「1-3」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら

1-3」(2012/06/23 (土) 09:27:18) の最新版変更点

追加された行は緑色になります。

削除された行は赤色になります。

124 名前:名無しさん@お腹いっぱい。:2009/05/17(日) 23:16:55 ID:mZ3jssip 「くそっ!」 日が沈み暗くなった道で少年が一人、怒気を含んだ声をあげながら小石を蹴る。 彼の名前は須賀京太郎。清澄高校麻雀部に所属する男子生徒…とはいっても彼自身は戦力として扱ってもらえないばかりか、他の部員から空気扱いされるという不遇をかこっていた。 だがそれは自分はまだ弱いからで、いつか強くなればみんな自分を部員として認めてくれる――京太郎はそう自分に言い聞かせていた。 だが、そんな彼の思いは砕け散る事になる。 それは今日の放課後の事である。京太郎はいつもの様に自分が想いを寄せている原村和との気持ち悪い妄想に耽ふけながら、部室に入ろうとしていた。 「ところで彼について部長はどう思っとるん?」 ドア越しから先輩である染谷まこの声がする。一体なんの話をしているのだろう、京太郎は扉を開けずに会話を聞く事にした。 「そうねぇ…新しく宮永さんも来てくれた事だし正直な話、須賀君の扱いには困っているわ…」 先輩達は自分についての話をしている、だけど京太郎には部長の「扱いに困っている」という言葉が理解出来なかった。 142 名前:名無しさん@お腹いっぱい。:2009/05/18(月) 16:45:46 ID:ZYZMZq/9 →124 「確かに須賀君は頑張っているかもしれない。でも、大会も近い訳だし彼に時間を割与える事は出来ないのよ…」 「だから部長は今日、あやつに個人戦を棄権するよう話をする訳じゃな」 「ええ、須賀君には悪いけど彼には他の皆のサポートをしてもらうつもりよ」 なんだよ、それ。京太郎は思わずそう呟きそうになった。 つまり、他の部員の邪魔になるからお前は練習なんかしないでずっと雑用でもしてろって事か? 「それについて和はどう思っとるん?」 「私も……部長と同じ考えです」 和まで――どいつもこいつも俺がいなくなりゃ良いって事かよ。 京太郎は怒りのあまりギリッと歯を食いしばる。結局今日、京太郎は麻雀部の扉を開ける事が出来なかった。 「はぁ…」 京太郎は小さくため息をはく。自分は誰にも期待されていない…そう思うとやるせない気持ちになる。 強くなりたい、強くなって皆を見返してやりたい。京太郎は心の中で強く思う。 でも、京太郎は麻雀を始めたばかりのずぶの初心者…経験の差があり過ぎる。 かといって咲の様に力がある訳ではない…仮に努力をしたとしても、彼女達はさらに上の世界に行ってしまうだろう。 143 名前:名無しさん@お腹いっぱい。:2009/05/18(月) 16:46:51 ID:ZYZMZq/9 所詮、凡人である自分は彼女達のいる場所に行く事は出来ないのか。深い絶望と悲愴感が彼の心を支配する。 (力が欲しい、俺にも誰にも負けない絶対的な力が…) 京太郎は星空を見上げながらそう心の中で呟いた。 「ちょっとそこの兄さん!」 呼び止められた京太郎は声がした方に顔を向ける。そこには小さな露店に12歳ほどの小さな少年が一人座っていた。 「俺に…なんか用か?」 「少しだけ商品を見てってよ!色々と面白いものを売っているからさ!」 少年はあどけない顔でニッと笑いながら京太郎を見つめる。 「なんだ、ただの押し売りか?悪いけど俺はあまり金は…」 と京太郎はある一つの商品を見て言葉を止める。麻雀ツヨナール――京太郎はそう書いてあるドリンク剤を手にとった。 「おっ、兄さんお目が高い。そいつはね、飲むだけで麻雀が強くなるという凄いブツなんだぜ!」 「おいおい、そんな事ある訳ねーだろ?騙すにしてももっとマシな名前にしろよな」 「まぁまぁ兄さん、騙されたと思って買ってみてよ!特別に安くするからさ!」 馬鹿馬鹿しい、そう思いつつ京太郎は手に持っている麻雀ツヨナールを眺める。 144 名前:名無しさん@お腹いっぱい。:2009/05/18(月) 16:47:41 ID:ZYZMZq/9 でも、もし、これを飲むだけで麻雀が強くなれるなら、皆を見返してやる事が出来るなら……。 「なぁ、これっていくらするんだ?」 「おっ、さすが兄さん太っ腹!そいつは特別に1000円にしておくよ!」 「おいおい高いなぁ……まぁ、いっか」 京太郎はサイフから千円礼を取り出すと少年に渡す。 「まいど~!