3人が語る人質事件


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今井・郡山・高遠氏の話による事件のようす

4月7日 事件当日

もともとは高遠&今井で行く予定←郡山合流

a.アンマンのファラホテルで3人合流


 ファルージャに行けるか?と問うと現地の人は「行ける」、「ちょっと・・・」と両方の見解があったが、タクシーの運転手が「行けるよ」と言ったのでその人の車でイラク行きを決定。ファルージャ近郊のバグダッド街道なる高速道路を走っていたとき、米軍が途中で封鎖していたため運転手が迂回路へ→午前11時:停まってガソリンを入れていると子供がやってきて「どこの国の人だ?」と運転手に聞いた高遠氏は日本人だと答えた→すると子供が去ってガソリンを入れ終わった後、RPGやカラシニコフなどを持った覆面武装集団約10人&後ろに群衆に取り囲まれ、銃を突きつけられる。「ヤバニ、ムーゼン(日本人はよくない!)」、

郡山(命乞いをしたり萎縮したりするのは日本人として恥ずかしい。2人はイラク人のために来た人だから捕まることがあってはならない)
高遠(恐怖で体が殺される、死ぬ)もう、やめてよ・・・
今井(何もできなくて情けない・・・)


高遠氏によると、彼らは日本人だということに憤っているようだった。日本の軍隊ではないことを示したが、3人とも捕まり、今井・高遠氏と郡山氏と別々の車で、後部座席で並ぶ形で車に乗せられた。武装集団は「ムシャヒディン」、「アルカィーダ」、「ビンラディン」などと言っていた。(以降、犯行グループは構成が?なので、便宜上一括して犯行グループの人達として「武装集団」と呼ばせてもらう)

b.倉庫のような部屋へ到着

 素顔をさらした小太りの男(リーダー)&背の高いジェネラル(元軍人?)と名乗る通訳が出現、英語で「スパイか?」、「何しに来た?」、「友達でもいるのか?」と質問する。高遠氏はケバプ(チキン)で有名なレストランに行った話、「去年ずっとファルージャにいた。ストリートチルドレンが・・・」と言うが、郡山氏によると武装集団はストリートチルドレンの意味が分からないようだったという。そのうち03年4月20日頃のデモの話が飛び出した。

高遠:私はその被害者に、ファルージャ総合病院で会ってます。その病院へ何度も薬を運びに行きました。いえ、ファルージャだけでなくラマディー病院へも薬を運びに行ってます。友達だってたくさんいます。ファルージャ総合病院のドクターに聞けば、私の言っていることはすべて本当だということがわかるはず

リーダー:残念ながらそれは確認できない。あそこへは近づけない

高遠:けが人はどこで手当てをしてるの?

ジェネラル:家でしている

高遠:私はね、米軍に銃を着くつけられたり、腹ばいにさせられたこともあるのよ。スパイなんかじゃないわ。それに、ファルージャのことならもっと知ってるわ。ものすごく暑い日、あそこにあるハッバニーヤ(郊外の人工湖)によって休息したこともあるんだから。その場所は、あなたたちだって知ってるでしょ
リーダー:お前の言ってることを証明できる人はいるのか?
ジェネラル:パスポートを出せ(と言って名前と日本の住所、メールアドレスなど書かせ、ボディーチェックをさせるる)


すると、武装集団側は「ザディーク(友達だ)!」と言い出し、「命は保証する」と言った。さらに「腹へったか?」などと言った。

今井(こういう状態で飯は食えない・・・)
郡山:たばこをくれ!


