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乾いた発砲音が響く。 白色の蛍光灯の灯りが照らす室内を微かな火薬の匂いと彩り鮮やかな細かい紙片が宙を舞う。 「「「「「誕生日おめでとう!」」」」」 5人の声が五重奏となり祝詞を連ねる。 今日は2月2日。俺、須賀京太郎の16回目の誕生日だ。 京太郎「あの、えっと、ありがとうございます」 部室に足を踏みいえれた時点である程度はわかっていたのだが、 面と向かっていわれるとやはりどうにも面映い。 照れ隠しのつもりで困ったような笑みを浮かべながら頬を掻く。 通い慣れた部室の、その中央に置かれた自動雀卓は今は隅に退けられ、 代わりに簡素な長机が置かれ淡い色彩の花柄のテーブルクロスが掛けられている。 卓上にはスナック菓子やチョコ菓子に手軽な軽食、飲み物にそれらを取り分ける紙杯と紙皿が置かれている。 目を引くのは卓の中央に鎮座する、白い円形のケーキ。シンプルながら繊細な造形で甘そうだ。 5人の中から部長……ではなく、元部長の竹井先輩が一歩前に出る。 久「それでは、僭越ながら私が代表して。って、ホントに私でいいのかしら? 今はまこが部長だけど」 まこ「そんなん気にせんでいいから、はよしんさい」 戸惑いの表情を見せる元部長に、現部長の染谷先輩が呆れたように肩を竦めながら、手を振って先を促す。 久「じ、じゃあ。えっと、須賀君」 京太郎「はい」 久「県大会やインターハイの間、影ながら部を支えてくれて本当にありがとう。ちょっと照れくさくて言いそびれてきちゃったけど」 久「今日はそのお礼もかねて、ささやかだけど誕生日会を開きました」 久「改めて、誕生日おめでとう」 先輩が言葉とともに紙杯を掲げる。それに合わせて他の4人も再び「あめでとう」といいながら紙杯を掲げる。 京太郎「みんな、ありがとう」 今度ははっきりと礼を述べた。 和「須賀君。これ誕生日プレゼントです」 差し出されたのは天面部が正方形の薄い小箱。綺麗に包装されリボンがあしらわれている。 京太郎「おお、ありがとな。和」 礼を告げながら小箱を受け取り外見を見回してみる。が、当然その状態では内容物まではわからない。 京太郎「開けてもいいか?」 和「もちろんです」 微笑む和を横目に見つつ、丁寧に包装紙を剥がしていく。 身蓋を外すと、シンプルな造りの黒い革製の財布が納まっていた。 京太郎「財布か」 和「父に聞いたら、男性への贈り物は普段に見つけるものがいいとのことでしたので」 和「ネクタイやカフスなどもありましたが、学生の須賀君には適さないと思って」 和「気に入っていただけましたか?」 少しだけ不安気な面持ちの和に、微笑み返す。 京太郎「ありがとな。一生大事にするよ」 和「ふふ。一生はさすがに無理じゃないでしょうか」 京太郎「そうかな? これでも結構物持ちはいいほうなんだぜ?」 俺の軽口に和がおかしげに笑う。 先程、一瞬だけ見せた不安気な表情は微塵も残っていなかった。 優希「わたしのプレゼントはこれだじぇ!!」 大上段に掲げられたのは薄く焼いた生地に刻んだ野菜と挽肉が包まれ端からはチリソースの赤みが覗いている。 どう見てもタコスだった。 京太郎「タコスじゃねぇか!?」 優希「わたしの代名詞といえばタコス、タコスといえばわたし」 優希「わたし=タコスといっても過言ではないじぇ」 胸の前で腕を組み、哲学者のように重々しく頷いている。このタコスへのこだわりは最早呆れを通り越して感心してしまう。 優希「いいから、ささっ! 食べてみるじぇ」 京太郎「お、おう」 急かされながらタコスを手に取る。見た目はオーソドックスなタコスだ。 さすがに優希も毒を盛ってくるような真似はしないだろう。 俺は全体の3分の1ほど齧り、咥内で咀嚼する。 刻んだレタスと玉葱の甘さと瑞々しさ、挽肉の野性味、チリソースの辛味と酸味が旨く絡み合う。 って、即席美食家気取りか俺は? 京太郎「うん。美味いな」 優希「ホントか!?」 