ある秋の日/アフターカーニバル

その時、僕は疲れきった体で家に戻るところだった。
営業が無茶な案件を取ってきたせいで、数日間会社に泊まりこみでの仕事――いわゆるデスマーチというやつだ――をこなさなければならなくなってしまい、ついさっき全工程を終えて開放されたところだった。
特別に2日間の休日をもらい、何をしようかなどと回らない頭でぼんやり考えながら電車に乗る。
平日の午後8時過ぎ、普段なら今の僕と同じように仕事を終えて帰る人たちで混雑しているはずの車内は、何故かほとんど人がいなかった。
ああ、そうか、今日は祝日なんだっけ……。
腕時計にデジタルで表示された日付を見て、今更そんなことに気がついた。
倒れこむようにガラガラの車内の座席の右端のシートに体を預け、目を閉じると今にも意識が飛びそうになる。
乗り過ごすわけにいかないので、必死になって睡魔と戦っていると、電車はまもなく次の駅に停車した。
ドアのすぐ横の座席で寝ている僕の横を、何人かの乗客が降りていく気配がする。
「ふ~、なんだか疲れちゃったね、ナツミ」
「そうだね。まあ、座れるからいいじゃん」
入れ替わりに乗ってきた乗客は、そんな会話をしながら僕の向かいの座席に座ったようだ。
なんだか凄くよく似た声で、一人で喋ってるんじゃないかと錯覚してしまう。
気になったので、薄目を開けて確認することにした。
あどけなさを残した、素直に「可愛い」と言える整った顔立ちの、高校生くらいの二人の女の子。
ぼんやりした司会に写る、僕の真正面に座っている二人は、全く同じ顔をしていた。
なるほど、双子なら声も同じになるわけだ。
デザインはだいぶ違うが、よく似た色の薄いグリーンのジャケットに、少し色の落ちた感じの細身のストレートジーンズと、ファッションセンスも悪くない。
きっと学校なんかでは男子から人気があるに違いない。
うん、いい目の保養をさせてもらいました。
そんなことをぼーっと考えて、改めて目を閉じた。

「でもさ、今日なんか暑くなかった?」
「うん、上着いらなかったかもね」
「あたし結構汗かいちゃったし……天気予報の嘘つき」
「まあ、予報は当てにならないからね」
疲れきった僕に聞こえる、彼女達のたわいない会話がまるで子守唄のように……いやいや、寝ちゃ駄目だっての。
こういうくだらないことを考えてないと、本当にすぐ眠ってしまいそうだった。
そんな僕の耳に、こんな会話が飛び込んできた。
「あーもう駄目、あたし上着脱いじゃうね」
「ちょ、ちょっとハルコ、まずくない?」
「え? 何が?」
「だってほら、向こうに男の人いるよ?」
「大丈夫だよ、あの人寝てるし」
「え……あ、ほんとだ」
「ね?」
「じゃあ大丈夫かな?」
「そうそう、いざとなったらこれで隠せばいいし」
「そうだね……じゃあ、あたしも脱いじゃおうっと」
そして、ガサガサと上着を脱ぐ音がする。
あれ、今なんか僕を邪魔者扱いしたような発言が聞こえてきたんだけど、気のせいかな?
気になって、再びこっそりと薄目を開けてみた僕の視界に、妙な光景が飛び込んできた。
「ん~~、すずしい~~っ!」
「ほんと、だいぶ楽になったね」
ジャケットを脱いで長袖のシャツ姿になった彼女達の、胸の膨らみの下、簡単に言えばお腹の部分が大きく膨らんでいる。
特に、左側の女の子は青と緑のボーダーのシャツを着ていて、その縞模様の幅がお腹の部分だけ広くなっており、お腹が膨らんでいるのがはっきりとわかる。
この歳で妊娠かよ……と思ってドン引きしかけた僕に、耳を疑うような言葉が聞こえてきた。
「あーもう、お腹パンパンだよ~」
「ほんと、こんなに食べたのは久しぶりだからね」
……ん?
「でもさ、さすが吐麗美庵だよね、いくら食べても全然飽きないし」
「また行きたいね」
……えーと。
「そうだね……、お父さんには感謝しないと」
「バイキングのチケットありがとうございます、だね」
そう言って、彼女達は無邪気に笑った。