そのドリンクには制限時間があるから気をつけて使ってくれよな!」 「ああ、分かったよ。それじゃあな」 京太郎はツヨナールをポケットの中に入れると露店を後にした。 『ごめんなさい須賀君、あなたには何も期待していないの。だから皆の邪魔はしないでね』 『わりゃあ、何の役にも立ちゃしない雑魚じゃけん。さっさと麻雀部から消えんさい』 『なんでこんな奴が麻雀部にいるんだじぇ。手が汚れるから京太郎とは麻雀したくないんだじぇ』 『……もう麻雀部には来ないでくれませんか?はっきり言って存在自体が気持ち悪いんです』 『京ちゃん…ごめんね…私、皆と一緒に全国に行きたいの。だから……私達の前からいなくなって』 「うわぁぁぁぁ!」 大きな声をあげながら京太郎は布団から飛び起きた。 145 名前:名無しさん@お腹いっぱい。:2009/05/18(月) 16:48:25 ID:ZYZMZq/9 「はぁ…はぁ…夢か……」 大きく息を荒らげながら京太郎は立ち上がった。身体中が汗でビショビショに濡れている。 京太郎はタオルで身体を拭くと机に置いていたツヨナールをまじまじと眺めた。 本当にこれを飲むだけで強くなれるのだろうか?しかし、今の京太郎にはこのドリンクの効果を信じる事しか出来ない。 明日、麻雀部では大会に向けての練習がある。その時にツヨナールを使って皆に一矢報いてやるんだ。 「頼むぜツヨナール…お前の力だけが頼りだ」 明日の成功を祈りつつ京太郎は再び眠りについた。 149 名前:名無しさん@お腹いっぱい。:2009/05/19(火) 03:09:33 ID:7Jz5j+g3 →145 「それじゃあ皆、練習を始めるわよ!」 放課後の麻雀部、竹井久の声が部室に響く。 「おい、京太郎。昨日はなんで休んだんじゃ?休むなら休むって前もって言うべきじゃろうが」 染谷まこはどこか不機嫌そうな口調でジロリと睨み付けながら、コーヒーを運んでいた京太郎に問詰める。 「す、すいません染谷先輩…ちょっと急用が出来てしまいまして…」 「まぁまぁ、良いじゃないのまこ。須賀君、今回は許してあげるけど次からは気をつけてよね」 「は、はい。気をつけます…」 何を言ってやがる、あんな話を聞いた後で部室に入れる訳ないじゃないか。 久やまこ達に食ってかかりたい衝動を押さえつつ京太郎は頭を下げる。 「じゃあ最初は須賀君と和と優希と私で始めるわよ」 「部長も打つんだじぇ?」 「ええそうよ。私も練習しちゃ変かしら?」 久は不敵に笑いながら雀卓の椅子に座る、京太郎達もそれにつられる様に席に着いた。 「須賀君、重要な話があるんだけど……これが終わった後で、ちょっと良いかしら」 「あ、はい…分かりました」 久が話したい事が何か、京太郎にはもう分かっていた。久はこの半荘が終わった後に自分の大会についての話をするつもりなのだ。 150 名前:名無しさん@お腹いっぱい。:2009/05/19(火) 03:11:02 ID:7Jz5j+g3 この半荘も自分を潰すために部長が仕掛けたものだ。タコスはともかく部長と和はグル、二人がかりで徹底的に打ちのめして自信を喪失させた後、大会を棄権する様に諭すつもりなのだろう。 (えげつねぇな……) 本当にえげつない、そこまでして俺を爪弾きにしたいのかよ。 部長、見損なったよアンタ。 だが今日の俺はいつもの俺じゃない。何せ今の俺には…ツヨナールの力があるんだからな。 (見せてやるよ、俺の力…ツヨナールの力をな!) 「じゃ、いくわよ」 「負けないじぇ~!」 「よろしくお願いします…」 勝負の時は来た。京太郎は意気揚々と自分の牌を開ける。 (な…何だこりゃあ!?) 八筒が暗刻になっている以外、全くのバラバラ。まさにガラクタ当然のひどい手だ。 京太郎は頭を抱え込む。やられた、やっぱり麻雀が強くなるなんてウソッパチだったんだ。 視界がグニャリと曲がりつつも京太郎は牌を切る。 (俺には…どうする事も出来ないのかよ) 半ばあきらめた様に京太郎は牌を切り続ける。だがツモっていく内に状況が変わっていった。 京太郎がツモる度に来て欲しい牌が面白いほどに来る。最初はバラバラだった手牌も気が付けばテンパイにまで手が進んでいた。 151 名前:名無しさん@お腹いっぱい。:2009/05/19(火) 03:12:11 ID:7Jz5j+g3 とはいえ役はタンヤオのみというゴミ手、京太郎は悩んだ。 このままタンヤオのみでいくか、それともテンパイを崩してさらに手を伸ばすか。 (よし、ここは暗刻を崩して平和を狙うか!) そう思い、京太郎が八筒を掴んだその時。 ドクン…… (えっ…?) 京太郎は思わず八筒から手を離す。