夜明け前の寒々とした空気の中、二人は冷気と心痛を払おうとするかのようにひしと抱き合った。  この二人が手紙をあらためて読み直し、最後のほうに慌てたようにくっつけられた一文を意識にとどめ、首をかしげつつも応えるのはもう少し後である。

【ただ一つのみ乞う、料理人数名を至急派遣されたし】

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 日が一巡し、山頂はまたしも夕方。洞窟の中。  獣脂を使っているらしきランプが、いやな臭いを発して燃えている。  タバサにあてられた岩室の中で、チェスの決着が間近だった。

 怪竜と向き合い、石の卓上のボードを見つめるタバサ。その冷たい瞳の奥で、膨大な量の思考の火を燃やしている。  汗が額ににじんでいた。  タバサがときには数時間かけて一手を考えるのに対し、怪竜は無造作に打って、しかも優位に立っているのだった。  一手打たれては、考える。一手打っては――考える間もなく、打たれる。実力の差は明らかであった。チェスの優劣には経験の差も加わるので、いかんともしがたい。

 思索の激突を横から見守る三名は、それぞれに追い詰められた表情であった。  才人とギーシュは手に汗をにぎって、タバサの勝ちを祈っている。彼ら二人も、この一日を必死に戦ったのであった。  シャッフル、ポーカー、ルーレットに始まり、縄跳び、鬼ごっこ、水面石飛ばし、メンコ、コマ回し、双六と続き、ついにジャンケン、くじ引きまで手を出した。  傍からみると遊んでいるだけだが、本人たちはある意味命をかけるより真剣に行っていた。が、すべて敗北。

 もはやタバサの策にすがるのみ、と二人は思いさだめていた。  いっぽう、シルフィードも別の意味で追いつめられていた。さすがに昨夜からは布を体に巻きつけている彼女は、空腹のあまり野生に帰りかけている目である。  またタバサが打ち、即座に打ち返されて考えこむ。局面はまさに終盤にさしかかっており、言うまでもなくタバサの敗勢が濃い。

 と、タバサがなにかを思い切ったように顔をあげて、ぴしっと一手打った。  それが決着になった。怪竜が自分の駒をつまみあげて置く。

《チェックメイト》

「ああ……」

 頭をかかえる才人たち。たった今タバサの敗北が決定したのである。

《うむ、なかなか筋がよかったと言っておこう》

 シーハーと楊枝で歯についた夕食の食べカスをせせり、実に憎たらしい態度の怪竜。  タバサは無言で横の本を取りあげ、読み始めている。  暗澹たる気分だったが、ふと気になったのかギーシュが怪竜にささやいた。

「きみ男色趣味じゃなかったかね? 彼女は女性だぞ、代償なんて払いようもあるまい」 

《基本はそうだが、選り好みはしない。  というよりここに住み着いて以来、いままで挑戦者に女はいなくてね。たまにはゲテモノを食するのも悪くない》

30 :才人とギーシュの借金返済記(白い百合の下で・番外編……?):2007/11/01(木) 01:57:55 ID:5gmiWgR4

 いろいろ最悪なアイコンタクトが帰ってきた。  ちらりと見ていたのか、広げた本の上部からのぞいているタバサの頭がわずかに動いた。

《それに彼女の体は起伏が無いので少年に見えなくもないからな。まあ許容範囲だ。  韻竜のほうは、あそこまで起伏があるとどうしようもないので放っておく》

 何がイヤって、悪意ではなく本気でそう思っているらしいことである。  才人はタバサをじっと観察した。本の上から見えている青い頭はもう動かない。  ただ、岩室の夜気がいっそう冷えこんだような気がする。やはり怒っているのだろうか。  と、どのような超感覚か、怪竜が何かに気づいた目をした。

《うむ? また誰かふもとのシールドに近づいたな。これはしたり、昨日の騎士ではないか。ほか数名を竜に乗せている》

 才人とギーシュに顔を向けてくる。二人はあわてて手をふった。

「援軍なんて頼んでないぞ!」

「そ、そう、あの騎士さんが連れてるのはたぶん料理人だ!」

《料理人?》

 怪竜が疑わしげに首をかしげる。  タバサが本をかたわらにおき、霜がおりそうな声音で言った。

「あなたに次の勝負を申しこむ。明日の昼。  こちらはこの四人が一チームで」

《ほう。別にかまわんぞ。して種目は? 実力行使かね?》

 自然な余裕をたたえている怪竜に、タバサは冷然とした瞳を向けて言い放つ。

「大食い勝負」

………………………… ……………… ……

 さらに翌日の正午。  初冬の空は今日も晴れ、わずかに群雲が出ている。  物言わぬ岩だけのさびしい山頂は、今までにはなかったであろう活況を呈していた。  タバサの提案をのんだ怪竜が、昨夜のうちにふもとに連絡をつけたのである。

