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[[次話>おもち少女1-2]] ―この世の中にはオカルトと呼ばれる特殊な能力がある。 例えば、無名校であった清澄で大将を務め、同校を全国大会優勝へと導いた宮永咲の嶺上開花。 カンをすれば、必ず有効牌を引くその能力はジンクスでは説明し尽くす事が出来ない。 例えば、清澄に敗れはしたものの、長野が魔境と呼ばれるようになった一因でもある天江衣。 聴牌時に他家の和了を抑制し、必ず海底摸月を決めるその能力を運の良さと言う事は出来ないだろう。 例えば、かつて死の淵を覗きこんだ少女、園城寺怜が持つ未来視。 麻雀と言う競技に置いて、一巡先を捉えるそれは現代科学では到底、追いつくことの出来ない領域だ。 他にもドラゴンロードと呼ばれる松実玄や龍門渕透華など、確率の偏りなどではその一端も説明出来ない者たちが全国には数多く存在する。 そんな世界に住まう一人の少年。 彼の名前は須賀京太郎と言う。 無名校から一躍、強豪校へとのし上がった清澄高校麻雀部唯一の男子部員である。 とは言え、その実態はほぼ雑用。 大会に向けて特訓を重ねる女子部員たちを支え続け、地区大会予選でも一回戦で敗北した。 特に秀でた特徴はなく、精々が一年近い雑用で磨かれたスキルと身体能力があるだけの平々凡々な少年。 少なくとも同校の宮永咲のようなオカルト能力など無縁で、麻雀の実力も初心者に近いという有様である。 しかし、彼は全国を見た。 いや、それもただの全国ではない。 並み居る強豪たちを打ち倒し、そしてインターハイチャンプである宮永照を打ち破った仲間たちを誰よりも間近で見ていたのである。 輝く歓声、湧き上がる熱気、そして肌が震えるほどの逆転劇。 それらを間近で、けれど、誰よりも遠い場所で見ていた彼の中に一つの欲求が沸き上がってきた。 「あぁ…俺もあんな風になりたいな」と。 ―もう一度、言おう。 彼は平凡な男子高校生であり、世に言うオカルト能力など持っていない。 特徴らしい特徴と言えば、雑用を続けていても苦にならない精神性と、おもちに対する強い情熱だけである。 だが…そこに未だ眠ったままのの潜在能力が加われば、一体、どうなるのか。 仲間たちの雑用を引き受け続けたが故に開花する事がなかった蕾が花開いた時、一体、どんな色を見せるのか。 それはまだ、誰にも分からない事である。 10/3(月) ~京太郎~ その日もいつも通りの流れだった。 授業が終わり、部活に行って、買い出しなどの雑用を済ませる。 その間、ずっと麻雀を打ち続けている女子部員に差し入れを済ませ、他校の情報収集を。 公式戦はもう終わったとは言え、この時期はまだまだ色んな場所で大会が行われているのだ。 それらのデータを部室の隅で置いてある机に纏めて処理するのが、今の俺の一番、大きな仕事である。 京太郎「(何せ、二連覇がかかってるからなぁ…)」 去年、名門風越を破り、全国へと出場した龍門渕。 そして、今年、風越と龍門渕を破り、全国で優勝に輝いた清澄。 そんな俺…いや、彼女たちに向けられる視線は期待が強く含まれるものだった。 最近は落ち着いたものの、咲や和なんかは雑誌の取材やら色々で引っ張りだこだったくらいである。 京太郎「(タコスはこういった細かい仕事にゃ向いてないし、染谷先輩は部長だからなぁ)」 全国優勝後、夢が叶って泣きじゃくる部長――いや、元部長である久先輩からバトンを託されたのは二年である染谷先輩だった。 まぁ、これは当然というか、これしかないと言うべきか。 色んな意味でアクの強いメンツを纏められるのは染谷先輩しかいないという判断は間違っていないと思う。 ただ、お陰で染谷先輩がこうした細かいデータ整理に関わる暇がなく、代わりに俺がやり始めたと言う訳だ。 京太郎「(最近はまた合宿を考えているみたいだし)」 何処になるかまでは聞いていないものの、近々、合宿をやる予定らしい。 全国優勝を果たした清澄との合宿だなんて何処も喉から手が出るほどしたいだろうし、正直、予想もつかなかった。 とは言え、元部長とは違って、常識人で普通な現部長の事である。 きっと堅実で部の強化に役立ちそうな場所にオファーを出しているのだろう。 京太郎「(まぁ、俺には関係ないか…)」 女子がメインの清澄が合宿する場所と言えば、勿論、女子の麻雀部だ。 その為、俺は前回の合宿は置いてけぼりにされ、一人寂しく部室を守っていたのである。 それに対して不満があるというほどじゃないが、今回も俺が蚊帳の外である事に間違いはないだろう。 俺にだって女ばかりの場所に男が一人混じって問題がないと思うほど馬鹿じゃないのだ。 京太郎「(それに合宿中は牌もいじれるだろ)」 清澄女子麻雀部には今、全国から視線が集まっているのだ。 それに負けないような麻雀をしようと今も頑張っている女子部員たちに水を差したくはない。 俺と彼女らの間には悲しいくらいの実力差があり、一緒に卓を囲んだところで時間の無駄になるだけだ。 それ故、ここ最近は卓に誘われても辞退し、他校の牌譜を集め、整理して見やすくするなどのサポートを続けている。 お陰で数ヶ月ほど麻雀牌に触れてはおらず、その感触が若干、恋しくなっていたところだ。 合宿中は思う存分、麻雀牌に触れて、英気を養おう。 そう思うと仲間はずれの合宿も割りと楽しみになってくるから不思議だ。 勿論、そうやって牌を触ったところで打つ相手はいないが、どうしてもワクワクする。 京太郎「(休日は偵察か整理ばっかだからなぁ)」 平日は部活かバイト。 休日は大会の偵察や傾向を纏める俺には雀荘に行く機会はあんまりない。 何度か染谷先輩の実家であるroof-topに寄らせて貰った事があるものの、ここ最近はさっぱりだ。 特にここ最近は新人戦や秋季大会が近いのもあって、牌譜の収集とチェックに気を抜けない。 清澄の一年は三人とも全国大会に出場経験もある化け物揃いとは言え、傾向と対策は必須だ。 特に長野は影で魔境とも呼ばれる激戦区であり、さらに言えば、清澄は一年生を中核に据えて全国大会で優勝した実績があるだから。 何時、何処で、全国クラスの雀士、或いは咲みたいなオカルト持ちと当たるか分からないのだから、データを揃えておくに越したことはない。 その中で自分なりに気になった部分に赤丸を引き、後で部員たちがそれを参照しやすくするのは大変だが、部室でひたすらネト麻を繰り返すよりは遥かに有意義な作業だ。 優希「あ゛~!またラス引いちゃったじぇ…」 咲「優希ちゃんは後半の減速っぷりがホント、課題だね」 和「東風は恐ろしいくらいなんですけれど…」 まこ「わしとしては咲と和の方がよっぽど怖いんじゃがなぁ…」 そんな馬鹿な事を考えている間に、終わったらしく、和気あいあいとした声が聞こえてくる。 これが麻雀中はほぼ無言で牌を切る音しか聞こえないんだから、不思議だ。 一言声を漏らそうものなら射殺されてしまいそうな修羅場である。 主にその原因は全国大会で大きく成長した咲と和の二人なのだが…まぁ、それは余談か。 ともあれ、今は半荘を終えたあいつらに飲み物の一つでも差し入れしてやるべきだろう。 京太郎「よ。お疲れさん。どうだった?」 咲「あ、京ちゃん!」 優希「いつも通りそこの二人がワンツーだったじぇ…」 和「何度かひやりとしましたけれどね」 まこ「こっちはひやりしっぱなしじゃよ…」 京太郎「ははは…」 にこやかな二人と肩を落とす二人。 まったく対照的なそれに俺は結果を悟った。 勿論、染谷先輩もタコスも決して弱い訳じゃない。 寧ろ、全国に出た選手たちと互角に渡り合っていたのだから、同年代ではかなり強い方だ。 正直、俺が二人と戦えば、きっと箱割れ近くに追い込まれる事だろう。 そんな二人が肩を落とすくらいに咲と和のレベルが飛び抜けているというだけなのだ。 優希「悔しいから、次は犬が卓に入るじぇ!」 京太郎「八つ当たりする気満々じゃねぇか!!」 優希「当然だじぇ!須賀銀行はいつもニコニコ点棒払いだじょ!」 京太郎「このタコス娘め…好き勝手言いやがって」 優希「ふふーん!悔しければ、牌で語るが良いじょ!まぁ、京太郎に負けるはずなんかないけれど!」 京太郎「くっ…!落ち着け!あんな安っぽい挑発に乗るな!うおおおおおっ!」 まこ「相変わらず、仲が良いのぅ」 和「もうゆーきったら…」 京太郎「まぁ、冗談は置いといてだな。やめとくよ」 優希「え…?」 京太郎「まだ作業が終わった訳じゃないし、皆だって疲れてるだろ?」 まこ「まぁ…一服したい気持ちなのは確かじゃけれど…」 咲「わ、私はまだまだいけるよ!」 京太郎「良いから座ってろって。丁度、飲み物もなくなったみたいだから買ってくるよ。何が良い?」 優希「タコス!!」 咲「え、えっと…オレンジジュースが良いかなって」 京太郎「お前はそればっかだな…まぁ、了解。染谷せんぱ…部長は?」 まこ「わしは普通のお茶で構わんよ。何時もすまんなぁ爺さんや」 京太郎「それは言わないお約束じゃろ。んで、和は?」 和「……」 京太郎「和?」 和「あ…いえ、私もお茶で結構ですよ」 京太郎「…あぁ、分かった」 京太郎「んじゃ、ちょっと待っててくれ」バタン 京太郎「(何か最近、和がよそよそしいんだよなぁ…)」スタスタ 京太郎「(まぁ、おもちに目線を向けてるのは何度か注意されてるし…嫌われる要素はあるんだけど)」 京太郎「(それでも全国大会終わるまでは親しくもなく疎遠でもない普通な感じだったんだが…)」 京太郎「(何かあったか…いや…何もないよなぁ…?)」 京太郎「(そもそも最近、事務仕事ばっかでマトモに会話すらしてねぇぞ)」 京太郎「(俺がきっと何かやっちまったんだろうが…まったく思いつかない…)」 京太郎「(まぁ、よそよそしいと言っても部活仲間としては最低限接してくれてるんだが…凹むぜ…)」 京太郎「っと…やばい。自販機通り過ぎるところだった」 京太郎「(個人的には仲直りしたいんだが、どうやって切り出したもんかなぁ…)」チャリン 京太郎「(それに今は新人戦や秋季大会前の重要な時期だからこそ、皆ああやって必死に麻雀やってる訳だし)」ピッピッピ 京太郎「(和の牌譜を見る限り、メンタル面に何か問題が出てる訳じゃなさそうだ)」ガコガコンッ 京太郎「(それだったら下手に藪を突くよりは先送りにした方が良いのかもなぁ)」ヨイショット 京太郎「(俺が凹む程度で他にはあんまり害はないわけだし…公式戦に影響が出たら偉い事だ)」スタスタ 京太郎「(にしても…何か忘れてるような……)」 京太郎「あ…タコス忘れてた」 京太郎「すまん。遅くなった」 優希「遅いじぇ犬!私のタコスは!?」 京太郎「遅くなったのは九割近くお前のタコスの所為だっての、このタコス狂い」 優希「ふふーん♪このタコスの魅力が分からない犬の味覚が遅れてるんだじぇ」 京太郎「タコスが美味い事には同意するけど、お前のそれは行き過ぎなんだよ」ホラ 優希「わはーい!タコスータコスー!」 京太郎「ったく…で、三人とも、はい」 咲「ありがとう」 まこ「ありがとな」 和「…ありがとうございます」 京太郎「いえいえ。んじゃ、俺は整理に戻りますよ」 まこ「ちょっと待つんじゃ」 京太郎「?」 まこ「折角、こうして買い出しまでしてもらってるんじゃし、たまには打たんか?」 京太郎「いや…でも…」 まこ「遠慮せんでええ。データの整理はわしがやっておくから」 咲「私も…たまには京ちゃんと一緒に打ちたいな」 優希「犬がいると最下位じゃなくなるから私も賛成だじょ!」 和「…」 咲「…和ちゃん?」 和「あ、はい。私もたまには須賀君と打ちたいです」 まこ「それに…皆真剣に打ってて疲れておるんじゃしなぁ。そんなに酷い事にはなりはせんよ」 優希「箱割れ一歩手前で勘弁してやるじぇ!」 咲「大丈夫。今の京ちゃんなら飛ばなくて済むよ。…多分」 京太郎「ナチュラルにひでぇな!」 和「…」 京太郎「まぁ…そこまで言われて逃げるのも癪だな」 咲「と言う事は…?」 京太郎「この一カ月の間、お前らの牌譜と睨めっこし続けた俺の実力を見せてやんよ!」 優希「ふふん!タコスパワーがある以上、犬に負ける道理はないじぇ!」 咲「それに牌譜と睨めっこしたところで実力が上がる訳じゃないしね!!」 まこ「寧ろ、実力が下がってないか不安ですらあるんじゃよ」 京太郎「ポンコツ咲とタコスはともかく染谷先輩まで…」 まこ「ふふ…優希の台詞じゃないが、悔しかったら良い所を見せるんじゃな」 咲「っていうか私、ポンコツじゃないよ!」 京太郎「5分で団体からはぐれて、迷子になる奴は世間様一般じゃポンコツって言うんだよ」ホッペタウリウリ 咲「むぅぅ…」 和「…」 京太郎「ま、やらせてもらえるなら胸を貸してもらうつもりで行くぜ」 咲「やだ…もう京ちゃんったら」 優希「やっぱり犬は発情期だじぇ」 京太郎「そういう意味じゃねぇよ!つーか、お前らに貸すような胸はないだろ」 咲「むー京ちゃんの馬鹿!」ポカポカ 優希「おしおきだじょ!」ガジガジ 京太郎「い、痛い痛い!悪かったって!!」 まこ「こらこら、そうやって暴れると自動卓が痛むじゃろうが」 京太郎「俺が痛むのは気にしてくれないんっすね、染谷先輩…」 まこ「はは、別に胸の事をネタにされて、怒っとる訳じゃないんよ」 京太郎「誤解なのに…」 咲「普段からの行いが悪いからだよ、京ちゃん」 京太郎「風評被害もいいところだ畜生…」 和「…」 京太郎「くそ…!気を取り直して、麻雀やるぜ!絶対、目にもの見せてやるからな!」 咲「ロン」マンガン 和「ロンです」ハネマン 優希「ロンだじぇ!」サンバイマン 京太郎「」マッシロ 京太郎「酷い事にはならないとは一体…うごごご」 まこ「面前で役を作れるようになったとは言え、京太郎はまだ初心者じゃからなぁ…」 咲「京ちゃんはもうちょっと他家の流しを見たほうが良いと思う」 まこ「後は筋とかじゃな」 京太郎「その筋とかセオリーを遥か越えていくのがお前らじゃないですかーやだー!」シクシク まこ「ま、まぁ…その辺りは…その追々?」 咲「セオリーを知らないで無茶苦茶に打っても振り込むだけだしね」 まこ「セオリーを知っているからこそ振り込む事もあるんじゃが…まぁ、それはそいつらに当たった運の無さを嘆くしかないの」 京太郎「その無茶苦茶な奴がかつてこの部に二人居て、現在進行形でまだ一人いるんですが…」 まこ「」メソラシ 京太郎「染谷せんぱああああい!?」 優希「ふふん!速攻が決まって久しぶりに一位になれたから気分が良いじぇ!」 優希「銀行になってくれた犬にはご褒美をやるじょ」 京太郎「嫌な予感しかしないんだけど…なんだよ?」 優希「明日の昼、私にタコスを差し入れする名誉をやる!」 京太郎「いらねぇよ!つーか、お前が食べたいだけだろ!?」 優希「まぁまぁ。そう言わずに!犬もそろそろタコスを作りたいはずだじぇ!」 京太郎「んな訳ないだろ!アレ朝作ろうとすると結構、早起きしないといけないんだからな!」 優希「犬は早起きなはずだじょ!新聞配達のお兄さんに吠えるくらい!」 京太郎「今の時期だと、まだ真っ暗な時間から起きろってかこら」ムニー 優希「い、いひゃい!いにゅのくしぇににゃまいきだじょ!」 和「…」 まこ「はいはい。じゃれるのはそこまでにしておくんじゃな。それよりもう一回、やらんか?」 京太郎「いや、交代しますよ。時間的にも次の一局がラストになりそうですし」 咲「えー…もう一回やろうよ、京ちゃん!麻雀って楽しいよ!」ニッコリ 京太郎「お前、それやって魔王呼ばわりされたの忘れたのかよ…」 京太郎「後、俺にも大事な仕事があるの。大人しく皆に遊んで貰っとけ」ナデナデ 咲「むー…また子ども扱いして…」ニヘラ 優希「そう言いながら、咲ちゃんの顔が緩んでるじょ…」ムー まこ「何だかんだ言ってあれが二人なりの距離感なんじゃろうなぁ」 優希「むー…!こら、犬!咲ちゃん撫でてないでまた銀行やるじょ!」 優希「やられっぱなしで逃げるとか男のする事じゃないじぇ!」 京太郎「また飛ばす気満々の奴に挑発されてもなぁ」ハハッ 和「…」 まこ「まぁ、久しぶりに卓につけるんじゃし、もう一回やればどうじゃ?」 まこ「と言うか、わしがまだちょっと休憩したい」フゥ 京太郎「あー…染谷先輩のは目と頭を酷使しますもんね…」 まこ「ん。