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咲は、表情の色を二転三転させながら考える。 ……嫌な事を、我ながら思い出すものだと思う。雲に映った音鳥薫――――この時、あの男は自らの不倶戴天の敵となったのだ。 雲に一度、二度三度拳を入れる。映像が歪んで一見するとその男が苦しんでいるようだ、自らの中にこれほどまでに黒い感情があることを咲は知らなかったし、心のどこかでそれを認めたくないという事も確かにある。 しかし、この男の顔はそれを全て吹き飛ばすほどに憎憎しかった。今ですら出会えば、自分は眉間に深いしわを刻むに違いない。もしかしたら、それ以上のことも。……危害すら加えるかもしれない。 ――――時は、離別の翌日に移る。 朝起きると、体が妙にだるかった。棚に入っている体温計を取って、計ってみると39度。 まだ女性特有のあの日には遠い――――明らかに風邪だ、そういえば昨日昼はともかく夕方は寒かったし、何より精神的に参ってしまったのだろうという自覚もあった。 父にその旨を伝え、加湿機をつけてベッドに横たわる。だが、不思議なものだ。寝ようとすると寝られない、逆に眼がさえ頭がさえ、考える事だけはどうしても止められそうにはなかった。 ――――ここで、自分が休めば教室はどのような反応を見せるのであろうか。 答えは何もない。どうせ、自らは陰のような存在だった。そこにあるのに誰にも気にされなかったので、恐らくはいつもと変わらないに違いないのだ。ただ一人、かの京太郎を除いてだが。 ――――そう、以前の咲なら思うだろう。 しかし、音鳥薫があんな事を言っているという事は、自らと京太郎との間に絆らしき物ができている事を少なくとも女子の一部――――もしかしたら全てかもしれない。 ともかく、察しているはずである。さらに、時期が悪い事に音鳥薫があんなに大声ではやし立てた後に休んだとあれば穿つ見方をするものもいるはず。なにしろ客観的に見て自分がそうなのだ、自分より色恋に興味の深いものならそれを考える。 そしてそれに該当するものは教室どころか学校中といっても良い。つまり、大げさに言えば学校中に知れ渡っているかもしれないのだ。 「やだなー……」 学校に行きたくないと思ったのは、実はこれがはじめてであった。関係が薄いということは、実はあまり悪い事ばかりでもない。良くも悪くも目立たない事というのは、平穏を手に入れる抜け穴にもなりうる。 ――――風邪が治ったら、また学校に行かねばならない。そうしたら、教室のものは自分をどんな眼で見ることか。陰で笑われるか、哀れみの眼で見られるか。 「どうしよう……」 いずれにせよそんな事はごめんだ、だが打開策が頭の中に出てこない。風邪というのは本当に厄介なものだ、自らに不必要なものだけ与えて、肝心なところは熱でしっかりと差し押さえていく。そして、その環境にある頭は、黒い考えを次々と生み出していく。 「あの男、どうして生きているんだろう……そういう考えの頭しかないんなら、血を抜いて死ねばいいのに……そうしたら、血の足りない人に分けてあげられるし、有益じゃないかな……」 他人にこんな敵意を示すなど、咲の人生には無かった事だ、それ故にいつもの咲なら自分自身の考えに驚きこそすれ、天井に向かって楽しげに話すことなど無いはず。 しかし、熱で思考回路の一部が機能を停止している今となっては、それがとても自然な事に思えた。そしてそんな彼女の考えを塞ぐかのように、父が階下から声を出した。 「咲ー、何か食べたいものはあるかー?」 ついで、階段を上る音が続く。扉を開けて父親と眼が合うと彼女は首を横に振った、そしてそのまま眼をつぶる。返事がないので、答えは否なのだろう。しばらく経過を見ようと考えた父親は、彼女が何か食べたくなったときのために買出しに行くと告げる。 「行ってらっしゃい」 「すぐ帰ってくるから」 父親が、扉を閉める音がした。すぐに階段を下りる音、咲に響かないように少し足音を下げているらしい。続いて、一階から車の鍵をとる音、ついで玄関の鍵を閉め、車が発進する音が聞こえた。 窓に、風が当たる。