「 彼女―… リグル・ナイトバグが最初にその異変に気づいたのは十日ほど前のことだった。
 蟲たちの様子を見回っている最中に大きなお腹でヨチヨチ歩いている蟻を見かけたのだ。
 いよいよ梅雨も明け、季節は彼女たち蟲の一族が最も活動的になる夏である。
 蟻が素嚢いっぱいに食料を蓄えているのを見ても別段 不思議なことではない。
 だが、彼女はその光景に何か言い知れない違和感を覚えたのだった。
 しかし、一体何がおかしいのか分からない。分からないことを考えていても仕方のないことだ。
 結局そのときは来たる繁忙期に向けてピリピリしているだけだろうと片付けた。

 その単純な判断を彼女は悔いることになる。

 翌日には蜜蜂が、翌々日にはハナムグリ、翌々々日にはハムシ、翌々々々日には……
 日を追うにつれ蜜を蓄える能力を持たない蟲までもがはちきれんばかりに腹を膨らまし出したのだ。
 そして、つい三日前に悲劇は起こった。異変解明に飛び回っていた彼女が見つけたものは、
 無残にも腹部をパンクさせて絶命した蟲たちのおびただしい数の死骸である。
 不幸中の幸いは異変が幻想郷全土には広まっていないことだった。
 異変は幻想郷でもほんの限られた地域でしか起こっていなかったのだ。
 また、被害にあった蟲には共通点があった。
 その共通点は 植物から糧を得ることが出来る蟲 ということだった。

 中でも蜜を吸うような蟲の被害が一番大きいことに彼女は気づいていた。
 例えば蟻―… 彼らの仲間には雑食性のものが多い。
 他の昆虫を喰らいもすれば、花の蜜を舐めもする。
 ふと思い返してみると 異変の起こっている地域に巣を構えている蟻でも、
 どんな餌を求めて行動していたかによって命運が変わっているように思える。
 森へ狩りへ行った者は無事で、花の蜜を集めに行った者は変死しているのだ。

 正直 彼女の頭はそんなに良い出来ではなかったが、それでもここまで判断材料が集まれば推理は出来た。
 この異変の黒幕が誰なのかが見えた途端、その目的までもが想像出来た。
 予想の域を出てはいないが事実だとすれば酷い話があったものだと、彼女は憤る。

 そして―…





「―…風見幽香!」

 リグルは太陽の畑で大声を上げた。その様子は里の人間から見れば自殺行為に映ったろう。
 太陽の畑を始めとする幻想郷中の主要な花畑を縄張りにしている“風見幽香”は妖怪にさえ恐れられる大妖怪だ。
 歳若い妖怪のように精力的に人間を襲うことはないが、その機嫌を損ねたならば結果は目に見えている。
 散々いたぶられた挙句、ボロ雑巾のようにされてポイだ。
 人間よりずっと丈夫だとは言え、リグルのような弱妖の敵う相手ではない。
 本人もこれだけ無謀なことをしているが、そのことはよく分かっていた。
 しかし、それでも譲れないことはある。死ぬかもしれなくても許せないことはある。

「風見、幽香ぁっ!!!」

「騒々しいわね。聞こえているわよ、おチビさん」

 果たして、身の丈を越す立派な向日葵の群の中から大妖怪は姿を現した。
 小物を相手にするなんて面倒臭い… とでも言いたげな気だるそうな仕草。
 だが、日傘の下でその口許は笑みの形を作っていた。
 まるで彼女がここにやってくることを待っていたようでもある。…それもそのはずだ。

「一体どういうつもり!? 言いたいことがあるんなら私に直接言えばいいのに!」

 あの異変は幽香がリグルを自分の下へ引きずり出すために張った罠なのだから。
 ただの予想でしかなかったその考えは、幽香の態度を見て確信へと変わった。

「貴女がずいぶんと暢気なものだから。もっと早くここへ至ると思っていたのにね。
 その分、退屈だったからついエスカレートしちゃったのよ。ごめんなさいね」

 幽香はこともなげに言い放つ。
 確かに最初に違和感を覚えた時点で行動を起こしていれば被害は少なくて済んだはずだった。
 しかし、まだ幼く経験の乏しいリグルにはそれが出来なかった。
 痛いところを突かれた彼女は 唇を噛み 頬を紅潮させて黙ってしまう。
 だが、だからといってこんなことが許されるわけがないのだ。

「だから! 私に用があるなら直接言えばいいじゃない! みんなを殺す理由なんてどこにあるのよ!」

「それがあったのよ。大妖怪と名高い風見幽香さんにも得手不得手はあってね。
 ふぅ、魔法っていうのはやっぱり私の性に合わないわね、まどろっこしくて。
 その加減を覚えるためには多少の犠牲が必要だったのよね」

