「おふろ~おふろ~~♪」
帰宅するなりしょこたんはバスルームの扉を開き、湯沸かし器のスイッチを入れる。そうしておいて汗まみれのシャツを脱ごうとするが、お腹がつっかえてしまう。
脱げないというほどではないのでお腹の部分を捲り上げ、脱いだシャツを籠に放り込む。スパッツと靴下、苺模様のパンツを脱ぎ、しょこたんは生まれたままの姿になる。うっすらと脂肪が乗った第一次性徴期を迎えた体の、お腹だけがどーんとせり出した姿が鏡に映り、しょこたんは思わずじーっと見てしまう。傍から見れば異様な光景だが、そこには一種奇妙なエロチックがある。

お風呂が沸くまで時間を持て余したので、何となく目についた体重計に乗ってみる。デジタルの表示は51.62という普段より7.5キロほど多い数字を示す。
しかしその7.5キロの詰まったお腹に視界を遮られて、しょこたんにその数字は見えなかった。仕方ないので反対向きに乗って首を捻ると、なんとか見る事ができた。
「うわ~~、これじゃお腹が重いわけだよ~」
普段は大食いしたといってもせいぜいが3,4キロ、多くても5キロを超えた事はない。その倍ほどの重さなのだ。さっきまでは夢中で気づく余裕もなかったが、こうして家に着き、ある意味気が抜けた状態になった途端、急にずしっとした重さを感じ始めたのだ。
そうこうしているうちにアラームが鳴り、しょこたんはバスルームの扉を開く。シャワーを捻ると冷水が体を打ち、しょこたんはびくっと身をすくませるが、すぐに適温のお湯が出るようになる。全身にシャワーを浴びていく。うっすらと上気していく様子がピンク色を帯び始める肌が教えてくれる。

シャンプーのポンプから少量。頭を洗い、リンス。先に体を洗ってから頭というのが普通の順番だと知っているが、リンスのべとっとした感触があまり好きではないため、肌に残ったら嫌だなぁと考えてしょこたんは頭から洗うことにしている。
これでもかと念入りにリンスを流してから腰掛けに体を落とし、スポンジにボディーソープをたらして泡立て、まずは耳の裏、脇の下、足の指の間といった汚れが残るところをしっかりと洗い、ここでいったんシャワーで流してしまう。あとは上から擦っていく。
濁りのないピンク色の乳首を丁寧に洗うと、しょこたんは人間なのでその下はお腹である。ごっちゃり他で大きく膨らんだお腹をしょこたんは撫でるように、一切の力を抜き、赤ん坊を扱うように優しく洗っていく。それが落ち着くのだ。最後に泡を流した後、指を数本纏めてお腹をペチペチと軽く叩いたりもするが、それもまた落ち着く。この事を考えるたび、人間って不思議な生き物だなぁとしょこたんは思う。
恥毛の生え始めた秘部に手を伸ばして割れ目をつつーっとなぞると、体を痺れる様な感覚が襲い、さっと彼女の顔に朱が差す。指先にネトネトした感触があるのは、きっとまだ泡だっていないボディーソープがついているからだろう。触れたままの指をゆっくり動かすとくちゅくちゅと音を立て、思わず声が出そうになる。
という、こないだこっそり読んだおとーさんの本をしょこたんは思い出す。そして変な期待をした奴は死ね死ね死んでしまえこのロリペド野郎としょこたんは強く念じる。念じた後、ここはあまり強く擦ってはいけないと前におかーさんに言われたので、さっきお腹を洗ったときと同じようにして優しく擦る。
爪先までしっかりと洗い、全身泡だらけの体をシャワーでザーッと流していく。そうしたら湯船に体を沈める。39度のとろけそうなお湯に包まれ、しょこたんは自分の体から疲れが抜けていくのを感じる。夕食といい給食費を見つけに学校に行ったのといい、まったく今日は大変だった。肩まで浸かり50数えたらおしまいだ。普段は長風呂のしょこたんだが、今日はこれ以上入っていたら気持ち悪くなってしまう。
脱衣所で雫を拭き取り、上気した体を扇風機で冷まし、おニューのパジャマに身を包む。しょこたんには少し大きいサイズだが、それでもお腹の部分は前が閉じきれずボタンとボタンの間から真っ白い肌がチラリと見えている。

タオルを首にかけたしょこたんがジュースでも飲もうとキッチンに向かうと、おとーさんが換気扇の下で煙草を吸っていた。
