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  [[前回>h13-27]][[続き>h13-29]] 「よぉ、照。それに須賀くんだったか」  淡との待ち合わせ場所に向かった先にいた人を見て思ったのはやはり、という感想だった。 「どうも弘世先輩」  青みかかった長い髪を靡かせ、俺達を睥睨するように見ているこの人は弘世菫。  白糸台高校麻雀部部長だ。駅前の広場に休日だというのに制服を着込み、逃げようとしている淡を片手で捕獲していた。 「すーみーれー。人のデートの邪魔しないでよ!」 「弘世先輩だろう淡。というか、何がデートだ馬鹿。今日は部活の練習日だろ」  弘世先輩は俺達が来たから淡が逃げる心配はないと察したのか、淡から手を離し、堪えきれない頭痛を抑えるように額に手を当てた。 「インターハイは今月で、名門白糸台の代表は私たちだぞ!  代表のお前がそのザマで出られなかった者たちに申し訳ないと思わないのか!」 「別に? 弱いのが悪いだけじゃんそれを私のせいにされてもねぇ」 「くッ。なんでこんな奴が……」  小声とはいえ、しっかりと俺達に聞こえる弘世先輩の愚痴。  挑戦的な淡は気にもせず、それでも部長としての責務を果たそうとする弘世先輩は眉を歪め、怒りを含みつつも迷うように淡を見る。  しかし一旦諦めたのか、照さんへと視線を外す。  俺は文字通り部外者の為、口を出さずに突っ立っていた。何も問題が起こらずに淡と照さんが部活に行けばいいのに、程度には考えていたが。  無関心というのとはまた違う。二人と出かけることはそれなりに楽しみにしていたが、そのせいで誰かに迷惑をかけるのはよくない。  しかし、本当に二人を好きならここで二人を連れて出かけるのだろうか……。  それともここで周囲のことを考えてしまう俺は二人のことをそこまで好きではないのだろうか。 (わっかんねぇな。人を好きになるのってそんな理屈っぽいもんだったけかな)  もっと理屈とは別の何かがあったはずなのにこちらに来てから感覚が麻痺しているのか思い出せなくなっている。 「照。お前もお前だ。エースのお前が練習に出ないで――」 「京ちゃん。そこの喫茶店に行こう。絶品スペシャルチーズケーキだって」 「照ッ!」  無視、というよりも視界に入ってなかったのか。照さんは弘世先輩を見つけると驚いたように目を開いた。 「菫? なんでここにいるの?」 「ッ~~~~~~」  弘世先輩の目が見開かれる。そうして何か口走ろうとしたのか声にならない声を出したところで俺は照さんより一歩だけ前に出た。  驚く先輩に対して両手を広げ、まぁまぁと落ち着かせながら俺が言うべき言葉は果たして何か、と一瞬だけ考え。  周囲を見て言葉は決まる。 「弘世先輩。とりあえず移動しましょう。目立ってますよ」  傍目にも見目麗しい照先輩や淡もそうだが、制服の先輩が一番目立っていた。男の俺もいることからか、すわ痴話喧嘩かと駅前の人々がざわめいている。  マスコミに嗅ぎ付けられれば強豪白糸台のインハイチャンプに彼氏発覚。  先輩後輩部長を交えたドロドロの恋愛模様か?!という記事すら作れそうな有様に弘世先輩の顔が一瞬で青くなる。  この有様だとOBに相当なプレッシャーを掛けられてるんだろう。それとも教師からか。  歴史と名門の強豪というからには両方かもしれなかった。 「そ、そうだな。淡、照、着いてこい。まずはお前たちの家に行って制服に着替えよう。流石に私服で部活はまずい」 「え~。これから映画見に行くんだよ私」 「チーズケーキ……」  促しても動かない二人。弘世先輩の表情に怒りに似た感情が走る。  将来性が期待でき、現時点でもトップクラスに強いものの扱いが難しい一年生。エースであり学校の看板であるものの何を考えているかわからない同級生。  年上とはいえ、プレッシャーのかかる部長職をつとめる彼女の心労は察して余りあった。 (とはいえ……)  ここでフォローするにも覚悟がいる。  二人は常識では動かない。情理でも動かないだろう。利益。それも今回のこのデート以上のものがないといけない。  言葉を掛けても無駄だろうし、淡に至っては最悪、俺に対する興味を失う可能性すらあった。 (それはそれで好都合ではあるけどな)  だが嫌われるのはそれはそれで辛い。いや、興味を失われるのが苦痛なのだろうか。  肝心要の関係は拒否している癖に臆病な自分に嫌気が差す。だが、こればかりはどうしようもない。嫌われることを望む人間はいない。  しかしこのままでは弘世先輩が頭痛だか胃痛だかでインターハイ前に倒れる可能性があるだろう。  何か言える立場にあるのに、そこで何もしないのは良心が痛んだ。  だから、というわけではないが頬を膨らませ、私怒ってるよ、と主張する淡に言う。 「淡。練習があるんじゃ映画は中止だ。すまないけど諦めてくれ」 「えー。すっごく楽しみにしてたんだよ私」  見上げてくる淡は本当に残念そうにしている。  ここから梃子でも動くものかという意志は感じられない。  それでも選択を間違えれば機嫌を損ねた野良猫のようにどこかへ消える可能性があった。  美容院に行ったと思われる切り揃えられた髪に男が気づかない程度に施された薄い化粧。  服は流行りものでコーディネートされ、靴はおろしたてだ。  相当な気合いを込めたのか、素でこれだけできるのかはわからないが、流石に普段の美少女振りに拍車が掛かっている。  本性さえ知らなければ惚れてもいいぐらいだった。  一瞬だけ空を仰ぐ。  ビルに切り取られた薄暗い青空が見えた。 (弘世先輩の為にここまでする必要があるのか? そもそもこんなこと俺が責任を持つことでもないだろう)  怜さんが言っていた通りだ。別に俺が何もしなくても良き方向に転ぶかもしれないし、悪い方向に雪崩れるかもしれない。  それだって、そもそも俺が気にするべき問題でもないはずだった。  だが……。 「京ちゃん」  黙っている俺を呆とした顔で見る照さんがいる。  これが彼女の為になるかはわからないけれど、それでも俺は。  できることをやってみたいと思っていた。だから――これは。  弘世先輩の為ではなく、俺が、俺の為にすることだ。 「淡。部活に――」  動かない俺達に業を煮やしてか何か言おうとした弘世先輩を手振りで押しとどめ、淡の耳元で告げる。 「インハイまで真面目に部活に参加するなら……その間恋人役をやってもいい」  んん、と淡の眉が寄る。本気、と目で彼女は問うてくる。ああ、と諦めを含んだ感情で頷いた。  このぐらい代償を積まなければ淡が真面目になることはないだろう。  いや、と自嘲気味に思う。  もしかしたら俺がいることで淡も照さんも麻雀以外に興味を持ってしまったのではないかという悪い想像が脳裏を過ぎったのだ。  そんな影響力が俺にあるとは思えないけれど……。そうだったならそれは俺が原因だ。  淡は、その脳裏で何を考えているかわからないがへぇ、と悪戯を思いついた悪ガキのような表情をした後、艶めかしさを感じる仕草で唇を舐めた。  くるりと淡が自宅がある方向へと身体の向きを変える。ちょうど俺と向かい合うように。  ――私、今までのきょうたろーのこと結構気に入ってたんだけどなぁ。いいんだ。そんな約束して。  反応する暇はなかった。すれ違い様に抱きつかれる。弘世先輩が何かを言う前に淡は俺の首へと歯形をつけていた。 「痛ッ……」  ――100回屈服させてあげる。私のことが好きで好きでしょうがないようにしてあげる。  ボソボソと口元が動いていたが何を言っていたかはわからなかった。  ただ、淡に何か楽しみを与えてしまったことは確かだった。 「ちぇッ。つまんなーい。部活行くよ。すみれー」 「え、あ、ああ。助かるが」  俺を見ようとした弘世先輩から視線を逸らす。罵詈にしろ悪口にしろ感謝にしろ俺が受ける謂われはなかった。