1,
ビルの上に降り立つと、街灯りが一面に広がっているのが見えた。
「ここならゴチソウにたくさんありつけそうね。」
あたしの名前はプラン、欲望と絶望に染まった心を食べる悪魔。
…と言うといつも他の悪魔に怒られる。
最下級のお前が悪魔を名乗るんじゃないとか、もっと修行しろとか、あたしがどう名のろうとあたしの勝手だよ。
「あーお腹すいたー、早くエモノを見つけよっと。」
地獄に堕ちた魂の欲やら無念やらは他の上級悪魔が全部食べちゃうからあたしはこうやって地上に出てきた。
別にあたしが落ちこぼれな訳じゃないよ?
弱い人間相手なら楽に食事にありつけそうだな、と思っただけ。

「さ~て… なるべく楽に食べられる奴がいいな~ それで量が多くて美味しいの」
背中の羽で夜空を飛びながらエモノを探す。
何せもう三日間食事をしていないからお腹ペコペコだ。あまり苦労もしたくない。
「…おっ?」
夜道を歩く人間をチェックしていると、その中の一匹に目がとまった。
他の人間には見えてないだろうけど私にはばっちり見える。
その人間の背中からドス黒いエネルギーが漏れ出している。
心が欲望や絶望に染まっている証拠だ。
「エモノ第一号決定~」
若い男だけど、筋肉無さそうで、弱そうだし、こいつに決めた!
あたしは周りに他の人間がいない事を確認してそいつの近くに降りた。

「ねえ、そこのお兄さん?」
“お兄さん”と呼ばれた人間は振り返って、ちょっと驚いたような顔をした。
「…君…… 誰……?」
「ふふ…、あたしはプラン、あなたの心を食べに来た悪魔。」
「え…? え……??」
どんなに人間が怯えてもあたしには関係ない。
「あなたの心は欲望や絶望に染まってる。その心を食べに来たの。」
人間にゆっくり近づいて、抱きつくように首に手をまわす。 逃がさない。
「あたしお腹ペコペコなの…。ね? お願い、食べさせて?」
上目づかいで人間の顔を覗き込む。
こめかみから生えた二本のツノ、背中にあるコウモリみたいな羽、スルリと伸びた尻尾。
着ている服も人間のビキニとかいう水着に似ている黒い服。
あたしも地上に来る時、人間文化の研究くらいしてきた。
この“悪魔っ子”を前に人間の男ならメロメロのはず!
「え… あの…… いや…。とりあえず…… 家に帰るから…。」
とにかく視線をそらして逃げようとする人間。
「家までついて行くから。」
「え……」
家なんか帰ったら絶対逃げられなくなるのに、バカな奴w


人間の男の家は、マンションの一階にあった。
「ねえ… 心ってどうやって食べるの…?」
小さな部屋で向かい合って座っていた男が不安そうに聞いてきた。
「痛くないよ。あなたの口からあなたの心を吸い出すだけ。キスみたいなもんだよ。」
「……同じか……」
「え?」
「あ、いや… すごいディープキスなんじゃないの? それ…;」
そうかもね。まあ確かに他の方法もあるけど、これが一番ラクで手っ取り早いし。
「大丈夫だよ、すぐ終わるから。」
「え、うわっ!」
肩をつかもうとしたあたしから逃げようとして、後ろのベッドにぶつかる人間。
だから逃げられないってばw

「いただきまーす」
「えっ… ちょっ…  んむっ!!」

“ズズ… ゴクン… ゴクン…”
傍から見たらあたしがこいつを押し倒して唇を強奪しているように見えるだろうけどそんなのどうでもいいや、こうやって食事をさせてくれるならどうでも…

      『―――――クス…―――――』

…? 今こいつ笑ったような……
“ズン!!!!!”
「!?!!??」
一瞬何が起きたのかわからなかった。
“ドクン… ドクン… ズズズズズ…”
「んむっ!! んんんん…っ!?」
突然あたしの口に大量のエネルギーが流れ込んできた。
あたしのお腹が風船のように膨らんでいく。
「んむっ…!! んんんんーー……!!」
すぐに口を離そうとしたけれど首の後ろに手をまわすように抱きしめられていて離れられなかった。
「んんんんんん!!! ……ぶはっ!! …はあっ… はあっ…!!!」
やっと口が離れた時、あたしのお腹はスイカみたいに膨らんでいた。
「はぁ… はぁ…… え…? な…に…?」
苦しい。声が出ない。
「クスクス… どう? 美味しかった?」
あお向けに倒れたあたしを、人間の男が見下ろしていた。

