ある秋の日/カーニバルデイ


「じゃあ、元気でな」
「はい。……次は、いつ会えますか?」
「うーん……しばらくまた忙しくなりそうだから、今はまだなんとも言えないな。目途がついたら、すぐ連絡するよ」
「わかりました……待っています」
こんな感じに最後に会話を交わして、久しぶりの彼女との逢瀬は終わりを告げた。
10月10日。
本来なら祝日であり、丸一日の休暇のはずだった。
ところが昨日、その日をリミットに会社が外注しているシステムの納品が一日遅れるという連絡が入った。
どうしても明日、11日の朝イチから必要になるものなので、近くに住んでいる俺がマスターを回収して会社まで持っていくことになった。
まったくもって、迷惑な話だ。
不満たらたらに昼前に先方に電話をかけてみると、完成は6時過ぎになるということだった。
そんな流れがあり、丸一日過ごせるはずの彼女との時間はついさっき、5時までとなってしまった。
今時、中学生カップルでももっと遅くまで時間を共にするだろうに……。
……と、こんな愚痴を言っていても仕方ないので気分を切り替えることにする。
電車に揺られ、先方の最寄り駅である2つ先の駅で降りる。
行き先は駅から歩いて10分ほどのところにあるが、まだ時間があるので、近くの喫茶店で時間を潰すことにした。
ということで喫茶店を探してみたものの、この辺りはベッドタウンとして街作りが進められてきたせいなのか、駅前だというのに喫茶店はおろか、食事ができそうなところも見当たらない。
「しかたない、ここでいいか」
うろうろと15分ほど歩き回って、ようやく1軒の中華料理店を見つけた。
どちらかというと、隣の駅のほうが近いところまで来てしまった。
立地にそぐわない、どことなく高級そうな雰囲気の店構えのその店の看板には「創作中華 吐麗美庵」と書いてある。
変な名前の店だと思いながら、両開きの扉を開けて俺は店内に入った。
少し早いけど、ついでに夕食も食べていこうと考えながら。

「うめえ!」
フカヒレのあんかけチャーハンを一口食べて、思わず大声になってしまった。
パラッとしたちょうどいい炒め具合のチャーハンと、その上にかかっているとろとろのフカヒレあんの味がなんともいえない素晴らしい味を俺の口いっぱいに広げる。
食べ終えてしまうのが惜しいとは思いながら、一口、また一口と食べる手を休めることはできなかった。
……あっという間に食べ終えてしまった。
「あー、うまかった」
俺は心の底から満足して、れんげを置いた。
腕時計を見ると、5時42分。
まだ時間があるので、しばらくここでゆっくりしていくことにした。
コーヒーを注文し、タバコに火をつけたときだった。
カラン、カラン……
取り付けのベルが鳴り、入り口の扉が開いた。
開いた扉から姿を現したのは、二人の女の子だった。
美少女と言っても過言ではない、寸分違わない顔だち。
……なんだか、どこかで見たような気がする。
そんなことを思いながら、いつの間にか俺は彼女達のことをじーっと見てしまっていた。
……いけない、これじゃまるで変態じゃないか。
そう思って彼女達から目をそらす。
「いらっしゃいませ、お好きなテーブルにどうぞ」
店員が彼女達を案内する。
二人は、俺の斜めのテーブルに腰を下ろした。
創作要素が入っているとはいえ、この店は基本的には中華料理の店なのでテーブルは円形で、4脚の椅子に囲まれている。
彼女達は向かい合って座った。
俺の位置からは二人の横顔が見えるが、やはりどこかで見たような感じがする。
少しだけ彼女に似ているような気もするが、そういう意味ではなく、もっと違うところで見たような……?
