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大名

 大名とは、室町時代の守護大名に始まり、戦国大名、江戸時代の大名となっていく、領地を支配する者やその一族。
江戸時代においては、領地を一万石以上持つ武士を大名と定義していた。

守護大名

 室町時代に見られた大名たち。1182年に設置された守護が巨大化した形。多くの守護大名たちは京都に住み、領地には守護代を置いた。(後に守護代が謀反を起こし、下剋上となるケースもある)
主な大名としては、全国66カ国のうち11カ国を支配し、「六分の一殿」と呼ばれた氏、北九州の名門小弐氏などがあげられる。

戦国大名

 戦国時代から安土桃山時代に見られた大名たち。1467年の応仁の乱以後武力によって周囲に勢力を広げ、巨大化した有力大名たちは都を目指して進軍し、何時しか天下統一への夢を実現すべく戦っていった。
守護大名から転換したもの(小弐氏や武田氏など)。守護代や家臣が主君を打倒し(下剋上)、勢力を安定させたもの(上杉氏や今川氏など)。農民など武士以外の階級から身を起こしたもの(北条氏や斉藤氏など)などがある。

江戸時代の大名

 先述の通り、江戸時代には一万石以上の領地を持つ武士を大名としていた。正確に言うと、徳川幕府から一万石以上の領地を与えられた武士をいう。徳川家との関係により、親藩(御三家や松平など、徳川一門の大名)、譜代(関ヶ原の戦い以前から徳川に従う古くからの家臣)外様(関ヶ原の戦いにより屈服した大名や関ヶ原の戦いのころから従った大名)に分けられた。主に、親藩は江戸や京都からやや離れたところ、譜代は江戸などの重要地周辺、外様は西国や東北地方など、重要地から比較的離れたところに配置された。また、度々大名が領民と癒着するのを防ぐため、大名配置換えを行った。
 幕府は、大名統制のために武家諸法度を発布し、城の新たなる建造や修理の際の届け出義務、五百石以上の大型船建造禁止などを定め、これに背いた場合、容赦なく御家断絶となった。