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  須賀先輩の事は、高校に入る前から耳にしていた。 最初に聞いたのはマホの付き添いで合同合宿に呼ばれた時だっただろうか。 「今回の合宿には来ていないのですが、清澄にはもう一人男子部員がいまして」 「男子部員というよりも、やってることは雑用に近いじぇ」 清澄の麻雀部には女子しかいないものだと思っていたから、へええ、と驚いたのを覚えている。 中学時代から尊敬している両先輩は、須賀先輩の事をどこか楽しそうに語ってくれた。 金髪で背が高いから不良に間違われやすいこと。麻雀に関しては初心者であること。 時折原村先輩の胸をチラ見していること(これには「あまり酷くなったら注意します」との言を頂いた) そして買い出しから、それこそ牌譜の整理まで。雑用を一挙に引き受けてくれていること。 「一番世話になっているのは、タコスを調達して貰っているゆーきかもしれませんね」 「のどちゃんだって、京太郎にエトペンのほつれを直して貰ってたじぇ?」 「う……それは認めますけど、面倒を見てもらっているゆーきの方が手をかけてもらってます!」 私の目の前で言い合いを始める先輩方。しかしそれは、須賀先輩に感謝と信頼を置いていたからこそだろう。 勿論、両先輩だけではなくて、他の人たちもそれだけ感謝しているはずだ。 インハイに臨む皆の裏で、練習環境を整えようと奔走する縁の下の力持ち。 自分が試合に出る訳でもないのに、自身を犠牲にして尽力する蔭の立役者。 そんなお人好しで苦労人で。そして少々奇抜な先輩に、内心会ってみたいと思った。 清澄高校に入学して、麻雀部に入って。そして須賀先輩に対面した。 須賀先輩は、私が頭に思い浮かべていたイメージよりも、遥かに普通で、だけど遥かに凄い人だった。 「京ちゃん、それカン! ……リンシャンツモ、8000!」 「くっそー! やっぱりこの牌は危険牌だったかー!」 「まあ、この巡目で三面張聴牌なら押すのもしょうがないじぇ」 麻雀の腕前は私より少し強いくらい。宮永先輩たちと卓を囲めば、内半分はラス。 去年は今よりも腕前は酷かったと言っていたから、ラスの割合は更に多かったのだろう。 でも、そんなにズタボロにされても笑って麻雀を続けられる。そんな強靭な精神力を持っており。 「あ、染谷部長。椅子の修理と牌譜の整理、やっておきました」 「おう……いや、有難いけどの? 一年も入ったことじゃし、別におんしがやらんでも良いんじゃぞ?」 「いえいえ、一年生は今の内に基礎を覚えておかないと大変っすから」 その一方で時間が空いている時には、細かい雑用を着々とこなしていく。 練習の休憩中に。練習前の空き時間に。時には片岡先輩の相手をしつつ。 細かい所まで目を配る観察眼と、持ち前のお人好しさが昇華した、そんな気配りの良さを持っており。 とどのつまり、須賀先輩は『先輩からも後輩からも頼られ、信頼される人物』を体現していた。 だからこそ、須賀先輩には尊敬と……ほんのちょっぴり、尊敬とは違う気持ちも抱いたのだと思う。 清澄高校で一年を過ごして。須賀先輩と接する機会もそれなりに増えた。 「うう、須賀せんぱーい……またマホ、ラスっちゃいましたー……」 「マホはまずチョンボしないようにしろって。流石にする回数は減ってるけど」 「あう、痛いところを突かれたのです……」 「高校での部活はまだ始まったばっかなんだし、頑張って直していこうぜ」 須賀先輩は、私を含めた部員の中で、一番皆のことをよく見ているし、一番皆を気にかけている。 「お、今日は調子良いみたいじゃんか、チャンピオンさん?」 「もー京ちゃんったら、その呼び方やめてよー!」 「咲さんはもっと自分に自信を持った方が良いですね」 「麻雀を打っている時の怖い咲ちゃんとは本当に別人だじぇ!」 