リーダーが指示したのか、昼食に大皿にライスと鶏肉の乗ったイラクの一般的料理=友達の証が登場。一つの大皿をみんなで分け合って食べた。今井氏は緊張して吐きそうだった。彼には外で聞こえる怒声の原因が日本人に嫌悪感を抱いて気が立って兵士同士で揉めたように思えた。

c.ビデオ撮影

ビデオは2バージョンである

 食事の後、武装集団は「ビデオ撮影をさせてくれ」と言った。黒い眼抜き帽のようなマスクで顔を覆った者が何人か来て「手前に来い!」、「こっちに座れ!」などと言った。彼らは「日本の大統領は誰だ?」と3人に尋ねた。「大統領じゃなくて首相だが」、武装集団「誰だ?」、当然小泉と答えた。武装集団は「ノーコイズミ」と言え!!」と言い、3人の髪を掴んだり、銃を突き付けたり、蹴られたり(今井)した中でビデオ撮影をした。彼らは「もっと怖がらないと迫力がない」などと言ったといい、事実高遠氏は途中で泣き出している。通訳のジェネラルは撮影前後に「命は助ける」、「ソーリ、ソーリ」と繰り返していた。郡山氏は、彼らは要領が悪く、「あっ、これ忘れていた」という感じで上からやらされている感じを受けた。リーダーとジェネラルは高遠氏が泣きやんだところで移動させた。

今井(首が切れる・・・このままじゃマジで殺される、俺は死にたくない)

d.民家へ移動

 この後3人は目隠しをされて1時間移動、集会所のような普通の民家の一室らしいところである。彼らは無関係な一般人(パンピー)に頼んで貸してもらっているようだったという。リーダーとジェネラル、知らない2人と3人。高遠・郡山氏がボディーチェックの際腹などに巻かれていたお金以外、持ち物はすべて取り上げられた。

ジェネラル:何で自衛隊を送ったんだ?
高遠:多くの日本人は自衛隊を送るのに反対だった。でも小泉首相をはじめとする日本政府が決めてしまった

次に「宗教は何か?」と聞いてきたので、3人は「ブッディストだ」と答えた。彼らはなかなか理解しがたいのか「ブッダじゃない、アラーだ!」と言った。高遠氏はこれにキレて1時間半近くに渡って延々と説明をした。通訳は興味を持って身を乗り出す。こうなるととどまるところを知らなかった。

リーダー:ブッダ ムーゼン(仏陀、良くない)
高遠:ブッダとはなにか御存知でしょうか?ブッダとは神ではありませんよ

ジェネラル・リーダー:?(なお、リーダーは高遠のアラビア語を褒め、イスラム名を与えている)
高遠:ブッダとは『目覚めた人』という意味です。仏教のもとになる教えは、あなたたちが崇拝するモハメッドやイエスのようにただの人です。私たちとなんら変わらないの。ただ、今あげた人たちは目覚めた人です
高遠:一般にブッダと呼ばれているその人は2500年以上も前に現在のネパールに当たる国に生まれた王子様で、名前をシッダールタというのです

ジェネラル:なんだって?ネパールの王子様だって!モハメッドより早いのか?
高遠:この王子様はすべてを捨てて僧になり、長く苦しんだ末に悟りを開き、ブッダとなったのです。私は彼の生き方が好きなのです。私はモハメッドのことも日本で少し勉強しました。彼の生き方に感動しました。モハメッドは本当にやさしい人だったと聞いています。年上の女性と結婚してから、ビジネスで外国を渡り歩くようになり、清貧なクリスチャンやインドの修行僧を見て瞑想を覚えたそうです。そして、メッカの洞窟で、神の啓示を預かるわけですよね。シッダルータの生まれた国の言葉でいえば彼も『ブッダ』となると思います。彼らが発する真理の言葉は、土地や気候、そして文化や言語が異なればすべてが違うように聞こえますが、根底にある真理は同じだと私は信じています

ジェネラル:もし君が我々と1ヶ月暮らせばきっとイスラム教徒になると言うだろう
高遠:もし私があなたを日本に連れて行き1カ月私と一緒に暮らしても、私はあなたにイスラム教徒のままでいてくださいと言います。あなたはあなたのままに、私は私のままに、何も変える必要はないと思います。同じ宇宙に存在するただ一人の人間として私はあなたを尊敬します。私は日本で生まれ日本で育ったので、アラビア語を知りません。でも、私たちは同じ人間です。目があり、鼻があり、足があり、手がある。アラビア語でては何と言いますか?英語では?日本語では『テ』と言います。違うのは言語だけです。『アッラー』を英語で何と言いますか?日本語では『カミ』と言います。あなたの言う通り、すべては神が創造したのでしょう。それは、モハメッドやシッダルータやイエスキリストが生まれるずっと以前からある、普遍の真理だと私は考えます。私はそう信じているので、あなたがイスラム教徒でも、私が仏教徒でもなんら問題を感じません


