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 全国大会2回戦第2試合。  会場で対局を見ていた須賀京太郎は、先鋒戦が終わったので休憩で席を立った。  対局は千里山の先鋒の一人勝で阿知賀は点棒を6万まで減らしている有様だった。 「阿知賀が頑張ってくれないかなー」  日頃から凹まされる事が多い京太郎は阿知賀の松実玄を見ていると他人事と思えなかったのだ。 (俺も部活では一人負けで何度もレイプ目になったからな……)  その為に一人心の中で応援する事を決めたのだ。  現在の点棒的には2位通過も厳しそうだが、また先鋒戦が終わったばかりでこれからなのだ。 「そろそろ戻るか」  自販機で飲み物を買い、もう次鋒戦が始まってる頃かと思い会場に戻ろうとしようとして―― 「あれっ」  階段の隅で泣いている少女を見つけた。 「あの、どうかしたんですか?」 「えっ、なんでもない、なんでもないんですよ」  なんでもないと少女は必死に言うが、赤くなった目蓋を擦りながら言われたら説得力などあるはずもない。  そんな少女を見過ごす事など出来ず、どう声を掛け様かと思い相手の顔をよく見た所で京太郎は気が付いた。 「……もしかして阿知賀の松実玄さん?」 「そ、そうですけど……どうして知ってるんですか?」  若干警戒の色が伺えた。  知らない男性が自分の事を知っているのだから当然の事だ。 「さっきの先鋒戦見てたんですよ」 「そうですかぁ……恥ずかしい対局を見せちゃいましたね……」  涙の跡が見える目蓋を擦りながら、本当に恥ずかしい事だと言ってくる。 「そんな恥ずかしいだなんてとんでもない!」 「……そんなことないですよ。みんなに迷惑をかけっぱなしで……」 「負けてるって言ってもこれは団体戦なんですよ。例え一人が負けていてもまだ皆がいるじゃないですか」 「はい。おねーちゃんも点棒を取り返してくれるって言ってくれたんだけど、どうしても自分が情けなくて……」  また涙が出てきたのか目蓋を擦る玄。  そんな玄を見て京太郎は何かを言わずにおけなかった。 「俺はまだまだ麻雀は素人でよく分かりません。それでも阿知賀が勝てると信じてます。応援してますよ」 「……はい」 「松実さんは皆の事を信じてないんですか?」 「そんな事ないです! 皆頑張ってくれるし、勝てると信じてます」 「それだったら松実さんが今から諦めてたら駄目じゃないですか。皆の応援だってしないと!」 「そう……ですよね。ありがとうございました。そう言ってもらえて何だか元気が出ました」 「じゃあこれで涙を拭いて下さい」  そう言いながら京太郎は玄へとハンカチを差し出す。 「ありがとうございます」  玄は差し出されたハンカチで瞼を拭き、涙の伝った頬を拭き、そして最後に、ちーんと鼻をかんだ。 「えっ!?」 「あっ!」  差し出したハンカチの無残な光景に互いに驚愕の声が出た。 「ごっ、ごめんなさい、後で洗って返しますね」 「いやいや、それくらいあげますって」 「そんな悪いです。ちゃんと返しますから! 学校とお名前教えてください!」  安物のハンカチだし別にいいかと思っていたのだが玄は気にしているようだった。 「そうですか? 俺は清澄高校一年の須賀京太郎と言います」 「えっ、清澄なんですか!?」 「あっ、はい。そうですけど……」  予想外の反応に京太郎は驚いた。  しかし何か聞こうにも、一人ふむふむと納得している様子の玄には聞けそうにもない。 「あっ! 私は――」 「松実さんですよね? 対局を見てたから知ってますよ」 「そうでした! 私の事は玄でいいですよ」 「じゃあ玄さんって呼びますね」 「はい。京太郎君。あのー、ところで京太郎君は何で阿知賀の応援をしてくれているんですか?」 