悟空がハルケギニアに召喚されてから、一週間が経とうとしていた。
元来死人である悟空にとって、時間の経過は大した問題ではないが、ルイズの使い魔という立場上、一応彼女の生活リズムに合わせた活動をしなければならない。
まず朝。ルイズより先に起きて、前夜彼女が脱ぎ散らかした洗濯物を籠に詰めた後、ルイズを起こす。
トリステインは地球と同じく1日が24時間なので、時差ボケに悩まされる事も無かった。
以前クリリンや悟飯に聞いたところによると、ナメック星は夜が無いので、いつ寝れば良いのかピンと来ず、地球に戻ってから暫く苦労したらしい。
ルイズを起こした後、彼女の身支度を整え、朝食のために彼女と一緒に部屋を出る。
食堂に着いたら、シエスタに洗濯物を預けて食事。ここ最近は隣国で内乱が起こっているらしく、そのせいで食材の集まりが芳しくないのか量が少なめになっているが、そういう時は付け合せとして食卓に載っているはしばみ草を齧れば、物凄い苦味に襲われるもののとりあえず空腹感は無くなるので、どうしても食い足りない時はそうするようにしている。
食後、ルイズは授業に出る。どうやら使い魔が授業に出なければいけないのは、教師が生徒の使い魔と面通しする最初の一週間だけでよいらしく、ルイズもそれからは好きにしなさいと言っていたので、悟空はこの時間を利用して修行に打ち込む事にしたのだった。

「よう、相棒」
「何だ? デルフ」

トリステイン魔法学院から2リーグほど離れたところにある小高い丘。その頂上に悟空は結跏趺坐の姿勢で座っていた。
その傍らには、常時携帯を言い付かったデルフリンガーが置かれている。

「お前さん、修行するって言っときながらそうやって黙ーって座ってばっかだけどよ、そんなんでホントに修行になんのかね?」
「気をコントロールするには、こうやって瞑想してるのが一番いいんだ」

欲を言えば組み手の相手が欲しいところだが、生憎ここハルケギニアには、悟空の相手が務まりそうな武道家は居そうに無かった。
ギーシュのワルキューレも、彼自身が知覚できる範囲でしか動けない。
彼はフーケ討伐時に精神力をだいぶ消耗してしまったらしく、しばらく修行の相手は休ませてくれ、と悟空に頼んでいた。
というわけで、悟空は肉体的な鍛錬はお預けにして、主に気力を高める修行を行うことにしたのである。
神様の元で修行していた頃から、この修行は悟空にとって欠かせないものになっていた。
全身の感覚を研ぎ澄ませ、四肢に気を満たし、それを練り上げ、増大させていく。
そうする事によって、肉体はより大きな気の流れに耐えられるようになり、瞬間的に爆発させる気の最大値も増え、結果として自己の鍛練に繋がるのである。
この修行は地味ながら見た目以上に効果があり、始めてから2年余りで悟空はかめはめ波のコントロールや舞空術をマスターし、精神と時の部屋では、超サイヤ人の壁を乗り越えるヒントを悟空に与えるきっかけとなった。
目指すは、息子・悟飯が到達した、超サイヤ人を超えた超サイヤ人への変身。
自分もあの域に達したい。もっともっと強くなりたい。
死して尚、悟空は自分が誰より強くありたく、また強い相手と戦う事を欲していた。

「そんなもんかねえ……。まあ、相棒がそう言うってんなら、そうなのかね」

やがて、昼休みが訪れる。
悟空がいる所からは魔法学院のチャイムは聞こえないが、ルイズ達生徒の気が一ヶ所に集まるので、悟空はそれによって昼休みの時間を知る。
デルフを拾い、来た時と同じように舞空術で魔法学院に戻る。
最初は瞬間移動で直接ルイズの元に行っていたが、大抵は食堂で落ち合うので、そのままデルフリンガーを携えた状態で厨房に行くのは衛生上問題があるとマルトーに咎められてからは(見るからにボロッちい錆びた剣なのだから当然だ)一旦ルイズの部屋に置きに行くようにしていた。
昼食後、まずコルベールの元に行き、デルフの事やこの世界の理について二、三講義を受ける。午前中はコルベールの授業があるため、授業が無い午後の早い時間に行く事になっていた。
また、コルベール自身、この未知の訪問者に対する興味は尽きなかった。

「時にゴクウくん。君は余所の世界から召喚されたそうだが」
「そうらしいな」
「そうらしい…って、ミス・ヴァリエールからはそう聞いているが」
「オラ、よくわかんねえ。前にも似たような事があったし」
「例の…ヤードラット……とかいう世界のことかね」
「ああ。あの時は召喚されたんじゃなくって、不時着したんだけどな」
「戻ろうとは思ったりしないのかい? 元いた所に」
「戻るっつっても、あの世だからな……。別に急いで戻る事もねえと思うぞ」

