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460 名前:名無しさん@お腹いっぱい。:2009/07/01(水) 00:21:27 ID:NGipqzy/ →459 「やはり、貴女だったんですね・・・」 咲の言葉は妙に落ち着いていた。そればかりではない、部員全員がさほど慌てることなく 事態を飲み込んでいるようだった。 「あなたがたに危害を加えるつもりはなかったのです」 「わかります。京ちゃんにアリバイがなかったのはたまたまで、すぐに警察が来るのにおかしな 工作をする必要もなかった。この程度なら検死がはじまったらすぐに露見する事実でしょう。わからない のは、なぜ今こんなことをしたのか、なぜ首を切り落としたのか、ということです。上手くやろうと思えば いくらでもできたはず。どうしてこんなことを・・・」 それもそうだ、と京太郎は思う。ただ住民を殺すだけならば別に今出なくても良い。こんなわかりやすい 形にする必要もなく、あえて猟奇的な方法をとる必要もなかった。それは犯人を報せるようなものだ。 「それは──」 「咲。それは必要だったからよ。貴女が言うとおりだった」 「え──」 咲が意外そうに部長を見た。 「なにが、必要だったんですか。部長は、何を知ってるんです」 「こんな小さな島で大金持ちになるなんて難しいのよ。それはやっぱり最初に大きな財力がないと。 和が言うとおり、この家は元々平氏の残党なんですね? しかしその財力をいつまでも保持することは できなかった。コウジモトの本家はそれをいつまでも栄えるように増やさねばならなかった」 「貴女は──」 竹緒婦人が部長を見上げる。             「だいたいのことは知っています。 この島の住人は、ずっとこういうことを続けていたんですね?」 「ずっとって・・・何をだじょ・・・」 話が飲み込めないタコスが口をはさむ。京太郎も同じ気持ちだった。 「死体の首を切り落とすことよ」 「そんな!」 和が息をのむ。 「部長! そりゃいくらなんでも・・・」 「いいえ京太郎君。そうじゃないと説明が付かないわ。第一、こんな事件が起こってるのに誰も騒いで ないじゃない。それってどういうこと? ”たまにはこういうこともあった” この島のひとたちにとっては、 そういうことなんじゃないかしら」 「で、でも、いくらなんでもソレは・・・」 咲も納得できないようだった。部長の主張はあまりにも常軌を逸している。 「ひふみよいむなやこともちろらねしきるゆゐつわぬそをたはくめかうおえにさりへてのますあせゑほれけ」 突然部長は何事かつぶやいた。 「ひっ」 それを聞いて竹緒夫人は小さく悲鳴をあげる。 「これはひふみ唱文と言います。別名を物部真言とも」 「私は! 私はそんなもの──」「知っているはずよ。あの壁に書いてあったのはまぎれもなくこの文句です」 部長の声は硬い。 「これは古くは死体を生き返らせるためにも使われた呪文。陰陽道の古道にのっとって悪霊払いにも使われ るようになりました。しかしもう一つ、ある儀式にも使われる真言ですね? あなたはそれを知っているはずだ」 京太郎が見ると、夫人はガタガタと震えている。 「それは、それは──」 「イザナギ流ですね」 「貴女は──」 「私はあなた方を責めるつもりはありません。こういうことはままあることですから。私は──」 ──この子達の先輩です。 部長はそう言った。 461 名前:名無しさん@お腹いっぱい。:2009/07/01(水) 00:51:35 ID:NGipqzy/ →460 「イザナギ流というのは、四国に今も残る陰陽道の一形態です。独自の進化をとげたのか、はたまた 伝わった年代が古いのか、それはわかりませんが、その源流はひょっとしたらこの小さな島ではなかった だろうか。私はそう考えます」 「部長。そ、それは、そのなんとか流は、首を切るんですか・・・」 京太郎はやっとそれだけを言った。 「陰陽道は、さかのぼると中国大陸に行き着くわ。そこで開発されたある種の科学よ。