「魔法の加減…?」

 リグルは訝しげに眉をひそめる。幽香は魔法や妖術よりも肉弾戦を得意とするタイプの妖怪ではなかったか。
 彼女の疑問も最もだ… と、幽香が肯定の意味で笑って頷く。

「退屈だったのよ。最近は霊夢も何かと忙しいみたいだし。
 それで新しい遊びを考えることにしたの―… 出ていらっしゃい、ハナちゃん」

 幽香が背後の向日葵畑にペットでも呼ぶように声をかけた。
 一拍置いて足元に振動が伝わってくる。

「…………………へ?」

 先ほどまでの憤りはどこへやら、リグルの口から間の抜けた声が漏れる。
 仲間を嬲り殺された怒りもうっかりすっ飛ぶほど“ソレ”は異様だったのだ。

「どうかしら、魔法植物のハナちゃん。貴女のために作ったのよ(はぁと)」

「な、な、なんだそれーーーっ!?」

「だからハナちゃんだってば」

 幽香の後ろから出てきた“ソレ”…… ハナちゃんは主の声に反応してユラユラと身をくねらせた。
 丈はリグルの身長の倍ほどもあり、てっぺんには毒々しい真紅の花がまるで頭のように咲き誇っている。
 巨大な花を支える茎は太く、そこからは葉ではなく触手のような蔓が何本も生えていた。
 根っこで地面を這い回ることまで可能らしい。これでは植物の格好をした妖怪である。

「お気に召さなかったかしら?」

「召すかーっ! …花は好きだけどこんな悪趣味なのは勘弁よ!」

「あら、酷い。この子は自信作だったのにぃ。でもね―…」

「―…っ!?」

 急に足元を掬われてリグルは尻餅をつく。いつの間にかハナちゃんの触手が足元へ伸びていた。
 とんでもない力でズルリ…ズルリ…とそちらへ引き寄せられていく。
 何とか逃れようと足首を掴む蔓に爪を立てるが、それは柔軟なくせに硬い。
 抵抗虚しく幽香のすぐ目の前まで引き摺られてしまう。恐怖に血の気を失ったリグルと対照的な大妖怪の笑顔。

「貴女、甘い水は好きだったわよね?」





 太陽の畑の昼下がり。厳しい日差しの中でリグルは吊るし上げにあっていた。
 幽香はというと日陰でのんびりと冷たい紅茶を飲んでいらっしゃる。
 最初は「放せ」だの「下ろせ」だの「人でなし」だの大騒ぎしていたリグルも今は黙りこくっていた。
 夏には強いリグルだが彼女は夜行性だ。蛍も昼間は強い日差しを避けて草むらに潜んでいるものである。
 あまり声を張り上げては無駄に体力を削ることになると気づいたのだ。そうでなくとも消耗する状況なのだから。
 既に喉の渇きは限界に達していた。大妖怪に捕獲されたという恐怖感が余計な汗まで流させるせいもある。
 少しでも体温を下げたいという本能か、無意識のうちに舌を出して息をしてしまう。

「まるで犬のようねぇ」

 ふいに幽香が立ち上がった。飲みかけのグラスをリグルの口元にスィと差し出し微笑む。
 野妖怪のリグルには紅茶の品種など分からないが、良い茶葉を使っているんだろうなと思わせる豊かな香りがした。

「…飲みたい?」

「その気なんて… ないくせに…っ」

「その小さなプライドを捨てて子犬のように哀願してくれたらあげないこともないわ」

 満面の笑み。とことん性根が腐っている。
 しかし、強がり続けるだけの余裕はもはやリグルには残されていない。
 仲間たちの仇を取るのであればここでミイラになるわけにはいかないのだ。

「……さい…」

「なぁに? 聞こえないわよ」

「く…… ください…… おねがい… します………っ!」

 悔しげに乞う少女を前に幽香の嗜虐魂は燃え上がった。

「あはははは! 良い子ね、人妖素直が一番だものね。
 でもこれはあげない―… もう、そんな顔をするんじゃないの。
 これにはお砂糖が入ってないもの。貴女に苦い水は合わないでしょう。だから…」

 幽香がパチンと指を鳴らすとリグルを吊し上げていたハナちゃんが動き出す。
 目の前に恭しく触手のうち一本伸ばされると、幽香は妖力で爪を鋭くするとそれに傷を刻んだ。
 傷口からは薄い琥珀色の液体があたかも血のようにトロリと滴り落ちる。
 幽香は指先でそれを掬うとリグルの唇に滑らせた。反射的に舌で舐め取ったリグルが目を丸くする。