京太郎「ああ、普通に美味いな」 表情を輝かせる優希への返答もそこそこに俺は残ったタコスに齧り付く。 優希「そうか。美味かったか」 一人で納得している優希。 俺は残りを食べ切り、指先についたソースを舐め取る。 まこ「それはな京太郎、優希の手作りなんじゃ」 そういって染谷先輩が肩に手をかけてくる。 優希「なぁ! 染谷先輩それは内緒のって言ったじょ!」 まこ「いやぁ、京太郎がどうにも状況をわかってないみたいじゃったからな」 京太郎「どういうことですか?」 まこ「今日の為にうちの厨房で必死に練習しとったもんな優希は」 京太郎「へぇー、サンキューな優希」 優希「ペットの餌の管理も飼い主の仕事だし、まぁこれくらいどうってことないじぇ!」 なにやら騒ぎ立てている優希を無視気味に染谷先輩が続ける。 まこ「ほい、これはわしからじゃ」 差し出されたのはこれまた綺麗に梱包された縦長の長方形の小箱。 視線で確認すると、染谷先輩が顎を引いて承認する。 中から取り出したのはステンレス製ベルトに、中心点には円形の台がはまり、 複数の数字が刻まれている。クロノグラフというやつだろう。 円形の台の中で環状に数列が並び時針と分針そして秒針が正確に時刻を示していた。 京太郎「腕時計ですか」 まこ「和と似たような理由じゃが、身に着けるもんがいいと思ってな。腕時計ならこれから使うこともあるじゃろうしな」 まこ「あんまり高いもんじゃないが。よかったらもらってやってくれ」 京太郎「ありがとうございます! 大事に使わせてもらいます」 早速左腕にベルトを巻きつけ、具合を確かめる。うん、ちょうどいい。 俺のその仕草に、先輩は満足気に頷いていた。 久「私からはこれね」 手渡されたのは全体が少々くたびれた厚手の本。表表紙には麻雀牌の絵と『麻雀教本初級編』と書かれていた。 京太郎「麻雀の教本です、ですか」 久「ええ。今年は、その、言い訳がましいけど、最後の夏でインターハイ出場とかいろいろあって須賀君のこと蔑ろにしがちだっけど」 久「出来れば麻雀もこの部もやめてほしくなくて、もっと上を目指してほしいと思って」 京太郎「なりませんよ」 久「え?」 あれこれと取り繕おうとする元部長の言葉に自身の言葉を滑り込ませ、強引に遮る。 京太郎「これでもっと勉強して、来年こそ俺もインハイに行きます!」 譲り受けた教本の表紙を手の甲で軽く打つ。 京太郎「そん時は先輩も応援、来てくださいよ!」 おどけた感じに片目を閉じ、不適に笑って言い放つ。 俺の言葉に竹井先輩も同じように口元を吊り上げ不適に笑う。 久「頼むわよ! 後輩!」 京太郎「任せえろよ! 先輩!」 突き出された右の拳が俺の胸板を叩く。 右手が引かれその拳の上辺に俺の右拳の下辺を叩きつけ、今度は逆に俺の拳の上に先輩の拳が落とされる。 最後に互いの右上腕部を打ち合わせる。左手は腰の辺りで親指を立てサムズアップの形で正面から突き合せれる。 まこ「お前さんらのその仲の良さはなんなんじゃ」 4人からそれぞれプレゼントを渡せれ、ついに最後の一人となる。 当の本人は一団の後ろのほうでどこか所在無げに立ち尽くしていた。 京太郎「咲?」 咲「あ、えっと、なに? 京ちゃん」 床を彷徨っていた咲の視線が、俺の言葉によって上げられる。 京太郎「いや、なにってことはないんだけど。その、咲からはプレゼントとかないのかな~って」 みんなからの贈り物はもちろん嬉しい。それでも俺が内心で一番期待していたのは咲からプレゼントだった。 咲「プレゼント……あー、その、うん。後で渡すよ……」 歯切れの悪い咲の物言い。その最後尻すぼみに消えた。 京太郎「あ、ああ。そうか……」 なにかある。っとは思ったが口には出さなかった。 俺と咲の間に、気まずい沈黙の羽毛が降ってくる。 まこ「まぁ、そう言わんと。ほれ、料理もケーキもまだ残っとる、プレゼント贈呈はまた後でええじゃろ」 京太郎「そうですね」 今は染谷先輩のフォローに乗ることにした。 数瞬後には、俺と咲の間にあった気まずさは喧騒の中に溶けて消えた。 