TREND 2037
 ―ずっと欲しかったカメラ。
 ―探してた、手に入れた。

      フリッパーズ・ギター『カメラ!カメラ!カメラ!』


ここに、ひとつのホームページがある。
 22221スレ目を迎えた、”大食いの女の子が好き”という某巨大掲示板の1スレッドで話題になっている、「風の集う場所」というサイトである。
 管理人である木乃香は20歳の大学生で、コンテンツは彼女の生活を綴った日記と交流のための掲示板といった、よくある個人サイトのひとつだ。
 このサイトが上記の場所で話題になっているのは、極めてわかりやすい理由があった。
 年に数回、不定期にwebカメラで木乃香の大食い実況中継をするのである。
 風の集う場所の1日のアクセス数は普段は300ほどだが、大食い中継のある日は、それが10000近くにまで跳ね上がる。
 当然のように、今日がまさにその日だった。
 数日前にこのサイトの存在を知ったあなたにとって、今日は初めての中継である。
 期待に胸を膨らませ、PCに繋いだゴーグルモニタを装着して、あなたは始まるのを待っていた――。

真っ黒の視界に光が差し、白を基調にした落ち着いた感じの部屋が映し出される。
 固定された視野からは判別できないが、それなりに広そうだ。9畳くらいだろうか。
 中央には、白いシーツのかかったアストライト製のベッドがあり、その手前にはフローリングの床に置かれた黄緑色の小さなテーブルと、色を揃えたのだろう、緑と黄色のストライプ模様のクッションが見える。
 「こんばんはー」
 右から、ちっこい女の子が姿を見せる。管理人の木乃香だ。
 プロフィールの欄に身長148センチとあったが、こうして見ると、数字以上に小さく感じる。
 黄色のロングスリーブのシャツに、少し季節遅れのピンクのサマーセーターを重ねた、やや派手目の服装だ。
 下は対象的に、ベージュ色をした膝までの長さのタイトなスカートを履いている。
 髪は肩の辺りで切り揃えられ、くりくりとした目が目立つ童顔で、一見すると中学生のようだ。
 「初めましての方、木乃香です。またお会いした方、どうもお久しぶりでーす」
 舌足らずな口調で、歯を見せて笑いながら、顔の横で両手を小さく振る動作をする。
 それが外見の幼さをより強調していることに、本人は気がついているのだろうか。
 「えっとそれじゃ、早速ですけど始めますね」
 そう言って木乃香は一旦姿を消し、メジャーを手に再びあなたの正面に姿を見せる。
 上衣をまくり上げ、無駄な肉が全くついていない細い腰をあなたに晒す。
 気をつけて見なければわからないほど僅かに頬を赤く染め、そこにメジャーを巻きつけていく。
 「えっと、58センチですねー」
 ゼロと重なったところを指で押さえてメジャーを放し、押さえていたところの数字、要するにウエストのサイズを読み上げる。
 身長が150にも満たないことを考えても、世の大半の女性が憧れる理想的な細さである。
 「それじゃあ、次は体重でーす」
 まくった上衣を元に戻し、部屋の隅に置いてあった体重計をあなたのすぐ前に置く。
 そこに両足を乗せ、カメラをデジタル表示に向けると、映像が大きくぶれ、39.2という数字が見える。
 「これがスタート時の体重ですー」
 数字を言わないのは、いわゆる女心というものだろう。
 「じゃあ準備をしますんで、しばらく待っててくださーい」
 カメラを元の位置に戻し、右奥に見えるキッチンのほうへ向かう。
 小さく写る冷蔵庫から、あらかじめ用意してあったとおぼしき器をひとつ取り出し、電磁レンジに入れる。
 器の乗ったターンテーブルが回転する様子は、前世紀のアニメ番組にちなんで超電磁スピンと呼ばれているが、それはもちろんどうでもいい話である。