自然の理を如何に して人間に有益な方法で使役するか。そもそもはその程度のものだった。しかしやがて呪法が開発される にしたがって、有益という言葉を取り違えた使用法も開発されてしまった」 それは。 京太郎は背筋が寒くなるのを感じた。 「蠱毒と言います。動物を一箇所に集めて飢え死に、ないしは殺しあわせて、その魂を利用して使用する 呪い。これは憎い相手に使役することによってとり殺すことができる」 「いや、部長、それと今度の話とどんな関係が──」 和がタコスを抱きしめながら言う。 彼女は震えるタコスをまるでかばうかのように毅然としていた。 「蠱毒というのは、いわば巨大な力を作る方法なのよ。それは使役することで人を殺すこともできるし、 家で飼うことで財を蓄えることもできる。しかし養うには人間を餌として与えなければならない」 「そんな・・・」 思わず息が漏れた。 「そうやってコウジモトの本家は財を蓄えていた・・・違いますか?」 「うちの家では、お稲荷さんと呼ばれています」 夫人が力なく言う。 「稲荷・・・狐か。それもあるでしょう」 「でもそんな、動物でことがすむなら誰も死ぬことなんてないじゃないですか」 咲が異論をとなえる。 「そうね。その前に陰陽道の話に戻りましょう。大陸で発生したこの体系は、日本に伝わり、やがて陰陽道 という学問に進化しました。その進化はこの瀬戸内の島でもうひとつの進化をとげます。いま伝わっている いざなぎ流では、その蠱毒を利用したもう一つの呪法が完成した──」 そこで部長はぐるりとあたりを見回した。 「これは動物を使って一つの神とも呼べる強大な力を生み出す呪法です。今伝えられている呼称では、 これを『犬神』と呼ぶ」 犬神。 その言葉はこの場にいかにも相応しく、禍々しい香を発していた。 「その神を作り出していたのが、このコウジモトの本家ですね?」 「そんな・・・じゃあ染谷先輩は」 「咲、これはマコも関係している話よ。でも日本にはいくつもこんな話はあるわ。生きていくためにはソレが 必要だった時代もあるの。今だって悪いことはいくらでもあるわ。動物を殺したって、どうしたって自分の 赤ん坊を生かしたいと思うのは、人間なら誰だってそうでしょう?」 「それは・・・」 「ここの島の人たちはそれを納得していたのよ。だから騒がない。皆が生きるためにはすこしの犠牲は、 どうしても必要だった。コウジモトでは、動物や虫のかわりに、人間を使って蠱毒を行っていたんですね?」 「なんだって!」 京太郎は立ち上がる。それはどうしても許せないことだった。 「人間を、他人を殺して生きてきたのかよ! この──」 バケモノ、と罵ろうとした。 しかし、目の前で小さくうつむいている夫人の影を見て、京太郎は黙ってしまう。誰だってそうだろうか。 自分も生きるためにはそうするしかないならば、皆が納得しているならば、そうやってしまうだろうか。自ら 煩悶しながら言葉を捜した。 「犬神という呪法はね、飢えた犬を土中に埋めて首を切り落とすことで完成するのよ」 462 名前:名無しさん@お腹いっぱい。:2009/07/01(水) 01:45:17 ID:NGipqzy/ →461 「コウジモトは代々、分家の子を生贄に荒神さまをお祀りしてきました。小さな集落で富を作りあって、 共同体として生きてきたんです。それで誰もが納得していました。でも長くは続かなかった。悪いときに 麻雀ブームがはじまって、この島に人が流れてくるようになったから・・・」 ──この島は、監獄だったんですよ。 「内地で借金をして首が回らなくなったひとがここで麻雀をしていくような、そういう場所でした。本家 ではそれを蠱術にとりいえる方法を考えてしまった」 「そうか。麻雀は四人で打つゲームだから・・・勝ち残った人間をそのまま蠱術に。それで──」 「逆です。元々本家には神さまがおりましたから、それを利用して神の巫女たる女子が麻雀をして、 他の相手を全員殺していったんです」 「その巫女がマコだった」 「はい」 部長と夫人の会話は、あまりにも起伏がなく、京太郎たちも黙って聞き入っていた。 