曽我ひとみさんの家族に単独会見「早くお母さんに会いたい」 週刊金曜日2002年11月15日号


※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。



曽我ひとみさんの家族に単独会見 「早くお母さんに会いたい」

「お母さんがいないので、ご飯がのどを通りません。お父さんもよく
 眠れないみたいです。1日も早くお母さんを家に帰してください」

━朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)にいる曽我ひとみさんの家族が、
初めて日本のメディアのインタビューに応じた。
この声、日朝両政府にどう届くだろうか。

本誌日朝問題取材班



 北朝鮮に拉致され、日本に「一時期国」している曽我ひとみさん(四三歳)の家族三人
が十一月一〇日、平壌市内の高麗ホテルで『週刊金曜日』の単独インタビューに応じた。
夫の元米軍兵士、チャールズ・ロバート・ジェンキンスさん(六二歳)と、長女の美花さ
ん(平壌外国語大学生、十九歳)、二女のブリンダさん(同大学生、十七歳)の三人。
 ひとみさんからは十月十五日に平壌空港から旅立って以来、なんの連絡もないという。
二時間近くにわたるインタビューで、三人はときおり目を潤ませながら、ひとみさんに会
いたい思いをこもごも語った。
 美花さんは、日本に行きたいかとの質問に「おじいちゃんや叔母さんに会ってみたいけ
ど、今は早くお母さんに帰ってきてほしい。お母さんが帰ってくれば安心して、日本にも
行けるし、おじいちゃんたちに来てもらうこともできる」と話した。ブリンダさんも、う
なずいた。
 ジェンキンスさんは、最後に、「もし妻が朝鮮に戻ってきたくないのであれば、一度平
壌の飛行場にでも来てほしい。そしてそこで日本に住むのか、朝鮮で住むのか、話し合う
こともできると思います」と訴えた。


「二〇〇五年までは日本に行けない」とジェンキンスさん

 午後一〇時十五分すぎ、三人は私たちが宿泊していた高麗ホテルの三階にある会議室に
姿を見せた。ジェンキンスさんは灰色のスーツ姿で、茶色の髪、疲れきった表情だ。最初
にA4二枚に英語で手書きした文章を読み上げるときは、眼鏡をかけた。英語が主だが、
ときおり朝鮮語もまじる。感情が込み上げると、ハンカチで何度も顔をぬぐった。
 美花さんとブリンダさんは揃いの紺のスーツに黒いストッキング。ひとみさん似の美花
さんは、スーツの下に赤いセーター。終始うつむき加減だった。丸顔にそばかすのブリン
ダさんは、黄色のセーター姿。記者の目をのぞきこむように話す。姉妹とも指を固く組む
ことが多かった。とくに大学の専攻は英語、インタビューには朝鮮語で答えた。
 日本政府の「拉致問題に関する事実調査チーム」(団長、斎木昭隆・外務省アジア大洋
州参事官)が一〇月二日にまとめた報告書によると、ジェンキンスさんは南朝鮮侵略軍第
一騎兵師団八連隊一大隊C中隊の分隊長として勤務中の一九六五年一月五日に、北朝鮮に
入国している。
 インタビューでジェンキンスさんは、北朝鮮入国の経緯は話したくないと言ったが、ベ
トナム戦争への派遣を拒否したことは明らかにした。
「脱走兵の時効は四〇年と聞いているので、それまでは(米政府に訴追される恐れがある)
日本にいけないが、その後(二〇〇五年)なら行ける。ただ、今現在は、北朝鮮で自由に
暮らしている。私の妻が帰ってこないなら死んだほうがましだ。私は、一九六一年に休暇
のため立川墓地や横浜に三〇日間いたことがあり、日本も日本人も好きだ。だけど今、私
の妻は日本に束縛されている。その理由がまったく理解できない」と話した。
 ジェンキンスさんは、ひとみさんが日本人であることは八〇年代六月に出会ったときか
ら知っており、子どもたちも幼いころから母が日本人であることを知っていた。しかし、
朝鮮に来た経緯は三人とも知らなかったという。「日本に行く二週間前(一〇月初め)に、
妻から説明を聞いたが、袋に押し込められて運ばれたとは到底信じることができなかった」
と目を伏せた。