「いやーそのー……」  正直に玄が凹まされている姿に自分が重なったからだとは言いにくかった。 「えーと……玄さんが可愛かったので思わず応援したくなっちゃいました」 「ふぅ~む。なるほどなるほど……なるほど!?」  あながち嘘でもない理由を述べたのだが、返ってきたのは先程以上に驚愕の顔だった。 「そんなに驚いてどうしたんですか?」 「だって……あの……その……」  見るからに動揺している玄。  そんな玄を見て京太郎は、ちょっといい加減な理由すぎたかなーと一人反省をしていた。 「なんかすいません。変な理由で応援しちゃってて」 「いえいえ! ちょっと驚きましたけど……応援してくれるなら嬉しいです」 「そう言ってもらえるとこっちもありがたいです」  本当の理由を誤魔化して、適当に理由を言ったのにそれを真剣に受け止めた玄だった。 「あの京太郎君――」 「玄さーんどこー?」  何かを言おうとした玄だったが、自らを呼ぶ声に遮られた。 「あっ、ごめんなさい。行かないと。ハンカチは後で返しに行きますね!」 「はい。それじゃあまた今度」  何か言いたげな玄だったが、呼ばれた為に仕方なくといった感じで去っていった。  その手には自らの涙と鼻水で濡れたハンカチがしっかりと握られていた。  ***  玄と出会ってから数日。   全国大会団体戦終了後。  個人戦が残っているが、団体戦という一つの区切りが付いたために本日は自由時間となっている。  東京に来てから知り合いが増えて遊ぶ事も多くなった京太郎だったが、今日は誰とも予定がなかった。  当てもなく歩いていると清澄女子の泊まっている棟についた。 「おっ。あれは」  ふと見ると和が阿知賀の人達と一緒にいた。  その中には先日知り合った玄の姿もあった。 「おはようございます須賀君」 「おはよう。和はこれから遊び行くところか?」 「ええ、そうです」 「この人和の彼氏?」 「違います!」 「……そうですよねー」  そんな強く否定しなくてもと落ち込む京太郎だった。 「京太郎君!」 「玄さん知ってるんですか?」 「ええ、大会中に会ってちょっと……」  こちらの事を覚えていてくれた玄が話しかけてくる。  しかし会ったときの事情は羞恥からか詳しい事は語らなかった。  こっそりとハンカチは後で返しますねと言われたくらいだった。 「須賀君は、私と同じ麻雀部の人ですよ」 「どうも須賀京太郎って言います」  互いに軽く自己紹介を始めた。  *** 「じゃあ早く行こうよ!」 「はいはい」 「それじゃあ須賀くん行ってきます」 「おう。いってらっしゃい」 「じゃあ行ってくるね、おねーちゃん」 「いってらっしゃーい」  自己紹介を終え、遊びに行く和達。  その場に残ったのは京太郎と宥だけであった。 「あれ? 貴方は一緒に行かないんですか?」 「あっ、はい。私は和ちゃんとは会った事がないから……」 「そうなんですか? でも一緒に行っちゃってもいいんじゃないんですか?」 「いいえ。あの4人だけの思い出がありますから……」  そう言う宥の顔はどこか悲しげだった。 「じゃあ宥さんは今日は暇なんですか?」 「はい。特にする事もないですね」 「それなら俺と一緒に遊びに行きませんか?」 「ええっ……私なんかと一緒に行っても面白くないですよ?」  京太郎としては駄目元で誘ってみたのだが予想外に好反応だった。  これはもう少し押せば行けると思いさらに誘いの言葉を重ねる事にした。 「いやいや、宥さんみたいな綺麗な人とだったら喜んで行きますよ!」 「そんな……私なんて綺麗じゃないですよぉ……」 「そんな事ないですって!」 「でもぉ……」 「それに俺も今日は一人で暇なんですよ。