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  [[前回>h13-29]]← →[[続き>h13-31]]  昼食中のことだ。 「ねぇきょうたろー。午後は私のかっこいいところ見てよ」  おい、と弘世先輩が焦ったように声を上げる。  そのときは膝上の淡に手製のサンドイッチを食べさせられつつ、照さんにデザートのプリンを食べさせながらだった。  そんな状況もあり、思考力が軒並み低下していた俺はよく考えずに咀嚼しながらむぐ、と頷いてしまった。  そもそも淡に屈してしまった為に、無意識にある程度のことに対して譲歩するようになってしまっていた。  よく考えて返事をするべきだった。  だから、今こんな光景を見せられている。 「ツモ。4000、8000」  幻覚を見せられている。  水底の怪物が少女たちを飲み込み、全身を喰らう絵図。 「トビました」 (ッ。……なんだ今のは)  目を抑える。幻覚を見ていたのは一秒かニ秒か。再び見た時には卓の風景に戻っていた。  気づけば三人の麻雀部員はいっそ清々しさすら感じる顔でトビを口にしている。 「大星さんはやっぱり強いねー」「ねー」「流石すごいなー」  三人まとめて飛ばした淡が、当然だと言うようにふふんと鼻を鳴らし俺を見る。褒めて欲しそうな、羨んで欲しそうな。そんな表情を浮かべながら。  しかし俺の注意はそちらには向かない。敗者の少女たちに向かっている。傍目にはわからないが、彼女らのそれは諦めた顔だ。  声質は明るく、表情に陰はないが、やはり心を折られた者の表情だった。  淡は気づいていないのか、雀士の残骸には一切省みない。  いっそ彼女らが泣いてくれれば俺も何か言うことができただろう。  しかし彼女たちは笑っている。  歓喜すら滲む顔で淡に食い散らかされたことを誇っていた。 (ここの人たちは、生け贄になることを望んでいる、のか?)  思う。そんなはずはないと  彼女たちは麻雀に熱心だ。強くなるためにここにいるのではないのか?  それが負けることを望んでいるとは思いたくなかった。  しかし、だがその熱心さはどこから生まれているのか。 「ツモ、4000オール」  ゴ、と背後から殴られたような感覚が俺を襲う。  身体を走る寒気に畏れすら覚えながら振り向く。  そこには、災害があった。  巨大な竜巻が卓の上を蹂躙している。  麻雀部部員(イケニエ)たちは悲鳴も上げられない。ただただ空中高く吹き飛ばされ、打点(タカサ)が積み上げられるのを見ていることしかできなかった。  そして―― 「トビです」  照さんが上がり、部員たちはただただ静かに事実を告げていた。  三人の部員がうなだれ……て、はいない。 (なんなんだこの人達……)  声には熱、目には憧憬。  周囲の様子に今更気付く。部室に集まっている部員たちの目は卓に向きながらも、照さんと淡を常に追っていた。  そうだ。白糸台女子麻雀部員たちは、全員が全員。  『宮永照』『大星淡』を祭る神官にして。捧げられる生贄たちだった。  彼女たちにとっては対局して飛ばされて当たり前。  そこに悔しさなどはなく。ただただ歓喜がある。 (吐き気がする……)  虚しさに天井を仰ぐ。  この人たちは麻雀を強くなるために入学したのに、麻雀で負けるために三年間を過ごすのか。 「きょうたろー?」  俺が反応しなかったのか淡が上目遣いで見上げてくる。  褒めて褒めてとじゃれつく子犬のような印象を与えるが、俺は知っている。人なつっこい外見を剥げば、その内側にあるのは常人の理解を超えた魔物との邂逅だ。 (また……これか。俺の目はどうにかしちまったのか?)  するすると淡の髪が俺の腕に絡まる。  次の瞬間にはギリギリと謎の引力で持って、淡の髪を撫でる俺がそこにはいる。  腕を動かされた時点で抗う気力はなくなっていたとはいえ、この現象には説明が付かない。 「えへへ~。次の対局も見てろよー! 