「いらっしゃいませ。ご注文がお決まりになりましたらこちらのボタンを……」
店員が彼女達のところに行き、メニューを渡そうとする。
その言葉を遮って、片方の子が口を挟んだ。
「すいません、こういうものあるんですけど」
そう言いながら、店員にチケットのようなものを見せる。
割引券かなにかだろうか。
「ああ、食べ放題のコースですね。かしこまりました、少々お待ちください」
チケットを受け取ると、出しかけたメニューを引っ込めて、店員はキッチンのほうへ戻っていってしまった。
「よかった、使えたね」
「あたしもちょっと安心したよ」
ほっと息をついて、彼女達は上着を脱いだ。
同じような顔の二人が着ているジャケットは、同じような色使いだ。
双子だと、趣味まで似てくるのだろうか。
畳んだ上着をバッグと一緒に空いた椅子に置いているうちに、さっきの店員が戻ってきた。
「お待たせしました」
彼女達にメニューを渡し、店員は説明を始める。
「当店の食べ放題は、こちらのメニューから選んでいただく形になります。お時間のほうは120分で、オーダーストップまで何度でもご注文いただいてかまいません」
「わぁ~、たくさんある~~」
さっきチケットを渡した子が、喜んだ声をあげる。
「お飲み物のほうはセルフサービスになりますので、あちらのドリンクコーナーからお持ちください。……何か不明な点はございますか?」
「オーダーストップは何分前なんですか?」
もう片方の子が尋ねる。
「はい、20分前になっております。そのお時間になりましたら一度参りますので、ご安心してください」
「じゃあ、早速だけど注文いいですか?」
さっきからメニューを眺めていた子が言う。
「はい、どうぞ」
「えーと……ハルコ、最初は点心でいい?」
「あたしは構わないよ」
「じゃあ、八宝飯と六種の餃子を2つずつと、四川風ちまきと肉春巻きで」
「かしこまりました」
注文を聞いて、店員は再びキッチンに戻っていった。
「ナツミ、随分決めるの早いね」
「ん? だって、時間がもったいないじゃない。とりあえずよ、と・り・あ・え・ず」
「はぁ……しっかりしてるなぁ」
「頭は生きているうちに使わないとね。……そうだハルコ、飲み物持ってきてくれない?」
「あ、うん。わかった。ナツミは何がいい?」
「ハルコと同じのでいいよ」
「わかった。待っててね」
そう言ってハルコちゃん……だったか? は奥のドリンクコーナーへ向かった。
「う~~ん……」
テーブルに残って、メニューとにらめっこしているナツミちゃん? が唸っている。
おそらく、次に頼むものを考えているのだろう。
可愛い顔して、意外にも食い意地が張っているようだ。
明るいな声でシャキシャキ喋る、今時の女子高生といった感じだ。
一方のハルコちゃんは割とおっとりとした性格のようで、元気なナツミちゃんとは対照的な印象を受ける。
双子でも随分性格が違うようだが、この二人ならうまく噛み合うのではないかと意味もなく考えてしまった。
「はい、おまたせ」
ハルコちゃんが戻ってきて、ナツミちゃんに飲み物を渡す。
「ありがと……って、ハルコ?」
「ん? なに?」
「なんで牛乳なのよ!?」
「え? だって、あたしと同じでいいって言ったから……」
「はぁ……」
ナツミちゃんは、こめかみを押さえた。
うん、その気持ちはわかるぞ。
不思議そうな表情のまま、ハルコちゃんは牛乳を飲み始めた。
いわゆる天然ボケというやつだろうか。

「お待たせいたしました、八宝飯と六種の餃子と(中略)でございます」
数分経ち、店員が彼女達の注文を持ってきた。
当たり前だが、俺はとっくに彼女達を見ているのをやめていて、途中で買った雑誌に目を落としていた。
「すみません、注文いいですか?」
「え……あ、はい。どうぞ」
なんとはなしに聞こえてくる彼女達の声を、適当に頭の中で受け流していく。
料理を持って行ったばかりなのにも関わらず、その場で次の注文をされて、店員は少し戸惑ったようだったが、すぐに冷静さを取り戻して応対する。
うむ、プロの仕事だ。
……バイトかもしれないが。
「海老かに玉と、羊肉のシュウマイと、桃まんと、フカヒレのあんかけ炒飯と……」
おっ、他はわからんが、最後のはめちゃめちゃ美味いぞ。
だからなんだと言われても困るが、俺が保証する。
「豚バラの炒飯と、ワンタンメンと、ぴーたんメンと、中華野菜の炒め物と……」
……おいおい、随分と頼むじゃないか。
「広東風焼きそばと、揚げ団子と……あっ、揚げ団子は2つで。あと……」
ナツミちゃんは、その後も何個か注文を告げた。
思わず、俺は彼女達をまじまじと眺めてしまっていた。
彼女が注文した品数は、明らかに女の子の食べる量じゃない。
これが普通のレストランとかなら、よく食べる女の子で片付けることもできるのだが、彼女達は食べ放題のコースに入っているのだ。
つまり、これで終わりではないということだ。