加湿機の独特な音を聞きながら、咲は眠りにつこうとする。だが無粋というほかない呼び出し音――――電話のそれに、生来の気質から無視をするわけにもいかず、ゆっくりと立ち上がって電話の元へと向かう。 「お父さん、携帯忘れていったのかな?」 咲がそれを手に取り、発信者の欄を見る。――――照、と書かれていた。 「お姉ちゃん?」 通話ボタンを押して、話しかけた。傷心の咲にとって、これは僥倖と言うほかない。 「もしもし――――お、お姉ちゃん?」 「……あれ? 咲? お父さんは? 風邪って聞いたんだけど」 「お父さん携帯を置いていった、……うんそう風邪」 「やっぱ悪いほうに当たっちゃったか、何でだろうなー」 「お姉ちゃんの言霊使いは昔から見慣れているからもう気にしない」 「はは、そうか。――――最近そっちはどうだ?」 「ちょっと待ってね、ベッドで寝ながら話す」 視界が歪むのを何とかこらえながら再び部屋に戻る、自らのぬくもりの残る布団を体にかけて一度呼吸をしながら電話を当てる。 「辛そうだな」 呼吸音があちらにも聞こえたのか、心配そうな口調で話す。 「――――ねえ、お姉ちゃん」 「なんだ?」 「恋をしたことって、――――ある?」 「は?」 沈黙が訪れる、質問の真意を考えているようだ。熱で浮かされているのか、それともまじめな話か、どっちにしろ考えるしかない。 「…………」 照が沈黙した、まじめな話ならば、大丈夫かといって茶化せばアウト。しかし逆に熱で浮かされていれば、まず何より話を聞かずに病院に連絡させ救急車を呼んだほうが良いのではないか。 いずれにせよ、選択を間違えたら咲の心にひびが入る。 「やっぱりなんでもない」 咲の頭がようやくその問題を悟ったときとほぼ同時、照は一言発する。 「こいすてふ――――」 「え?」 「…………恋をしているって、誰かに言ったか?」 「う、ううん。言うわけないじゃない、友達だっていないんだから」 「……………気張れよ」 「?」 咲には何のことか分からなかった、少なくとも今は。 ――――しかし、風邪を癒して再びの登校をしたその日に、何があったのかを否応なく知る事となる。そのとき、なにか大きな歯車のようなものが一度大きくがたんと動く音が聞こえたのだ。 ――――良くも悪くも、いつも通りの通学路だった。 誰にも話しかけず、話もかけられず、肩に食いこむ鞄のベルトと共にゆっくりと学校へと向かっていく。早めに出れば人にはあまりあわない、それをわかっているはずなのになぜか咲は今日に限って逆に遅めに行きたくなった。 それはむしろ、学校に行きたくなかったという咲のサインであったかもしれない。 しかし、無情である。校舎に入った後も、咲はそう思わずにはいられない。 憂鬱な気分を抑えて、教室へと続く階段を上る。耳にきゃらきゃらと明るい声が届くたびに、咲の気持ちは深く深く沈んでいくのである。窓から天気を見やれば、何か良い事がありそうと考えられるほどに機嫌の良い顔をしていた。 それがダメ押しとなって、咲は陰鬱の極みに落ちる。いっそ雨だったならば、諦めもつくであろうに、何かいいことがありそうな――――即ち叶わぬ希望を目の前にちらちらとぶら下げられると、非常に苛立つ。 そんな考えを頭の中で反芻しながら教室の扉を開く、すると――――。 「あ、宮永さん……!」 「……おお、宮永!」 そこにいる全ての男女が、咲を見る。あるものは笑い、あるものはなんともいえない視線でこちらを見ていた。 ある意味予想通りではあったが、しかし咲は内心首をかしげた。予想していたものとはなんとなく色が違うのだ。なんとなく、だが………嘲笑の色がない。 「……どういう、こと?」 「いやあ、ね。ちょっと私たちにはいえないわぁ」 「もったいぶらずに教えてやれって、須賀のいないうちにさ」 そういえば、今日この場には須賀京太郎がいない。そして、あの音鳥薫もいない。正直後者はいなくて良かったが、この教室の雰囲気とそれらが関係するのだろうか? 「貴方が休んだ次の日ねえ、うふふ……」 咲が熱で苦しんでいた間、教室では一悶着があった。事の始まりはやはり音鳥であり、やはりそれは自分を貶めるような内容であったらしい。 