「あの子は内地の本家の子でしたから、何も知りませんでした。ですから自分が負かしたひとが、その 後で殺されているなんて知らなかったんです。でも勝ち続けた巫女は最終的に神の嫁としてお仕えしな ければならない。そこで仲が良かった娘がマコちゃんの身代わりに取り込まれてしまった」 「そこでマコは知ってしまった・・・のね」 「そうです。だからあの子はもうこんなことをさせまいとしたのでしょう。ここに戻ってきたとき、真っ先に 麻雀牌を探して、島の石碑を壊してまわっていました。あの子はそのときの罪を償おうとして」 「竹緒さん、もうやめませんか。そんなことをしなくても今は生きていける。マコはそう言いたかったんじゃ ないですか? あの子は──」 「いいえ! 私たちはもう逃げられません。どうして生き方を変えられましょう。それでは、私の母は、 その親は、私たちがしてきたことは何だったんですか・・・」 「だからって! そんな理由で貴女は呪法をいちはやく完成させようとしたのですか?」 「マコちゃんが何かをしているのはすぐにわかりました。でも、もうあの子に関わらせたくはありませんでした。 あの子は外の世界で生きてきた子。もうこの呪われた島に帰ってくることなんてなかった・・・」 ガタリ! と、突然咲が立ち上がる。 「京ちゃん大変!」 「どうした!?」そのまま咲はタコスを指差して「タコスがいるのに染谷先輩がいない!」 それを聞いてタコスが言う。 「先輩なら散歩に行くって・・・」 「京太郎! 走れ!」部長が叫ぶ「マコは開かずの間よ!」 「染谷先輩! 何やってんだよ!」 お札の扉の前に立ち尽くすマコを見て京太郎は叫んだ。あとから咲や部長たちがかけつける。 「あんた・・・こんなところまで来て何を言うつもり。逃げんさい言うたじゃろうが」 マコの声は硬く、京太郎を拒絶していた。 「天元行体神変通力勝、天地玄妙行神変通力、それは犬神を封じ込めるためのものよ。マコ、 バカなことはやめて!」 部長が怒鳴る。そのとき、わずかに空気がざわめいたかとおもうと、辺りに小さな声が響いた。           永久の旅路よ 襲ヶ淵よ めんない千鳥の いてござる           遠き浮世の 夜叉の河原よ お手手を重ねて寝んころり それはわらべ歌だった。 確かに、隠し扉の向うから聞こえてくる。それは小さな女の子の歌声だった。 「あぁ──あああああああ!」 竹緒夫人が塞ぎこんでとつぜん絶叫する。 「マコ!」 「いやじゃ! この中に! 私が救い出すって決めたんよ!」 「よせ!」 部長が怒鳴る。 「何年前の話よ! マコ!! 聞きなさい!! あなたが高校生ならその子だって同じなのよ!? 食べるものもなしでどうやって生きていくのよ!! そんなことができたら──」 ──そんなのはもう人間じゃないわ!! 部長はマコを止めるべく走りよるが、それは隠し扉が開くのとほぼ同時だった。 467 名前:名無しさん@お腹いっぱい。:2009/07/02(木) 00:08:21 ID:uKRy1Vpo →462 ギイ―― 扉がゆっくりと開き、その向こう側の暗い世界を京太郎たちに見せた。 「マコ・・・」 「来んでください」 近寄ろうとする部長をマコは静かに制した。 「そんなお願いは聞けないわ」「部長!」 部長は京太郎たちを背後に控えさせて悠然と歩をすすめた。 「齋院とは神に仕える巫女のこと。神迎えの機織り、巫女たる齋王は二年の潔斎ののち 神に奉仕する。史実と同じく齋王が未婚の女子と定められ、この開かずの間で潔斎を強要 されていたならば、使えているものは神に他ならない──マコ、その向うにはどのような形で あれ神と呼ばれるものが居るのよ」 「知っています。だからこそ、見られたくはなかった」 「マコ!」 「私はこれから蠱術の儀式に入りますけん、どうか戻ってください」 その蠱術とは、自らを生贄にする。 「できないわ」 「部長──」 聞き分けのない子を諭すようにマコは言う。 「ここぞという時に引いてきた牌は手放さない。あなたも知ってるでしょ。