これまでは実力アップの為に頑張ってきたが、流石にちょっと…の」 まこ「これが手加減してどうにかなるような相手なら良いんじゃが…」チラッ 優希「?」 咲「?」 まこ「本気で挑んでも飛ばされかねん有望株ばっかりじゃからなぁ」 まこ「いや、部長としては嬉しい事なんじゃが…一局ごとに気が抜けんでの」ハハッ 京太郎「確かに…」 和「…」 まこ「まぁ、そんな訳でわしの代打ちを頼む。二人はまだやる気満々みたいじゃしな」 咲「麻雀って楽しいよ!」ニコニコ 優希「銀行早く来るんだじぇ!」シュッシュ 和「…」 京太郎「…」 まこ「…」 京太郎「初心者の俺にあの中にまた入れって言うんですか?」 まこ「ま、まぁ、今度は多分、大丈夫じゃよ。振り込まないようにすればワンチャンくらい…」 京太郎「ワンチャン来る前に飛ばされそうなんですけれど!?」 まこ「ま、麻雀は運に大きく左右される遊戯じゃから」メソラシ 京太郎「それは龍門渕の天江選手や咲みたいな魔物勢には通用しない言葉ですよね!」 優希「いぬぅ!早くー!」 咲「京ちゃんの言う魔物の実力見せてあげるね」ニコニコ 京太郎「あ、これ俺死んだわ」 和「…」 京太郎「く、くそ…!やってやる…!シ○ア少佐だって戦場で出世したんだ!俺だって…!」 まこ「すっごい死亡フラグな気がするのう…」 京太郎「立てても立てなくても結果は見えてますしね」ハァ 和「…っ」 京太郎「まぁ、とりあえずやりますか!今度こそ飛ばないようにするぜ!」 ~京太郎~ とは言うものの、結果は散々だった。 勿論、相手が全国大会でも互角にやれる雀士たち…と言う事は無関係ではないのだろう。 だが、俺を相手にするのに皆は決して本気を出しちゃいない。 染谷先輩が入っていた時のようなピリついた空気もなく、和やかに牌を打つ。 時折、雑談を交わしながらのそれは、しかし、確実に俺を追い詰めていった。 それもこれも全て… ―― 京太郎「(俺が弱いから…だな)」 牌譜整理をやるようになってから、うちの部員たちがどれだけ化け物じみた能力をしているかが良く分かるようになった。 それと同時に…自分が悲しくなるくらいに弱い事も。 恐らく、今の俺じゃ南場の優希にも勝つ事は出来ないだろう。 京太郎「(悔しいなぁ…)」 さっき早々に飛ばした事を悪く思っているのか、今度は俺を飛ばさないように、長く楽しめるようにしてくれている。 勿論、少し前であれば、俺はそれすら気付かなかっただろう。 だが、この一ヶ月、牌譜を睨めっこを続けた俺は三人の打ち筋と言うものが何となく見えてきているのだ。 それはまだ直撃を回避出来るようなレベルではないが、違和感くらいは感じ取る事が出来る。 そして一局、二局と積み重なったそれが俺に、手加減を越えた舐めプを理解させたのである。 京太郎「(勿論…そうやって長く楽しめるようにしてくれているのは有難い)」 さっきは牌の感触すら思い出せないくらい、あっという間に飛ばされたのだ。 それから比べれば、なぁなぁで楽しませてくれる皆の好意に感謝するべきなのだろう。 だけど…俺だって男なのだ。 そうやって目に見えて和了を見逃されて良い気がするはずがない。 正直なところ…さっさと飛ばして終わらせてくれた方が気が楽だと思うくらいだった。 京太郎「(ん…?)」 そんな事を思いながら、迎えたオーラス。 点数は元から1万マイナスで最下位、トップである和との差は約三万ほど。 これで逆転するには三倍満の直撃しかない。 そんなところで迎えた俺の牌は決して悪いものじゃなかった。 いや、寧ろ、満貫の聴牌近いその配牌は最高と言っても良いくらいだろう。 京太郎「(お、おぉ…これはもしかするともしかするんじゃないか…?)」 勿論、これを和了ったところでトップとの差は捲れない。 だが、俺は今までこのメンツで一度も和了を経験した事がないのだ。 聴牌までは言っても当たり牌を軒並み回避され、ツモも鳴きにてズラされてきたのである。 そんな和了が目前に近づく好配牌に俺は卓の下でぎゅっと握り拳を作った。 京太郎「(最後の最後でこんな良い牌が来てくれたんだ…絶対に和了ってやる…!)」 それで舐めプをしたことを後悔させてやる…!とまで大口を叩くつもりはない。 だが、俺だってこれくらいは出来るのだと皆に見せてやりたいのだ。 和了をわざわざ見逃さなければいけないような初心者はもう卒業したのだと胸を張ってやりたいのである。 その為にも…この満貫だけは絶対に完成させなければならない。 そう胸中で握り拳を作りながら、俺はすっと牌を切り続けた。 京太郎「(…来ない…また来ない…)」 だが、そうやって一巡、二巡と進んでも、俺の欲しい牌は来ない。 誰かの手で握られているのか、或いは俺の満貫を見通されているのか。 どちらにせよ…山がなくなっていく度に俺の心は萎え、諦観が顔を出す。 やっぱり俺なんかじゃ無理だったのか。 そう思ってため息を吐きたくなった瞬間、俺の視界にふるんと揺れる何かが見える。 京太郎「(相変わらず良いおもちしてるなぁ…)」 それは対面にいる和のおもちだ。 凛とした仕草で牌を切る度に柔らかで大きなそれがプルンと揺れる。 まるで男の視線を誘うようなそれから俺はそっと視線を逸らした。 これまでも何度かそうやっておもちを見つめて、女性陣にドン引きされているのである。 幾らすばらなおもちと言っても、周囲の好感度と引き換えには出来ない。 女ばかりの部室の中、たった一人だけの男子部員と言うのは中々に肩身が狭いものなのだ。 京太郎「(そういや…最初は和目当てに入ったんだったっけか)」 ここ最近、牌譜整理や麻雀を見たりするのが楽しくて忘れていたが、元々はそういう不純な動機だったのだ。 自分でも忘れかけていた感情に意識が向くのを感じながら、俺はそっとため息を吐く。 俺がどれだけ馬鹿でも、半年も経てばまったく脈が無い事くらい気づくのだ。 流石に嫌われている訳ではないにせよ、他の部員たちと比べて和の態度に構えるものがある。 勿論、その他の男に比べれば、多少、柔らかい態度を取って貰っているとは言え、それは好意の類ではない。 そう気づいた頃には麻雀が楽しくなっており、あんまり意識する事はなかった。 京太郎「(そのはず…なんだけれどなぁ…)」 しかし、こうやって対面でおもちをゆらゆらと揺らされると、ムクムクと俺の中で欲望が沸き上がってくる。 ここ最近、忙しくて日課の自家発電も出来なかった所為か、いけないと分かっていながらも、チラリとそっちに視線を向けてしまうのだ。 ある種、馬鹿正直な自分に胸中でため息を吐きながら、俺はツモ切りを繰り返す。 ~和~ 私は須賀君が苦手です。 いや…苦手…と言うより見ていられない…と言った方が正しいのでしょう。 勿論、こうして雑用を引き受けてくれる事に感謝はしていますし、申し訳ない気持ちもあります。 だけど、それ以上に…彼の態度が…強くなる事を諦めたような態度が気に障って仕方がないのでした。 和「(まだ始まってもいないのに…)」 インターミドルチャンプに輝いた私だって最初から今のような実力があった訳じゃありません。 何度も挫折しそうになりましたし、負けた事は数え切れないほどあります。 それでも、私は……ずっとずっと頑張って来ました。 一時期は麻雀そのものを賭けて父と対立した事だってあるのです。 そんな私にとって、ここ最近、雑用ばかりでネト麻すらしようとしない須賀君の態度が逃げているようにしか思えないのでした。 和「(須賀君なら…きっと強くなれるのに…)」 ほぼ初心者のままで挑んだ地区大会予選。 その牌譜を見せてもらいましたが、最初の頃に比べて上達の兆しが見えるものでした。 私達が片手間に教えたことを拙いながらも護ろうとしているその打ち筋に微笑ましいものを感じたくらいです。 しかし、今の彼はそこからまったく上達していません。 地区予選から既に数ヶ月が経過し、一年の終わりが見えてきた頃になっても…ずっとずっとあの頃のままなのです。 和「(それが…私たちの所為なのは分かっているんです)」 部長…いえ、竹井先輩は彼に私たちのサポートばかりをさせていました。 それはインターハイを見据えたが故の仕方がない事だったのでしょう。 全国を前にして初心者である須賀君に構っている暇も人員も、清澄にはなかったのですから。 それが彼の為にはならないと分かっていても、私たちはずっと彼に雑用をさせ続けていたのでした。 雑用がない時も殆ど構われる事はなく、一人部屋の隅でネト麻を繰り返す彼が何を思ったのかまでは分かりません。 ですが…そうやって蔑ろにされた経験が、彼に努力を諦めさせ、こうして雑用ばかりをさせているのでしょう。 和「(それがまるで私達を糾弾しているように思える…と言うのは些か自分勝手な思考なのでしょうね)」 そうは思いながらも、ネト麻すらしなくなった彼の態度に思う所があるのは事実です。 勿論、須賀君なりに私たちの役に立とうと思ってくれているのは感じるのですが…後ろ暗いものがある私にとってそれは胸を痛める事なのでした。 それは私だけではなく皆さんも同じのようで…こうして須賀君の事を雀卓へと誘っているのです。 しかし、彼はよっぽどの事がなければ、卓に入る事はなく…そしてそれが余計に私達を責めているように思えるのでした。 和「(本当…どうしたら良いんでしょう…)」 珍しく麻雀に参加してくれた彼の打ち筋は見え見え過ぎて悲しくなるくらいでした。 相変わらず上達の兆しはなく、停滞を続ける須賀君に何と言えば良いのか分かりません。 雑用を皆で分担しようとしても、須賀君の手際が見事過ぎてドンドンと仕事を取られていってしまうのです。 その雑用が終わっても麻雀に誘っても参加せず、一人隅の方で牌譜作成と整理を続ける彼。 私達が今まで何を言っても変わる事はなく、自分から輪を離れようとする須賀君をどうすれば良いのか分からないままでした。 和「(それとも…二年になればまた変わるんでしょうか…)」 インターハイで優勝した清澄麻雀部には来年、少なくない数の一年生が入ってくれる事でしょう。 男子部員だけで三人増えれば、もう一つの卓を作る事だって不可能ではありません。 一年生が増えれば、そちらに雑用を任せる事も増えるでしょう。 しかし、頑なに自分の仕事を譲ろうとしない須賀君が、変わるビジョンと言うのはどうしても思い浮かばず、私は人知れずそっと肩を落としました。 和「(…とりあえず…このオーラスを終わらせましょう)」 そう思いながら、思考を目の前の卓に戻せば、うなだれる須賀君の顔がありました。 配牌時にはあんなに威勢良く卓を見つめていたその顔には諦観の色が強く見えます。 他家の河から和了が不可能だと感じたのか、或いはツモすら諦めてしまったのか。 どちらかは分かりませんが…あんなにも分かりやすぎる聴牌 ―― しかも、表情から察するにかなり高め ―― には誰も振り込まないと思います。 和「(それとも振り込んであげた方が少しはやる気を取り戻してくれるでしょうか…)」 恐らく彼が待っている牌の内、1つは私が抱えているのです。 それを放銃すれば、彼は和了る事が出来るでしょう。 しかし、ついさっきまで須賀君は自棄にも近い状態でした。 それは…恐らく彼が咲やゆーきの微妙な手加減に感づいているからなのでしょう。 もし、私がここでわざと放銃すると、須賀君を余計に追い込んでしまうかもしれない。 そう思うと別の意味で危険牌を切れず、私は適当な役を作りつづけました。 和「(ん…)」 そんな私の胸に一瞬感じた刺すような視線。 それに再び須賀君の方へと視線を向ければ、そこには分かりやすいほどに目を逸らす彼の姿がありました。 ここ最近ではあまりありませんでしたが、また私の胸を見つめていたのでしょう。 和「(まったく…男の人って…)」 そうやって私の胸を見つめるのは別に須賀君だけの話ではありません。 道を歩いている時に男の人の視線を感じ、気持ち悪くなった事は一度や二度ではないのですから。 そんな醜い欲望を隠すつもりのない人に比べれば好感は持てますが、やっぱり胸を見られて良い気はしません。 幾ら部活の仲間と言っても、どうしても醜いという感情が出てくるのでした。 和「(でも…どうして今頃?)」 初期こそじぃっと見つめられた事が多々あれど、最近はそんな事は殆どないも同然だったのです。 少なくともここまではっきりと視線を感じた事は久しい事でした。 てっきり胸に対する興味を失ったのかと思っていたくらいです。 ですが、それが此処に来て唐突に復活するのは一体、どうしてなのでしょう。 まさか麻雀をしているから私のことが気になった…なんて事はないでしょうし…。 咲「和ちゃん?」 和「あ…すみません」 そんなことを考えている内に私の巡まで回ってきていたようです。 訝しげに尋ねる咲さんに一つ謝罪をしてから、私はそっと山から牌を取りました。 それを見つめながら考えこむのは、私にとって珍しい事でした。 秒数制限に追われるネト麻を続けていた私にとって長考をあまりしません。 けれど、私は引いたその牌をどうするか、決めあぐねていました。 和「(まず間違いなく…これは危険牌…)」 2枚目の危険牌。 それを私の手元に来たという事は須賀君のツモ和了りも塞いだという事でしょう。 けれど、私はそうやって彼の和了を防ぐ事が良い事なのか、悪い事なのか、まだ判断出来ていませんでした。 まるで彼の未来をその手に握っているようなプレッシャーにチラリと彼へと視線を向ければ、そこにはチラチラと私の胸を見る須賀君の姿がありました。 こっちが手加減している以上、真剣にやれだなんて口が裂けても言えませんが、その不真面目な態度はやっぱり気に入りません。 もうちょっと真面目にやって下さい!と怒鳴りつけてやりたいのが本音でした。 和「(とりあえず放銃はなしで…!?)」 ムカムカとする心が命ずるままに、適当な牌を切ろうとした瞬間、私は指に硬い感触が引っかかったのを感じました。 それと共に牌がゆっくりと倒れて、三人の視線がこちらへと向けられます。 まるで世界が泥のようになったようなスローモーションの中、私がそれが二枚抱えていた内の危険牌の一つであると悟りました。 瞬間、私の頭の中が困惑と疑問に染まり、思考が真っ白へと近づいていきます。 けれど、幾ら私の思考が固まったと言っても、時は止まらず…トンと言う柔らかい音と共にその牌は倒されきってしまったのでした。 京太郎「…」 咲「…」 優希「…」 和「…」 その後、私達の間に流れたのは気まずい空気であり、誰もが言葉を忘れたように黙っていました。 私の仕草から、それが初心者でも滅多にやらないようなチョンボだと気づいたのでしょう。 須賀君などは目に見えて狼狽し、どうすれば良いのか分からない顔をしていました。 まさか私が放銃するなんて思ってもみなかったその顔に私はそっと肩を落とします。 幾らあり得ないようなミスとは言え、これを帳消しにされる訳にはいきません。 大人しく彼のロンを受け入れようと箱へと手を伸ばした瞬間、私の目に彼が牌を倒す姿が映りました。 京太郎「ろ、ロン。えっと…満貫で8000だっけ?」 和「そうで…っっ!?」 まだ自信なさそうに点数を口にする彼を見た瞬間、私の胸が熱くなります。 まるでそこだけ風邪を引いたようなじっとりとした熱に私の言葉は途切れました。 代わりに私の喉へと沸き上がって来るのは火照りにも似た熱です。 思わずそこを抑えたくなるような熱はその裏側の背筋に到達し、ゾクゾクとした感覚を走らせました。 和「(な、何…これぇ…!?)」 まるで背筋に電流を流され、身体が冷えていくような感覚。 熱いのに冷たいと言うその何とも言えない矛盾した感覚は…肩が震えるくらいに激しいのに…とても気持ち良いものでした。 思わず身体を丸めてしまうほどのそれは肌で跳ね返るように、私の中を幾度も反響します。 そしてその度に私の肌をジンと熱くさせ、軽く汗を浮かばせるのでした。 和「はぁ…ぁっく…ぅぅ…」 咲「の、和ちゃん!?」 優希「だ、大丈夫!?」 そんな私に大事な友人である二人が話しかけてくれますが、それに答える余裕は私にはありませんでした。 喉までブルリと震わせる気持ち良さは、私から言葉を奪い取っていたのです。 私の口から出るのは吐息と何かを噛み殺したような声だけ。 