31 :才人とギーシュの借金返済記(白い百合の下で・番外編……?):2007/11/01(木) 01:58:31 ID:5gmiWgR4

 けっきょくふもとで泊まった料理人たちが、大量の食材を人足に運ばせて朝からえっちらおっちら山頂まで歩いてきた。  勝負に必要な人員、ということで彼らの分の入山料はさすがに要求されず、勝負の結果いかんにかかわらず自由に帰っていいことになっている。  どうやってか知らないが、怪竜の意思によってシールドとやらは通す通さないを決められるのであった。

 朝から組まれたいくつもの石の炉には大鍋や網がかけられ、地元で屠られた山羊や豚、鶏やウズラが野菜やハーブとともに、種々の調味料で料理されている。

「はやくそれをシルフィに食わせるのねぇぇぇッ!!! もう生でいいのね!」

「シルフィ! おいこらコックさんに襲いかかるんじゃない! タバサこいつを止めろ!」

 一昨日を最後になにも食べていないシルフィードが、血に飢えた竜と化している。人型ではあるが。  つかみかかろうとするかのように指を鉤にまげて即席の調理場に突進し、それを才人が正面から必死に食い止めている。  そんな騒ぎをよそにギーシュがうんうんとうなずいた。

「双方一枚ずつ同数の皿を空けていき、食い倒れるまで続けられる大食い勝負か……これなら勝てそうだな。  四対一という差を確実に反映できるし、くわえてこっちは一昨日で持参の食物が尽きて飢えきっているわけだし」

 さらにタバサの指示で朝早くに起きて、最後に残ったビスケット二枚を、人間三人で分け合って食べている。  早いうちに小量の朝ごはんを食べておくと、消化器官がしっかり目覚めて昼になおさら詰めこめるのである。また、絶食の後いきなり大量につめこむと胃が驚くので、それを避けるためでもある。  タバサは直接答えず、怪竜をすっと指差した。かれは調理場に入ってコックたちにメニューを訊いている。

《うむ、熱いカラメルソースをドーナツにかけたものがデザートか。寒い日にはありがたいな。  私のそれは最後に出してくれ、勝負が終わった直後にお茶とともに落ち着いて味わいたい》

 完全に余裕ぶっこいている。沈黙するギーシュに、タバサははっきり言った。

「楽観は禁物。死ぬ気で食べること」

 やがて太陽が西にかたむき始めたころ、泉のほとりの(料理人たちは知る由もなかったが、事情を知る者には実にいやな場所だった)巨大な平べったい岩の上に、料理の皿が並べられだした。  岩のテーブルの両端に、向かい合って座るために手ごろな石が二つ置かれる。  最初に才人が座った。その反対側に怪竜が腰かけ、律儀にナプキンを首にまいてナイフとフォークを手にする。

《車がかりで一人ずつ戦おうというわけかね》

「ああ、卑怯とかいうなよ。さっさと食い倒れやがれ」

《残念だが、君たちが私の倒れる姿を見ることはないだろう。  よしんば来るとしても、それは君たち全員が地面に這う前にはありえない》

32 :才人とギーシュの借金返済記(白い百合の下で・番外編……?):2007/11/01(木) 01:59:21 ID:5gmiWgR4

 軽く応酬したあと、一皿目に取り掛かる。まずはクレソンとチコリと生ハムのサラダ。

 二皿目はタマネギとウズラの串焼き、岩塩と粗びきの胡椒で味をつけたもの。

 三皿目は子牛のコンソメスープ、ごろごろと茸を入れて。

 正式なコース料理というわけでもなく、そこからはわりと乱雑に、野趣あふれる肉料理主体の皿が並ぶのだった。

 四皿目。鴨肉のコンフィを直火でパリッと焼き上げたもの。

 五皿目。子羊の骨付き肉。クローブと蜂蜜のソースがかかっている。

 六皿目。同じくラム肉。薄切りにしてさっとあぶったもの。大皿に敷きつめられて出てきた。

 七皿目。カラメルソースを添えた子豚のフランベ。

「ぐ、うぷっ……」

 キツい。  才人は胃をおさえてうめいた。  皿は大きくて、一皿の量が結構ある。それは大食い勝負ゆえ当然なのだが、加えて肉ばかりでちょっと重い。  怪竜は動じる風もなくぺろりと平らげている。