コルベールはあまり熱心な信奉者ではなかったので、悟空が用いた「あの世」という概念についても、特に異論を挟むつもりは無かった。
かつて、自らが冒した過ち以来、彼は宗教や争いというものを忌避していたのである。

「ここにいりゃ修行になっかもしんねえしな。それに、ここのメシはすっげえ美味いんだ」
「は?」
「ルイズの使い魔やる代わりにあんな美味いメシが食えんなら、オラずっとここにいてもいいや」

魔法という、悟空にとって未知の技を使いこなすこの世界の住人は、悟空にとって刺激的な存在だった。
もしかしたら、ヤードラット星に滞在していた頃のように、新しい技を覚えられるかもしれない。
そして何より悟空が気に入ったのは、この世界の料理が非常に美味しい事だった。
死んでいるのだから食事は採っても採らなくても同じ筈なのだが、あの世での食事は文字通り食べた気がしないのだ。実際に身がある下界の食事の方が余程美味であった。
その後、悟空は午後の修行のため再び学院の外に出る。
午前中と同じ丘の上まで来ると、携えたデルフリンガーを手に取る。すると、左手のルーンが光り、身体中に力が沸き起こってくる。
この時に上がった自分の力を目標として、悟空は再び瞑想に入り、自分の気の限界値を上げていくのである。
日毎に悟空の気は少しずつだが上がっているので、結局堂々巡りなのだが、それでも自分の身体にまだまだ向上の余地があるという事は、悟空の修行にある種の指標を与えていた。

「それにしても、不思議なもんだなあ」
「俺からしてみりゃ、座ってるだけで力が増すお前さんの方が不思議だよ」

もうひとつ、サイヤ人の特性を活かした修行法もあるにはあるのだが、仙豆のように体力を全快にするようなものは、ここハルケギニアには存在しないらしい――水のメイジが秘薬を使えばできない事は無いが、費用対効果に問題があった――ので、自重していた。
もっとも、仮にそれができたとしても、お気に入りの胴着がボロボロになってしまうのでやらなかったであろうが。
なんだかんだ言って、悟空はこの胴着に愛着があった。
そして、夕食の時間になると再び学院に戻り、食後シエスタから朝頼んでおいた洗濯物を受け取り、ルイズと一緒に部屋に戻る。
これが、フーケ討伐後の悟空の日常であった。



やがて、オスマン氏が通常の執務に戻れる程度に回復し、改めて悟空はオスマン氏に呼ばれる事となった。

「確か、あの老人はお主と同じ世界からきた人間なのじゃったな」
「ああ」
「教えてくれんかの。あの勇敢なメイジは、彼はどんな人間じゃった?」
「え~と…」

困った。
あの男に関しては、どちらかというと悪い印象しかない。
それを馬鹿正直にこの老人に話してしまうのは、何となく思い出を汚してしまうような、そんな悪い気がした。

「実はオラもよく知らねえんだ。オラの師匠の、昔のライバルだっつう事くらいしか」
「そうか……残念じゃな」
「オラも訊きてえ事があるんだ」
「何じゃい?」
「このルーンって、一体何なんだ? コルベールのおっちゃんは何とかのルーンだっつってたけど」
「伝説の使い魔、ガンダールヴのルーンじゃ」
「それが何でオラに刻まれたんだ?」
「私も正直、よう判らん。じゃが、もしかしたら、お主がこっちの世界に来た事と何か関係があるのかもしれん」

オスマン氏もまた、悟空が異世界からの来訪者だと信じていた。
外宇宙との接触を経験していないこのハルケギニアでは、異星人よりも異世界人の方が通りが良かったためだ。
実際のところ、悟空は異星人でもあり、異世界人でもあったのだが。

「まあ、そちらについては、私なりに調べてみるつもりじゃ。
 お主というイレギュラーを抱えてしまった事によって、このハルケギニアにどんな影響があるか、未知数じゃからな」
「オラそのへんの事はよく判んねえけど、よろしく頼むな」
「で、その間じゃが……。よければ今まで通り、ミス・ヴァリエールの使い魔を勤めて欲しい」
「判った。オラとしてもそのつもりだ」