……よし、落ち着いてきた。
要するに、だ。
彼女達のあのポッコリしたお腹、あれは大食いの産物だということ。
どうやら彼女達はバイキングに行ってきたようで、そこでしこたま食べてきたようだ。それはわかる。
しかし、パッと見スレンダー体型の彼女達が、妊婦と見間違うようなお腹になるまで食べることができるのか?
彼女達は、僕が寝ていると思っている。
さっき言っていた、「いざとなったらこれで隠せばいい」というのは、おそらくあのお腹のことだろう。
つまり、あのポッコリしたお腹を見られたくないということだ。
さて、ここでひとつ仮定をしてみよう。
仮に彼女達が妊婦だとする。
少子化が叫ばれる昨今において、妊婦というのはそれだけで一種の社会的なステータスになりうる要素である。
街を歩いていて、たまに妊婦さんを見ることがあるが、彼女達の素振りには自身のお腹を隠そうとするものはない。
当然、見せつけるわけでもないわけだが。
あたりまえの話だが、自分のお腹を隠すべきものと思っていないからだろう。
一方、彼女達は自分達のお腹を”隠すべきもの”と認識している。
それは、彼女達のボテ腹が妊娠によるものではないからだ。
以上により、彼女達のあのお腹が大食いによるものであるという命題は真である。
うむ、我ながら見事な推理だ。
答案用紙に書いて提出しても、最悪部分点は貰えるだろう。
「2時間とか、ほんとあっという間だったからね」
「え、もう終わり? みたいな感じだったよね~」
相変わらず彼女達は他愛のない会話に夢中になっている。
彼女達になんとも言えない興味を覚えた僕は、こっそりと観察を続けることにした。
「途中から、おかわりしに行くのめんどくさくなっちゃって」
「わかるわかる。もうなんでもいいから持って来て! みたいな」
「いや、なんでもよくはないけど……」
「そう? だって、どれも美味しかったし」
しばらく彼女達の会話を聞いて、右側の子がハルコちゃん、左側の子がナツミちゃんということがわかった。
ナツミちゃんは、まさに今時の女子高生という感じで、あっけらかんとした性格のようだ。
一方のハルコちゃんは、ナツミちゃんに比べると大人しい性格で、まあ根暗ってわけでもなさそうな、普通の女子高生という感じ。
そういった違いはあるものの、二人ともどこにでもいそうな、女子高生一般という印象だ。

さて、ここまでは割と普通の流れだったと言える。
まさか彼女達が僕の性癖に大きな影響を与えることになるとは、この時は想像もしていなかった。
「大食いの女の子が好き」というフェティシズムがあることは、なんとなく聞いて知っていた。
しかし、自分がその一員になろうとは……。
この時点でもすでに現実離れした感のある状況だったが、この話はここから大きく様相を変えていくことになる。

「あ」
「なに?」
「ごめんハルコ、あたしお母さんに言うの忘れてた!」
「忘れてた……って、何を?」
「ん……今日バイキングに行くってこと」
「えぇ~~~っ!!」
ハルコちゃんが声を荒げるが、彼女達の背景を知らない僕には当然理由がわからない。
「じゃあ、お母さん晩ご飯作ってるんじゃない?」
「だよね……」
「ご飯食べなかったら、お母さん、怒っちゃうよね?」
「うん、絶対そうだよね」
「いつも食べなかったら怒るし……」
彼女達の母親は、しつけに厳しい人のようだ。
あんなになるまで食べていても晩ご飯を食べないことを許さないなど、このご時世にしては珍しいほどしっかりしたしつけをしているようだ。
「ナツミ、食べられる?」
「……ちょっと厳しいかも……ハルコは?」
「あたしは大丈夫だよ。それよりも、ナツミはあたしよりずいぶん多く食べてたじゃない? おなか、大丈夫?」
「う~~ん……」
ナツミちゃんは腰を上げ、少し前の位置に座り直した。
そうして、さっきよりも体を後ろに倒す。
シートの背もたれに大きく体を預けると、ナツミちゃんのお腹がさっきより強調される。
ナツミちゃんはゆっくりとお腹をさすり、具合を確認しているようだ。
ピチピチに張り詰めたシャツは、細い体の横幅いっぱいにお腹の膨らみを浮かび上がらせている。
胸のすぐ下から少し歪んだ形に膨らんだお腹は、大きく前にせり出している。
向かいの座席で、しかも薄目で見ている僕にもわかるくらいだから、相当な大きさだ。
あのお腹の中には、一体どれくらいの食べ物が詰め込まれているのだろうか?
あいにく、僕には見当もつかない。
3キロ? 4キロ?
いや、そんなものじゃないだろう。
以前、僕は飲み会で生ビールをジョッキで7杯飲んだことがあるが、その時の自分のお腹を思い返してみても、今目の前にいるナツミちゃんとは到底勝負にならない。
体つきの差はあるものの、それを考えてみても、ナツミちゃんのお腹の中にはあの時の僕よりも遥かに多くの量の食べ物が入っているだろう。
それだけ、ナツミちゃんのお腹は圧倒的だった。
「ん~、本当はちょっと苦しいかも……」
ナツミちゃんが、はふぅ……っと息をしながら呟く。
しかし、口ではそう言っているものの、ナツミちゃんの表情は苦しそうなものではなく、なんというか、「困ったなぁ」というようなものだった。
少しだけなら、まだ入るのだろうか?
あんなになるまで食べて、限界が来ていないとでもいうのだろうか?
俄かには信じられないが、彼女の様子から察するに事実なのだろう。
彼女の表情を見る限り、まだいくらでもというわけではないだろうが、彼女の胃袋にはまだ若干の余裕がありそうだった。
「ナツミ……あたしだって、ナツミのぶんまでは食べられないからね?」
「うん……わかってる」
ナツミちゃんはお腹をさする手をゆっくりと下に動かしていく。
その手は、ほんの少しだけ前に来る。
つまり、下に行くに従ってお腹の膨らみが大きくなっているということだろう。
実際、ナツミちゃんの着ているシャツのボーダー模様も、胸のすぐ下から彼女の大きなお腹で引き伸ばされているわけだが、下に行くに従いその幅が太くなっていっている。
ということは、もっと下のほうは……?
「!!」
ナツミちゃんのお腹の、もっと下のほうに目を向けて、思わず声を上げそうになってしまった。
彼女の着ているシャツは、腰の辺りまで丈がある。
その裾の下、白いお腹がチラリと覗いていた。
ポッコリと膨らんだ、真っ白なお腹が。
そして、更に下のほう。
ジーンズのボタンは外されており、チャックは一番下まで下ろされていた。
その全開のチャックの間から、彼女のお腹よりも白い布地が見えていた。
あれは……やっぱり?