「あ、おとーさんおかえりー。がおー」
「ただいま。なんだ、そのがおーって?」
「トラさんのまねだよー」
「……そ、そうか。お風呂入ってたのか、しょこ?」
「うんっ」
そう答えながら冷蔵庫を開け、ベムラーのコップにジュースを注ぐ。半分ほど入ったコップをぐいっと飲み干し、今度はなみなみと。しょこたんが先週習ったひょーめんちょーりょく現象が相川家のキッチンで再現される。
「そうだおとーさん、なんかおかーさん田舎の病院に行っちゃったみたいだよー」
「みたいだね」
煙を吐き出し、おとーさんは煙草と反対の手に持っていた書き置きに目を落とす。
「おじいちゃん大丈夫なのかな……お母さんから電話とかなかった?」
「んー、しょこごはん食べに行ってたからわかんない」
「そっか。……また随分食べてきたんだなぁ」
しょこたんのお腹に目をやり、おとーさんが言う。家族ということで多少は見慣れているが、それでも毎回驚かずにはいられない。エンゲル係数に打撃を与える、まったくもって恐るべき娘である。
「えへへ、すごいでしょー」
天然果汁100パーセントのパイナップルジュースを飲みながらしょこたんは答える。パジャマのラインが浮き彫りにしているしょこたんのお腹は、下にバレーボールでも入れているのではないかと思うほど丸々としている。そうした考えを浮かばせるのは見事な半球形を描くカーブラインが理由だが、その曲面が作り物でないのはパジャマの隙間から見える肌が、そしてそれがしょこたんの喉がくっ、くっと鳴る度にピクッと動く事で明らかだ。
夏休み、このジュースをおかーさんが通信販売で1ダースほど買ったことがあった。最高気温が35度を超える発狂しそうな暑い日が続いていたのもあったのだが、なんとしょこたんはそれを2日で全部飲んでしまった。もちろんおかーさんから大目玉をくらい、それ以来多くても3本しか常備されなくなってしまった。自業自得としか言えない話だが、しょこたんにとっては結構不満だったりする。

「ねえおとーさん、今日おかーさんいないんだよ」
2杯目のコップを空けたしょこたんが、思い出したように口を開く。
「そうだね」
「あれつけてほしいなぁ~」
「あれ? ……ああ、あれね。わかったよ」
何のことを言われているのか分からなかったおとーさんだったが、すぐに理解する。
「しょこむこうに行ってるね~」
「はいよ~」
てっててこーとしょこたんはリビングに向かう。おとーさんは冷蔵庫を開け、ポン酢の脇にあるサラダドレッシングと同じくらいの大きさのプラスチックのチューブを取ってしょこたんに続く。
「はい、おねがいしま~す」
しょこたんはカーペットの上で仰向けになっている。おとーさんが脇に腰を下ろすと、しょこたんはパジャマの前裾を持ち上げてお腹を晒す。油っぽいものばかり食べたせいだろうか、お風呂上りにも関わらずその表面にはうっすらと脂が浮かんでいて、照明を跳ね返しててかてかと光っている。
「しょこ、もうちょっと上げてくれないか」
デボラナチュラルと書かれたチューブの蓋を開け、おとーさんが言う。
「うんっ」
裾を持つ手を胸の前まで持ち上げると、しょこたんのお腹が丸見えになる。おとーさんはボトルの口をしょこたんのお腹に向ける。手に力を入れると、薄茶色をしたジェルが真っ白なお腹、その頂からみちゃぁ~~~っと広がる。
「ひゃん! つめたいよぉ~」
「ごめんごめん」
さっきまで冷蔵庫に入っていたジェルのひんやりとした感触に、しょこたんは思わずびくっと身を震わせる。一瞬遅れて、ジェルが僅かに広がる。まるでカラメルをかけたミルクプリンのようだ、とおとーさんは思う。
「ちょっと出しすぎたかな……まあ、いいか」
デボラナチュラルは粘性の高いジェルであるにも関わらず良く伸びるのが特徴だ。チューブから搾り出された量は明らかに多すぎだが、デボラナチュラルが150グラム一本一万二千円することを思い出し、おとーさんはこのまま全部塗ってしまうことにした。
「じゃあ、いくぞ」
「いいよ~」