なんだ、今のは。 自分の中の何かが八筒を切るなと言っているのか?このままゴミ手でいけというのか? 京太郎の腹は決まった。 「リーチ!」 京太郎はタンヤオのみの手を崩さず、ツモ切りリーチを仕掛ける。 待ちは三萬・二筒のシャボ待ち。 「うう~全く来ないんだじぇ~!」 タコスは苛立った様子で牌を捨てた。 捨て牌は三萬。京太郎の当たり牌だった。 「タコス、それロンだ!」 「うええ~一発だじぇ!?」 「あら、須賀君が上がるなんて珍しいわね」 周りのざわつきを尻目に京太郎は自分の牌を倒した、だがこれで終わりではない。 まだ裏ドラが残っている……京太郎はゆっくりと王牌へと手を伸ばす。 ドクン…… まただ、またあの感じがする。一体なんだこの感覚は? 京太郎は動揺しながらも裏ドラをめくった。 152 名前:名無しさん@お腹いっぱい。:2009/05/19(火) 03:13:23 ID:7Jz5j+g3 「これは…!」 京太郎は息を呑んだ…めくられた牌は七筒。つまり裏ドラは八筒、モロ乗りだ。 和もまるで信じられないといった表情で七筒を見つめる。 「リーチ一発、タンヤオ、ドラ三で……ハネ満だ!」 京太郎は大きな声で宣言する。一方のタコスは涙目になりながらも点棒を京太郎に渡す。 「うう~!こんなの偶然なんだじぇ!次こそは上がってやるんだじぇ~!」 タコスの怨嗟の声が部室に響き渡る。だが考えに耽る京太郎の耳には届かなかった。 (もしかしたらツヨナールの効果が効いて来たのか…?) 東二局、京太郎の手はさっきよりもだいぶ良く早い内にテンパイになった。 ドラ対子のホンイツというデカイ役、しかも白を切れば三面待ちというおまけ付きだ。 (よし、いける!) 白を切ってリーチだ、京太郎は白を掴む。 ドクン…… 再びあの感覚が京太郎を襲う。白は捨ててはいけないという事なのか。 だが、白はすでに部長が鳴いている。白を持ったままでは上がる事は出来ない。 それでも、捨ててはいけないのか。 (分かったよ…捨てなきゃ良いんだろ) 京太郎は白を切るのをやめ、代わりに三筒を捨てた。 153 名前:名無しさん@お腹いっぱい。:2009/05/19(火) 03:14:14 ID:7Jz5j+g3 「ロン、白のみよ須賀君」 久はゆっくりと牌を倒す。なんて事だ、まさかロンされるなんて。 このまま白を切っていればデカイ役を狙えたのに。 やっぱりさっきのモロ乗りは偶然だったのだろうか?それとも……。 「うわあ~ん!上がられちゃったんだじぇ~!せっかく役満を狙っていたのに~!」 タコスは悔しそうな様子で自分の牌を倒す。 国士無双テンパイ、待ちは――白。 もし、白を捨てていれば京太郎はタコスの国士無双に振り込んでいただろう。 「ふふっ、安い役で大きな役を流すのも戦術なのよ優希」 「あう~、残りの白は山の中かぁ……」 違う、白は俺が持っている。あの感じがあったから…俺は振り込まずに済んだんだ。 (フフフ……やれる!やれるじゃないか!ツヨナールの力で一矢報いてやる事が出来る!) 京太郎は確信する、ツヨナールの力を。そして自分に誓う、この戦いの勝者となる事を。 見せてやるよ皆…俺とツヨナールの力をな! 164 名前:名無しさん@お腹いっぱい。:2009/05/20(水) 17:00:57 ID:Kq40uMc3 東三局は和が安手をツモり、東四局は全員ノーテンの流局で場が流れる。 そして京太郎が親の南一局。 「ポン!」 京太郎は部長が捨てた東を鳴いて一萬を捨てる。 (張った…!) 京太郎のテンパイ。しかも、ただのテンパイではない。 東・北をポンし、白を暗刻にしての字一色テンパイ――南・中待ちの役満テンパイである。 これもツヨナールが成す奇跡なのだろうか、京太郎は思わず笑みを浮かべそうになる。 (だ…駄目だ…!笑うな…こらえるんだ!) 南・中はまだ河に一枚しか捨てられていない、上がれる可能性は十分にある。 役満をテンパイして数巡後、ついにタコスが南を捨てる。 (ついに来たぜ…) 字一色をロンして役満だ、京太郎は自分の牌を倒そうとする。 ドックン…… その瞬間、あの感覚がまた京太郎を襲った。 だが今回のは今までとはまるで違う。今までよりも力強く、そしてはるかに大きい鼓動。 ロンしてはいけないのか?ここでロンしなければ役満という大物手を逃す事になるというのに。 しかし、ツヨナールは京太郎にまだ上がってはいけないと命令している。 このまま役満を上がるか、それともツヨナールに従うのか…京太郎は困惑する。 165 名前:名無しさん@お腹いっぱい。