千早 十



北風が吹きすさぶ寒い中、私は先に仕事を上がり、夕飯の材料を買い込み家路に就いていたら、
前を歩くPに気が付いた。声をかけようとしたら、後ろから私を追い越した一人の女性がPの行く手を遮ぎった。
「やっぱり!Pだぁ!」
「君は……!」
嬉しそうにその女性はPに抱き着いた。驚き、戸惑いながらも笑うPに私は立ち尽くしてしまった。
誰だろう…今まで仕事関係で知り合った人かしら?それにしては、かなり親しい間柄の様だ。
私はPに気付かれない様に他人を装いながら二人の後ろを着いていく。
なにやら女性は自分の事とか、今の身の回りの事とか話している。Pはうんうんと懐かしそうにそれでいて、
時折、見せる悲しそうな目でその女性の話を聞いていた。もしかしたらー…。
「いっけないっ舞台稽古があるんだった!時間に遅れちゃうっ!」
じゃあね、と女性は駆け出す。が、すぐに立ち止まって振り向き、左手の手袋を外して、
その手の薬指に光る指輪をPに見せ、敬礼して幸福いっぱいに笑った彼女の顔。
「……!!」
私はその時敬礼で応えた嬉しそうな、それでいて寂しい目で笑ったPの顔を一生忘れないだろう。

彼女の姿が夕暮れの人波に消えてもPはまだそこに立ち尽くしていた。
私は声もかけられずその背中を見続けるしか出来なかった。
やがて、首を左右にコキコキと鳴らして、ふぅっと大きな溜め息をつくと、
「帰ろうか、千早。」
と振り向いた。
「気が付いてたんですか?」
と、私は驚いた。
「まぁな。」
そして私の下げている買物袋を覗き込む。
「おっ、今夜はシチューかぁ…早く帰ろうぜ。千早の作ったシチューは旨いからな。」
そしていつもの顔で並んで歩くP。
夕暮れの風は冷たく、私はPにくっつく様に寄り添う。Pは黙って肩を抱いてくれる。お互い無言のまま…。
「さっきの人は俺が昔、駆け出しの頃、プロデュースしたんだ…。」
「…!!」
「お互い、まだ若かったなぁ…結局、ランクDで終わっちゃってさ、あっさり事務所辞めたと思ってたらさ、
あいつ……ちゃんと自分の道、見つけていたんだ…夢を追い掛けて羽ばたいてたんだよ…。」
肩を抱いた手が僅かに震えてた…。
「引退した後、連絡も取れなくなってたから気掛かりだった…でも今日、やっと…喉のつっかえが取れたよ。」
「P…。」
「すまない…こんな事話して…でも…」
「いいんです…!それよりも私に包み隠さず話してくれたのが私は嬉しいです……。」
初めて見る弱そうな、それでいてなにか安堵感に心底ほっとしているPだったが、
次の瞬間にはもう迷いを振り切って、明日を見つめる目をしているのを見て
あぁ、やっぱりPは大人なんだなぁとその横顔を暫く見つめていたら、
気付いて照れたのか急にそわそわと落ち着きがなくなり、
「〜〜〜〜〜〜…。」
「P?」
と、問い掛けたその瞬間お互いの右頬を合わせるように顔をくっつけた。
吹きすさぶ寒風の中、確かに耳元にその言葉は届いた。
「何処までも一緒に羽ばたこう…!。」
その言葉は今の私にとって不安に取り乱しかけたのを救ってくれるのには充分でとても嬉しかった……が、
「いかん、こんなに頬が冷え切ってるじゃないか」
と、猫の様に頬を擦り寄せだした。
伸びかけの髭跡がくすぐったいやらむず痒い。
ちょっ……!Pっ!駄目…く、くすぐったいです……くっ…!


今まで仕事をこなしてくれた千早に感謝しようと思い
メッセージカードを添えたバラの花束をプレゼントしようと思い立った
早速大きな花束を買いメッセージカードを書いてみると
普段言えないような気持ちまで書いてしまい渡すのが照れくさくなってきた
このまま渡さないのも気が引けるのでどうしようかと思案していると
事務所の衣装保管部屋にイベント用の熊の着ぐるみがあったことを思い出した
スーツを脱ぎ、小鳥さんに手伝ってもらいながら熊の着ぐるみに着替える
千早が事務所に帰ってくるまで待っていると数分たってからやってきた
「ただいま戻りました。……どうしてこんな所に熊が?」
不自然に立っている着ぐるみをしげしげと見る千早に両手で持っていた花束を差し出す
「え? 私にこの花束をプレゼント? このカードの字からしてプロデューサーかしら」
千早は花束を受け取り、メッセージカードを無言で読み始めた
しばらく読んでいると千早はクスクスと小さく笑いだした
「プロデューサー、私の事を普段そういう風に見てくれていたんですね」
「…………」
「調子に乗って書いてみたはいいものの、このカードを
いざとなって渡すとなって恥ずかしくなっていうところですか?
気持ちはわからなくも無いですけど
こんな青臭い文章を読まされるほうも少し恥ずかしいんですよ」
「…………!」
少し赤くなった顔をカードで半分くらい隠しながら話す千早に
熊の中にいるのが最初からバレてたのか!と気がついた
「その……出来ればこういうのは面と向かって渡して欲しいです」
回りくどい事してるから余計恥ずかしくなり、照れ隠しも何も
もうどうにでもなれと千早に抱きついた
「きゃ! プ、プロデューサー、くすぐったいですよ」
ほのかに香るバラの匂いをかぎつつ、被り物のせいでよく見えないけれど
腕の中に確かに感じる千早の華奢で柔らかな感触を堪能しつつまったり観察したい今日この頃の俺



