なつみの体重の減少はその後も続いた。
 デブからポッチャリになり、そして普通レベルと言われてもおかしくないほどになった。もともと可愛らしい顔つきだったなつみは、痩せてさらに美人になり、ちやほやされるようになった。数日のうちに、誰もがうらやむスタイルを手にしていたのである。

 それでいて、食べても食べても体重は増えない。
 なつみの望んだ、「食べても太らない体」は見事になつみのものになった。

 いざ、自分の思い通りになり、周りからもてはやされると、あきえのことなど、いつの間にかなつみの頭からすっかり消え去っていた。


 食べても太らない体を手に入れて、なつみは変わった。
 自分に自信がつき、生活スタイルはもとより、性格まで変わった。

 食べるのが大好きなのは相変わらずだから、食べても太らないのをいいことに、以前に増してなつみは大食いになった。
 週に1回は、安価なバイキングに出かけ、お腹一杯に満足するまで食べた。近くの定食屋の、大盛りチャレンジにも挑戦し、そして賞金を得た。そして、その賞金を使い、さらに念願の食べ放題ライフを満喫したのである。

「今日の晩御飯、○○屋にしない?」
「えっ、あそこって量多いんだよね? なつみは食べられるの?」
「私なら大丈夫よ」
 定食屋では常に大盛り。しかも、デカ盛りと称されるような特大盛りの店をよく好んだ。付き添う友人は、最小レベルでも食べきれず、いつも完食するなつみにあきれた。
「なつみ…… よくそんなに食べてその体型でいられるわね」
「私、痩せの大食いなのよね~」
 当然、間食も欠かさない。大好きなクッキーやチョコをひたすら買っては、足りなくなったお金はバイトと賞金付き大食いで稼いだ。

「負けたよ…… お姉ちゃんすごいねぇ。はい、賞金。」
 大盛り有名店の、幾度と無く大食いの超人が挑戦して玉砕してきた最上級の大盛りメニューも、ギャル曽根よろしくあっさりクリア。妊婦のようにお腹を膨らませながら、満足顔で賞金を受け取るのだった。

 食べても食べても、太らない。それどころか、体重は痩せ気味を維持したままである。
 お金にも困らない。食べれば食べるほど、お金は手に入れることが出来る。
 周りからちやほやされる。食べたいものも好きなだけ食べられる。

「あ~幸せっ!!」

 あの夜の願い事や、あの日の友人の姿など、
 もはや欠片も残っていなかった。


 何週間も経った、ある朝。

「……あれ?」
 モデルしか履けないような、細いジーンズ。足を挿れたなつみは違和感を感じた。
「きつい…?」
 すんなり上がるはずの、ファスナーが上がらないのである。
「太った…? それともむくみかな?」
 特に気にすることなく、タンスの中から、1つサイズの大きいものを出して、履いた。

 次の日。

「……ん?」
 またジーンズのファスナーが上がらない。昨日、1つサイズをあげたジーンズだ。なのに、今日もまた上がらなくなっていたのだ。
 さすがに不審に思い、なつみは体重計を出した。痩せてから、もう増えることは無いと思い、再びしまわれていた体重計だ。

「うそ……」 
 ずっと50kgを切っていた体重。しかし、いまは60kgを越えていた。ヘソの周りに、わずかに柔らかいものが触れる。
「おかしいな… ちょっと食べ過ぎたかな…」
 その日、なつみは食べ放題を、少しだけ自重した。

 また次の日。

「なんで?!」
 63kg。昨日よりも3kgも増えている。これは到底普通ではない。
「どうしたの? なんで?! …………!!」
 なつみは、ようやく思い出した。

 自分がこんなに痩せたのは、あの願いのおかげだと。
 そして、その願いとは、小食のあきえと、大食の自分の、摂取エネルギーを交換するものだということ。
 あきえのエネルギー摂取量が少ないから、自分が痩せたのだ。今回、自分が太った、ということは……

「……あきえの食事量が増えた?」

 なつみは、急いであきえの電話番号を押した。しかし、どれだけ待っても電話に出る気配はなかった。
 他の友人にあたってみても、県外に出ていたり、忙しかったりで、あきえの今の様子を知るものは誰もいなかった。それどころか、居場所すらわからない。誰も、実家すら知らなかった。

