Introduction

妖精は、朝露のきらめきから生まれる。
それぞれの想いを胸に、それぞれの願いを秘めて。
今日もまた、いくつかの輝きが授けられる。

ここは妖精の女王の住み家。現し世と仮の世の狭間で戯れる妖精達の世界の中心とも言うべきところ。
外を眺める女王の元に、ひとりの幼い妖精がやって来る。
「おはようございます、女王様」
「お早う。……あなたがこんな早い時間に顔を出すだなんて、珍しいこともあるものですね」
そう言いながら、女王は薄く笑みを浮かべる。
それに満面の笑みを返す幼い妖精。しかしその表情は瞬く間に真剣なものへと変わっていく。
「女王様……実は、少しお話が……」
「そう。一体どんなお話なのかしら」
「……」
「……黙っていたのではわかりませんよ。なんでもいいの。話してご覧なさい」
女王が話を促すと、妖精は重い口を少しずつ開き出す。
「……女王様……」
「なにかしら?」
「女王様……わたし……わたし、人間に……なりたいんです……」
「……」
二人の間に沈黙が落ちる。
女王はこの幼い同胞に何を言えばいいのか、妖精は女王が自分の想いに何と答えるのか、自分はそれに何と答えればいいのか、互いに言葉に迷っていた。
2分ほどそのまま黙ったままだっただろうか、女王が口を開いた。
「……その願いに、迷いはないのですね?」
「……ありません」
眼差しをまっすぐ向けて言葉を返す。
「あなた達の願いを聞き、叶えるのが女王たる私の役目。わかりました。あなたを人間にしましょう」
「女王様……本当ですか?」
自分の耳が信じられないとでも言うように、妖精は問い返す。
「ええ、私の言葉に嘘はありません」
「女王様……。ありがとうございます!」
思わず声を高める妖精。その胸の内は、喜びと信じられない気持ちが半分半分といったところだろうか。
「ふふ……いいのですよ。それにしても、こうして時々、あなたのような人が出て来るものですね」
そう女王が言うと、妖精は目を丸くする。
「と、おっしゃいますと……わたしの他にも人間になりたいという人が……?」
「ええ。もうだいぶ昔の話……あの子達は元気にしているのかしら」
「女王様、その……人間になった人達は……今?」
「あの子達の話、聞きたいのですか?」
「はい!」
「ふふ……では聞かせてあげましょう。私のかわいいあの子達のお話……」

女王の口から、今、ひとつの物語が紡ぎだされる……

Prologue

王国内でも有名な料理屋のチェーン店、コシェルジュ。
その本店、既に営業を終えて暗くなった店内で2人の男が話をしている。
「なあバルボン、もう一度考え直してはくれないか」
タキシードに身を包んだ30代半ばと思われる男が、テーブルの向こうの太った男に言う。
「そう言ってもらえるのは非常にありがたいことですが……ですがオーナー、私にだって人並みの野望があります。いつかは一国一城の主になりたいと思いながら料理人として修行を積んできました。その中で、ここでの経験が大きな勉強になったのも事実です」
バルボンと呼ばれた男はそこまで一気に喋り、一息つく。
「そして本店のチーフコックを任されるまでにして頂いて、オーナーには大変感謝しています。しかし、」
水を一口口に運び、話を続ける。もう一人の男は黙ったままそれを聞いている。
「オーナーならば、料理人にとってやはり自分の店を持つというのは譲れない夢だということはわかっていただけると思うのです。そして私はその夢を捨てられなかった。資金も貯まり、ようやく店を持つ算段がついた。そうなれば、もはや私はそれを叶えたい。それしか考えられないのですよ」
バルボンはそこまで言って、相手からゆっくり目を反らす。
それに気づいているのかいないのか、オーナーと呼ばれる男は、バルボンが喋り終えても黙ったままで何かを考えている。
「バルボン」
「何でしょうか」
「お前の気持ちはよくわかった。それだけお前が待ち望んでいたことが叶おうとしていたんだ。私がそれを止めることなど、とても出来そうにない」
「……」
「はは、確かにお前が辞めてしまえばこの店は苦しくなるさ。お客の何割かがお前の店に流れもするだろう。でもな、だからと言ってお前を無理矢理この店に縛りつけるつもりもない。第一にそんなことはしたくないしな。お前が自分の夢を叶えようというんだ、喜んで応援させてもらおう」
「オーナー……」
「そんな顔をするな。……私だって、黙ってお前の店に客を取られるつもりはない。新しいコックをどこかから見つけてくるなり、今いる人材を育てるなりするさ。お前に負けないようにな」
バルボンは下を向きながら男の話を聞いていたが、やがて口を開きだした。
「……ありがとうございます。ではせめて私が辞めるまでに、私の知っている技術を店の者に……」
その言葉を遮るように、男が口を挟む。
「いや、そんなことをしたらお前が店を持ってから苦労するだろう。……それまでは、普段通りに仕事をしてもらえればいい。もっとも、この店での最低限の技術だけはしっかりと教えておいてほしいがな」
「わかりました。このバルボン、精神誠意、尽くさせて頂きます!」
そう言いながら、自分の胸をドンと叩く。
「おいおい、お前わかってないだろう」
男がそう言うと、二人は一瞬の間を開けて笑う。しばらく笑い続けて、
「さて、では帰るとするか。もう日が変わってしまう」
「ああ、もうそんな時間ですか。時間を取らせてしまって申し訳ありません」
「いや、私が未練たらしていただけだ。謝るのはこっちだよ」

