横田めぐみさん拉致疑惑


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※当時の認識を表わすために「疑惑」という表現を用いています

あと30年ぐらいしないと認めなさそうだとこの時は思ったなー


 97年2月のある日、飯を食いつつ、朝のワイドショーを見ていたらとんでもない話題がやっている。それによると、今から20年前の1977年、当時中学1年生だった横田めぐみさんが下校中失踪したのだけど、今になって実は北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)に拉致された可能性が非常に高いというではないか!生まれる2年前の話か・・・・・・。どうも亡命した人の話から判明したということで、さらに北朝鮮で成人後のめぐみさんを目撃したという元工作員(安明進)までいるようだ。一瞬間違いだったらどうするんだろうかとも思ったりもしたが、反中・反朝な発言に敏感なテレビで、北朝鮮という特定の国を名指しして取り上げる以上は100%断定するに足る裏づけの蓄積があるはずだ。そんなことを思いつつその裏付けはよく知らないのだが。

 昭和39年(1964年)生まれか・・・・・・。この話を知ってめぐみさんと同い年の従姉のこと思い出した。86年ごろ、物心ついたとき既に成人だった彼女の部屋に無理を言って一度あがらせてもらったことを憶えている。洋服や細々とした化粧品・・・・・・。いかにも20代の女性らしく自分で稼いだ金でこれらのものを買っているのが子供心に羨ましく思ったのだ。はっきり憶えているのは単三乾電池2個で駆動するカセットタイプのウォークマンである。また3年前に兵庫に行ったとき従姉のアルバムを見たことも思い出した。その中には両親と従姉の写真があって、少女時代のものが何枚かあった。ただ、そのアルバムには(ここの文を書くためのこじ付けではなく本当に)78年からしかなかった。めぐみさんもこの従姉と同じような生活を、、本来ならしていたはずなんだよな。

 この後も米支援や、金大中による南北首脳会談もそうだが、こういうときには必ず好意的な評価がある。しかし、まずは北朝鮮の悪い点を追求しなければいけないんじゃないのか?こういう善意の声にいつも掻き消されていた拉致被害者家族の姿をテレビで見るたびに、「北朝鮮に拉致したことを認めさせられるのだろうか?」と思わざるを得なかった。どうもこの時も残留孤児が60過ぎて日本の肉親と再会する姿を思い出していた。

1- めぐみさん拉致事件の概要


※暫定的なものです

 77年11月15日 午後6時半過ぎ、バドミントン部の練習を終えたチームメート2人と一緒に校門を出て同市水道町の自宅へ向かった新潟市立寄居中1年の横田めぐみさん=当時(13)=が帰宅せず、行方不明になった。1人とはすぐに別れた。海岸方向へ200メートル坂を上った四つ角で、もう1人に「バイバイ」と言って別れた後、消息不明になる。警察犬による捜査では、通りから自宅方向へ左折する丁字路よりも手前、自宅までわずか200メートルのところで足取りが途絶えた。事件当時、現場周辺で白い車や不審者を見たとの目撃情報や、工作船がエンジンをかける時のような「ドン」という爆発音を聞いたという証言があった。その後新潟県警が大規模な捜索をするも、何もわからないまま時が過ぎたが、90年代に亡命者から北朝鮮に拉致されたことが伝わる。

 97年2月 元北朝鮮工作員安明進は、あくまで実行犯丁教官からの説明として「海岸から脱出しようと待機していた工作員2人が、迎えの小型船と連絡を取るため無線機でひそひそ話をしていたところを、めぐみさんに見られた。2人は警察への通報を恐れ、「とっさの判断」でめぐみさんを拉致。口をふさいで海岸へ連れて行き、もう1人の工作員と合流、小型船から母船に乗り継いで北朝鮮・清津へ向かった」と聞いたことを証言した。その後98年8月、安元工作員は実際に足取りが途絶えた現場を見て「このような人目につく場所で工作員は絶対に無線機を使うことはない」と丁教官の「遭遇拉致」という説明に疑念を持つ。また、1977年11月15日の午後6時は真っ暗で、無線機を使ってもめぐみさんに目撃されることはない。