「あの……本当にこれでよろしいのですか?」
店員が当然の質問をする。
「はい、それでお願いします」
にしがはち、とでも言うみたいな当たり前の口調でハルコちゃんが答えた。
「かしこまりました……少々お待ちください」
驚いた様子を隠せないまま店員が去っていこうとしたその時、ナツミちゃんがとんでもないことを言い出した。
「すいません、これ……炒飯とかって、普通のメニューより量が少なかったりします? もしそうなら、普通の量でお願いしたいんですけど」
「は……はい、かしこまりました……」
引きつった表情で、今度こそ店員は去っていった。
ナツミちゃんは、何事もなかったかのようにメニューを脇に置く。
そして、箸入れから二膳の箸を取り出し、片方をハルコちゃんに渡す。
一方のハルコちゃんは、さっきの店員が持ってきた取り皿に醤油を注いで、ひとつをナツミちゃんに渡した。
「いただきまーす」
彼女達の声がシンクロする。
きちんと手を合わせていただきますを言うハルコちゃんと、言いながらも餃子に手を伸ばすナツミちゃん。
双子の性格の違いが、こんなところにも現れている。
「おいしーいっ!」
一口食べ、ナツミちゃんが声を上げる。
「ほんと、おいしい」
春巻きに箸を伸ばしていたハルコちゃんが言う。
二人とも、満面の笑みを浮かべている。
口にしたものを飲み込むなり、間髪入れず彼女達は次の料理へと手をつける。休むことなく箸を動かし、次々と口内へ食べ物を放り込む彼女達に、俺は我知らず見入ってしまっていた。
食べることに夢中になっているのか、彼女達は俺の視線に気づかないようだ。
時おりグラスに手を伸ばし、喉を潤しながら、点心を頬張る彼女達はご満悦の表情を浮かべている。
そうして、テーブルの上のものがなくなりかけた頃。
「お待たせいたしました」
店員が、次の料理を持ってやってきた。
二人の前に、いくつかの皿が置かれる。
「あんかけ炒飯と豚バラ炒飯、中華野菜の炒め物に桃まんになります。残りのご注文はもう少々お待ちください」
ほとんどなくなりかけていた、彼女達の料理が補充される。
手馴れた手つきで皿を置いて、店員が去っていく。
と思ったその時、ハルコちゃんがその背中を呼び止めた。
「すみません、注文いいですか?」

去っていく店員の表情がひきつっていたのは、気のせいじゃないと思う。
ハルコちゃんは、ご飯物を中心に10点ほど注文した。
もちろん、普通のメニューの量で、だ。
「これでよかった? ナツミ?」
「うん、全然構わないよ」
ひとつだけ残った餃子を口に運びながら、ナツミちゃんは答えた。
瞬く間にそれを胃に納め、2杯目の烏龍茶を飲み干す。
「あたし、飲み物持ってくるから。好きなほう選んでいいよ」
空になったグラスを持って、ナツミちゃんはドリンクコーナーへ行ってしまった。
残されたハルコちゃんは、あんかけのほうを手に取った。
レンゲを手に取り、一掬い、口に入れる。
そして、くちゃくちゃという音がここまで聞こえてきそうなくらい何度も何度も噛み、飲み込む。
ハルコちゃんの口の中で、おそらく液状に近い状態にまで噛み砕かれただろう飯粒が、彼女の中に飲み込まれていく。
「ん……おいし……」
「あ、そっちにしたのね」
口元を拭うナルコちゃんに、ナツミちゃんが並々と注がれた烏龍茶を手に言った。
「じゃ、あたしはこっちね」
腰を下ろし、ナツミちゃんが豚バラ炒飯を手元に寄せる。
たっぷりとレンゲで掬い、あんぐりと口を開き、ほとんど噛まずに飲み込む。
ナツミちゃんのお腹には、飯粒がほとんど原型を保ったままで放り込まれていっただろう。
何とはなしに見た彼女の表情に、小悪魔のような笑みが浮かんでいることに気がした。
丸呑みに近い形で体に吸い込まれていった、口いっぱいの料理への征服感だろうか。
そうして、二人が炒飯に夢中になっているところに、例の店員がやって来る。
「お待たせしました」
感情表現の方法を忘れてしまったかのように無機質な動作で、店員が新しい料理を持ってきた。
「お済みの食器、下げさせていただきますね」
「あ、ちょっとすいません」
そう言って空になった食器に手を伸ばした店員を、ハルコちゃんが遮った。
「あの……どれだけ食べたか知りたいんで、そのままにしておいてもらえますか?」
「は、はい……かしこまりました」
そそくさと、店員は去っていった。
「ん……じゃあ、次っと」
ハルコちゃんよりも後に食べ始めたはずのナツミちゃんが、ハルコちゃんより先に炒飯をお腹に納めてワンタンメンに手を伸ばす。
相変わらずの凄いスピードで麺を啜っていく。
「……やっと、エンジンかかってきたかな」
ナツミちゃんが、そう呟いた気がする。
「あたしも、かな……」
ナツミちゃんに遅れて炒飯を食べ終えた、ハルコちゃんの言葉が聞こえる。
すでに俺の倍以上もの食べ物を平らげた彼女達の言葉に、自分の耳が信じられなくなった。
あれだけ食べて、「エンジンがかかってきた」だって!?