リーダーが「でも英語を話すからスパイかも知れない」とまた話を蒸し返したので、高遠氏はこういう話がしたかったからだと説明した。するとリーダーは「すまなかった」と謝罪。どこまで通じたのか分からないが、日本語で手や足などをなんというのかと尋ねるリーダーを見て、興味を持ってくれたことは素直に嬉しかった。


なんだかこの場面はドラマのようにとてつもなく感動的だが、これを郡山氏が回想するとこうなる↓

それに関しては菜穂子がキレまして(笑)。アラーのほかに神がいないから、イスラム以外の宗教をなかなか理解しがたいんですね。高遠「アラーはどこにいる」、ジェネラル「上にいる。で、ブッダはどこにいる?」、高遠「ここにも、そこにも、一人ひとりの心の中にいるんだ」と答えたんです。でも、彼らはそれが理解できないんですよ、全然。(略)一時間半ぐらい、話し出すと止まらないんですよ。でも、あまりにも勢いがありすぎて彼らは引いてましたね(笑)「わかったわかった」と彼女をなだめるような感じでした。『人質』より

ジェネラルは7割ぐらい理解していたようだが、それを武装集団のリーダーに話してもなかなか理解しないという感じで可哀そうだったという。今井氏は郡山氏に「何を言っているんだ?」と聞いていた。

 その後リーダーとジェネラルは去り、一人見張りの民兵Aが残った。夕食である。外で爆撃の音がしている。3人「ここはどの辺」、「多分スンニエリア」、「ファルージャに近いのだろうか?」。トイレは見張り役に誘導してもらう。郡山氏はこのとき、「米軍が突入して救出の名のもとで敵も人質も一色たにやりそうに」見えて、それが一番怖かったという。(・・・しかし、怖いのはいいんですが、アンタ本当に自衛官だったのか?)

4月8日 狭くて真っ暗な民家

 朝、眼をさましてみると、近所の人なのか大勢の人が3人に挨拶しに来て、中には「菜穂子を嫁に」と2,500イラクディナール(2000円)を渡すいう建設会社社長の声もあった。見張り兵士が民衆に嫌がられていなかった。今井はこれを見てテロリストよりレジスタンスではないかと思えた。ただ、群衆は3人に対して親しげだったが、米軍を非難するときの様子は真剣だった。民兵Aは「明日ファルージャに行ってくる。明日、きっと帰れるだろう」

 夕方移動、移動先は民家、狭くて真っ暗なところ。暗くてよく分からないが高台。武装集団には「今夜はとりあえずここに泊ってくれ」と言われる。電気なし、カビ臭い、じめじめしており、冷蔵庫、タンス付きで布団あり。この民家はどうも武装集団の組織とは無関係で、預かってもらえないかと訪ね回ったようだった。ここでは通訳もいないし家の人ともコミュニケーションが取れなかった。トイレは見張り民兵B(スーパーマリオ)に案内してもらう。民兵Bは手榴弾を持った24歳の男性だった。英語を話せなかったようで「食え」、「寝ろ」という感じだった。だが高遠氏からイケマーをもらうと「サディーク」と言うようになった。家族が殺されたという。郡山氏は野外のトイレ確認役だった。1キロ先で銃撃戦をやっていた。その先にはモスクが見えた。それを知った高遠氏は「行ったことがあるかも?」→高台に行ってみたら「多分ファルージャだ」。今井氏にも「あれが戦争なんだ」と見せさせる。3人は居心地が悪いために早く寝た。