「はぁ…… はぁ…… あな…た…。いっ…たい…?」
「ああ… 名前をまだ教えてなかったね。俺はユウ。有機物の有でユウ。苗字は… どうでもいいや。」
突然威圧感が出たユウの声。
「ずっと待ってた… もう一度悪魔に会える日を…」
もう一度?
「どう……いう……こと……?」
「前にも俺は悪魔に会ったことがあるんだよね…。」
前にも悪魔にあった…?
「お前みたいな女の悪魔だった…。お前に会った時はうれしくて震えが止まらなかったよ…。悪魔なんて二度と会えないかと思ってたから…」
「その…… 悪……魔……は…… うぷ… …どう…したの…??」

「死んだよ」

…え?
「俺の心を食べさせたら、いきなり膨れ上がって、破裂して死んだ」
「……!!!?」
ユウの体から、ドス黒いエネルギーが噴き出した。
ものすごい量で、口を開けているだけでもお腹にさらに流れ込んでくる。
「ウレシイナ…!! マた良い遊び道具がデキタ……!! ハ… ハハハハッ…!!」

いやぁあぁぁぁあぁぁぁ!!! やだやだやだやだやだ!! 死にたくないっ!!!
「はぁ…… はぁ…… いゃ… 来ないで……!!」

「…また死なせようとは思わない…。だから今日一気に食べさせはしないよ…。明日までに消化しておいて。」
そう言うとユウは部屋から出て行った。

冗談じゃない! これ以上食べられるわけないじゃない! このままあいつが戻ってこないうちに逃げ…
「…!?」
お腹が重くて起き上がれない!? ウソ!?
「…っ!! ……っ!!」
何度も起き上がろうとしたけど、苦しくて動けなかった。

「…うう……ううう……」
涙が出てきた…。やだ…死にたくないよ……。
地獄に帰りたい…。どうしてあたしがこんな目に…。

「だれか…たすけて……。」

電気が消えて真っ暗な部屋にはあたしの声以外の音は聞こえなかった…


2,
「ちゃんと全部消化した?」
朝になってユウが部屋に入ってくるなり聞いてきた。
「……そん…な… ワケ… ない…… でしょ…… はぁ… はぁ……。」
結局あたしは身動きがとれないままこの部屋に横たわっていた。
夜が明けても相変わらずあたしのお腹はパンパンのままだし、息もうまくできない。

「うん。そんなの関係ない。また食べてよ俺の心。今、俺イライラしてしょうがないんだよね。このまま出かけたら…… すれ違ッタ人とか… 殺しチャうカモ……。」
何いってんの!!? もう入るわけないじゃない!!
ていうか、人を殺しちゃうって何!? こいつ、絶対ぶっ壊れてる!!!
「ム…リ…… やめて……… お腹…… いっぱい……。」
しぼり出すようなあたしの声を無視してユウはあたしの顔の横に力なく座り込んだ。
「俺だって、通り魔なんかになりたくないし…。喋れるってことはまだ入るよね?」
「だめ… も… ム……リ……」
  “ガッ”
「んむっ!!」
ユウが噛みつくようにあたしに口づけしてきた。
「んんんんんーーーーーーっ!!!」
“ズ… ズズズ…… ドクン…… ドクン……”
また大量のエネルギーがあたしに流れ込んできた。なんとか突き放そうとしたけど、ブクブク膨らむお腹をささえるのに必死で全然抵抗できなかった。

「……っ… ぶはっ…!!」
あたしのおなかがささえきれないほど大きくなったところでユウは口を離した。
「…夜になったらまた食べてもらうから…。」
そう言い残すと、ユウはゆっくり立ち上がって部屋から出て行った。

「はっ…… はっ………」
苦しい。息ができない。
さっきユウはこれから出かけるような事を言っていた。
たぶん、人間の仕事場か何かに行くんだろう。
あいつが帰ってくる前に何とかここから逃げないと本当に殺されちゃう!!
「で… でも……」
あたしは、かすむ目を自分の体の方に向けた。
そこには両手で抱えきれないほど大きなあたしのお腹が鎮座しているのが見えた。
…このお腹をなんとかしないと、逃げるどころか起き上がれもしない。
苦しさでボー…っとする頭をフル回転させると、ふと、生き物の消化吸収をコントロールする魔法 とかいうのをはるか昔に教わったのを思い出した。
「これ… しか…… な…ぃ……。」
はちきれそうなお腹に手をまわして念を籠める。
「ん… え… あれ……?」
何も起こらない。
「え…… ウソ…… なん…で……?」
確かこうやるハズだったのに…
「んっ…… えぃ…っ… はぁ… はぁ…… うっ……っ…… はぁ… はぁ…」
何度ためしても、やっぱり何も起こらない。
「そんな………。」
もしかして、一度習ったばかりで一回も練習しなかったから上手くいかないのかな……。
「う…っ… えぃ…っ……… はぁ… はぁ…」
キライな上級悪魔に教えてもらった魔法だったからちっとも覚えてやる気なんて無かった……
そのあとも体を軽くする魔法や体を浮かせて移動する魔法もためしてみたけど、何一つ成功しなかった。