千早が主題歌を歌った新しい恋愛ドラマを千早と二人で見てみた
ドラマの内容はなかなか凝った設定で展開も面白く主題歌が良くマッチしていた
「千早が主題歌歌ったドラマだけあって面白いな」
「私が歌ったこととドラマの面白さは関係ないですよ」
千早は千早でドラマの登場人物に共感を持ったようで珍しく熱心に見ている
録画しておいて正解だったと思っているとドラマのヒロインの台詞が気になった
そうこうしているうちに次回を期待させる内容でドラマは終わった
「なぁ千早、女の子っていうのは『好き』と言われるのと
『愛してる』と言われるのだとどっちが嬉しいものなんだ?」
「そうですね、私の歌が好きと言われたりすると嬉しいですけど
愛していると言われたことはないのでどっちが上というのは分かりません」
自分のことではなく歌のことを引き合いにする千早に思わず苦笑してしてしまう
しかし、どうも気になると止まらないので千早で確かめてみることにした
「千早、君を愛してる」
「……! な、何言っているんですかプロデューサー!」
「好きと言われるのと比べてどう?」
「そ、そんなの分かるわけないじゃないですか!?」
「そりゃ残念。じゃあ千早、君が好き、愛してるよ」
「も、もう知りません!」
慌てて耳まで真っ赤になってプリプリと可愛らしく怒る千早によそに
普段言い慣れないことはあまり言うものじゃないなぁとふと思う
しかし、千早の反応が思いのほか可愛らしくて面白いので耳元で好きだよと
言ってみた時の千早の反応を楽しくほんわかと観察したい今日この頃の俺



今日は千早の誕生日ということで事務所でちょっとしたパーティを催した
千早は何も聞かされていなかったので、最初は戸惑っていたものの
春香達をはじめとする大勢の面々に祝われたことはまんざらでもなかったようだ
そうこうしているうちに賑やかなパーティも終わり、千早とのんびり会話していると
いつの間にか、皆は帰ってしまったようで千早と二人きりになっていた
「こんな賑やかな誕生日は初めてです。私の周りにはこんなたくさんの人がいてくれたんですね」
「みんな千早のことが好きだからな。そうだ、つい遅れてしまったけど俺からのプレゼント」
そういって千早に差し出したのは小さなダイヤのついたシンプルなデザインの指輪
「これを私に?ありがとうございますプロデューサー。私、ずっと大事にします」
自分が選んだ指輪をはたして千早が気に入ってくれるか心配だったが
そんな懸念をよそに千早は指輪を手にして微笑みながらキレイと小さく感嘆の声を漏らしている
「……?内側に文字が彫ってありますね。えーっとHAPPY BIRTHDAY DEAR MY プリンセ――」
「あああ!ほら、付けあげるよ」
目を細めて読もうとするのを慌てて制止し、千早の右手をとる
ゆっくりと薬指に指輪をはめると、千早の手の甲に軽くキスをした
「なんだか私……お姫さまみたいですね」
「まぁ、その、なんだ……俺にとって千早はかけがいのない歌の素敵なお姫さまなんだけどな」
「プロデューサー……」
なんともいえない気恥ずかしい雰囲気に顔が熱くなってきた
はにかみながら困った顔をする千早が愛しくて、腰に手を回して引き寄せる
突然のことに驚いて、こっちを見上げる千早の額にキスをした
「あ、あ、あのプロデューサー!?」
額に両手を当てて慌てる様子の千早に「ああ!もぅ可愛いなコンチクショー!」と
心の中で叫びつつ、抱きしめた千早の温もりを堪能したい今日この頃の俺