一人で遊びに行くのも寂しいし、誰か一緒に行ってくれないかなー」  後半の言葉は独り言のように呟き、最後にチラッと宥を見つめる。 「うぅ……」 「誰かいないかなー」 「……それじゃあ、ちょっと準備してきます」  外出するつもりではなかった宥は、準備の為に一旦部屋に戻っていった。 「まさかこんなにうまくいくとはなー」  立派なおもちをお持ちであった為に、せっかくだしお近づきになりたいと思って言ったのだがこうもうまくいくとは驚きだった。  まあそれでも綺麗な人とお出かけをするのは嬉しい事なので問題はまったくなかった。 「お待たせしました」 「いえいえ、待ってないですよ……えっ!?」  宥の声がしたので戻ってきたと思い振り向くとそこには、眼鏡とマフラーとマスクをつけた変質者がいた。 「宥さんですよね? そ、その格好はいったい……?」 「私、寒がりなんです」 「へえー」  最初に見た時に夏なのにマフラーをつけていたからちょっと変だとは感じたが、まさかこれ程とは思いもよらなかった。 「……こんな姿だとやっぱり嫌ですか?」 「いえ、驚きはしましたけどそのくらいで嫌なんて思いませんよ」  むしろ露出狂と変態淑女が跋扈するこの世界において着て露出を抑えている事は正しいのかもしれない。 「それじゃあ行きましょうか」 「はい」  ***  とりあえず二人で頼まれていたお土産を買いに行きました。 「宥さんは、たくさん買いましたね」 「ええ、クラスの人達からいっぱい頼まれちゃって」 「人気者ってことですね!」 「そ、そんなことないよぉ……」 「俺なんて大して頼まれてませんからー」  そもそも女子麻雀の全国大会なので京太郎がついて行く事があまり知られていなかったという事もあったのだが。 「でも、荷物持ってもらっていいんですか?」 「勿論です。俺はこういうのに慣れてますから」  その言葉が示すように、宥の買った大量のお土産はほとんどが京太郎が持っていた。  日頃から雑用で鍛えられている京太郎には大した事はなかった。 「しかし暑いですね。宥さんはこれでも暑くないんですか?」  季節は夏。  日差しは強く、さらに都会特有のヒートアイランド現象でより暑くなっていた。 「あったかぁーいですよー」  京太郎にとっては汗をかくようなきつい暑さも宥にとっては丁度いい暖かさらしい。  そのため来るときはつけていた眼鏡とマスクも取っていた。  それでもマフラーは取っていないが。 「それでも喉とか渇きません? 俺買ってきますよ?」 「ううん。大丈夫です……京太郎君は優しいね」 「そうですか? 普通だと思いますよ?」  日常的にタコスを買いに行かせられ鍛えられている京太郎にとってそのくらいの気遣いは当然の事であった。 「そんなことないですよぉー」 「宥さんおだて過ぎですって」 「そんなことないです……私が今まで出会った男の子の誰よりも優しいです」 「宥さん?」  宥の顔は先程までと違い曇っている。 「私って寒がりで変な格好をしてたじゃないですか?」 「ええ、それがどうかしたんですか?」 「そのせいで……子供の頃は男の子にいじめられてたんです」  辛い過去を思い出し、悲しげに宥は語り出す。 「いつも玄ちゃんに助けてもらってました。  それから中学からは女子校に行ったから男の子と関わる事もなくて、ちょっと苦手なんです」 「じゃあ俺もですか?」 「うん。京太郎君は見た目がちょっと怖かったから」 「……そんな見た目怖いかなあ」  ちょっぴり凹む京太郎だが、見た目金髪のちゃらちゃらしている男なのだから当然といえる。 「あっ! でも今はそんな事ないですよ!」 「それならいいんですけど。でもそれだったら何で一緒に来てくれたんです?」 「和ちゃんのお友達ですし、それに……男の人と一緒に出かけるのにちょっと憧れがあったんです。  