「…甘い。…これ、蜜?」

「そうよ、ハナちゃんは吸い上げた水を蜜に変えて蓄える力があるの。
 貴女の可愛い蟲たちが摂っていたのはこの子の蜜や葉よ」

 それはこの世のものとは思えない味わいだった。
 ほんの一舐めしただけだというのに脳がじんと痺れる。あれが舐めたいと渇望してしまう。

「小さな蟲たちには刺激が強すぎたようだけど、妖蟲なら何とか耐えられるでしょ。
 さぁ、召し上がれ。たーんとね……!!」

 言うが早いか触手を引き千切るとその先端をリグルの口に押し込む。
 幽香はあの無惨な姿にされた蟲たちと同じことをリグルにやろうとしているのだ。
 冗談じゃない! そう叫びたくても触手をくわえ込んだ口では呻き声しか出せない。
 吐き出してしまえばいいのだが、理性とは裏腹に本能は溢れ出る蜜を欲してしまう。
 自然に溢れてくる量ではとても満足出来ず、母親の乳房に吸い付く赤ん坊のように蜜を絞り出そうと必死になる。
 チュクッ  チュッ  チュパ  …淫靡な音を立てて喉の渇きを潤していく。
 しばらくその様子を楽しげに眺めていた幽香がふいに口を開いた。

「うん、そろそろね」

 するとハナちゃんはリグルに授乳しながら移動を始める。向かうのは花畑の脇を流れる小川だ。
 まさか。まさか。 朦朧と蜜を吸っていたリグルに戦慄が走る。その顔を見て幽香はにこりと笑んで、

「そのまさか、よ」

 ハナちゃんの根を小川へ垂らした。
 直後
 凄まじい勢いで蜜が出始めた。まるで蛇口を全開にしたような勢いだ。
 明らかに飲み込むペースを超える水量に、リグルの口の端からはダラダラと蜜が溢れ落ちてゆく。
 挙げ句に「お行儀が悪いわよ」と幽香に喉の奥まで触手を押し込まれたリグルは声にならない悲鳴を上げた。

「ふ…っ、ふぐっ、う… うぅっ、…ぐ…ぇっ」

 胃袋に直接流し込まれていく大量の蜜。そのあまりの苦しさに涙がこぼれる。
 あっという間に許容オーバーを迎えたリグルの腹はまるで水風船のように膨れ出し、ブラウスを捲り上げ、ズボンをずり下げる。

「安心なさいな。さっき渇きを癒やしていた間に蜜が孕んだ魔力で貴女の胃袋は強化されてるはずなの。
 そう簡単には破裂したりしないから、たっぷり味わってちょうだいね(はぁと)」

 幽香の言葉通り、地獄のように苦しいが腹は破裂することなく膨れ続けている。
 永遠にも感じられる拷問の時間が過ぎ、やがて幽香がゆっくり手を上げると蜜は止まった。

「ね? ちゃんと加減を覚えたでしょう」

「う…… ぷ…、ぐぇっぷ…」

 ようやく口から触手が退いたものの、何か言おうとしてもゲップしか出せず、
 ろくに身動きを取ることも出来ない(拘束されたままなので動けないのもある)
 もしも動けたなら胃の中身がだっぷんだっぷん音を立てることだろう。幽香は満足げにリグルの風船腹を撫でてやる。
 そして、小さな異変に気が付いた。薄い膜のように張った腹が少しずつ柔らかく変化していることに。

「あら? ハナちゃんたら新しい能力でも得たのかしら。
 それとも貴女が極端に太りやすい体質なのかしら」

 それはあまり早い変化ではなかったが、しかし目に見えるほどのスピードで進行している。
 胃に蓄えた蜜が次々に脂肪へ変わっているようだ。
 それまではパッツンパッツンに張った腹に押し広げられていた下着が、今度はぶよぶよにたるんだ柔らかな贅肉に食い込むようになり。
 それまでは腹だけが膨れているという歪なシルエットだったのが、二の腕や太ももまでみっちりと肉を付け太くなり。
 それまでは愛らしいままだった顔にまで脂肪がまとわりついてボテッと丸くなり、立派な二重顎が形成され。
 気が付けばでっぷりとした少女にすり替わってしまっていた。絡みついた触手が肉に食い込み何ともいやらしく、そそられる。