「どうしよう…… あきえに食べるのを控えてもらわないと…」


 それから、なつみはあきえを探した。

 いろいろ交友関係をあたったが、それでもあきえの居場所はつかめなかった。デパートの服売り場や、同窓会のあった店、高校など、思いつくところはすべて訪ねた。
 しかし、手がかりはなかった。

 日増しに、なつみの体重は増えていく。
 1週間後には、80kgを突破した。以前太っていたなつみには、懐かしくもあるが、当然、それ以上に忌々しい数字であった。すっきりとした顎は再び2重になり、腹の肉もぶよぶよとつかめるようになってきた。
 以前の服を取っておいたので、服に困ることは無かったが、そんなこと、なつみにはちっとも嬉しくない。

 100kg手前だった体重が、数週間もしないうちに50kgを切るまでに減り、また、元の体重に戻ろうとしている。
 ここまで劇的に変化すると、周りの友人たちもさすがに奇妙だと思い、なつみから距離を置くようになった。痩せてるのに食べ放題という事をうらやんでいた者からは、自業自得と影で罵られた。

 しかし、なつみはそんなことに耳を貸す暇は無かった。
 一刻も早くあきえを見つけ、食べるのを止めさせないと、自分がどんどんと太ってしまう。


 やがて、なつみの体重はついに以前よりも重くなってしまった。
 その次の日には、あれほど嫌がっていた3桁の大台を、軽々と突破してしまった。
 もう以前の服すらも入らない。あきえを探す片手間、なつみは服の買い物を余儀なくされた。

 日に日に重くなっていく体に、ノイローゼ気味になったある日、一本の電話があった。
「なつみ! あきえの居場所知ってるよ!」
「ほんと?! どこ?! 今なにしてるの?!」
「それが……」

 友人の話によると、あきえは某市の自宅アパートに、ここ最近ずっと引きこもっているのだという。外を出歩かず電話も出ないため、誰も居場所がわからなかったのだ。

 なつみは、教えてもらった住所へ飛び出した。全速力で行きたかったが、何せ100kgを越えた体重である。走っても、すぐに息が切れる。
 周囲に暑苦しさをばら撒きながら、電車を乗り継いで、なつみはあきえのアパートへと向かった。

 ピンポーン…… ピンポーン……
「あきえ…! あきえっ!」
 どれだけチャイムを鳴らしても、ドアを叩いても、中から反応は無い。郵便受けの広告も溜まりっ放しだった。

 ガチャガチャ…… ガチャリッ
「あ、鍵が開いてる……」
 なつみは、そっとドアを開けた。
「……あきえ?」
 瞬間、なつみの鼻を異臭が突いた。食べ物の甘い匂い、辛い匂い、酸っぱい匂いと、汗臭さ、生臭さが混じった、なんとも形容しがたい異臭だった。
全力で駆けつけた、100kgのデブの汗の臭いなど、瞬間にかき消された。

 中は電気もついておらず、薄暗い。窓もカーテンも開いていないようだ。

「!!」

 暗闇に目が慣れたなつみが見たものは、開け放した冷蔵庫の前で床に座り込み、お菓子の袋やらペットボトルやらの空容器の山に埋もれた巨大な人間だった。
おそらく200kgは軽く越えていそうな巨体は、なつみに目もくれず、ひたすら食料を口に放り込み続けている。
 両手を油やクリームでこれでもかというほど汚し、顔も、服も、髪の毛までベトベトである。おそらく何日も着替えていないのだろう、服は食料の汚れと汗でシミだらけだった。
 ベトベトの腕は太もものように太く、食べ物を吸い込む顔は脂肪でパンパンになり、2重顎なんてもんじゃない。腹も胸も丸々と前に突き出し、座った体勢でまるでテーブルのように作用している。
シミだらけの服から、ブクブクとした腹が自己主張をしている。その腹も、またベトベトになっていた。
 もはや、そこにいる人間が誰かは全くわからない。いや、人間かどうかもすでに怪しい。胸の膨らみ方と髪型から、女性だとはわかるが。
「………あ、あきえなの?」
 全く反応せず、あきえらしき肉の塊は、次々に食べ物を運び続けている。

 あきえの居場所を教えてくれた友人が、あの後、続けて言った言葉を思い出した。


「あきえ、ある日突然太りだして。食べる量は前の小食のままなのよ。最初は特に気にせず、変だな、で済ませてたんだけど、とうとう100kgを越えて…… それでも体重は増える一方で、医者に聞いても理由がわからないし…… あの子、おかしくなっちゃったのよ。食べてないのに太るもんだから。それで、過食症になっちゃったのよ。小食だったあの子がよ。信じられる?それから、ずっと家に引きこもっちゃって…… 家に行っても出てこないし、電話も出ないし……」


 目の前で、ただただ食料をむさぼり続ける肉の塊。
 かつて、ガリガリだった友人の姿。

 食べても太らないと知った日から、なつみは、驚くほどの暴飲暴食を何週間も繰り返してきた。それだけの脂肪が、すべてあきえに付いてしまったのである。

  これ、私がやったの?
  私が食べた分のエネルギーが、あきえに行っちゃったの?