いくら娘とはいえ、まだ10才というあどけない年頃である。そんな少女が目の前に横たわり、パツンパツンに膨れ上がったお腹をさらけ出している。そしてそのお腹にジェルを塗りたくるというのだ。そういった趣味がなくても妙な気分にならないほうがおかしいだろう。
一瞬の躊躇の後、おとーさんは手を伸ばし、徐々に零れ落ちようとしているジェルを掬うように下から撫で上げ、手のひらをべとべとにする。そのまま羽が落ちるようにふわりとお腹に手を落とし、その頂上――一番大きく膨れ上がっている部分――に触れる。
両手を使ってお腹全体にジェルを広げていくと、手のひらに張り詰めた皮膚の感触が伝わってくる。脇腹あたりと比べて明らかに薄くなっている皮膚の下の、一分の隙間もなくミチミチに詰まっている胃袋の存在がはっきりと感じとれる。
指先に少しだけ力を入れると、僅かに押し返されるような反発を受ける。更に少し力を入れると、感じる硬さはそのまま、指の間接がほんの少し内側に曲がる。
自分の手のひらの形に僅かに凹んでいるしょこたんのお腹だが、その変化はよほどの注意力をもって見ない限り目では捉えられないだろう。しかし、今触れているこの手に受けている抵抗が増したことは、他のどんな感覚よりも雄弁に語ってくれる。しょこたんが息を吸うと、体積を増したお腹が指を押し上げ、完璧な曲面を取り戻す。
「ぅん……くすぐったいよぉ……」
こそばゆい感覚に、しょこたんは思わず身をよじる。
しょこたんはおかーさんよりおとーさんにこうしてもらうほうが好きだった。機械的にただジェルを塗るだけのおかーさんと違い、おとーさんの場合はむしろマッサージに近い感じだからだろうか。
おとーさんの手の動きに合わせて、にちゃにちゃとジェルの音がする。リビングでは、リズムを刻むように規則正しいその音以外聞こえない。おとーさんの大きな手に優しく、ゆっくりとお腹を愛撫されているうちに、しょこたんはいつの間にか目を閉じていた。視覚を経った世界にあるものは、お腹に触れるおとーさんの手の感触だけ。そこにあったと思ううちに、気がついたら別のところに。時々手のひらに力が加わって少し苦しくなるが、その後は必ず指先が優しく食い込んでくる。そのタイミングに合わせて息を吐くと全身の力が抜け、心地よい脱力感に包まれる。
そうしてしょこたんが気持ちよさに身をゆだねているうちに、パジャマを捲り上げている手の力が抜ける。
「あっ、ごめんねおとーさん」
「……あ、ああ。……丁度終わったから、平気だよ」
気のせいか、おとーさんの息が荒くなっているように思えた。
「あ、そーなんだ。ありがとっ」
しょこたんは体を起こし、裾をうんとこしょっと下ろす。
「へへーっ、きもちよかったよ、おとーさんっ」
不意打ちのように、おとーさんの頬にキスをひとつ。
「……ごめん、お父さんちょっとトイレ」
「いってらっしゃーい」
唇の触れた場所を押さえてしばらく黙っていたおとーさんが、早足でリビングのドアから消えていく。お腹をこうしてもらった後のいつものことだ。無邪気に見送るしょこたんだが、トイレでおとーさんがナニをしているかを知ったら軽蔑するに違いないだろう。男の事情というものも、全く情けないものだ。

ぺたんと女の子座りをして、しょこたんはテレビのスイッチを入れる。画面ではポリゴンで描かれた美男美女が大剣を振り回したり杖を振りかざして魔法を使ったりしている映像が流れていた。なんだろーこれとしょこたんが思った頃、「これが、ゲームだ」というナレーションが入る。確かに、言われなければゲームだとわからない。
10分ほど経って、何かをやり遂げたような表情でおとーさんが戻ってきた。テレビを見ながら、ねーねーおとーさん今日学校で給食費がなくなったんだけどしょこが頑張って考えて見つけたんだよーすごいでしょーえっへんという話をしょこたんがすると、おとーさんは感心したように声を漏らした。
「そうか、しょこは凄いなぁ」
「でしょでしょー」
よしよしとおとーさんに頭を撫でられて、しょこたんは目を細めた。
「じゃあ、しょこは偉いからご褒美をあげようかな」
「えっ、ほんと!? やったぁ!」
「冷蔵庫、見てごらん」
「わかった~」
てっててこー。