だからちょっと強引だけど誘ってくれて嬉しかったです」 「強引なのはすいませんでした」  斜め45度の角度でしっかりと謝罪をする京太郎。  自覚はあるだけに反省である。 「でもお土産を買うときとか今もずっと気を使ってくれてて優しくて驚いちゃった。  こうして一緒に買い物に行けてとっても嬉しいよ」 「俺も宥さんと一緒で嬉しいですよ」 「ありがとぉー」 「俺でよかったらいつでも付き合いますから、今まで出来なかった分をしていきましょう」 「もうすぐ地元に帰っちゃうのに?」 「うっ……それでも宥さんの頼みなら長野から駆けつけますから!」 「ふふふっ」    過去は変える事はできなくてもこうして今を築いていけばいい。  そうすれば嫌な過去も忘れる事ができるだろう。 「なんだか京太郎君といるとあったかくなるなぁー」  それはきっと日差しとかは関係ないの暖かさ。 「やっぱり私も荷物持つよ」 「じゃあこっち側持ってください」  大きな荷物を片側ずつ二人で持つと、そのまま泊まっているホテルへと帰っていった。  ***  一方和達と出かけていた玄は、たまたま宥を見かけていた。 「あっ、おねーちゃ……」  声を掛けようとした玄だったが言葉は途中で途切れた。  京太郎と二人で一つの荷物を片側ずつ持って仲よさ気に歩いている事に気がついたからだ。 「あれっ……」  京太郎の事は気になっていた。  優しくしてくれた、ハンカチを差し出してくれたのが嬉しかった。  素敵な男の人だと思っていた。  そんな京太郎と大好きな姉が一緒に手を繋いでいた。  ただそれだけの光景。  それなのにどうして胸が痛むのだろうか……  抱いてしまったこの気持ちは何なのだろうか…… 「おねーちゃん……京太郎君……」  玄の呟きはその想いと同じく誰にも聞かれる事なく、闇に飲まれて消えていった。  その後松実姉妹に何があったかはまた別のお話。
 全国大会2回戦第2試合。  会場で対局を見ていた須賀京太郎は、先鋒戦が終わったので休憩で席を立った。  対局は千里山の先鋒の一人勝で阿知賀は点棒を6万まで減らしている有様だった。 「阿知賀が頑張ってくれないかなー」  日頃から凹まされる事が多い京太郎は阿知賀の松実玄を見ていると他人事と思えなかったのだ。 (俺も部活では一人負けで何度もレイプ目になったからな……)  その為に一人心の中で応援する事を決めたのだ。  現在の点棒的には2位通過も厳しそうだが、また先鋒戦が終わったばかりでこれからなのだ。 「そろそろ戻るか」  自販機で飲み物を買い、もう次鋒戦が始まってる頃かと思い会場に戻ろうとしようとして―― 「あれっ」  階段の隅で泣いている少女を見つけた。 「あの、どうかしたんですか?」 「えっ、なんでもない、なんでもないんですよ」  なんでもないと少女は必死に言うが、赤くなった目蓋を擦りながら言われたら説得力などあるはずもない。  そんな少女を見過ごす事など出来ず、どう声を掛け様かと思い相手の顔をよく見た所で京太郎は気が付いた。 「……もしかして阿知賀の松実玄さん?」 「そ、そうですけど……どうして知ってるんですか?」  若干警戒の色が伺えた。  知らない男性が自分の事を知っているのだから当然の事だ。 「さっきの先鋒戦見てたんですよ」 「そうですかぁ……恥ずかしい対局を見せちゃいましたね……」  涙の跡が見える目蓋を擦りながら、本当に恥ずかしい事だと言ってくる。 「そんな恥ずかしいだなんてとんでもない!」 「……そんなことないですよ。みんなに迷惑をかけっぱなしで……」 「負けてるって言ってもこれは団体戦なんですよ。例え一人が負けていてもまだ皆がいるじゃないですか」 「はい。おねーちゃんも点棒を取り返してくれるって言ってくれたんだけど、どうしても自分が情けなくて……」  また涙が出てきたのか目蓋を擦る玄。  