グリコ・森永事件


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<目次>


私はコレで、グリコをやめました


 幼稚園の年中組の頃、お休みの日にテレビを見ました。朝、ワイドショーか何かがやっていました。2つのお菓子が番組のスタジオに持ち込まれていて、ドアップになったそのお菓子に、出演者達がかわるがわるコメントをしています。どうもグリコと森永のお菓子に毒を入れるけしからん奴がいて、それがこのお菓子(もしくはそれと同種類のものの再現?)のようです。お菓子に毒を入れられたら危険だから店、から森永のお菓子を消すというのです。そういうことがあったので、「ゆるしたろ」の後に、グリコと森永のお菓子を店頭で見ても怖くて、親に「買ってくれ」とは言えませんでした。
 途中キツネ目の男やビデオの男の映像がテレビで流れていて解決するのだろうと思いましたが、「なんとなく終わったらしい」ので、もう大丈夫だろうと思い(おそらく昭和61年ごろ)グリコと森永のお菓子を食べてました。
 キツネ目の男の絵は怖かったです。どうでもいいけど当時流行っていた、わたしはこれで会社を辞めたという「禁煙パイポの男」に似ているな―と思いました。

ほっ! いいキツネ目

1-あらまし


 1984年(昭和59年)3月18日夜、江崎グリコ社長宅に犯人3人が忍び込み、江崎勝久社長を誘拐、「人質はあづかった 現金10億円 と 金塊100kg を よおい しろ」との脅迫をした。社長は自力で逃げ出し救出され、終わったかと思われたものの、これ以降「かい人21面相」を名乗る犯人グループの行動はエスカレートした。犯人グループは、森永など複数の企業を、グリコと同じ手口で脅迫し、さらに店の商品に毒物を混入させて食品・流通業界を1年余りに渡って混乱させた。警察は、コンビニの商品に毒物を混入したと見られる(断定していない)ビデオの男、現金受け取り現場での見張り役「キツネ目の男」を公開したが、事件発生以来1人の犯人も捕まえられずに時効を迎えた。

 なお、この事件は人が死んでないとはいえ、毒物混入菓子を売る・ばらまく、スーパーなど流通機能をマヒさせるなど、「目的を達成するため、不特定多数に、不意打ちの形で、強制的に従わせる」という意味で、テロ行為と言える。

2-流れ

事件の経過
84年3月18日 a 江崎グリコ社長誘拐 江崎勝久氏(当時42歳)拉致される

3月19日 江崎グリコ取締役宅に「 現金10億円 と 金塊100kg を よおい しろ」とする脅迫状。報道協定

3月20日 兵庫県警、社長宅に押し入った2人組の犯人像を発表

3月21日 午後2時15分すぎ、大阪府摂津市新在家の国鉄大阪貨物ターミナル駅構内の線路で江崎勝久社長を保護。報道協定は解除

3月22日 江崎社長「私には全く犯人に心当たりがない。みなさんの中で、もし心当たりがあるなら、私に不名誉なことであっても構わない。正直に警察に話してくれ」

4月2日 b グリコ脅迫 江崎社長宅に6000万円を要求する脅迫状。その封筒には塩酸入り目薬容器と誘拐犯本人の証として、監禁時に録音された社長の声が入ったテープも

4月8日 受け取り場所の喫茶店「マミー」に犯人は現れず。報道機関(大阪の毎日・サンケイ)と兵庫県警甲子園署に「けいさつの あほども え」という始めての挑戦状
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4月10日 午後8時50分頃、大阪市西淀川区の江崎グリコ本社・工務部試作室から火が出る。その30分後、大阪市福島区のグリコ栄養食品でも出火
↓ 
4月11日 午前8時、江崎家に「思い知ったやろ。今後も気をつけろ」と男の声で脅迫電話。午後3時5分には京都市伏見区のグリコ栄養食品京都工場にも男の声で「燃やすから、覚悟しろ」という電話

4月12日 警察庁、この一連の事件を「広域重要114号事件」に指定

4月16日 午前11時頃、茨木市東野々宮町の曙橋左岸橋脚台で「えんさんきけん 大さか市西よど川区歌島4-6-5 江崎グリコ 江崎勝久」と書かれた脅迫文が添付された塩酸入りの赤いポリ容器を発見

4月20日 午後5時ごろから3回、江崎社長宅に脅迫電話→逆探知によりこの電話は阪急西宮北口駅の今津線宝塚行きホームの公衆電話からと判明

4月23日 大阪の毎日、サンケイの新聞社に脅迫状が届くここで初めて「かい人21面相」と名乗った。内容は「24日か27日夜、豊中市上津島3丁月のレストラン『ダンヒル』に、現金2千万の束を6つ、1億2千万円持って来い」

