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  茨城県の土浦では、立冬を過ぎたころから急激に寒さが勢いを増す。 大抵どの家でもこの時期から石油ストーブだの掘り炬燵だのを使い始めるらしい。 この家もどうやら多分に漏れず。まだ晩秋という時節ではあるが、最近の寒気に中てられて、居間には炬燵が引かれている。 その炬燵に身体を埋めて、ほわぁ、とした顔をしているのが小鍛治健夜さんその人である。 「健夜さん、お茶淹れましたよ」 「ん。ありがとね……熱っ」 「大丈夫ですか? もう少し冷ましてから飲んだ方が」 「う、うん、そうする」 そう言って、お茶をふーふーする健夜さん。お茶を冷ますその姿は何だか年甲斐も無く可愛げがあり。 もともと童顔であるのも相まって、健夜さんが学生であるかのような錯覚を受ける。 「お茶冷ましついでに、どうぞ。お茶受けの芋羊羹です」 ことり、と机の上に芋羊羹を置くと、健夜さんの頬が少し緩む。 「お茶菓子くらい、私が出すのに」 「いえいえ、せっかく台所にいたわけですし。健夜さんに寒い思いをさせたくありませんから」 「あぅ……ありがと」 もごもごとそんなことを言いながら、健夜さんは頬の辺りまで炬燵に入り込んでしまう。 半ば隠れてはいるが、申し訳なさと気恥ずかしさが混在した顔をしていた。 相変わらずだなぁ、なんて思いつつ、お盆を提げて台所へと戻ろうとした時。ぽつりと健夜さんが呟いた。 「ねぇ、京太郎君も炬燵、入らない?」 「まだ洗濯物が残ってますから」 「……そっか」 俺の返答に同じような調子で呟きが返ってくる。ただ、その言葉の端には寂しさが見え隠れしていて。 「じゃあ、出来るだけ早く洗濯、終わらせてきますから」 「……うん!」 そんなことを言われたら、俺も炬燵に入らざるを得ないのだから、健夜さんはずるい。 洗濯をさっさと片付け、炬燵にお邪魔させて貰う。 「うー、やっぱり炬燵は温いですね」 外の寒気と洗濯物の水分ですっかり冷え切ってしまった手を暖める。 「本当にごめんね、須賀君。いつもいつも、家事をやらせちゃって」 気恥ずかしさを含んだ笑顔がこちらに飛んでくる。 「や、仕方ないですって。健夜さんは実業団リーグの方やら解説のお仕事やらで忙しそうですし」 「俺が出来るのは家事くらいですから。健夜さんが気に病む必要なんてありませんよ」 そんなことを言って、微笑みかける。しかし、健夜さんの顔は晴れることなく。 それどころか、申し訳なさで一杯の表情まで落ちこみ。今にも泣きそうなばかりの顔がそこにあった。 「……本当にごめん、ごめんね須賀君」 「何ですか、突然謝ったりなんかして」 「須賀君の将来も、夢も。何もかも奪っちゃって」 「須賀君はこんな所で家事手伝いをして終わるべきじゃないのに、こんなことさせて」 「私って、やっぱり酷いよね。でも、そんなこと思ってるのに須賀君に頼りっぱなしで」 「須賀君から離れなきゃいけないのに、須賀君から離れたくなくて……」 途中から、健夜さんの声が震えていて。最後には、静寂が残り。 締め切ったカーテンの外から、普段は気にならないような車の停車音が、やけに響いて聞こえてきた。 健夜さんは、言うことを言い終わると、俯いてしまった。 申し訳無さと、悲しみと、それから何かを覚悟したような表情。 子供が悪いことをしてしまった時に、それを親に伝えた後に見せるあの表情に酷似していた。 「別に、俺は好きでやってるだけですよ。将来も夢も奪われたなんて思っていないです」 そんな状態の健夜さんを、この空気を。打破するにはどうしたら良いか。 「言葉に棘があっても、地方リーグに身を落としてさんざっぱら言われようとも、健夜さんは麻雀に一生懸命ですよね?」 「そんな健夜さんの姿を見てると、何かほっとけない、手助けしたいという想いが湧きまして」 子供に対しては、親が許してやるのが一番効果的である。 だったら俺が健夜さんに想いをぶつけて、そこから健夜さんを許してやれば良い。 「こんなへんてこな形になっちゃいましたけど、健夜さんの横でこんな風に健夜さんを支えられて」 「それだけで俺は嬉しいんですよ。むしろ健夜さんの為ならなんだって出来るくらいです」 その情動に全てを任せたせいか。周りの物音も何もかも気にせず。 「健夜さんが大好きですから。だから、健夜さんと一緒にいるだけで、俺は幸せなんです」 俺は、健夜さんの華奢な身体を抱き締めた。 その瞬間、居間の扉が開け放たれる。 「イエーイ! すこやーん、誕生日おめっと……お、おやぁ?」 「あちゃー……これは小鍛治プロの邪魔をしちゃったみたいですかな?」 「はややっ、彼氏さんとのあっつい抱擁を見せつけるのはやりすぎだと思うなっ☆」 「らぶらぶ!」 「これはある意味ベストタイミングで来てしまったようですね」 健夜さんとの親交が深いプロやアナウンサーの皆様方がドンピシャで現れ。 「わ、わわわわわわ……!」 渦中の健夜さんは、抱き締められたことと、それを色々な人に見られたというダブルパンチで思考が停止していた。 「こ、ここここーこちゃんっ! ここまでどうやって来たのさっ!?」 「どうやってって……今日は赤土さんの車で皆で来たけど。音聞こえなかった?」 「あと、何で家に普通に入って来てるのっ!?」 「あー、そりゃすこやんのお母さんから鍵預かってるしねー」 「お母さんから!?」 「うん。娘のことだし今日も普段通り寝てそうだから、この鍵を使って入ってくださいって」 そのおかげでこんな光景が見れるなんてねー、とニヤニヤする恒子さん。 健夜さんは、それを聞いて、変な悲鳴を上げながら、俺の肩に顔を埋めてしまった。 「遂にアラフォーのすこやんにも春が来たんだねぇ……これはスクープになるね!」 「アラサーだよ! っていうかそこまで話題性もないでしょ!」 「大丈夫、はやりが色んな人に根回ししておくから☆」 「しなくて良いから!」 「エニウェイ、このバースデーケーキどうしますー?」 「いやぁ、彼氏からの愛があれば誕生日プレゼントは多分いらないよね」 「いるよ! あとみんな誕生日祝ってくれてありがとう!」 「抱き付かれながら言われても説得力ないぞ☆」 「あぅ……」 「蝋燭挿す! 38本!」 「28本だよ!」 平穏な日常も良いけれど。誕生日くらいは、健夜さんも騒ぎの中にいる方が楽しそうだな。 わいわい騒ぐ面々を見つつ、改めてそう思った。 カンッ  

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