そこまで聞くと咲の表情に再び陰りが見えた、だがクラスメートはそれを晴らすようにやさしく語りかける。 「でもね、そこで貴方の須賀君が……うふふふ」 「貴方のって、別に私と須賀君は……」 「いいのいいの、わかっているから。『恋すてふ』よね」 「恋すてふって……『恋すてふ、我が名はまだき、立ちにけり、人知れずこそ、思ひそめしか』の事?」 「そうそう、うふふ」 ――――恋をしているという噂が、もうたってしまっている。人にしられぬよう、こっそり思っていたのに。という意味合いであるその歌は、彼らの主観でとらえた咲の心情にあっていたのは言うまでもない。 それを理解すればするほどに、赤面する顔。それを隠すかのように、咲の両手は頬に当てられたが、それは逆に頬の熱を自覚する結果となり、ついに俯いてしまった。 ――――自分が彼に抱いているこの思いが恋だとすれば、なんともまあひどい結果となってしまったものだ。と咲は辟易をする。 彼女自身誰にも知られないようにひっそりと絆を作って彼との距離を詰めたつもりではあったし、むしろ誰にも気がつかれない筈だった。それが音や光を超えた速さで広がっていってしまった気がするのだから堪らないと考える。 ――――正直、あの歌は今の自分にも作れるのではないかとも思えるほどに。 実際薄々と気がつく者はいたのだが、それをクラスメートから説明されても今の咲が信用できるわけがない。むしろ、下手な慰めとしか考えられなかった。そして同時に、姉の言霊の真意を悟る。 ――――おねえちゃんも、気付いていたなら早く言ってよ! 心構えができてさえいればまだ……。 そう、咲が心の中で叫ぶのも無理はない。ともかく話を聞いてみれば、クラスメートに嫌われていた音鳥薫の行動に、ついに須賀京太郎が決起した。 時は先日に戻る、音鳥薫の第一声は、こうだった。 「――――おいおい、あいつ休んでいるのかよ? やっだねー、風邪とか嘘だろ? あ、何? なんですかー? 俺に言いたい事があるならどうぞー?  はははっ、本当はお前らだってあいつが来なくて清々しているんだろ? あんな暗い奴いてもいなくても変わりねーんだから。なのに、俺にだけそんな事押し付けるってひどくないですか? ねえ、ねえ?」 「…………」 皆、いやな顔をして音鳥を見ている。教室を出て行って友達と一緒に他の教室で話すものさえいた。これ幸いと、音鳥はさらに調子付く。 「俺は本当の事言っているんですよ? なんですかー、駄目ですかー? 本当の事言っちゃ駄目ですかー? 言論規制激しいなオイ、あれ? あれれ? なんですかこの雰囲気。俺が悪いってんですかー?」 皆、もう諦めているし関わり合いにもなりたくは無いと持っている。危険や面倒に自ら近づくものは、この年代にはあまりいない。だが、この男はその事なかれ主義を逆手に取って弄んだり、返せないのを承知で咲のようなものを笑ったりする。 一言で表せば、最低に尽きるだろう。だが、そんな最低男にこの勇者は挑んだのだ。 「――――おい」 「あ?」 「いい加減にしろよ……」 京太郎が、席を立った。元々音鳥しか話していない教室ではあるが、その瞬間空気が一気に変わる。先程までの嫌な空気から、一触即発の空気へと。 京太郎が何かしてくれるのではないかという期待した視線もその中に含まれていた。音鳥も自分が操作していた空気が別のものに変わったとあって機嫌が悪くなる。 「――――あ、なんだ? 須賀、俺になんか用かよ? 俺とやろうってのか? あ? はっ、まさかそんな事ねえよなー。てめえ昨日俺があいつを悪く言っても別に返さなかったもんな、そんな腰抜けによぉー……」 音鳥の言葉は、そこで止まった。代わりに人が何かに叩きつけられたような大きな音が教室に響く。 ――――京太郎が音鳥を殴ったのだ、後ろによろめいた際に机に体のいたる所をぶつけた音鳥は一瞬ひるみ、怒りのあまり躊躇の無くなっている京太郎の追撃を受けてそのまま背中から倒れた。 刹那に仰向けになっている音鳥の体に馬乗りになったかと思えば、右拳を思いっきり顔の真ん中に入れる京太郎、負けじと音鳥も京太郎の体に拳を入れるが、なにぶん位置が悪かった。 