つまり、まだ、これからっていうことなのか!?
その考えを裏付けるかのように、ハルコちゃんは次を手に取る。
音を立てずに、麺をすすり上げていく。
箸を置き、丼を傾けて残ったスープを飲み干す。
こく、こく……という音が、ここまで聞こえてきそうに喉が動く。
「ん……」
空になった丼を炒飯の皿に重ねる。
その食器を見て、ふと思った。
ハルコちゃんは、すでに炒飯とぴーたんメン、他に点心を数皿食べている。
彼女よりもペースが早いナツミちゃんは、もっと食べているだろう。
普通の人なら、十分にお腹一杯になっている量だ。
……そのはずだ。
それなのに、彼女達の前には数人分の料理が並んでいる。
あれも二人で全部平らげてしまうのだろうか。
ちらりと時計を見ると、彼女達が食べ始めてからまだ20分しか経っていなかった。
120分のうちの最初の6分の1で、だいたい2人前の料理を消化してしまったのか。
思わず、ごくりと唾を飲んでしまう。
俺がそんなことを考えている間にも、休むことなく彼女達は料理に手をつけていく。

それから、40分が過ぎた。
相変わらず、二人は初めの頃と変わらないペースで料理を口へと運んでいっている。
彼女達のテーブルの隅には、正確な数はわからないが、軽く20を超える数の空になった食器が積まれている。
「はい、おしまい。それじゃあ……次っと」
ナツミちゃんが、たった今平らげたばかりの器をそこに重ねる。
「すいませーん、ライスくださーい」
横を通る店員にそんなことを言いながら。
「あ、あたしも欲しい」
「すいません、2つで」
「はい、かしこまりました……」
キッチンに戻っていく店員を尻目に、ナツミちゃんはメニューを広げる。
「んー……、そろそろ違う感じのものが食べたいなぁ」
「ねえねえ、ナツミ」
「ん?」
何か麺を食べ終えて、同じくメニューを広げたハルコちゃんが言う。
「オムレツがあるよ。中華なのに」
「どれどれ……ほんとだ」
「頼んでみようよ」
「うん、いいね」
無邪気に話す彼女達は、どこからどう見ても普通の女の子にしか見えない。
だれが見ても、普通にバイキングにやってきた普通の双子と思うだろう。
しかし、俺は見てしまっていた。
彼女達二人のお腹の中に、大の大人が数人がかりでようやく食べられるかどうかの量の食べ物が飲み込まれていく様を。
そのことは、彼女達の脇に積まれている食器も証明している。
そして、彼女達の宴はまだまだ続いていく。
「お待たせしました」
店員が彼女達の前にライスを置く。
ハルコちゃんが、オムレツを2つ注文する。
……今来たライスも、今頼んだオムレツも、何事もなかったかのように彼女達のお腹に飲み込まれてしまうのだろう。
そう考えると、なんだか興奮してきている自分がいた。
思わず、ごくりと唾を飲み込んでしまう。
それで喉が渇いていることに気がつき、すっかり冷たくなったコーヒーを飲み干す。
次に店員が来たときに、おかわりを頼むとしよう。
「はい」
「ありがと」
ライスを片方、ハルコちゃんに渡し、ナツミちゃんは激辛麻婆豆腐を頬張る。
相変わらず、一口がとても大きい。
「からっ!」
あまりの辛さに、ナツミちゃんは口の中に烏龍茶を流し込む。
すでにいっぱいに麻婆豆腐を頬張った口の中に飲み物が加わって、彼女の頬はパンパンになっている。
膨れ上がったその中身を、ゆっくりと、何度か烏龍茶を傾けながら飲み込んでいく。
「う~~~、舌が焼けるかと思った」
全て飲み込んで、ナツミちゃんは手を口元に当てる。
辛そうな表情だ。
息が荒くなっっているのが、ここからでも分かる。
「ナツミ……大丈夫?」
「うん……なんとか」
心配そうな表情をして、ハルコちゃんが聞く。
「そんなに辛いんだ?」
「うん、すっごいよ」
「ちょっと食べさせて」
ハルコちゃんが、テーブルの反対側にある麻婆豆腐に手を伸ばそうと立ち上がった、その時。
……ん?