私は悪待ちの女なの」 「それとこれとは・・・」 「変わらないわ。何も変わらない。あなた、ひょっとして忘れているかもしれないけれど」 ──麻雀はひとりではできないのよ。 マコが振り返ると、部長の背後にはすでに見知った後輩たちがいた。 「やることはいつもと変わらないじょ」 「染谷先輩。神様とだって、卓を囲めば同じです」 「そんなオカルトありえませんよ」 呆れた口調の和の声を聞いて、マコは不意に吹きだしそうになる。それはいつもと変わらない、 遠く過ぎ去った過去の記憶だと思っていたものだった。 しかし今は違う。 麻雀は賭け事ではない。 まして命など賭ける必要はない。 そんなことのために来たのではないと自分に言い聞かせた。 「駄目じゃ。巻き込むつもりはないけん」 「それでも、先輩は行こうとしてるんですよね」 京太郎が言う。 「負けるつもりなんですか?」 「勝って財産といっしょに海に沈める。それ以外に方法はないけん」 「入られよ」 そのとき、奥から声が響いた。 それは、マコの良く知った少女の声だった。 468 名前:名無しさん@お腹いっぱい。:2009/07/02(木) 02:47:06 ID:RSD/qOLT →467 「返してもらう!」 マコはそう言って奥に進んでいく。その奥にいる少女は、マコが幼いころの記憶と寸分たがわずそこに 存在していた。本来ならそこにいるべきはマコ自身。身代わりとなって十数年そこに幽閉されていた、 齋王そのひとだった。 精進潔斎のための白い着物。黒い髪。あの頃のままずっとそこに立っていた。 「待ちなさい! その子はもう──」 バチリ。 空間が歪み、暗がりに立つ少女の肖像がひび割れる。 「な──」 絶句するマコの目の前で少女の白い白い皮膚はひび割れていった。 「寂寞に見るは午睡の夢なり──人間の巫女なんてそうそう長くはもちません」 それは既に少女の声ではなかった。禍々しい老人の声。ひび割れた声帯から発する、油の切れた機械 のような声だった。 「お待ちしておりました。私の新しい齋王」 少女の体が崩壊し霧散する直後、マコはその声を聞いた。 「マコ!」 駆け寄る部長だったが、すでに遅い。 崩れ落ちる少女の体から流れ出した黒い煙の塊のようなものは、まっすぐにマコを目指して地面を這い、 そのままからめとるように足をつたってマコの中へ侵入する。 「ぐ──――」 短いうめきとともにくずおれたマコは、次の瞬間にはもう別人になっていた。 「何を・・・」 部長のつぶやきはもうマコには届かない。 「まだうまく馴染みません」 立ち上がる、先ほどまでマコだった者はしわがれた声でそう言った。 「こんな・・・ことが」 京太郎は目の前で起こった事実を飲み込めないでいた。ついさっきまで立っていた先輩が、いまはもう老人 の姿になっていたのである。髪型こそマコに近いものの、服装はどこか古代の人間のようにかわり、皮膚は ひび割れ、手はふしくれだって枯れ木のようだった。 「返しなさい! マコを戻して!」 部長が叫ぶ。 「憤せずんば啓せず。非せずんば発せず。一隅を挙げて三偶を以て返さざれば則ち復たせざるなり。 ならば勝負となるか──命をかけて。また昔日のごとく」 それは不吉な宣戦布告だった。 475 名前:名無しさん@お腹いっぱい。:2009/07/03(金) 01:15:20 ID:wC9C65fa →468 「やってやろうじゃないの。神様と徹麻!」 腕まくりをして髪をしばり、部長は老人のあとに続く。そのあとに京太郎たち部員もおっかなびっくり続いた。 「部長の本気モードだじぇ!」タコスが言うと「必ずみんなで帰りましょうね」と和も応じた。 わかっているのだろうか。と京太郎は思う。 ここは明らかに異界なのだ。ただのゲームではない。長年にわたり一つの一族を縛りつづけたけた怪物 と一戦交えるということを。 「大丈夫だよ京ちゃん」 京太郎の心中を察したように咲が言った。 「大丈夫って・・・」 「大丈夫。私たちが先輩をつれて帰るんだよ」 なぜかそのひと言が頼もしかった。 「手積み・・・望むところだわ」 部長が呟く。 