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http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1362666103/ 小さなころにやったそのゲームに登場するキャラクターを今でもよく覚えている。 そのキャラクターは最初はいたって普通だが、物語が進むにつれて強い力を得ていく。 誰もが羨む強く、唯一無二なその力を。 だけどその反動で徐々にそのキャラクターは人間としての機能を失っていく。 肉体的な機能だけじゃなくて、人間としての感情とか、心とか、そう言う目に見えないものを失っていく。 その余りにショッキングな姿に当時の俺は強く心を痛めた。 「はぁ……はぁ……」 俺はそんな見当違いのことを考えながら学校の廊下を走っていた。 2年生の後輩から連絡を受けたのは3分前。 学生議会室に顔を出していた俺は後輩であるムロから送られたメールを見て顔を青くした。 部長と言う責任ある立場ではあるが、今はそんなことを考える余裕もなく周りを気にせず廊下を全力疾走していた。 あまりの必死な形相にすれ違う人も驚きの顔を見せていたがそんなことを気にしている場合ではなかった。 「くそっ……! しくじった」 走りながら後悔の声が思わず漏れた。 今日は和も優希も都合で部に参加することができない事はあらかじめ分かっていた。 だからこういう事態が起こるかもと言うのは考えておくべきだった。 全て後の祭りだが。 旧校舎に駆け込み、部室に向かって走っていると扉の前でムロが立っていた。 携帯を握りしめて蒼い顔をしながらきょろきょろとあたりを見回している。 「須賀先輩!」 そんなムロが俺の姿を見つけると慌てて駆け寄ってくる。 落ち着かない様子で何かを言おうとするが言葉にならず、しばらく言葉にならない声を発していた。 「すみません! その、私も止めようとしたんですけど。でも、その」 そんなムロはそう言って涙目になりながら俺に頭を下げた。 俺は何とか呼吸を落ち着かせ内心荒れる心を抑えつけて後輩に笑いかけた。 「わかってる。ムロが悪いとは思ってない。こっちこそ、こうなることを考えとくべきだった」 「そんな、須賀先輩は……」 ムロは何かを言おうとしたが口をつむぎ、そのまま何も言わなかった。 俺もそれに対して何かを返すこともできず、扉に手をかけた。 間に合ってくれと祈りながら。 「あっ、京ちゃん」 扉を開くと卓に着いた咲が笑いながら俺に手を振った。 にこにこと、何も知らなければ安心するという感情を抱くであろうその笑顔。 柔らかな、そして高校3年生になったというのにまだまだ子供っぽい顔立ちのまま。 笑顔だけ見れば、中学の時からほとんど何も変わっていない。 そう、普通の光景だった。 「うっ……うっ……」 「もう、やだ……」 「何だよ、なんだよ、これ」 同じく卓に着いている入部希望者と思われる3人の1年生の異様な姿がなければだったが。。 「間に合わなかったか」 思わず、小さく声が漏れた。 卓に着いている2人の女子は泣いていた。 1人の男子は強く拳を握りしめながら必死に何かに耐えているようだった。 周りにいたわずかな2年生はまるで自分のことかのように歯を食いしばって辛そうな顔を見せていた。 咲はそんな3人に視線をやることはなく俺に話しかけた。 「入部員希望者が来てくれたから、せっかくだし一緒に打ってたんだ」 俺の呟きは聞こえなかったようで変わらない調子で咲は続けた。 私は正しいことをしたとばかりに、褒めてほしいと言わんばかりに笑いながら言った。 俺はそれに答えず、卓の点数表示に目をやった。 全員トビ状態。一人は箱下15000点となっている。 たった1局で10万点以上をたたき出すという離れ業を成し遂げた目の前の存在はそれを誇ることもなかった。 そして俺自身そこまでの驚きもなかった。今まで何度か見てきた光景だからだ。 「あっ、紹介するね。部長のきょ……。須賀くんだよ」 咲が笑いながら卓についた一年生に話しかけるが当然ながら返答はなかった。 