戸締まりをして二人が店を出ると、夜のひんやりとした空気が出迎える。軽く言葉を交わし、別々の方向へと帰ってゆく。
「それにしても……」
歩きながら、男がぶちぶつと呟く。
「バルボンが辞めてしまったらどうすればいいのだろう。あいつは単に優秀なコックなだけじゃない。支店ごとの新メニューの決定も味見も全てあいつがやってきたんだ」
独り言を言っているうちに段々と表情が真剣になっていく。
「やはり何としてでも引き留めるべきだったのだろうか……この穴をどうやって埋めればいいのか……」
思わず足を止め、夜空を見上げる。
もうすぐ今年も終ろうとしている。澄みきった空は冷たく静かで、彼の問掛けに答えてはくれない。
やがて再び歩きだそうとしたその時、男の中で声が響いた。
(汝、正しき道を歩む者よ……)
「な、なんだ!?」
慌てて辺りを見渡すが、眠りについた街には風の音しかしない。
(汝、ロナード・ラウドルップ……私は妖精の女王……私はあなたの頭の中に直接語りかけています……)
「な、なんだって!?」
妖精の女王……その存在はロナードも聞いたことがあった。子供の頃から寝物語に聞かされた、朝露から生まれるという妖精の話。そしてその頂点に立つ、妖精の女王のこと……
(妖精の女王……実在したのか……)
(ロナード、あなたは正しい行いをしました。利に囚われて人の道を外すことなく、よくぞあの男の夢を認めました)
(あの男……バルボンのことか?でもそんな事は当たり前じゃないか)
(あなたなら……あなたにならば、あの子を任せても大丈夫でしょう。あなたの望む物を備えたあの子……きっと幸せになれることでしょう……)
「一体何のことだ!あなたは……あなたは一体何を言っている!?」
(あの子の願い……幸せになるのですよ……)
「待ってくれ!一体何なんだ!私に何を言いたいんだ!?」
必死になって問いかけるが、既に語りかける声は聞こえない。

呆然と立ち尽くしているロナードだったが、やがてひとつ大きなくしゃみをし、風邪をひいてはたまらないと再び家路を急ぐ。
5分とかからずに屋敷にたどり着く。
「おや?」
ロナードはおかしな事に気がついた。屋敷の電気がついているのだ。
普段なら別にいぶかしむことではないが、今日はメイドは休みのはずだ。出てくる時に消し忘れたのだろうか、しかしまっ昼間から電気をつけることもないしと思いながら入り口の扉を開けると、
「おかえりなさ~~い!!」
元気な声とともに、見知らぬ少女が奥から駆けてきた。
「えっ、き、君は……つっ……」
訳の分からない不意打ちに慌てるロナードだが、突然強烈な頭痛に襲われてその場に蹲る。
「お、お父さん、大丈夫!?」
少女が駆け寄ってくる。
(ロナード……この子のこと、お願いしますよ……この子を生かすも殺すも、あなた次第……)
再びロナードの頭の中に声が語りかける。
(くっ、女王……あなたは一体何を……この痛みは……あなたのせいなのか……?)
(……どうやら、あなたには私との接触は負荷が大きすぎるようですね……通常はこんなことはしないのですが……私と接触した記憶、それだけでもを封印しましょう)
「うわぁぁぁぁぁぁああ!!!!!」
(ロナード……頼みますよ……)
最後に、ロナードはそんな声を聞いたように感じた。そして、そのまま気を失った。


気がつくと、ロナードは戸口で倒れていた。痛みは既に消えている。
顔を上げると、少女の不安な表情があった。
「おとう……さん……?」
「ああ、もう大丈夫。ちょっとくらっと来ただけだから」
そう言ってゆっくりと立ち上がる。そして、まだ心配そうな少女に笑顔を向けて、
「ただいま、エリス」

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