 八皿目。ヤツメウナギのパイ。

 九皿目。ここで果物。白ワインで煮た梨。

 十皿目。鳩の蒸し焼きが一羽丸ごと。

 十一皿目。大麦と山羊肉のシチュー。

 十二皿目。またパイ。濃厚なクリームシチューのパイ、若鶏と蕪が具。

 ……そこで才人は倒れた。  いつのまにかワインなど傾けている怪竜が、平然として確認した。

《一人目リタイアかね?》

「次はぼくだ! さあ、サイトさっさと卓から離れたまえ!」

33 :才人とギーシュの借金返済記(白い百合の下で・番外編……?):2007/11/01(木) 02:00:09 ID:5gmiWgR4

 飢狼のような勢いで、ギーシュがナイフとフォークを取る。  しょせん飢えた人間は、目の前で見せられても、食いすぎている人間のつらさを理解できないものである。

………………………… ……………… ……

 二十六皿目。腸詰めとチーズ各種を盛り合わせたもの。  臭いの強い山羊のチーズをどうにか平らげた後、半死人の態でギーシュが才人の横に転がった。

「ぐ、ぐおお……胸焼けが……死ぬ……」

「アホめ、毎年詰めこみすぎで死ぬ貴族が何人か出るという話を忘れて、ろくに噛まずがっつきやがって……ゲプ、ざまあみろ」

 転がって力なくののしりあう二人に、タバサがぼそぼそと言った。

「噛めばはやく満腹してしまうから、この際は丸のみしてくれたのがありがたかった」

 じゅるじゅるよだれを滝と流しながら、麻縄で縛られて転がされているシルフィードが絶叫した。

「お姉さま、つぎはシルフィなのね! 早く今すぐ即刻これをほどけこのちびすけ!  今なら皿まで食ってやるッ!」

《次はどちらかね?》

「わたし」

「キサマァァァァッ!?」

 淡々とナイフとフォークを手に卓についたタバサに、シルフィードがすさまじい怨念のこもった声をなげつけた。  丸い腹をかかえて地面を転がっている才人が、おそるおそるなだめる。

「お、落ち着けよシルフィ……それ主に向ける目じゃねえぞ」

「ガフッ……ガフッ……グルルルルゥ……」

 使い魔の殺意さえこもった視線をガン無視し、もぐもぐ咀嚼している青髪の少女。  意外にタバサは健啖である。  黙々と食べ、ひたすらに食べ、一定の速さであごを動かしつづける。

34 :才人とギーシュの借金返済記(白い百合の下で・番外編……?):2007/11/01(木) 02:01:03 ID:5gmiWgR4

 怪竜のほうは。

《次のメニューは鶏胸肉のソテーか。では今度はそちらの白ワインをもらおうか。  いや、たまにはこういうのも悪くないな。自分でも料理はそれなりにたしなむのだが、田舎に隠遁していると手に入る食材の種類がどうしても限られてね》

 上機嫌で料理人と目で会話していた。

 やがてタバサの無表情に、わずかながら苦しげな色が混ざりだす。  少しずつ、食物を口にはこび咀嚼し嚥下する、という一連の動作が遅くなっていく。  腹部が膨満していく。  最初から数えて三十八皿目。腹がまん丸になったところで、タバサはナイフとフォークを置いた。

《ふむ、それで終わりかね?》

 顔色も変えていない怪竜の問いかけに、静かに口を押さえてうなずく。  立ち上がって下がろうとして――ばったり才人とギーシュの間に倒れ伏せた。  子ダヌキのごとく膨満した腹は、シャツをはちきれんばかりに押し上げてへそが露出している。  あぶら汗を流しながら、タバサはつぶやいた。

「シルフィード。行け」

「だったら今すぐほどけえええええ! ふざけんじゃないのねお前いっぺん本気で噛むのね!  とにかく誰でもいいからほどきにこい、そしたら毒でも人でも食ってやるッ!」

「ひ……人はやめようぜ……」

 才人がよろよろと立ち上がり、シルフィードの縄をほどいてやった。  瞬間、青い閃光がはしって卓についた。

「キュィィィィ! ニク! ニク!」

 ど、どうぞ……と怯えながら、給仕役もつとめる料理人の一人が皿をシルフィードの前に置こうとした。ちなみにメニューは牛のカツレツである。  が、皿がテーブルに置かれたとき、すでにそれは跡形もなく韻竜の胃袋に消えている。