そんな玄を見て京太郎は何かを言わずにおけなかった。 「俺はまだまだ麻雀は素人でよく分かりません。それでも阿知賀が勝てると信じてます。応援してますよ」 「……はい」 「松実さんは皆の事を信じてないんですか?」 「そんな事ないです! 皆頑張ってくれるし、勝てると信じてます」 「それだったら松実さんが今から諦めてたら駄目じゃないですか。皆の応援だってしないと!」 「そう……ですよね。ありがとうございました。そう言ってもらえて何だか元気が出ました」 「じゃあこれで涙を拭いて下さい」  そう言いながら京太郎は玄へとハンカチを差し出す。 「ありがとうございます」  玄は差し出されたハンカチで瞼を拭き、涙の伝った頬を拭き、そして最後に、ちーんと鼻をかんだ。 「えっ!?」 「あっ!」  差し出したハンカチの無残な光景に互いに驚愕の声が出た。 「ごっ、ごめんなさい、後で洗って返しますね」 「いやいや、それくらいあげますって」 「そんな悪いです。ちゃんと返しますから! 学校とお名前教えてください!」  安物のハンカチだし別にいいかと思っていたのだが玄は気にしているようだった。 「そうですか? 俺は清澄高校一年の須賀京太郎と言います」 「えっ、清澄なんですか!?」 「あっ、はい。そうですけど……」  予想外の反応に京太郎は驚いた。  しかし何か聞こうにも、一人ふむふむと納得している様子の玄には聞けそうにもない。 「あっ! 私は――」 「松実さんですよね? 対局を見てたから知ってますよ」 「そうでした! 私の事は玄でいいですよ」 「じゃあ玄さんって呼びますね」 「はい。京太郎君。あのー、ところで京太郎君は何で阿知賀の応援をしてくれているんですか?」 「いやーそのー……」  正直に玄が凹まされている姿に自分が重なったからだとは言いにくかった。 「えーと……玄さんが可愛かったので思わず応援したくなっちゃいました」 「ふぅ~む。なるほどなるほど……なるほど!?」  あながち嘘でもない理由を述べたのだが、返ってきたのは先程以上に驚愕の顔だった。 「そんなに驚いてどうしたんですか?」 「だって……あの……その……」  見るからに動揺している玄。  そんな玄を見て京太郎は、ちょっといい加減な理由すぎたかなーと一人反省をしていた。 「なんかすいません。変な理由で応援しちゃってて」 「いえいえ! ちょっと驚きましたけど……応援してくれるなら嬉しいです」 「そう言ってもらえるとこっちもありがたいです」  本当の理由を誤魔化して、適当に理由を言ったのにそれを真剣に受け止めた玄だった。 「あの京太郎君――」 「玄さーんどこー?」  何かを言おうとした玄だったが、自らを呼ぶ声に遮られた。 「あっ、ごめんなさい。行かないと。ハンカチは後で返しに行きますね!」 「はい。それじゃあまた今度」  何か言いたげな玄だったが、呼ばれた為に仕方なくといった感じで去っていった。  その手には自らの涙と鼻水で濡れたハンカチがしっかりと握られていた。  ***  玄と出会ってから数日。   全国大会団体戦終了後。  個人戦が残っているが、団体戦という一つの区切りが付いたために本日は自由時間となっている。  東京に来てから知り合いが増えて遊ぶ事も多くなった京太郎だったが、今日は誰とも予定がなかった。  当てもなく歩いていると清澄女子の泊まっている棟についた。 「おっ。あれは」  ふと見ると和が阿知賀の人達と一緒にいた。  その中には先日知り合った玄の姿もあった。 「おはようございます須賀君」 「おはよう。和はこれから遊び行くところか?」 「ええ、そうです」 「この人和の彼氏?」 「違います!」 「……そうですよねー」  そんな強く否定しなくてもと落ち込む京太郎だった。 