彼女の為にやったわけではないからだ。  視線を感じ、振り向けば照さんが常の呆とした表情で俺を見ていた。 「照さん?」  さて、この人には何を言おうかと思ったところで彼女はにこりと微笑む。 「ん、京ちゃん。京ちゃんも一緒に部室に来て」 「は? 照。部外者の立ち入りは……」 「今日は京ちゃんと一緒にお弁当を食べようと思っていたから」  弘世先輩は何かを言おうとしたようだったが照さんを見て諦める。  むしろその程度でこのよくわからない生き物の手綱が握れるならと自身を納得させたようだった。 「わかった。えっと、須賀くんはそれでいいのか?」  今の淡の傍に近寄るのは本能が警告を発していたが、今更後に退けるものでもない。同じ学校に通っているのだ。後回しにする意味もなかった。 (だけど、早まっちまったか?)  内心の畏れを棚上げし、ええ、と弘世先輩に頷いた。  弘世先輩はそうかと頷くと少しだけ楽になった表情で俺へ言う。 「正直助かったよ須賀くん。淡と照は扱いが難しいから」 「ええ、そうですか。弘世先輩のお力になれて光栄ですよ」  適当に話を合わせながら試算する。インハイは五月の後半。学内の掲示板で見た予定を思い出せばあと二週間程度だ。  二週間で淡をどうにかしなければならない。  好きになるという考えが浮かばない辺り、俺はやはり、淡を畏れているのだろう。  それに、と背後を振り返る。 「京ちゃん。手、繋ごう」 「はい。照さん」  この人の事も、また同様に。  俺はきっと、心の底から畏れている。  そして、それと同じく、どうにかしてあげたいと思っている。  それは淡に対しても少なからず持っている感情であることを自覚しつつも。  それが愛情なのか、友情なのか、それとも哀れみなのか。俺にははっきりとわからないのだった。  そして機嫌のよさそうな弘世先輩の相手をしながら俺は思った。 (よかった。この人は普通の人か)  と。  カン  
  [[前回>h13-27]]← →[[続き>h13-29]] 「よぉ、照。それに須賀くんだったか」  淡との待ち合わせ場所に向かった先にいた人を見て思ったのはやはり、という感想だった。 「どうも弘世先輩」  青みかかった長い髪を靡かせ、俺達を睥睨するように見ているこの人は弘世菫。  白糸台高校麻雀部部長だ。駅前の広場に休日だというのに制服を着込み、逃げようとしている淡を片手で捕獲していた。 「すーみーれー。人のデートの邪魔しないでよ!」 「弘世先輩だろう淡。というか、何がデートだ馬鹿。今日は部活の練習日だろ」  弘世先輩は俺達が来たから淡が逃げる心配はないと察したのか、淡から手を離し、堪えきれない頭痛を抑えるように額に手を当てた。 「インターハイは今月で、名門白糸台の代表は私たちだぞ!  代表のお前がそのザマで出られなかった者たちに申し訳ないと思わないのか!」 「別に? 弱いのが悪いだけじゃんそれを私のせいにされてもねぇ」 「くッ。なんでこんな奴が……」  小声とはいえ、しっかりと俺達に聞こえる弘世先輩の愚痴。  挑戦的な淡は気にもせず、それでも部長としての責務を果たそうとする弘世先輩は眉を歪め、怒りを含みつつも迷うように淡を見る。  しかし一旦諦めたのか、照さんへと視線を外す。  俺は文字通り部外者の為、口を出さずに突っ立っていた。何も問題が起こらずに淡と照さんが部活に行けばいいのに、程度には考えていたが。  無関心というのとはまた違う。二人と出かけることはそれなりに楽しみにしていたが、そのせいで誰かに迷惑をかけるのはよくない。  しかし、本当に二人を好きならここで二人を連れて出かけるのだろうか……。  それともここで周囲のことを考えてしまう俺は二人のことをそこまで好きではないのだろうか。 (わっかんねぇな。人を好きになるのってそんな理屈っぽいもんだったけかな)  もっと理屈とは別の何かがあったはずなのにこちらに来てから感覚が麻痺しているのか思い出せなくなっている。 