 02年9月 日本政府調査団に対して北朝鮮がした「工作員は身辺の露出の危険性を感じ、露出を防ぐために拉致した」という説明をした。しかしこれは、まさに丁教官の言い分と同じような理屈であった。安明進や救う会は、「1976年の金正日指令で日本人教官を拉致する目的をもって新潟に侵入し、通りかかっためぐみさんを拉致したが、教官として若過ぎた。丁教官は13歳の少女を拉致してしまったことに対してはかわいそうなことをしたという気持ちを持ったようだったから、遭遇拉致だのセーターを着ていたから大人に見えただのとうそをついた。実際は待ち伏せしていたところ、通りかかっためぐみさんを拉致した」と見ていた。

 04年~05年 曽我ひとみさんによると、めぐみさん自身が「待ち伏せされた」「私は空き地に隠れていた人間に拉致された」と語ったという。

11年 元北朝鮮統一戦線幹部チャン・チョルヒン氏の話では、1977年、金正日は、大人を拉致してスパイ化するのが困難だと悟ると、子供に北朝鮮の教育をして北朝鮮のスパイとして使おうと考え、海外で工作活動が終わって帰るときに拉致をしろという指令を工作員に出ていたという。
TBSnews i(2011年12月10日)

実行犯 

  • 丁順権、1954年生まれ、清津連絡所工作員、工作員養成学校11期生。1988年、大韓航空機爆破事件で自殺に失敗した金賢姫が転向したため、同期生60名と再教育指令のために金正日政治軍事大学(当時は「労働党直属政治学校」)に再入学。安明進氏らの生活指導担当教官をしながら工作員教育を受けた。色々言い訳をしているようだがこの人は要するに炉利なのだろう。もっとも将軍様の指示で年齢が指定されていたというのなら別だが……と書いたところで、上にもある通り金正日の指示であったことが判明した。

2-日朝首脳会談(小泉訪朝)以前の歩み


1996年、朝日放送の石高健次氏が「中学生の女子が拉致された」との情報を北朝鮮工作員(安明進じゃないよ)から入手。これが誰かを調べたら横田めぐみさんではないかということで、97年に産経新聞・アエラなどで大々的に取り上げられた。この話がきっかけで、拉致被害者の家族会・救う会が結成された。


77.9.19 宇出津事件、久米裕さん拉致 直後に実行犯李を逮捕。
       ところが李は起訴されず釈放され、事件は公表されず。圧力がかかった疑いも
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77.11.15 横田めぐみさん、中学校の部活動(バドミントン部)を終えて下校中、自宅近くで友人と別れた後、消息を絶つ

80.1.7 産経『アベック3組ナゾの蒸発』
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85.2.24 韓国安企部、辛光洙逮捕により原敕晁さん拉致発覚(80年6月20日拉致される)
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87.1.22 寺越武志さん生存の手紙が届く
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87.11.29 大韓航空機爆破事件
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88.1.15 金賢姫、会見で「李恩恵から日本語を習った」
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88.9.6 石岡亨さんの手紙「有本恵子さん・松木薫さんと北朝鮮にいる」が届く
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90.9自民・社会両党(金丸信元副総理・田辺誠元委員長)合同訪朝団。第18富士山丸船長ら2人の釈放を約束
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91.5.15 埼玉県警、李恩恵が田口八重子さんであると発表(報道では匿名)
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92.11 第8回交渉(北京)で日本側が「李恩恵」問題を提起したことに、北朝鮮側が反発し、交渉中断
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96.11 『現代コリア』10月号に、朝日放送の石高健次氏が匿名の北朝鮮工作員の証言を紹介

96.12.14 これを読んだ現代コリア所長佐藤勝巳氏「そういえば新潟海岸で行方不明になった少女がいたが(誰だっ
た?)」→その場に居た新潟県警幹部「それは横田めぐみちゃんだ!」

97 現代コリア1・2月号に「10月号の人は横田めぐみさんである」として記事を掲載

97.1.21 上の情報を得た兵本達吉氏がめぐみさんの父横田滋さんに連絡→「北朝鮮で生きているようです」

97.2.3 西村議員、衆議院予算委員会で「少女拉致事件」で橋本首相に質問
       アエラ、産経朝刊で横田めぐみさん実名報道

97.2.4 アエラ・産経を目にした高世仁氏が、ニセドル札使用事件のおまけでめぐみさんについて安明進元工作員に質問

97.3.13 横田夫妻、石高氏と韓国へ同行して安明進元工作員と面会

  3.25 「家族会」結成
   ↓
97.5.1 日本政府「7件10人が北朝鮮に拉致された可能性が高い」

  10.4 「救う会」発足
   ↓
98.2 安元工作員の証言から、めぐみさんにえくぼがあることを確認

98.4.17 家族会、小渕外相に署名30万人分提出
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99.5.2 日比谷公会堂で第1回国民大集会開催。1900人集まる