「う…… う…… ふぇ…… ぐす……。」
また涙が出てきた。

「ごめん…なさい……。もう…… 練習…… サボリ…ません…… ぐす……。ナマ…イキ…な… 口も… たたき…ません…。ぐす…… ちゃんと… マジメ……に… 修行…… します… ぐす……。だから… だれか…… たすけて……。」
涙が止まらない。
こんなことなら人間界に来なきゃよかった…
もっとちゃんと魔法の練習をすればよかった…
あんなヤバイ人間に捕まっちゃうなんて…
あたし落ちこぼれなんかじゃないのに…
なんでこんな目にあわなくちゃなんないのさ……。
3,
あの後、何度も何度もためして、消化吸収をコントロールする魔法だけはちょっぴり成功した。
夜が明けた今、あたしのお腹は人間の妊婦くらいのサイズまで小さくなっている。
「うう… でも、いきなりデブった……。」
当然かも知んないけど、エネルギーを栄養に変えて吸収した分、お腹が引っこんで体がひとまわり大きくなった。
座ってると太ももの肉が広がって気になるし、二の腕とかもタプタプしてきた。
胸もちょっと大きくなった気がする。
…お腹さえ完全に引っこめばまだ“ふっくら”程度で済む… かな…?
だけど、それより今問題なのはさっきからずっと頭がクラクラすることだ。
「うぇぷ…… キモチ悪ぃ…。」
食べさせられたエネルギーがめちゃくちゃ濃かった上、それをムリヤリ消化したから胸焼けがすごい。
こんなんじゃとても外に逃げ出すなんてできない…。
「よい……しょ……」
お腹をかかえて立ち上がる。
丸く膨らんだお腹が重くて、歩くだけでも一苦労だ。
「ふぅーーー…。」
あたしはベッドに横になった。体がだるくてこれ以上動けない。
あまりの満腹感で気がヘンになりそう。
昨日まではお腹ペコペコで、おいしい心をお腹いっぱい食べたいなー、なんて思ってたけど、こんなにいらない。
人間がこんなに危ない生き物だったなんて…。
「つかれた…… ねむたい……。」
昨日の夜からずっと、必死でエネルギーを消化していたからものすごく疲れた。
このままちょっと寝たら胸焼けも治るかな……。


「……ぅん…。……あれ… もう夜…?」
あたしが目を覚ますと部屋はもう暗くなっていた。いつの間に寝ちゃったんだろう。
「そうだ… ここから逃げ…。……っうわぁ!!?」
ふと横を見るとそこにはユウが立っていた。
部屋の灯りくらいつけなさいよ!! ビックリするから!!

「…ただいま… プラン…。」
「ただいまって…… ひぃっ!!?」
ユウの顔を見て、小さな悲鳴をあげてしまった。
そこにはどんな悪魔でもかなわないような怖い顔があった。
口は耳まで裂けそうなくらい笑っているけど、眼は鬼みたいに怒ってる。
「な… なに…? その顔… どうしたの…?」
あたしは震えが止まらなかった。歯がカチカチ鳴っている。
「いや… 今日許せないことがあってさ…。せっかくだから色々ストレスを溜めてきてみた。お前のために。食べてよ。もう朝の分は… 消化… シタンダロ……?」
“ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…”
ユウの体から真っ黒なエネルギーが噴き出した。
ものすごい憎悪… っていうか部屋が揺れてる!
あんたどこの暗黒騎士よ!!
魔人やデーモンでもこんなオーラ出さないわよ!!
なんで人間からこんなエネルギーが出るの!?
こんなとんでもないエネルギー食べさせられたら今度こそ破裂しちゃう!!
「イヤよ!! お腹いっぱいでもう入らな……」

“ガッ”

「んぶっ……!!!」
またユウがあたしの口に噛みついた。
そして真っ黒でドロドロのエネルギーがあたしに流れ込んでくる。
“ドクン… ドクン… ドクン…”
「!? …んんっ!!! んんんんっ!!!?」
このエネルギー濃すぎ!! 体の中が熱い!! 苦しい!!!