「照。お前もお前だ。エースのお前が練習に出ないで――」 「京ちゃん。そこの喫茶店に行こう。絶品スペシャルチーズケーキだって」 「照ッ!」  無視、というよりも視界に入ってなかったのか。照さんは弘世先輩を見つけると驚いたように目を開いた。 「菫? なんでここにいるの?」 「ッ~~~~~~」  弘世先輩の目が見開かれる。そうして何か口走ろうとしたのか声にならない声を出したところで俺は照さんより一歩だけ前に出た。  驚く先輩に対して両手を広げ、まぁまぁと落ち着かせながら俺が言うべき言葉は果たして何か、と一瞬だけ考え。  周囲を見て言葉は決まる。 「弘世先輩。とりあえず移動しましょう。目立ってますよ」  傍目にも見目麗しい照先輩や淡もそうだが、制服の先輩が一番目立っていた。男の俺もいることからか、すわ痴話喧嘩かと駅前の人々がざわめいている。  マスコミに嗅ぎ付けられれば強豪白糸台のインハイチャンプに彼氏発覚。  先輩後輩部長を交えたドロドロの恋愛模様か?!という記事すら作れそうな有様に弘世先輩の顔が一瞬で青くなる。  この有様だとOBに相当なプレッシャーを掛けられてるんだろう。それとも教師からか。  歴史と名門の強豪というからには両方かもしれなかった。 「そ、そうだな。淡、照、着いてこい。まずはお前たちの家に行って制服に着替えよう。流石に私服で部活はまずい」 「え~。これから映画見に行くんだよ私」 「チーズケーキ……」  促しても動かない二人。弘世先輩の表情に怒りに似た感情が走る。  将来性が期待でき、現時点でもトップクラスに強いものの扱いが難しい一年生。エースであり学校の看板であるものの何を考えているかわからない同級生。  年上とはいえ、プレッシャーのかかる部長職をつとめる彼女の心労は察して余りあった。 (とはいえ……)  ここでフォローするにも覚悟がいる。  二人は常識では動かない。情理でも動かないだろう。利益。それも今回のこのデート以上のものがないといけない。  言葉を掛けても無駄だろうし、淡に至っては最悪、俺に対する興味を失う可能性すらあった。 (それはそれで好都合ではあるけどな)  だが嫌われるのはそれはそれで辛い。いや、興味を失われるのが苦痛なのだろうか。  肝心要の関係は拒否している癖に臆病な自分に嫌気が差す。だが、こればかりはどうしようもない。嫌われることを望む人間はいない。  しかしこのままでは弘世先輩が頭痛だか胃痛だかでインターハイ前に倒れる可能性があるだろう。  何か言える立場にあるのに、そこで何もしないのは良心が痛んだ。  だから、というわけではないが頬を膨らませ、私怒ってるよ、と主張する淡に言う。 「淡。練習があるんじゃ映画は中止だ。すまないけど諦めてくれ」 「えー。すっごく楽しみにしてたんだよ私」  見上げてくる淡は本当に残念そうにしている。  ここから梃子でも動くものかという意志は感じられない。  それでも選択を間違えれば機嫌を損ねた野良猫のようにどこかへ消える可能性があった。  美容院に行ったと思われる切り揃えられた髪に男が気づかない程度に施された薄い化粧。  服は流行りものでコーディネートされ、靴はおろしたてだ。  相当な気合いを込めたのか、素でこれだけできるのかはわからないが、流石に普段の美少女振りに拍車が掛かっている。  本性さえ知らなければ惚れてもいいぐらいだった。  一瞬だけ空を仰ぐ。  ビルに切り取られた薄暗い青空が見えた。 (弘世先輩の為にここまでする必要があるのか? そもそもこんなこと俺が責任を持つことでもないだろう)  怜さんが言っていた通りだ。別に俺が何もしなくても良き方向に転ぶかもしれないし、悪い方向に雪崩れるかもしれない。  それだって、そもそも俺が気にするべき問題でもないはずだった。  だが……。 「京ちゃん」  黙っている俺を呆とした顔で見る照さんがいる。  