4月9日~13日 ベドウィン族が住んでいそうな民家
 
4月9日 
 
 朝、郡山氏が目を覚ましてトイレに行こうとすると、民兵Bに「頭を下げろ」と言われて頭を押さえつけられた。どうも銃撃戦をやっているようだった。
7時頃出発、武装集団4人(銃所持1人、4人のうち1人大男)と出発するが、途中で砂漠のど真ん中であることに気づいた。どういうことだと問いただすと、彼らが「バグダットには行かないが何か」と言った。高遠氏は「今日返す約束でしょ。私たちを返して!」と凄まじい剣幕で怒り出した。今井氏も「荷物を返せ!お前らアリババじゃないか!」と怒り出したため、彼らはとにかく二人をなだめる。どうも誘拐したグループとは別のグループの者たちなようだった(とりあえずこのグループも武装集団としときます)。

 ベドウィン族が住んでいそうな民家。眼の大きい青年&愛層のいいお爺さんがいる。武装集団はこの2人に3人を預け「バグダットへ行く、太陽が昇って沈むを3回繰り返してから(=3日後)向かいに来る」と言い残して去った。「ふざけんなくそったれ!」、「約束を破って、イラク人は信じられない」などと独り言のように3人は呟いた。周りは人や他の民家はない一軒家。トイレは外へ出て70メートル。解放感はあり、心地がいい。電気は4時間のみだが食事は十分、青年が市場まで買いに行ってくれた。毎日、鶏肉や甘いお茶が出たようである。そのため3人とも「水」、「たばこ」などわがまま放題に注文したという。3人は暇なので頭を洗いあったりした。高遠氏、落ち込み気分も機嫌も悪くなったので、見かねたおじいさんが流し台の上に個室を作り、バケツ1杯のお湯を渡して「風呂」を用意してくれた。

4月10日 

3人は改めて「自己紹介」をした

今井:高校の昼飯代を貯金して市民活動に充てた
郡山:俺もそうやって生活したよ。ある意味じゃ同じだよ
今井:あっ、そうなのかい総兄。こんなところで同類に会えるとは嬉しいね!
高遠:嫌だよ、この2人は異常
郡山:のりは20代後半に見えたけど、年聞いて生意気なクソガキだと思っちまったよ
今井:そんなこと言うなよ。すきでこんな顔になってるんじゃないんだからさ~
郡山:大丈夫、俺、お前のこと好きだから。なんちゃって
今井:気持ち悪いなー郡山ぁー!!


高遠:それにしても私たちが捕まったの、小泉首相の政策の大失敗のおかげよね。日本に帰ったら、これまでのイラク人は日本に好意的だったのに、その認識がすっかり変わってしまったことを伝えなきゃ
今井:そうだよねぇ。これ自衛隊を送った政府の責任だよ
郡山:まあ自衛隊が悪いわけじゃないけど。小泉さんの国際貢献に利用されている隊員がかわいそうだよ
高遠:それを言うならアメリカ兵士もね
今井:でも、最悪な思いをしているのはイラク人だ。アメリカ出て行けと言いたいよ、まったく
?:ここから出たら俺たちの経験したことを報告しないといけないね
高遠?:そうだよね。何で私たちが小泉政権の尻拭いをしなきゃいけないのか
?:報告したら参院選に響くだろうね
?:そりゃ報告したら一般の人だって自衛隊派遣がまずかったって気づくだろう


 することもなく、一日が長いためもあるのだろうか、年齢の近い高遠・郡山氏は、とにかくありとあらゆることを話したという。話に飽きると、影絵をしたり、いわゆる『ザ・ベストテン』世代のため、郡山氏は「ルビーの指輪」や「大都会」を歌い、高遠氏はピンクレディーの歌を振り付け付きで歌った。今井氏は尾崎豊の曲を歌ったら他の2人は嫌いなようで「禁止令」を出されてしまった。しかし、気を紛らわそうとはいってもそれぞれ精神的に参っていた。