「私そんなに怖いのかなぁ……」 私も団体戦のレギュラーとして自信を持てるくらいには強くなったし、須賀先輩も同じくらい強くなった。 それでも、先輩方三人には私も須賀先輩も適わないけれど。 ……須賀先輩にとっては、これが最後の夏だから。悔いのないような夏にしてほしい。 『一後輩として』、そんなことを考える。須賀先輩を困惑させるようなことはしたくない。 「ムロ、大丈夫か? 何だかボーっとしてるけど」 「は、はい!?」 そんなことを考えていた矢先、須賀先輩から話しかけられた。突然のことに思わず慌ててしまう。 「珍しいなー、ムロが上の空になってたのなんて初めて見たぞ?」 「すみません、少し考え事をしていて」 そう誤魔化す――考えに没頭していたのは事実だが――と、須賀先輩は真剣な顔つきでこちらを見て。 「あー……悪い、ムロ。お前のこと、あんまり気にかけてやれてなくて」 「普段からマホの面倒とか見れる様なしっかり者だから、気付いてやるのが遅くなっちまった」 「余りにどうしようもなくなったら、俺の所に相談しに来いよ」 そして頭を掻きつつ、そんな台詞を投げかけてくれた。 ……ああ、やはりこの人は根っからのお人好しだ。人が好すぎて、自分よりも周りをいつも気にかける。 改めてそれを実感するとともに須賀先輩の真剣さも相まり、何だか吹き出してしまう。 「あはは、須賀先輩は本当に優しい人ですよね」 「え、ちょ、いきなり何だ!?」 「別にそんな重大な問題を抱えている訳じゃありませんから。先輩はご心配なく」 「お、おお……あのさ、もしかして俺、早合点してた?」 「はい、それも盛大に」 「うぐおぉ、マジかよぉ……」 頭を抱える須賀先輩。その姿が可笑しくて、口元が思わず緩む。 ひとしきり笑った後、私は須賀先輩に声をかけた。 「須賀先輩は他人よりも自分の為に時間を割いた方が良いですよ? 最後の夏なんですから」 「けど、咲たちは勿論、ムロたちだって団体戦があるし後輩の面倒を見るのは大変だろ?」 どこまでも他人優先の姿勢を貫く須賀先輩。だから、誰かが喝を入れなければいけない。 「私達には団体戦がありますけど、須賀先輩には個人戦しかありません」 誰かの為から自分の為に。その為に、余計な負担は全て排除する。 「先輩は部の為に頑張って来ました。最後くらいは自分に正直になっても良いじゃないですか」 例えば後輩の指導。例えば備品の買い出し。例えば牌譜の整理。それと…… 「先輩の負担や問題は全て私達が背負います。ですから、先輩は自分のために頑張るべきです」 例えば誰かの片想いとか。 会話を終えて、須賀先輩が宮永先輩たちの麻雀卓に着くのを私は眺めていた。 普段よりも少しすがすがしい顔つきを浮かべていた須賀先輩。これで良い。これで良いんだ。 須賀先輩の時間は、須賀先輩が使うべきだ。部長も、部員の皆もそう思っているはずで。 だからこそ、他人の為に時間を使うような真似は私もしたくない。 「マホ、またラスだったのか?」 「裕子ちゃん……うー、チョンボはしなかったけどラスでした」 「はぁ……ほら、今度は私が見てやるからもう一回打つぞ? 頑張れるか?」 「はいっ! マホ、まだまだ頑張りますっ!」 それでも、どうしてもこんな事を思ってしまうのは、まだ自分を殺し切れていないからだろう。 「うっし、ツモ! 3000-6000だ!」 「ぐあー、東場でこの私の支配を躱すとは中々やるじぇ!」 「京ちゃん、もしかして今日調子良いの?」 「さぁ、どうだか。でもさっき優秀な後輩から喝を受けた、ってのは影響してるかもな」 『もっと自分に正直なら、自身の欲に忠実なら、気持ちを隠さず伝えていたなら……』 『……あなたは、ひょっとしたら私の隣にいてくれたでしょうか?』  

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