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  中3の梅雨も終わりかという頃、俺は一人図書室で勉強をしていた。 期末テストが近いという理由はあったもののそこまで身が入っていたという訳でもなく、うつらうつらと時間を過ごしていた。 あまり明確な成果も上がらずに図書室を後にしようとすると、灰色がかった空と雨模様にやれやれと嘆息を漏らした。 天を恨んでも仕方が無いが、こうも景色が暗いと気持ちも重くなるというものだ。 そんな風に考えながら下駄箱から靴を取り出して傘を広げようとしたとき、視界の隅に見知った少女の姿があった。 「宮永……か?」 ボーイッシュとまではいかないまでも、少年にも見えるショートカットの黒髪と幼げな横顔には確かに見覚えがあった。 手元に傘を持っている様子もないし、帰ろうにも帰れないといった様子だろうか。 一寸考えた後、俺は意を決して話しかけてみることにした。 「よ、宮永」 「わっ……す、須賀君?」 「ああ、いかにも」 急に話しかけられてか小動物のように縮こまる宮永に俺は思わず苦笑した。 もっともそんなに話したこともない同級生なんぞに学校の他で声をかけられたら誰だって驚くだろう。俺だって驚く。 なんともむず痒そうな面持ちの宮永に向かって俺は話を続けた。 「今日はここで勉強してたのか?」 「うん。それもあるけど、どっちかと言えば本のほうが大きいかな」 「本?どんなの読むんだ?」 「特にこだわりはないけど、物語のものが多いよ」 「ここにはよく来るのか?」 「学校のある日はたいてい」 「そっか。なんか悪いな、俺ばっかり捲し立てて」 別にいいよ、と宮永の方もぎこちない微笑みを浮かべる。 なんだろうか、特に喋るのが苦手というわけでもないようだが、どこか表情が硬いように感じるのは。 「須賀君はお勉強?」 「まぁな。もっとも、宮永ほど熱心には打ち込んじゃいないけどさ」 「私だって勉強はあんまりだよ、ただ本が好きなだけ」 「そうかな。ところで、今は雨宿りしてるのか?」 「え?うん、そうだね。雨を見てるのは嫌いじゃないけれど」 そう言ってしとしと降る雨を見つめる宮永の表情はやはりどこか寂しげだった。 「……傘、使うか?」 「え?」 某ジ○リ映画よろしく俺は宮永に傘を差し出すが、案の定宮永は少なからず戸惑う表情を見せた。 「でも、須賀君が帰れなくなっちゃうよ」 「俺の家はそんなに離れてないから。いざとなれば買えばいいし」 「うーん……」 宮永は少しの間顔を上に向けていた後、俺に向き直ってこう言ってきた。 「須賀君って帰る方向どっち?」 「北の方。車屋の前の交差点ってわかるかな、あそこを曲がった先」 「そっか。私もそこまで一緒だから……一緒に帰らない?」 「色のついた部分しか踏んじゃダメなんだよ。あ、マンホールはセーフね!」 「ん……ああ」 何が楽しいのか、紐靴を濡らすのも構わず歩道のタイルを宮永は踏み進んでいき、俺もそれに倣う。 内心「ーーは?」と漏らしそうになった思いがけない相合傘の提案に対し、俺は逡巡した後首を縦に振った。 別に意中の相手がいる訳でもないので誤解される相手もいないし、何より宮永が一人で帰るのを善しとしなかったからだ。 とはいっても特に色気のある空気ともならず、むしろ外に出てから10分も経たずに雨は上がってしまう事態と相成った。 ……のだが。 「なあ宮永。もう傘、しまっていいんじゃないのかこれ?」 「いいの。あえて傘を差したままにすることでゲーム性が増すの」 ゲーム、とはこの歩き方のことなのだろうが、それにしてもこの子は内気かと思えば子供っぽい面もあったりどうにも掴めない。 そうして歩いていく内に互いに話す話題も少なくなったが、別に悪い意味でもなくまるで次に出る言葉で賭けをしているようにも錯覚した。 雨が上がって空いた雲間に差し込む夕日に映る宮永の横顔は、教室でや今日見てきたものとも違うように感じる。 晴れて来たおかげで人もまばらに見え始めてきたので差したまんまの傘に気恥ずかしさを感じてきたところ、 「……宮永?」 宮永の視線は先ほどまでのものとはまるで違う、明らかに強張ったような震えを見せていた。 その視線を追った先にはーー 「……車椅子の人?あの人がどうかしたのか?」 「……あ……ああ……!」 「お、おい!宮永!どうした!?」 その尋常じゃない動揺ぶりに、俺は思わず宮永の肩を掴んで視線の先に回り込んだ。 「……あ……す、すが、くん」 「……落ち着いたか?」 「う……うん。ごめん、なさい」 「あの人がどうかしたのか?会いたくない人なのか」 「ち、違うの……その」 どう言葉にしたものかと息を詰まらせている宮永を落ち着かせるように、俺はとっさに片手で宮永の頭をあやすように撫でた。 「あ……」 「言いたくないなら無理に言わなくていい。俺が悪かった」 「……ありがとう。……ごめんね、こんな」 涙目になりながら微笑む宮永の姿に、俺の胸はズキリと痛むのを感じていた。 俺は痛みを知るのがただ怖いだけの卑怯な言い訳をしているだけなのかもしれないと思った。 最終下校時刻のチャイムがまるで合図のように遠くに聞こえた時、俺たちは件の車屋の前にたどり着いた。 「ここから宮永の家はまだかかるのか?」 「もう少しね。須賀君は?」 「俺は、ここの道路を渡った先」 「じゃあ反対側だね。はい」 差し出された傘を握る手にそっと手を添え、俺はそっと出された手を差し戻した。 「な、なんで?」 「また雨降るかもしれないだろ?俺はもうそこのすぐが家だから持ってろよ」 「でも」 「いいから。明日、返してくれればいいさ」 「……うん」 「じゃあな」 俯きながら返事をした宮永に背を向け、俺は横断歩道を意味もなく白線だけ踏んでいた。 ふと振り向くと、 宮永は立ち止まったまま、マンホールの上に経って未だ広げたままの傘を回していたのだった。 気がついたら俺は宮永の方に駆け出していた。 「あれ……どうしたの?須賀君」 何か忘れ物でもしたのかときょとんとした宮永に向かって俺は息を整えて告げた。 「やっぱり送っていくよ。お前、なんか危なっかしいから」 「なにそれ。失礼だな須賀君は」 「京太郎でいい」 「え?」 「い、いやなんとなくだけど。そんなよそよそしくなくていいっていうか」 とっさに口をついて出た言葉にわたわたする俺の様子に宮永はさっきとは色の違う微笑みを見せて、 「じゃあ私も咲でいいよ。その代わりーー」 「……そ、その代わり?」 「"京ちゃん"って呼んでもいいかな?」 その瞬間、せっかく整えた心拍数が倍にもなったように感じたのだった。 カン  

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