:2009/05/20(水) 17:04:02 ID:Kq40uMc3 →164 その時、久が山に手を伸ばそうとしているのが京太郎の目に映る。 まずい。 もし、ここで部長がツモったりでもしたらこの役満が水泡となる。 今はツヨナールに逆らってロンするしかない――京太郎は大きな声で宣言をする。 「ポン!」 京太郎の手牌から二枚の南が倒れる。 ――京太郎は自分が今、何をしたのか理解出来なかった。 何故ポンなんだ。俺はロンしたんじゃなかったのか? 俺は、無意識の内にツヨナールに従ってしまったのか。 京太郎は混乱しつつも南を刻子にして中を捨てる。これで中待ちのフリテンになってしまった。 全く持って訳が分からない。ロンを放棄する必要がどこにある? ツヨナールは俺に何を望んでいるというんだ。 「リーチ…」 和のリーチ宣言。もはや万事休すか、京太郎はため息を吐きながら自分のツモ牌を見る。 「―――!」 京太郎は絶句する。 ツモった牌は――西。京太郎は自分の牌を見直すとゴクリと息を飲んだ。 字一色、そして小四喜……W役満テンパイ。京太郎の役満はさらなる高みに昇り、W役満へと進化する。 なるほど…こういう事だったのか。ツヨナールは俺に役満ではなく、W役満で上がれと言っていたんだな。 168 名前:名無しさん@お腹いっぱい。:2009/05/20(水) 23:28:29 ID:Kq40uMc3 ククク…ツヨナールは俺を邪魔者扱いした部長達に恐怖を与えるために、圧倒的な差をつけての勝利を望んでいるんだな? だが、西は河に二枚捨ててある。部長達だって馬鹿じゃないから、字牌を三鳴きしている俺に対して振込む事はまず…ないだろう。 だが、今の俺にはツヨナールがある。絶対にW役満を上がってやる。 京太郎は中を勢い良く叩き付けた。京太郎の推測通り、三人はベタおりに徹する。 (フフフ…ふやけた麻雀しやがって……そんなんで大会に勝てるのかねぇ?) 自分達が馬鹿にしていた奴に対して逃げの麻雀を打つ、か…。 全くもってお笑い草だ。 だが、こっちだってアンタらから上がれないのは分かっている。 (俺の目的はただ一つ……ツモ上がりのみだ!) 京太郎は山から勢い良く牌をツモる。 (これはこれは…) ツモったのは四枚目の白、京太郎はニヤリと笑うと白を倒した。 「カン!」 「カ、カン!?」 京太郎のカン宣言に部室にいる全員が驚愕する。 まさか まさか まさか まさか宮永咲が得意とするあの技を――!? 雀卓から少し離れて勝負を見ていた咲は震えながらポツリと呟く。 「今の京ちゃん……まるでお姉ちゃんと同じ……怖いよ……」 169 名前:名無しさん@お腹いっぱい。:2009/05/20(水) 23:30:11 ID:Kq40uMc3 京太郎はゆっくりと嶺上牌へと手を伸ばす。いける、予感がある、俺の中のツヨナールが…ツモれると教えてくれている。 (ああ……俺の役満はここにある) ダンッ… 牌を叩き付ける音が室内で響き渡る。全員が沈黙がする中、京太郎はすぅっと深呼吸すると高らかに宣言する。 「ツモ!字一色、小四喜……W役満だ!」 龍は風雲を得、卓上という名の天を支配する。 決着はついた。京太郎は三人を飛ばし圧倒的な差をつけて勝利を決める。 久達はただ、京太郎が倒した牌を呆然と見続ける事しか出来なかった。 その姿を見た京太郎の身体中をなんとも言えない快感が駆け巡る。 「いやー!まさかこんな役を上がる事が出来たなんて信じられないっすよ。麻雀って怖いっすね~!」 京太郎はわざとらしく大きな声で三人に話しかける。 ざまぁ見ろ。俺の事を邪魔者扱いした罰だ。 だが、まだまだだ…まだ終わらせはしない。 「んじゃ、続けましょうか部長!」 「えっ…?でも、勝負はもう…」 「何言っているんですか部長?練習は始まったばかりですよ。大会もある事だし……もっと頑張らないと…ね?」 京太郎は笑う…冷酷に、そして残忍に。 「次いきましょう」 172 名前:名無しさん@お腹いっぱい。:2009/05/21(木) 00:27:57 ID:KwA/O/WA 「いやー!今日は愉快だねぇ!部長達のあの顔……思い出すだけでも笑いがとまらねぇ!」 昨日とは対照的に京太郎は一人、愉快そうに笑いながら帰り道を歩く。 結局、途中でタコスが泣きながらギブアップを宣言したため練習は終わった。 結果は連戦連勝、京太郎は部長達を徹底的に負かしてやった。 まるで、今まで溜まりに溜まって来た鬱憤を一気に吐き出すかの様に。 「しっかし、大したもんだぜ!ツヨナールの力はよ!」 あの薬のおかげで勝つ事が出来た。まさにツヨナールさまさまだ。 ツヨナールの力があれば俺は誰にも負けない。 ツヨナールがあれば俺は無敵になれるんだ。 