『Trick or treat!』


「Trick or treat!」
 日も沈み始めた夕方、軽いノックの音と共に玄関から聞こえたのは、女の声だった。
 確かにハロウィンの時期であることは間違いないが、日本で実際にそういう文化はあまり根付いていない。正直、普通の人ならば出るのを躊躇うんだろうが、生憎と俺はその声に聞き覚えがあった。というよりむしろ、来るのは分かっていたのだが。
「今開けるから、ちょっと待ってろ」
 そう適当に呼びかけつつ、俺は玄関の鍵を開ける。
 扉の外にいたのは、魔女だった。
 紫がかった黒のマントを羽織り、とんがり帽子を被ったその姿は、そうとしか言いようがない。
 が、もちろんこいつは偽者だ。上はボタンが四個くらいしか付いていないラフな衣装だし、下は膝よりも随分高いミニスカートである。
 正直目のやり場に困るその女はこちらに向かって笑みをむけると、
「お菓子をくれないと、いたずらしちゃうぞ」
 と、帽子の先のお化けかぼちゃを揺らし、しなを作ってくる。
「今日はやけにハイテンションだな。真希」
 そう俺が言うと、真希は気分をそがれたように、
「いいでしょ~。せっかくのハロウィンなんだから」
 と頬を膨らませた。
「まぁ、とりあえず、中に入れ」
 そう言って、家に真希を迎え入れる。
「でも、お前。ここに来るときからその格好なのか?」
「もちろんよ。今日のために作ったんだから」
 真希はそう言って大きめの胸を張った。
 ……ご近所さんに見られてたら、かなり痛い視線を浴びただろうな……。
 そう俺が世間体を顧みていると、
「それで、何か用意してくれてるの?」
 と、真希が聞いてくる。
「あぁ、ちゃんと準備はしてるぜ」
 俺は奥のリビングへと真希を通した。
 テーブルの上には、あらかじめ料理が用意してある。広いテーブルに所狭しと広げられた皿は、十をくだらない。
「今日はハロウィンってことで、かぼちゃづくしだ」
「わぁ……、よく作ったわねぇ」
 真希はそう歓声を上げて、今すぐにでも食べ始めようかとうずうずしている。
 そんな真希に、
「まぁ、冷めてるのがほとんどだから、暖めるのを待っててくれ」
 と飼い犬に待てという気分でいうと、
「分かった」
 と、意外と素直に頷き、席に座った。
 その様子にひとまず安心して、俺は皿を電子レンジやオーブンに入れて暖めなおし始める。


 真希と知り合ったのは大学のサークルでだった。
 料理好きの俺が何気なく料理研究のサークルを覗きに行ったとき、ちょうどそこに来ていたもう一人の新入生がいた。
「貴方、料理うまいの?」
 と、横から顔を近づけて親しげに話しかけてきたその新入生こそ、真希だったのだ。
 あれから半年ほど。
 お互いの趣味や秘密を共有し合って、今では大事な彼女になった。
 そのひとつは先ほどのコスプレじみた衣装だ。ことあるごとにいろいろなものを作っては披露してくる。最近は慣れてしまってなんとも思わないが、初めの頃は少々引いていたのが懐かしい。
 そして、その二つ目が、これから繰り広げられるものである。