分泌されるアドレナリンでほとんど痛みを感じなくなっている京太郎に、力の入らない下敷きの位置。結果は火を見るより明らかだったが、教室内にそれを止める者はいなかった――――止められる者はいなかった。 みるみるうちに音鳥の顔と、京太郎の拳に赤い色が混じっていく。二人の咆哮と共に、周りのものは恐怖と畏怖の中から勇気に似た何か熱い物をわき起こされた。 本来、これは決して褒められるべき物ではないかもしれない、しかし周りの人間が音鳥に抱いていた負の感情を京太郎が、周りの物が一番望んだ形で昇華して行くとあって、それら善悪の垣根がまるで心の中にある炎に焼かれてしまっていたかのように、教室はしばし荒れた。 結局先生が数人やってきてその争いを止めたが、京太郎は顔に青あざと流血を。音鳥に至っては、京太郎よりも重大な大きさや数のそれらに加えて、既に意識を失っていたらしいのだ。それでも京太郎は、音鳥を許す事は無く、隙あらば殴っていた。 すぐに救急車が呼ばれ、大騒ぎの中で二人は連れて行かれた。 ――――そしてそれが、この二人の未来を決める大きな複線となる事はこの時はまだ誰にも分からない。そして、咲と照との確執の種がこの時まかれ、少しずつ芽を出していったことも、まだ誰も知らなかった。 数日経っても、京太郎も音鳥も学校には来なかった。その間にわかったことといえば、京太郎が意外に深手であった事、とある病院に様子見のために入院をしている事、そして図らずも音鳥と須賀二人の噂が自らのそれを打ち消してくれたという事だろうか。 彼のことは確かに心配ではあったが、それよりもまず自らの懸念が消えたことをうれしがるのは心が狭いだろうか? 咲はそう自問して、首を横に振った。 学校内の誰もが、京太郎と音鳥の衝突を知っている。しかし、その詳細は人によってまちまちだ。クラスメートはほとんど全員が詳細を知っているが、 隣のクラスでは京太郎と音鳥が喧嘩をした、しかし何故かは知らないと言う奴が多数を占め、さらに離れたところでは上級生の男二人がけんかしたという情報しか持っていない者までいた。 そういう輩は喧嘩の理由よりも喧嘩そのものにときめきを覚えてしまう性質であり、良くも悪くも深く考えなかったのだ。 ともかく――――そんな中で、咲は不穏な噂を聞いた。 音鳥が悪い、それは教室のほぼ全員がそういうだろうが、理由はどうあれこの一件が京太郎の受験に響くかもしれないというのだ。多感な年頃であるし、 小競り合い程度の喧嘩なら別に公表をすることも無いが、今回は互いが病院に送られたという事実がそこにあり、到底隠せるものではないのだ。下手に隠し事をされては学校の信用にかかわり、ひいては最悪の事態に繋がる、恐らく大人たちはそのように考えたのだろう。 「何でそうなるの!?」 勿論ふざけるなという話ではない、そもそも音鳥がいなければこんな事態は起きなかったはずなのだと咲は悪態をついた。皆、それに賛同する。 それでも、噂が真実かどうかはまだ分からないと、すっかり仲良くなったクラスメートに諭されて、咲は俯いた顔を上げる。 「締衣さん……」 「奏歌でいいわよ」 「奏歌さん……」 ――――それならば、どうするか。 「――――」 「ふんふん、宮永さん、須賀君のお見舞いに行きたいの?」 はずれだが、あたり。まさに鶴の一声であった、そうだそれなら本人に聞きにいけばよいではないか。しかし、今の自らにその勇気があるかどうか。 「ううん、違う。須賀君は私のために戦ってくれたんだ、私がここで勇気を出さなくてどうするの!」 「――――お、いいわね。……ファイト! 私は貴方の味方よ!」 この女学生に好感を持つとともに咲の心ににわかに熱気が押し寄せてきた、他のクラスメートも音鳥はともかく京太郎の見舞いには行きたいといっている。咲はそれを見て、京太郎がいかに好かれているかを悟った。 しかしそれは逆に、今まで京太郎のことをあまりに知らなかったという事実でもある。咲自身から見た京太郎は一言で言えば人畜無害で、その人懐っこさというか、誰とでも打ち解けられるところに魅力がある。 