それからお菓子や料理を平らげ、紙杯を空け、ケーキを消費していった。 笑いと喧騒が日の傾き始めた部室に木霊していた。 ――――――― ――――― ――― 久「それじゃあ、片付けの残りは明日にしてそろそろ帰りましょか」 竹井先輩の言葉に作業に当たっていた全員が手を止め、手頃な具合にゴミなどをまとめいていく。 帰り支度を済ませ、全員が帰路に着く準備を完了させる。 京太郎「あの、今日はホント俺のためにありがとうございました」 京太郎「こんな嬉しい誕生日は初めてでした」 そういって俺は腰を折って頭を下げた。 優希「うむ。この優希様に感謝するといいじぇ」 和「もう。ゆーきは」 踏ん反り返る優希を嗜めつつ、和が続ける。 和「私の誕生日時も須賀君が一生懸命持て成してくれたそうですし、そのお返しですよ」 彼女にしては珍しく、悪戯めいた笑みを見せる。 まこ「まぁたまには先輩らしいことをせんとな」 久「うんうん」 染谷先輩の言葉に頷く竹井先輩。まったく、この先輩2人には頭が上がりそうにないな。 久「はい。じゃあ今日の部活はここまで!」 「「「「「「お疲れ様でした!」」」」」」 6人の唱和で本日の部活動―活動内容は俺の誕生日会―の幕が下ろされた。 昇降口に向かう一行。その後方にいた俺の袖がわずかに後ろに引かれる。 振り返ると、少し遅れ気味に最後尾に咲がついてきていた。 咲「京ちゃん、この後、少し、いいかな?」 言葉を細かく区切りながら、か細い声でそう告げてきた。 彷徨う視線が、咲の内情の不安を表しているようだった。 京太郎「ああ」 小さく首肯しながら短く返す。 校門で他のみんなと別れ、咲と肩を並べて歩く。 居心地の悪い沈黙。その発信源である咲は俯いており、日も落ちていてその表情は不明瞭。 転瞬。咲は急に立ち止まる。釣られて俺も立ち止まる。 京太郎「どうした?」 咲「……」 返事はない。薄い肩が微かに震えている。 咲「京ちゃ、私、プレゼント、なにも、思いつかなくて……だから……」 振るえは嗚咽になっていた。咲は目元を擦っている。泣いているのか? ようやく咲の消沈の理由がわかった。っというか、ここまで気付かない俺の頭もどうかと思う。 京太郎「そんなこと、気にすんな」 咲「そんなことじゃ、ないもん。大事なことだもん」 俺を吐き出しつつ、手に持っていた鞄を地面に置いた。 京太郎「なぁ咲」 右手で咲の頭を軽く撫でるように叩く。 京太郎「そりゃまぁ俺も、期待してなかったって言ったら嘘になるけどさ」 京太郎「けど、咲がそうやって俺のために一生懸命考えて悩んでくれたことがなにより嬉しい」 咲「京、ちゃん……」 京太郎「だからそんなこと気にすんなよ」 見上げてくる咲の朱塗色の瞳と俺の視線が出会う。 京太郎「笑ってくれ。俺は笑顔の咲が好きだよ」 肩を震わせてしゃくり上げていた咲が、俺の言葉に目を丸くする。 その一瞬後、白い頬に急激に赤みが差し込む。 咲「京ちゃん!? す、好きって……」 あたふたする咲。その様子を見て、自分の発言が急に恥ずかしくなってきた。 京太郎「あ、いや。違くて今のは言葉の綾で……」 待て俺。ここで誤魔化していいのか? 違う。言うべき言葉はちゃんとあるだろ。 京太郎「咲。誕生日プレゼントさ、俺。咲のことがほしい」 咲「えっ!? あ、あの……それって……」 京太郎「今までちゃんと言ったことなかったけど、俺やっぱ咲のこと好きだ」 京太郎「咲。俺のものになってくれ」 名前呼びを多用することで、互いの間にあら微かの距離さえも詰めていく。 俺はいっさい視線を逸らさずひたむきに咲へと想いをぶつける。 咲「私は、その……」 耐え切れなくなった咲の顔が下を向く。髪の合間から覗く耳まで真っ赤にし、指先が手に持つ通学用鞄の帯を弄っている。 咲「私も、京ちゃんが、好き……です。だから……」 互いの視線が再び衝突、いまだ乾き切らない濡れた瞳が綺麗だと思った。 咲「私を、京ちゃんのものにしてください!」 カン!

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