全員、俯いたまま返事を返さない。 時折鼻をすする音が聞こえるだけだった。 その様子を見て咲は途端におろおろし始めた。 「ど、どうしたの?」 返事がない1年生3人に気づいた咲は途端におろおろし始めた。 問いかける咲の声に当然返事はない。 咲は少し考えたのち、下家に座っていた1年生の女の子の肩にすっと手を置いた。 その瞬間にその子は大きく体を震わせ、何かにおびえたような顔をするが咲は気にもせず口を開いた。 「大丈夫だよ。最初はみんな初めてなんだから。ねっ、ゆっくり覚えていけばいいんだよ。だから」 咲の笑みを向けられたその子は、恐怖なのか、憤りなのか、恥辱なのか、複雑な顔をした。 俺はそれを見て慌てて遮ろうとするが、遅かった。 「だから、一緒に麻雀を楽しもう。ねっ?」 咲なりの勧誘の言葉だったのだろう。 それはわかる。 だが、咲は肝心なことがわかっていない。 自分がしてしまったことの結果を分かっていない。 その証拠に、言葉をかけられた女の子は唇を震わせ、目を潤ませ、泣き出しそうな顔をした。 「咲っ!」 気が付けば、俺は叫んでいた。 その声に咲はわかりやすいほど体をすくませ、驚いた顔を俺に向けた 「もう、京ちゃん。なぁに? びっくりするじゃん」 「あー、その。あれだ、校門前でビラ配りしてる連中の人手が足らない    みたいだから手伝ってやってくれ。この子たちへの説明は俺がやるから」 感情のままに叫びだしたため、言葉を取り繕うのに若干の間を要した。 だが咲はそれを気にもせず、わかった、と笑いながら部室の外へ出て行った。 何かを言いたげにお互い顔を見合わせるムロを初めとする2年生を尻目に、俺は卓に着いた1年生3人に近づいた。 「その、何て言えばいいのか……」 俺自身、3人に何と声をかければいいのか考えあぐねていた。 謝るのが正しいのか。 慰めるのが正しいのか。 咲の非を盾に、3人を鼓舞するのが正しいのか。 俺が言葉に詰まっていると咲に声をかけられた女の子がまるで鉛でも吐き出すかのような重い言葉を発した。 「私、私は」 「どうした?」 「私はこれでも、これでもインターミドル出てるんですよ」 しん、とさらに部室が静まり返った気がした。 呟いた女の子はぽろぽろと涙を流し始めた。 俺は歯がゆさに強く拳を握りながらも女の子の言葉に耳を傾けた。 「もちろん、チャンプ相手に胸を借りる気でいました。でも、それでも」 そこから聞くであろう言葉に俺は何となく想像がついた。 去年1年間、何度かこういうことがあった。 去年1年で何人辞めていっただろうか。 染谷先輩をはじめとした俺たちが、去年の1年生たちを必死に繋ぎとめようとしたがが、できなかったあの悔しさが蘇ってきた。 「何にも、何にもできなくて。こんな、こんなに一方的に」 どうしてこうなってしまったのだろう。 去年から染谷先輩とどうすればいいのか必死に考えてきたのだが、結局結論が出ないままここまで来て。 そのツケを、その現実をこうやって突きつけられた。 「あ、挙句に、は、初めてだから、初めてだからしょうがないって。わ、私小さいころからずっと麻雀やってきたのに。しょ、初心者扱いって」 女の子は手元の点数表示に目を落とした。 -15800と無機質に表示されたそれにぽたりと、涙が落ちた。 友人なのだろうか、その隣に座っていたもう1人の1年生が背中を撫でて慰めていた。 「……麻雀て、難しいんすね」 ぽつりと、卓に着いた男の子が口を開いた。 俯いていて表情は読み取りにくかったが、憮然とした表情をしているのがよくわかった。 「俺、ゲームでしか麻雀やったことなくて。何となく興味あったし、初心者歓迎ってチラシ見たから来たんですけど」 男の子はそこまで言って頭を振って俺を見つめてきた。 その視線には若干非難の色がこもっており、ちくりと心が痛んだ。 「やるからにはガチでやろうと思ったんですけど、やってける気がしません。失礼します」 「ま、待ってくれ。あいつは特別だから。別にそんな、皆が皆、その」 「でも」 立ち上がった男の子に慌てて取り繕ったような言葉をかける。 だが、そんなことは聞きたくないとばかりに言葉を被せてきた。 