俺の位置からは、二人は横を向いて座っているのだが、立ち上がったハルコちゃんにふと違和感を覚えた。
妙に気になったので、いけないとわかっていながら彼女のことをじっと見てみる。
そして、気がついた。
この店の椅子には肘掛けがないので、彼女達の横姿は何一つ隠されることなく見える。
そのハルコちゃんのお腹が、緩やかなアーチを描いて前に突き出ているのだ。
ぴったりのサイズの淡い緑の長袖のシャツが、彼女の胸の下から盛り上がっている。
大量の食べ物で膨れ上がった胃袋が押し上げているのだろう。
それは、均整の取れたスレンダーなスタイルの中で、嫌でも目が行くくらいに違和感のあるものだった。
「う……」
麻婆豆腐を一口食べて、ハルコちゃんは固まった。
眉間の間に皺をよせ、穏やかな表情が崩れている。
「げほ、げほ……。これは……むり」
何杯目か分からない牛乳で流し込んで、胸を押さえている。
「あたしが無理なんだから、ハルコじゃ話にならないでしょうに……」
ちまきを食べながら、ナツミちゃんがあきれている。
「うん、そうだね……ごめん」
ハルコちゃんは、今度はみぞおちのあたりを押さえながら言う。
よく見ると、当てた手の薬指と小指が他の指よりも前の位置にある。
おそらく、あのあたりを始点にお腹が膨らんでいるのだろう。
ハルコちゃんの手はそのまま下へ動き、お腹をひと撫でする。
手の動きはなだらかなアーチを描き、おへそのあたりで頂点を取るような軌跡を描いた。
胴体全体が、ポッコリと膨らんでいるのだ。
とはいえ、チラッと見たくらいではわからないだろうが。
もっとも、まだ彼女達のバイキングは折り返し地点にきたところである。
終わる頃には、あのお腹はいったいどうなっているのだろうか、などと考えていると。
「あー、おなか出てきちゃった」
「そりゃそうでしょ」
「ナツミは?」
「あたしだって出てきてるわよ。ほら」
そう言って、ナツミちゃんは食べる手を休める。
そうだ、ハルコちゃんにばっかり気をとられていたが、ナツミちゃんはどうなっているのだろう?
明らかにハルコちゃんよりも食べているナツミちゃんのお腹は、いったい今どうなっているのか。
そんなわけで、ナツミちゃんに目を移す。
……!!