「よし、大体できたぞ」
 そう言って俺が暖めなおした皿を持ってきたころには、日は沈んでしまっていた。
 食べる順番にテーブルに広げなおす。
 真希は爛々と目を輝かせて今にも飛び掛りそうだ。
 俺はおもむろに真希の左手の椅子に座って、
「じゃあ、どうぞ」
 そういったが早いか、いただきます、と叫んで真希は料理を食べ始めた。
 まず、真希はポタージュに手を伸ばした。
 一見、普通に見えるそれは、もちろんかぼちゃでできている。
 真希はシチュー皿に盛られたそれをものの数秒で飲み干すと、
「へぇ、これもかぼちゃなんだ」
 と、驚きを口に出した。
「あぁ、全部かぼちゃが入ってるから」
 俺がそう答える間にも、真希は次のサラダに取り掛かっている。
 大皿に盛られたそれはかぼちゃとほうれん草がメインのものだ。大量のほうれん草の上に、てんぷらにされたかぼちゃのほかアスパラなどが乗っていた。
 真希はシャキシャキとほうれん草の音を立てつつ、
「ぉ、これは……。かぼちゃはてんぷらにしてるんだね」
「あぁ、意外にいけるだろ?」
 うん、と真希は頷いて、箸を進める。
 さほど時間もかからずにサラダは真希の口の中に消えた。その箸の速さは、幾分も衰えていない。
 サラダが終われば次はパスタだ、これも大皿に盛られていて、普通の人ならこれだけでお腹いっぱいだろう。
 ソース状のかぼちゃとベーコンが程よく絡まったそれは、かぼちゃの甘みがとても強い。
 するすると勢い良くパスタを食べていく真希は、
「ちょっと、これ甘すぎない?」
 と、少し微妙そうな顔をする。
「ぁ~……、塩コショウは多めにしておいたんだが、足りなかったかもな」
「まぁ、でも、十分美味しいよ」
 そう笑顔になって、真希は食べるスピードを上げた。
 大皿いっぱいだったパスタも、真希の前では何の障害にもならない。
 ひとまずそこまで食べ終わると、真希は小休止とばかり、脇においてあったコップ一杯の水を一息に飲み干した。
「これで、前菜かな?」
 そう真希はこともなげに言う。そのお腹にはたいした変化は見て取れない。
 そんな真希に俺が全く驚きもしないのは、彼女が無類の大食いだということを知っているからだ。
 彼女の秘密の二つ目はこれである。
 だいたい、サークルに入ろうとする動機が不純だった。
「だって、美味しい料理がたくさん食べれるんでしょ?」
 そういった彼女に、俺は開いた口がふさがらなかったものだ。
「あぁ、まぁ、そんなところだな」
 と、俺が言うと、
「でも、今回はかぼちゃばかりだね……。途中で飽きちゃうかも」
 と、真希は少し困り顔だ。
「飽きたら言ってくれ、何か適当に作ってやる」
 そう俺が言うと、真希はぱぁ、と顔を輝かせて、
「ありがとう」
 と、うれしそうに言った。
 これで安心して食べられるよ、と真希は言って、メインディッシュに取り掛かる。
 真希が手を伸ばしたのは、グラタンだ。
 四分の一カットされたかぼちゃの上にきのこや鶏肉を乗せ、その上からチーズを乗せたなんとも面白い一品である。
 量的にはたいしたことはないが、チーズが意外に重いはずだ。
 が、真希はそんなことを全く感じさせぬ速さでそれを口へ運んでゆく。
「ほぇ、しいたけとかしめじとか、いろいろ入れたんだ」
「あぁ、秋だしな」
「うん。旬だもんね」
 そう楽しげに喋りつつも、箸は止めない。
 あっという間にグラタンを食べ終えると、ピラフに取り掛かる。
 大皿にこんもりと盛られたそれは、五合くらいの量があった。
 真希は、ざくりとスプーンで右から切り崩して食べていく。
「ん……、これは炊き込みご飯?」
「あぁ、かぼちゃと一緒に炊飯器に入れて炊けばできる。かなり簡単な料理だ」
「へぇ……、でも、全体にかぼちゃの旨みが広がってて、すごく美味しいよ」
 そう言って、ざくざくと食べていく真希だったが、途中で手を止めると、
「ん~……、流石に量が多くて、飽きてきちゃった」
 と眉尻を下げる。
「ん……、そうか。何か作るか?」
「お願い」
 そう上目遣いに頼まれては断れるわけがない。
 俺はさっとキッチンへ行くと、冷蔵庫を開けて作るものを考えた。
 ……よし。
 と、決めると、食材を取り出して料理を作る。
 五分ほどでできた料理を、小さななべに入れてテーブルまで持っていくと、真希はのんびりとくつろいでいた。
 そのお腹はふっくらと膨らんで緩やかな曲線を描いている。ボタンの少ない上着から、素肌がちらりと見えた。
「できたぞ~」
 俺がそういうと、真希は待ってましたとばかりにこちらを向いた。
「まぁ、とりあえず、味噌汁だ」
「なるほど……、味噌でお口直しってことだね」
 そういうと、真希はずずっとそれを啜る。
 ゆっくりと味噌汁を飲んでいく真希だが、途中で、ふと何かに気が付いたらしい。
「ねぇ、貴方。そこにあるカレーみたいなの、かければよかったんじゃないの?」
「いや、実はこれもかぼちゃでな……」
「ぇ、そうなの?」
「あぁ、ミキサーで混ぜてるから良く分からないとは思うがな」
「へぇ、じゃあ、かけてみるね」
 真希は味噌汁を半分ほど残して、かぼちゃカレーに取り掛かった。
 ルーとピラフの比をおよそ一対一にして口へ運んでいく。
 口の中にかぼちゃの風味が広がると同時、何かプチプチとした触感を感じるはずだ。