今になって考えると、この時点で、僕はもう引き返すことができないところまで来てしまっていたのだろう。
この時の僕の状況は、一種の覗きに相当すると言ってもいいだろう。
こうした条件も、僕の興奮を駆り立てる一因だったのかもしれない。
言いようのない興奮が僕の体を包んでいて、ナツミちゃんから目を離すことができなかった。
「でも、だいぶ下のほうまで下りてきているから、大丈夫かも」
「ほんとうに? もうぎっちぎちだよ、お腹」
そう言って、ハルコちゃんはナツミちゃんのお腹をさする。
ちょうどシャツの裾のあたりだ。
……なんだか、いとおしむ様な手つきで。
僕の勘違いか、ナツミちゃんの表情が少し穏やかになったような気がする。
なんとなく、ハルコちゃんのほうに視線を動かす。
よく見ると、彼女もジーンズのボタンを外していて、ナツミちゃんみたいにチャックが全開にはなっていないものの、半分くらいまで下りている。
そして、ナツミちゃんと同じように、その開いたチャックの間から下着らしきものがチラリと覗いていた。
「ん……ありがと、ハルコ」
「平気?」
「……とりあえずは、ね」
ハルコちゃんはナツミちゃんのお腹から手を離す。
どこか、安心したような表情で。
「あたしなら大丈夫だよ。ハルコとは違うんだから」
「何よそれ~~」
「ハルコよりはいっぱい食べれるからね~~」
ナツミちゃんはそう言いながら、手のひらでお腹を軽く叩く。
微かに篭ったような、ポンポンという音が聞こえてくる。
「あ~、でもやっぱりちょっとキツイかな?」
「もうちょっと落としておいたほうがいいんじゃない?」
「ん~……、そうだね。そうしとこっと」
少しだけ考えて、ナツミちゃんは立ち上がる。
ちょっとだけ僕のほうに近づいて、バスケットボールのように大きく膨れ上がったお腹が僕の視界に大きく写る。
数キロもの食べ物が納められた胃袋が押し広げるお腹は、凄まじい存在感と重量感をかもし出している。
なんというか……、圧倒されてしまう。
すると、彼女はハルコちゃんのほうを向いて、僕から見ると右向きの姿勢になる。
当然、ナツミちゃんのお腹の高さがはっきりわかる形になるわけだ。
ナツミちゃんの小さくない胸よりも前に突き出しているお腹に、僕の目は嫌でも釘付けになってしまう。
「ん~~……」
少し激しく、ナツミちゃんは両手でお腹をさする。
手の動きに合わせてシャツが激しく動き、お腹の下のほうが見えては隠れ、見えては隠れする。
何度見ても、信じられないほどの膨らみだ。
「ん……!」
突然、ナツミちゃんが気合を入れた、その直後。
ズン! ズン!
ナツミちゃんはその場で数回、ピョンピョン飛び跳ねた。
お腹に手を当てたまま――シャツがめくれ上がらないようにだろう――飛び跳ねた彼女。
気がついているのかいないのか、ジーンズが少しずり落ちて、お尻に引っかかるような位置まで下がってきた。
そうなって初めて分かったのだが、ナツミちゃんのお腹は下着の位置までポッコリと膨らんでいて、純白の下着がナツミちゃんの体の前のほうに押し出されている。
僕は人体について詳しくなんかないが、おそらく、下着のあたりは腸がある部分だろう。
そんな位置までパンパンに膨らむほどの量の食べ物が、ナツミちゃんのお腹に納められている……。
その事実に、改めて僕は興奮を禁じえなかった。
ジャンプを終えて、ナツミちゃんはパンパンとお腹を叩き、ジーンズをずり上げる。
「これなら、大丈夫かな……?」
そう言いながらナツミちゃんはお腹を揺らす動作をするが、ギチギチに詰め込まれたお腹は微動だにせず、シャツだけがひらひらと舞う。
「ふぅ……」
息を整えてから、ナツミちゃんは改めてシートに座る。
具合を確認するかのように、お腹に両手を当てる。
すると、丸々としたお腹にジーンズがぴったりと張りつけるような形になる。
そこで、僕は気がついた。
ジーンズのチャックは、当然だが2本でセットになっている。
その2本が、直角に近い角度を成しているのだ。
よほど大きく膨らんでいなければ、あんな角度にはなりえない。
すでに何度も驚かされているが、あんなところまでパンパンになるくらいに……。
下着を覗き見たという興奮もあって、思わずゴクリとした。
落ち着け、落ち着け……。
僕は、必死で自分にそう言い聞かせた。