高遠:ごめんね、ショックで話す気になれなかった
今井:よかった。菜穂子が声を取り戻して。心配したんだぞ
高遠:ごめんね、のりのり
今井:いやぁ、いんだけどさ~。とにかくねえ菜穂子、総兄も言ってたけど、この場を最大限に楽しむ場として考えなきゃ、持たないよ。第一、18歳の男から、こんなこと言われてるんじゃないよ!
高遠:そうだね、ホントごめん


こうして3人は家族よりも絆が深まったという。

4月11日 

 郡山氏が偏頭痛に悩まされると、おじいさんは祈ってくれた。外で青年と祈っていたのだという。するとその夜、3人は建物の外でゴザを敷いて食事をした。3人は鶏肉を食べていたが、2人は離れて野菜を食べていた。3人はかわいそうだと思って次の日から5人で囲んで食べるようにした。食後はゴザに寝っ転がって星を見たりした。

4月12日

約束の日なのに迎えなど特になし。今井・高遠氏は「忘れられたんじゃないか?」という気がしていたが、郡山氏はそう思ってはいなかった。

4月13日

朝、高遠氏は感情のコントロールが利かなくなりトイレで泣く。見かねた老人・青年はシャワーを浴びられるようにしてくれた。

4月14日 解放が決定となるも、まだ解放されず

a.荷物がない

 朝一で高遠氏はトイレに行く。そこへおじいさんがトイレにやってきて「迎えが来るぞ!」と報告、男2人はいつ帰れるのかを話していた。

高遠:ストリートチルドレンが・・・
今井:帰りのチケットの期限が迫っていてやばい
郡山:↑まずかったら立て替えてやるから心配するな


 迎えに来た武装集団の中に一人英語を話す者(=はじめてみる細身の男、ジェネラルではない)がいて「遅れてごめん。今日これからバグダットへ行くから」と詫びていた。そして車に3人を搭乗
 途中、ある民家で自家製ヨーグルトを御馳走になった。今井氏はものすごく心配そうにしていたが大人2人は平気で飲んでいた→その後、武装集団が「荷物を取りに行く」と移動したが、「管理している者がどこかへ行っていない」ため、一行は、しばらく別のビデオの現場によく似た待機場所に行って待つことにした。しかし、待機場所から別の、ある民家で、「2時間後に荷物が来るからここで待ってろ」と言われて3人はまたしても待機させられる。

 民家までの途中の待機中の話、武装集団のうち大男(ケガをした男)が左足に包帯を巻いていて、鉛弾が入ったままように見えるので、高遠「このままじゃ足を切断しないといけなくなる、病院に連れて行かないと」と指摘したが、通訳及び当人が病院には行かないと答えた(なぜかは不明?「行けない」のか?)

b.民家で自分達の報道を知る

 結局この民家で夜を明かした。その際、主人らしき人物が、お茶やお菓子&テレビを持って来て「見ろ、お前らテレビに映っているぞ!」と言う。細身の男も「君たちは有名人だぞ」。見るとそこには今井・高遠家の人達が映っている。3人はこの時点まで、日本でこんな騒ぎになっているとは知らなかった。

細身の男:だからいったろう。すっかり有名人だな
今井:まさか、あのビデオが流れたんじゃ・・・
細身の男:その通りだ!あのビデオで君たちを解放する署名が15万集まったぞ!
高遠:あんたたち馬鹿じゃない!!あんな恐ろしいビデオをみたら日本人はみんなイラクの人が嫌いになってしまう(長いので以下略)

今井:これだけ話が大きくなってるんだとすれば、俺たちが解放されたら政府は飛行機をチャーターして税金をかけて向かいに来るはずだ!それは冗談じゃないぞ!チケットもあるんだからそれをきちんと使って帰るべ
高遠:税金を使って帰るのは嫌だよう。その税金はイラクの復興資金に充ててほしいぐらいだよ
郡山:俺はここに残りたい。このままじゃ何一つイラクの現実を取れないじゃないか