「ね?」
ナツミちゃんは、胸のすぐ下と腰の辺りに手を当て、青と緑のボーダーのシャツの下のお腹を強調した。
ナツミちゃんのお腹は、まだあまり目立たない大きさのハルコちゃんよりもひと回り以上大きく膨らんでいた。
今はこうしてハルコちゃんに膨らみを見せているが、おそらくあの手を離しても、ポッコリとした膨らみが明らかにわかるだろう。
そして、もうひとつハルコちゃんと大きく違うところがある。
ハルコちゃんのお腹はおへそのあたりを頂点に膨らんでいたが、ナツミちゃんのお腹はもっと上、みぞおちのすぐ下あたりを頂点にして膨らんでいる。
言い換えると、ハルコちゃんはお腹全体が膨らんでいるのに対し、ナツミちゃんはいわゆる胃袋の部分を中心に膨らんでいるということだ。
その分、ナツミちゃんのほうがお腹が大きく膨らんでいるように見えるわけだ。
もちろん純粋に食べた量の差もあるのだろうが、それだけでは説明がつかないくらいに、ナツミちゃんのお腹はハルコちゃんと比べて大きく前に突き出している。
あるいは、ハルコちゃんが胃下垂なのかもしれない。
細かいことはともかく、二人の様子はそんな感じで微妙に異なっていた。
「いいから、食べよ?」
「そうだね」
手をお腹から離し、ナツミちゃんは再びちまきを手に取る。
ハルコちゃんもシュウマイをぱくついている。
「お待たせいたしました」
何度目かのフレーズとともに、店員がオムレツを持ってきた。
二人は、珍しく新しい注文をしなかった。
とりあえず、今テーブルの上にある10皿ほどでいいということだろうか。
戻ろうとする店員を呼び止めて、俺はコーヒーのお代わりを注文した。
「うーん、おいしいっ!」
「ほんと、アキにも食べてもらいたいね」
改めて彼女達を見ると、オムレツを頬張りながら、このまま天に召されそうなご満悦の表情だった。

さらに20分ほどが経った。
さっきのオムレツ以降、彼女達は二人で炒飯3杯、かに玉2つ、豚バラ煮込み2皿、タンタンメン1杯、点心10皿ほど、さらに新たにオムレツを4つを平らげた。
テーブルに積まれた食器はすでに40を超えている。
一皿が少ない回転寿司だとしても、すごい数だ。
その上にあったはずの食べ物は、もちろん彼女達のお腹の中に納められている。
と、ここで異変が起こった。
「ん~~……」
ハルコちゃんが、しきりにお腹をさすっている。
心なしか、食べるペースもさっきより落ちている気がする。
さすがに満腹なのか? と思って見ていると、シャツの中に手を入れてなにやらカチャカチャとやりはじめた。
「よし、ちょっと楽になった」
そう言って、裾を引っ張って整える。
「あ、ベルト外したの?」
「ううん、緩めただけ」
ああ、なるほど。
よく見てみると、ベルトを緩める前よりもお腹が前に膨らんだような気もする。
重みを増したハルコちゃんのお腹は、シャツをピチピチに張り詰めさせてその存在を主張している。
かわいいプリントがされたハルコちゃんのシャツは、引っ張られるような形で彼女の体の前面に雄大な曲線を描いていた。
目を凝らすと、本来ちょうど体の真横にあるべき縫い合わせの線がかなり前の位置まできている。
それに垂直に刻まれた皺も、いかに彼女のシャツが引き伸ばされているかを雄弁に語っている。
「ナツミ、ベルトは?」
「あたし? あたしはとっくに緩めてあるよ」
そう言って、ナツミちゃんはベルトのあたりに手をやる。
胴体全体が膨らむハルコちゃんに対し、ウエスト周りを中心に膨らむナツミちゃんのシャツは、ベルトのあたりがその上よりも膨らんでいないので、その部分の生地が浮いているのだ。
ハルコちゃんは全体がピチピチに張り詰めているのだが、やはり胃袋の形状の違いというものだろう。
しかし、その分ナツミちゃんのウエスト周りは凄いことになっていた。
胸のすぐ下からピッチリとお腹に張り付いたシャツは、そこから凶暴なまでの膨らみを包み込み、パツパツに引き伸ばされていた。
前にだけでなく、脇腹までギチギチに食べ物が詰まった胃袋は前方だけでなく横側にも大きくお腹を膨らませ、ボーダーの幅を広げていた。
その凶悪な膨らみに引っかかっているのか、ずり上がったシャツを何度か直すハルコちゃんに対し、ナツミちゃんのシャツはまるで固定されているかのようにピッチリとナツミちゃんのお腹に張りついている。
