大韓航空機爆破事件


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本項は半分金賢姫元死刑囚の話になってしまっています。ご了承ください。
まあ、北朝鮮が崩壊すればもっといろいろ事が判明するのでしょうけど

 このごろ学校がつまらないです。授業中先生が勉強の内容に沿って生徒に発言させてくれるのですが、一方的に関係ない話ばかりしているようです(当時はホントにひどかった)。特に国語の時間はずっと自分の感想をしゃべっています。成績表に「けじめがない」と毎回書いてありましたが、何のことだかわかりません。みんな恐ろしいほど習い事を掛け持ちしているのですが(ホント)、学校と家を往復するだけのほぼ引きこもりのような状態でした。

 平日の午後、家で「テレビまんが主題歌のあゆみ」のレコードをテープに録音したものを聴きながらニュースを見ていました。この時は飛行機が行方不明になったという話だけだったと思います。ところがニュースが次から次へと展開していきました。「蜂谷真一」と「蜂谷真由美」を自称する、2人の親子らしき男女が捕まって「真一」は死んでしまいました。偽造パスポートによると27歳のようですが「真由美」はとても老けてみえます。何日かした後、捕まった所から韓国へ移される際に飛行機から人に抑えられながら降りてくる「真由美」の映像を見ました。服装のせいか87年当時のナウでヤングな日本女性としてみた場合に、むしろ雰囲気が70年代末のように見え違和感がありました。結局「真由美」が何者なのかわからないまま、あまりニュースもやらなくなり、年を越しました。
 そして1月中旬、ついに「真由美」が会見をして何者であるのか明らかになりました。パスポートの写真よりだいぶ子供っぽく見えます。やはり泣いているところをカメラで撮るのは可哀想です。こういうことをやる人だからさぞかし悪人面なんだろうなと思ったものの、むしろ善人っぽく見えて、どういうことなんだという気分です。どうもこの人は朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の工作員、金賢姫(キム・ヒョンヒ)というようです。「あ、あそこだ、韓国の上にある国だ」趣味で地図を覚えていて少し得した気がします。爆破の理由ですが、ソウルオリンピックを妨害するためだそうです。正直どういう因果関係だかわからなさすぎるのだが・・・・・・・・。

 この事件は『ルパン三世』みたいで現実味に欠けていたため、ものすごくニュースが気になり、印象に残るものがありました。メディアと比べて学校ではまったく触れられなかったところも印象に残っています。そして新たな話が出てきました。金賢姫は李恩恵(リ・ウネ)という人に日本語を教わったというのです。「なんで日本語を教える人がリ・ウネというような名前なのか?」という強烈な謎を残したまま小学校2年が終わってしまいました。

この当時といったら、毎日朝の7時のニュースでは中東の紛争で人が死んでいた記憶があって、正直わりと日本以外はこんなもんかなというのはあったので金賢姫がしたことの良しあしがピンとこなかったな。いずれにせよ、荒唐無稽な動機、やはりネイティブと称するには厳しい日本語、死ぬかと思ったら恩赦といい、想像を超えすぎていた・・・・・・。


1-あらまし


 1987年、金正日から親書により「ソウル五輪を混乱させるため大韓機落とせ」と命じられ、日本人観光客の父娘を装った北朝鮮工作員金勝一と金賢姫が、11月29日(現地時間午前2時44分)、イラクバグダット発、アラブ首長国連邦アブダビ、タイ・バンコク経由、韓国・ソウル行きの大韓航空858便・ボーイング707型機に搭乗した際、機内にラジオと酒瓶を模した時限爆弾をしかけて経由地のアブダビで降りた。29日の午前中、858便はビルマ(現・ミャンマー連邦)南方アンダマン海域上空で爆破し乗客・乗員115名全員が死亡した。12月1日、真由美のパスポートが偽造であることが判明したため2人はバーレーン国際空港で足止めされて自殺を図り、金勝一は死亡した。
 金賢姫は一命をとりとめたが、自らを日本人や中国人だと言い、容疑を否認したまま15日に韓国の首都ソウルに送られ、日本は犯人を裁くことを放棄する形になった。その後も容疑を否認し続けたが、実際の韓国を見て北朝鮮での話と違いすぎることに衝撃を受けてついに自供し、翌88年1月15日、記者会見で自らが北朝鮮の工作員であることと事件の詳細を語った。また金賢姫の日本人化教育を施した李恩恵という女性の存在が浮上した。この女性は北朝鮮による拉致被害者田口八重子さんとされる。こうした事態に北朝鮮は「でっち上げ」と主張し「72年の南北赤十字会談の花束贈呈役の子供(金賢姫だと確認)は私だ」という女性すら登場させた。このことで深く傷ついた金賢姫は政治的転向を決定したという。当時から拉致を認めて以後、現在までも北朝鮮は「韓国の自作自演」と主張しているが、指揮を執っていたのはトップである金日成の後継者金正日とされる。
 金賢姫は90年3月27日に韓国大法院で死刑が確定したが、大統領の特赦で許され、97年に結婚。一方日本では家族会が結成され拉致問題が盛り上がっていたが、韓国では98から08年にかけて北朝鮮寄りの金大中・盧武鉉政権が続き、事件の捏造説が大々的に広がった。09年3月11日午前、釜山(プサン)BEXCOで田口さんの兄、長男と面会し、前政権時(盧武鉉)に国家情報院(国情院)から捏造説を認めるよう強いられていたと訴え、改めて大韓航空機爆破事件は自分がやったと主張した。

⑴事件経過


87.10.7 「ソウル五輪を前に韓国の傀儡どもが分断を策謀しいるのでそれを妨害する目的」by金正日親筆書類
       で大韓航空機爆破の任務を受ける
       ↓
87.11.12 ハンガリーの首都ブタペストに行き、現地の工作員と合流
       ↓
87.11.18 ハンガリーの出国
       偽装パスポートでオーストリアでバグダッド発ソウル行き大韓航空858便チケット購入
       ↓
87.11.27 19:00 崔課長・崔指導員、当日使用するラジオ型爆弾と液体爆弾を2人に渡す
       ↓
87.11.28 23:30 858便、イラクから出発
       ↓
87.11.29 02:44 858便、アブダビで給油のため乗客全員が降りる際爆弾を入れたバックを置く
       ところが休日なのでチケットが買えずバーレーンに3日滞在 (実は日曜日でもチケットは買えた)
       ↓
87.11.30 19:50 滞在中のリージェンシーホテルに日本大使館の外務事務次官から電話
             ↓
87.12.1       朝食も取らずホテルから脱出
             ↓
             バーレーン空港で出国審査、空港のホールで待機
             ↓
             旅券を回収した東洋人に「偽造なんで」と言われる
             ↓
             事務室に連れて行かれ、2人ばらばらになって身体と荷物の検査
             ↓
             自殺しようとして毒薬タバコを噛む
             この間金勝一は服毒自殺

⑵-元・外務事務官・駐バーレーン日本大使館員から見た経過


『極秘指令~金賢姫拘束の真相』(砂川昌順=「旅券を回収した東洋人」)の視点

87.11.29 午前   情報仲間のエリーナから、未確認情報として大韓航空機が行方不明との情報
               ↓
        午後  事故かテロだと推測→テロなら北朝鮮
               ↓
87.11.30 16:00 極秘大至急電報「シンイチ・マユミの日本人が入国しているか調べろ」との文面
               ↓   
        16:06 バーレーン入国の有無や経緯、2人のの身元確認を1時間で調査を決定
               ↓
             2人の名があるかバーレーンに乗り入れている全便の航空会社へ電話
               ↓
             予想通りガルフ航空でシンイチ・マユミの名前を発見
               ↓
             ガルフ航空事務所に領事担当書記官とともに到着
               ↓
             出入国管理室へ領事担当書記官とともに到着
             →入国したかどうか入国カード(入国記録)を調べ書き写す
               ↓
             シンイチ・マユミのカードを発見→姓が「蜂谷」
             ディプロマットホテルにチェックインすると書いてあるぞ
               ↓
             ディプロマッドホテルに領事担当書記官とともに到着
             →2人はここに滞在していないと判明
               ↓
        19:00 大使館へ移動し、派遣員・領事担当書記官と3人で打ち合わせ
               ↓
             ガルフ・シェラトン・ヒルトン・リージェンシーのホテルに滞在しているか調べる
               ↓
        19:50 真一・真由美がリージェンシーホテルに、いきなり真一と電話
            (砂川以外の、2人の事件関与疑惑が薄らぐ)
               ↓
        20:00~23:? リージェンシーホテルのエドに真一・真由美の監視を頼むよう電話
               ↓
87.12.1  0:00 ベーシーにも2人の監視を頼むよう電話
               ↓
        5:07 参事官から、真由美のパスポートが偽造だとわかったとの電話が入る
               ↓
        6:35  リージェンシーホテルへ領事担当書記官+入国カードの書き写しとともに到着
            (2人は部屋に滞在中)
               ↓
             政府に協力要請を頼む前に2人ががパスポートと宿泊カードと照合確認
             →チェックアウトしてしまい取り逃がす
               ↓
        7:27  車で追跡し到着+指示出し
               ↓
        8:?  真一・真由美がヨルダン航空アンマン行きにチェックイン時、パスポート照合
               ↓
            真一・真由美を、出国審査の手続きを理由に待たせる
             (偽造が判明したことは伝えてない)
               ↓ 
            空港治安責任者ダービーに事情説明→上司ヘンダーソン局長に報告
               ↓
            真一・真由美と接触し、偽造であることを伝える
               ↓
        8:20  所持品検査を一通り終える、在バーレーン韓国大使館金書記官の名刺発見
               ↓
            真一・真由美に、2人の処遇を伝える
               ↓
        8:38 真一・真由美が毒薬を飲んで自殺を図り、真一が死亡
               ↓
87.12.3      真由美と面会
               ↓
87.12.9      真由美の口から「日本人ではない」ことを聞く
               ↓
87.12.14      韓国が真由美の身柄を要求してきたので、引き渡す


2―確認


  • 金正日が韓国人115人のテロによる殺害を日本人に擦り付け、日本人の国際的な信用を落とそうとした!
  • 実行犯を日本で取り調べできなかった!
  • 実行犯が日本人に化けるための教育を、すでに拉致しておいた日本人にさせた!
  • 当時、こうした事件が起こるという形でしか北朝鮮を知る手がかりがなかった!
  • アメリカから、いわゆる「テロ支援国家」認定を受ける!

◎工作員の発言はどれだけあてになるのか?


誰もが一度は疑問に感じたことがあるのではないだろうか?かつて流暢に証言を喋る安明進に対し、重村智計教授や李英和RENK代表が次のような説明をしていた。

工作員は転向後普通韓国の安企部というところで匿われるのだが、同じような立場の連中が200人ぐらいいる。
(富士山が死火山でないのと同様につい日本人は忘れがちだが、北朝鮮と韓国は朝鮮戦争を休戦している(停戦でない)軍事的緊張状態な関係なので、少しでも北側の人間が必要。また元工作員の場合、完全なパンピーなどになれるわけがないのはいうまでもない)

大学の仲間の話(同期)、韓国亡命の工作員との交流で、そこから、工作員同士の話をたくさん聞いてきている。
(そうして北朝鮮情報が蓄積&分析される)。

安明進の発言は、本人の情報+身の危険のため顔出しが出来ない他の複数の亡命者の情報を代表して喋っている。また、安明進に関してはテレビに出続けているほうが殺されないようだ。
(そのために何でそんなことを知っているのか?と突っ込まれやすい……)

ということで、金賢姫も同様に1987年以降についても転向者仲間との交流で情報が更新されているから「田口八重子さんは生きていますよ絶対」と言えるのではなかろうか?ただ2000年代はどうなのかと思うが……。



3-共産党と社会党の認識


・共産党


 ラングーン事件(1983年)同様北朝鮮の犯行として厳しく非難。大韓機爆破事件を受けて、梶山答弁を引き出したのは橋本敦参議院議員、その秘書が後に拉致問題の救出運動に関わる兵本達吉氏だった。この党の中には、まともな人物も存在していたと言える。

そういう人は離れていったが!

・社会党


 「朝鮮労働党唯一の友党」 と称していたが、実際は言いなりそのものだった。そのため、北朝鮮がやったとは思えないと主張。むしろ韓国安企部の陰謀として見ていた。当時これが野党第一党であったが、その見識はどの政党よりも確実に劣るものだったと思う。

拉致問題との関連では以下も見逃せない。まさに鬼畜の所業である。

88年―こっそりポーランド経由で石岡亨さんが「有本恵子・松木薫さんとともに生存している」という手紙を出す→有本さんの両親が社会党を頼り手紙を見せた際、北朝鮮に通報している!
89年―社会党議員や青島幸男・管直人ら、辛光洙含む在日韓国人政治犯釈放要望書提出
90年―紅粉勇船長と栗浦好雄機関長の釈放・帰国に際し小沢一郎と口封じを約束した「礼状」作成


4-金賢姫の陳述書 要旨 読売新聞88年1月16日



5―金賢姫の略歴


62年1月27日  外交官の父、教師の母との長女として生まれ、平壌で生まれ育つ(生後すぐ4年間キューバで生活)

67年9月 小学校(4年制)に入学。3年の時、映画に出演(『社会主義の祖国を訪ねた栄秀と栄玉』栄玉の少女時代)

72年9月 中学(5年制)に入学。1年の時、映画に出演(『娘の心情』栄愛の少女時代)

72年11月2日  南北赤十字会談の花束贈呈役となる。この時の写真が本人だと確認される

77年9月1日 金日成総合大学生物学部に入学

78年9月 平壌外国語大学日本語学科再入学

80年3月 朝鮮労働党対南秘密工作機関→工作員候補に抜擢、金星政治軍事大学予科に入学。金賢姫は金淑姫と組み、金玉花(キム・オッカ)の名を与えられる

81年3月 1年間の基礎教育終了後、平壌外国語大学日本語学科2年次に進む

81年7月  東北里三号招待所と呼ばれる極秘施設で、李恩恵(リ・ウネ)から日本人化教育を受ける。途中の82年4月、朝鮮労働党に入党

83年3月 龍城40号招待所で工作員の専門教育を施される。共犯の金勝一(キム・スンイル)と、日本人父娘を擬装、特殊工作部隊を編成

84年8~10月 金勝一と実際の作戦行程に沿った現地適応実習旅行(シミュレーション)を行う

85年1~6月  龍城40号招待所に戻って金淑姫、成仁愛(途中で脱落)と中国語をマスターする

85年7~86年1月 中国人化教育の仕上げとして中国の広州とマカオで暮らす 

87年11月29日 大韓航空858便を爆破 ※大雑把な経過は 【 流れ 】に書いといた

87年12月1日  バーレーン空港で服毒自殺を図るが失敗

87年12月15日  韓国のソウルへ送られる

87年12月23日  自らを北朝鮮の工作員と認める

88年1月15日  会見をする

90年  前年に死刑判決が出ていたが、特赦によって許される

91年5月15日 日本の警察関係者に田口八重子さんの写真を見せられ、李恩恵であると確認する

97年 国家安全企画部員と結婚。被害者遺族に配慮して表に出るのを控えた

98年~08年 親北政権が2期に渡り続き、韓国の国家安全企画部(現・国家情報院)の謀略説広まる

09年3月11日 韓国釜山で田口さんの家族と面会


6-拉致被害者田口さんの家族と金賢姫元工作員面会 (2009年3月11日)


 北朝鮮による拉致被害者の田口八重子さんの長男、飯塚耕一郎さんと、田口さんの兄で拉致被害者家族会代表の飯塚繁雄さんが2009年3月11日、韓国・釜山市内の国際会議場で、大韓航空機爆破事件の実行犯、金賢姫元工作員と面会した。面会は11時から1時間半にわたり、3人で共同の記者会見に臨んだ。

 飯塚さん側は前からこの面会を望んでいたのだが、当時はノムヒョン政権下で金元工作員は行方不明で、亡命したという説すら出ていた。しかし、98年から10年間続いた親北政権から李明博(イ・ミョンバク)政権に変わったことで可能になった。拉致被害者の情報に関しては、ほぼ地村富貴恵さんらの話と重複するもので、要するに北朝鮮側の発表はおかしいということであった。

1.面会以前の動き&既出の情報に同意したもの


  • 金賢姫元死刑囚「謀略説に苦悩」の書簡 “親北”盧政権を批判 産経 08年11月25日

【ソウル=黒田勝弘】北朝鮮の女性元工作員で大韓航空(KAL)機爆破テロ事件の犯人・金賢姫(キム・ヒョンヒ)・元死刑囚が、親北・左翼的だった盧武鉉前政権時代、情報機関の協力の下でテレビ各局などが繰り広げた”KAL機事件謀略説”に対し抗議と怒りの書簡を発表し話題になっている。
 書簡は人権団体のイ・ドンボク北韓民主化フォーラム代表に送られてきたもので、金賢姫の対外的な訴えは初めてだ。 書簡は彼女が北朝鮮で受けた工作員教育の際、日本語を教えてもらったという田口八重子さん(北朝鮮では李恩恵)について「彼女の存在と彼女が拉致日本人だったことは北朝鮮も認めているではないか」とし、謀略説とそれに便乗した政府機関、親北・左派勢力のでたらめさをあらためて非難している。
 謀略説というのは「事件は韓国当局がデッチ上げた自作自演で北朝鮮は関係ない。金賢姫はニセ者」というもので事件当時、北朝鮮当局や在日朝鮮総連、日本の親北・左翼系などによって流布された。国際的には「北朝鮮のいつものでたらめ宣伝」としてほとんど相手にされなかったが、社会的に親北・左派勢力が幅を利かした前政権時代になって「過去史真相究明委員会」など政府機関やマスコミなどで大まじめに取り上げられ、執拗(しつよう)に”金賢姫追及”が行われた。
 金賢姫がとくに問題にしているのは、確実な捜査結果や彼女の自供内容は紹介せず「金賢姫とは何者か」「16年間の疑惑と真実」「金賢姫の疑問の足跡」など題して一方的に謀略論をあおったテレビ各社。しかも彼女を管理していた情報機関の国家情報院は、偏向報道に利用されることを知りながら彼女に対しテレビ出演やインタビューをしきりに勧めたという。これまで彼女の住所は北朝鮮による報復テロなどの危険性から秘密になっていたが、テレビは情報機関の協力で自宅に押しかけ撮影までしたため移転を余儀なくされた。また情報機関は”海外移民”まで勧めたという。書簡は、謀略説の最大の狙いは「テロ作戦は金正日総書記の指示」とした彼女の供述をひっくり返すことだったとし、テレビ制作陣は彼女を出演させ彼女が「良心宣言」をすることを画策したという。国家情報院に対する不満、批判としては、盧武鉉政権時代の政治的な過去否定作業の中で、1987年のKAL機事件捜査を担当した前身の国家安全企画部に対する否定的見方が強く、親北風潮に便乗し謀略説にき然と対応していないとしている。 
 彼女は田口八重子さんに関連し「彼女が残してきた幼い2人の子供に会いたいと涙ながらに語っていた姿を思いだします。成人になった息子の様子を日本のテレビで見ましたが大きな目がお母さんに似ています。会ってお母さんの話をしてあげられない私の現実が残念です」と記している。


亡命説すら出ていたが結局韓国内にいた

  • キム元死刑囚 拉致問題を語る 「ニュースウォッチ9」 09年1月15日

NHKの電話インタビューに応じ、自分の教育係をさせられていた拉致被害者、田口八重子さんについて「生きていると確信しているし、力になれるのなら家族に会いたい」と述べる。
  • めぐみさん「おとなしく病弱」=日本人10人超がスパイ教育-金賢姫元工作員 09年1月17日

 17日発売の韓国誌・月刊朝鮮2月号のインタビューで「横田さんに会ったことはないが、一緒に工作員教育を受けていた金淑姫が横田さんから日本語を習っていた」「幼い時に拉致され、性格がおとなしく、拉致された韓国人男性と結婚し娘を産んだ」「よく病気になり入院していた」などと聞いたことがあり、横田さんと金淑姫が一緒に写った写真を見たこともあるという。(時事通信)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090117-00000106-jij-int
  • 田口八重子さん、韓国人と結婚か…帰国拉致被害者が伝える 読売 09年2月12日

 政府関係者によると、帰国した拉致被害者の1人は、北朝鮮側が田口さんが死亡したと説明している1986年7月の数か月後、平壌市の「楽園商店」で買い物をしている間、自分の運転手が田口さんと会ったと証言した。この時、運転手は田口さんと面識があったため話しかけたところ、田口さんから「私は義挙者(ウィゴジャ)と結婚している」という話を聞いたという。義挙者とは、北朝鮮の工作機関内で当時、韓国人拉致被害者などのことを意味している言葉だった。(2009年2月12日03時12分 読売新聞)

2.会見


  • 事件は北朝鮮のテロで、私は偽物の実行犯ではない。田口さんの家族と会う席でそんな話はしないのが礼儀だ。
  • 八重子さんと横田めぐみさんは生きていると思う、拉致被害者を取り戻す努力をしたい。
  • 八重子さんの息子と会えて大変嬉しく、八重子さんのことを思い出し感激している。耕一郎さんは、お母さんにとてもよく似て いる。
  • 困難な条件下、韓日両政府が人道的見地から面会させてくれたことについて感謝する。数日前からうれしくて感激で眠れなかった。耕一郎さんはお母さんに似ていてハンサム。田口(八重子)さんがこの場にいたらどれだけ良かったか。
  • 私が87年1月から10月まで北朝鮮の招待所で生活をしながら聞いた話だと、八重子さんがどこかに連れて行かれたが、どこに連れて行かれたかはわからないということだった。だから、死亡したということではないようだ。
  • 横田めぐみさんは韓国の人と結婚して娘を産んだという話を聞いた。病院に入院したことがあるが、それほど深刻ではないという話も聞いた。死んだという話は信じられない。
  • 日本の拉致被害者は救出し、戻れるように努力を続けていけば、奇跡も起きるはず。拉致被害者を取り戻す努力をしたい。
  • 北朝鮮のプライドを守りながら、心を動かす良い方法を考えるべきではないか
  • テロ国家指定が解除されたのだから、『死亡した』とばかり主張せず、彼らが最低限、故郷に帰れるよう、最低限家族に合わせるべきだ。それが国際関係の改善であり(他国との)関係改善の上でも有益である。

  • 歴史的な感激の日を迎えうれしい。日韓両政府のおかげ。金賢姫さんには妹の存在をはっきり証言してくれて感謝している。これをきっかけにそれぞれの幸せに向け進展があればと思う。(繁雄さん)

  • 5年越しの念願がかない皆さんに感謝。母が生きていると証言していただき、われわれの救出活動に新たな希望が持てた。金さんからは「私が韓国のお母さんになります」と温かい言葉をいただいた。(耕一郎さん)

~感想~

 しかし、改めて金賢姫という人の言動を見たが、やはり賢そうで生来生真面目な人なんだろうなと。そしてその生真面目さが、皮肉にも工作員として相応しかったと。その種の生真面目な人が、純粋培養されてボスから「正当な目的のためには、手段を選ばなくてよい」などといった、「手段の倒錯を伴う変な理念」を注入されると、ゴキブリ一匹殺せない人格でもテロリストになれてしまう。というか、そのように教育されたのだろう。それはかつての麻原彰晃とサリンを撒いたりポアしたりした人達と同じ構図だろう。もっとも、民主主義で生き方を選ぶ余地のあった林郁夫などと、選べなかった金賢姫では、自己責任において重大な差がある。この図式が分からないと、どんな工作員の善意もはったりに見えてしまうわけで、救う会など、その辺のフォローをきちんとしてやるべきだろう。インターネットのない1987年当時では、金賢姫や安明進が喋らなかったら、政府間ではともかく、被害者の家族や一般人(パンピー)は北朝鮮という世界を知りようがなかった。そういう意味ではあまりにもひどい時代だったな昭和は。娘さんとの面会は次回以降なのか?その後、耕一郎さんが04年に出した手紙が、やはり届いていなかったことが判明!

7-金賢姫来日する(2010年7月20~23日)


 さて、これも前年3月の釜山での面会同様、拉致問題への進展・現地での拉致被害者の様子を知るなどのために、ずっと前から拉致被害者家族らに望まれていたことだった。金賢姫もこの面会以降、特に横田めぐみさんに関して、(過去には認めていなかったがめぐみさんが同僚の女工作員金淑姫(スクヒ)の日本語教官だったために言わなかった)実は面識があり、横田夫妻にぜひ直接話したいと発言したりもした。また、政府が認定していないものの拉致された可能性を排除できない、いわゆる特定失踪者について、「何人か見おぼえがある」と言ったという。一度は2010年の4月に来日しようということになったが、延期して7月になった。

 今回の来日は日本政府の招きにより、金元工作員は7月20日午前、日本政府のチャーター機で東京・羽田空港に到着した。23日まで長野県軽井沢町の鳩山前総理の別荘で滞在しながら、横田めぐみさんの両親や田口八重子さんの長男ら拉致被害者の家族、中井洽国家公安委員長(拉致問題担当相を兼任)すると面会した。4日間滞在し、拉致被害者の家族らと面会したが、拉致に関する新情報は得られなかった。一方、超法規的判断での入国や国内での「VIP待遇」がネット上などでも批判された。

 前回の釜山での面会から1年の間に日本では自民党政権から民主党政権(旧社会党崩壊時にかなりの数がここに引っ越した!)に代わってしまっている点に注意したい。


① 千葉景子法務大臣は、日 本から見て容疑者であるはずの金賢姫を「超法規的」に来日させたため、大韓航空機爆破事件に関して日本側はきちんと事情聴取するつもりだったができなかった 。(韓国側から見れば確かに115人殺した加害者だが、すでに罪を償ったといえる。しかし、日本から見れば韓国に護送されてからそれっきりになっている)

②「特定失踪者問題調査会」の荒木和博代表が、金賢姫に特定失踪者の写真を見せようとしたところ、中井拉致問題担当相から「自分でやる」と言われ、結局見せられずに終わった問題があった。どうも特定失踪者に関しては事前にすべて日本の警察に話してあったらしいが、これでは来日の意味が半減・・・ということになる。

③ 22日、金賢姫が軽井沢から東京都内へ向かう途中に江の島(神奈川県藤沢市)上空を飛ぶなどヘリコプターで余計な飛行をしたことをはじめ、滞在期間の諸費用など、ゲーム機やネックレス等のお土産など一連の待遇に関して「ⅤIP扱いである」、「遊覧飛行だ」と野党の政治家やネットはおろか、外国の新聞にまで批判された。また、当初「飯塚耕一郎さんに、田口八重子さんから習った手料理を食べさせたい」ということだったはずが、材料不足のため出前の特上寿司をとることになった。これらに対して中井拉致問題担当相は「ちょっと上空を飛ぶ(ことが)、非難されるとは思わない」、「ヘリ使用の第一の理由は渋滞回避のため」、「こんなことが非難されるなら、世界中だれも情報持った人は日本に来てくれない」と逆切れし、移動だけでなく遊覧の要素があったことを認めた。

 さらに8月になって中井担当相は「この遊覧は韓国側からの要請で行われた」とも発言するが、韓国側は否定するなど、誰が聞いても納得できない説明が終始続いている!

④ 金賢姫が横田めぐみさんにあったと年に淑姫から「行かないか」と誘われて訪ねた一回きりで、めぐみさんとの具体的なやり取りはなく、「めぐみさんが「淑姫」と同居していた招待所の職員らを笑わせていた」と「猫が好きだった」などのエピソードを横田夫妻に話したという。金賢姫は「横田めぐみさん・田口八重子さんは絶対生きている!」と言う。また田口さんに関して、兄の本間勝さんが「八重子は今どこにいるのですか」と聞いたところ、「平壌にいる」と言ったというが、何を根拠にしているのかは、これらの話を掲載した記事からはわからない。つまり、報道を見たり聞いたりしている一般人(パンピー)には「また生きている詐欺か…」と取られてしまっているのである。

⑤ 中井拉致問題担当相は7月27日、自身が主導した今回の金賢姫来日に関して「想像以上の成果が挙げられる可能性がいくつも出ている」「大きな反応が国民に広がり、世界にも伝わった」と今回の来日を120%の出来だ評価した。しかし、めぐみさんの父滋さんは22日朝の会見で「新しい情報はなかった」、母早紀江さんは「今、私たちがいちばん知りたいと思っていることはご存じないと思うし、知ることができなかったのは残念ですが、絶対生きていると言ってもらって、勇気をもらった気がします」と会見で語っている。

⑥ 情報流出なのか?

  • 中井拉致問題担当相は22日の記者会見で、突如として「田口さんが6,7年前(つまり2003~2004年頃、小泉訪朝後ということになりますな)までは元気でいた」家族に伝えたと言い出す。「だれからどういう情報を得たかということについて、お話しできる事柄ではないと考えていますが、家族にはそれとなくお伝えしています」。これに対して田口さんの長男飯塚耕一郎さんは同日、共同通信の取材に「発言の趣旨は分からないが、今後の情報収集や(田口さんとの)接触に影響が出ないか懸念している」

  • 8月4日、参院予算委員会で、自民党の山本一太議員に対して「あえて踏み込んで申し上げると、『(金元工作員は)横田めぐみさんと田口八重子さんが生きている』とはっきりお答えいただいた。

  • 「拉北者家族会」の崔成龍代表は7月21日、1978年に拉致された田口八重子さんが平壌の万景台区域にある集合住宅に住んでいるとの情報を、最近北朝鮮関係者から聞いたと明らかにした。


⑦ 北朝鮮外務省のリ・ドンイル課長は、FNNの取材に対して、「祖国を裏切って親を捨てた女について、話をする価値はない」と述べた。 大韓航空機事件当初あれほど金賢姫は韓国の人と言い張っていた北朝鮮が、北朝鮮を裏切った女だと初めて認めました!


参考記事

(1)金賢姫元死刑囚:田口さん絶対生きている…長男らと面会

 大韓航空機爆破事件(87年)の実行犯で北朝鮮の元工作員、金賢姫(キム・ヒョンヒ)元死刑囚(48)が23日、東京・羽田空港から政府のチャーター機で韓国に帰国した。初来日で4日間滞在し、拉致被害者の家族らと面会したが、拉致に関する新情報は得られなかった。一方、超法規的判断での入国や国内での「VIP待遇」に、野党などから非難の声が上がっている。

 金元死刑囚は宿泊していた東京都内のホテルから、SPや機動隊員が乗ったエスコートカーなど約10台の車両に警護されて空港に到着。この間、警視庁は数百人の機動隊員を動員した。金元死刑囚は午後4時ごろ、チャーター機で帰国した。
 滞在中、横田めぐみさん(行方不明時13歳)ら拉致被害者7人の家族と面会。「めぐみさんに84年ごろに会った」などと話したが、具体的な消息など新情報は語られなかった。

 出入国管理法上、韓国で死刑判決を受けた金元死刑囚は入国できない。しかし法務省は今回、特例で上陸拒否をしない判断を出した。出入国に政府がチャーター機を用意、移動にはヘリコプターも使用。鳩山由紀夫前首相の別荘や都内の高級ホテルに宿泊させるVIP待遇だった。運航会社によると、チャーター機は2往復で計1000万円、ヘリは40分で60万円かかるという。
 ヘリでの移動は遊覧飛行だとする野党などの非難に対し、中井洽・拉致問題担当相は23日の会見で「非難されることとは思わない」と述べた。さらに「ヘリに乗るというだけで、韓国は反対した。だから『私の責任で飛ばしてやってくれ』と言った」などと話した。
 一方、政府の拉致問題対策本部は23日、金元死刑囚と被害者家族らの面会の様子を撮影した写真と映像を公表した。写真は317枚、映像は33分。田口八重子さん(同22歳)の長男、飯塚耕一郎さん(33)と一緒に、笑顔で料理をする様子も写されている。【合田月美、鮎川耕史】



(2)問題点

金賢姫元工作員の来日「逮捕されるべき犯罪者が、要人扱い」-英紙


1987年の大韓航空機爆破事件の実行犯、金賢姫(キム・ヒョンヒ)北朝鮮元工作員(48)が20日未明に初来日した。今回の来日は日本政府の招聘(しょうへい)によるもので、事件以来初の海外渡航となる。23日までの滞在中、横田めぐみさんの両親ら拉致被害者家族と面会する。

 政府チャーターの小型ジェット機が午前4時前、東京・羽田空港に着陸し、白いスーツにサングラス姿の金元工作員は警備関係者らが大きな傘で覆い隠すなか、待機していた黒塗りの乗用車に乗り込み、異例の厳戒態勢下で、長野県軽井沢町の鳩山由紀夫前首相の別荘に向かった。

 日本政府や拉致被害者家族は、拉致問題の新たな情報に期待を寄せている。一方で、3月末に来日した黄長ヨプ(ファン・ジャンヨプ)元朝鮮労働党書記は、「北朝鮮は、日本人拉致問題がそれほど大きい問題ではないとみている」と発言している。

 このニュースは英国でも報じられている。英インディペンデント紙は「ジェット機爆破事件の北朝鮮元工作員が日本で歓迎される」と題し、もっともありえないスパイ物語と報じた。また、日本国籍の偽造パスポートで大韓航空機爆破を試み、一度死刑を宣告された金元工作員は、東京の羽田空港で逮捕されなければならない。にもかかわらず、彼女の地位は犯罪者どころか、まるで要人扱いだ、と金元工作員の待遇を疑問視している。

 英ガーディアン紙は、今回の金元工作員の訪問は、日本政府がこれまでの拉致問題に対する怠慢からわざと注意をそらすために仕組んだパフォーマンスだと批評家が非難していると報じた。金元工作員はこれまでにも被害者の家族と何度か会見しており、新しい情報が提供されることは期待できないとみられている。(編集担当:田島波留・山口幸治)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100721-00000024-scn-int
金賢姫元工作員「観光旅行」は韓国の要請
 中井国家公安委員長は3日午前の衆院予算委員会で、大韓航空機爆破事件の実行犯、金賢姫(キムヒョンヒ)・元北朝鮮工作員が7月に来日した際、ヘリで東京上空を遊覧するなど「観光旅行」をしたのは、韓国側の要請によるものだったことを明らかにした。

 金元工作員は来日中、拉致被害者家族と面会する一方、軽井沢の鳩山前首相の別荘に宿泊し、ヘリで東京上空を遊覧。日本国内では、政府の対応を疑問視する声も上がった。

 中井氏は予算委で、「韓国側からいろいろな条件、要求が出て、交渉に交渉を重ねた。彼女をはじめ、韓国側がどこか1か所でいいから観光旅行をさせてやってほしいと(求めた)」と説明。そのうえで、「彼女は永久にどこにも行けないと考えると、どこかでかなえてやりたいと考えた」と語った。自民党の平沢勝栄氏が「別荘への滞在やヘリでの遊覧はおかしい」とただしたのに答えた。

(2010年8月3日11時29分 読売新聞)



感想~ハマグリはちゃんと説明汁

今回やったことが、漏れは必ずしも悪いことだとは思わないです。前の釜山面会でも書いたように、北朝鮮に振り回された当事者たちの気持ちなど、余人の想像を超えたところにあるわけですから、それを癒す機会が必要だと思うわけです。(鳩山母のマネーでやればいいじゃないか!)。北朝鮮は拉致を認めたとはいえ、工作活動を一切やめたなどというわけでは断じてないので、具体的な情報があっても、それが正確な場合に表に出せないということはあり得ると思います。

 しかし、だとすればなおさら、1987年までの北朝鮮しか知らないはずの人を呼ぶことが北朝鮮問題の解決においてどうして必要なのか、特上寿司や遊覧にはどういう意味があるのか、特定失踪者はどうなのかなどの、日本国民の疑問や批判に対してきちんと答えなければならないはずである。それがないのに金賢姫が飯塚耕一郎さんにアーンしている写真(映像)でもって、中井拉致担当相が「この来日には成果があった、120%のでき」などと言われては、「ふざけんな!」と批判がでてくるのは、ある意味では当然だと言える。ついでに言えば、「金賢姫と横田さん・田口さんの家族が談笑している映像」だけでは、世論喚起としてみたら、むしろ本来の拉致問題の意義・意味をわかりにくくさせているという点で失敗していると言える。こういう時には必ず北朝鮮問題をコンパクトにまとめるVTRが必要だがね……。

 しかし今回、なぜかあれほど金賢姫は韓国の人と言い張っていた北朝鮮が、北朝鮮を裏切った女だと初めて認めているようだ!これについて新展開を期待しているお
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