 美花さんによると、休みの日はよく家族で散歩をしていたという。江原道(カンウォン
ド)にあるソンドウォン(松濤園)の海水浴場に泳ぎに行ったことも良い思い出。ひとみ
さんは、自分の父母や妹、学校の話など、日本の故郷の話もしてくれた。『世界にうらや
むものはない(セサンエプロムオプソラ)』という朝鮮の歌をよく歌ってくれた。たまに
日本語の歌も歌っていたが、姉妹とも日本語がわからないのでどんな歌かはわからなかっ
たという。
 美花さんはお母さんの料理ではハンバーグが好物、ジェンキンスさんとブリンダさんは
カステラが美味しいと話す。しかし、帰国予定日を過ぎてもひとみさんが帰らないので食
欲がなく、朝食は抜きがちだという。美花さんは、大学にも行きたくないと声を落とした。


「冬着がないお母さんが心配」

 美花さんによると、ひとみさんを見送った平壌空港で、日本政府の人が撮影したひとみ
さんや自分たちの写真を渡してくれた。そのなかには、拉致された横田めぐみさんの娘、
キム・ヘギョンさん(十五歳、中学生)と四人で写した写真もある。そのとき、キムさん
とは初対面だったのでほとんど話をしなかった。
 美花さんは「空港で日本の女の人が木の人形をくれて、『私たちが責任を持って一〇日
経ったらお母さんを連れて帰ってくるからね』と言ったのに、もう一ヶ月近く経った。な
んでお母さんを帰してくれないか知りたいし、その前にとにかくお母さんに会いたい。お
母さんは、お母さんの妹と子どものときに別れたと聞いたので、会いに行って一緒に過ご
すことは理解できるし、そうするべきだと思う。お母さんは一〇日の約束だったから、コ
ートや靴などの冬着も持たずに日本へ行った。病気になっていないか本当に心配です」と、
顔を曇らせた。
 インタビューを終えて三人が帰るとき、記者が「お母さんが心配するから、ちゃんと食
べるようにしてね」と声をかけると、姉妹は、はにかむようにようやく少し笑顔を見せた。
ホテルの玄関で迎えの車に乗り込むとき、ジェンキンスさんは少したどたどしい日本語で
「アリガト」「サヨナラ」と話し、握手を求めてきた。


『週刊金曜日』は今年夏、イラクに続く「ブッシュが狙う“悪の枢軸”」企画の一環とし
て、朝鮮戦争時の米軍の残虐行為や最近の経済制裁の取材を北朝鮮政府に申し入れていた。
一〇月になって取材許可がおり、一〇月三一日から一一月一二日まで、平壌を中心に取材
班が北朝鮮を訪問した。
 この間に、日朝首脳会談が開かれるなど情勢が大きく変わったため、取材班は平壌到着
初日から、北朝鮮と国交のない国や民間組織との交流の窓口となっている組織、朝鮮対外
文化連絡協会(対文協)に日朝交渉関係の取材を申し入れた。今回のインタビューは曽我
ひとみさんの家族の同意を得て、実現した。
 インタビューの了承が伝えられたのは、帰国が迫った一一月九日夜。対文協関係者が二
人、英語と朝鮮語の通訳としてついた。事前に主な質問項目を提出していたが、質問は自
由に行うことができ、制約はなかった。インタビューは日本語と英語、朝鮮語が入り混じ
って行なわれた。会見の主な内容は次の通り。


●日本政府の人が10日で帰ると約束した


━ミン・ヘギョンさん(曽我ひとみさんの朝鮮名)が朝鮮に戻ってこないことをどう思っ
ていますか?

ジェンキンス 今とても辛い思いをしています。その思いを文章にしてきたので、読みます。

 私は妻が二四日に帰ってくると思っていました。迎えにきたサエキという男性(編集部注:
斎木昭隆・外務省アジア大洋州局参事官か?)という日本政府の人が、空港で、一〇日間で
妻は帰ってくると約束したからです。今日は一一月一〇日です。まだ妻は帰ってきていませ
ん。
 今、私が望むのは、妻が帰ってくることだけです。妻にはもう秘密はありません。これ以
上日本にいる必要も感じられません。私は、妻が私をとても愛していることを知っています。
そして、娘の美花とブリンダが妻を待っています。美花は、日本には住みたくないと言って
います。日本の政府が私の妻を一刻も早く帰してくれることを望みます。
 日本の小泉首相が平壌に来たときはとてもうれしかったですし、金正日総書記と握手した
場面は本当に感動的でした。しかしその後、朝日の関係には進展がありません。妻が朝鮮に
戻ってくれば、そのときに妻のお父さんやお姉さんも一緒に来ることができるでしょう。私
は朝鮮で三七年間、幸せに暮らしてきました。今みたいに苦しい状況は初めてです。妻が日
本でどうしているのか心配です。
 私は朝鮮の公民ですし、平壌の市民権も持っています。金正日総書記の配慮で娘たちは伸
び伸びと学校で学んでいます。そして国から、車ももらいました。私たちは何不自由なく暮
らしています。今要求することは、妻が帰ってくることだけです。
 私は一九六一年、日本で三〇日間過ごしたこともあるので、日本や日本人が好きです。し
かし妻は今、日本で両手を縛られている状態にあります。

美花 空港で日本の政府の人が、お母さんはお土産をたくさん持って帰ってくると言ってい
ました。お土産なんかいりません。早く帰ってきてほしいです。今まで生きてきて、こんな
に長い間お母さんと別れたのは初めてです。電話もこないので、元気なのか、病気になって
しまっているのか、わかりません。とても心配です。

ブリンダ お姉さんと同じ気持ちです。早くお母さんを帰してください。


━ひとみさんが日本人だということを知っていましたか?

ジェンキンス  知っていました。娘たちも小さなときから知っていました。しかしどのよう
にして朝鮮に来たのかということは、妻がここを経つ二週間前に知りました。袋に入れられて
連れてこられたということを言っていました。このことは信じられなかったし、今も信じ難い
です。過去に朝鮮が日本人を二人拉致したという話を聞いたことがありました。そのときも、
金日成主席が導くこの国で、そんなことはあり得ないと思いました。


━お母さんはどんな人ですか?

美花  世の中に「お母さん」はたくさんいますが、私にとっては私のお母さんが一番です。
本当に好きだったけど、いなくなってさらに大切さを感じています。


━お母さんとの思い出を話してください。

美花  思い出は本当に多いです。お母さんと休みの日に散歩もしたし、遊園地やソンドウォ
ンの海水浴場にも行きました。お母さんは『世界にうらやむものはない(セサンエプロムオプ
ソラ)』という朝鮮の歌をよく歌ってくれました。お母さんは寝る前に、日本のおじいさん、
叔母さん、そしてお母さんの通った学校の話をしてくれました。
 お母さんがいないと本当につまらないし、学校にも行きたくありません。帰ってくるはずの
日が過ぎてからは、三人ともご飯がのどを通らないし、お父さんはよく眠れないみたいです。

ブリンダ  いなくなってみて、どんなにお母さんが私たちにとって大事な存在なのか身にし
みて感じています。お母さんを帰してくれるのか、くれないのか、一体どうなっているのでし
ょうか。


━お母さんのつくる料理で好きなものは何ですか?

美花  お母さんの作る料理はなんでもおいしかったです。その中でも特に好きなのはハンバーグです。

ブリンダ  カステラです。


●お母さんが帰ってきたら日本に行ける

━日本に行ってみたいですか?

美花  叔母さんとおじいさんに会ってみたいです。でも今、思うのは、お母さんを早く帰して
ほしいということです。お母さんが帰ってきたら、休みを利用して一緒に日本に行くこともでき
ると思います。


━おじいさん、叔母さんに伝えたいことはありますか?

美花  健康であってほしいし、お母さんと楽しく過ごしてほしいです。

ブリンダ  時間があったら私たちに会いにきてほしいです。


━美花さんとブリンダさんの名前は誰がつけましたか?

ジェンキンス  美花は妻がつけました。ブリンダは私の妹の名前です。ブリンダは私の妹にそっ
くりです。


━大学での専攻はなんですか。なぜそれを選んだのですか?

美花  英語です。英語は国際的に通用する言葉だし、特に北朝鮮の主体性を世界に伝えるには英
語が必要だからです。

ブリンダ  私も一緒です。


━お父さんの母国語だからですか?

美花  それが理由ではありません。


━お父さんが英語を話すので、覚えやすいですね。

ブリンダ  はい


━ジェンキンスさんがひとみさんと出会ったんはいつですか?

ジェンキンス  一九八〇年六月三〇日に私の家で会いました。私は妻に英語を教えました。妻は記
憶力はよいのですが、書き取りが苦手でした。


━結婚の動機は何でしたか?

ジェンキンス  私たちは朝鮮に親戚、家族もいなく孤独でした。お互い同情もしました。結婚して
からはとても幸せに暮らしました。


━ジェンキンスさんはどんなお仕事をなさっていたのですか?

ジェンキンス  一九七二年から一九八〇年まで、平壌外国語大学で英語を教えていました。
その後、たまに映画に脇役として出演したりもしました。


━ジェンキンスさんが朝鮮に来た理由は何ですか?

ジェンキンス  言いたくありません。そのことについて一つ言えることは、朝鮮に歩いて来たとい
うことだけです。


━『スターズ・アンド・ストライプス』という米軍の準機関紙が、ジェンキンスさんに恩赦はあり
えないと書いていました。

ジェンキンス  私は軍に服務していましたが、ベトナム戦争に行くよう命じられたときは拒否しま
した。今は、軍事問題に対して関心はありません。私はあと三年で時効になります。知り合いに私は
「あと三年で自由になれるね」と言いますが、私は三七年間自由でした。


━ブッシュ米大統領が朝鮮を「悪の枢軸」だと言ったことについてどう思いますか?

ジェンキンス  ブッシュは戦争しか考えない人です。イラクでも戦争を起こそうとしています。そ
して武器を大量に使おうとしています。こうすることによって米国の資本家は、お金をもうけるので
しょう。


━空港でお母さんとどんなやりとりをしましたか?

美花  お母さんは私に日本政府の人から受け取った写真を渡して、一〇日間で帰ってくると言って
いました。そして女性の日本政府の方が私に木の人形をくれて、お母さんは責任持って一〇日間で帰
すからねと言ってくれました。一〇日がとうにすぎたのになぜ帰ってこないか知りたいです。
 知るよりも早くお母さんに会いたいです。お母さんは冬用のコートや靴を持っていかなかったので、
寒くないか心配です。

ブリンダ  家の越冬の準備もお母さんがいないとできません。


━こちらから電話はしましたか?

美花  電話より早く会いたいです。

ジェンキンス  (記者に向かって)電話番号を知っているなら教えてください。


━これから日本との関係はどうなってほしいですか?

美花  日本と朝鮮は近くて遠い関係です。これが良い関係になったら、どんなにうれしいかわかりま
せん。しかし今、日本の政府は約束を破って、お母さんを帰してくれません。こういう約束を守ればこ
そ朝鮮と日本の関係が良くなるのではないでしょうか。


━日本の市民たちに伝えたいことはありますか?

ジェンキンス  デモを起こしてでも妻を帰すよう日本政府に伝えてください。

美花  今、お母さんのことを考えるだけで涙が出ます。約束を守ってください。

ブリンダ  空港での約束を守ってください。

ジェンキンス  もし妻が朝鮮に戻ってきたくないのであれば、一度平壌の飛行場にでも来てほしい。
そしてそこで日本で住むのか、朝鮮で住むのか話し合うこともでいると思います。私は今、日本に
行けませんが、娘たちは行くことができるのですから。




初出:

【立ち読み】週刊金曜日不買運動【だけに白】
http://corn.2ch.net/test/read.cgi/mass/1037286566/l50

57,58,59,60,61,62,63,68,73,74,75,90,91,92,94
あっぷろーだー氏 ID:LbL1JuxZ
94 名前:あっぷろーだー 本日の投稿:02/11/15 12:29 ID:LbL1JuxZ
以上、「週刊金曜日」11月15日号(No.436)、P.8-13 、全文うpしますた。

大きな間違いはないと思いますが、急いで打ったのでタイプミスなどあるかもしれません。
見つけたら脳内補完してください。

乙です!

 

ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。