 予想通り真希はそれに気づくと、
「これ……、何が入ってるんだろ……」
 と、しばし考え、
「この赤さは……、トマトだね?」
 と、得意げに言った。
「あぁ、その通りだ。よく分かったな」
 俺がそう褒めると、真希は腰に手を当てて胸を張る。
「ふふん。すごいでしょ」
 そんな真希に、あぁ、そうだな、と俺は言うと、
「ところで――」
 と切り出した。
「ん、何?」
 と、小首をかしげる真希に
「――ボタンはずしたほうがいいんじゃないか?」
 と、俺はそのお腹を指差した。
 というのも、今までの料理を収めたお腹がぽっこりと膨らみを増していて、胸を張ったせいで今にも一番下のボタンがはじけそうな風情だったからだ。
 そういわれて初めて気づいた真希は、ぽっと赤くなると、
「ぁ、これははずさないとね」
 と誤魔化しながら、ボタンをはずした。先ほどよりも大きく膨らんだお腹が目の前に現れる。
 その光景に俺は自分が興奮を覚えているのを感じでいた。
 実際のところ、俺は俺で大食いの女の子が好きなのだ。それが俺の秘密であり、趣味でもある。
 俺がぼんやりと見入っていると、
「じゃあ、まだまだいくよ」
 と、笑みを見せて、真希はカレーを食べに掛かった。
 が、既にカレーは残り少ない。
 すぐに食べ終えると、真希は最後のメインディッシュに取り掛かる。
 最後のそれは、豚肉をかぼちゃに巻いて焼いたものだ。
 こってりとした豚肉の中にかぼちゃの甘みが広がる、そんな一品である。
 が、真希はひょいひょいとお手玉のようにそれを口へ運び、十個ほどあったそれは瞬く間になくなってしまった。
 真希ははっとしたように俺を見ると、
「これは美味しかったな。気づいたらなくなってたもん」
 と、悔しそうな顔をする。
「そうか」
 そう俺が苦笑いすると、真希も同じ顔をした。
「これで、メインディッシュも終わりだね」
「あぁ、そうだな」
 と、俺は頷き、
「じゃあ、デザートの冷やしてる分を持ってくるから。そこのクッキーとパイでも食べててくれ」
 そういって、俺はキッチンへいく。
 ケーキを持って俺が帰ってくると、真希はクッキーを食べ終えて、パイに取り掛かっていた。
 戻ってきた俺を見て、
「クッキーは、ちょっと硬めだったかなぁ。味は良かったよ」
 と、評価してくれる。
 見ていないうちにということなのか、下から二番目のボタンとスカートのホックが俺のいない間に外されていた。
 既に大きなかぼちゃくらいに膨らんだお腹が、広く開いた隙間からその存在を主張し、薄桃色の下着が見え隠れする。
「まぁ、これが最後だ。お前の好きなケーキだから、満足できるものになっていればいいが……」
 と、パイを半ばまで食べる真希の横に置いた。
 パイとケーキの上から見た大きさは大体手を広げたくらいで、握りこぶしくらいの高さがある。
 真希は、味噌汁を飲み物代わりに、速いときの半分くらいの速さでパイを食べ終えると、
「なんか、甘さに慣れちゃったのかなぁ~」
 と、少し不満げに言った。
「そうかぁ……。少し工夫するべきだったか」
 そう俺が肩を落とすと、
「ん……、別に十分美味しいから、気にしなくてもいいよ?」
 と、気遣ってくれる。
「あぁ、すまんな」
 そう俺が言うと、真希は気を取り直したように微笑んで、
「じゃあ、最後のケーキ、いただきます」
 と、改めて俺に言うと、ケーキを切り分けて食べてゆく。
 今までで一番の時間をかけて、ゆっくりと食べていくその顔は、少し名残惜しそうなものが感じられた。
 と、途中で真希は少し窮屈なものを感じたらしく、
「ん」
 といって一番上のボタンを外し、ひとつだけ残したボタンの位置をおさまりのいい場所にずらす。
 が、そうしたところで、あ、と真希は俺が見ていることを思い出して、顔を赤く染めた。
「ちょっと、苦しくなったから……」
 と、小さな声で言い訳すると、そのままケーキを食べ続ける。
 俺が見つめる中、最後の一塊を食べ終えた真希は、
「ごちそうさま。すごく美味しかったよ」
 と、手を合わせて笑みを浮かべた。
 ……この瞬間こそが作り手の幸せだよな……。
 そのなんともいえぬ満足感を俺は得ると同時――
――真希の大きく膨らんだお腹に釘付けになっていた。
 左に座る俺から見れば、服をはだけさせた豊かな胸の下から、それ以上に大きく前にせり出したお腹が見える。それが描く曲面は、とても滑らかで、健康的な張りを持っていることは明らかだった。黒ずくめの衣装の中で、その肌の白が映えて映る。
 俺がそれに見惚れていると、
「やっぱり、好きだよね~」
 といって、真希はその膨らんだお腹をぺしぺしと叩いた。
 真っ向に挑発されて、一瞬理性が飛びかける。
 が、俺は一瞬考えると、おもむろに口を開いた。
「Trick or treat?」
 その言葉に、真希は肩をぴくっと震わせたが、すぐに観念したような顔になると、
「別に、あげるものなんてないし……」
 と、頬を赤らめ、
「いたずらしていいよ?」
 と、か細い声で言った。


 応じるように俺は動く。
 夜はまだまだ長くなりそうだった。



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