 夜、武装集団が荷物を持ってきたが、明らかに当初よりバックは軽く、金はなくなり、パソコンなども当然ない。それどころかこうした「荷物」には別の所有者のものが大量に混じっているのだ。3人はどういうことだと怒ったが、彼らは「荷物を管理していたのは別のグループだったから・・・」と言いだした。この武装集団は様々なグループで構成されているのだという。

高遠:何のためにイラクに来たのよ、何のためにイラクで活動して来たの・・・
郡山:(小声で)カメラもねえし・・・ふざけんじゃねえよ、てめえら


就寝前、テレビを見て安田純平・渡辺修教氏拘束のことを知る。
 今井氏はここで細身の男に劣化ウラン=レディオアクティブ・ウェポンについて尋ねたら、通訳(細身の男)は知らないと答えた。先天性異常の子供の写真を大男(ケガをした男)に見せたら、見たがらない素振りを見せた

4月15日 ようやく解放&荷物の返却へ

a.荷物の返却

 翌日、荷物の第2便が来た。しかし、今井・郡山氏のものはだいたい揃ったが、高遠氏のものは無くなっていた。高遠氏は「早く荷物をとって来い」といい、郡山氏によると「I wanna kill you」とまで言ったという。武装集団は「申し訳ない」と重ねて謝っていた。大男は取りに行き、残った細身の男は、「ラマディの友人と違って自分で自分の首を絞めている」と、高遠氏の怒りを浴び続けなければならなかった。

細身の男:他に方法が見つからないよ・・・俺たちは、武器を持って戦うしかないんだ。自分たちの土地を守るために、家族を守るために戦うしかないんだ
高遠:イラク人も武器を持って暴れるだけじゃなくてまず、自分たちで復興できるんだ!てことを態度で示さないとだめだと思うんだよね。イラク人がその能力があるのはわかった。でも、何か協力してほしいことがあるなら、私たちに言って欲しい。そして、もし、再建しているところを空爆されたら、郡山さんみたいなジャーナリストに協力してもらって国際世論に訴えればいい。今回、あなたたちがやったことは、国際世論を味方につけるどころか、敵に回すことになったんだよ。わかってる?


細身の男は壁にもたれて膝を抱えて座り、高遠氏のことを泣きそうな目で見ている。

細身の男:どうしたら君と友達になれるんだ?
高遠:友達だから言ってるんだよ


(美化されている可能性があるので割り引いて受け止めましょう)

さて、ここで一応デジタルカメラを取り戻せた郡山氏の中にある気持ちが湧き上がった。

郡山:俺は残りたい。ここで君たちを撮って、戦っているムジャヒディンの毎日の生活や家族との関係を取材したい。すべてを撮りたい。俺がそれを日本に持って帰ればすべてを公表できるから
武装集団:それはありがたいし君たちが友人だというのもわかっている。でも、今、この付近で外国人を動かすのは大変なんだ


ここで無理を言って自分が残ったところで、彼らを間接的に危険にさらすことになりかねない。だから、一度バグダッドに戻って、また出直そうと郡山氏は考えた。

 そこでお茶を飲んだりしているうちに迎えがやってきて、また目隠しをして移動→郡山氏はこっそり目隠しをずらして外を見たら救急車で移動しようとしていた。手を引いていた英語のできる男性が「頼むから外を見ないでくれ」と言っていたがこっそりカメラを探すものの、結局撮れなかった。車が走り出した。今井「今どこ?」郡山「仮にここがファルージャなら、バグダッドへは1時間かかる」、すると10分ぐらいの後、車が進まなくなった。高遠「ファルージャには渋滞する場所はない」、渋滞から抜けて5分後、ドライバーの携帯電話が鳴りだした。「ここはバグダッドではないのか?」との思いが込み上げてきた。

