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それは月が美しい夜だった。 真円を描く真っ白な月が優しい光を放ちながら天頂に浮かんでいた。 その月影に照らし出され、バルコニーに佇む少女が一人。 「はぁ…」 その少女、透華はその日の昼間に父から告げられたことを思い返し、ため息を吐いていた。 「いかがなさいましたか、透華お嬢様?」 そんな様子の透華に、ふと後ろから声がかけられる。 だが、独りになりたいと思っていた透華にとって、それはあまり嬉しいものではなかった。 故に透華は振り向くこともなく、顔を正面に向けたままで応対する。 「京太郎ですの?…別に、何でもありませんわ」 「そうでしょうか?僭越ながら、先程から見ている限りでは、お嬢様は何か悩んでおられるように見えます」 「……」 京太郎はいつもこうだ、と透華は心の中でひとりごちる。 自分が不安になった時はいつも、その心の機微を敏感に察知してくる。 そう考えると、透華は先程とは違って京太郎に話を聞いてもらいたくなった。 あわよくば、自分のこの暗い心を救って欲しい、と、そう思った。 「……お昼のことで、少しばかり悩んでいたのですわ」 「お嬢様のご婚約のお話、でしょうか」 「ええ、そうですの」 何を思ったのか、京太郎は僅かに沈黙する。 普段から透華の話には間を置かずに答えてくれる京太郎らしくない。 不思議に思った透華はここでようやく京太郎に目を向ける。 透華の視界に入ってきたのは困ったような微笑を浮かべる京太郎の姿だった。 「あなたは、どう思いますの、京太郎?」 問われ、京太郎はほんの僅か、唇を噛む。 だが、努めて表情には出さず、滔々と透華の問いに答える。 「龍門渕の執事は有能です。故に、私は透華お嬢様の幸を願い、その為に行動致します」 「……京太郎は、私があの方に嫁ぐことが私の幸せに繋がる、と、そう言うんですの?」 「はい、その通りでございます。お相手のお家は日本でも有数の名家」 「そしてお嬢様のお相手は非常に誠実な方だと聞き及んでおります。万に一つもお嬢様が不幸になられる条件はございませんかと」 「……それがあなたの答え、なのですわね?」 「はい」 悔しい。 京太郎の答えを聞いた透華の心に、一番初めに浮かんだ言葉がそれだった。 確かに京太郎が透華の幸せを切に願っていることは伝わってきた。 だが、京太郎は果たして私の心を理解しているだろうか。 きっと、いや、絶対に理解していないだろう。 本当に京太郎が理解してくれていれば、こんなアドバイスは決してしない。 例え龍門渕グループ全体を敵に回したとしても、ここから私を連れて、共に逃げ出してくれるだろう。 そこを思うと、透華の心には只々悔しさしか湧いてこなかった。 いつの間にやら空には雲が立ち込めていた。 透華を照らしていた月が雲間に隠れ、京太郎からその表情を隠す。 場には長く沈黙が留まっていた。 やがて、透華がポツリと京太郎に言い放つ。 「私はもう寝ますわ。京太郎、下がりなさい」 「畏まりました。透華お嬢様、良い夢を……」 「…………バカ」 扉に手を掛ける京太郎の背中を見つめ、ボソリと呟く透華。 京太郎は聞こえない振りを通し、最後に一礼して透華の寝室を退室した。 パタンと静かな音を立てて扉が閉まる。 その瞬間、2人の世界は分かたれる。 トンッと壁に背を預け、京太郎は顔を手で覆う。 「確かに龍門渕の執事は有能ですが、完全無欠というわけには参りません」 「ただ一つ難を挙げるとすれば、主であるはずの透華様に恋心を抱いている―――そんな不忠者だということです」 悲しそうに呟く京太郎の言葉。 その言葉は誰に届くわけでもなく、虚空に消えていった。 「その選択もまた、一つの道です、京太郎君」 「私はただ、見守るだけ。お2人のこれからが、どうか素晴らしいものとなるように祈ることぐらいしか出来ないのですから…」 柱の陰では長年仕える執事長が、若い2人を静かに見守っていた。 その夜、月にかかった雲が晴れることは終ぞ無いのであった。 カン!

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