それに心配したのか二人が身体に触れて…―― 和「く…ぅぅんっ」 そうやって確かめるような二人の手つきさえ、今の私には強い刺激となって感じられました。 まるでそれが電極か何かのようにビリリとした感覚が走り、私の口から声が漏れるのです。 その声に二人が驚いたように手を離したくれた事が私にとって幸いだったのでしょう。 それ以上、触られていたら、私は声を押し殺すのも忘れて、はしたない声をあげてしまいそうだったのですから。 まこ「京太郎!」 京太郎「わ、分かってます!保健室ですよね!?」 和「(ちょ、ちょっと待っ…!)」 そこで冷静になった染谷先輩が須賀君に声を掛け、立ち上がった彼の手が私へと伸びました。 けれど、今の私の肌は信じられないほど敏感なのです。 微かに揺すられるような刺激にさえ、声をあげてしまうような異常な状態で、須賀君に抱き上げられたら一体、どうなってしまうのか。 自分自身でさえ分からず、恐怖で身体が冷えて、ブルリと震えてしまいます。 けれど、私に逃げ場などなく…私はその腕に抱きかかえられ、そっと持ち上げられるのでした。 和「ん…ふぁぁ…っ」 優希「い、犬!もうちょっと丁寧に運ぶんだじぇ!」 京太郎「わ、分かってる…!」 所謂、お姫様抱っこの形で抱き上げられた私の口から漏れる声にゆーきが心配した声を須賀君に向けました。 でも…ゆーき、そうじゃないんです。 私が声をあげたのは丁寧に抱き上げられていなかったからじゃなくって、触れられているからなんですよ。 ジンジンと火照るような身体を押され、刺激されているから…こんなはしたない声が出ちゃうんです。 でも、幾らゆーきが私の友人でも、無言でそれを察してくれるはずがありません。 京太郎「と、とりあえず行ってくるから!」 咲「私達もすぐ行くから…!和ちゃんの事、お願い…!」 それにもどかしさを感じる私を抱き上げながら、須賀君が廊下へと飛び出します。 既に日が落ちて誰もいない廊下を駆けるその顔はとても必死で、彼が私を心配してくれている事が良く分かりました。 でも、その心配の所為か、私の身体は、ガクガクと上下に揺れて、その度にビリリとした感覚が湧き上がるのです。 その度に押し殺した声をあげる私を連れて、須賀君は保健室にたどり着いたのでした。 京太郎「せ、先生!急患です!」 そう言って脚で乱暴に扉を開き、雪崩れ込んだ保健室には誰もいません。 それに須賀君に悪態を吐く姿が私にはとても新鮮に見えました。 ゆーきにどれだけムチャぶりをされても流していた彼とは思えないその狼狽した姿。 それを間近で見る私の上で須賀君がキョロキョロと辺りを見渡しました。 京太郎「と、とりあえず…ベッドに運ぶぞ…?」 和「ふぁい…」 確かめるような須賀君の言葉に何とか答えられたのは私の中で暴れていたあの感覚が治まってきたからなのでしょう。 あの振り込みから数分も経過した今、肌の敏感さも落ち着いていました。 少なくとも走りだした当初のように揺すられる度に、電流が走るような事はありません。 とは言え、まだまだその影響は残っているらしく、私の身体は気だるく、そして熱いままでした。 制服の中ではじっとりと脂汗をかき、荒い呼吸も止まりません。 和「あ…ぁ…」 そんな私の身体をゆっくりと保健室のベッドに横たえた須賀君の身体が、すっくと立ち上がりました。 私を抱えて走ってきたのにも関わらず、その顔には疲労はまったく見当たりません。 その代わり、今にも溢れそうな心配と焦りを見せる彼はポケットから携帯を取り出しながら、私の視線を向けました。 京太郎「俺は先生を探してくる。他の皆も部室の施錠が終わったらすぐ来るだろうから、少しの間だけ待っててくれ」 そう言って再び駆け出す須賀君はきっと他の皆に連絡してから校内を駆けまわる事になるのでしょう。 そんな彼に謝罪の言葉を紡ごうにも、その背中はあっという間に遠ざかり、保健室から飛び出して行きます。 人一人抱えて走ったばかりとは思えないその持久力と早さに関心と申し訳なさを感じながら、私はゆっくりと天井を見上げました。 和「はぁ…ふ…ぅ…」 そのまま一分もした頃には呼吸も大分、落ち着き、身体の熱も取れつつありました。 流石にまだジンジンとした感覚こそ残っているものの、触れられただけで声をあげるような感覚は影も形もありません。 それに安堵する一方で…冷静になった思考が疑問を沸き上がらせるのです。 和「(さっきのは…何だったんでしょう…?)」 須賀君に放銃してしまった瞬間に沸き上がってきた感覚。 それは痛みとも苦しみとも違う激しさと、身体から力が抜けていくような心地良さと合わせたような甘い響きであり、今まで感じた事のない、未知のものでした。 これまでの人生経験で感じてきたどんなものからも遠いそれはどれだけ頭を捻っても正体を捉える事が出来ません。 咲「和ちゃん、大丈夫!?」 優希「のどちゃあああああんっ!」 まこ「和の様態はどうですか!?」 瞬間、駆け込んできた三人に答えようと私はゆっくりと上体を起こしました。 まだ痺れるような感覚こそ残っていますが、ベッドから起き上がれないほどじゃありません。 それをこうして示そうと思ったのですが、それは三人にとって心配を掻き立てられるもののようでした。 泣きそうな顔で私の周りを囲むゆーきや咲、そして心配をめいいっぱい顔に浮かべる染谷先輩にそれを抑えられてしまいます。 まこ「保険の先生はどこじゃ?」 和「えっと…今はいないみたいで…須賀君が探しに行ってくれています」 優希「あの犬…さっさと見つけないとただじゃおかないじぇ…!」 咲「それより和ちゃんはもう大丈夫なの?」 和「えぇ。大丈夫ですよ。心配掛けて申し訳ありません」ペコリ まこ「謝らんでええ。無事だっただけ有難いからの」 まこ「とは言え、さっきの原因は調べておくべきじゃろうし…一度、病院に行った方が良いかもしれん」 優希「面倒くさいとか言ったら首に縄を引っ掛けてでも連れて行くじぇ!」グスッ 和「ふふ…そんな事言いませんよ、ゆーきじゃないんですから」ナデナデ 優希「ふ…ふぇぇ…のどちゃんが無事で良かったじょぉ…」 咲「ホント…安心したよ…」グスッ 和「」クスッ 咲「な、なんで笑ってるのぉ…」 和「あ…ごめんなさい。泣くくらいに心配された事が…とても嬉しくて…」 まこ「二人共気が抜けたんじゃな。さっきまで慌てっぷりが凄かったしの」 咲「グスッ…染谷先輩だって部室の鍵の場所忘れるくらいテンパってた癖に…」 優希「結局、ポケットの中にあったじょ…」 まこ「わ、悪かった。悪かったからそれを持ち出すのはもう止めてくれ」 和「ふふ…っ」 まこ「ま、まぁ、何はともあれ、落ち着いたようで何よりじゃ」 咲「ただ、もうそろそろ日も落ちちゃうね…」 まこ「そうじゃな。和の安否も分かった事だし、今日はこの辺りで解散するとするかの」 咲「ですね。じゃあ、荷物纏めて来ます」 和「じゃあ、私も…」 優希「のどちゃんはまだ寝てないとダメだじぇ!」 咲「そうだよ。またあんな風になっちゃうかもしれないし」 優希「のどちゃんの荷物はこっちで纏めるから安心して待ってて欲しいじょ!」 まこ「それに京太郎がまだ先生を探しておるんじゃろ?ここで和がいなくなったらアイツも心配するしの」 まこ「後、和には親に連絡しておいて欲しいの。帰り道でまたさっきみたいになると命に関わるかもしれんし」 和「そうですね…」シュン まこ「それじゃあ、もうちょっとの間、一人で待つんじゃよ」ガラガラ 咲「すぐ帰ってくるからね!」 優希「寂しくっても泣くんじゃないじょ」ガラガラ…ガシャン 和「泣きませんよ、まったく…」 和「…」 和「…さ、寂しくなんてありませんよ」 和「…一人で何を言っているんでしょう、私…」 とは言え、一人になったところで何かやる事はないというのが本音でした。 染谷先輩に言われた通り、両親にメールは送りましたが、それが返ってくるとはあまり思えません。 人並み程度には娘として愛されているつもりですが、両親の仕事はとても忙しいものなのです。 私が送ったそれもきっと仕事用のメールに埋もれて、見られる事はないのでしょう。 そう思いながらベッドに横たわった瞬間、浮かび上がるのはさっきの感覚でした。 和「あれは…一体…」 普段は決してしないようなミスで須賀君に振り込んだから身体がびっくりした。 そう思うのにはあの感覚は衝撃的過ぎ、そして心地良かったのです。 確かに動悸こそ激しくなっていましたが苦しさはまったくなく、寧ろ… ―― 和「気持ち…良い…?」 ふと浮かんだその言葉に私は嫌な予感を感じました。 まるで底の見えない穴の縁に立っているような冷たい感覚。 全身が危機感を訴え、覗き込むのを止めろと叫ぶそれに…私は従いませんでした。 渋谷先輩が使うような経験に裏打ちされた予測はともかく、第六感なんていうオカルトを信じる訳にはいかないのです。 故に…私の指はゆっくりと『そこ』へと伸び続け、クチュリと言う粘着質な感触を脳へと伝えるのでした。 和「…嘘…でしょう…?」 それは私のスカートの中、それもショーツから聞こえてきたものでした。 べったりと何かで濡れたそれは、勿論、ついさっきまでなかったものです。 本当は今だってそんなものがあるだなんて信じたくはありません。 ですが、目の前でゆっくりと広げた指先に絡んでいる透明なそれは間違いなく…―― 京太郎「和!!大丈夫か!?」ガラガラッ 和「きゃあ!?」 京太郎「せ、先生!早く和を!」 保険医「はいはい。落ち着いて。大丈夫だから」 京太郎「まだ見てないのにどうしてそういう事が言えるんですか!!」 保険医「だからって焦ったってどうしようもないでしょうに。それに人間ってのは意外と頑丈なものよ」 保険医「とりあえず私が出来る事はやるから、とっとと君は出て行きなさい」 保険医「それともお友達が脱いでる姿が見たい?」 京太郎「……」 保険医「……」 京太郎「で、出て行きます」 保険医「うん。気持ちは分かるけど、一瞬、迷ったのは見逃さないからね?」 京太郎「し、しかたないんや…!あんな素晴らしいおもちを見られるかもしれないと思ったら誰だって迷ってしまうんや…!」 保険医「分かってる。分かっているから、あんまりそれを口に出さない方が良いよ。普通に引いちゃうから」 京太郎「と、とりあえず先生!和のことをお願いします!」ガラガラ 保険医「はいはい。わかったから君はもうコレ以上ボロを出さない内に出て行きなさい」 保険医「さて…と」 保険医「原村さんの調子はどう?」 和「(はっ…アレを見られたかと思って頭の中が真っ白になってました…)」 和「あ…はい。特に今は問題ないです」 保険医「頭とかも痛くない?」 和「はい。大丈夫です」 保険医「りょーかい。んじゃ、熱を測っておこっか」 保険医「んで…ちょっと恥ずかしいかもだけど、聴診器も当てさせてね」 和「分かりました」 保険医「熱もなし…っと。倒れた時にも意識があったみたいだし…ちょっと私じゃ分かんないかなぁ」 和「そう…ですか」 保険医「ただ、聞いている限りだと尋常じゃない様子みたいだからちゃんとした機器がある場所で検査して貰った方が良いね」 保険医「特にCTスキャンは絶対にしてもらって。もしかしたら何か脳に問題があるのかもしれないし」 和「…分かりました」 保険医「後は…そうだなぁ…」 和「(女の先生…保険医って事はそういう事にも詳しいですよね…?)」 和「(で、でも…一体、アレの事をどうやって聞けば良いんでしょう…)」 和「(このタイミングで聞いたら…絶対にバレちゃいますよね…)」 和「(もし、そうなったら変態だって思われちゃうかも…)」 和「(う、うぅぅ…私はどうしたら……)」 保険医「どうかした?」 和「ひゃ!?い、いえ…何でもありません…」 京太郎「はぁ…やっちまった…」 京太郎「(テンパってたとは言え、あれはがっつきすぎだよなぁ…)」 京太郎「(ただでさえ、関係が微妙になってきてるのに、あれはねぇよ…)」 京太郎「はぁ…」 まこ「おや、京太郎」 京太郎「あぁ…染谷先輩。こっちは保険医の先生は見つけましたよ」 まこ「そうか。感謝するぞ、京太郎」 京太郎「いえ…」 優希「それで…何か原因は?」 京太郎「いや…まだ分かんねぇ。今、診察始まったところだし…」 咲「そもそも保健室の機材で分かるかどうかさえ不明だもんね…」 優希「いきなり苦しみ出したからの…」 まこ「としみじみしている時間はないんじゃ。京太郎、これを」 京太郎「…ってそりゃ和の鞄ですか?」 優希「そうだ。犬の分もここにあるじぇ」 京太郎「ありがとな、タコス。って…それじゃ今日は…」 咲「こんな事にもなったし、そろそろ暗くなるから解散するって」 まこ「ただ、和がちょっと不安での」 優希「また倒れるかもしれないと思うと心配だじぇ…」 まこ「親御さんに連絡しとくように言っておいたが、和の家は忙しい」 まこ「迎えに来れん可能性は少なくはないじゃろ」 まこ「もし、そうなったら京太郎には和を送って行って欲しいんじゃが…」 京太郎「え?」 京太郎「(さ、流石に和と二人っきりになるのは気まずい…)」 京太郎「さ、咲やタコスも一緒の方が良いんじゃないですか?」 咲「ごめんね、京ちゃん。今日、お父さんが帰ってくるの早いから、早めにご飯作らないといけないんだ…」 優希「私ものどちゃんと犬を二人っきりにはさせたくないけど、今日はちょっと外せない用事があるんだ…」 まこ「わしも今日は家の手伝いがあってな…」 京太郎「ま、まじですか…」 まこ「まぁ、京太郎なら送り狼にならんと信じとるから!」 優希「のどちゃんを襲ったら去勢するじょ、犬!」 咲「ご、ごめんね。でも、京ちゃんなら大丈夫って信じてるから!」 京太郎「いや、ちょっと待ってくれ。なんでそう言いながら俺に和の鞄まで渡すんだ?」 まこ「…皆、地味に時間が危ないんじゃ」 優希「という訳でちゃんとエスコートするんだじぇ」 咲「和ちゃんに謝っておいてね…それじゃ…!」 京太郎「お、おい!?」 京太郎「い…行っちまった…」 和「ふぅ…って…あ」 京太郎「あ」 和「…」 京太郎「…」 和「(え、ちょ…な、なんで須賀くんが此処にいるんですか!?ほ、他の皆は!?)」 和「(って言うかなんで須賀くんが私の鞄を持ってるんですか!?)」 京太郎「(や、やばい…な、何か言わなきゃ…!で、でも…何を言えば良いんだ…!?)」 京太郎・和「「あ、あの!」」 和「(…被っちゃいました…恥ずかしい…)」 京太郎「(被っちまった…あぁ…恥ずかしい…)」 和「(え、えっと…黙りこんじゃいましたけれど…話さないんでしょうか…?)」 京太郎「(黙っちまったけれど…これは俺が話題を振るのを待ってるのか…?)」 和「……」 京太郎「……」 和「(ど、どうすれば良いんでしょう…)」 京太郎「(ど、どうしろって言うんだよ…)」 京太郎「(とにかく、黙ってたって始まらないだろ…。何でも良いから打って出ないと…!)」 京太郎「そ、その…大丈夫なのか?」 和「え、えと…はい。ただ、病院には言っておいた方が良いと言われましたが…」 京太郎「そ、そっか。それじゃまだ安心は出来ないな」 和「え、えぇ。とりあえず帰った後にでもまた病院に行くつもりです」 京太郎「そ、そうだな。何かあったら大変だし、早いうちにいっといた方が周りも安心するしな」 和「そ、そうですね」 京太郎「……」 和「……」 和「(会話が続きません…)」 京太郎「(会話が続かねぇ…)」 和「そ、それより…運んでくださってありがとうございました」ペコリ 京太郎「あ、あぁ。まぁ、俺にはそれくらいしか出来ないし…」 京太郎「つか、結構、揺らしてしまって悪かったな。気持ち悪かっただろ」 和「い、いえ…大丈夫です。お陰で横になれて気も楽になりましたから」 京太郎「そ、そうか?それなら良いんだが…」 京太郎「今更だけど和を部室のベッドに運んで、先生を呼んだ方が良かったんじゃないかと思ってなぁ」 和「大丈夫ですよ。特に問題はありませんでしたし」 京太郎「いや…問題って言うか…」 和「?」 京太郎「(流石にここで好きでもない男に抱きかかえられるのは嫌だっただろ?なんて言うのは自意識過剰な話だよなぁ)」 京太郎「(その上、あてつけっぽく聞こえるし…ここは適当に誤魔化すのが無難か)」 京太郎「悪ぃ。何でもない」 和「???」 京太郎「あ、それと…これ。