「予想外の展開だけど… なかなかじゃない。
 どうやら胃の中は空になっちゃったみたいね?
 これならまだまだおかわりができそうね」

 たぷたぷと無遠慮にリグルの三段腹を叩いて意志確認をする。もちろん意志確認といっても拒否権などないが。
 では早速… と触手に手を伸ばした瞬間にソレは起こった。

「―…な……?」

 幽香は自らの脇腹に走った鈍い痛みに僅かに端正な顔をしかめた。
 何が起こったのかと視線を落とす。リグルが未だ苦しそうな声音で告げるには、

「…蟲の一族を舐めてかかったあんたの負けよ、風見幽香…!」

 脇腹に突き刺さっているのは彼女の中脚だった。普段は人間への擬態で隠れている部分だ。
 ズルリと引き抜かれたソレには意外に鋭い爪が備わっている。しかし、

 しかしだ、

「くく…、あはははは!!この程度で勝利宣言だなんて可愛らしい!
 妖怪の再生力を、妖怪である貴女が知らないわけもないでしょうに。
 ほぅら、もう傷は塞がっちゃったわよ。
 でも、お気に入りの服に穴を開けられたのは癪ねぇ。
 お仕置きをしてあげなくちゃ―……… 貴女、何を笑っているの?」

 最後の抵抗が虚しく終わったことで気でも触れてしまったのか、そう思った。
 だが、妖蟲の少女はしっかり幽香を見据え笑みさえ浮かべると今度こそハッキリと告げた。

「あんたの負けだって言っているのよ、風見幽香! 肉を切らせて骨を断つ、だわ!
 …それともこの場合は肉を押し付けられたからやり返す、かしら」

「だから… 貴女は何を…………っ!?」

 セリフを言い終わることもなく、天下の大妖怪は地に片足をつき ガクガクとその身を震わせる。
 先ほどリグルに貫かれた辺りが激しく熱を持ち始めたのだ。それは全身へと巡っていく。
 ハナちゃんの制御もままならなくなり、ついにはリグルの拘束は解かれてしまう。
 どすんと鈍い音を立てて地面に放り出された少女はお尻をさすりながら幽香の傍へ歩み寄った。
 既に体の自由が利かずに荒い息をするばかりの幽香の頬を鷲掴みにする。
 そして、その手が幽香にとって意外な感触をもたらした。むにぃっと大量の頬肉が掴まれる感触だ。

「ふふふ、これなーんだ。 分からないの? そうだよね、身に覚えがないもんね」

「な……………、あ……、あぁぁ………」

「わっ、凄い。ほら、あっという間に私の手には余るようになっちゃった。
 今、自分がどんなことになっているか、興味がないかしら?」

 頬肉を鷲掴みにしたリグルの指の間からはミチミチと肉が溢れていく。
 ついにはその小さな手では掴みきれなくなってしまいリグルはやっと幽香を解放した。
 そして、力一杯に幽香を引きずって小川のほとりへ突き出してやる。

「見てみなさいよ、いい眺めだわ。 うー…、かくいう私も随分なんだけどさ…」

 幽香の目に飛び込んできたのは見る影もなくなった自分の姿だった。
 ぱっちりとした目は肉に押しやられて随分細まってしまっている。
 リグルにはまだ辛うじて首が存在したが、幽香にはそれがない。まるで顎と一体化してしまったように見える。
 ささやかな胸の少女が多い幻想郷では羨望の眼差しで見られることが多かった自慢のバストは大変なことになっている。
 たっぷりと脂肪を蓄えスイカのように巨大化し、自重に耐え切れず垂れてしまった。
 だが、そんな無惨な胸を支えてくれる更に巨大な腹がその下にはあった。
 二段とか三段などという生易しい腹ではない。醜い肉の割れ目がそこかしこに形成されている。
 当然、そんな肉塊を包み込んでくれる頼もしい服などなく、今の幽香は巨体を惜しげもなく日の下に晒している状態だ。
 しかも、この肥満化は未だに収束しておらず、ジワジワと肉の量は増え続けているのだ。
 水鏡に映る姿は刻一刻と醜く醜く肥え太ってていく。

「ひ………、あ………、いや…………、何よ、何なのよこれぇ………っ!?」

 これが自分だなんて認めたくない。目を逸らしたい。この場から逃げ出したい。
 しかし、肉に埋もれた短い足では既に移動は不可能だった。
 這ってでも離れたかったが腹がつっかえてしまって腕を地面につけることも難しいだろう。

「カプセルに守られた状態で体内に仕込んでも影響を受けて太りやすくなる薬だもん。
 体の中で握り潰したらどんなことになるかと思ったけど、正直これは想像を絶するなぁ」

