺今結構汗臭いぞ」 「病人に綺麗も汚いもないよ」  避ける京太郎に返しながら、咲は京太郎の額に手の甲を当てた。  やっぱり、と咲は頬を膨らませる。 「まだすごく熱いじゃん……。38℃あるでしょこれ。体温計でちゃんとはかった?」 「い、いや……」  なんとかごまかそうとしたが、言葉が出てこなかったのか素直に京太郎は返事をする。  頬も赤いし、いつもの溌剌とした顔じゃないから、実のところ咲は姿を見た瞬間わかっていた。 「お布団はいって」  固く言うと、京太郎は粛々とベッドにあがり、掛け布団の中にもぐる。  こういうとき、咲がてこでも動かないのは京太郎も知っていたからだろう。  咲は見届けたあと入り口に置いていた鞄からプリントを取り出し、京太郎に説明する。 「これ、宿題と、学校の連絡」 「悪いな」  上目遣いで礼をいう京太郎に、咲は項垂れながら京太郎に言った。 「みんな心配してたんだよ。染谷先輩も、優希ちゃんも……和ちゃんだって」 「……」 「それなのに、休まずに麻雀打ってるし」 「……悪い」  咲が糾弾すると、途端にしょんぼりとして謝る京太郎。  ずるいなぁ、と咲は思う。そんな顔をされたら、もっと強く怒ろうとおもっていたのに、  気をくじかれてしまうのだ。 「ちゃんとしないと、治るものも治らないよ」 「ごめん」  京太郎はまた謝罪を口にしたあと、 「咲」 「なあに?」 「ありがとな」  口元を緩めて礼をいう京太郎に、咲はやっぱりどきっとしてしまう。  普段の元気さがなく、髪もぺたんとしていて全然雰囲気が違っていて。  顔にださないように頑張っていると、京太郎が目を閉じてからすぐに  小さな寝息が聞こえ始める。 (……やっぱり)  予想があたっていて、咲は泣きそうになる。  京太郎はちっとも暇ではなかったのだ。  確かに京太郎は中学時代ハンドボール部で活躍するほど体力に優れていたし  運動神経も高かったが、熱を出しても平然としていられるほど人間離れしてはいない。  ――つまり、病気を押して麻雀をしていたのだ。 (私は、京ちゃんと一緒に麻雀を打てるだけでじゅうぶんなんだけどな)  でも、京太郎は違うのだろう。  男の子の気持ちはよくわからないけれど、咲はそう感じる。  きっと、もっと強くならないと京ちゃんはだめなんだ。咲は京太郎の目にかかった前髪を  指先で撫で避けて、唇を噛んだ。    意を決して足下に散らばった牌譜を一つ一つ読んで行くと、  京太郎の上達具合や、丁寧に添削されているのがわかる。  とても強くなった。咲は身びいき抜きで頷く。 (まだ、足りないんだ)  丁寧に紙束を纏めてから、咲は鞄から筆箱を取り出し、京太郎が普段使っている  机についた。  今度はじっくりとつぶさに調べる。  京太郎の打ち筋の傾向を確認して、ここはどう打てばいいのかとか、  次に気をつけたほうが良いところはどこなのかとか、  すみのほうに字が崩れないようにメモする。 (次は、私の番だ)  咲は固く決意する。  中学のときや、入学してから。そして、大会のとき。  京太郎はいつも隣に居て、咲を支えていた。  そういうことを面と向かって言うときっと京太郎は困ったように否定すると咲は知っていたけれど。  でも、そこも京太郎の魅力だなぁ、と咲は思う。  たくさんの感謝と――まだ言葉にできない想いを込めて。 (京ちゃんが、強くなれますように)  咲は一度京太郎の寝顔を遠くで眺めたあと、再び机に向き直って筆を走らせた。 終わり

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