和の鞄」 和「あ、ありがとうございます。でも…どうしてこれを須賀君が?」 京太郎「他の連中は今日は用事があるらしくて早々に帰ったんだよ。んで、俺はこれを和に渡す係」 和「そうですか…ありがとうございます」 京太郎「どういたしまして。後…これはかなり言いづらい話なんだが…」 和「はい?」 京太郎「もし、親御さんの迎えがなかったら送っていけと渋谷先輩に言われた」 和「…え?」 和「(え…つ、つまり須賀君と一緒に帰れって事ですか渋谷先輩!?)」 和「(そ、そうやって心配して貰えるのは嬉しいんですが……)」チラッ 京太郎「あー…」 和・京太郎「(き…きまずい…)」 京太郎「とりあえず連絡は…」 和「しましたけれど…返事はまだ帰ってきてません…」 京太郎「そ、そうか…」 和「そ、そうです…」 京太郎「…」 和「…」 京太郎「(ここで黙り込むって事はやっぱり嫌なんだろうなぁ…)」 和「(ど、どど…どうしましょう!?お、男の人と二人きりで帰った事なんてありませんよ!?)」 京太郎「(でも、渋谷先輩に言われなくても…心配なのは確かだし…)」 京太郎「(俺の和了から急におかしくなったし…責任を感じるのも事実だ。なら…)」 京太郎「と、とりあえず!家までとは言わないけれど…途中までで良いから送らせてくれないか?」 京太郎「今の和を一人で帰すのは流石に心配なのは俺も同じだし」 和「わ、分かりました…じゃ、じゃあ…こっちです」 ……… …… … 京太郎「…」スタスタ 和「…」スタスタ 京太郎「…」スタスタ 和「…」スタスタ 京太郎「…」スタスタ 和「…」スタスタ 京太郎「(…どうしよう…話すネタがまったくない…)」 和「(ど、どうしましょう…何を話したら良いのかまったく分かりません…)」 京太郎「(基本、こうやって和と二人きりになる事はなかったからなぁ…)」 和「(大体、間にゆーきや咲さんがいましたし…)」 京太郎「(咲やタコスなら考えなくても適当に話題が出てくるんだが…)」 和「(せ、せめて渋谷先輩が居ればまだ何とかなったんでしょうが…)」 京太郎「(和にどんな話を振れば良いのかまったく分かんねぇ…)」 和「(男の人ってどんな風に話せば良いんでしょう…う、うぅぅ)」 和「(そ、そもそも…私は須賀君にあんな醜態を見られてしまった訳で…)」カァ 和「(しかも…お、お姫様抱っこされて…間近であの時の顔を…)」 和「(わ、私がた…た…達しちゃった時の…顔を…須賀君に…っ)」 和「(お、思い返したら…凄い居たたまれなく…あう…)」マッカ 京太郎「(あー…和の顔が真っ赤になってる…)チラッ 京太郎「(麻雀やってる訳じゃないから、のどっちモードに入ってる訳じゃないだろうし…)」 京太郎「(多分、さっきの保健室での出来事を思い出してるんだろうなぁ…)」 京太郎「(あぁ…なんで俺はあの時、あんな事を言っちまったんだ…)」 京太郎「(テンパッて頭が働いてなかった…なんてのは言い訳にならないレベルの失態だよ…)」 和・京太郎「「はぁ…」」 和・京太郎「「!?」」ビクッ 和「(や、やっぱり須賀君は男の人ですし…私の変化に気づいていたんでしょうか)」 和「(男の人はえ、えぇ…えっちな本とか好きですし…)」 和「(なんで私の顔が…あんな風になったかくらい…分かるのかも…)」 和「(つ、つまり…さっきのため息は私が淫乱だと失望されたから…!?)」グルグル 京太郎「(い、今のため息は…や、やっぱりそうなんだな…)」 京太郎「(そりゃ…自分が倒れたっていうのにおもちの事を気にするような奴は軽蔑するよなぁ…)」 京太郎「(しかも、普段から色々と俺に対して抱えているものがあるみたいだし…)」 京太郎「(もう完全に愛想が尽きて、嫌われてしまったのかも…!?)」 和「ち、違うんです!私の話を聞いて下さい!」 京太郎「ち、違うんだ!俺の話を聞いてくれ!!」 和・京太郎「……あれ?」 和「えっと…な、何が違うんですか?」 京太郎「い、いや…その…保健室であんな事を言っちゃったけれど、俺が和を心配してるのは嘘じゃなくてだな…」 和「…あんな事…ですか?」 和「(…指の間の愛液を隠すのに必死でまったく聞こえていなかったのですが…)」 京太郎「他の皆からメール貰って安心したところでちょっと口が滑っただけで…あ、アレだけが本心って訳じゃないんだ!!」 和「(…あ、何となく分かってきました…つまり…誤解だったんですね…)」 和「つまり…またおもちの事を言ってたんですね…」ジトー 京太郎「すまん…ほんっとうにすまん…!!」ペコリ 和「…」 京太郎「…」プルプル 和「…そこまで必死になって謝らなくても結構ですよ」 和「須賀君がそういう人だって言うのは分かってますから」 京太郎「(うっ…な、なんて冷ややかな目つきなんだ…)」 京太郎「(まぁ、そりゃ当然か…。男が苦手な和にあんな事言っちまったんだもんなぁ…)」 和「(まったく…これだから男の人は嫌いなんです…)」 京太郎「そ、それで…和は何が違うんだ?」 和「え…?」 京太郎「いや、和もさっき私の話を聞いてくれって…」 和「あ、あれは…その…」 和「(ど、どどど、どうしましょう!?)」 和「(誤解だって分かった以上、アレを口にする訳にはいきません…!)」 和「(へ、下手な事を言えばやぶ蛇になってしまう可能性が高いんですから…!)」 和「(だ、だけど、ここで下手に誤魔化すと…怪しまれかねません…!)」 和「(お、教えて下さいエトペン…私は一体、どうすれば…)」 和「…ハッ」ピコーン 和「み、道が…道が違うんです!!」 京太郎「あ、なるほど…」 和「(須賀君が単純で助かりました…)」 京太郎「(考え事してばっかりで和の制止を聞き逃してたんだな…)」 京太郎「すまん…悪かった」ペコリ 和「い、いえ…まだ修正は効きますし…大丈夫ですよ」 和「(そ、そんな風に謝られると正直、罪悪感が…)」 和「(いや…って言うか、これ…冷静に考えるとかなり不誠実ですよね…)」 和「(相手にだけ本心を語らせた上に謝らせて…しかも、自分だけ取り繕うなんて…)」 和「(だ、だけど…本当のことを言うだなんて絶対に出来ませんし…どうしたら…)」チラッ 京太郎「?」 和「(…須賀君はどうして嫌われるかもしれないって言うのに素直に言えるんですか…)」 和「(しかも、そんな風に…自分を陥れた人を真っ直ぐに見るなんて…)」ズキズキ 和「(お陰で良心の呵責が…こう胸にズシンって…)」ズキズキ 京太郎「(何かよくわからないが…いきなり和が俯きはじめた…)」 京太郎「(ま、また具合が悪くなって来たのか…?)」」 京太郎「その…和。大丈夫か?」 和「だ、大丈夫です。問題ありません」 京太郎「そ、そうか。でも、無茶はしないでくれよ」 和「は、はい…ありがとうございます」」 京太郎「(と言いつつ…辛そうなのは丸わかりなんだよなぁ…)」 京太郎「(かと言って、俺が勝手に背負ったりするのは色々と拙いし…)」 京太郎「(おもちの事しか頭にない奴を信用して、身体を預けてくれだなんて…口が裂けても言えねぇ…)」 京太郎「(はぁ…もうちょっと真面目に生きて来れば良かったぜ…)」 和「(私が思いっきり悪いのに、心配されちゃいました…)」 和「(うぅ…もう立つ瀬がありません…)」ズキズキ 京太郎「とりあえず…何処まで戻れば良いんだ?」 和「ふぇ…?」 京太郎「いや…道を間違えた訳だし、戻らないと…」 和「あ、あぁ…そうですね。で、でも大丈夫です。遠回りになりますが、ここからでも行けますから」 京太郎「そ、そうか…?でも、和の体調も心配だし、遠回りになるなら戻った方が…」 和「こ、ここまで来ちゃうと逆に戻る方が時間掛かっちゃうんですよ!」 京太郎「そっか…本当、悪いな」 和「(う、うぅ…謝らないでください…悪いのはこっちなんですから…)」 和「(しかも、嘘が嘘を呼んで何かこう無茶苦茶な感じに…)」 和「(矛盾が多すぎて、須賀君じゃなかったら気付かれかねないですよ…)」 和「(こ、こんな風になるはずじゃなかったのに…あの時の私の馬鹿…)」 京太郎「(あぁ…また俯いて辛そうに…)」 京太郎「(と言っても…俺に出来る事なんてまずないんだよなぁ…)」 京太郎「(ハギヨシさんは気遣いの極意は相手に信頼される事…って言ってたけど…まさにその通りだと思う…)」 京太郎「(信頼されてないってのは…出来る事が少なくて…辛いなぁ…)」 和「(せ、せめて話題を…何か須賀君に報いられるような話題を…!?)」 和「(でも、何時も「何時も雑用ありがとうございます」とかは嫌味っぽいし…)」 和「(それに、今の須賀君は下手な事を言うと余計、麻雀から離れそうで…)」 和「(でも…それに感謝しているのは確かで…怒りたい訳じゃなくって…)」 和「(い、言いたい事すら頭の中で纏まらなくて…はうぁ…ぁ)」 和「(こ、こんな事になるならもっと須賀君とコミュニケーションを取っておくべきでした…)」 京太郎「??」 ……… …… … 和「(け、結局、無言のまま須賀君を家の近くまで案内してしまいました…)」 和「(こ、このままでは色々といけません…)」 和「(流石に彼を追い詰めるだけで何のフォローもせずに帰す訳には…)」 和「(で、でも…コレ以上、引き伸ばすためには彼を家に招くしか…)」 和「(お、男の人を家に…家に……)」カァ 和「……」チラッ 京太郎「ん…どうした?」 和「い、いえ…なんでもありません…」 和「(…須賀君なら…大丈夫ですよね…?)」 和「(今も歩く速度を大分緩めて私のことを気遣ってくれていますし…)」 和「(ちょっとどころじゃなくエッチですけれど…でも、それ以外は色々と頑張ってくれて…)」 和「(良い人だって事は…今までの事で十分、分かっているんです)」 和「(家にあげたところで変な誤解はするような人じゃありませんし…)」 和「(す、少しくらい…なら…別に…)」 和「あ、あの…っ!」 京太郎「ん?」 和「こ、ここ…わ、私の家です」 京太郎「そ、そっか。長々と着いて来て悪かったな」 京太郎「(やっばいなぁ…最後まで着いてきちまった…)」 京太郎「(てっきり途中までだと思ってたんだが…)」 京太郎「(意外と心細かったのか…或いは緊張でタイミングを見失ったのか…)」 京太郎「(どっちにしろ…もうちょっと気を配ってやれば良かったぜ…)」」 和「い、いえ…こ、こちらこそ、すみません…」 京太郎「??なんで和が謝るんだ?」 和「え、えっと…須賀君の貴重な時間を貰った訳ですし…」 和「(ま、まさか嘘を吐いて振り回しちゃったお詫びだなんて言えるはずがありませんし…)」 京太郎「気にするなよ。どうせ帰っても、ネト麻くらいしかする事ないんだから」 和「…え?」 京太郎「ん?」 和「ネト麻…やってるんですか?」 京太郎「あぁ…まぁ…あんま成績が良い訳じゃないけれど…」 京太郎「俺だって一応、清澄の部員だからな。後輩が入って来た時に恥ずかしくはないレベルにはなっときたいし…」 京太郎「それに俺が下手過ぎると皆も色々、言われかねないだろ?」 和「じ、じゃあ、なんで部室ではずっと雑用ばっかりやってるんですか…」 京太郎「そりゃあ、俺が皆の脚を引っ張る訳にはいかないだろ」 京太郎「インターハイ優勝後って事もあって期待も注目度も高いんだから」 京太郎「和たちなら大丈夫だと思うけれど、新人戦も控えてるしな」 和「…」 和「…」 和「はぁ」 京太郎「え…?」 和「(この人は…この人は本当に…!)」 和「(優しいのは分かりますけれど…気を遣いすぎなんですよ…!)」 和「(最早、遠慮と言うレベルを超えて、私達がいじめてるみたいになってるじゃないですか…)」 和「(…いえ…入部から雑用とネト麻ばかり…)」 和「(その上、合宿にも置いて行かれた彼がそう思うのも無理は無いのかもしれません…)」 和「(須賀君にとって…そうやって私達を優先する事が『当たり前』になってるんです…)」 和「(地区予選を超えて…インターハイに行ってから…ずっと…ずっと)」 和「(…こんな事なら…もっと早く向き合っていれば良かった…)」 和「(そうすれば…誰よりも働いてくれている須賀君にこんな事を言わせなくても済んだかもしれないのに…)」 和「(…いえ…今はそんな事よりも…)」 和「良いですか、須賀君」 京太郎「は、はい…」 和「そんな風に遠慮されて皆が嬉しいとでも思ってるんですか?」 京太郎「いや…でも…」 和「でも、じゃないです!まったく…」 和「そもそも秋季大会や新人戦は各校の調整みたいなものです」 和「勿論、次代を担う人たちが多く参戦するので、まったくスルーは出来ません」 和「でも、本番はあくまでも夏のインターハイであり、そこまで重視するべき目標じゃありません」 和「…それに…須賀君は今まで今までずっと雑用をやってくれていたじゃないですか」 和「そのことに対して…皆が心苦しく思ってないとでも思うんですか…?」 京太郎「あ…」 京太郎「(考えても見れば…染谷先輩だって何時も咲や和たちと本気で打ってるんだ)」 京太郎「(今更、疲れたなんて良いだすような人じゃない…)」 京太郎「(タコスは…まぁ、何時も通りだったにしても…挑発っぽい言い回しが多かったのは俺を卓につけたかったからか…)」 京太郎「(あの自己主張をあまりしない咲だって…何度も俺を誘ってくれてたんだ…)」 京太郎「(何かあるんじゃないかって思って然るべき…だったよなぁ…)」 京太郎「(和の言う通り…下手に遠慮してた所為で…逆に皆の迷惑になってたのか…)」 京太郎「…ごめん。まったく…そういう事を考えてなかった…」ペコリ 和「謝らないで下さい…悪いのは…須賀君に甘えていた私達なんですから」 和「だから…須賀君もちょっとくらい私達に甘えて下さい」 和「そうじゃないと…一方的に借りばっかり溜まっていくみたいで不愉快です」プイッ 和「須賀君はもうそれくらい、麻雀部に貢献してくれているんですから…」 京太郎「…そう…なのかな」 和「当たり前です!須賀君がいなかったら、咲さんも麻雀部に来てくれませんでしたし…」 和「それに須賀君が雑用全般を引き受けてくれたお陰で私たちはインターハイに集中する事が出来たんです」 和「それがなかったら…正直、あの激戦区を戦い抜けたとは思えません」 和「点棒みたいに見える形じゃないですけれど…須賀君はちゃんと私達を支えてくれていましたよ」ニコッ 京太郎「…ありがとうな、和」 和「それは…私の…いえ、私たちの台詞ですよ」 和「だから、もう遠慮しないで下さい」 和「折角、こうして仲間になれたのに…そんなの悲しいじゃないですか」 京太郎「はは…そうだな。その通りだ」 京太郎「今度からはちゃんと俺も卓に入る事にするよ」 京太郎「まぐれとは言え、インターミドルチャンプの和から満貫を和了れた訳だから自信もついた」 和「も、もう!…あ、アレは蒸し返さないで下さい!」カァ 京太郎「はは…悪い悪い。まぁ…元気になったみたいで良かったよ」 京太郎「さっきまで落ち込んでたみたいだから、安心した」 和「う…」 和「(って…須賀君の本心が知れて、すっかり忘れてましたけれど…)」 和「(そ、そもそも私が声を掛けたのは…彼にお茶の一つでも出したげる為であって…)」 和「(私が須賀君を傷つけてしまった償いそのものはまだ終わってないんですよね…)」 京太郎「んじゃ、そろそろ俺は行くよ」 和「ちょ、ちょっと待って下さい…!」 京太郎「どうした…?早く入らないと身体が冷えるぞ」 和「そ、それは須賀君も同じじゃないですか…」 和「そ、それに…折角、送ってきて貰った以上…何もせずに帰す訳にもいきません…」 和「だだだ…だ…だか…っ!だかりゃ…!わ、わらし…私の…」マッカ 京太郎「お、落ち着け、和。ほら、深呼吸深呼吸」 和「わ、私が焦っているとかオカルトあり得ません!」 京太郎「(あ、それはちゃんと言えるんだ…)」 和「だ、だから…わ、私の部屋に…き、来ません…か…!?」 京太郎「」 京太郎「え?」 [[次話>おもち少女1-2]] - 何故たかみーが… -- 名無しさん (2013-09-08 19:06:18) - 渋谷と染谷を間違えてるのかな? -- 名無しさん (2014-03-29 19:20:11) #comment