卓を囲むのは部長、タコス、和、そして先ほどの老人だった。 案内された部屋は薄暗く、しかしドコからともなく光が届いている。時刻はすでに深夜のはずだったが、 それでも全員の顔をうかがえるくらいには明るいのだった。 板張りの床に相当の大きさの卓がある。部屋の中央に位置するそれは堅牢な作りで、ある種の調度品 のように威風堂々としていた。 「これは・・・」 和が言う。 卓の中央には鳥居のマークが描かれている。卓の四辺にはそれぞれ「犬」の一字が中央へ向かって描か れていた。盤上には縦に五つ、横に四つの線。それぞれが格子状になるように引かれている。 「蠱毒の呪符だわ。本来なら鳥居の部分は狐の文字。四方の犬は狐を逃がさないように見張る役目よ。 これは、この卓は既に呪いのシステムに取り込まれている。かつてコウジモトの家ではこれを使って呪い を行使していたのね」 呪いを。 「蠱毒とは本来、封じ込めた壷のなかで虫を殺し合わせる呪い。この狭い卓上がまさに壷になぞらえられて いるわ。殺し合うのは──さしずめ私たちよ」 部長の声は重く、そして暗い。 「はじめます」 老人が席に座る。 「落ち着いて、いつもと同じよ。そうね、いつもと違うのは自動卓じゃないくらい。和、平気?」 「大丈夫です」 親を決めるべくサイコロが振られる。 親番はタコス。まだ実力不十分の京太郎は卓を囲むメンツを後ろで眺めていた。 「西は金也――」 タコス正面の老人は何事か呟くと、五筒を捨てた。 一打目からの捨てる牌ではない。続く巡目も迷うことなく筒子を切っていく。 (なんだよコレ・・・染め手か) 京太郎の思いとは裏腹に、老人は薄く笑っていた。 「金は幣、幣は兵也――自西自東、自南自北、服せざるもの、これなかりけり」 老人は止まらない。ゆっくりと、六巡連続の筒子を捨てると同時に牌を横に曲げた。 477 名前:名無しさん@お腹いっぱい。:2009/07/03(金) 22:09:30 ID:H52WnEpP →475 「うそ・・・」 和はあり得ないものを見るような目でそう言った。 筒子を捨て続けて西ドラ6。初手、發三枚落としからのホンイツドラ4。結果的に上がってはいるものの、 それは到底ふつうの麻雀ではありえない打ち筋だった。 「色――なんだってのよ」 部長が歯噛みする。 「ロン」 またしても初手からの役牌3枚落とし。 「コイツ・・・まともじゃねえ」 京太郎はのどが干上がるのを感じる。 「五行は因果。即ち理也。生命の循環にして悉有の根本原理。悉皆の連鎖也」 親流し。 和が辛うじて対抗するも、老人へ直撃するには及ばなかった。 「そんなオカルトはありませんよ」 如何様にも言葉では反論できよう。 しかし、それは結果がともなってはじめて作用する。 「あり得ないということはね。起こりませんよお嬢さん。一見あり得ないということには実は理由があるのです。 理論は必要ないのですよ。起こった事象から結果を推理していくのです。ある事実が沢山あれば、別の 事実が引き起こされる。理由はいらないのです。別の事実を起こす為には、ある事実が沢山あればいい。 なぜ起こるのか。そういうことは必要ないんです。結果を引き出すための過程のみを集積すればよい。これは、 統計ですよ」 みるみるうちに卓を囲む面子は追い込まれていく。 それほど大きな手は多くない。しかし確実に。少しずつ点棒を削り取られていった。 「──ロン」 「ぐ──」 これでタコスが飛ぶ。胸を押さえ、その場に崩れ落ちた。 「お、おいタコス――――!」 京太郎が抱き起こす。顔色は青く染まり、血の気が引いて唇が白い。 「これは──命を賭けてるんですよね」 老人が笑っていた。 「タコス! おいしっかりしろっ」 「京ちゃん下がって。私が入る」 タコスの顔にそっと手をあて、まだ息があることを確認して咲が横に進み出た。 「咲・・・」 「私たちは戦ってるんだ。たぶん、いつだって戦うんだよ京ちゃん」 その言葉は厳かに囁かれた。 京太郎は黙って咲を見上げる。 「事実の集積だって言うなら、いつまでも勝ち続けるひとなんていないよ京ちゃん。