……なんとか、冷静さを取り戻してきた。
目の前には、さっきと何も変わらないように見えるナツミちゃんが。
しかし彼女は、何かをやり遂げたような満足したような表情で。
「ん……もう大丈夫だよ、ハルコ」
「ほんと?」
「ほんとほんと」
心配そうな目つきのハルコちゃん。
それだけ、ナツミちゃんのことを気にかけているのだろう。
「だいぶ下りてきた感じがするし、多分平気だよ」
「じゃあ、平気だね」
「うん」
笑顔を見せる彼女達。
本当に仲がいいんだなぁ……。
その時。
ガラガラッ!!
「!!」
突然、隣の車両のドアが開く音がした。
その音がするやいなや、ハルコちゃんとナツミちゃんは脱いでいた上着を手に取り、お腹を隠す。
現れた乗客は50前の管理職と思しき中年男性で、僕達をチラリと見た後で、僕の座っているシートの
左端に腰を下ろした。
当然、こうなると彼女達もさっきまでのようにあけっぴろげにしているわけにもいかない。
若干頭を俯けて、大人しくしている。
……さて、そろそろ潮時だろうか。
自分の中に、新しい何かが目覚めているのを感じながら、僕はさっきまで繰り広げられていた幻想のような現実に終わりを告げることにした。
「ふぁぁぁ~~~~~!」
「!!」
大きく伸びをしながらあくびをして、僕が起きたということを彼女達にアピールする。
目をこすって、いかにも「今まで寝ていました」的な印象を彼女達に植えつけてみることにする。
二人は僕に気づかれていないと思っているのだろう、何事もなかったかのように俯いたままだ。
ガタンガタン……ゴトンゴトン……
車内は、さっきまでの状況が嘘のように、線路の音だけが響いている。
まるで、彼女達の隠された姿を永遠に葬り去るかのように。
「まもなく~、宿輪~、宿輪~」
車内アナウンスが、僕の降車駅を告げる。
電車が止まる。
停車する直前に僕は座席を立ち、彼女達をチラリと見る。
どこにでもいそうな、普通の女子高生に見える彼女達。
そんな彼女達の――正確にはナツミちゃんが――見せてくれた新しい世界。
それが、僕にとってプラスになるのか、マイナスになるのか、それはわからない。
確かなのは、さっきまでの光景を眺めていた僕がとても興奮していたこと。
そして、今こうして電車を降りるのをとても名残惜しく思っていること。
ありがとう。
そう思って、僕は電車を降りた。

疲れきった体で歩く、いつもの帰り道。
駅から数分歩くと、愛しき我がアパートがある。
遠くに見える僕の部屋には、明かりが灯っていて。
「おかえりなさい」
彼女は、そう言って迎えてくれた。
「ただいま、アキ」

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