[[次話>おもち少女1-2]] ―この世の中にはオカルトと呼ばれる特殊な能力がある。 例えば、無名校であった清澄で大将を務め、同校を全国大会優勝へと導いた宮永咲の嶺上開花。 カンをすれば、必ず有効牌を引くその能力はジンクスでは説明し尽くす事が出来ない。 例えば、清澄に敗れはしたものの、長野が魔境と呼ばれるようになった一因でもある天江衣。 聴牌時に他家の和了を抑制し、必ず海底摸月を決めるその能力を運の良さと言う事は出来ないだろう。 例えば、かつて死の淵を覗きこんだ少女、園城寺怜が持つ未来視。 麻雀と言う競技に置いて、一巡先を捉えるそれは現代科学では到底、追いつくことの出来ない領域だ。 他にもドラゴンロードと呼ばれる松実玄や龍門渕透華など、確率の偏りなどではその一端も説明出来ない者たちが全国には数多く存在する。 そんな世界に住まう一人の少年。 彼の名前は須賀京太郎と言う。 無名校から一躍、強豪校へとのし上がった清澄高校麻雀部唯一の男子部員である。 とは言え、その実態はほぼ雑用。 大会に向けて特訓を重ねる女子部員たちを支え続け、地区大会予選でも一回戦で敗北した。 特に秀でた特徴はなく、精々が一年近い雑用で磨かれたスキルと身体能力があるだけの平々凡々な少年。 少なくとも同校の宮永咲のようなオカルト能力など無縁で、麻雀の実力も初心者に近いという有様である。 しかし、彼は全国を見た。 いや、それもただの全国ではない。 並み居る強豪たちを打ち倒し、そしてインターハイチャンプである宮永照を打ち破った仲間たちを誰よりも間近で見ていたのである。 輝く歓声、湧き上がる熱気、そして肌が震えるほどの逆転劇。 それらを間近で、けれど、誰よりも遠い場所で見ていた彼の中に一つの欲求が沸き上がってきた。 「あぁ…俺もあんな風になりたいな」と。 ―もう一度、言おう。 彼は平凡な男子高校生であり、世に言うオカルト能力など持っていない。 特徴らしい特徴と言えば、雑用を続けていても苦にならない精神性と、おもちに対する強い情熱だけである。 だが…そこに未だ眠ったままのの潜在能力が加われば、一体、どうなるのか。 仲間たちの雑用を引き受け続けたが故に開花する事がなかった蕾が花開いた時、一体、どんな色を見せるのか。 それはまだ、誰にも分からない事である。 10/3(月) ~京太郎~ その日もいつも通りの流れだった。 授業が終わり、部活に行って、買い出しなどの雑用を済ませる。 その間、ずっと麻雀を打ち続けている女子部員に差し入れを済ませ、他校の情報収集を。 公式戦はもう終わったとは言え、この時期はまだまだ色んな場所で大会が行われているのだ。 それらのデータを部室の隅で置いてある机に纏めて処理するのが、今の俺の一番、大きな仕事である。 京太郎「(何せ、二連覇がかかってるからなぁ…)」 去年、名門風越を破り、全国へと出場した龍門渕。 そして、今年、風越と龍門渕を破り、全国で優勝に輝いた清澄。 そんな俺…いや、彼女たちに向けられる視線は期待が強く含まれるものだった。 最近は落ち着いたものの、咲や和なんかは雑誌の取材やら色々で引っ張りだこだったくらいである。 京太郎「(タコスはこういった細かい仕事にゃ向いてないし、染谷先輩は部長だからなぁ)」 全国優勝後、夢が叶って泣きじゃくる部長――いや、元部長である久先輩からバトンを託されたのは二年である染谷先輩だった。 まぁ、これは当然というか、これしかないと言うべきか。 色んな意味でアクの強いメンツを纏められるのは染谷先輩しかいないという判断は間違っていないと思う。 ただ、お陰で染谷先輩がこうした細かいデータ整理に関わる暇がなく、代わりに俺がやり始めたと言う訳だ。 京太郎「(最近はまた合宿を考えているみたいだし)」 何処になるかまでは聞いていないものの、近々、合宿をやる予定らしい。 全国優勝を果たした清澄との合宿だなんて何処も喉から手が出るほどしたいだろうし、正直、予想もつかなかった。 とは言え、元部長とは違って、常識人で普通な現部長の事である。 きっと堅実で部の強化に役立ちそうな場所にオファーを出しているのだろう。 京太郎「(まぁ、俺には関係ないか…)」 女子がメインの清澄が合宿する場所と言えば、勿論、女子の麻雀部だ。 その為、俺は前回の合宿は置いてけぼりにされ、一人寂しく部室を守っていたのである。 それに対して不満があるというほどじゃないが、今回も俺が蚊帳の外である事に間違いはないだろう。 俺にだって女ばかりの場所に男が一人混じって問題がないと思うほど馬鹿じゃないのだ。 京太郎「(それに合宿中は牌もいじれるだろ)」 清澄女子麻雀部には今、全国から視線が集まっているのだ。 それに負けないような麻雀をしようと今も頑張っている女子部員たちに水を差したくはない。 俺と彼女らの間には悲しいくらいの実力差があり、一緒に卓を囲んだところで時間の無駄になるだけだ。 それ故、ここ最近は卓に誘われても辞退し、他校の牌譜を集め、整理して見やすくするなどのサポートを続けている。 お陰で数ヶ月ほど麻雀牌に触れてはおらず、その感触が若干、恋しくなっていたところだ。 合宿中は思う存分、麻雀牌に触れて、英気を養おう。 そう思うと仲間はずれの合宿も割りと楽しみになってくるから不思議だ。 勿論、そうやって牌を触ったところで打つ相手はいないが、どうしてもワクワクする。 京太郎「(休日は偵察か整理ばっかだからなぁ)」 平日は部活かバイト。 休日は大会の偵察や傾向を纏める俺には雀荘に行く機会はあんまりない。 何度か染谷先輩の実家であるroof-topに寄らせて貰った事があるものの、ここ最近はさっぱりだ。 特にここ最近は新人戦や秋季大会が近いのもあって、牌譜の収集とチェックに気を抜けない。 清澄の一年は三人とも全国大会に出場経験もある化け物揃いとは言え、傾向と対策は必須だ。 特に長野は影で魔境とも呼ばれる激戦区であり、さらに言えば、清澄は一年生を中核に据えて全国大会で優勝した実績があるだから。 何時、何処で、全国クラスの雀士、或いは咲みたいなオカルト持ちと当たるか分からないのだから、データを揃えておくに越したことはない。 その中で自分なりに気になった部分に赤丸を引き、後で部員たちがそれを参照しやすくするのは大変だが、部室でひたすらネト麻を繰り返すよりは遥かに有意義な作業だ。 優希「あ゛~!またラス引いちゃったじぇ…」 咲「優希ちゃんは後半の減速っぷりがホント、課題だね」 和「東風は恐ろしいくらいなんですけれど…」 まこ「わしとしては咲と和の方がよっぽど怖いんじゃがなぁ…」 そんな馬鹿な事を考えている間に、終わったらしく、和気あいあいとした声が聞こえてくる。 これが麻雀中はほぼ無言で牌を切る音しか聞こえないんだから、不思議だ。 一言声を漏らそうものなら射殺されてしまいそうな修羅場である。 主にその原因は全国大会で大きく成長した咲と和の二人なのだが…まぁ、それは余談か。 ともあれ、今は半荘を終えたあいつらに飲み物の一つでも差し入れしてやるべきだろう。 京太郎「よ。お疲れさん。どうだった?」 咲「あ、京ちゃん!」 優希「いつも通りそこの二人がワンツーだったじぇ…」 和「何度かひやりとしましたけれどね」 まこ「こっちはひやりしっぱなしじゃよ…」 京太郎「ははは…」 にこやかな二人と肩を落とす二人。 まったく対照的なそれに俺は結果を悟った。 勿論、染谷先輩もタコスも決して弱い訳じゃない。 寧ろ、全国に出た選手たちと互角に渡り合っていたのだから、同年代ではかなり強い方だ。 正直、俺が二人と戦えば、きっと箱割れ近くに追い込まれる事だろう。 そんな二人が肩を落とすくらいに咲と和のレベルが飛び抜けているというだけなのだ。 優希「悔しいから、次は犬が卓に入るじぇ!」 京太郎「八つ当たりする気満々じゃねぇか!!」 優希「当然だじぇ!須賀銀行はいつもニコニコ点棒払いだじょ!」 京太郎「このタコス娘め…好き勝手言いやがって」 優希「ふふーん!悔しければ、牌で語るが良いじょ!まぁ、京太郎に負けるはずなんかないけれど!」 京太郎「くっ…!落ち着け!あんな安っぽい挑発に乗るな!うおおおおおっ!」 まこ「相変わらず、仲が良いのぅ」 和「もうゆーきったら…」 京太郎「まぁ、冗談は置いといてだな。やめとくよ」 優希「え…?」 京太郎「まだ作業が終わった訳じゃないし、皆だって疲れてるだろ?」 まこ「まぁ…一服したい気持ちなのは確かじゃけれど…」 咲「わ、私はまだまだいけるよ!」 京太郎「良いから座ってろって。丁度、飲み物もなくなったみたいだから買ってくるよ。何が良い?」 優希「タコス!!」 咲「え、えっと…オレンジジュースが良いかなって」 京太郎「お前はそればっかだな…まぁ、了解。染谷せんぱ…部長は?」 まこ「わしは普通のお茶で構わんよ。何時もすまんなぁ爺さんや」 京太郎「それは言わないお約束じゃろ。んで、和は?」 和「……」 京太郎「和?」 和「あ…いえ、私もお茶で結構ですよ」 京太郎「…あぁ、分かった」 京太郎「んじゃ、ちょっと待っててくれ」バタン 京太郎「(何か最近、和がよそよそしいんだよなぁ…)」スタスタ 京太郎「(まぁ、おもちに目線を向けてるのは何度か注意されてるし…嫌われる要素はあるんだけど)」 京太郎「(それでも全国大会終わるまでは親しくもなく疎遠でもない普通な感じだったんだが…)」 京太郎「(何かあったか…いや…何もないよなぁ…?)」 京太郎「(そもそも最近、事務仕事ばっかでマトモに会話すらしてねぇぞ)」 京太郎「(俺がきっと何かやっちまったんだろうが…まったく思いつかない…)」 京太郎「(まぁ、よそよそしいと言っても部活仲間としては最低限接してくれてるんだが…凹むぜ…)」 京太郎「っと…やばい。自販機通り過ぎるところだった」 京太郎「(個人的には仲直りしたいんだが、どうやって切り出したもんかなぁ…)」チャリン 京太郎「(それに今は新人戦や秋季大会前の重要な時期だからこそ、皆ああやって必死に麻雀やってる訳だし)」ピッピッピ 京太郎「(和の牌譜を見る限り、メンタル面に何か問題が出てる訳じゃなさそうだ)」ガコガコンッ 京太郎「(それだったら下手に藪を突くよりは先送りにした方が良いのかもなぁ)」ヨイショット 京太郎「(俺が凹む程度で他にはあんまり害はないわけだし…公式戦に影響が出たら偉い事だ)」スタスタ 京太郎「(にしても…何か忘れてるような……)」 京太郎「あ…タコス忘れてた」 京太郎「すまん。遅くなった」 優希「遅いじぇ犬!私のタコスは!?」 京太郎「遅くなったのは九割近くお前のタコスの所為だっての、このタコス狂い」 優希「ふふーん♪このタコスの魅力が分からない犬の味覚が遅れてるんだじぇ」 京太郎「タコスが美味い事には同意するけど、お前のそれは行き過ぎなんだよ」ホラ 優希「わはーい!タコスータコスー!」 京太郎「ったく…で、三人とも、はい」 咲「ありがとう」 まこ「ありがとな」 和「…ありがとうございます」 京太郎「いえいえ。んじゃ、俺は整理に戻りますよ」 まこ「ちょっと待つんじゃ」 京太郎「?」 まこ「折角、こうして買い出しまでしてもらってるんじゃし、たまには打たんか?」 京太郎「いや…でも…」 まこ「遠慮せんでええ。データの整理はわしがやっておくから」 咲「私も…たまには京ちゃんと一緒に打ちたいな」 優希「犬がいると最下位じゃなくなるから私も賛成だじょ!」 和「…」 咲「…和ちゃん?」 和「あ、はい。私もたまには須賀君と打ちたいです」 まこ「それに…皆真剣に打ってて疲れておるんじゃしなぁ。そんなに酷い事にはなりはせんよ」 優希「箱割れ一歩手前で勘弁してやるじぇ!」 咲「大丈夫。今の京ちゃんなら飛ばなくて済むよ。…多分」 京太郎「ナチュラルにひでぇな!」 和「…」 京太郎「まぁ…そこまで言われて逃げるのも癪だな」 咲「と言う事は…?」 京太郎「この一カ月の間、お前らの牌譜と睨めっこし続けた俺の実力を見せてやんよ!」 優希「ふふん!タコスパワーがある以上、犬に負ける道理はないじぇ!」 咲「それに牌譜と睨めっこしたところで実力が上がる訳じゃないしね!!」 まこ「寧ろ、実力が下がってないか不安ですらあるんじゃよ」 京太郎「ポンコツ咲とタコスはともかく染谷先輩まで…」 まこ「ふふ…優希の台詞じゃないが、悔しかったら良い所を見せるんじゃな」 咲「っていうか私、ポンコツじゃないよ!」 京太郎「5分で団体からはぐれて、迷子になる奴は世間様一般じゃポンコツって言うんだよ」ホッペタウリウリ 咲「むぅぅ…」 和「…」 京太郎「ま、やらせてもらえるなら胸を貸してもらうつもりで行くぜ」 咲「やだ…もう京ちゃんったら」 優希「やっぱり犬は発情期だじぇ」 京太郎「そういう意味じゃねぇよ!つーか、お前らに貸すような胸はないだろ」 咲「むー京ちゃんの馬鹿!」ポカポカ 優希「おしおきだじょ!」ガジガジ 京太郎「い、痛い痛い!悪かったって!!」 まこ「こらこら、そうやって暴れると自動卓が痛むじゃろうが」 京太郎「俺が痛むのは気にしてくれないんっすね、染谷先輩…」 まこ「はは、別に胸の事をネタにされて、怒っとる訳じゃないんよ」 京太郎「誤解なのに…」 咲「普段からの行いが悪いからだよ、京ちゃん」 京太郎「風評被害もいいところだ畜生…」 和「…」 京太郎「くそ…!気を取り直して、麻雀やるぜ!絶対、目にもの見せてやるからな!」 咲「ロン」マンガン 和「ロンです」ハネマン 優希「ロンだじぇ!」サンバイマン 京太郎「」マッシロ 京太郎「酷い事にはならないとは一体…うごごご」 まこ「面前で役を作れるようになったとは言え、京太郎はまだ初心者じゃからなぁ…」 咲「京ちゃんはもうちょっと他家の流しを見たほうが良いと思う」 まこ「後は筋とかじゃな」 京太郎「その筋とかセオリーを遥か越えていくのがお前らじゃないですかーやだー!」シクシク まこ「ま、まぁ…その辺りは…その追々?」 咲「セオリーを知らないで無茶苦茶に打っても振り込むだけだしね」 まこ「セオリーを知っているからこそ振り込む事もあるんじゃが…まぁ、それはそいつらに当たった運の無さを嘆くしかないの」 京太郎「その無茶苦茶な奴がかつてこの部に二人居て、現在進行形でまだ一人いるんですが…」 まこ「」メソラシ 京太郎「染谷せんぱああああい!?」 優希「ふふん!速攻が決まって久しぶりに一位になれたから気分が良いじぇ!」 優希「銀行になってくれた犬にはご褒美をやるじょ」 京太郎「嫌な予感しかしないんだけど…なんだよ?」 優希「明日の昼、私にタコスを差し入れする名誉をやる!」 京太郎「いらねぇよ!つーか、お前が食べたいだけだろ!?」 優希「まぁまぁ。そう言わずに!犬もそろそろタコスを作りたいはずだじぇ!」 京太郎「んな訳ないだろ!アレ朝作ろうとすると結構、早起きしないといけないんだからな!」 優希「犬は早起きなはずだじょ!新聞配達のお兄さんに吠えるくらい!」 京太郎「今の時期だと、まだ真っ暗な時間から起きろってかこら」ムニー 優希「い、いひゃい!いにゅのくしぇににゃまいきだじょ!」 和「…」 まこ「はいはい。じゃれるのはそこまでにしておくんじゃな。それよりもう一回、やらんか?」 京太郎「いや、交代しますよ。時間的にも次の一局がラストになりそうですし」 咲「えー…もう一回やろうよ、京ちゃん!麻雀って楽しいよ!」ニッコリ 京太郎「お前、それやって魔王呼ばわりされたの忘れたのかよ…」 京太郎「後、俺にも大事な仕事があるの。大人しく皆に遊んで貰っとけ」ナデナデ 咲「むー…また子ども扱いして…」ニヘラ 優希「そう言いながら、咲ちゃんの顔が緩んでるじょ…」ムー まこ「何だかんだ言ってあれが二人なりの距離感なんじゃろうなぁ」 優希「むー…!こら、犬!咲ちゃん撫でてないでまた銀行やるじょ!」 優希「やられっぱなしで逃げるとか男のする事じゃないじぇ!」 京太郎「また飛ばす気満々の奴に挑発されてもなぁ」ハハッ 和「…」 まこ「まぁ、久しぶりに卓につけるんじゃし、もう一回やればどうじゃ?」 まこ「と言うか、わしがまだちょっと休憩したい」フゥ 京太郎「あー…染谷先輩のは目と頭を酷使しますもんね…」 まこ「ん。これまでは実力アップの為に頑張ってきたが、流石にちょっと…の」 まこ「これが手加減してどうにかなるような相手なら良いんじゃが…」チラッ 優希「?」 