今日は100回トバすぞー!」  淡。待て。淡。  俺から離れて卓に向かう淡を止めようと声を出そうとするも、言葉が止まる。  それはこの部室内で俺の言葉が全く望まれていないことを察したからではないし。  部員たちが向ける好奇や困惑の混じった視線に対してでもない。  じりじりとまるで太陽が持つ熱のように俺の背を焼く熱量がある。   「京ちゃん」 「照、さん」  振り向けば、照さんが立っている。 「私も全員トバした。褒めて」  それは、生き物が呼吸したことを褒めてと強請る子供のような注文だ。  ここに来たのが初めての俺でも理解できる。  宮永照にとって、格下の対局者をたたきつぶすことは造作もない現象に過ぎない。  水が高きから低きに流れるように。落ちる林檎が重力に抗うことはないように。  視界の隅で弘世先輩が歪な願いに顔を歪めていた。 (俺、は……)  照さんにトバされた対局者たちは歓喜の表情で新しい卓を囲んでいる。  誰も気にしていない。何も問題はない。ここはそれで廻っている。  問題視しているのは俺だけだ。淡と照さんの問題を無難に流すなら、ここですべきは照さんを思いっきり褒めてあげることだ。 (だけど……俺は……)  俺は、何を問題にしているのだろう。  照さんは正面から対局者に勝っただけだ。  負けたのは対局者が弱かっただけで、正々堂々と戦い勝った照さんは当然のことをしただけだ。  負けた相手に同情するべきではないし、強い照さんには何の落ち度もない。  だが、それでも。しかしという感情は離れがたい。  敗者が喜び勝者が当然のように感じているこの光景は間違っている。 (ああ、わからない。わからないけどよ)  淡と照さんの『麻雀』は、こんなことでは強くならない。  ここでやっていることは数値を等式に当てはめているだけだ、と。  俺の心はそう感じていた。 「照さん」 「京ちゃん?」  じーっと俺を見上げている照さんの手を取る。  淡は……対局中だ。  この思いつきには人数がいる、最低もう一人は欲しかった。  それでも。 「俺にも麻雀教えてください。照さん」 「……?」  こくりと首を傾げる照さんにお願いしますと懇願すれば、こくりと頷いてくれる。 「ただ、京ちゃんに麻雀はおすすめできない」 「ええ、わかってます。ただほら、さっきやったら面白かったので詳しいルールとかを教えて欲しくてですね。別にプロになろうってわけじゃないんですよ」 「うん、それならいいけど」  そもそも別に麻雀を覚えたいわけではない。  俺は今、ここで照さんが麻雀を打つ事。それが耐えられないだけだ。  それはこの部の誰かが悪いというわけではない。俺がただ弱いだけなのだ。  わぁ、と喜びの混じった悲鳴のような声に振り返れば、卓で淡が和了していた。  遠目にも巨大な潜影が少女たちをバリバリと喰らっていく。 (ここは、淡と照さんの食餌場だ)  ただ怪物に餌を提供するだけの場所。  別にそれが悪いと言いたいわけではないけれど、先ほどの光景を認めるには、俺は幼すぎた。  彼女らが全て納得してやっているのなら、部外者の俺が横から口を出す権利など有りはしない。  それでも、だけれど……。 (だけど俺は、照さんの……照さんの……)  俺は照さんの、なんだというのか……。 「京ちゃん。手」 「あ、と。すみません。強く握りすぎてましたか?」  ううん、と照さんは首を振り、ぎゅっと俺の手を握る。 「私たちが不安?」 「不安というか。俺は……。いえ、あんまり言いたくないです」  照さんや淡を侮辱することになるだろうし、弘世部長への批判にもなる。  それでも迷いながら照さんの手を引く。  これが正しいとは思わないけれど。  ずっと彼女たちに何かをできるとは思わないけれど。  それでも照さんに何かをすべきだと、そう感じたのだ。  カン  

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