それだって同じじゃない」 「お嬢さん私はね。過去500年間は負けていませんよ」 老人は揺るがない。 「大きくでたわね」 しかし、そんなときでも部長は不敵な笑顔を忘れていなかった。 「真打ちってのはね。いつだって最後に来るって相場は決まってんのよ」 そして京太郎はタコスを抱き寄せた。 478 名前:名無しさん@お腹いっぱい。:2009/07/04(土) 02:05:36 ID:aaGsyrWA →477 「オカルトというのは、人知では計り知れない事柄のことでしょうか・・・。最近ではよく耳に しますが──これはそういう類のものではありませんよお嬢さん。貴女の言う、統計そのもの なのです。かつて砂漠の砂粒の数ほど時間を費やし、同じだけ命を賭して築き上げた歴史 の塊なんです。ですから、そういうものとは違いますな。月の障りは月の満ち欠けに関係が ありましょう。それと同じこと。五行というのはそういうこと」 老人の声はねばりつくように地を這う。 この勝負に賭けられているのは、点棒でも金銭でもなく、精気そのものだった。 暗い。 裸電球では老人の顔が良く見えず、落ち窪んだ眼窩がやけに黒かった。 (なぜこんなことに) 生気のないタコス。 (どうしてこうなった) 無言。 洗牌の音。 「色ね」 部長が言う。 「ほう――」 老人が、滅多にない声を出した。 「五行相克。あなたは色で盤上を支配する」 「それが、わかりますか」 「捨牌は勝つための布石。あなたは統計と言うけれど。それは立派なオカルトだわ」 「そこのお嬢さんが言うとおり、確率論で言えば、もっとも正しいことだとは思いませんか」 中を捨てる。これで2枚目。 「今度は赤――赤は東」 部長のつぶやきはしかし、老人の支配にはなんら影響を及ぼさない。 「よく、ご存知で。これで私は次に東を引く」 老人は静かにそう言った。 「それは許せないな」 咲の背後で京太郎は意思決定する。 「京・・・ちゃん?」 「振り向くなよ咲。お前の親で、お前が引くんだ」 体が熱くなる。 京太郎はドクリドクリと鼓動が脈打つのを感じていた。 479 名前:名無しさん@お腹いっぱい。:2009/07/04(土) 02:31:50 ID:aaGsyrWA →478 「ロン。ダブ東ドラ3──」 咲の親。連荘してはや3回。ここにきてようやく逆転の兆しが見えはじめていた。 「なんと・・・」 老人の顔からは動揺は伺えない。 「そういう命の捨て方がありましたか・・・」 「構わねぇよ。この親で、手前ぇを潰すんだ」 「京ちゃん」「見るな!」 咲の後ろで京太郎は辛うじて立っていた。腕からつたった血は足元に大量の血溜まりをつくっている。 もう何分そうしているだろうか。切り裂いた腕はジンジンと脈打ち、固まるたびに何度も傷つけた。 「仕組みさえわかりゃ怖くない。この場は、この俺が支配する」 血。 それも大量に。 人間はどれほどの量まで血液を失うことに耐えれるだろう。京太郎はそれを考える。 「どっちでもいいや」 目的はこの勝負に勝つことだった。 ここで何人の命が失われたか。それも京太郎にとってはどうでもいい。誰かがやるならばと。もう一度 強く腕を切り裂いた。 「誰だって命は惜しいわよ。あなたはそれでも生きたいと思ったことはないの」 部長が言う。 「私は・・・」 「不老不死なんて夢だわ」 「おお・・・」 はじめて。 はじめて老人は前を向き。その相貌を京太郎たちに晒したのかもしれなかった。 「そこまで知っていらっしゃる」 「最初に見たときから・・・あなたもかつて使命を持っていたのね」 「身体髪膚受之父母不敢毀傷孝之始也──潮時ですか」 「潮時にしては遅すぎたわね」 「私とて、生きねばならなかった」 「それでも私たちには私たちの都合があるわ」 「左様──しかし生きるためにはこうするしかなかったのです。土地のものに秘術を教え、財と引き換えに 自らを神に祀り上げさせ、それでも成し遂げられなかった。人間というのは。やはり──」 ──死にますな。 その老人の寂しげな声と同時に、咲の和了の声を京太郎は遠くで聞いた。 480 名前:名無しさん@お腹いっぱい。