そして、その膨らみの頂点は、今にもテーブルに当たりそうな位置まできている。
「はい、次っと」
今また皿を空にしたナツミちゃんが、空いた皿を脇に片付けようと身を乗り出したその時。
「あたっ」
お腹がテーブルに当たり、ナツミちゃんが声を上げる。
苦笑いしながらお腹をさすり、ナツミちゃんは少し椅子を引いた。
その表情には、まだ余裕がありそうだった。
そして、俺の考えを裏付けるかのようにホイコーローに箸を伸ばしていった。

それからさらに15分後。
さすがに最初の頃よりはペースが落ちていたが、彼女達の手は止まることなく料理を口に運び続けていた。
次から次へと料理を平らげ、どんどん容積を増していくお腹。
いつの間にか、その光景を一瞬たりとも見逃さないように気を張って見ている自分に気がついた。
雑誌をめくることなんて、とっくに忘れていた。
お代わりしたコーヒーも、全く口をつけてないまま冷めてしまった。
今になって、そんなことに気がつくくらい夢中だった。
「あ、もうないや」
揚げ団子を食べ終えて、ハルコちゃんがグラスを飲み干した。
あれは、一体何杯目なんだろうか。
なんかもう、どうでもいいけど。
お代わりをしにドリンクコーナーに行こうと、ハルコちゃんが席を立った。
「あっ……」
その瞬間、慌てたように声を出した。
持っていたグラスを置き、前かがみになって、何かを探している素振りをする。
「あ、あった」
「どうしたの?」
不思議に思って、ナツミちゃんが尋ねる。
「あのね……、ボタン……飛んじゃった……」
「ボタン?」
「うん、これ」
ハルコちゃんは一度座りなおし、手を開いて、ナツミちゃんにボタンを見せる。
青色の普通のボタンだ。
「ああ、ジーンズの?」
「うん……」
何ということだ。
もはやどれくらいの量が納まっているのかわからないハルコちゃんのお腹が、ジーンズのボタンを吹き飛ばしてしまったのだ。
一般的にジーンズに使われている、ガチガチに縫い付けられた金属のボタンはどう考えても無理だろうが、あのボタンなら飛んでもおかしくはないが……。
それにしても、今更ながら常識では考えられないことだ。
「帰ったら縫わないと」
そう言いながら、ほんの少し顔を赤らめてハルコちゃんはボタンをバッグにしまう。
同じDNAを持ったナツミちゃん相手でも、やはり恥ずかしいのだろうか。
奥の椅子に置いてあるバッグを取ろうと、ハルコちゃんは手を伸ばす。
手を伸ばしたことで上半身が引っ張られ、ハルコちゃんのシャツがずり上がる。
その裾から、一瞬だけ脇腹がチラリと覗いた。
僅かに見えた真っ白なお腹は丸々と張り詰めていて、彼女がとんでもない量を胃に納めているという事実を改めて見せてくれた。
バッグを戻し、ハルコちゃんはドリンクコーナーへ向かった。
その間に、ナツミちゃんがこっそりとジーンズのボタンを外していた。
ナツミちゃんのお腹は重力に惹かれるかのように、その膨らみを下へと広げていった。
なんとなく見てはいけない気がして目を反らすと、牛乳のお代わりを持ったハルコちゃんが戻ってくるのが見えた。
ジーンズが下がらないようにだろう、お腹の真ん前に手を当てて、こちらにゆっくり歩いてくる。
その中には一体何キロもの食べ物が入っているのだろう、お腹と呼べるありとあらゆる部分が丸々と膨らみ、パンパンに張り詰め、圧倒的な重量感をかもし出している。
「もうすぐラストオーダーだよ」
戻ってきたハルコちゃんに、ナツミちゃんは言った。
彼女達は、笑みを浮かべてメニューを開いた。

ラストオーダーで、彼女達は大量のデザートを注文した。
杏仁豆腐やマンゴープリンといった定番物から、桃まんや揚げ団子といった甘い点心、なぜあるのかわからないが栗きんとんや金鍔などの和菓子まで。
見ていないので分からないが、おそらくメニューにある全てのデザートを頼んだのではないか。
二人は、注文が来るまでの間にテーブルの上の料理を全て平らげた。
そして、文字通り山となっている空の食器を数え始めた。
「64、65、66……68!」
その数、なんと68。
フカヒレあんかけ炒飯といったボリュームのあるものから、軽い点心まで色々食べまくった彼女達。
それらの平均を一皿あたり、仮に200グラムとする。
なんと彼女達は、二人で13.6キロもの量を食べた計算になる。