  私のせい……?

「……やめてよ」
 ほとんど泣きそうになりながら、なつみは言った。
「もう、やめてよ! お願いだから食べないで!」
 なつみはあきえにしがみついた。それは、自分がこれ以上太りたくないとか、そんなことではなかった。(多少はあるが…)
 自分のせいで変わり果ててしまった友人を、見ていられなかったのだ。
「もう食べちゃダメ、食べないでぇ……!」
 無言のまま、あきえは100kgを越えるなつみの巨体を力いっぱい振りほどいた。女性の力とは思えない強い力に、なつみは投げ飛ばされた。
そして、あきえは目の前の袋を食べつくすと、次は隣の袋を漁り始めた。彼女に、なつみは完全に見えていない。


「ひっく……うっ…あぎえ゛……」

 もはやどうすることも出来ない。
 自分のせいで変わり果てた友人は、容赦なく自分を太らせていく。この瞬間も、なつみには肉がついているようだった。朝着てきた服が、少しずつきつくなってきているのがわかる。

「……あ」

 なつみの脳裏に、神社が浮かんだ。
 あの日、私が願い事をした、あの神社。あそこに行けば、願いを解除できるかもしれない。なんとかできるかもしれない。

 なつみは、急いでアパートを後にした。
 あきえは、そんなことお構い無しに、食べ続けていた。


駅へ飛び込んだなつみは、急いで、あの日乗った路線に飛び乗った。帰宅のために降りるいつもの駅を通過し、やがて列車は街を抜け、田園と森林地帯へ入った。
いつのまにか太陽は沈み、夜が訪れようとしていた。やがてあの夜の無人駅で、なつみは降りた。

 あの日と、何も変わっていない。駅には人の気配が無いし、駅前には灯も無い。

 息を切らし、なつみは走った。朝より明らかに重くなっている体が、事態の深刻さを物語る。朝にはピッタリだったシャツから、しっかりと、柔らかな腹肉が覗く。
 林の中の灯は、あの夜と同じようにあった。そして、なつみは駆け込んだ。


 誰もいない、薄暗い神社。あの日はただ恐怖に怯えていたが、今日のなつみはしっかりと立って、
「神様! 私の願いを叶えた神様! 出てきて!」
 叫んだ。静寂の林に声がこだまし、そして再び耳が痛くなるほどの静寂。

 風が、吹いた。

「お前か」
 あの日の少年が、同じように現れた。仁王立ちで、恐ろしいほどになつみを睨んでいる。
「この前の、私の願い、あれを無かったことにして欲しいの! 元に戻して欲しいの!」
「できん」
 きっぱりと、少年は言った。
「あの日、身勝手な願いをし、友人をめちゃくちゃにしたのはお前だ。お前の力で何とかするんだな」
 風とともに去ろうとした少年の袴の裾を、なつみは必死に掴んだ。100kgを越えた巨体とは信じられないほどの早業だった。
「まだ何か用か?」
「お願い…… なんとかしてよ… あきえには申し訳ないことをしたと思ってるし… 大変なことをしたって、わかってる…… でも、あの子には、何も関係ないのに、私のせいであんなになっちゃって…、私、わたし、どうしたら……」
 泣きついたなつみに、観念した少年は大きなため息をついて、
「……方法は1つだけある」
「えっ…?」
 なつみに向き直り、威厳のある、静かな声で少年は告げた。
「1度叶えた願い事を、全て元に戻す、唯一の方法だ。それは、」
「………」

「願いを叶えたことによって生じた利益、損害、全て、自分で被ることだ」

「!」
「今回、お前は願い事をし、それにより、利益がお前方に生じ、損害が相手方に生じた。利益はすでにお前が被っているので、相手方の損害を全て被ることにより、願い事は解消される。プラスマイナスをゼロにするわけだ」
「……それで、あきえは元に戻るの?」
「すっかり元通りになる。ただ、受けた心の傷や記憶までは消せないが。どうだ?」
「あきえが、元に戻るなら」
「よし、了解した」

 風が、林を包んだ。今までに無い、強い風だった。
 しばらく木の葉を散らして舞った後、なつみを気絶させ、風は止んだ。

 少年の姿も、同時に消えた。


 風が止んでから数秒。
 意識を失い、倒れこんだなつみの体に、異変が起きはじめた。

 100kgを越える肥満体が、さらに膨らみ始めた。朝からの増量で小さくなっていた彼女の服が、さらに小さく見えていく。
 覗く程度だった大きな腹肉はずんずん膨らみ、服を押しのけ、完全に露になった。同時にズボンのボタンが弾け、ファスナーも壊れる。
 それでもなつみの膨張は止まらない。大根のような足も、2回り、3回りと太くなり、ジーンズを破いた。むくむくと膨れ上がる二の腕はシャツを破き、通常の人の太ももを軽く越える。胸もだらしなく膨らみ、辛うじて残っていた首は下から胸に、上から顎肉に隠された。
 かわいらしいおデブちゃんだったなつみが、ただの肉の塊へと変貌していく。

 数分間に渡り、膨張は続き、なつみの全ての服を破壊して、やがて止まった。 



 数日後。

「あれ? あきえ久しぶりだねー!」
 街で、笑顔で友人に会うあきえがいた。
「今まで何してたの? それに、前に会ったときは急に太ってたけど、もうすっかり元に戻ってるじゃん」
「あ、うん。そうなのよ~」
(一体なんだったのかな……)

 急激に太り続ける体に発狂まがいになり、自宅に引きこもって過食し続けていたはずの自分が、ある日目を覚ますと、元の体に戻っていた。恐る恐るおなかを触ると、以前の平らなおなかがあった。
夢かとも思ったが、食い散らかした部屋は目の前に確かに在った。自分でもわけがわからなくなり、医者にかかったが、全く健康だと言われた。

(おかしーな…)
「あきえ?」
「えっ? あ、うん、なんでもないよ~」

 あきえと友人は、コンビニに立ち寄った。そこであきえが手にした雑誌には、『怪奇! 神社の肥満女の謎!』 との見出しが載っていたが、あきえは気づかなかった。



 なつみが再び神社を訪れた次の朝、地元住民が、神社の境内で横たわる、巨大な物体を発見した。住民は驚いてよく調べると、それは極限まで肥満しきった人間であるとわかった。
 一糸纏わぬ丸裸で、荒々しく息をしている。すぐに病院へ連絡し、救急車がかけつけたが、あまりの重さにどうすることもできず、重機が出動するハメになった。
 病院に運び込まれたその巨体は人間の女性で、体重は300kgを越えた。あまりの重さに、女性は自分では動けず、荒い息を繰り返すばかりだが、それでも、猛烈に食べ物を欲し、与えられた流動食を飲み続けた。少しでも流動食が切れると発狂しそうになるので、つねに食料は与えられた。おそらく、精神異常をきたしていて、食欲以外頭に無いのだろう。
 女性の身元も、年齢もわからない。どこから来たのかも、どうしてこんなに太ったのか、どうやってあの神社に来たのかも、誰にもわからなかった。

 あの夜、願いを解消するため、なつみはあきえが被った損害を全て受け止めた。
 願いのせいで増えたあきえの体重がそっくりそのまま追加され、さらに、過食症に陥った彼女の狂ったような食欲も受け止めた。以前からの自分の食欲にそれが重なり、今のなつみはただの食の亡者であった。猛烈な食欲で食料を取り込み続け、なつみは更に太り続けた。

「自業自得、……か」
 肉塊が発見されて以来、オカルトマニアが度々訪れ、少し潤った神社で、少年がつぶやいた。



「都会を離れた、寂れた神社でわがままな願いをすると、怒った神様に、ブクブクに太らされるんだって」
「何それー」
「都市伝説よ、都市伝説。それで、自分勝手な願いをしたひとりの女性が、人知れないとある病院の奥の病室で今でも太り続けてるんだってー」
「こわー………ところでさ、アンタさっきから食べすぎじゃない? また太るよ?」
「うっ……あーあ、食べても太らない体が欲しいなぁ……」



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