:2009/07/04(土) 03:23:23 ID:aaGsyrWA →479 「おっぱい!」 「起きぬけに無礼ね京太郎君」 やや胸を隠しぎみで部長は言った。 「・・・失礼しました。先輩と言おうと思ったんですけど、間違えてしまって」 ねえよ! とパンチしてくるタコスを持ち上げて和に託すと、京太郎はあたりを見回した。 寝かしつけられている布団はいつもの座敷で、そこには咲、和、部長、タコスとそろっているのだった。 「そうか・・・アレは、上手くいったんですね」 「ええ。あなたの、まさに身を切ったような覚悟のおかげ」 「そうですか・・・そりゃ良かった。それにしても部長は、あの爺さんの正体を知ってたんですか?」 部長は少し考えるようなそぶりを見せる。 「そうね。途中で気が付いたってのが本当かしら」 「一体、誰だったんですか?」 和が言う。 「イザナギ流なんて亜流も亜流。どこから伝わったかなんてわかんないのよ。きっとコウジモトの家が 平家の落人ってのは和の言うとおり。でもね。最初にイザナギ流を伝えた人物ではなかったんじゃないか って、そう思ってたの。イザナギ流は大陸の五行と強く結びついているわ。日本の陰陽道とも源流が違う のかもしれない。そうすると、最初にこの島に伝えた人物は大陸の人間じゃないかって・・・」 それは。 「最初にヘンだなって思ったのは家紋を見たときね。次に確信したのは実際に会ったとき。大陸にはね、 ずっと昔、不老不死を求めて東に旅立った人物がいたのよ。その人物が日本に伝えた植物が、葵だって 言われているわ・・・」 「それは・・・あ!?」 続きを聞こうとして京太郎は大声を出す。 「染谷先輩は!?」 すると一同は黙って顔を見合わせた。 「中庭にいるわ・・・平気よ。あの子は強い子だもの」 部長の声を最後まで聞かずに、京太郎はその場所を目指した。 苔むした岩といくつかの木々がその少女を隠している。 彼女がみつめる先には太鼓橋があり、その向うにあの開かずの間があった。そこには今、女主人が 立って少女を見下ろしている。 そこには数百年にわたり人々の命が失われ、それを糧にして糊口をしのいできた一族の歴史があった。 ある人はそれを『必要なことだった』と言い、許そうとしていた。 しかし彼女には許せなかったのだろうか。おそらくは時を待たずしてやってくる警察がその二人を永遠に 引き裂くだろう。それでも二人に会話はなかった。 481 名前:名無しさん@お腹いっぱい。:2009/07/04(土) 03:32:51 ID:aaGsyrWA →480 京太郎は思う。 ひとりたたずむ少女にかける言葉はない。その家が、その歴史が失われることに郷愁というものが もしあるならば、きっと寂しいのだろう、と。 それでも、今あることが重要なのだと京太郎は考える。今、その少女がそこに立っていることこそが 最も尊いことなのだと。 「人間は自分勝手だもの」 京太郎の後ろには部長がいた。 その向うには咲たちが。それでいいのだと京太郎は思った。 「あれ? そういえば、部長はなんでその・・・呪いとかに詳しいんです?」 部屋にもどりしな、そう質問した京太郎はのちに後悔する。 「あら。女性を詮索するなんて随分無粋じゃない。そんなことしてると──」 ──呪い殺しちゃうわよ。 それはいつも以上に凄みのある笑顔だった・・・ような気がした。    _    \ヽ, ,、      `''|/ノ       .|  _    |  \`ヽ、|    \, V       `L,,_       |ヽ、)       .|       /           ,、      /        ヽYノ      .|       r''ヽ、.|      |        `ー-ヽ|ヮ      |            `|      ヽ,          .|       ヽ,        、ノ          ,. 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