咲「?」 まこ「本気で挑んでも飛ばされかねん有望株ばっかりじゃからなぁ」 まこ「いや、部長としては嬉しい事なんじゃが…一局ごとに気が抜けんでの」ハハッ 京太郎「確かに…」 和「…」 まこ「まぁ、そんな訳でわしの代打ちを頼む。二人はまだやる気満々みたいじゃしな」 咲「麻雀って楽しいよ!」ニコニコ 優希「銀行早く来るんだじぇ!」シュッシュ 和「…」 京太郎「…」 まこ「…」 京太郎「初心者の俺にあの中にまた入れって言うんですか?」 まこ「ま、まぁ、今度は多分、大丈夫じゃよ。振り込まないようにすればワンチャンくらい…」 京太郎「ワンチャン来る前に飛ばされそうなんですけれど!?」 まこ「ま、麻雀は運に大きく左右される遊戯じゃから」メソラシ 京太郎「それは龍門渕の天江選手や咲みたいな魔物勢には通用しない言葉ですよね!」 優希「いぬぅ!早くー!」 咲「京ちゃんの言う魔物の実力見せてあげるね」ニコニコ 京太郎「あ、これ俺死んだわ」 和「…」 京太郎「く、くそ…!やってやる…!シ○ア少佐だって戦場で出世したんだ!俺だって…!」 まこ「すっごい死亡フラグな気がするのう…」 京太郎「立てても立てなくても結果は見えてますしね」ハァ 和「…っ」 京太郎「まぁ、とりあえずやりますか!今度こそ飛ばないようにするぜ!」 ~京太郎~ とは言うものの、結果は散々だった。 勿論、相手が全国大会でも互角にやれる雀士たち…と言う事は無関係ではないのだろう。 だが、俺を相手にするのに皆は決して本気を出しちゃいない。 染谷先輩が入っていた時のようなピリついた空気もなく、和やかに牌を打つ。 時折、雑談を交わしながらのそれは、しかし、確実に俺を追い詰めていった。 それもこれも全て… ―― 京太郎「(俺が弱いから…だな)」 牌譜整理をやるようになってから、うちの部員たちがどれだけ化け物じみた能力をしているかが良く分かるようになった。 それと同時に…自分が悲しくなるくらいに弱い事も。 恐らく、今の俺じゃ南場の優希にも勝つ事は出来ないだろう。 京太郎「(悔しいなぁ…)」 さっき早々に飛ばした事を悪く思っているのか、今度は俺を飛ばさないように、長く楽しめるようにしてくれている。 勿論、少し前であれば、俺はそれすら気付かなかっただろう。 だが、この一ヶ月、牌譜を睨めっこを続けた俺は三人の打ち筋と言うものが何となく見えてきているのだ。 それはまだ直撃を回避出来るようなレベルではないが、違和感くらいは感じ取る事が出来る。 そして一局、二局と積み重なったそれが俺に、手加減を越えた舐めプを理解させたのである。 京太郎「(勿論…そうやって長く楽しめるようにしてくれているのは有難い)」 さっきは牌の感触すら思い出せないくらい、あっという間に飛ばされたのだ。 それから比べれば、なぁなぁで楽しませてくれる皆の好意に感謝するべきなのだろう。 だけど…俺だって男なのだ。 そうやって目に見えて和了を見逃されて良い気がするはずがない。 正直なところ…さっさと飛ばして終わらせてくれた方が気が楽だと思うくらいだった。 京太郎「(ん…?)」 そんな事を思いながら、迎えたオーラス。 点数は元から1万マイナスで最下位、トップである和との差は約三万ほど。 これで逆転するには三倍満の直撃しかない。 そんなところで迎えた俺の牌は決して悪いものじゃなかった。 いや、寧ろ、満貫の聴牌近いその配牌は最高と言っても良いくらいだろう。 京太郎「(お、おぉ…これはもしかするともしかするんじゃないか…?)」 勿論、これを和了ったところでトップとの差は捲れない。 だが、俺は今までこのメンツで一度も和了を経験した事がないのだ。 聴牌までは言っても当たり牌を軒並み回避され、ツモも鳴きにてズラされてきたのである。 そんな和了が目前に近づく好配牌に俺は卓の下でぎゅっと握り拳を作った。 京太郎「(最後の最後でこんな良い牌が来てくれたんだ…絶対に和了ってやる…!)」 それで舐めプをしたことを後悔させてやる…!とまで大口を叩くつもりはない。 だが、俺だってこれくらいは出来るのだと皆に見せてやりたいのだ。 和了をわざわざ見逃さなければいけないような初心者はもう卒業したのだと胸を張ってやりたいのである。 その為にも…この満貫だけは絶対に完成させなければならない。 そう胸中で握り拳を作りながら、俺はすっと牌を切り続けた。 京太郎「(…来ない…また来ない…)」 だが、そうやって一巡、二巡と進んでも、俺の欲しい牌は来ない。 誰かの手で握られているのか、或いは俺の満貫を見通されているのか。 どちらにせよ…山がなくなっていく度に俺の心は萎え、諦観が顔を出す。 やっぱり俺なんかじゃ無理だったのか。 そう思ってため息を吐きたくなった瞬間、俺の視界にふるんと揺れる何かが見える。 京太郎「(相変わらず良いおもちしてるなぁ…)」 それは対面にいる和のおもちだ。 凛とした仕草で牌を切る度に柔らかで大きなそれがプルンと揺れる。 まるで男の視線を誘うようなそれから俺はそっと視線を逸らした。 これまでも何度かそうやっておもちを見つめて、女性陣にドン引きされているのである。 幾らすばらなおもちと言っても、周囲の好感度と引き換えには出来ない。 女ばかりの部室の中、たった一人だけの男子部員と言うのは中々に肩身が狭いものなのだ。 京太郎「(そういや…最初は和目当てに入ったんだったっけか)」 ここ最近、牌譜整理や麻雀を見たりするのが楽しくて忘れていたが、元々はそういう不純な動機だったのだ。 自分でも忘れかけていた感情に意識が向くのを感じながら、俺はそっとため息を吐く。 俺がどれだけ馬鹿でも、半年も経てばまったく脈が無い事くらい気づくのだ。 流石に嫌われている訳ではないにせよ、他の部員たちと比べて和の態度に構えるものがある。 勿論、その他の男に比べれば、多少、柔らかい態度を取って貰っているとは言え、それは好意の類ではない。 そう気づいた頃には麻雀が楽しくなっており、あんまり意識する事はなかった。 京太郎「(そのはず…なんだけれどなぁ…)」 しかし、こうやって対面でおもちをゆらゆらと揺らされると、ムクムクと俺の中で欲望が沸き上がってくる。 ここ最近、忙しくて日課の自家発電も出来なかった所為か、いけないと分かっていながらも、チラリとそっちに視線を向けてしまうのだ。 ある種、馬鹿正直な自分に胸中でため息を吐きながら、俺はツモ切りを繰り返す。 ~和~ 私は須賀君が苦手です。 いや…苦手…と言うより見ていられない…と言った方が正しいのでしょう。 勿論、こうして雑用を引き受けてくれる事に感謝はしていますし、申し訳ない気持ちもあります。 だけど、それ以上に…彼の態度が…強くなる事を諦めたような態度が気に障って仕方がないのでした。 和「(まだ始まってもいないのに…)」 インターミドルチャンプに輝いた私だって最初から今のような実力があった訳じゃありません。 何度も挫折しそうになりましたし、負けた事は数え切れないほどあります。 それでも、私は……ずっとずっと頑張って来ました。 一時期は麻雀そのものを賭けて父と対立した事だってあるのです。 そんな私にとって、ここ最近、雑用ばかりでネト麻すらしようとしない須賀君の態度が逃げているようにしか思えないのでした。 和「(須賀君なら…きっと強くなれるのに…)」 ほぼ初心者のままで挑んだ地区大会予選。 その牌譜を見せてもらいましたが、最初の頃に比べて上達の兆しが見えるものでした。 私達が片手間に教えたことを拙いながらも護ろうとしているその打ち筋に微笑ましいものを感じたくらいです。 しかし、今の彼はそこからまったく上達していません。 地区予選から既に数ヶ月が経過し、一年の終わりが見えてきた頃になっても…ずっとずっとあの頃のままなのです。 和「(それが…私たちの所為なのは分かっているんです)」 部長…いえ、竹井先輩は彼に私たちのサポートばかりをさせていました。 それはインターハイを見据えたが故の仕方がない事だったのでしょう。 全国を前にして初心者である須賀君に構っている暇も人員も、清澄にはなかったのですから。 それが彼の為にはならないと分かっていても、私たちはずっと彼に雑用をさせ続けていたのでした。 雑用がない時も殆ど構われる事はなく、一人部屋の隅でネト麻を繰り返す彼が何を思ったのかまでは分かりません。 ですが…そうやって蔑ろにされた経験が、彼に努力を諦めさせ、こうして雑用ばかりをさせているのでしょう。 和「(それがまるで私達を糾弾しているように思える…と言うのは些か自分勝手な思考なのでしょうね)」 そうは思いながらも、ネト麻すらしなくなった彼の態度に思う所があるのは事実です。 勿論、須賀君なりに私たちの役に立とうと思ってくれているのは感じるのですが…後ろ暗いものがある私にとってそれは胸を痛める事なのでした。 それは私だけではなく皆さんも同じのようで…こうして須賀君の事を雀卓へと誘っているのです。 しかし、彼はよっぽどの事がなければ、卓に入る事はなく…そしてそれが余計に私達を責めているように思えるのでした。 和「(本当…どうしたら良いんでしょう…)」 珍しく麻雀に参加してくれた彼の打ち筋は見え見え過ぎて悲しくなるくらいでした。 相変わらず上達の兆しはなく、停滞を続ける須賀君に何と言えば良いのか分かりません。 雑用を皆で分担しようとしても、須賀君の手際が見事過ぎてドンドンと仕事を取られていってしまうのです。 その雑用が終わっても麻雀に誘っても参加せず、一人隅の方で牌譜作成と整理を続ける彼。 私達が今まで何を言っても変わる事はなく、自分から輪を離れようとする須賀君をどうすれば良いのか分からないままでした。 和「(それとも…二年になればまた変わるんでしょうか…)」 インターハイで優勝した清澄麻雀部には来年、少なくない数の一年生が入ってくれる事でしょう。 男子部員だけで三人増えれば、もう一つの卓を作る事だって不可能ではありません。 一年生が増えれば、そちらに雑用を任せる事も増えるでしょう。 しかし、頑なに自分の仕事を譲ろうとしない須賀君が、変わるビジョンと言うのはどうしても思い浮かばず、私は人知れずそっと肩を落としました。 和「(…とりあえず…このオーラスを終わらせましょう)」 そう思いながら、思考を目の前の卓に戻せば、うなだれる須賀君の顔がありました。 配牌時にはあんなに威勢良く卓を見つめていたその顔には諦観の色が強く見えます。 他家の河から和了が不可能だと感じたのか、或いはツモすら諦めてしまったのか。 どちらかは分かりませんが…あんなにも分かりやすぎる聴牌 ―― しかも、表情から察するにかなり高め ―― には誰も振り込まないと思います。 和「(それとも振り込んであげた方が少しはやる気を取り戻してくれるでしょうか…)」 恐らく彼が待っている牌の内、1つは私が抱えているのです。 それを放銃すれば、彼は和了る事が出来るでしょう。 しかし、ついさっきまで須賀君は自棄にも近い状態でした。 それは…恐らく彼が咲やゆーきの微妙な手加減に感づいているからなのでしょう。 もし、私がここでわざと放銃すると、須賀君を余計に追い込んでしまうかもしれない。 そう思うと別の意味で危険牌を切れず、私は適当な役を作りつづけました。 和「(ん…)」 そんな私の胸に一瞬感じた刺すような視線。 それに再び須賀君の方へと視線を向ければ、そこには分かりやすいほどに目を逸らす彼の姿がありました。 ここ最近ではあまりありませんでしたが、また私の胸を見つめていたのでしょう。 和「(まったく…男の人って…)」 そうやって私の胸を見つめるのは別に須賀君だけの話ではありません。 道を歩いている時に男の人の視線を感じ、気持ち悪くなった事は一度や二度ではないのですから。 そんな醜い欲望を隠すつもりのない人に比べれば好感は持てますが、やっぱり胸を見られて良い気はしません。 幾ら部活の仲間と言っても、どうしても醜いという感情が出てくるのでした。 和「(でも…どうして今頃?)」 初期こそじぃっと見つめられた事が多々あれど、最近はそんな事は殆どないも同然だったのです。 少なくともここまではっきりと視線を感じた事は久しい事でした。 てっきり胸に対する興味を失ったのかと思っていたくらいです。 ですが、それが此処に来て唐突に復活するのは一体、どうしてなのでしょう。 まさか麻雀をしているから私のことが気になった…なんて事はないでしょうし…。 咲「和ちゃん?」 和「あ…すみません」 そんなことを考えている内に私の巡まで回ってきていたようです。 訝しげに尋ねる咲さんに一つ謝罪をしてから、私はそっと山から牌を取りました。 それを見つめながら考えこむのは、私にとって珍しい事でした。 秒数制限に追われるネト麻を続けていた私にとって長考をあまりしません。 けれど、私は引いたその牌をどうするか、決めあぐねていました。 和「(まず間違いなく…これは危険牌…)」 2枚目の危険牌。 それを私の手元に来たという事は須賀君のツモ和了りも塞いだという事でしょう。 けれど、私はそうやって彼の和了を防ぐ事が良い事なのか、悪い事なのか、まだ判断出来ていませんでした。 まるで彼の未来をその手に握っているようなプレッシャーにチラリと彼へと視線を向ければ、そこにはチラチラと私の胸を見る須賀君の姿がありました。 こっちが手加減している以上、真剣にやれだなんて口が裂けても言えませんが、その不真面目な態度はやっぱり気に入りません。 もうちょっと真面目にやって下さい!と怒鳴りつけてやりたいのが本音でした。 和「(とりあえず放銃はなしで…!?)」 ムカムカとする心が命ずるままに、適当な牌を切ろうとした瞬間、私は指に硬い感触が引っかかったのを感じました。 それと共に牌がゆっくりと倒れて、三人の視線がこちらへと向けられます。 まるで世界が泥のようになったようなスローモーションの中、私がそれが二枚抱えていた内の危険牌の一つであると悟りました。 瞬間、私の頭の中が困惑と疑問に染まり、思考が真っ白へと近づいていきます。 けれど、幾ら私の思考が固まったと言っても、時は止まらず…トンと言う柔らかい音と共にその牌は倒されきってしまったのでした。 京太郎「…」 咲「…」 優希「…」 和「…」 その後、私達の間に流れたのは気まずい空気であり、誰もが言葉を忘れたように黙っていました。 私の仕草から、それが初心者でも滅多にやらないようなチョンボだと気づいたのでしょう。 須賀君などは目に見えて狼狽し、どうすれば良いのか分からない顔をしていました。 まさか私が放銃するなんて思ってもみなかったその顔に私はそっと肩を落とします。 幾らあり得ないようなミスとは言え、これを帳消しにされる訳にはいきません。 大人しく彼のロンを受け入れようと箱へと手を伸ばした瞬間、私の目に彼が牌を倒す姿が映りました。 京太郎「ろ、ロン。えっと…満貫で8000だっけ?」 和「そうで…っっ!?」 まだ自信なさそうに点数を口にする彼を見た瞬間、私の胸が熱くなります。 まるでそこだけ風邪を引いたようなじっとりとした熱に私の言葉は途切れました。 代わりに私の喉へと沸き上がって来るのは火照りにも似た熱です。 思わずそこを抑えたくなるような熱はその裏側の背筋に到達し、ゾクゾクとした感覚を走らせました。 和「(な、何…これぇ…!?)」 まるで背筋に電流を流され、身体が冷えていくような感覚。 熱いのに冷たいと言うその何とも言えない矛盾した感覚は…肩が震えるくらいに激しいのに…とても気持ち良いものでした。 思わず身体を丸めてしまうほどのそれは肌で跳ね返るように、私の中を幾度も反響します。 そしてその度に私の肌をジンと熱くさせ、軽く汗を浮かばせるのでした。 和「はぁ…ぁっく…ぅぅ…」 咲「の、和ちゃん!?」 優希「だ、大丈夫!?」 そんな私に大事な友人である二人が話しかけてくれますが、それに答える余裕は私にはありませんでした。 喉までブルリと震わせる気持ち良さは、私から言葉を奪い取っていたのです。 私の口から出るのは吐息と何かを噛み殺したような声だけ。 それに心配したのか二人が身体に触れて…―― 和「く…ぅぅんっ」 そうやって確かめるような二人の手つきさえ、今の私には強い刺激となって感じられました。 まるでそれが電極か何かのようにビリリとした感覚が走り、私の口から声が漏れるのです。 その声に二人が驚いたように手を離したくれた事が私にとって幸いだったのでしょう。 それ以上、触られていたら、私は声を押し殺すのも忘れて、はしたない声をあげてしまいそうだったのですから。 まこ「京太郎!」 京太郎「わ、分かってます!保健室ですよね!?」 和「(ちょ、ちょっと待っ…!)」 そこで冷静になった染谷先輩が須賀君に声を掛け、立ち上がった彼の手が私へと伸びました。 けれど、今の私の肌は信じられないほど敏感なのです。 微かに揺すられるような刺激にさえ、声をあげてしまうような異常な状態で、須賀君に抱き上げられたら一体、どうなってしまうのか。 自分自身でさえ分からず、恐怖で身体が冷えて、ブルリと震えてしまいます。 けれど、私に逃げ場などなく…私はその腕に抱きかかえられ、そっと持ち上げられるのでした。 和「ん…ふぁぁ…っ」 優希「い、犬!もうちょっと丁寧に運ぶんだじぇ!」 京太郎「わ、分かってる…!」 所謂、お姫様抱っこの形で抱き上げられた私の口から漏れる声にゆーきが心配した声を須賀君に向けました。 でも…ゆーき、そうじゃないんです。 私が声をあげたのは丁寧に抱き上げられていなかったからじゃなくって、触れられているからなんですよ。 ジンジンと火照るような身体を押され、刺激されているから…こんなはしたない声が出ちゃうんです。 でも、幾らゆーきが私の友人でも、無言でそれを察してくれるはずがありません。 京太郎「と、とりあえず行ってくるから!」 咲「私達もすぐ行くから…!和ちゃんの事、お願い…!」 それにもどかしさを感じる私を抱き上げながら、須賀君が廊下へと飛び出します。 既に日が落ちて誰もいない廊下を駆けるその顔はとても必死で、彼が私を心配してくれている事が良く分かりました。 でも、その心配の所為か、私の身体は、ガクガクと上下に揺れて、その度にビリリとした感覚が湧き上がるのです。 その度に押し殺した声をあげる私を連れて、須賀君は保健室にたどり着いたのでした。 京太郎「せ、先生!急患です!」 そう言って脚で乱暴に扉を開き、雪崩れ込んだ保健室には誰もいません。 それに須賀君に悪態を吐く姿が私にはとても新鮮に見えました。 ゆーきにどれだけムチャぶりをされても流していた彼とは思えないその狼狽した姿。 それを間近で見る私の上で須賀君がキョロキョロと辺りを見渡しました。 京太郎「と、とりあえず…ベッドに運ぶぞ…?」 和「ふぁい…」 確かめるような須賀君の言葉に何とか答えられたのは私の中で暴れていたあの感覚が治まってきたからなのでしょう。 あの振り込みから数分も経過した今、肌の敏感さも落ち着いていました。 少なくとも走りだした当初のように揺すられる度に、電流が走るような事はありません。 とは言え、まだまだその影響は残っているらしく、私の身体は気だるく、そして熱いままでした。 制服の中ではじっとりと脂汗をかき、荒い呼吸も止まりません。 和「あ…ぁ…」 そんな私の身体をゆっくりと保健室のベッドに横たえた須賀君の身体が、すっくと立ち上がりました。 私を抱えて走ってきたのにも関わらず、その顔には疲労はまったく見当たりません。 その代わり、今にも溢れそうな心配と焦りを見せる彼はポケットから携帯を取り出しながら、私の視線を向けました。 京太郎「俺は先生を探してくる。他の皆も部室の施錠が終わったらすぐ来るだろうから、少しの間だけ待っててくれ」 そう言って再び駆け出す須賀君はきっと他の皆に連絡してから校内を駆けまわる事になるのでしょう。 そんな彼に謝罪の言葉を紡ごうにも、その背中はあっという間に遠ざかり、保健室から飛び出して行きます。 人一人抱えて走ったばかりとは思えないその持久力と早さに関心と申し訳なさを感じながら、私はゆっくりと天井を見上げました。 和「はぁ…ふ…ぅ…」 そのまま一分もした頃には呼吸も大分、落ち着き、身体の熱も取れつつありました。 流石にまだジンジンとした感覚こそ残っているものの、触れられただけで声をあげるような感覚は影も形もありません。 それに安堵する一方で…冷静になった思考が疑問を沸き上がらせるのです。 和「(さっきのは…何だったんでしょう…?)」 須賀君に放銃してしまった瞬間に沸き上がってきた感覚。 それは痛みとも苦しみとも違う激しさと、身体から力が抜けていくような心地良さと合わせたような甘い響きであり、今まで感じた事のない、未知のものでした。 これまでの人生経験で感じてきたどんなものからも遠いそれはどれだけ頭を捻っても正体を捉える事が出来ません。 咲「和ちゃん、大丈夫!?」 優希「のどちゃあああああんっ!」 まこ「和の様態はどうですか!?」 瞬間、駆け込んできた三人に答えようと私はゆっくりと上体を起こしました。 まだ痺れるような感覚こそ残っていますが、ベッドから起き上がれないほどじゃありません。 それをこうして示そうと思ったのですが、それは三人にとって心配を掻き立てられるもののようでした。 泣きそうな顔で私の周りを囲むゆーきや咲、そして心配をめいいっぱい顔に浮かべる染谷先輩にそれを抑えられてしまいます。 まこ「保険の先生はどこじゃ?」 和「えっと…今はいないみたいで…須賀君が探しに行ってくれています」 優希「あの犬…さっさと見つけないとただじゃおかないじぇ…!」 咲「それより和ちゃんはもう大丈夫なの?」 和「えぇ。大丈夫ですよ。心配掛けて申し訳ありません」ペコリ まこ「謝らんでええ。無事だっただけ有難いからの」 まこ「とは言え、さっきの原因は調べておくべきじゃろうし…一度、病院に行った方が良いかもしれん」 優希「面倒くさいとか言ったら首に縄を引っ掛けてでも連れて行くじぇ!」グスッ 和「ふふ…そんな事言いませんよ、ゆーきじゃないんですから」ナデナデ 優希「ふ…ふぇぇ…のどちゃんが無事で良かったじょぉ…」 咲「ホント…安心したよ…」グスッ 和「」クスッ 咲「な、なんで笑ってるのぉ…」 和「あ…ごめんなさい。泣くくらいに心配された事が…とても嬉しくて…」 まこ「二人共気が抜けたんじゃな。さっきまで慌てっぷりが凄かったしの」 咲「グスッ…染谷先輩だって部室の鍵の場所忘れるくらいテンパってた癖に…」 優希「結局、ポケットの中にあったじょ…」 まこ「わ、悪かった。悪かったからそれを持ち出すのはもう止めてくれ」 和「ふふ…っ」 まこ「ま、まぁ、何はともあれ、落ち着いたようで何よりじゃ」 咲「ただ、もうそろそろ日も落ちちゃうね…」 まこ「そうじゃな。和の安否も分かった事だし、今日はこの辺りで解散するとするかの」 咲「ですね。じゃあ、荷物纏めて来ます」 和「じゃあ、私も…」 優希「のどちゃんはまだ寝てないとダメだじぇ!」 咲「そうだよ。またあんな風になっちゃうかもしれないし」 優希「のどちゃんの荷物はこっちで纏めるから安心して待ってて欲しいじょ!」 まこ「それに京太郎がまだ先生を探しておるんじゃろ?ここで和がいなくなったらアイツも心配するしの」 まこ「後、和には親に連絡しておいて欲しいの。帰り道でまたさっきみたいになると命に関わるかもしれんし」 和「そうですね…」シュン まこ「それじゃあ、もうちょっとの間、一人で待つんじゃよ」ガラガラ 咲「すぐ帰ってくるからね!」 優希「寂しくっても泣くんじゃないじょ」ガラガラ…ガシャン 和「泣きませんよ、まったく…」 和「…」 和「…さ、寂しくなんてありませんよ」 和「…一人で何を言っているんでしょう、私…」 とは言え、一人になったところで何かやる事はないというのが本音でした。 染谷先輩に言われた通り、両親にメールは送りましたが、それが返ってくるとはあまり思えません。 人並み程度には娘として愛されているつもりですが、両親の仕事はとても忙しいものなのです。 私が送ったそれもきっと仕事用のメールに埋もれて、見られる事はないのでしょう。 そう思いながらベッドに横たわった瞬間、浮かび上がるのはさっきの感覚でした。 和「あれは…一体…」 普段は決してしないようなミスで須賀君に振り込んだから身体がびっくりした。 そう思うのにはあの感覚は衝撃的過ぎ、そして心地良かったのです。 確かに動悸こそ激しくなっていましたが苦しさはまったくなく、寧ろ… ―― 和「気持ち…良い…?」 ふと浮かんだその言葉に私は嫌な予感を感じました。 まるで底の見えない穴の縁に立っているような冷たい感覚。 全身が危機感を訴え、覗き込むのを止めろと叫ぶそれに…私は従いませんでした。 渋谷先輩が使うような経験に裏打ちされた予測はともかく、第六感なんていうオカルトを信じる訳にはいかないのです。 故に…私の指はゆっくりと『そこ』へと伸び続け、クチュリと言う粘着質な感触を脳へと伝えるのでした。 和「…嘘…でしょう…?」 それは私のスカートの中、それもショーツから聞こえてきたものでした。 べったりと何かで濡れたそれは、勿論、ついさっきまでなかったものです。 本当は今だってそんなものがあるだなんて信じたくはありません。 ですが、目の前でゆっくりと広げた指先に絡んでいる透明なそれは間違いなく…―― 京太郎「和!!大丈夫か!?」ガラガラッ 和「きゃあ!?」 京太郎「せ、先生!早く和を!」 保険医「はいはい。落ち着いて。大丈夫だから」 京太郎「まだ見てないのにどうしてそういう事が言えるんですか!!」 保険医「だからって焦ったってどうしようもないでしょうに。それに人間ってのは意外と頑丈なものよ」 保険医「とりあえず私が出来る事はやるから、とっとと君は出て行きなさい」 保険医「それともお友達が脱いでる姿が見たい?」 京太郎「……」 保険医「……」 京太郎「で、出て行きます」 保険医「うん。気持ちは分かるけど、一瞬、迷ったのは見逃さないからね?」 京太郎「し、しかたないんや…!あんな素晴らしいおもちを見られるかもしれないと思ったら誰だって迷ってしまうんや…!」 保険医「分かってる。分かっているから、あんまりそれを口に出さない方が良いよ。普通に引いちゃうから」 京太郎「と、とりあえず先生!和のことをお願いします!」ガラガラ 保険医「はいはい。わかったから君はもうコレ以上ボロを出さない内に出て行きなさい」 保険医「さて…と」 保険医「原村さんの調子はどう?」 和「(はっ…アレを見られたかと思って頭の中が真っ白になってました…)」 和「あ…はい。特に今は問題ないです」 保険医「頭とかも痛くない?」 和「はい。大丈夫です」 保険医「りょーかい。んじゃ、熱を測っておこっか」 保険医「んで…ちょっと恥ずかしいかもだけど、聴診器も当てさせてね」 和「分かりました」 保険医「熱もなし…っと。倒れた時にも意識があったみたいだし…ちょっと私じゃ分かんないかなぁ」 和「そう…ですか」 保険医「ただ、聞いている限りだと尋常じゃない様子みたいだからちゃんとした機器がある場所で検査して貰った方が良いね」 保険医「特にCTスキャンは絶対にしてもらって。もしかしたら何か脳に問題があるのかもしれないし」 和「…分かりました」 保険医「後は…そうだなぁ…」 和「(女の先生…保険医って事はそういう事にも詳しいですよね…?)」 和「(で、でも…一体、アレの事をどうやって聞けば良いんでしょう…)」 和「(このタイミングで聞いたら…絶対にバレちゃいますよね…)」 和「(もし、そうなったら変態だって思われちゃうかも…)」 和「(う、うぅぅ…私はどうしたら……)」 保険医「どうかした?」 和「ひゃ!?い、いえ…何でもありません…」 京太郎「はぁ…やっちまった…」 京太郎「(テンパってたとは言え、あれはがっつきすぎだよなぁ…)」 京太郎「(ただでさえ、関係が微妙になってきてるのに、あれはねぇよ…)」 京太郎「はぁ…」 まこ「おや、京太郎」 京太郎「あぁ…染谷先輩。こっちは保険医の先生は見つけましたよ」 まこ「そうか。感謝するぞ、京太郎」 京太郎「いえ…」 優希「それで…何か原因は?」 京太郎「いや…まだ分かんねぇ。今、診察始まったところだし…」 咲「そもそも保健室の機材で分かるかどうかさえ不明だもんね…」 優希「いきなり苦しみ出したからの…」 まこ「としみじみしている時間はないんじゃ。京太郎、これを」 京太郎「…ってそりゃ和の鞄ですか?」 優希「そうだ。犬の分もここにあるじぇ」 京太郎「ありがとな、タコス。って…それじゃ今日は…」 咲「こんな事にもなったし、そろそろ暗くなるから解散するって」 まこ「ただ、和がちょっと不安での」 優希「また倒れるかもしれないと思うと心配だじぇ…」 まこ「親御さんに連絡しとくように言っておいたが、和の家は忙しい」 まこ「迎えに来れん可能性は少なくはないじゃろ」 まこ「もし、そうなったら京太郎には和を送って行って欲しいんじゃが…」 京太郎「え?」 京太郎「(さ、流石に和と二人っきりになるのは気まずい…)」 京太郎「さ、咲やタコスも一緒の方が良いんじゃないですか?」 咲「ごめんね、京ちゃん。今日、お父さんが帰ってくるの早いから、早めにご飯作らないといけないんだ…」 優希「私ものどちゃんと犬を二人っきりにはさせたくないけど、今日はちょっと外せない用事があるんだ…」 まこ「わしも今日は家の手伝いがあってな…」 京太郎「ま、まじですか…」 まこ「まぁ、京太郎なら送り狼にならんと信じとるから!」 優希「のどちゃんを襲ったら去勢するじょ、犬!」 咲「ご、ごめんね。でも、京ちゃんなら大丈夫って信じてるから!」 京太郎「いや、ちょっと待ってくれ。なんでそう言いながら俺に和の鞄まで渡すんだ?」 まこ「…皆、地味に時間が危ないんじゃ」 優希「という訳でちゃんとエスコートするんだじぇ」 咲「和ちゃんに謝っておいてね…それじゃ…!」 京太郎「お、おい!?」 京太郎「い…行っちまった…」 和「ふぅ…って…あ」 京太郎「あ」 和「…」 京太郎「…」 和「(え、ちょ…な、なんで須賀くんが此処にいるんですか!?ほ、他の皆は!?)」 和「(って言うかなんで須賀くんが私の鞄を持ってるんですか!?)」 京太郎「(や、やばい…な、何か言わなきゃ…!で、でも…何を言えば良いんだ…!?)」 京太郎・和「「あ、あの!」」 和「(…被っちゃいました…恥ずかしい…)」 京太郎「(被っちまった…あぁ…恥ずかしい…)」 和「(え、えっと…黙りこんじゃいましたけれど…話さないんでしょうか…?)」 京太郎「(黙っちまったけれど…これは俺が話題を振るのを待ってるのか…?)」 和「……」 京太郎「……」 和「(ど、どうすれば良いんでしょう…)」 京太郎「(ど、どうしろって言うんだよ…)」 京太郎「(とにかく、黙ってたって始まらないだろ…。何でも良いから打って出ないと…!)」 京太郎「そ、その…大丈夫なのか?」 和「え、えと…はい。ただ、病院には言っておいた方が良いと言われましたが…」 京太郎「そ、そっか。それじゃまだ安心は出来ないな」 和「え、えぇ。とりあえず帰った後にでもまた病院に行くつもりです」 京太郎「そ、そうだな。何かあったら大変だし、早いうちにいっといた方が周りも安心するしな」 和「そ、そうですね」 京太郎「……」 和「……」 和「(会話が続きません…)」 京太郎「(会話が続かねぇ…)」 和「そ、それより…運んでくださってありがとうございました」ペコリ 京太郎「あ、あぁ。まぁ、俺にはそれくらいしか出来ないし…」 京太郎「つか、結構、揺らしてしまって悪かったな。気持ち悪かっただろ」 和「い、いえ…大丈夫です。お陰で横になれて気も楽になりましたから」 京太郎「そ、そうか?それなら良いんだが…」 京太郎「今更だけど和を部室のベッドに運んで、先生を呼んだ方が良かったんじゃないかと思ってなぁ」 和「大丈夫ですよ。特に問題はありませんでしたし」 京太郎「いや…問題って言うか…」 和「?」 京太郎「(流石にここで好きでもない男に抱きかかえられるのは嫌だっただろ?なんて言うのは自意識過剰な話だよなぁ)」 京太郎「(その上、あてつけっぽく聞こえるし…ここは適当に誤魔化すのが無難か)」 京太郎「悪ぃ。何でもない」 和「???」 京太郎「あ、それと…これ。和の鞄」 和「あ、ありがとうございます。でも…どうしてこれを須賀君が?」 京太郎「他の連中は今日は用事があるらしくて早々に帰ったんだよ。んで、俺はこれを和に渡す係」 和「そうですか…ありがとうございます」 京太郎「どういたしまして。後…これはかなり言いづらい話なんだが…」 和「はい?」 京太郎「もし、親御さんの迎えがなかったら送っていけと渋谷先輩に言われた」 和「…え?」 和「(え…つ、つまり須賀君と一緒に帰れって事ですか渋谷先輩!?)」 和「(そ、そうやって心配して貰えるのは嬉しいんですが……)」チラッ 京太郎「あー…」 和・京太郎「(き…きまずい…)」 京太郎「とりあえず連絡は…」 和「しましたけれど…返事はまだ帰ってきてません…」 京太郎「そ、そうか…」 和「そ、そうです…」 京太郎「…」 和「…」 京太郎「(ここで黙り込むって事はやっぱり嫌なんだろうなぁ…)」 和「(ど、どど…どうしましょう!?お、男の人と二人きりで帰った事なんてありませんよ!?)」 京太郎「(でも、渋谷先輩に言われなくても…心配なのは確かだし…)」 京太郎「(俺の和了から急におかしくなったし…責任を感じるのも事実だ。なら…)」 京太郎「と、とりあえず!家までとは言わないけれど…途中までで良いから送らせてくれないか?」 京太郎「今の和を一人で帰すのは流石に心配なのは俺も同じだし」 和「わ、分かりました…じゃ、じゃあ…こっちです」 ……… …… … 京太郎「…」スタスタ 和「…」スタスタ 京太郎「…」スタスタ 和「…」スタスタ 京太郎「…」スタスタ 和「…」スタスタ 京太郎「(…どうしよう…話すネタがまったくない…)」 和「(ど、どうしましょう…何を話したら良いのかまったく分かりません…)」 京太郎「(基本、こうやって和と二人きりになる事はなかったからなぁ…)」 和「(大体、間にゆーきや咲さんがいましたし…)」 京太郎「(咲やタコスなら考えなくても適当に話題が出てくるんだが…)」 和「(せ、せめて渋谷先輩が居ればまだ何とかなったんでしょうが…)」 京太郎「(和にどんな話を振れば良いのかまったく分かんねぇ…)」 和「(男の人ってどんな風に話せば良いんでしょう…う、うぅぅ)」 和「(そ、そもそも…私は須賀君にあんな醜態を見られてしまった訳で…)」カァ 和「(しかも…お、お姫様抱っこされて…間近であの時の顔を…)」 和「(わ、私がた…た…達しちゃった時の…顔を…須賀君に…っ)」 和「(お、思い返したら…凄い居たたまれなく…あう…)」マッカ 京太郎「(あー…和の顔が真っ赤になってる…)チラッ 京太郎「(麻雀やってる訳じゃないから、のどっちモードに入ってる訳じゃないだろうし…)」 京太郎「(多分、さっきの保健室での出来事を思い出してるんだろうなぁ…)」 京太郎「(あぁ…なんで俺はあの時、あんな事を言っちまったんだ…)」 京太郎「(テンパッて頭が働いてなかった…なんてのは言い訳にならないレベルの失態だよ…)」 和・京太郎「「はぁ…」」 和・京太郎「「!?」」ビクッ 和「(や、やっぱり須賀君は男の人ですし…私の変化に気づいていたんでしょうか)」 和「(男の人はえ、えぇ…えっちな本とか好きですし…)」 和「(なんで私の顔が…あんな風になったかくらい…分かるのかも…)」 和「(つ、つまり…さっきのため息は私が淫乱だと失望されたから…!?)」グルグル 京太郎「(い、今のため息は…や、やっぱりそうなんだな…)」 京太郎「(そりゃ…自分が倒れたっていうのにおもちの事を気にするような奴は軽蔑するよなぁ…)」 京太郎「(しかも、普段から色々と俺に対して抱えているものがあるみたいだし…)」 京太郎「(もう完全に愛想が尽きて、嫌われてしまったのかも…!?)」 和「ち、違うんです!私の話を聞いて下さい!」 京太郎「ち、違うんだ!俺の話を聞いてくれ!!」 和・京太郎「……あれ?」 和「えっと…な、何が違うんですか?」 京太郎「い、いや…その…保健室であんな事を言っちゃったけれど、俺が和を心配してるのは嘘じゃなくてだな…」 和「…あんな事…ですか?」 和「(…指の間の愛液を隠すのに必死でまったく聞こえていなかったのですが…)」 京太郎「他の皆からメール貰って安心したところでちょっと口が滑っただけで…あ、アレだけが本心って訳じゃないんだ!!」 和「(…あ、何となく分かってきました…つまり…誤解だったんですね…)」 和「つまり…またおもちの事を言ってたんですね…」ジトー 京太郎「すまん…ほんっとうにすまん…!!」ペコリ 和「…」 京太郎「…」プルプル 和「…そこまで必死になって謝らなくても結構ですよ」 和「須賀君がそういう人だって言うのは分かってますから」 京太郎「(うっ…な、なんて冷ややかな目つきなんだ…)」 京太郎「(まぁ、そりゃ当然か…。男が苦手な和にあんな事言っちまったんだもんなぁ…)」 和「(まったく…これだから男の人は嫌いなんです…)」 京太郎「そ、それで…和は何が違うんだ?」 和「え…?」 京太郎「いや、和もさっき私の話を聞いてくれって…」 和「あ、あれは…その…」 和「(ど、どどど、どうしましょう!?)」 和「(誤解だって分かった以上、アレを口にする訳にはいきません…!)」 和「(へ、下手な事を言えばやぶ蛇になってしまう可能性が高いんですから…!)」 和「(だ、だけど、ここで下手に誤魔化すと…怪しまれかねません…!)」 和「(お、教えて下さいエトペン…私は一体、どうすれば…)」 和「…ハッ」ピコーン 和「み、道が…道が違うんです!!」 京太郎「あ、なるほど…」 和「(須賀君が単純で助かりました…)」 京太郎「(考え事してばっかりで和の制止を聞き逃してたんだな…)」 京太郎「すまん…悪かった」ペコリ 和「い、いえ…まだ修正は効きますし…大丈夫ですよ」 和「(そ、そんな風に謝られると正直、罪悪感が…)」 和「(いや…って言うか、これ…冷静に考えるとかなり不誠実ですよね…)」 和「(相手にだけ本心を語らせた上に謝らせて…しかも、自分だけ取り繕うなんて…)」 和「(だ、だけど…本当のことを言うだなんて絶対に出来ませんし…どうしたら…)」チラッ 京太郎「?」 和「(…須賀君はどうして嫌われるかもしれないって言うのに素直に言えるんですか…)」 和「(しかも、そんな風に…自分を陥れた人を真っ直ぐに見るなんて…)」ズキズキ 和「(お陰で良心の呵責が…こう胸にズシンって…)」ズキズキ 京太郎「(何かよくわからないが…いきなり和が俯きはじめた…)」 京太郎「(ま、また具合が悪くなって来たのか…?)」」 京太郎「その…和。大丈夫か?」 和「だ、大丈夫です。問題ありません」 京太郎「そ、そうか。でも、無茶はしないでくれよ」 和「は、はい…ありがとうございます」」 京太郎「(と言いつつ…辛そうなのは丸わかりなんだよなぁ…)」 京太郎「(かと言って、俺が勝手に背負ったりするのは色々と拙いし…)」 京太郎「(おもちの事しか頭にない奴を信用して、身体を預けてくれだなんて…口が裂けても言えねぇ…)」 京太郎「(はぁ…もうちょっと真面目に生きて来れば良かったぜ…)」 和「(私が思いっきり悪いのに、心配されちゃいました…)」 和「(うぅ…もう立つ瀬がありません…)」ズキズキ 京太郎「とりあえず…何処まで戻れば良いんだ?」 和「ふぇ…?」 京太郎「いや…道を間違えた訳だし、戻らないと…」 和「あ、あぁ…そうですね。で、でも大丈夫です。遠回りになりますが、ここからでも行けますから」 京太郎「そ、そうか…?でも、和の体調も心配だし、遠回りになるなら戻った方が…」 和「こ、ここまで来ちゃうと逆に戻る方が時間掛かっちゃうんですよ!」 京太郎「そっか…本当、悪いな」 和「(う、うぅ…謝らないでください…悪いのはこっちなんですから…)」 和「(しかも、嘘が嘘を呼んで何かこう無茶苦茶な感じに…)」 和「(矛盾が多すぎて、須賀君じゃなかったら気付かれかねないですよ…)」 和「(こ、こんな風になるはずじゃなかったのに…あの時の私の馬鹿…)」 京太郎「(あぁ…また俯いて辛そうに…)」 京太郎「(と言っても…俺に出来る事なんてまずないんだよなぁ…)」 京太郎「(ハギヨシさんは気遣いの極意は相手に信頼される事…って言ってたけど…まさにその通りだと思う…)」 京太郎「(信頼されてないってのは…出来る事が少なくて…辛いなぁ…)」 和「(せ、せめて話題を…何か須賀君に報いられるような話題を…!?)」 和「(でも、何時も「何時も雑用ありがとうございます」とかは嫌味っぽいし…)」 和「(それに、今の須賀君は下手な事を言うと余計、麻雀から離れそうで…)」 和「(でも…それに感謝しているのは確かで…怒りたい訳じゃなくって…)」 和「(い、言いたい事すら頭の中で纏まらなくて…はうぁ…ぁ)」 和「(こ、こんな事になるならもっと須賀君とコミュニケーションを取っておくべきでした…)」 京太郎「??」 ……… …… … 和「(け、結局、無言のまま須賀君を家の近くまで案内してしまいました…)」 和「(こ、このままでは色々といけません…)」 和「(流石に彼を追い詰めるだけで何のフォローもせずに帰す訳には…)」 和「(で、でも…コレ以上、引き伸ばすためには彼を家に招くしか…)」 和「(お、男の人を家に…家に……)」カァ 和「……」チラッ 京太郎「ん…どうした?」 和「い、いえ…なんでもありません…」 和「(…須賀君なら…大丈夫ですよね…?)」 和「(今も歩く速度を大分緩めて私のことを気遣ってくれていますし…)」 和「(ちょっとどころじゃなくエッチですけれど…でも、それ以外は色々と頑張ってくれて…)」 和「(良い人だって事は…今までの事で十分、分かっているんです)」 和「(家にあげたところで変な誤解はするような人じゃありませんし…)」 和「(す、少しくらい…なら…別に…)」 和「あ、あの…っ!」 京太郎「ん?」 和「こ、ここ…わ、私の家です」 京太郎「そ、そっか。長々と着いて来て悪かったな」 京太郎「(やっばいなぁ…最後まで着いてきちまった…)」 京太郎「(てっきり途中までだと思ってたんだが…)」 京太郎「(意外と心細かったのか…或いは緊張でタイミングを見失ったのか…)」 京太郎「(どっちにしろ…もうちょっと気を配ってやれば良かったぜ…)」」 和「い、いえ…こ、こちらこそ、すみません…」 京太郎「??なんで和が謝るんだ?」 和「え、えっと…須賀君の貴重な時間を貰った訳ですし…」 和「(ま、まさか嘘を吐いて振り回しちゃったお詫びだなんて言えるはずがありませんし…)」 京太郎「気にするなよ。どうせ帰っても、ネト麻くらいしかする事ないんだから」 和「…え?」 京太郎「ん?」 和「ネト麻…やってるんですか?」 京太郎「あぁ…まぁ…あんま成績が良い訳じゃないけれど…」 京太郎「俺だって一応、清澄の部員だからな。後輩が入って来た時に恥ずかしくはないレベルにはなっときたいし…」 京太郎「それに俺が下手過ぎると皆も色々、言われかねないだろ?」 和「じ、じゃあ、なんで部室ではずっと雑用ばっかりやってるんですか…」 京太郎「そりゃあ、俺が皆の脚を引っ張る訳にはいかないだろ」 京太郎「インターハイ優勝後って事もあって期待も注目度も高いんだから」 京太郎「和たちなら大丈夫だと思うけれど、新人戦も控えてるしな」 和「…」 和「…」 和「はぁ」 京太郎「え…?」 和「(この人は…この人は本当に…!)」 和「(優しいのは分かりますけれど…気を遣いすぎなんですよ…!)」 和「(最早、遠慮と言うレベルを超えて、私達がいじめてるみたいになってるじゃないですか…)」 和「(…いえ…入部から雑用とネト麻ばかり…)」 和「(その上、合宿にも置いて行かれた彼がそう思うのも無理は無いのかもしれません…)」 和「(須賀君にとって…そうやって私達を優先する事が『当たり前』になってるんです…)」 和「(地区予選を超えて…インターハイに行ってから…ずっと…ずっと)」 和「(…こんな事なら…もっと早く向き合っていれば良かった…)」 和「(そうすれば…誰よりも働いてくれている須賀君にこんな事を言わせなくても済んだかもしれないのに…)」 和「(…いえ…今はそんな事よりも…)」 和「良いですか、須賀君」 京太郎「は、はい…」 和「そんな風に遠慮されて皆が嬉しいとでも思ってるんですか?」 京太郎「いや…でも…」 和「でも、じゃないです!まったく…」 和「そもそも秋季大会や新人戦は各校の調整みたいなものです」 和「勿論、次代を担う人たちが多く参戦するので、まったくスルーは出来ません」 和「でも、本番はあくまでも夏のインターハイであり、そこまで重視するべき目標じゃありません」 和「…それに…須賀君は今まで今までずっと雑用をやってくれていたじゃないですか」 和「そのことに対して…皆が心苦しく思ってないとでも思うんですか…?」 京太郎「あ…」 京太郎「(考えても見れば…染谷先輩だって何時も咲や和たちと本気で打ってるんだ)」 京太郎「(今更、疲れたなんて良いだすような人じゃない…)」 京太郎「(タコスは…まぁ、何時も通りだったにしても…挑発っぽい言い回しが多かったのは俺を卓につけたかったからか…)」 京太郎「(あの自己主張をあまりしない咲だって…何度も俺を誘ってくれてたんだ…)」 京太郎「(何かあるんじゃないかって思って然るべき…だったよなぁ…)」 京太郎「(和の言う通り…下手に遠慮してた所為で…逆に皆の迷惑になってたのか…)」 京太郎「…ごめん。まったく…そういう事を考えてなかった…」ペコリ 和「謝らないで下さい…悪いのは…須賀君に甘えていた私達なんですから」 和「だから…須賀君もちょっとくらい私達に甘えて下さい」 和「そうじゃないと…一方的に借りばっかり溜まっていくみたいで不愉快です」プイッ 和「須賀君はもうそれくらい、麻雀部に貢献してくれているんですから…」 京太郎「…そう…なのかな」 和「当たり前です!須賀君がいなかったら、咲さんも麻雀部に来てくれませんでしたし…」 和「それに須賀君が雑用全般を引き受けてくれたお陰で私たちはインターハイに集中する事が出来たんです」 和「それがなかったら…正直、あの激戦区を戦い抜けたとは思えません」 和「点棒みたいに見える形じゃないですけれど…須賀君はちゃんと私達を支えてくれていましたよ」ニコッ 京太郎「…ありがとうな、和」 和「それは…私の…いえ、私たちの台詞ですよ」 和「だから、もう遠慮しないで下さい」 和「折角、こうして仲間になれたのに…そんなの悲しいじゃないですか」 京太郎「はは…そうだな。その通りだ」 京太郎「今度からはちゃんと俺も卓に入る事にするよ」 京太郎「まぐれとは言え、インターミドルチャンプの和から満貫を和了れた訳だから自信もついた」 和「も、もう!…あ、アレは蒸し返さないで下さい!」カァ 京太郎「はは…悪い悪い。まぁ…元気になったみたいで良かったよ」 京太郎「さっきまで落ち込んでたみたいだから、安心した」 和「う…」 和「(って…須賀君の本心が知れて、すっかり忘れてましたけれど…)」 和「(そ、そもそも私が声を掛けたのは…彼にお茶の一つでも出したげる為であって…)」 和「(私が須賀君を傷つけてしまった償いそのものはまだ終わってないんですよね…)」 京太郎「んじゃ、そろそろ俺は行くよ」 和「ちょ、ちょっと待って下さい…!」 京太郎「どうした…?早く入らないと身体が冷えるぞ」 和「そ、それは須賀君も同じじゃないですか…」 和「そ、それに…折角、送ってきて貰った以上…何もせずに帰す訳にもいきません…」 和「だだだ…だ…だか…っ!だかりゃ…!わ、わらし…私の…」マッカ 京太郎「お、落ち着け、和。ほら、深呼吸深呼吸」 和「わ、私が焦っているとかオカルトあり得ません!」 京太郎「(あ、それはちゃんと言えるんだ…)」 和「だ、だから…わ、私の部屋に…き、来ません…か…!?」 京太郎「」 京太郎「え?」 [[次話>おもち少女1-2]] - 何故たかみーが… -- 名無しさん (2013-09-08 19:06:18) - 渋谷と染谷を間違えてるのかな? -- 名無しさん (2014-03-29 19:20:11) - 途中で渋谷になってまた戻ったな -- 名無しさん (2014-04-02 06:26:17) #comment

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