翌日、トリステイン魔法学院で、『フリッグの舞踏会』が開かれた。
生徒や教師の枠を越え、更なる親睦を深めることを目的とした、伝統ある宴である。
そのため、パーティ会場ではそこかしこで、男と女の熱い駆け引きが繰り広げられていた。
キュルケもその中に混じり、次々と口説きにかかる男どもを舌先三寸であしらっていた。
一週間前の『破壊の杖』奪還の功労者とあって、キュルケ達4人はオスマン氏からパーティの主役のお墨付きを貰っている。
ギーシュも別の一角で、女生徒達からの誘いに鼻の下を伸ばしている。その背後で、モンモランシーが見た事も無い形相で睨んでいるとも知らずに。
そして、そんな熱い駆け引きとは無縁の人物が2人いた。
タバサと悟空である。
2人は、とにかくテーブルの上にある豪華絢爛な料理を1mgでも多く胃袋に収めようと、その両手と口をフルに駆使していた。
膝と胸に置かれたナプキンを派手に汚している悟空とは対照的に、ナプキン無しで黒いパーティドレスにシミひとつ着けないタバサは、さすが貴族といったところか。
周囲の生徒も面白がって、メイドと一緒になって2人の周囲にあるテーブルから料理を補充している。
暫くしてキュルケがタバサを誘いに来たが、物凄い勢いで料理を平らげる二人の様子を確認すると、苦笑してまた自らの縄張りに戻っていった。

「…おなかいっぱい」

先にギブアップしたのは、当然ながらタバサだった。
食堂では他の生徒が食事する様子など気にもならないが、さすがに悟空が相手だと、ついつい張り合ってしまう。
周囲の助長もあって、珍しくタバサは満腹になるまで思う存分料理を堪能した。
そこへ、何処から来たのか、一羽の伝書フクロウが飛び込んできた。灰色のフクロウは、まっすぐにタバサの元へとやってくると、その肩に留まった。
タバサの表情が僅かに硬くなった。その様子に気付いた悟空が、タバサに問いかける。

「また任務ってヤツか?」
「そう」

フクロウの足から書簡を取り上げる。そこには短く『出頭せよ』と書いてあった。
満腹でボンヤリしていた目に、強い光が宿る。

「オラも一緒に行くか?」
「任務の内容次第。まだいい」
「わかった。気をつけてな」
「ありがとう」

タバサがバルコニーの奥へ消えると、入れ代わりにルイズがやってきた。

「こんな所にいたのね……。まあ、ある意味あんたらしいけど。探したわよ」
「おうルイズ。おめえも何か食うか?」
「そうね。じゃあそのシュリンプを…って違ーう!」
「?」
「踊ってあげても、よくってよ」
「オラ、踊った事ねえぞ」
「だーいじゃうぶ。わたしにまっかせなさい!」

ビシっと握った手から中指だけ立ててルイズが笑みを浮かべる。
そこに、焼き立てのパイを持ったシエスタがやってきた。
先ほどから、悟空とタバサに給仕をしていたのである。

「ゴクウさん、デザートをお持ちしました」
「おほっ、美味そうだなー」
「う! そ、それはクックベリーパイ……」
「ミス・ヴァリエールもお召し上がりになられます? 熱いうちが食べ時ですよ」
「い、いただくわ」

ルイズ・ヴァリエール。16歳。色気より食い気のお年頃であった。
2人でデザートのパイを平らげ、一息ついたところで、ルイズが口を開いた。

「聞いたわ」
「何を?」
「元の世界に戻る気が無いんだって」
「無いっつうか、急いでねえってだけなんだけどな」
「……喚び出しといてなんだけど、いいの?」
「気にすんな。この世界も結構面白そうだしな」



「……あんた、妊娠でもしたの?」
「してない」
「じゃあ何なのよ、そのお腹は」
「…迂闊」

トリステイン南西に位置する大国、ガリア。
その首都リュティスに築かれた宮殿の一角で、タバサと彼女の従姉妹、イザベラが対峙していた。
学院からここまでの道中、程よく捏なれたタバサの胃袋は、収められた料理を消化して腸へと送り込んでいる最中であり、イザベラは、そのせいでぽっこりと膨らんだタバサの腹に興味津々であった。
ガリガリの四肢と相俟って、まるでお腹一杯ミルクを飲んだ子猫のようである。
まじまじと見つめられ、タバサは顔には出さないものの、恥ずかしそうに両腕でお腹を隠した。

「……見ないで」
「…ぷっ、ぷぁっはっはっはっはっは! あーっはっはっはっはっはっはっはっは……!!」

上目遣いに抗議され、イザベラは普段からは想像もできないタバサのそのギャップに、笑いを堪えることができなかった。



「今回の任務は、戦いは無い」
「じゃあ、オラが手伝う必要もねえって事か」
「そう」
「わかった。じゃあな」
「…………」

学院に戻り、悟空に任務の概略を説明した後、タバサは悟空の後姿を見送り、人知れず呟いた。

「体型変わってない…羨ましい……」

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最終更新:2009年10月31日 21:52