欲しい、ツヨナールがもっともっと欲しい! 「やあ兄さん! 今日は御機嫌だね!」 京太郎が顔を向けると、昨日の少年がまた露店を開いている。 「よお! 昨日ここで買ったツヨナールのおかげで麻雀に勝つ事が出来たぜ!」 「だから言っただろ?ツヨナールの力は本物だってさ」 「へへ、確かに本物だったぜ。 そこでよ……相談があるんだけど…」 京太郎はポケットから財布を取り出すと少年を見つめる。 「高く買うからさ……ツヨナールをあるだけ全部くれないか?」 173 名前:名無しさん@お腹いっぱい。:2009/05/21(木) 00:28:44 ID:KwA/O/WA 何せ、飲むだけで強くなれるんだ。 こんなに素晴らしいドリンクはない。 例え金が必要だとしても、W役満を上がった時のあの快感に比べれば全然安いものだ。 しかし少年はさっきの笑顔から一転、真剣な表情で首を横に振る。 「兄さん……悪いけど、それは出来ない…」 「な、なんでだよ!?ツヨナールがあれば俺は…」 「兄さん、あのはね…自信をつけさせるためのものなんだ。使い過ぎちゃいけないんだよ…」 「なんだよ、それ。 自分から売っておいて、今さら売れませんだぁ?ふざけるなよ!」 「兄さん…今ならまだ間に合う。 もうツヨナールに頼るのはやめて、自分の力で勝負した方が良い。 その方が兄さんのためだ」 ブチッ―― 少年の言葉に京太郎の中で何かが切れる。 「間に合う…?今さら何が間に合うってんだ…言ってみろよ、オイ?」 気が付けば京太郎は少年の胸ぐらをつかんでいた。 「い、痛いよ兄さん……放してよ…」 「いいか?俺みたいな凡人はな……力のある奴にはどんなに頑張っても勝つ事は出来ないんだ! 俺には…ツヨナールで強くなる事以外、やり方はないんだよ!」 咲や和を見て分かってしまった。力のある人間がどんな人間が。 174 名前:名無しさん@お腹いっぱい。:2009/05/21(木) 00:30:30 ID:KwA/O/WA そして知ってしまった。自分には力がない事、力のない人間がどんな扱いを受けるという事を――。 「兄さん……ツヨナールで勝てば勝つほど兄さんの周りから人が離れていくよ? その孤独に……兄さんは耐えられるの?」 少年は京太郎の目をジッと見つめながら静かに問う。 (孤独、か……) 答えは決まっていた。 もしツヨナールをやめたとしても、待っているのは前みたいにパシリや雑用をやらされるだけの日常だ。 誰も俺の事なんか見やしない…まるで空気の様に皆の背中を見続けるだけの惨めな思いをするのはもうたくさんだ。 どちらにしろ孤独なら俺は――。 「ああ、耐えてやるさ……その孤独って奴によ!」 少年は京太郎の言葉にふぅっとため息をつくと、頭をポリポリとかく。 「分かったよ、兄さんがそこまで言うなら……売ってあげるよ」 「ほ、本当か!?」 「うん…だからその手を放してくれないかな?」 少年の言う通り京太郎は胸ぐらをつかんでいた手を放す。 少年は近くに置いてあった木箱の中をガサゴソと探した後、小さい段ボールを京太郎に差し出す。 「はい、兄さん……後悔しないでね…自分が求めた事なんだから…」 175 名前:名無しさん@お腹いっぱい。:2009/05/21(木) 00:32:06 ID:KwA/O/WA 「ああ…分かっている…後悔なんて誰かするかよ」 京太郎は段ボールを受け取ると万礼を数枚、少年に渡す。 少年の目がどこか悲しそうだった事に今の京太郎が気が付く事はなかった。 ついに手に入れたツヨナールを…これで俺は無敵だ。 このツヨナールを使って勝って、勝って、勝ちまくってやる。 もう誰にも俺を空気なんて呼ばせない、俺を馬鹿にする奴は誰だって叩き潰してやる。 暗闇の中、須賀京太郎は高らかに笑う。 彼は完全に取り付かれてしまった。 力という名の――狂気の闇に…。 209 名前:名無しさん@お腹いっぱい。:2009/05/23(土) 17:35:46 ID:Nc1l6ULT →175 カチャ…カチャ… 麻雀卓の上で京太郎は一人、麻雀牌を理牌している。 京太郎がツヨナールを手に入れてから数日が経った。 いつもは賑やかなはずの麻雀部――だが今は誰も口を開こうとしない。 牌同士の擦れる音が部室で静かに響く。 「なぁ、タコス。暇だから二人麻雀でもやらないか?」 椅子に座っていたタコスは京太郎の方をチラッと見るが、怯えた様子ですぐに顔を俯ける。 「……遠慮するじぇ。どうせ京太郎には勝てないんだじぇ」 タコスは震えた声で京太郎に答える。いつもの元気な姿はそこにはなかった。 「そっか。