それは、引っ込み思案であった自分をつり上げたというところからも承知しているのだが、自分は彼だけを見て、彼の周りをあまりに見ていなかったという事実が咲の心に深く突き刺さった。 そんな中でも、せわしなく教室内の空気は動いている、いっそ蠢いているといっても差し支えないほどにだ。 「はーい、たかなちゃーん? 天上天夏はー? あ、書いたのー? 次は誰よー、久典千代香ー? ともかく書いてない人は早く書かなきゃスペースなくなるよー?」 なにやら皆、色紙に自らの名前と一言京太郎に対して書いている。 「おーら、雄大。川木雄大! 田守太陽はどこ行ったー?」 ――――どうやらこの締衣奏歌という人物は皆をまとめるのが上手いらしい、まとめるには人を知らねばならない。彼女の性格もその魅力も恐らくそれは、人を知っているから。 自分も進化をするためにもっと人に興味を持って人を知る努力をしよう。と、この時になって咲は初めてそれを心から思った。そしてそれを考えたすぐ後に、視線を彼女に向ける。 「八峰ー、八峰日臣ー、あと日迅ー。かずとも、しらあきはー? 五木一友と華神白明は書いたのー?」 「あ、俺書いたよ、郁堂は? 雨音は書いた?」 「書いた書いた、もうとっくに」 「……おー、宮永以外全員書いたぞー!」 「おーし、よくやったー! じゃあ宮永さん、あとお願いね?」 色紙を受け取りちらりと見れば、その内容は「がんばれ」だの「見直した」だの京太郎自身をほめる物。 かと思えば「とっとと直して学校へ来い大馬鹿野郎」だの、「差し入れは何がよい? 20ドル以内ね」だの、京太郎個人へ当てた物。果ては、「KY太郎って陰で言っていてすいませんでした」とか「阿弥陀仏」など、よく分からない物まであった。 良くも悪くも、個性があふれている。 「でも、一体どこから色紙が……」 「先生がくれた、一枚だけ」 「…………」 一枚の意味が、なんとなく気にかかる。音鳥の色紙に教室の誰も何も書かない事を危惧したのか、はたまたどうやら先生も音鳥には手を焼いていたのでその仕返しか何かか。 もしかしたら受験時に申告するのは音鳥のほうだけで京太郎に不利な発言などしないのじゃないかと咲はこの時点で思ったが、さすがに聖職者がそんな不公平な事をするはずが無い――――とも考えた。 しかしながら、それでは色紙が一枚だけという謎が残る事になる。 「そんな事はどうでもいいから宮永さん、最後はあなたが書いて」 「う、うん」 確かに音鳥のことをこれ以上何も考える気はない、とはいえ京太郎に思考を移しても何を書いていいのか迷う。 こういうのは最初に書くほうが被らなくていいのだが、クラスメートの団結によって咲に回ってきたのは最後の最後であった。当然書きたい事は被るものが多い、だが咲としては被らずに京太郎に感謝の意を述べたい。 「うーん……」 「いっその事キスマークでもつけてみる? リップあるよ?」 「え、え……それはちょっと……」 「――――お、いいんじゃね? ここは色気で攻めるのもありだろ?」 「え、ええええ……」 教室中がリップ一色になったが、咲はさすがにそれはという顔と声を発した。……とはいえ考え付かなければ本当にリップになってしまう、咲は考えて考え抜いた。 「え……と、京ちゃん……待っています」 「えー? なーに、それだけー? もっとさー……」 目ざとくそれをみていたクラスメートの言う通り、一見そっけないように見える。しかし咲はいままで京太郎のことを須賀君と呼んでいた、それはあちらもよく知っている。 つまりここに書かれた京ちゃんという呼び方が、咲が感謝の意を述べて二人の距離が縮まっていることを暗に示している。そしてなおよいことに、そのことは二人しか分からない。 このクラスメートの突っ込みからも明らかだ。そう、このときから、咲は京太郎を京ちゃんと呼ぶ事になるのである。 ――――京太郎は、倉井病院に入院しているらしい。 休日、朝早くから集まったクラス一同は咲を先頭にして、先生からの情報にあったその病院へと向かっていくのであった。 #comment

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