「なにもないよ~」
「あー違う違う。野菜室のほう」
「は~い。……うわぁ、すごーい!」
野菜室の中には、チルド室には入らなかったのであろう、カルブレの大きな箱が3つも入っていた。カルブレはオリジン弁当の雑居ビルの二階にあるケーキ屋で、立地のせいであまり名が知られていないが、「夢がある」と一部で評判の店だ。もちろん、しょこたんも気に入っている。
「どうしたの、これ!?」
「取引先の人がお土産に持ってきてくれたんだ。だけどお父さんの会社の人ってみんな甘いもの嫌いだから、貰って来ちゃったんだ」
「そうなんだぁ。ねーねー、これ全部しょこが食べていいの?」
「いいよ。どうせそのくらい食べちゃうでしょ?」
「やったぁ~~っ!!」
「でも今日はもうそれだけ食べてるんだし、明日にでもしなさい」
「え、なーに?」
早々と皿を準備していたしょこたんの耳には、おとーさんの言葉は全く入っていなかった。
「……なんでもない」
「えへへ~~」
嬉々として、しょこたんはケーキと皿、フォーク、ナイフと一式を持ってくる。リビングとキッチンを往復して3箱全部持ってくるのを見て、おとーさんは呆れるしかなかった。
「おとーさんにもあげるね」
「…………ありがとう」

「ん~~、あまぁぁ~~い」
箱を開けると、それぞれレアチーズ、チョコレート、クランベリーのケーキが入っていた。おとーさんに6つに切ってもらい、しょこたんはまずはクランベリーをひときれ取り口に運ぶ。控えめにされた生クリームの甘さが舌を包み、一瞬遅れてクランベリーの甘酸っぱさが広がる。
あっという間に皿の上はからっぽになり、さっきも飲んだジュースをぐいっと飲んでしょこたんはトロピカ星のお姫様になる。次はレアチーズ。さっきよりも上品な甘さとクリームチーズの香りがしょこたんの口に広がる。
向かい合って座っているおとーさんもレアチーズを食べている。おとーさんもおかーさんも甘いものがあまり好きではないので、この3つではレアチーズを取るのは当たり前だろう。
「相変わらずしょこは、食べるのが早いな」
「そんなことないよー」
再び空になった皿を持ち、チョコレートに手を伸ばすしょこたんにおとーさんが口を開く。おとーさんの皿には、レアチーズがまだ半分近く残っている。
「おとーさんが遅いんだよー」
「そんなことないって」
「そうかなー。あれかな? 女の子は甘いものは『べつばら』っていうやつ」
「絶対違う」
「あれー? うーん……、まあいーや。ん、おいひぃ~~」
しょこたんが早く、おとーさんが遅いという両方が正解だが、わかってたまるかの精神で生きているしょこたんはこれ以上気にせず、ケーキに意識を戻す事にした。チョコレートの甘さを堪能し、飲み込むときに喉にひっかかりを覚えて銀河鉄道に乗り込み、空の彼方に飛び立つ。
ここでしょこたんは食べる順番を考える。1秒で答えは導き出され、甘さの低い順に、レアチーズから取り組むことにした。
「おとーさん、まだ食べる?」 一応確認してみる。
「いや、もういいよ」 予想通りの返事だ。
「じゃあこれもらっちゃうねー」
「どうぞどうぞ」
というわけで、遠慮なくしょこたんはレアチーズを独り占めすることにした。甘さは抑えめだが、カルブレのケーキは他の店のものより一回り大きいのでボリュームは相当のものである。一口、一口と順調に食べて行き、最後のひときれにフォークを刺したとき、しょこたんの口からげーふと大きく息が漏れる。
「ほらしょこ、食べすぎじゃないか?」
「大丈夫だもん。しょこ全部食べるもん!」
いくら常識を超えた大食いであり、甘いものが別腹であっても夕食から始まる量は桁外れだ。むーと膨れるしょこたんだが、さすがに苦しさを感じ始めていた。それでも構わずに刺したフォークを口元に運び、6口で平らげる。
「ふー……はい、おわりっ! おとーさん、そっち取って」
さっき注いだばかりのジュースを一気に飲み干して、次はクランベリーにとりかかる。おとーさんは苦笑しながらも、しょこたんの言うとおりにする。
「はいよ」
「ありがとー……」