「京太郎君!」 「玄さん知ってるんですか?」 「ええ、大会中に会ってちょっと……」  こちらの事を覚えていてくれた玄が話しかけてくる。  しかし会ったときの事情は羞恥からか詳しい事は語らなかった。  こっそりとハンカチは後で返しますねと言われたくらいだった。 「須賀君は、私と同じ麻雀部の人ですよ」 「どうも須賀京太郎って言います」  互いに軽く自己紹介を始めた。  *** 「じゃあ早く行こうよ!」 「はいはい」 「それじゃあ須賀くん行ってきます」 「おう。いってらっしゃい」 「じゃあ行ってくるね、おねーちゃん」 「いってらっしゃーい」  自己紹介を終え、遊びに行く和達。  その場に残ったのは京太郎と宥だけであった。 「あれ? 貴方は一緒に行かないんですか?」 「あっ、はい。私は和ちゃんとは会った事がないから……」 「そうなんですか? でも一緒に行っちゃってもいいんじゃないんですか?」 「いいえ。あの4人だけの思い出がありますから……」  そう言う宥の顔はどこか悲しげだった。 「じゃあ宥さんは今日は暇なんですか?」 「はい。特にする事もないですね」 「それなら俺と一緒に遊びに行きませんか?」 「ええっ……私なんかと一緒に行っても面白くないですよ?」  京太郎としては駄目元で誘ってみたのだが予想外に好反応だった。  これはもう少し押せば行けると思いさらに誘いの言葉を重ねる事にした。 「いやいや、宥さんみたいな綺麗な人とだったら喜んで行きますよ!」 「そんな……私なんて綺麗じゃないですよぉ……」 「そんな事ないですって!」 「でもぉ……」 「それに俺も今日は一人で暇なんですよ。一人で遊びに行くのも寂しいし、誰か一緒に行ってくれないかなー」  後半の言葉は独り言のように呟き、最後にチラッと宥を見つめる。 「うぅ……」 「誰かいないかなー」 「……それじゃあ、ちょっと準備してきます」  外出するつもりではなかった宥は、準備の為に一旦部屋に戻っていった。 「まさかこんなにうまくいくとはなー」  立派なおもちをお持ちであった為に、せっかくだしお近づきになりたいと思って言ったのだがこうもうまくいくとは驚きだった。  まあそれでも綺麗な人とお出かけをするのは嬉しい事なので問題はまったくなかった。 「お待たせしました」 「いえいえ、待ってないですよ……えっ!?」  宥の声がしたので戻ってきたと思い振り向くとそこには、眼鏡とマフラーとマスクをつけた変質者がいた。 「宥さんですよね? そ、その格好はいったい……?」 「私、寒がりなんです」 「へえー」  最初に見た時に夏なのにマフラーをつけていたからちょっと変だとは感じたが、まさかこれ程とは思いもよらなかった。 「……こんな姿だとやっぱり嫌ですか?」 「いえ、驚きはしましたけどそのくらいで嫌なんて思いませんよ」  むしろ露出狂と変態淑女が跋扈するこの世界において着て露出を抑えている事は正しいのかもしれない。 「それじゃあ行きましょうか」 「はい」  ***  とりあえず二人で頼まれていたお土産を買いに行きました。 「宥さんは、たくさん買いましたね」 「ええ、クラスの人達からいっぱい頼まれちゃって」 「人気者ってことですね!」 「そ、そんなことないよぉ……」 「俺なんて大して頼まれてませんからー」  そもそも女子麻雀の全国大会なので京太郎がついて行く事があまり知られていなかったという事もあったのだが。 「でも、荷物持ってもらっていいんですか?」 「勿論です。俺はこういうのに慣れてますから」  その言葉が示すように、宥の買った大量のお土産はほとんどが京太郎が持っていた。  日頃から雑用で鍛えられている京太郎には大した事はなかった。 「しかし暑いですね。宥さんはこれでも暑くないんですか?」  