じゃあ咲、俺と麻雀しようぜ」 「ごめん…私も遠慮しとくよ……」 咲もタコスと同じく京太郎から視線を逸らして答える。 「………ふーん」 京太郎は理牌の手を止め部室を見渡す。 久も、和も、まこも、京太郎の方を見ようともしない。まるで、京太郎を避ける様に。 その姿を見た京太郎は、やれやれといった様子で頭をかくとおもむろに口を開く。 「もう、やめにしませんか皆?気持ち悪いでしょう……こういうの」 返事はない。張り詰めた空気が部室内を漂う。 ただ、時計の針が動く音だけが六人の耳の中に入って来る。 210 名前:名無しさん@お腹いっぱい。:2009/05/23(土) 17:36:27 ID:Nc1l6ULT 「……誰のせいでこんなんなってると思っとるんじゃ……」 沈黙を破ったのはまこだった。彼女はスッと立ち上がると雀卓の前に移動して京太郎を睨み付ける。 その様子を京太郎はフンッと鼻で笑いながら眺める。 「どうしたんですか染谷先輩?まさか俺のせいだって言いたいんですか?」 「ああ、はっきり言ったる! 麻雀部がこんなん暗くなったのは、アンタがふざけた麻雀を始めたせいじゃろうが!」 まこと京太郎の衝突。久を始め、他の部員達はその様子を固唾を呑んで無言で見つめる。 「ふざけた麻雀って……俺はただ、普通に麻雀を……」 「普通?何が普通じゃ!ずっと一人に対して粘着し続けたりするんが普通の麻雀か!?  アンタがやっとるんは最低な麻雀じゃ!人の心を傷付ける下卑た麻雀じゃ!」 怒りに震えるまこの言葉。それを見た京太郎は両手で顔をゴシゴシ洗う様な仕草をした後、ニヤリと冷たい笑みを浮かべる。 「心外だなぁ……自分達が負けるのを俺のせいにされるなんてね」 「……なんじゃと?」 「俺に勝てないのは単純に皆が弱いのが原因でしょう?人のせいにしないで欲しいものですね」 バンッ! まこは雀卓を強く叩き付ける。その表情は怒りに満ちていた。 223 名前:名無しさん@お腹いっぱい。:2009/05/23(土) 22:52:40 ID:Nc1l6ULT 「京太郎……もういっぺん言うてみい」 「そ、染谷先輩…落ち着いてください!京ちゃんも…」 「咲は黙っとれ!」 まさに部室は一触即発の危機。それでも京太郎は面倒くさそうにあくびをすると、やれやれといった様子でまこを見る。 「だから言っているじゃないですか?皆が弱いから負けるんだって。 こんなんで大会に勝つ事なんて出来るんですかねぇ? 俺はもう心配で心配で……」 まこを馬鹿にするかの様な京太郎の言葉。 ついに堪忍袋の緒が切れたまこは京太郎の胸ぐらを掴む。 「わりゃあ、いつからそんな腐れになったんじゃ!?人を舐めんのも大概にせぇよ!」 恐ろしい形相で京太郎に詰め寄るまこ。 しかし京太郎はそんなまこに臆する事もなく、彼女を嘲笑った。 「やれやれ、そんなに俺に勝てないのが悔しいんですか染谷先輩。 なんなら俺の方は点棒なしで勝負してあげましょうか? それなら皆だって俺に勝てるかもしれませんよ」 「京太郎!わりゃあいい加減に…」 「やめて、まこ」 ようやく久が口を開く。普段は穏やかな久の顔も今は厳しい表情に変わっていた。 「ぶ、部長……」 「お願い、まこ……今は抑えてちょうだい」 224 名前:名無しさん@お腹いっぱい。:2009/05/23(土) 22:53:29 ID:Nc1l6ULT 久の言葉にまこは少し苛ついた様子で京太郎から離れる。 久は改めて京太郎の方を見ると顔をしかめた。 「須賀君、まこの言う通り最近のあなたはどうかしているわ。 確かにあなたは強くなったかもしれない。 でも、今のあなたには仲間を思いやる気持ちが全くないわ。 私の知っている須賀君は……皆の事を思いやる事の出来る優しい人間だったはずよ? どうして、あなたは変わってしまったの?」 久は悲しそうな顔をして京太郎を見つめる。 京太郎はしばらくの間、黙ってうつむいていたがおもむろに立ち上がるとぶつぶつと何かを呟く。 仲間…? 仲間だって…? ふざけんな…! 「京…ちゃん?」 咲が京太郎の名前を呼んだ瞬間、彼はいきなり高らかに笑い出した。 「フハハハ、アーハッハッハッ!ハハハハハ!アハハアハ!ハハハハ!」 狂気に満ちた笑いが部室内に響き渡る。 その異常な事態に久も、まこも、和も、咲も、タコスも――呆然と京太郎を見つめる事しか出来ない。 やがて、京太郎は笑うのをやめると冷酷な目つきで久の方に顔を向ける。 「部長、まさかアンタの口から仲間なんて言葉が出るなんて思いませんでしたよ。 正直、反吐が出るぜ」 242 名前:名無しさん@お腹いっぱい。:2009/05/25(月) 00:36:16 ID:fmrr5cV5 →224 京太郎は忘れていなかった。