生クリームを使っている分、当然クランベリーのほうがお腹に溜まる。初めのほうこそ順調に消化していったしょこたんだが、半ホールを食べ終える頃になると目に見えてペースが落ちていった。それにつれ、コップに手を伸ばす回数が増えていくが、それは自分で自分の首を絞める行為に等しい。
お腹に手をやると、これまで経験した事がないくらいにパンパンに張り詰め、球形を大きく崩していた。食べ始める前は、ボタンとボタンの隙間からお腹が縦にチラリと見えていた。それが今、更に膨れたお腹がパジャマを限界まで押し上げ、テーブルに隠れて見えないが、ギチギチに引き伸ばされたボタンの隙間からお腹は横長に覗いている。
そんな状態だが、しょこたんの頭にやめるという選択肢はなかった。ゆっくりと、だが確実に、一口ずつ口に運びなんとかクランベリーを全て平らげる。
「ううっぷ……おとーさん、つぎ……」
「しょこ、もうやめなさい」
「やだ……しょこぜんぶ食べるもん……おぷ」
大きくため息をついて、おとーさんはチョコレートをしょこたんの前に置く。そしてキッチンからコップと牛乳を持ってきて、しょこたんに注いでやる。しょこたんの脇には空になったジュースのパックが2本転がっている。ストックが切れたのだ。
こくこくと噛むようにして牛乳を少し飲み、しょこたんは最後に残ったチョコレートに挑む。
生チョコを練りこんだ固めのクリーム、これが胃に到達するたび、しょこたんのペースが落ちていく。そして3つめ――これを食べれば半分――を皿に乗せたまま、しょこたんの手が完全に止まった。
限界だった。
ギブ・アップ。
フォークを置き、体を後ろに倒してソファーに預ける。
「ほら見なさい。無理するから」
「むりじゃないもん……」
空意地を張るしょこたんだが、何をどうやってももう一口も入らないことはわかっていた。はぁはぁと苦しそうに息をつきながらも、恨めしそうな目でしょこたんは残ったケーキを見ている。ジュースが残っていたら口直しになって違う結果になったかもしれないが、そんなことを考えてもしょうがない。
はぁ、はぁ……っぷ、ごえっぷ、ふぅ……ふぅ……。
しょこたんの息が荒くなっている。米袋を皮膚の内側に抱えているようなものだ、苦しくないわけがない。少しでも楽になろうと姿勢を変えようとしたときだった。ブツッと音がして、限界を超えていたボタンが弾けとんだ。向かいに座っていた元野球部のおとーさん、ナイスキャッチ。
「あはは……ボタンとんじゃったぁ……」
もぞもぞと動きながら、しょこたんはお腹に手をやる。かちかちだ。それでも手を当てていると、少し楽になった気がする。他のボタンに触ってみると、こっちもいつ飛んでもおかしくない。外そうとしてみるが、うまく手が動かない。
「おとーさん、これとってぇ……」
弱弱しい声で、お願いする。おとーさんがボタンを外してくれると、汗ばんだお腹がこんばんはと挨拶をする。初秋の夜、ひんやりとした外気に触れて気持ちいい。
「ありがとー……」
「しょこ、大丈夫か?」
「うん……すこし、楽になった……」
「もう無茶しちゃだめだぞ」
「ごめんなさい……」
さすさすとお腹を撫でると、手にもまたひんやりと感じる。体全体が熱くなっているようだ。
「動けるか?」
「むりぃ…………」
「しょうがないな……そらっ!」
「わっ……」
気合一発、おとーさんはしょこたんの体の下に手を入れ、お姫様だっこの体勢のまま、階段を上がってしょこたんの部屋まで抱えていく。ぶっちゃけ無茶苦茶重いのだが、口にするのはまずいだろう。
「ほら、今日はもうお休み」
しょこたんをそっとベッドに横たわらせ、電気を消しておとーさんは部屋を出て行った。その背中にごめんなさいともう一度小さく呟き、しょこたんは目を閉じた。

眠りはすぐに訪れた。すーすーという微かな寝息の他には、窓の外で泣く虫の声しか聞こえない。
こんな静かな時間の中で、しょこたんはどんな夢を見ているのだろう。とりあえず、ケーキの夢ではないだろう。眠りの世界にいるしょこたんの表情が、こんなにも穏やかなのだから。

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