「ああいう人じゃないと全国で勝てないんですね。俺にはついていけません」 ああいう人、という言葉にどんな意味が込められたのだろうか。 少なくとも強く非難する気持ちだけは痛いほどに伝わってきた。 その男の子は頭を下げて去っていった。 それに続いて女の子2人も泣きながら部室を出て行った。 俺を含め、他の部員はそれを止めることができなかった。 咲は強くなった。 昨年度インターハイチャンプと言う実績がそれを物語っている。 だけど、咲は強くなるにつれて変わっていった。 最初は麻雀に対してあれほど消極的だった咲が積極的になっていった。 それに伴いメキメキと実力をつけていった。 最初はみんな喜んでいた。 俺もからかいながら咲が楽しそうに麻雀を打っている姿を見て麻雀部に誘ったことを誇らしく思っていた。 だが、それから徐々に咲は変わっていった。 兆しは2年生になってからだった。 1年生が入ってきて教える立場になった咲の指導はひどい有様だった。 いわゆる手加減や指導がろくにできない。 元々常人には理解できない悪魔めいた超感覚で打っているタイプだ。 和ほど論理めいたものを期待していたわけではなかった。 だが、咲はただただ目の前の存在を叩きのめすのみでろくな指導ができなかった。 1年生が打っているのを後ろで見ていたとしても「なぜそこが引けないの?」を首をかしげているぐらいだ。 染谷先輩はため息をつきながらも咲に指導はさせない方がいいだろうと言う結論を下した。 そこまでだったら、まだ笑い話で済んでいたかもしれない。 決定的だったのは去年のインターハイだろう。 大将を任された咲は圧倒的な実力で他の学校を寄せ付けずチャンピオンの座に輝いた。 喜びに包まれる控え室の中で俺は見た。 卓上で涙を流す3校の代表選手を尻目に、酷くつまらなそうな表情をする咲の姿を。 その眼にははっきりと「失望」が浮かんでいた。 俺はその姿を見て、優勝の喜びより未来への恐怖に包まれた。 そして、その懸念は現実のものとなった。 咲は、変わってしまった。 あれから、誰かと対局をして勝っても表面上は笑っていた。 だけど、俺には分かった。 咲にはもはや勝利の喜びを、麻雀を打つ喜びを感じてはいなかった。 咲は強くなりすぎたのだ。 もはや、咲にとって高校ではもはや自分より強い人間など存在しないと理解してしまったのだろう。 勝つことが当たり前になってしまった。 だからそこに喜びはないし、悲しみもないし、怒りもない。 そして、敗者の怒りも悲しみも怒りもわからない。 対戦相手への敬意もない。 何もないのだ。 インターミドル出場のあの子を初心者扱いしたのも本心なのだろう。 咲にとってはもはやあの子と初心者ではアリとノミぐらいの差でしかないのだろう。 どちらでも、容易くひねりつぶすことができる。 そしてそれは咲にとっては当たり前のことで。 咲が勝つのが当たり前のことで。 だからあんな残酷な言葉をかけられる。 敗北の痛みがわからないから。 「咲……」 俺は後悔していた。 咲を麻雀部に誘ったことを後悔してしまった。 下世話な雑誌が煽りに使う咲を評する言葉を借りれば、俺は『魔王』か『悪魔』を生み出すきっかけを作ってしまった。 俺の知っている咲は泣いている子が居ればワタワタしながらも一緒に泣いてしまうような女の子だった。 何とか必死に苦しみや悲しみを分かち合おうとする女の子だった。 少なくとも、俺に対してはそうしてくれた。 だけど、その咲はもうどこにもいない。 本もあまり読まなくなった俺の昔馴染みはただ麻雀を打ちながら夥しいほどの勝利を積み上げていく毎日だ。 他者の怒りや悲しみや嫉妬を歯牙にもかけず蹂躙していく。 肺が呼吸をするように。 心臓が血を巡らせるように。 ただただ、当り前に。 「くそっ……」 俺は顔に手を当て、これからのことについて頭を悩ませながらも、心がズキリと痛むのを耐えていた。 俺の知っている咲はもうどこにもいない。 どこにも、いないのだ。

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