あの時、久達が話していた事を。 そして許せなかった。自分を爪弾にしようとした久達を。 「何が言いたいのかしら須賀君…?」 「とぼけないでくださいよ部長。 俺がいない時、皆で話していたじゃないですか……時間が勿体ないから俺を大会には参加させないってね」 その言葉に久は一瞬びっくりした様な表情をしたが、すぐに元に戻す。 「……聞いていたの?」 「ええ、扉の向こうで聞かせていただきましたよ…俺の扱いに困っているとかね。 咲が入部して俺が要らなくなったんでしょう? 全く、俺も皆のために一生懸命頑張って来たのにな……まるで馬鹿みたいだぜ」 京太郎は少し悲しそうな様子で頭を強く撫でる。 「それは違います!部長はそういうつもりじゃあ……」 「いいのよ、和」 何かを言いかけた和を久がとめる。久はフゥッとため息を吐くと京太郎の顔を眺める。 「須賀君…確かに私はあなたに大会の棄権を勧めようとした、それは認めるわ。 でも、それが理由で皆に嫌がらせをするのはお門違いというものよ。 責めるのは部長である私だけにして……これ以上、他の皆を傷付けるのはやめて…お願い」 243 名前:名無しさん@お腹いっぱい。:2009/05/25(月) 00:37:08 ID:fmrr5cV5 責任はあるのは自分だけ、だから皆を責めるのはやめて。 久のその言葉を聞いた京太郎はポリポリと頬をかくと、フッと鼻で笑った。 何を、今さら。 散々、皆で俺を馬鹿にしておいて都合が良いこった。マジでムカつくぜ――! 「おやおや部長、随分と俺以外の部員には寛容なんですね? あっ、なるほど。大会が近いから貴重な戦力には手を出すなって訳ですか…。 なんだかんだ言って部長も大会の方が――」 パシンッ! 久の平手が京太郎の頬を叩く。平手打ちされた所が見る見るうちに赤くなっていく。 久は平手打ちをした手を握り締めながら無言で京太郎を見つめる。 京太郎は叩かれた頬を何回か撫でるような仕草をした後、チッと舌打ちをすると鋭い目付きで久を睨み付ける。 「……分かったよ、分かったって…。 俺がここからいなくなればいいんだろ? それが望みなんだもんな……アンタらの。 確かに俺はアンタらにとって何の役にも立ちゃしない疫病神だしな…。 麻雀部を辞めてやるよ…良かったじゃねぇか、これで前みたいに楽しい日々が戻ってくるんだぜ? どうぞ五人で全国大会を目指して 頑張ってください……今までありがとうございました……じゃあね」 244 名前:名無しさん@お腹いっぱい。:2009/05/25(月) 00:38:14 ID:fmrr5cV5 京太郎はヒラヒラと手を振ると鞄を持って扉へと向かって歩き出す。 「京ちゃん待って!」 咲の呼び止めにも振り返る事もせず、京太郎は部室から立ち去って行った。 「勝てば勝つほど俺の周りから人が離れていく……か」 京太郎は歩きながら手に持ったツヨナールを見つめる。 確かに俺の周りから人はいなくなった。しかし、どっちにしても同じ事だ。 弱いままでも俺は誰からも相手にされないだろう。 なら俺は――強者として生きていく。 でなければ……麻雀部を去った意味がないんだからな。 「京ちゃん!」 京太郎は後ろを向く。そこには肩で大きく息をする咲の姿があった。 「……何しに来たんだ咲」 「お願い京ちゃん、帰って来て……皆も京ちゃんの事を心配しているよ!」 「馬鹿だなぁ、咲…俺はやめるってはっきり言っちまったんだぞ? 今さら帰る事なんて出来るかよ」 「じゃ、じゃあ……一緒に謝ろう! 私も京ちゃんと一緒に皆に謝るから! 皆だってきっと許してくれるよ! だから……だから戻って来て京ちゃん! お願い…やめるなんて言わないで…!」 目を潤ませながら咲は京太郎に戻ってくる様に説得する。 京太郎は何も言わず、ジッと咲を見つめる。 260 名前:名無しさん@お腹いっぱい。:2009/05/25(月) 19:33:35 ID:fmrr5cV5 →244 変わらないな、咲は本当に変わらない。 こんなになっちまっても咲は俺の事を心配してくれる。 昔からそう、コイツは自分よりも他人の事ばっかり心配してる。 咲は本当に優しい奴だ……ちょっと臆病な所もあるけどな。 「ありがとな、咲……こんな俺を心配してくれて」 優しい微笑みを浮かべる京太郎。その姿を見た咲は嬉しそうな表情で京太郎に駆け寄る。 「でもな、咲」 笑顔が、消えた。京太郎はどこか悲しそう目で咲を見つめる。 今の俺には…優しさなんて必要ないんだ。 俺に必要なのは『力』なんだ、絶対的な……力が。 「京ちゃん…?」 