これが彼女の為になるかはわからないけれど、それでも俺は。  できることをやってみたいと思っていた。だから――これは。  弘世先輩の為ではなく、俺が、俺の為にすることだ。 「淡。部活に――」  動かない俺達に業を煮やしてか何か言おうとした弘世先輩を手振りで押しとどめ、淡の耳元で告げる。 「インハイまで真面目に部活に参加するなら……その間恋人役をやってもいい」  んん、と淡の眉が寄る。本気、と目で彼女は問うてくる。ああ、と諦めを含んだ感情で頷いた。  このぐらい代償を積まなければ淡が真面目になることはないだろう。  いや、と自嘲気味に思う。  もしかしたら俺がいることで淡も照さんも麻雀以外に興味を持ってしまったのではないかという悪い想像が脳裏を過ぎったのだ。  そんな影響力が俺にあるとは思えないけれど……。そうだったならそれは俺が原因だ。  淡は、その脳裏で何を考えているかわからないがへぇ、と悪戯を思いついた悪ガキのような表情をした後、艶めかしさを感じる仕草で唇を舐めた。  くるりと淡が自宅がある方向へと身体の向きを変える。ちょうど俺と向かい合うように。  ――私、今までのきょうたろーのこと結構気に入ってたんだけどなぁ。いいんだ。そんな約束して。  反応する暇はなかった。すれ違い様に抱きつかれる。弘世先輩が何かを言う前に淡は俺の首へと歯形をつけていた。 「痛ッ……」  ――100回屈服させてあげる。私のことが好きで好きでしょうがないようにしてあげる。  ボソボソと口元が動いていたが何を言っていたかはわからなかった。  ただ、淡に何か楽しみを与えてしまったことは確かだった。 「ちぇッ。つまんなーい。部活行くよ。すみれー」 「え、あ、ああ。助かるが」  俺を見ようとした弘世先輩から視線を逸らす。罵詈にしろ悪口にしろ感謝にしろ俺が受ける謂われはなかった。彼女の為にやったわけではないからだ。  視線を感じ、振り向けば照さんが常の呆とした表情で俺を見ていた。 「照さん?」  さて、この人には何を言おうかと思ったところで彼女はにこりと微笑む。 「ん、京ちゃん。京ちゃんも一緒に部室に来て」 「は? 照。部外者の立ち入りは……」 「今日は京ちゃんと一緒にお弁当を食べようと思っていたから」  弘世先輩は何かを言おうとしたようだったが照さんを見て諦める。  むしろその程度でこのよくわからない生き物の手綱が握れるならと自身を納得させたようだった。 「わかった。えっと、須賀くんはそれでいいのか?」  今の淡の傍に近寄るのは本能が警告を発していたが、今更後に退けるものでもない。同じ学校に通っているのだ。後回しにする意味もなかった。 (だけど、早まっちまったか?)  内心の畏れを棚上げし、ええ、と弘世先輩に頷いた。  弘世先輩はそうかと頷くと少しだけ楽になった表情で俺へ言う。 「正直助かったよ須賀くん。淡と照は扱いが難しいから」 「ええ、そうですか。弘世先輩のお力になれて光栄ですよ」  適当に話を合わせながら試算する。インハイは五月の後半。学内の掲示板で見た予定を思い出せばあと二週間程度だ。  二週間で淡をどうにかしなければならない。  好きになるという考えが浮かばない辺り、俺はやはり、淡を畏れているのだろう。  それに、と背後を振り返る。 「京ちゃん。手、繋ごう」 「はい。照さん」  この人の事も、また同様に。  俺はきっと、心の底から畏れている。  そして、それと同じく、どうにかしてあげたいと思っている。  それは淡に対しても少なからず持っている感情であることを自覚しつつも。  それが愛情なのか、友情なのか、それとも哀れみなのか。俺にははっきりとわからないのだった。  そして機嫌のよさそうな弘世先輩の相手をしながら俺は思った。 (よかった。この人は普通の人か)  と。  カン  

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