松本サリン事件


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1-あらまし


 1994年6月27日の夕方、長野県松本市深志の住宅街に化学兵器として使われるサリンが撒かれ、7人(08年に河野さんの妻が亡くなって8人)が死亡、多数が重軽傷を負った。警察は第一通報者の河野義行さんを疑い、メディアもそれに同調して犯人であるかのように扱った。しかし、95年教祖である麻原彰晃の命令を受けたオウム真理教信者が、裁判で対立した判事を殺すために長野地方裁判所松本支部を狙ってサリンを撒いたテロ事件であると判明した。オウム真理教による一連の事件のひとつとして、また冤罪事件(逮捕されていないが)・報道被害事件としても知られる。


2-事件経過


a.事件発生


6月27日 

夜 河野さんは妻と一緒に自宅一階側の居間でテレビを見ていた

午後11時頃 妻が突然気分が悪いと言い出した。横になったらと河野さんが声をかけたら、犬小屋のあたりで物音が・・・・・・。外に出たら愛犬2匹が地面に倒れており、全身をけいれんした。河野さんは毒が投げ込まれたと思い119番をした

午後11時14分 長女も苦しみ119番、自宅6か所からサリンが検出 11時48分 開智ハイツ住人から、変なにおいがすると119番 

6月28日

午前0時50分 松本レックスハイツ住人から「友人が気分が悪いと言っている」と通報 

午前4時15分 松本県警、事件第一報。午前、県警が松本署に中毒事故捜査本部を設置し、約310人体制で捜査を開始。松本市も事故対策本部を設置

午後 夜 第一通報者で、入院した河野義行さん宅を容疑者不詳の殺人容疑で家宅捜索。化学薬品約20点を押収

7月3日 捜査本部は毒ガスは「サリンと推定される物質を検出」したと発表1994年6月27日深夜から28日未明松本市北深志の住民から「息苦しい。目が痛い」などと相次ぎ119番通報。付近の会社員や大学生7人が有機リン系中毒で死亡、226人が重軽症で入院、通院治療を受けた

b.警察


7月5日 捜査本部内に化学捜査班を設置。サリン生成方法の解明に取り組む

7月23日 松本市の事故対策本部が、付近の住民約1000世帯2200人を対象に健康診断を実施。約500人が体の不調を訴える

7月30日 河野さん退院。第一通報者として松本署内で参考人聴取。河野さんが体の不調を訴えたため、2日間で中断

任意とはいえ、警察の取り調べは過酷を極めた。河野さんはポリグラフにかけられ、反応が出たというが「記録はない」と言われた。ある時は、警察から例の「薬品の調合を間違えたと言ったと聞いた人がいるぞ」と言ってきたので、河野さんは「言った本人に会わせろ」と言うが、「それは人権上できない」と言われた。「お前がやったんだろう。正直に吐け!」とも脅された。

この後、一度余談を持ったマスメディアに、長田恒治弁護士と積極的に自らの無罪を訴えようとするようになった。地下鉄サリン事件によってようやく名誉が回復した

 本検査に入った。今度は質問に、「はい」「いいえ」「知りません」と、簡単に答えるようにいわれた。 最初の質問が「サリンを作った目的は、人を驚かすためですね?」というものだった。思わず、「サリンなんてつくってませんよ」と答えたら、「答えは簡単に」とたしなめられてしまった。質問は、「あなたがサリンをつくった場所は自宅ですね?」、「サリンをつくるための薬品を買いましたね?」、「サリンをつくるための薬品を、人からもらいましたね?」と、続いていった。そして最後が、「あなたは長男に薬品が入った容器を隠すように指示しましたね?」というものだった。
 すべての質問が、さも私がサリンをつくったという前提でできていた。当然、すべて答えは「いいえ」だ。しかし、質問を聞いているだけで頭に血がのぼってくる。私は、機械に変化が現れないように、どんな質問にも心の中で数を五つゆっくり数えてから答えるようにした。 ほぼ一時間にわたる検査が終わり、取調室に入った。U警部が入ってきた。彼は自信たっぷりに、こういった。「機械は正直だ」私が、「どこで反応が出たんですか」と聞くと、長男に薬品の入った容器を隠すよう指示したかどうかという質問のときに反応が出たという。私はウソなどついた覚えはない。「そのグラフの変化を見せてほしい」というと、「それはできない」という返事だった。見せろ、見せられないという問答が続いた。『妻よ!』より

※この場合のポリグラフは違法ではないようです

95年2月26日 河野さんが「社会復帰」会見。マスコミに「反省」を求める

3月3日  河野さんが日弁連人権擁護委員会へ人権救済を申し立て

3月20日 地下鉄サリン事件発生。河野さんが信濃毎日新聞社を提訴

5月16日 地下鉄サリン事件の殺人容疑でオウム真理教の麻原彰晃代表を逮捕。河野さん、妻の犯罪被害給付金支給を長野県公安委員会に申請。

5月22日 別件で捕まったオウム真理教幹部が、「松本サリン事件」もやったと自供

6月11日 警察・報道、河野さんへ謝罪




被害の構造


①警察―河野さんを「殺人未遂」で取り調べる。ついでに、間違えて捜索差押令状を出したのは松丸伸一郎裁判官だという

②メディア―この時「過失致死では」という疑問を持たず、また検証もせず警察を追認

③こういう状況のところに「サリンは知識があれば作れる」by常石教授といった発言が一人歩きし一般市民に誤解が広がる


これ見ると思うんだよね。 警察は言うほど悪くはないんじゃないか? だって捜査令状が「過失致死」ではなく「殺人未遂」じゃね、そりゃ最初から躓くだろうよ!もっとも、国松長官はこの話を最初に聞いた時「会社員以外に考えられない」と言っていたらしいが・・・



4-新聞・雑誌


 この事件でいつも思うのは「河野さんがサリンを本当に作れるのか」についてどれだけちゃんとメディアが検証したのかということだった。この当時は余裕もなかったので、大きくなって94年7月の朝日新聞の縮小版を見てみたら、11日に検証しただけだった。この時の検証では「不可能」だった。メディアは一応権力を監視していると称しているのだから、この検証は7月のうちに何度も繰り返しやらなければならなかったと思う。この時、警察発表を信じすぎたのがマスメディアのミスだった。残念ながらこのことはこれ以降も改善されていない。たとえば、2002年の小泉純一郎元総理が金正日と面会した際、北朝鮮からもたらされた「8人死亡」の情報の信憑性について、当初そのまま検証もせずに垂れ流していた。

この記事を作るため、近所の図書館で94年7月の読売と朝日を見てみた

① 市販薬でも作れる猛毒ガス、知識や経験あれば可能 朝日新聞 94年7月4日


陸上自衛隊学校の研究部員:熱を加えたり、かなり複雑な過程でできるものだし手に入りにくい物質も使うので簡単に調合ミスでできたとは考えられない

常石教授:製造方法がわかっているのは原爆も同じだが、はるかに身近な材料で殺人兵器とおなじものができてしまうことを見せつけたのが今回の事件だ

 しかし、この常石教授の話をちょこっとに読んだ人は、間違いなくサリンは簡単に作れると思うだろう。本当にリアルタイムで読まなくてよかったよ。しかし、どうして研究部員が作れんと言っているのにサリンが専門でもない常石教授の話のが見出しになってしまうのだろうか?


② 押収した薬品24種類、サリン合成不可能、専門家の見解一致 朝日新聞 94年7月11日


 サリンを作るのに不可欠な物質のフッ素化合物も押収したのはフロンだけだった(中略)複数の薬学・化学の専門家は「押収した薬品だけでサリンを合成するのは不可能」との見方で一致している。

江藤守総九大名誉教授:フロンはサリン合成に使っても反応しない

 朝日の名誉のため載せといた。


③「あの家が・・・・・・・」周辺住民あ然、原因わかり安堵事件の急展開に驚きも 読売新聞 94年6月29日


近所の女性:こんな住宅地に農薬があるなんておかしいと思っていた。ともかく原因がわかってほっとしている

 発信源がわかっただけでどうしてこの婆さんが安堵できるのか、そっちの方があ然としてしまいますよ。「河野さん=犯人」という図式を、積極的に作ったわけです。


④ 薬剤使用をほのめかす 読売新聞 94年7月15日夕刊


 事件直後に関係者に事件への関与をほめかしていたことをつかみ、近日中にも予定されている会社員の退院を待って、事情聴取を行い、説明を求める(中略)この関係者は、会社員が病院に運ばれる直前、薬剤を使っていたことをほのめかし「警察への調べがあるかもしれない」などと漏らしていたことを証言している。

 ・・・・・・・。


⑤ 上九一色村でサリンの残留物発見 読売新聞 95年1月1日


 松本サリン事件直後の94年7月、オウム真理教の拠点が存在すること有名になった、山梨県上九一色村(現甲府市・富士河口湖町)で悪臭騒ぎがあった。山梨県警などが匂いの発生源とみられる草木や土壌を測定した。結果、自然界にはなく猛毒ガスサリンを生成した際の残留物質である有機リン系化合物が検出されていたことが明らかになった。

梨県警合同で
 山梨県上九一色村で昨年七月、悪臭騒ぎがあり、山梨県警などがにおいの発生源とみられる一帯の草木や土壌を鑑定した結果、自然界にはなく、猛毒ガス・サリンを生成した際の残留物質である有機リン系化合物が検出されていたことが三十一日、明らかになった。この化合物は、昨年六月未に長野県松本市で七人の犠牲者を出した松本サリン事件の際にも、現場から検出されており、その直後に同村でもサリンが生成された疑いが出ている。警察当局は両現場が隣接県であることなどを重視、山梨、長野県警が合同で双方の関連などについて解明を急いでいる。

有機リン系化合物 悪臭騒ぎ、土壌から
 悪臭騒ぎがあったのは昨年七月九日午前一時ごろ。同村の住民から「悪臭がする」と山梨県警・富士吉田署に届け出があり、同署や地元保険所などが現場一帯の調査に当たった。しかし、原因の特定には至らなかった。
ところが、同県警がその後、現場一帯を詳細に調べた結果、草木などが不自然に枯れて変色した場所が発見された。一帯で草木や土壌を採取、警察庁科学警察研究所に鑑定を依頼したところ、昨年十一月末になって、土壌からサリンの残留物質である有機リン系化合物が検出された。
化学専門家によると、サリンは空気中に放出されると、分解されて次第に毒性はなくなるが、有機リン系のこの残留物質は長期間土壌に残る。残留物自体の毒性は低いが、自然界には存在せず、薬品としても市販されていないという。

 警察当局では、「この残留物の検出だけで、サリンが生成されたとは断定はできない」としている。しかし、専門家によると、この残留物の有機リン系化合物はありふれた化学物資ではなく、理由もなくこれ自体を作ることは考えにくく、サリンが作られた可能性が大きいという。
警察当局はこの悪臭騒動が松本サリン事件のほぼ十二日後に起きているうえ、現場が隣接県にあることを重視。昨年十二月初めに、担当専門官が現地調査し、山梨、長野県警合同で、関連などについての解明に当たることになった。両県警では、全国警察の協力を求め、サリン生成に使う薬品の購入ルートを中心に、捜査を急いでいる。サリン残留物が検出された上九一色村は、本栖湖の東南五キロの富士山ろくに広がる。悪臭騒動では、被害者こそ出なかったが、住民から「胸が苦しく、吐き気がする」「汚物のにおいではなく、化学的なにおいだ」などの訴えが出た。

 昨年六月二十七日深夜に起きた松本サリン事件では、マンションや社員寮の住人ら七人が中毒で死亡、翌二十八日、発生場所で第一通報者の会社員宅が被疑者不詳の殺人容疑で家宅捜索を受けた。会社員は事件直後に入院、七月三十日に退院後、二日間、長野県警の事情聴取を受けた。


 読売のスクープであり、当初の見立てを変えたことによる成果とも言える。


⑥ 毒ガス事件、発生源の「怪奇」の系譜 週刊新潮 94年7月日


河野家親戚の一人:齢茂先生の見ず知らずの他人に取られてしまう。河野の姓を名乗ってほしくない

 家系図まで出したり、親戚を媒体にしてネガティブなことを書いている。河野さんは『週刊新潮』に対してのみ告訴を検討。謝罪文掲載の約束により告訴を取り下げたが、約束は守られていないらしい。


5-松本サリン事件に関する一考察

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