「俺はな、もう麻雀部には戻らないって決めたんだ。あそこには…俺の居場所はないんだからよ」 「……どうして?どうしてそんな事を言うの京ちゃん!? どうして京ちゃんは変わっちゃったの! 本当に、本当にどうして――!?」 涙をポロポロと流しながら咲は叫ぶ。 帰って来て欲しい、やめて欲しくない。その言葉が京太郎の胸に刺さる。 咲は俺のために泣いてくれている、それが今の京太郎にとって辛い。 もういい、ツヨナールの事を咲に言おう。そうすれば咲だってあきらめてくれるだろう。 261 名前:名無しさん@お腹いっぱい。:2009/05/25(月) 19:34:32 ID:fmrr5cV5 「――咲。 もし、俺が強くなったのは薬のおかげって言ったら……どうする?」 京太郎は鞄からツヨナールを取り出すと咲に見せ付ける。 「それ、どういう事なの……京ちゃん」 「俺が麻雀で強くなったのはこのツヨナールって奴のおかげなんだよ。 俺は練習前にこれを飲んで麻雀をしていたんだ。 はっきり言えば……俺はイカサマをしていたって訳さ」 京太郎は淡々とツヨナールの事を話す。咲は信じられないといった感じで彼の話を聞いていたが、話が進んでいく内に暗い表情へと変わっていった。 「どうだ咲。 薬を使っている奴をお前が麻雀部に引き戻そうとしているんだぞ? それでも、お前は…俺の事を止めるのか?」 改めて咲を見る、咲は顔をうつむかせたまま動かない。 これで良い。これで咲もあきらめるだろう。 京太郎はフッと笑う、これで俺の周りから人はいなくなった……これで俺は一人だ。 京太郎が再び口を開こうとした丁度その時、咲が口を開く。 「だったら…だったらそんな薬やめちゃいなよ! 京ちゃんだってそんなの使って勝ったって嬉しくないんでしょ? 私、京ちゃんが薬を使っていた事を誰にも言わないよ! ね?だから部室に戻って二人で皆に謝ろ!」 262 名前:名無しさん@お腹いっぱい。:2009/05/25(月) 19:35:36 ID:fmrr5cV5 まだ、心配してくれるのか。京太郎は自分の目頭が熱くなるのを感じた。 自分の事をこんなにも思ってくれる人がいる。 自分のために泣いてくれる人がいる。 京太郎は咲の元に歩み寄ろうとした――自分を思ってくれる彼女の元に。 『京ちゃんごめんね……私、皆と一緒に全国大会に行きたいの』 急にツヨナールを手に入れた夜に見た夢が京太郎の頭の中に浮かんだ。 京太郎は歩みを止め、拳を強く握り締める。 そうだ……俺は――。 「京ちゃん……?」 「ごめん、咲…俺にはこれを……ツヨナールをやめる事は出来ない。 だから俺は…麻雀部には戻れない」 風が流れる。京太郎は静かに、そして強く咲に言い放つ。 ピチャッ…… 咲の目から大粒の涙が落ちた。 「なんで……分かってくれないの京ちゃん! 薬を使って勝ってもそんなの自分の実力じゃないんだよ!? 薬に頼るなんて、そんなのおかしい!おかしいよ!」 涙を拭かず、声を枯らしながら咲は叫ぶ。 私は京ちゃんにやめて欲しくない、ただそれだけなのに――その声がどうして京ちゃんに届かないの? 咲の目から溢れ出て止まらない。 一方の京太郎は咲の悲痛の叫びを目を閉じながら聞いている。 263 名前:名無しさん@お腹いっぱい。:2009/05/25(月) 19:37:25 ID:fmrr5cV5 やがて、京太郎は目を開くと切なそうに笑う。 「咲、お前には分からないだろうな……負け続ける人間の気持ちは」 「えっ…?」 「お前達は特別な力を持っている……けど、俺は違う。 俺は何の力を持たない……ただの凡人だ。 どんなに頑張っても、お前達と一緒に歩く事が出来ないんだよ。 そんな俺が強くなるためには……ツヨナールに頼るしかないのさ」 自分には何の力もない。その現実がずっと京太郎に重くのしかかって来た。 だからこそ、京太郎はツヨナールの力を使う事に決めたのである。 「咲、全国大会……頑張れよ……。 お姉ちゃんに会えると良いな……じゃあな」 京太郎はスッと振り返ると歩みを進める。もう、あの頃には戻る事はないだろう…。 「行かないで京ちゃん!」 咲は京太郎へと手を伸ばす。しかし、その手は京太郎には届く事はなかった。 (俺は……一人で戦う…一人で勝ち続ける……ツヨナールを使って…) 京太郎は歩く。咲達とは違う――光の当たる事のない、闇の道を。 一人、残された咲はその場で泣き崩れる。 そして責める……京太郎をとめられなかった自分自身を。 「京ちゃぁぁぁぁぁぁん!」 咲の悲痛な叫び声が、校舎内に響き渡った。 #comment

表示オプション

横に並べて表示:
変化行の前後のみ表示: