あらすじ 
 冬休みに呪われた家によせば良いのに入り込んでしまった京太郎と和。
 その家に住むアラサーにより和は肉体から魂を押し出され、新たな
アラサーとして茨城県T市の家に縛り付けられてしまった。
 しかし、和の肉体を乗っ取ったアラサーに異変を感じる部員達。
 京太郎は果たして和を救えるのだろうか?

久「...黙ってちゃ、何も分からないわよ。須賀君」

久「和は、いえ...あそこにいるアレは何者なの?」

 三学期が始まってから一週間後、俺は部長の家に呼び出された。
 指定された時間に行くと、咲と優希が先客としてそこにいた。

咲「ねぇ京ちゃん。あそこにいるの、和ちゃん...じゃないよね」

 あの、呪われた家にさえ行かなければ良かった...。
 そう後悔しても、俺が長野に連れ帰ってきてしまったものは、祓うには
あまりにも強大すぎて、手に負えない代物だった。

優希「....なんて言うか、のどちゃんなんだけどそうじゃない」

優希「別人が和ちゃんの皮を被ってる感じがして...イヤだじぇ」

 和のふりをしたアラサー...は、全てにおいて和を完璧に模倣していた。
 麻雀のスタイルから皆との接し方、大小差異なく誰が見ても本当の
和としてこの夜に溶け込んでいた。

まこ「京太郎。しょーじきに話してくれや。この通りだ」 

しかし、やはりその模倣はあまりにもちぐはぐだった。 
 生気のない瞳と熱を感じられない上っ面だけの言葉。
 それが死んだ人間特有の特徴なのかは分からないけど、欠片ほどの原村和
らしさを感じられないことに、清澄の皆は俺を疑ったようだ。
 冬休みにオカルトの有る無しを証明すると和と騒いでいた俺のことを。

 俺は全てを洗いざらいぶちまけた。
 四人とも最後まで俺の説明を黙って聞いていた。

咲「なんてことを...してくれたの、京ちゃん?」

咲「和ちゃんは、確かにしつこくて意固地なところもあるよ...」

咲「でも、そういうのを含めて私達は和ちゃんのことが好きだった」

京太郎「すまん...本当に、本当にゴメン!」

優希「謝ってどうにかなるなら、最初からそんな事するなよ!」

 涙を流す同級生達に、俺は返す言葉すら見つからなかった。

久「...分かったわ。そのアラサーとかいうのは悪霊なのよね」

京太郎「ええ。でも、俺達が来る前にも何人も餌食にされたそうで」

京太郎「かなり高位の霊能者でも祓いきれない、と」

久「...一か八の可能性にかけるしかないわね」

 部長は本当に苦しそうな顔を浮かべ、自分の家から出て行った。

まこ「咲、優希、おんしらは家に帰れ。もうお前らに出来ることはない」

咲「そんな!」

優希「私達にも出来ることはきっとある...はずだじぇ」

まこ「分かってくれ。おんしらに災いを飛ばさない為じゃ」

まこ「和が正気に戻った時にこそ、二人の力を借りたい」 

 その優しい拒絶に咲も優希も引き下がるしかなかった。
 二人は泣きながら部長の家から走り去っていった。

まこ「京太郎。長丁場になるけぇの。心の準備は大丈夫か?」

京太郎「大丈夫です」

 染谷先輩は、どこかに電話をかけ始めた。
 そして、10分後に竹井先輩の家の前に黒塗りのSUVが現れた。

「乗って下さい。今から竹井さんの所に連れて行きます」

 車の助手席から降りてきた僧侶は、言葉少なに俺と先輩を車に乗せ、
目隠しをかけたと同時に、運転手に車を出させた。

 何時間時間が経過したのだろうか?
 車が止まり、目隠しが外される。辿りついた場所は...

京太郎「アラサーの...家」

 久しく来訪者のいなかった廃屋は、しかし今日この日においては
招かれざる来訪者達を大口を開けて招いていた。

久「須賀君。着いてきなさい」

 家の中から深刻な顔をした竹井先輩がやってきて、俺の手を引く。
 俺はその手に引かれるようにして、リビングに連れてこられた。

和サー「ふふふふふ...コノ身体は、渡さない...うふうふうふふふふ」

 白目を剥き、狂ったように身体を捩らせてゲタゲタと笑う和とその中に
巣喰うアラサー。両方を合わせて和サーと呼べば良いのだろうか?

 和は、和サーは床に手と足を枷で拘束され、その上から太い杭を打ち込まれ絶対に逃げ込まれないようにされていた。
 そしてその全身には耳無し芳一のように全身にくまなく何かの呪文が
びっしりと書き込まれていた。

 それでも尚その拘束から逃れようする恐ろしい執念に流石のプロ達も
恐怖の色を隠せずにいた。

和サー「ケッコンケッコンケッコンケッコンイケメンメンメン....」

和「いや...助け...なくてイイ、イイイイイイーー!!!」

滝見家当主「狩宿!形代の準備は?このままだともう保たんぞ!早くしろ」

狩宿家当主「出来てるよ!ただまだ夫役が来てない。どうしよう!」

戒能家当主「来てますよ。後は私と滝見に任せて下さい」

戒能家当主「雁字搦めに縛って、出来るだけ弱らせておきますから」

薄墨家当主「ありがとう戒能さん!」

久「じゃ、須賀君。私とまこはこれで帰るから」 

久「後は...頼んだわよ」

 これ以上私達は関われないから、そう言い残して二人は家を出た。
 それと入れ替わるようにリビングに到着した俺の姿を見た小さな
おばさんとおじさんが猛烈な勢いで駆け寄ってきた。

「初めまして、薄墨といいます。とりあえず二階に来なさい」

 自己紹介もそこそこに急かされて二階に上がった俺は、かつて寝室
だった場所にいきなり放り込まれた。

「いい?よく聞きなさい。アンタはコレを着て居間に戻りなさい」

「機会は一度だけしかないからね?失敗したら、彼女...死ぬからね」

 俺に手渡されたのは1着のタキシードスーツと指輪だった。
 そして薄墨さんは早口でこれから俺がどうすれば良いのかを話し始めた。

京太郎「分かりました」 

 服を着替え終えた俺に手渡されたのは、小さな箱と木製の人型。

「じゃあ、行こうか須賀君」

 薄墨さんの旦那さんに促され、俺は決意を固めて階段を降りる。
 誰もいなくなったリビングルームに通され、また二人きりになる。

京太郎「和、のどか?聞こえるか?」

和「....」

 虚ろな目で俺を見た和は、小さく微笑んでゆっくりと眠りに就いた。
 俺はそれを確認した後、薄墨さんに教えられた通りに動く。

京太郎「健夜。迎えに来たよ...」

和サー「アハ...来たんだキタンダキタキタキタ!!!」

京太郎「長く待たせてゴメンな。これからはずっと...」

和サー「一緒一緒一緒一緒永遠永遠永遠!!!!!」

 食いついてきた!
 俺は和の口を借りて喚き立てるアラサーに自分の唇を重ねた。
 愛情も何もないただのまがいものの行為だが...

和「?!?!?!」

和サ「アツいアツイアツイアツイアツイィイイイイーっ」

和サー「ぎゃあああああああああ!!!!」

 和サーの絶叫と同時に、俺のポケットの中に入った小さな箱が徐々に
熱を発し始める。それが合図となり俺はそのまま浮き上がってきた霊体、
アラサー本体の頭にそれを叩き付けた。

アラサー「うぅええええあああああああああああ!!!!!」

アラサー「ヤメロォオオオオ怨怨怨怨怨怨怨」

 断末魔の叫びを上げるアラサーをまるで水を吸い上げるようにして
どんどん吸収していった木製の人型は真っ黒に黒ずんだ後床に落ちた。

狩宿家当主「今だ!それを箱に入れろ!」

 誰かがそう叫んだ途端、俺は躊躇うことなくその形代を箱の中に入れた。
 もう二度とこの世に現れてくれるなと念じながら、固く、固くその蓋を
閉ざした。

 その後、俺が固く蓋をして閉じた木箱を薄墨さんが預かり、戒能と滝見と
呼ばれた神職の人が、外から大きな木棺を持ってきてその中にある
かつて小鍛治健夜と呼ばれた人間に似せた人形の中に収納し、それを
外に運び出した所で、俺の記憶はぷっつりと途切れたのだった。




一ヶ月後 清澄高校

和「ツモ!三槓子ドラ3で跳満です」

優希「おおっ、和ちゃんバリバリ元気になって良かったなぁ!」

咲「うん!また和ちゃんと一緒に麻雀できるなんて最高だよ!」

和「咲さん。ゆーき...嬉しいです」

 テレビ越しに写った恋人の元気になった姿を見ながら俺は涙した。
 元はと言えば、俺があの家に行かなければ何も起きなかった話だ。
 それでも、絶対に取り憑かれたら助からない状況下において、奇跡的に
和が助かったことと、その奇跡の実現に手を貸してくれた多くの人に
俺は感謝してもしたりない。

初美「須賀さん。お時間ですよー」

京太郎「すいません。迷惑をおかけして...」

初美「だったら最初からするな!なのですよ~」

 和が意識を取り戻した後、俺は和に取り憑いていたモノを祓ってくれた
薄墨さんの家に引き取られることになった。

 あの時、神代家という家に仕える薄墨さんが俺にさせたことは、和から
俺へ一時的にアラサーを取り憑かせ、そこから狩宿家が作ったあのアラサー
そっくりの人形の中にアラサーの霊魂を封じ込め、もう二度とこの地上に
這い上がれないようにする為の一種の封印術だったようだ。

 その弊害として、俺と和が一緒にいるとアラサーの間にできた縁を辿り、
また悪霊アラサーが和に取り憑く危険性が出てきてしまった。
 幸い和は短期的な記憶喪失を起こしていて俺の告白を受け入れる前の
状態に逆戻りしていた。つまりアラサーについては何一つ知らない状態だ。
 知らないと言うことはアラサーは和に干渉することはできない。

 今、俺の身体には和に記されたのと同じ経文が全身に書き込まれている。
 これが俺の身体に書き込まれている間、アラサーが俺に触れることは
出来ない。姿を現し、俺を驚かすことは出来ても何も出来ない。

 アラサーが完全に俺のことを諦めるまでかかる時間は後3年。
 その間、俺は長野に戻ることは出来ない。
 人間一人の魂を簡単に押しだし、一週間もその肉体を我が物顔で容易く
操っていた規格外の怨霊は、その残滓だけでも大きな爪痕を残していった。

今回のことで俺が得た教訓は、触らぬ神に祟りなしというありきたりな、
しかしこれ以上ないほどの教訓だった。
 もっとも、薄墨家に来て最初に言われたことは神仏を尊べ、しかし神仏に
頼るな。ということは少々意外だった。
 まぁ人間だって、神様だって自分が寝ている家で土足でドタバタされれば
きっとカンカンになって怒ることだけは例外なく確かな事実と言えるだろう。

 鹿児島から遠く離れた長野の地ではあと二ヶ月半で桜が咲く。
 その時にまた送られてくるDVDで元気になった和の姿を見るのが
今の俺のささやかな楽しみだ。

京太郎(和。本当にお前が助かって良かったよ...)

和『そんなオカルトありえません』

京太郎「はっ。幸運に愛されるっていうのもオカルトとしちゃ立派だよな」

初美「何か言いましたかー?」

京太郎「いえ。なんでもないですよ。初美さん」 

 おしまい。

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最終更新:2017年10月12日 21:36