4月24日 テープに録音された女性の声で「名神高速道路を85キロで吹田のサービスエリアへ走れ」と犯人側から現金受け渡しに関して電話から指示。この後も「国鉄高槻駅前の公衆電話ボックスへ行け。×印のついた電話の下を見ろ。電話帳に手紙がはさんである」と指示されるが手紙はなく犯人からの連絡もなし

5月9日 江崎グリコ大阪工場付近の路上にガソリンを入れた家庭用洗剤のプラスチック容器3個が置かれる

5月10日 報道機関(毎日・サンケイ・読売・朝日)に「グリコの せい品に せいさんソーダ いれた」「グリコを たべて はか場え いこう」なる挑戦状が届く。この前にグリコ本社にはグリコ製品に青酸を混入するという脅迫状が届く

5月11日 ダイエー、ジャスコ、ニチイ、イトーヨーカドーなどの大手スーパーはグリコ製品の撤去を開始

5月13日 江崎グリコは全国紙5紙、地方紙などに事件に対する見解と、小売店などへのお願いを内容とする「謹告」広告を掲載

5月14日 江崎社長が本社で記者会見「隠し事は一切しておりません」

5月17日 報道機関に挑戦状。ダイエー社長を名指しする
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5月18日 捜査本部、監禁中の江崎社長に着せられた黒いオーバーコートと、黄・緑・ピンクのラインの入ったスキー帽を公開手配

5月20日 グリコと取引のあった大阪市東区の香料製造会社「長岡香料」に、グリコへの裏取引を迫る脅迫状「3億円出せ。出せば青酸ソーダ混入の脅しをやめる」

5月23日 大阪証券取引所で江崎グリコの84年3月期決算案の発表。大久保会長はグリコ製品販売停止の影響を受ける翌年度の決算について、事件が早期に解決しても、50億円の減収となる」という見通し

5月26日 グリコが茨木市のロッテリア茨木店で裏取引に応じるも、犯人は姿を現さず(報じられたのは6月)

5月30日 長岡香料に2通目の脅迫状「6月2日午後8時から8時半の間に、摂津市内のレストラン・大同門の駐車場に、3億円を積んだ白色のカローラを置け」

6月2日 c 寝屋川・アベック襲撃事件

6月3日 男性のチェイサーが寝屋川市木屋町の神社の参道に乗り捨ててあるのを発見。車内の運転席には果物ナイフの鞘、助手席のマットには目隠し袋が残されていた

6月11日 捜査本部は管内80万世帯を1軒1軒洗うローラー作戦を実施

6月22日 d 丸大脅迫 5000万脅迫※一般に知られるのは11月

6月24日 グリコが新聞に「ともこちゃん、ありがとう。グリコはがんばります」という7段抜きの広告掲載。滋賀県に住む小学2年生の女の子からの激励の手紙が同時に掲載されていた。「わたしはグリコのおかしが大好きです。でもはんにんがどくをいれた というのでおかしがかえなくなってとってもさみしいです。だからはん人がつかまってはやく『グリコ』のおかしがたべたいです」

6月26日 報道機関に挑戦状「グリコ ゆるしたる」と休戦宣言。これを受けて江崎グリコは生産の全面再開&販売再開を決定。丸大食品は犯人の指示通り新聞広告を出す

6月28日 丸大食品は裏取引に応じ、捜査員が指定場所へ行った際「キツネ目の男」を目撃

7月3日 高槻市山手町の藤田政光・丸大食品取締役宅に「6日午後8時、茨木市内のレストランで待て」との脅迫状

7月6日 丸大食品は吹田市新芦屋上の小森嘉之・取締役宅で犯人からの連絡を待っていたが、受け取り現場に犯人は姿を現さず

7月23日 ジャスコ社長、ニチイなど4社宛てに警告状

9月12日 e 森永脅迫 「グリコと同じめにあいたくなければ、1億円出せ」と青酸入りの菓子が同封されている脅迫状→現金の受け渡しは18日、守口市のレストラン「USA」

9月18日 森永脅迫事件で犯人から関西支社に連絡。電話は子どもの声を録音したもの「レストランから、1号線を、南へ、1500m行ったところにある。守口市民会館の、前の。京阪本通2丁目の、陸橋の、階段の下の、空き缶の中」捜査員が指示通りにしても、犯人は姿を現さず

9月25日報道機関に挑戦状。18日の事件は自分達によるものと主張

10月7日 この1週間で兵庫、大阪、京都、愛知のスーパーなどで青酸入り森永製菓の菓子を13個発見。菓子には「どくいり きけん たべたら しぬで」

10月8日 報道機関に「とくべつに あじ つけたった」と青酸入り菓子のばらまきを予告する挑戦状が届く。また阪急百貨店社長など27社宛てにも、森永製品撤去を求める警告状があった→後に京都・百万遍のコピーセンターでコピーしたものと判明

10月10日 各店舗が撤去する中、販売する方針だった関西西友でも森永製品を撤去することを決定

10月11日 捜査本部、4月24日の脅迫電話で流れた女の声の録音テープ&9月18日の脅迫電話で流れた子どもの声公開

10月12日 森永製菓は製菓部門5工場で50%減産。臨時従業員、パートら450人が自宅待

10月15日 捜査本部「不審な男=ビデオの男」の映像を公開。報道機関に挑戦状。NHK大阪放送局に30錠の青酸錠

10月16日 大阪の西友系スーパー2店に脅迫状&青酸入り菓子「店長え おまえらの店の名前で 店のきゃくえ おくることもできるんやで かい人21面相」(消印・豊島郵便局10月13日午後)→西友グループは全国230店で森永製品を撤去。森永製菓は全国でTVコマーシャルを中止

10月19日 東京・豊島区のファミリーマートの郵便受けに青酸入り菓子が投函される

10月22日 ファミリーマート埼玉城北地区本部(豊島区)の郵便受けに青酸入りのドロップとキャラメルが投函される。森永は自社製品を袋に詰めた「1000円パック」を直接街頭で販売開始(11月27日には100万袋販売)

10月23日 6月2日の現金奪取の際に使用された改造タクシーが大阪・生野区で発見

10月25日 報道機関は7月後半に食品メーカーに脅迫状が届いていたことを初めて報道

11月1日 報道機関に挑戦状。森永乳業副社長宅に森永製菓宛ての脅迫状

11月6日 森永製菓、犯人の指示通り毎日新聞朝刊に要求に応じるサイン「二郎へ」という尋ね人広告を出す

11月7日 f ハウス脅迫

11月9日 ハウス食品工業に裏取引に関する確認電話→ハウス側はこれに応じる返答

11月12日 長岡京市の電設会社でライトバン盗難。鈴木邦芳・大阪府警刑事部長は報道協定を報道機関各社に要請

11月13日 報道機関に挑戦状。マスコミは2回目の報道協定を締結

11月14日 ハウス食品工業、現金1億円を積みファミリーレストラン「さと伏見店」に向かいその後犯人の指示で名神・大津サービスエリアへ→ここで再度キツネ目の男を目撃したが、捜査員が近づこうとすると逃げ去り、姿を消した。滋賀県警、栗東町川辺の県道川辺-御園線に停まっている白いライトバンを発見 →改造無線機で警察のやり取りが漏れていたと判明(概略6参照)

11月18日 森永製菓に2億円受け渡しのための広告掲載を要求する脅迫状

11月19日 奈良市中山町のハウス食品工業管理課長宅に脅迫状。森永製菓の関連会社・わかなみ製菓・切石利昭社長宅に脅迫状

11月21日 森永製菓は毎日新聞朝刊に裏取引に応じるサインの求人広告を出した

11月24日 報道機関に挑戦状。「週刊読売」誌上で『1億2000万出すからやめろ』と呼びかけた作家・川内康範氏宛てに断りの返事

11月26日 兵庫県警・吉野穀本部長宅に挑戦状。14日の捜査失態を皮肉る。森永は「直販パック」が好調なので菓子生産を2工場で再開

11月30日 大阪府警・四万修本部長宅に挑戦状。森永製菓・木下義盛総務部長宅に脅迫状。2億円を要求し、応じるなら新聞広告掲載を指示

12月7日 森永製菓、脅迫状の指示通りに産経新聞朝刊に「かい人21面相へ」という広告を出し始める。「週刊読売」に犯人から手記が届く。g 不二家脅迫 「2000万ばら撒き」脅迫+テープと青酸ソーダが届く

12月10日 報道協定解除

12月11日 不二家の田尻労務部長宅に裏取引に関する確認電話。不二家側はこれに応じる返事

12月15日 不二家労務部長宅に脅迫状「24日に大阪・梅田の阪神百貨店の屋上から2000万円ばらまけ」

12月17日 報道機関に挑戦状

12月18日 報道機関に挑戦状

12月14日 不二家は指示された阪神百貨店屋上からの現金ばらまきは行なわず

12月26日 東京のスーパー社長宅に脅迫状「1月5日に不二家が、池袋のビルの屋上から2000万円ばらまくように」と指示。報道機関に挑戦状「正月休戦宣言」

1985年

1月5日 不二家は指示された池袋のビル屋上からの現金ばらまきは行なわず

1月10日 6月と11月に目撃された「キツネ目の男」の似顔絵公開

1月11日 不二家脅迫事件が初めて報道される

1月16日 読売新聞大阪本社の玄関前の柱のかげに青酸入り菓子が置かれる。報道機関に挑戦状

1月26日 ハウス食品工業に再び脅迫状。報道機関に挑戦状

2月2日 報道機関に挑戦状

2月6日 江崎社長宛てに脅迫状

2月12日 東京8ヶ所9個、名古屋4ヶ所4個で「どくいり きけん」(逆もあった)と書かれた青酸の入った菓子が相次いで発見

2月13日 報道機関に挑戦状

2月14日 自民党、「流通食品への毒物混入罪」を新設するなどの防止法案をまとめた(かい人21面相には不遡及の原則で適用することはできず)

2月15日 東京・兜町の証券界、「かい人21面相が捕まった」という謎の噂が流れて森永・グリコ株などが軒並み20円~55円高

2月20日 報道機関に挑戦状

2月27日 茨木市の派出所に「森永ゆるしたろ」という内容の挑戦状

3月6日 和歌山県の老舗和菓子会社駿河屋に5000万円を要求する脅迫状が届く

3月8日 h 駿河屋脅迫

3月17日 大阪城天守閣に挑戦状が貼りつけられる

4月4日 報道機関に挑戦状

8月7日 滋賀県警本部長・山本昌二氏が辞任直後に公舎の庭で焼身自殺

8月12日 報道機関に挑戦状「犯行終結宣言」。 あの日航機墜落事故が発生


3-犯人達


 当の犯人である21面相いわく7人構成ならしい。捜査本部は社長誘拐犯=カップル襲撃犯と見ている

構成


 ・社長誘拐犯
 A―身長160cm。35~6歳。中肉。俳優の川谷拓三似。鼻は低い。白の目出し帽、黒っぽい運動靴、白手袋、拳銃所持
 B―身長170cm。40歳前後。押し殺した低い声。白の目出し帽、白手袋、黒っぽいジャンパー、黒い靴、空気銃所持
 C―身長165cm。20歳ぐらい。赤ら顔にニキビ。黒い目出し帽。河内弁「け」をつける。運転手役

 ・カップル襲撃犯
 A―30歳前後。身長168cmぐらい。黒い毛糸の帽子に黒っぽい布を顔に巻く
 B―25歳前後。やせ型。覆面をし、果物ナイフを所持
 C―25~30歳。低い声

 ・キツネ目の男
 警察では「f」と呼ばれる。35~45歳くらい、身長175~178cm、縁なし眼鏡をかけ、グレーの背広を着ていた。6月28日及び11月14日に、犯人が指定した現金受け渡し場所に出現したため、犯人側の見張り役と見られる。特徴がどうみても朝鮮系だが、このような顔は日本に腐るほどいると思う。「3億円強奪犯のモンタージュは忘れろ」by平塚八兵衛 だったらどうするのか?

 ・ビデオの男
 10月7日午前10時27分から11時23分の間ファミリマート甲子園口店で「棚から週刊誌をとりだす→青酸ソーダ入りドロップ 発見場所に近寄る→レジで会計」という動きをする不審な男、2、30代。身長170cm(もっと大きいとの説あり)でがっちりした体格、眼鏡に巨人の野球帽をかぶり、帽子からはパーマのかかった髪がはみ出ていた。服装はベージュのブレザー(ノーネクタイ)、白っぽいズボン、スニーカー。警察では「v」と呼ばれている。はっきりとした正面の映像もあったが、容疑者でなく、あくまで尋ね人扱いだったためにそちらは公開せず。かい人21面相によると増田生成・兵庫県警事部長ににているらしいが、本人は「コメントにも値しない!!」と憤慨

 ・脅迫電話で流れた録音テープの女
 4月24日「名神高速道路を、85キロで、吹田のサービスエリアへ、走れ。京阪レストランの、左側の、煙草の自動販売機の上に、手紙がある。手紙のとおりにしろ」

 ・脅迫電話で流れた録音テープの男児
 9月18日 「レストランから、1号線を、南へ、1500m行ったところに、ある守口市、市民会館の、ま、エッ?・・・・・・・前の京阪本通2丁目の陸橋の、階段の下の空き缶の中」

特徴


 ・グリコの事情に詳しい

   ・家族構成に詳しい、長女の名を知っており、一目で判別している
  ・10億円を用意できることを知っていた
  ・加藤運転手―何故知っているのか不明
  ・コンチングマシン―ミルクとカカオを交ぜるものだが、一般人は知らない
  ・長岡香料―限られた部署しか取引先であることを知らないが、犯人はなぜか知っている
  ・社長がかけていたコート―戦前から戦中にかけてのグリコ青年学校のものだった

 ・ 警察内部に詳しい(捜査が漏れている)

  ・京都百万遍でコピーした―警察が突き止めたのを見透かすかのように、直後に挑戦状で暴露
  ・タカトリくんなど―警察が表立って公表していない警官の名前や部署、受け取り時に婦警を使ったなどを知っている
  ・11月14日の失敗―滋賀がノーマークだったこと+滋賀県栗東町は警察無線が通じない盲点だと知っていた

 ・表社会の発想とは思いがたい手口

 ・脅迫状を送り付け世間を震撼させるが、死者はでない
 ・挑戦状の文面には「さらう」「~のう」などやくざ言葉が散見 by宮崎学
 ・あちこちで脅迫するが捕まらない→企業と総会屋の関係に似ている 
 ・尾行をまいたキツネ目の男、警察すらかわしきったライトバン、元自衛官をしとめる能力→素人では無理
 ・事件後誰も仲間割れしない、脅迫テープの女&子供も判明せず→疑似家族的団結力 

 この事件では、直接の死者は出ていない点に注目。酒鬼薔薇や宮崎勤は死者を出したから世間を震撼させたし、企業の脅迫についても、加減を知らない素人が脅迫すれば確実につかまるでしょう。そして、こんなことを素人がやれば、確実に仲間割れするでしょう。

犯人たちの目的

  それがわかったら苦労しないわ!

 というわけで、この事件の目的は、食の安全を脅かしながら、企業を恐喝して金を手に入れる…と、一般的にみなされているようです。ですが、どこ企業も、そのような裏取引をしたと表向きには認めていないので、ようわからんのです。
 特に、目的・動機としてグリコへの怨恨=グリコ原点説、株価操作で金儲け説、は有力視されているようです。しかし、関連書籍を読めばわかるように問題は犯人像の推定で、グリコに恨みのある人や仕手集団はまだしも、現役警官orOBら関与説、部落などの関与説、北朝鮮工作員や暴力団など、日本がタブー視している極めてヤハ゛イものばかりなので、平成生まれの人は注意が必要でしょう。

4-警察の対応


広域重要指定114号事件に指定


 ・都道府県警察―基本的に都(=警視庁)道府県を単位とする
 ・警察庁―都道府県警察を指揮監督する国の機関

 誘拐事件のみなら兵庫県警主導だったが、範囲が拡大し指定後は警察庁主導に

 ・刑事警察―犯罪捜査・予防を図る→逮捕優先
 ・公安警察―反体制組織の殲滅→全体像解明を優先のため行動確認が多く、情報非共有=保秘

 警察庁介入後は刑事警察に公安警察(警察庁は公安出身者が多い)が加わることに

捜査方針


 ・刑事事件―情報を全捜査員で共有→不審者はとりあえず事情聴取して捕まえる
 ・公安事件―情報を全捜査員で共有せず、警察上部で統括する。不審者は尾行→犯行グループを一網打尽

 警察側としては、刑事事件のやり方に乗っ取ってやっていたようですが、ところが寝屋川・アベック襲撃事件では、当初被害男性を犯人と見てしまったため、公安型に方針転換。そうしたら、今度はどう見ても不審なキツネ目の男を見かけても「ちょとコイ」ができなかったために、2度も捕まえ損ねる!

なんで公安の手法を用いたのか?


 何も犯人を思想犯だと考えていたからではない。警察の内部犯行説が根強くあったからだby大谷明宏


5-対マスメディア戦略


 犯人グループは「かい人21面相」と称して、警察には挑戦状、企業と報道機関に、関西弁の脅迫状と挑戦状計144通を出している。

メディアの「報じるという使命」を利用して全国に脅迫の事実を報じさせる


 挑戦状を送り付け、脅迫状の内容が公開される
 ↓
 一般人(パンピー)「毒が入っているんで買うのやめよう」&流通「犠牲者が出たらまずいから売らない」
 ↓
 脅迫された会社の株が下がる・・・それでいて誘拐や毒物で犠牲者は出さなかった

全部の事件に挑戦状出さず


 ・メディアが報道協定―社長誘拐、ハウス脅迫事件
 ・発生時点でメディアが知らなかったもの―丸大(11月判明)、森永(毎日がスクープして判明)

6-大量の遺留品&分析


膨大な遺留品=ブツ

 一生懸命調べ上げたものの、犯人逮捕には至らず。「ブツからは絶対に足が付かない」by21面相

 ・パンライター

 ・社長誘拐時のもの→日本パンライター社製PH45H型かM型
 ・長岡香料へ出したもの→日本タイプライター製559365と特徴が一致
  →千代田区神田の「ブラザー事務機」で83年1月22日に山下なる人物が購入したが、正体は判明せず。

 ・ ミシンの音

 9月18日の子供の声の背景音に皮靴製品専用ミシン音が確認されたことが判明+現金受け渡し場所や多くの遺留品の出所と、被差別部落の拠点が一致→被差別部落説に発展→部落団体から抗議をうけて捜査できず

女&子供の声分析


金田一春彦(国語学):女は「走れ」の「シ」を高く発音しており、東京~愛知、あるいは岡山~山口出身になるらしい。また子どもの方は「2丁目の」の「の」を平らに発音しているので、岡山~山口の可能性もあるが、東京~愛知で生まれ育ったのでは?推測すれば2人は母子で母が東京周辺出身、子供と名古屋あたりに住んでいるのでは?

鎌田良二(国語学):名古屋以東。とくに関東式のアクセントが強い。女は20代後半から30代前半、子供は10代の高い声

堀井令以知(言語学):完全に東京式の標準アクセント。「走れ」「上に」「ある」「中」などにそれが見られる。近畿の人が標準アクセントで読んだ場合、どこかに不自然な点が見られるがそれがない

佐藤亮一:長い連続音の後ろが跳ね上がる、東京にはない特徴も伺える。関西人が東京風に読んだ可能性有り

鈴木松美:基本周波数による声帯の動きや校長はの組み合わせなどを調べた結果、4月24日の江崎グリコへの電話の主は中学校2・3年の女子。9月18日の森永製菓への脅迫は小学校5・6年生の男子と分かった。当初、30代の女性と見られていたが、この女子は同年代の女性と比べ低い声に聞こえたため、間違ったのではないか。この2人の声の特徴は、同一人物ではないかと思えるほどよく似ており、姉弟の可能性がある。

電話をかけると発信地の電話局から相手の地域の電話局までいくつかの電話局の交換機を通過するため、犯人が電話を切った後に電話交換機が発するリセット・パルス音でどの局の管内からかけてきたか分かるんだ。脅迫テープの音で判断する限りでは、グリコの場合は、大阪市近郊の大阪府内、森永製菓の場合は名古屋近辺と見られる。ハウスの場合は320キロ離れた場所からかけてきたことがわかった。静岡以東、広島以西の地域で、犯人の痕跡がある場所と言えば、東京豊島区辺りが臭いということになるだろう。


7-社長は自力で脱出したのか、犯人がわざと見逃したのか?


 ・自力脱出説と問題点

 社長が脱出したのは大誤算、北側のレール状鉄扉のナットの腐蝕を犯人が把握していなかった可能性が高い。社長保護後に藤江宅に脅迫するのはおかしい。

 ・見逃し説と問題点

 なぜ犯人がいなくなったのか不自然&その後放火されたり、「やくそく やぶった」などと犯人に言われている。


8-グリコ原点説


 要するにグリコに対する怨恨だろうとする見かたで、なんだかんだで、やはりこれが最有力なのか?肉などを扱うグリコ栄養食品周辺では、産業廃棄物で地元住民らとトラブルがあり、これがきっかけとなったという考えられている。

1981年2月に倒産した××工業関係者の捜査(1989年ごろ)


 このA元社長は江崎家の縁戚者で、戦後創業者の利一氏に土地や建物を貸したりした。Aにとってまさに江崎社長は「勝久」であり「グリコはワシが育てた」であったという。倒産時は孫のB氏が自転車操業状態で、勝久社長らが10度以上融資する状態で、金は返さないでいいから潰してくれという形になった。このA氏は75年に排水の悪臭問題での修繕を受け持った(言わば仲裁)、その際周辺に右翼関係者暴力団系金融業者が多数出入りしていたという。そして84年6月28日、かねて金の返済を催促されていたC銀行に「1ヵ月後に江崎家から融資してもらうから・・・」と申し出、果たしてその通りになった。さらに勝久社長の親族が5400万を追加で融資していた。

 警察はこのA氏、B氏を中心に、周辺の右翼関係者やキツネ目と思しきN、暴力団系金融業者の相関図を作成するも、Nの面割でキツネ目の男でないと判明。A氏は事情聴取で「倒産はBのせいで自分は関係ない。グリコからの融資は(倒産後)勝久君に呼ばれて知った。大久保会長とは深い付き合いだったが勝久君とは儀礼的付き合い。グリコ森永とは一切関わりない」と発言。結局社長誘拐の日のA氏、B氏のアリバイも崩せず頓挫した。


黒いオーバーコート


 『闇に消えた怪人』によると、戦前の1936年(昭和11年)に、江崎グリコが働きながら工業技術や簿記をまなべるという「グリコ青年学校」を大阪、東京、奉天などに設立した。そのOB会「青雲会」には、グリコの幹部から「3年後には正社員にするから」など言われるも、それどころか会社を辞めざるをえなかった人や、戦後の直後ただ働き同然だったのに、経営が軌道に乗ったら首にされた人などが多数いるという。これがグリコ森永事件とどう関係するのかというと、捜査により江崎勝久社長が水防倉庫に監禁されたときに着せられた黒いオーバーコートが、1940年(昭和15年)に「グリコ青年学校」で支給された国防色のコートを黒く仕立て直したものの可能性が高まったからである。そして、警察は石川県金沢市の仕立て職人が縫製したと特定したが、本人は思いだせず、青雲会との関連も全く不明。


53年テープ


 1978年(昭和53年)8月、初老の男性の声が54分ほど録音されたテープが、当時のグリコ常務・藤澤和己氏に郵送された。それは後のグリコ・森永事件を予告したような内容&手口だったが、グリコは無視。事件との関連が疑われている。

 ・声の主

「昭和22年復員、部落解法同盟の会長、奈良の社会党議員の世話になった、ヤシマ乳業関係者」とみられる。が、誰もこの声が誰かはわからず、警察はヤシマ乳業&公安が「ここだ」と疑った左翼農場も調べたが、やはりわからず。

  • 藤沢さん、ご多忙中のところ、また、お疲れのところ恐縮です。私は去る7月28日夜分に電話をさせていただいたものであります。その節は大変、失礼しました。私は高血圧、心臓病を患っておりまして、実は急ぐ用件なので、無理をして電話をさしてもらったのですが、緊張のために、急に胸が圧迫されてきまして、お電話できんようになってしまいました。(中略)今回、このようにテープを遅らせてもらうことにつきましては、内部でいろいろと意見があったのですが(中略)私がお伝えしたいのは、私の気持ちであります。真意であります。それには、時間をかけてでもテープをつくって、お送り申し上げたらと思いつきまして、このテープを作ったわけでございます。

  • ところで、話の中身と申しますのは、いろいろともっていいきようもあろうかと、あれこれ考えてました。が、私の性格です。また、相手はグリコさんであります。飾りも何にもなしに、先ず、結論を申し上げて、しかるのち、グリコさんにご判断にたたけるように、成り行きを申し上げていきたいと考えております。

  • 昭和41年ごろ、グリコ共同乳業が「ヤシマ乳業を買収した時、奈良地区の酪農業者と取引を中止しております」

  • 昭和22年に復員後、私は30年ほど部落解法同盟の会長をしているものでございます。1ヶ月ぐらい前から、過激派の連中と付き合うようになりまして、実は、さる過激派の連中がどうしても資金がいる。そこでグリコさんにカンパをしてもらいたい。もし、蹴られたり、警察に言ったりなさると、それなりの報復を計画している、という事を知ったのです。(中略)過激派の連中はグリコの製品に毒物を入れて12都道府県に撒く準備をし、連中はグリコに3億円を要求するつもりだったのですが、私が交渉して1億7500万まで引き下げさせた(中略)。もし、グリコさんが要求に応じていただけるのであれば、朝日、毎日新聞の尋ね人欄に「ヨシザワ 話しついた すぐ帰れ フジサワ」と掲載していただきたい。


9-B作戦


 この作戦はグリコ・森永事件の合同捜査本部が総力を挙げて取り組んだ警察史上最大の作戦だった。そのターゲットはk元組長だったが、捜査線上に浮かんだ最初のきっかけは、90年に島田丑之助服役囚の調査が頓挫した直後の「食肉利権で利益を得ているk元組長が食肉関係の人物と組んでやった」なるタレこみ電話だという。その捜査資料にはk元組長を中心に、キツネ目の男やビデオの男、一味のリーダー、脅迫テープの女性&男児らの実名、出身地や経歴、職業などをズラリと記載。それらの相関関係を表すフローチャート図まで作成するという、壮大なものだった。
 1992年3月13日、捜査本部では1ヶ月前から行動確認して、当日都内にいた元組長を「別件容疑」で大阪のホテルに任意同行させた。しかし「刑事さんもご苦労なこった。企業の顧問、金貸し業やら当時はいろいろやっていたから、そんなはしはした金(3億円)のことはいちいち覚えてない。証拠でもあるのか?」と一蹴されてしまい、フローチャート図の人物も「k元組長の名前すら知らない」と一蹴されてしまった。

k元組長


 ・1979年にグリコから5億円を脅し取ろうとして拒否された過去があること
 ・元組長の銀行口座に被害にあった企業の関係者から3億円の入金があったこと、
 ・犯行に使われたのと同種の和文タイプライターやタクシー払い下げ車輌を親族が所有していること
 ・グリコに恨みを持つ人物が周辺にいたこと
 ・53年テープに登場する人物と接点があること
 ・株価操作に関与した疑い

回収業者経営M


在日朝鮮人、事件当時50歳、ハウス事件の盗難車から当時NECでのみ使っていたEL(エレクトロルミネッセンス)が採取される。親族が勤務する食肉会社Dを通じてk元組長と繋がりあり

北朝鮮元工作員R=北陸の男


 事件当時50代Mと交友あり、北朝鮮密入国で昭和40年代検挙、53年テープの声に似ている

Rの娘=京都の女


 事件当時20代、NEC社員から買った中古車を所持、女の声に似ている

大阪の食肉業者z


 k元組長と79年にグリコへ恐喝

暴力団員О


 k元組長の関係者で行方不明、82年に倒産した運送会社から日本タイプライター社製品を持ち帰る

京都の同和団体S=さる組織X?


 k元組長の舎弟的存在。かつてグリコ栄養食品を脅迫した右翼団体と関りあり


 実は失敗する可能性が高いことはわかっていたという。この1年前にR親子の声紋鑑定をしたが「別人の可能性が高い」だったのだ。キツネ目の男、ビデオの男類似者はかすりもしなかったという。だったらやるな?とつっこみたくなる話だがしかし、この元組長への事情聴取をとっかかりにして裏社会に捜査のメスを入れたかったようだが・・・・・・。
それにしても、「B作戦」だなんて、警察のほうがショッカーみたいなじゃねーかよ。

10-キツネ目の男


 現在に至るまで誰だか不明

宮崎学説


 ・身長178cm、当時年齢39歳。顔が似ている
 ・地元に遺留品がやたら見つかる
 ・労使運動への介入疑惑→助力を申し入れた時には、もう解決していた
 ・ハウス事件の現場付近に会社があった→82年ぐらいまではあった
 ・親族(義兄)がタクシー払い下げ車両を所有していた
 ・親族の関係者(友人)が脅迫状に使われたパンライター所有
 ・脅迫状に使われた便箋を販売した「園条」の顧客
 ・企業恐喝の前歴があった→会社倒産で負債を抱える
 ・挑戦状の文面(84年5月10日)が、以前捕まった時の言いぐさに似ていた

 このキツネ目の男が宮崎学氏に似ていることは有名で、本人もネタにしている。上のような疑惑があったために「重要参考人」扱いになったが、警察は1984年6月28日(d丸大事件で、1度目にキツネ目の男に遭遇した日)都内の音楽大学の労組会議に出席していたアリバイを崩せず。


新たに新説が浮上


 ところが、2006年、1994年に起きた5億4千万強奪事件において、犯人の2人であるサングラスの男(森本喜博)とミイラ男(金翼哲=鉄ちゃん、97年自殺)を引き合わせた前田浩二から、この事件を取材していた森下香枝氏に「鉄ちゃんから『あれは自分がやった』と言っていた」なる手紙が届いたことから、近年にわかに鉄ちゃん説が浮上している。

 『真犯人・グリコ・森永事件「最終報告」』によると、1981年から82年に、和歌山のさる資産家の社長を誘拐し、それがある事情で公表できなかったために、これに味を占めたのだという。また、社長監禁時に頭へ袋を被せたが、脱出後社長からダライ粉(金属屑)が検出され、そのことを鉄ちゃんは気にしていたという。当時の肩書は金属屑回収業者だった。同書によると鉄ちゃんはグリコ・森永事件には実行犯として絡んでいた。ただし鉄ちゃん=キツネ目だと言うわけではなく、「なんか似てないか?怪しいぜ」という話であり、特殊捜査犯は「fとちゃう!」と言った。

 むしろ前田は行方不明になった鉄ちゃんの親戚kに似ているという。鉄ちゃんの弟も似ていると言い「kも在日韓国人だが、北朝鮮でスパイ活動をしているグループと関っていた。十数年前、東京の日本橋で行方不明となり失踪したままになっている。親族間では「北朝鮮へ渡ったんではないかと見ていました」という。

結局また北朝鮮なのかよ!! ということで続報を期待しています


まとめ


 警察の失態は実にひどいものだった。公安型の「一網打尽」の方針なる理由で、犯人(らしきもの)やキツネ目の男を捕まえられなかったことに尽きる。大谷昭宏氏などは、だから公安は馬鹿だと言ってはばからないようだが、むしろ犯人が狙って公安が出てくるように仕向けたなら、これは捜査体制全体の問題ではないのだろうか?

 マスコミの問題もあろう。メディアが報じたことで、店に毒が並んだことをパンピーが知ったという意味では安全に貢献したが、事件解決や企業側の被害防止には何も貢献していなかったどころか、結果的に犯人に利用された。ではどうすれば良かったのか?後からなら何とでも言えるが、ただ脅迫された事実と、毒入り菓子が置かれたから注意しろで良かった。この場合でも報道すれば確かにグリコや森永の評価は下がるだろうが、世間の人間は長期化すれば犯人への反感しか生まれず、もっと早く事件が収束したと思えてならない。この事件でも、「21面相はいい奴だ」と同情的になっていた馬鹿なオヤジがいたというではないか?事件のさなかに、犯人への共感が生まれるような手紙の面白い文面まで不用意に報じてはいけなかった。
 自衛隊や保守的な考え方が見直されている2002年以降と異なり、当時は反体制・反権力がまだ世間の支持を得られたからであり、犯人もそこに訴えかけて正当化・長期化をさせることで、何らかの目的を達成させるためであった。酒鬼薔薇にしろ、てるくはのるにしろ、犯人のパーソナリティー分析は事件終結後でたくさんやればいいじゃないか!

 犯人に屈した食品・流通業界の対応も考えさせられる。さる流通企業の人は「犯人に屈しないで販売して被害者が出た場合、世論は犯人に屈しなかったと評価してくれるわけではなし、マスコミには酷評される。だから犯人に屈するしかない」と言うのだ!この発言はとても重い。
こう返されると、「人命は地球の命より重い」昭和時代に物心がついた者は何も返せませんね!

いずれにせよ当時の社会システムの問題点の核心を良く突いた事件だったなと思いますね。
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