《はしたなくがっつくな、韻竜よ。同じ竜族として恥ずかしいぞ》

「やかましい! 自分だけさんざっぱら食っといて、客に食事も提供しない没義道なやつに言われたくないのね!」

 というわけで最終戦。竜VS竜。

35 :才人とギーシュの借金返済記(白い百合の下で・番外編……?):2007/11/01(木) 02:02:07 ID:5gmiWgR4

 タバサの指示により、料理人たちはかなり量が多く大雑把な肉料理をかたっぱしから急ペースで出していく。

 ソーセージと卵を炒めたもの。

 牛の腰肉ぶつ切り塩胡椒まぶし焼き。

 鶏のコンフィをそのまま冷やし肉として提供。

 豚の塩漬けをキャベツと一緒に煮て出す。

 羽をむしったウズラをまるまるパン粉で頭から揚げる (適当)。

 どう見ても生焼けの子豚丸焼き(時間足らず)。

 山羊の後ろ脚を一本まるごと火であぶったもの(超適当)。

 シルフィードは食べた。すべてを平らげた。皿まで舐めんばかりにして余さず胃におさめていった。  骨まで食うなアホ、とタバサから注意が入ったくらいである。  怪竜もさすがに腹がふくれてきたのか、軽口を叩くこともなく先ほどのタバサのように黙って食べている。

 ようよう立ち上がった三人は、この熾烈な食物消費戦を見ている。  食卓の二匹が向かいあってから今までに片づけた肉だけで、三人の胃袋の最大容量総計を軽く上回っている。  才人が感心したようにつぶやいた。

「シルフィよく食うなあ……タバサ、お前これいつから考えてたんだ?  あいつを徹底的に飢えさせて、ここでも順番を最後にまわすことで食欲を最大限に刺激させて」

 これで負けたらさすがにもう思いつかない。  しかし、それからの展開は三人にとって目を覆いたくなるものとなっていった。

 むろん常人にはおよびもつかない領域まで食い散らかした後ではあるが、日が沈んでゆくのにあわせるように、シルフィードのペースが着実に落ちていった。  時折ゲップをして深呼吸し、また皿にとりかかるという具合である。  一方、怪竜のペースは安定していた。

「ま、まずくないか……」

 だんだん手を止めて空をあおぐことが多くなっていったシルフィードを見つつ、ギーシュが懸念のつぶやきをもらす。  その顔色が悪いのは、寒いからではないだろう。  夕日の光に照らされながら、才人は自分の顔色も青いことを確信しつつ、あえて答えない。

36 :才人とギーシュの借金返済記(白い百合の下で・番外編……?):2007/11/01(木) 02:03:21 ID:5gmiWgR4

 シルフィードのために言っておくと、彼女は彼女なりに食欲だけでなく、主たちに勝利をもたらすために意志をもって限界まで戦ったのである。  その意志も、ついにやぶれるときがきた。

「も、もう、なんだかダメっぽいのね……」

 いまにも石の椅子からすべり落ちそうにのけぞって、シルフィードはギブアップを口にした。  ひいいいい、と才人とギーシュが地面で頭を抱えている。  と、タバサが口を出した。

「まだ頑張れるはず」

「ムリ……お姉さまのために、ゲプ、頑張ってみたけれど、もう食道まで詰まってる気がするのね……」

《あ、そこの君、頼んだデザートの調理に取りかかってくれたまえ。お茶もな》

 怪竜がさっそくデザートを注文している。  それをちらと横目で見て、タバサは言った。

「そこの肉は全部あなたの、向こう三ヶ月分の食材」

 きゅい? とシルフィードが首をひねった。  意味を反すうするように、えーっと……と宙を見ながら考え出す。  その体が、だんだん震えてきた。  才人たちに負けないほど蒼白な顔で、シルフィードはおのれの主に問いただした。

「まさかこれを最後に、三ヶ月肉抜きって意味?」

 タバサはうなずいた。

「ちょっ――どういうことなのね、それ!?」

 恐慌をきたした使い魔に、彼女は説明する。

「今日のためサイトたちから借りてまで食材を買い占めた。  取っておいたあなたの食費は、全部そのテーブルの上」

「い……今までバカスカみんなが食ってたこれが、シルフィのごはん……?」

 タバサはうん、と再度首肯し、とどめに卓上を指差した。

「今のうちにいっぱい食べる」

37 :才人とギーシュの借金返済記(白い百合の下で・番外編……?):2007/11/01(木) 02:04:13 ID:5gmiWgR4

「お、おおおおお……覚えてるがいいのねーーーッ! 絶対ろくな死に方しないのね!  そのうち匿名で使い魔保護協会に告発してやる!」

「勝てば食費が手に入る。たぶん」

 ぐああああッ! とシルフィードはテーブルに覆いかぶさった。  怪竜がはじめて、気を呑まれたような様子を見せ、目で問いかけた。

《……続行するのか?》

「黙るのね! シルフィのお肉さんざん食べやがって! みんなあの冷血ご主人と貴様のせいなのね!」

 滂沱の涙を流しながら、仇のようにふたたび料理をがっつきだす。  今までは手づかみで食べていたのが、もはや口を直接つっこんでがつがつと竜食いしている。  かきたてられた気力。  もって数皿分ではあったろうが、それは奇跡を起こした。

 やむなくシルフィードにつきあって食べ始めた怪竜の腹のあたりで、ビリ……となにかが裂ける音がひびいた。  む、と怪竜は手をやすめ、腹をおさえた。

《……いかんな。物理的に限界が来た。  伸縮性が劣化していることを考えていなかった》

「つまり表皮が破れたんだな、それでなければまだ食えるってどんだけ胃袋のほうは伸びるんだよ……」

「なあサイト、突っ込みどころはそこか? しつこいかもしれんがあれはどう考えても着ぐるみじゃないのか?」

《やむをえまい。決闘は勝敗いかんにかかわらず優雅に、がモットーなのだ。  皮が破れて見苦しくなるくらいなら、いさぎよく引き下がろう。  そろそろ皮も古くなって脱皮するべき時がきたようだしな、考えてみれば住まいを離れるいい機会だ》

「どうあっても竜で押し通すつもりのようだぜ」

「さっき突っ込んでおいてなんだがね、ぼくはもう気にしないことにするよ……とにかく勝ったらしいから」

………………………… ……………… ……

 次の日。

38 :才人とギーシュの借金返済記(白い百合の下で・番外編……?):2007/11/01(木) 02:05:14 ID:5gmiWgR4

 約束どおりシールドを解除し、怪竜は去った。  風呂敷包みにこまごましたものを入れ、徒歩でいずこかへ。  才人たちの手に残ったものは土地の権利書、洞窟の中にあった調度品と何がなんだかわからないガラクタ類。

 「どこに宝があるんだ」と才人たちが文句を言ったとき、怪竜は洞窟外の泉を指差した。

《美しい泉だろう》

「……それが?」

《宝の価値はある》

「おいてめえ…………」

《もぐってみたまえ。ではさらばだ》

「だ、だからここはキサマの……!」

 そんなてん末。  何があるにせよ、さすがに今すぐ自分たちでもぐる気はおきない。少なくともある程度の時がたち、湧き水によって泉の水が入れ替わらないうちは。  そして今、竜が追い払われたと聞いて山頂にやってきた男、この地の領主からの使いを、彼らは相手しているのだった。

「岩山の権利書は、この山に勝手にすみついたあの悪竜が、討伐に向かった数代前のご領主さまを捕らえて身代金がわりに強奪したものなのです。  したがって、それはこちらに返却されるべきでしょう」

 賞金だけで満足しなさい欲深なガキ共が、とその使いの目が語っている。

「冗談じゃない。こっちは危険を冒してたんだ、そうだろうサイト」

「ああ、たぶんあんたらの想像以上にな」

 少年たちの横で、タバサが使いの目をみて言った。

「観光事業?」

39 :才人とギーシュの借金返済記(白い百合の下で・番外編……?):2007/11/01(木) 02:05:56 ID:5gmiWgR4

 な、なにを馬鹿な、と男が思い切り狼狽した。おそらく図星であろう。  かつての竜のすみかとして観光地にする。  ありそうなことではある。皮肉なことに、今後もこの岩山を訪れるものは金を払うことになりそうだった。  才人が鼻を鳴らした。

「悪いが、こっちも金は入り用なんでな……この岩山はどこかの物好きに売って、二組で分配するつもりだ」

「そ、それはなりません。ええい、このがめつい奴らが。  しょうがありませんな、賞金の額を引き上げるよう領主さまに口をきいてみましょう」

「どのくらい? 十倍?」

「気でも狂いましたか? いいとこ二倍」

「じゃ、別のところに売る」

「チッ……三倍」

 まだまだもう一声、と喧々諤々の値段交渉が続く。  それを空から竜態にもどったシルフィードが見下ろして、人間の浅ましさをやれやれと嘆くのだった。  さんざん交渉した後で、忌々しそうながらも領主の使いは目を光らせた。

「まったく、あなたがたのような連中は、貪欲の大罪によって始祖ブリミルに裁かれますよ。  それはともかく、そんなに金がほしいなら、ひとついい話があるんですがね。  じつはここから離れた沼地に、長年、別の種族不明の竜が住みついていて賞金が――」

「「「絶対やらない」」」

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最終更新:2009年10月31日 21:59