季節は夏。  日差しは強く、さらに都会特有のヒートアイランド現象でより暑くなっていた。 「あったかぁーいですよー」  京太郎にとっては汗をかくようなきつい暑さも宥にとっては丁度いい暖かさらしい。  そのため来るときはつけていた眼鏡とマスクも取っていた。  それでもマフラーは取っていないが。 「それでも喉とか渇きません? 俺買ってきますよ?」 「ううん。大丈夫です……京太郎君は優しいね」 「そうですか? 普通だと思いますよ?」  日常的にタコスを買いに行かせられ鍛えられている京太郎にとってそのくらいの気遣いは当然の事であった。 「そんなことないですよぉー」 「宥さんおだて過ぎですって」 「そんなことないです……私が今まで出会った男の子の誰よりも優しいです」 「宥さん?」  宥の顔は先程までと違い曇っている。 「私って寒がりで変な格好をしてたじゃないですか?」 「ええ、それがどうかしたんですか?」 「そのせいで……子供の頃は男の子にいじめられてたんです」  辛い過去を思い出し、悲しげに宥は語り出す。 「いつも玄ちゃんに助けてもらってました。  それから中学からは女子校に行ったから男の子と関わる事もなくて、ちょっと苦手なんです」 「じゃあ俺もですか?」 「うん。京太郎君は見た目がちょっと怖かったから」 「……そんな見た目怖いかなあ」  ちょっぴり凹む京太郎だが、見た目金髪のちゃらちゃらしている男なのだから当然といえる。 「あっ! でも今はそんな事ないですよ!」 「それならいいんですけど。でもそれだったら何で一緒に来てくれたんです?」 「和ちゃんのお友達ですし、それに……男の人と一緒に出かけるのにちょっと憧れがあったんです。  だからちょっと強引だけど誘ってくれて嬉しかったです」 「強引なのはすいませんでした」  斜め45度の角度でしっかりと謝罪をする京太郎。  自覚はあるだけに反省である。 「でもお土産を買うときとか今もずっと気を使ってくれてて優しくて驚いちゃった。  こうして一緒に買い物に行けてとっても嬉しいよ」 「俺も宥さんと一緒で嬉しいですよ」 「ありがとぉー」 「俺でよかったらいつでも付き合いますから、今まで出来なかった分をしていきましょう」 「もうすぐ地元に帰っちゃうのに?」 「うっ……それでも宥さんの頼みなら長野から駆けつけますから!」 「ふふふっ」    過去は変える事はできなくてもこうして今を築いていけばいい。  そうすれば嫌な過去も忘れる事ができるだろう。 「なんだか京太郎君といるとあったかくなるなぁー」  それはきっと日差しとかは関係ないの暖かさ。 「やっぱり私も荷物持つよ」 「じゃあこっち側持ってください」  大きな荷物を片側ずつ二人で持つと、そのまま泊まっているホテルへと帰っていった。  ***  一方和達と出かけていた玄は、たまたま宥を見かけていた。 「あっ、おねーちゃ……」  声を掛けようとした玄だったが言葉は途中で途切れた。  京太郎と二人で一つの荷物を片側ずつ持って仲よさ気に歩いている事に気がついたからだ。 「あれっ……」  京太郎の事は気になっていた。  優しくしてくれた、ハンカチを差し出してくれたのが嬉しかった。  素敵な男の人だと思っていた。  そんな京太郎と大好きな姉が一緒に手を繋いでいた。  ただそれだけの光景。  それなのにどうして胸が痛むのだろうか……  抱いてしまったこの気持ちは何なのだろうか…… 「おねーちゃん……京太郎君……」  玄の呟きはその想いと同じく誰にも聞かれる事なく、闇に飲まれて消えていった。  その後松実姉妹に何があったかはまた別のお話。

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