b.解放の謎

 携帯が鳴ってから20分ぐらいたって、車が停まって門が開く音がした、3人は目隠しをされてもちろん民家へ移動である→移動先で目隠しを取ると、キディル・ディアという日本語の話せるイラク人男性が「君たちは解放された」と言った。でもビデオカメラを回している彼の兄がいる。ディアは「僕は6年ぐらい日本に住んでいて、テレビ朝日とか日本テレビで仕事をしていた。通訳なんだけど、今回は君たちを助けるために来たんだ」。さらにディアが言うには、自分はたまたま里帰りをしていた、そこでこの事件があって、自主的にアラビア語の看板を掲げて「3人を知らないか」と探していた、というのだ。しかし、兄のカメラにはまんま「日本テレビ」とある。郡山氏は聞いた。「日テレだが?」。ディア「いや、今回は違うんだ」。「日テレが自分を撮るなら、自分は撮りかえすぞ。俺は撮るのが仕事なんだ」と郡山氏は言い放ってカメラを向け、この映像がお茶の間に流れて非難を浴びた。そうこうしているうちに、イラク聖職者協会のクベイシ氏が来た。クベイシ氏は「解放されてよかった」と言った。イラク大使館の人達が迎えに来たのだ

 イラク大使館、着いたら犯行声明文付きでビデオが贈られたことを知る。2階へ昇る。大木正光イラク特命全権大使が現われた。「大変だったでしょう」大使が声をかけると、凄まじい剣幕で泣きながら高遠氏が詰め寄った。

高遠:自衛隊は撤退しないのですか!今回の事件は自衛隊派遣のせいですよ!
大木大使:そんなことはありえないでしょう。国が決めたことだから
高遠:イラクの人達にとっては自衛隊の支援なんてただの占領ですよ!そんなこともわからないんですか?
大木大使:・・・何か持ってくる(と言ってしばし退散)


c.取り調べ

 大使館に隣接するアパートが3人の宿泊施設だった。事情聴取が始まった。

 かまたさんは今井氏に聞いた。「NHKでは、犯行声明文が君達に手渡されたと報道されているんだが」、「犯人を捕まえてほしいですか?」。何を言ってるんだろう・・・「捕まえてほしいとは思ってません」。「ストックホルム症候群は御存知でしょう?」、「なんですかそれは?」。ムカついた。今井氏は病人扱いされたことも、武装勢力の気持ちが分かって何が悪いんだと思った。

 郡山氏には警察官は最初っから「こうだったんでしょう、ああだったんでしょう」というかんじで、「迷惑掛けたんだから」とこちらを一方的に悪者扱いしている言葉が多かったように見えた。だから「2人から聞いてるでしょう?」という言い方をし、「わかりません、忘れちゃいましたね」と適当に答えた。
「今後はこんな危ないとこに行かないでよ」と言われたので、おまえらにいつ迷惑かけたんだ!という気持ちが湧き上がり「じゃあ、あんたは危険だという理由で警察を辞められるか?」と怒鳴り付けた。メディカルチャックの後、再度の事情聴取は腹が立った。「犯人達の特徴を覚えている限りでいいから話せ」、「我々は今回の事件を誘拐事件として立件し、しかるべき処置を取らなければならない」と言いだした。「じゃああんたがたが事情を集めて捕まえに行けばいいじゃないか!でも、そんなことはしないだろ!米軍が流す情報を、ただ待ってるだけだろ?自分でやらない癖に何えらそうなことを言ってんだよ!」と怒鳴った。さらに「犯人があれだけ入れ替わり立ち替わりするので、ストックホルム症候群のわけがない!」と言った。郡山氏は自分を「不当に取り調べた」警察官の名刺をなくしたという。

3人とも犯人逮捕や刑罰は望まなかった。高遠氏は上村司臨時代理大使に提案した

高遠:アンマンから帰りのチケットを持ってるんです。残りたい人は残るし、帰りたい人は帰りますのでアンマンまで送っていただければ結構です。そこまでの料金はお払いしますんで
臨時代理大使:取りあえず政府が用意したルートで帰りましょう。あなたたちは知らないけど、日本中にこれだけ心配をかけたのだから



こうして3人はこんな感じで帰国したのであった

(ああ、キーボード打つのもういやだー・・・)

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