00.3.6~7 北朝鮮のコメ支援に抗議のため「家族会」「救う会」が外務省、自民党本部前で座り込み
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01.5.1 金正男「ディズニーランドの行きたいから」入国管理局に拘束される。田中真紀子が返す
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01.10.6 日本政府、北朝鮮に米50トンの支援決定
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02.1.29 ブッシュ米大統領、「イラン・イラク・北朝鮮は悪の枢軸」発言
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02.3.12 八尾恵、有本恵子さんをだまして北朝鮮に引き渡したことを認める

02.9.17 小泉訪朝 北朝鮮いわく5人生存8人死亡 「めぐみさんは死亡」 もちろん確認は取れてない



3-97年時点でなされていためぐみさんに関する証言


96年暮れにその氏名が特定されるはるか前に韓国政府は日本政府に情報を提供していたようである。

① 1994年末に韓国に亡命した工作員(氏名不詳)からの伝聞情報 95年


 日本の海岸からアベックが相次いで拉致される1年か二年前、恐らく76年のことだったと思う。13歳の少女がやはり日本の海岸から北朝鮮に拉致された。どこの海岸だかその工作員は知らなかった。少女は学校のクラブ活動だったバドミントンの練習を終えて、帰宅の途中だった。海岸からまさに脱出していた北朝鮮工作員が、この少女に目撃されたために連れ帰ったという。少女は賢い子で、一生懸命勉強した。「朝鮮語を勉強すればお母さんのところへ帰してやる」と言われたからだった。そして18歳になった頃、それがかなわぬことがわかり、少女は精神に破綻をきたしてしまった。少女は双子の妹だという。※正しくは拉致されたのは76年→77年、双子の妹→弟が双子

 このほかに北朝鮮工作員の監視下でいいから新潟へ連れていって、遠くから親の顔を見させてほしいと頼んだ。自分は声もかけないし、密かにじっと黙っているからとまで頼んだが帰してもらえなかったということも伝えられている。

② 金賢姫が招待所のおばさんから聞いた話


 拉致された人の中には、まだ高等学校に通っていた少女もいたという。その生徒は金持ちの娘だったのか、自分のものを選択することさえできなかったという。(金賢姫「忘れられない女」)

③ 安明進証言


  • 1988年10月10日、金正日政治軍事大学では朝鮮労働党記念行事のさい、清津連絡所から来た『丁』指導員が、日本人の女性共感の一人を指しながら「あの髪の短い女性が私が連れてきた娘だ。当時よりずっときれいになった。学校に戻ってから1,2回彼女と出会うことがあって、懐かしくて私から挨拶したが知らんぷりされてさびしかった。来たにつれてきてからもう10年経過しているので私の顔を忘れているのかもしれない」などと語ってくれた。学生達がじっと見つめていると、恥ずかしがって顔を赤くして頭を下げていった。特に彼女が笑うと深くくぼんだえくぼは、見る人に心優しい印象を与えていた。当時、彼女の年齢は26~27歳に見えた。身長は160センチぐらいで、紺色のスーツの下に薄いピンクのブラウスを着た彼女は、私達の目にはとても美しく見えた。彼女は金正日政治軍事大学の分校で、日本人化教育をたんとうする教官として働いていた。彼女達は北朝鮮の教官ともあまり話をしているようではなかった。(安明進「北朝鮮拉致工作員」)

  • 船倉に40時間以上も監禁されたまま北朝鮮に連れさられたが、めぐみさんは「お母さん」と泣き叫び、壁などをひっかいたのか指は血だらけになっていた。

  • 丁指導員は「その後78年新潟に侵入した。自分が拉致しためぐみさんのポスターが貼ってあったので剥がして持ち帰った。今もそれは保管している」と安明進に言ったそうだが、安明進はポスターを見てはいない。


4-確認


① 重要なことだが


  • 自国民の拉致は重大な主権侵害
  • 国家はこのような事態では一刻も早く助けなければいけない(イラクの三バカすら国が助けた)
  • 北朝鮮の日本人拉致→完全な平時 日本の「強制連行」→白人がアジアやアフリカで植民地作りに励んでいた明治~昭和20年までの、有史以来類を見ない異常な状況を考えれば戦時に備えて徴用するのが当然だろうし、そもそもこの時点で朝鮮人は「日本人」じゃないか!(色々言いたいけどやめときます)
  • 朝日新聞のスタンス=まずは国交正常化&植民地支配の謝罪。拉致問題は日朝国交正常化の障害

そして超重要な北朝鮮成立の経緯のことだが

1950年、ソ連の大尉だった金日成が勝手に韓国に侵攻して朝鮮戦争が勃発→休戦して「北朝鮮と韓国」の形になった。南北分断の責任は金日成自身である。敗戦後の占領統治下の日本はこの間何もしていないのに北朝鮮や日本のサヨクから分断の責任者にされている。

  • 北朝鮮の数々の問題は金日成・金正日のせいであって、日本の「植民地支配」とは何の関係もない!!!

② 政府認定した人 小泉訪朝以前


  • 1988年→久米裕さん、原敕晁さん、李恩恵(誰?)、市川修一・増元るみ子さん、地村保志・浜本富貴恵さん、蓮池薫・奥土祐木子さん
  • 1997年→久米さん、原さん、李恩恵(田口八重子さん)、アベック3組+横田めぐみさん
  • 2002年→久米さん、原さん、田口さん、アベック3組、横田さん+有本恵子さん

  • 9、17安否確認→久米さん、原さん、田口さん、アベック3組、横田さん+有本さんと石岡亨さん・松木薫さん

ところがここで北朝鮮側から日本が把握していない曽我ひとみさんの存在を知らされるので、慌ててひとみさんと同時に拉致された母ミヨシさんを認定、ついでに石岡さんと松木さんを認定


③ なぜ拉致被害者家族は実名を公表したのか?


実名を出すかどうかでめぐみさんの父・滋さんと母早紀江さん、双子の弟・拓也さんと哲也さんは悩んだが、最終的に滋さんの、以下の理由によりに実名を出す決定をした

 実名を出して写真を出さなければ工作員の証言に信憑性というものが出てこない
→実名を出せば殺されてしまうのではないかいう心配
→しかし実名で救出運動をすれば、逆に金正日も下手に手出しできないと判断


④ なぜ家族会や救う会はコメ支援に反対したのか?


  • だいぶ前から多くの国が金や食料を毎年支援していたのに、95~97年餓死者300万→食糧が行き渡ってないから
  • 亡命者・強制収容所の人・医師らの証言→食糧が行き渡ってない
  • 日本でちゃんとやっているかチェックしようにも北朝鮮が指定するから→食料が行き渡っているか確認できない

もっと言えば基本的人権とか福祉国家のような概念がないから独裁体制→だから食料が行き渡らない

こんなありさまだから話にならんのである。日本が北政府に無断で直接「潜入」して米を渡すしかないが、そんなことしたら北朝鮮から「我々に話をしないで勝手なことをした!」と終始因縁をつけられるだろう。ではNGOならどうかとも思うが、結局これも「北朝鮮の意図どおりにやるしかない関係」でないと関係が成立しないために、レインボーブリッチのように北の言いなりとしてしか成り立たないだろう。



5-独裁の構図 超略図


北朝鮮

ある人が民主主義・資本主義に対する不満を持つ

①「マルクス・レーニン主義、主体思想、地上の楽園」に、不満を一気に打ち消すほど魅了される
↓ 
②①は絶対正しいbut状況は不利→金父子の教育→正しいなら邪道な手段も許される

③拉致もやむなし→拉致実行

④③→①→②→③くり返し=③で罪悪感を持つ→自動的に①を欲し安心→②で手段の倒錯の正当化

ラングーン、大韓航空機爆破、拉致、強制収容所etc 金父子の教育=目的は手段を正当化する


①にはまっている限り②~④をループしうるだろうと思われる。ループが続くうちに結婚・子供(①)、恐怖・監視(②③)による拘束が強くなり、容易に抜け出せなくなる。
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