「……ふぅ…。」
ユウがやっとあたしから離れた。
あたしのお腹は真っ黒なエネルギーで山のように膨れ上がっている。
「……………。」
もう喋れない。何を言おうとしても口がパクパク動くだけ。
目の前が真っ暗に…… あ、部屋が暗いんだっけ。
「フフ… アハハハ…… お前は便利だね。日頃の欝憤を晴らす良い道具だ…。フフ… 今日はもう… いいや…。…おやすみ。」
それだけ言うと、ユウは部屋から出て行った。

…たぶん… 体をピクリとでも動かしたらこのお腹は弾け飛ぶ…。

  …お腹が爆発して、痛さでのたうち回って死ぬあたし…

そんな想像が頭の中で膨らんでいった。
きっと明日もあいつはあたしに無理やり食事をさせるんだろう…。
  ――――もしかして明日死ぬのかな…――――
天井を見上げる両目から涙がこぼれ落ちたのがわかった。


4,
「…なんだ… まだ消化していないのか…。」
「ぐ… ぎ… うるさい… わよ…。」
夜が明けて部屋に入ってくるなり、一晩中苦しみに耐えていたあたしに向ってユウは冷たい言葉を言い放った。
「じゃあ、消化が終わるまで待っててあげるよ。今日は日曜日で、休みだからずっと家に居るし。」
そう言ってユウはベッドの横に座った。
あたしを見つめる不気味な笑顔がイヤでも目に入る。
そんな… じゃあ、あたしは巨大なお腹に押しつぶされるようにベッドに横たわる、このマヌケな姿をこいつに見られ続けるってワケ…?
「ちょっと… どっか… いきなさい…よ …ぅ…」
人間なんかにこんな姿を長々見られたくない。…まぁ、いまさらな気もするケド…。
「どっか行く…? やだね。俺はお前に心を食べさせるついでに、お前が苦しむ顔も見たいんだ。」
にっこりと微笑みながらとんでもない事を言うユウ。
こいつの方があたしよりよっぽど悪魔みたいだ。
「あなた… あたしを… どうしたいの…?」
「うん? そうだな…。一番やりたいのは俺のイライラする気持ちを全部お前に食べさせる事だけど…」
そう言ってユウはあたしのお腹に手を置いた。
「こうやって、毎日ありったけの心を食べさせたら、お前がどうなるのかっていうのも見てみたい… かな。さぞ、オモシロイ事になるんだろうね…。今からワクワクしてきた。…クスクス…」
…もうダメだ…。あたしきっと、こいつの魔の手から逃げられないんだ…。
こいつはあたしがたとえ地獄に逃げ帰ったとしても、追いかけてきてあたしを殺す気なんだ…。
「お願い… ゆるして… たすけて… 死にたくない……。」
「殺したりなんかしないよ。俺はお前で遊びたいんだ。オモチャは壊れたら遊べない。だから殺さない。」
…誰かこの子に倫理道徳を教えてあげて下さい…。

ユウは本当に、あたしがお腹のエネルギーを消化し終わるまでずっと見ていた。
あたしが魔法を使うときに顔を歪めたり、お腹の痛さで思わず声をあげる度にクスクス笑い声を漏らすユウは地獄の番犬なんかよりもずっと怖い。 

…昨日と今日で、消化吸収の魔法はすっかりマスターしたのかもしれない。
昨日は一日かかっても半分しか消化できなかったエネルギーが、今日は半日ちょっとでほとんど消化できた。
必死になれば案外なんでもできるようになるものね。
「クスス…。でも、お腹のサイズは変わってないね。」
ユウがあたしのお腹を中指でぷにぷにつついた。
「う… やめなさいよ…。」
あたしはユウの手を払いのけた。
とてつもない濃さのエネルギーを大量に吸収したあたしの体には、そのエネルギーと同じくらい大量に贅肉がついた。
体中がむくんでいる感じ。今まで何も無かった場所に体の一部が広がる感じ。
体が重い。腕を動かすのだってだるいくらい…。
「ヤダ… こんな体… お願い… もうやめて…。」
「やめる? 何を? 心を食べさせてるのは俺だけど、お前がいきなり太ったのは俺のせいじゃないよ。」

そ ん な わ け あ る か。

「お願い… 地獄に帰して…。」
「やだね。さて、今日の分だ。」
そう言ったユウの目と口が裂けるように開いたかと思うと、既にユウはあたしの口に噛みついていた。
“ドクン… ドクン… ドクン……”

―――あたし、もうダメなんだ…―――
この人間はどうしてこんなに危ない奴なのさ…
この人間はどうしてこんなに真っ黒なのさ…
だれか、こいつを何とかしてよ……。

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