正確なところは知りようがないが、だいたいこんなものだろう。
彼女達二人のお腹の中に、13キロ以上もの食べ物が……。
そう考えると、頭の中が真っ白になりそうだった。
「お待たせしました」
これで最後になるだろうおなじみのフレーズを繰り返し、店員はいくつもの皿を彼女達の前に並べた。
少し前までのように、テーブルの上いっぱいに甘いものが並ぶ。
それを口にする彼女達は、やっぱりどこにでもいる女子高生にしか見えなかった。
まるで、さっきまでの光景が嘘であるかのように。
そして、彼女達が食べ始めてから119分後。
「ごちそうさまでした」
僅かに時間を残し、彼女達は全ての料理をお腹に納めた。
その時、げふぅ……と大きなげっぷをしたのがどっちだったか、俺には分からなかった。

「はぁ、お腹いっぱい」
「満足、満足」
全てを食べ終えた彼女達は、グラスに残った飲み物を口にしながら満足げな顔をしていた。
あれだけの量を食べたら多少は苦しくもなりそうだが、そんな素振りはまったく見せずに。
「もう、お腹パンパンだよ」
そう言いながら、ハルコちゃんはお腹をさする。
腰のあたりまで膨れ上がったお腹は、体の前にもうひとつ胴体をくっつけたかのように大きく前に突き出し、それでいて丸々と綺麗な形をしている。
まるで母親が子供を見るかのような穏やかな表情で見下しながら、新しい命を宿したかのようなそのお腹をハルコちゃんは優しく撫でている。
「ほんと、おいしかったね」
一方のナツミちゃんのお腹は、やっぱりお腹周りを中心に、ハルコちゃんよりも凶暴な膨らみを形作っていた。
ビーチボールでも入れているかのように、ズドン!と膨らんだそのお腹を手のひらで軽く叩き、時おりハルコちゃんのように優しく撫で回す。
ギチギチになったシャツは、ウエストの辺りのボーダーの幅が他の倍近くになっていて、今にも破れてしまいそうだ。
ボコッと膨れ上がったお腹に張り付いたシャツの生地は引き伸ばされ、下が透けている気がする。
そんな彼女の表情には、達成感らしきものを含んだ笑みが浮かんでいる。
「じゃあ、帰ろっか」
グラスの中身も飲み干し、彼女達は支度をする。
ジャケットを着て、バッグを持って……。
「あ、やば」
不意に、ナツミちゃんが声を上げた。
「どうしたの?」
ハルコちゃんが問いかける。
「あはは……ボタン、とまらないや」
そう言ってナツミちゃんは自分のお腹を指差す。
あまりにも大きく膨らんだお腹に、ジャケットの上から3番目のボタンが届いておらず、シャツが見えてしまっている。
「どうしよう、これ」
「そんなこと言われても……。どうしようもないんじゃないの?」
「だよね……。あー、食べすぎちゃったなぁ」
そう言いながらお腹をさすり、パンパンとさっきよりも少し強い調子で叩く。
「もう、ほんとに食べすぎだよ、ナツミ」
「ハルコに言われたくないって」
「それもそうだね」
そう言いながら、彼女達は笑いあった。
二人は重そうなお腹を抱えて、ゆっくりと立ち上がり、ゆっくりと歩く。
彼女達は、俺の横を通って店から出て行った。
俺の横を通りすぎるとき、彼女達のパンパンになったお腹が目の前を横切った。
思わず手が伸びそうになったが、その衝動は一瞬で消えていった。
本当に仲がよさそうな、幸せそうな二人の顔が見えたから。
喜びに満ちた彼女達は、お腹をさすりながら今度こそ店を出て行った。
二人のいたテーブルには、食器の山と、あの麻婆豆腐が残っていた。

さて、それから数十分後。
無事に先方からマスターを回収し、電車に揺られて会社へと向かう俺は、意外なところで彼女達の正体を知ることになる。
「これは……」
あの店で読んでいた雑誌の最後のほう、半ページほどの記事。
「大食いツインが教える、とっておきのデカ盛り店」というコーナーだ。
そこでは、さっきまであそこにいた彼女達が笑顔で写り、デカ盛りの店を紹介していた。
そういえば、何ヶ月か前にテレビの特番で観たような気がする。
「美人大食いツイン、デカ盛り制覇の道」とかって。
……不思議な時間だった。
でも、眺めているだけの俺も、妙に楽しかった。
確かに貴重な休みは潰れたが、いい夕方を過ごせたと思う。
ありがとう。
心の中で、俺はそっと呟いた。

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