新曲のレコーディングが煮詰まってしまい、なかなか自分の納得いく歌い方が出来ずに焦っていたら
「少し息抜きしようか」
と、プロデューサーがスタジオ裏の河川敷に連れ出してくれた。
穏やかな小春日和の中、二人で散歩道を歩いているとさっきまで苛々してた気分がだんだん落ち着いてきた。
「こんなところがあったんですね。」
「散歩やジョギングには良さげだろ?まぁ俺は何処だってこうやって千早と散歩するだけで落ち着くけどな。」
「ありがとうございます…その、私も……落ち着きます。」
照れ隠しのつもりか、くしゃくしゃっと頭を撫でるプロデューサーの大きな手が心地良かった。
そして、
「誕生日おめでとう」
と懐から小さな箱を出して渡す。
「…!あ、ありがとうございます…。」
「帰ったら事務所で皆がパーティー開く言ってたからな。ゴチャつく前に渡しとく。」
「開けていいですか?」
「どうぞ。」
突然の嬉しい不意打ちにドキドキしながら箱を開けると
それは鳥を象ったイヤリングだった。
照れながらも付けてみて、
「似合い…ますか…?」
と聞いた途端に抱きしめられた。
目と目が見つめ合うその瞬間−

突然後ろの茂みがガサリと音を立てたのを私達は聞き逃さなかった。
恐る恐る二人で後ろを振り返るとそこには一緒に別のスタジオでレコーディングしていた筈の春香や真や
亜美真美、あずささんまでもが……。
「ふ、二人が出ていくの見えたから、あは、あははは、気にせず続きをどぉぞぉ!」
「できるかぁぁあ!!!!」
キャーキャー言いながら逃げ回る春香達を追いかけ回すプロデューサーを顔を真っ赤にしながら見ていたら
いつの間にかあずささんが横にいて
「ごめんなさいね〜お邪魔しちゃって、でも〜スタジオの時間もあるから、ね♪」
そうだった……こんなことしている場合じゃなかった…!プ、プロデューサー!早く戻らないと……!
焦る気持ちとさっきの恥ずかしさが混合して顔がむず痒い。あぁ、駄目だ……全然聞こえてない………くっ…!



連日続いた激務で仕事中に、高熱で気を失って倒れてしまった
病院に担ぎ込まれ、診察を受けるとどうやら過労が原因らしく
自宅で栄養とって療養しろとのとことだった
「……だからって、そんなに甲斐甲斐しく世話してくれなくてもいいんだぞ千早」
「いえ、今回のことは私にも責任がありますから。それに……プロデューサーと仕事したいですし。
ここは私に看病させてください」
「看病って、また大げさな」
「大げさじゃありません!プロデューサーが倒れた時、どんな気持ちだったか……くっ……。
まだ弱っているんですから寝ていてください」
後で聞いた話だと事務所で急に倒れたとき、病院に運ばれるまで
千早は手を握り締めてずっと付き添ってくれたらしい
心配かけてごめんと思いつつ、自分一人の体ではないんだよなと実感する
「プロデューサー、何かしてほしいことはありますか?」
「ん~、そうだな。額に手を乗せてくれないか」
「こ、こうですか?」
前髪を退けて、額にやんわりとのせられた千早の細く柔らかい手が心地いい
「ありがとう、なんだかこうされるとすごく落ち着く」
「ふふ、まるで子供みたいですね」
「千早にこうしてもらえるのは役得かも」
「な、何言うんですか!……ぃ、言ってくれれば、その……何だってするのに」
「じゃあ、一緒に仲良く寝るか?」
「え?そ、そんなまだ心の準備が……でも」
適当な冗談にドキリとして赤くなって俯く千早に意地悪すると可愛いなと思いつつ
のほほんとまったりと観察したい今日この頃の俺



千早と営業の帰りに公園へ立ち寄ると、園内の桜の並木道で
今にも咲きそうなつぼみが幾つかあるのを見つけた
「桜もあと少しで咲きそうだな」
「そういえばそうですね。これだけたくさんの桜があると
桜吹雪が舞ったりしてきっと綺麗だと思います」
「この公園の桜はすごいぞ。一斉に咲き乱れるから辺り一面桜色に染まるんだ」
「そうなんですか。それは見てみたいですね」
そう言って風に揺れる髪を押さえながら、桜を見上げる千早の横顔を見ていると、
軽やかに舞う桜吹雪の中で歌ったり笑っている千早を見れたら
どんなに素晴らしいのだろうかという思いがよぎった
「桜が咲いたら事務所のみんなで花見でもしたいな」
「いいですね。きっと楽しいお花見になると思います。
でもプロデューサーの場合、お花見をしても花より団子のなのでは?」
「そうか?俺は団子より千早だな」
「なんですか?それ」
「俺にとって千早が一番大事ってことさ」
「プロデューサー……」
はにかみながら微笑む千早の頭を軽く撫でつつ、彼女の反応を
おだやかに暖かく観察したい今日この頃の俺


タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2008年04月19日 15:03
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。