 そう、リグルだって何の勝機も無しに幽香に申し立てしに来たわけではなかったのだ。
 幽香が何らかの方法で自分さえも他の蟲たちと同じ目にあわせてくるだろうことは予想済みだった。
 だから、隙があらば相手を同じ目にあわせてやろうと企んだのだ。場合によっては刺し違えてでも。
 正直に事情を話し熱心に頼み込み、永遠亭の薬師に凶悪な威力の肥満化薬を処方してもらったのだ。
 目的以外のことに悪用はしないと約束して、全財産をはたいて、それで一粒。
 それでもよく許可をくれたものだと思ったが、相手が風見幽香ならば命に別状はないと判断したのだろう。
 (リグルの 嘘をつくには少々不器用すぎる性格も 信じてもらえた一因なのだろう)
 失敗は許されない一か八かの作戦だが、敵が自分を完全に舐めていたお陰でうまくいった。
 今や大妖怪、風見幽香は生きているだけの肉達磨だ。
 それでも長い時間をかければ元の姿に戻ることは出来るはずである。

「でも」

 汗臭い肉塊に抱きつき、愛しむように肉を揉み解しながら、リグルは笑う。

「せっかく大妖怪様が私の手に落ちたって言うのにほったらかしなんて酷いことは出来ないよね。
 安心して、蟲と花とは持ちつ持たれつの関係だもん。ちゃんと養ってあげるからね。
 さぁ、これから忙しくなるぞ。この最高の状況を保つためには夏の間にしっかり稼がないとね!」

 蟻とキリギリスの蟻よろしく、蟲のお姫様は突き抜けるような蒼天に高らかに決意をするのだった。








 ―………という夢を見たのよ」

 彼女―… ミスティア・ローレライは目の前に座る少女に視線で感想を促した。
 目の前の少女―… リグル・ナイトバグは憮然とした表情で麦酒を飲み干し、

「測定不能」

 とだけ言うとグラスにおかわりを注ぐ。その態度にミスティアが不満そうな声を洩らした。

「えぇー、我ながら独創的な夢だと思うのにー。リグル格好よかったよー?」

「みすちーがそういう趣味だったってことはよーく分かった」

「まぁ、趣味と実益を兼ねてて良いわね、この屋台も。ところで串揚げの方のおかわりはいかがですかー♪」

「ん、それじゃお願いする。……………趣味の餌食にならないように気をつけとこ」

「いやねぇ、これだけおかわりしといて気をつけるって。ダ~イエットは来世からぁ~♪」

「やかましい」

「でも、面白い話じゃないの」

「「 風見幽香!? 」」

 二人きりのじゃれあいに唐突に割り込まれて弱妖二匹は素っ頓狂な悲鳴を上げた。
 ふと気づくと風見幽香その人がリグルのすぐ隣に腰掛けていたのである。

「い…、いつからそこに…!?」

「ここに座ったのはついさっきだけど、話を聞いていたのは最初からよ」

「あわわ、わざとあんな夢見たわけじゃないわよ!? 不可抗力よ!?」

 夢の中とは言えメチャクチャに醜くしてしまったことを本人に知られて怯える夜雀に幽香は面倒臭そうに手を振る。

「西行寺のお嬢様でもあるまいし、獲って食ったりしないわよ。
 私ほどの大妖怪は悪口も噂話も幻想郷中で飛び交うの。いちいち構ってられないわ。
 それに今ここで貴女を絞めてしまったら鰻が出ないでしょうに」

 そう言われてリグルに出す予定だった串を慌てて幽香に差し出すミスティア。
 リグルも文句は言わない…… というか言えない。
 代わりに恐る恐る挙手すると、聞くのも怖いが… といった様子で幽香に訊ねる。

「あのぉ、さっき“面白い話”って言ったのは、まさか幽香さんに太りたい願望があるとか……?」

「馬鹿ねぇ、そんなわけがないでしょう。その逆よ」

「うわぁ、やっぱりーーーっ!!!」

 不穏な答えを聞いたリグルが光の速さで長椅子の端まで距離を取る。

「妖怪に精神的攻撃が利くのは私も良く分かっているんだけどねぇ。何分 不得手なものだから。
 でも、時間をかけてゆっくり育てることにかけては私の右に出る者はいないと思うのよ。
 そうねぇ、趣味と実益を兼ねるってこういうことも言うかもしれないわねぇ?」

「ひ、ひぇぇ」

 いつの間にか再び隣に座られている。端まで逃げてきたため既に逃げ場はない。
 しかし、そんな二人のじゃれあいを向かいから眺めていたミスティアは思うのだった。

(椅子から立って逃げればいいのに、何だかんだ言って虐められるの好きなんだろーなー、りぐるん)


 今夜も妖怪たちの夜は永い。

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