 この映像を、あなたは6Dモニタを通じて眺めている。
 ドクター中松の生前の発明であるこれは、同時期に発表された6Dカメラとセットになっている。
 この時代では当たり前になったこの2つは、簡単に言えば立体映像の録画再生装置である。
 遠近感によって奥行きの座標軸を擬似的に再現していた、いわば嘘の3次元でしかなかったそれまでのカメラと違い、これらは 対象物の厚さを完璧に表現した立体映像を扱う。
 数年前に発売された、あなたが頭部につけているゴーグル型のモニタが、カメラとともに、この規格が普及する大きなきっかけになった。
 視界の100パーセントを占める立体映像は、映されたものを現実そのもののように再現する。
 これがウケた。
 アーリーアダプタ、新し物好きの若い世代と次々に支持を得た6Dモニタ・カメラは驚く早さで一般層に受け入れられ、社会現象を経て、最も普及した規格に成長していったのである。

 2分ほど経過した。
 「お待たせしましたー」
 持つには熱いのか、器の下部を布巾で覆って持ち、木乃香があなたの前に戻ってくる。
 器の中をあなたのほうへ向けると、4人家族が煮物を食べるときに使うような器にてんこもりになったパスタが、いっぱいに見える。それはあなたが普段食べる量の倍以上ある。
 油をからめた麺に、薄切りの唐辛子が乗っている。ペペロンチーノだ。
 「今日はイタリアン尽くしでーす」
 そう言って、器の脇から顔を見せる。
 カメラから離れ、テーブルの上に器を置く。
 そのままクッションに腰を下ろす。
 が、すぐに何かに気がついたような顔をしてキッチンの方へ行く。
 冷蔵庫から紫色の液体の入ったペットボトルを取り出し、改めて木乃香はクッションに座る。
 「それじゃ、いただきまーす」
 カメラ目線のままで手を合わせ、フォークでパスタを絡め、顔を近づけて口へと運ぶ。
 「あふっ、あふ…」
 まだ熱かったのか、顔を上に向けてほふほふと息をしながらパスタを頬張る。
 しばらくそのままでいたが、やがて顎を動かし、飲み込む。
 間をおかずに側にあるペットボトルの蓋を開け、グラスに注いで一口含む。
 開封のとき、ぷしゅっ、と音がしたところを見ると、中身はグレープソーダだろう。
 「えへっ、あっためすぎちゃいましたー」
 ぺろっと舌を出し、照れ隠しに小さく笑う木乃香。
 持ったままのフォークで改めてパスタを持ち上げ、少し冷まして口に運ぶ。
 ずずっ…と音を鳴らしてすすり、今度は何事もなく飲み込んだ。
 そのまま、続けて二口ほどお腹に収めていく木乃香だが、今ひとつすっきりしない顔だ。
 「もうちょっと唐辛子利かせてもよかったな~」
 味付けを少し失敗してしまったようだ。
 しかし、気にしないことにしたのか、そのうち笑顔を作りなおして、あなたのほうと器の間で目線を往復させながら、木乃香は手を動かし続ける。
 半分ほど食べる頃には、ちょうどいい温度に冷めてきたのか、口に入れるとラグなしで噛みはじめ、パスタの消えていく速度が目に見えて早くなっていた。
 そうして、あっという間に最後の一口になった。
 それまでと比べてやや多い量をフォークにからめるが、2,3本が器に落ちてしまった。
 わざとちゅるる…と音を鳴らしてすすり、ゆっくりと噛んで飲み込む。
 グレープソーダを一口飲み、さっき器に落ちた数本を手で拾って口に運ぶ。
 指先をナプキンで拭い、あなたのほうに近づき、空になった器を見せる。
 「はーい、準備運動おしまいでーす」
 表情は食べる前から全く変わってない。このくらいの量では食べた実感がないのだろう。
 「次の準備しますんで、すいませんけどまたちょっと待っててくださいね」
 改まった口調でそう言って、再び木乃香はキッチンのほうに消えていく。

 待っているときは、時間が長く感じられるものだ。
 時刻表示を見ると、5分近く経過している。
 準備に時間がかかるのならそっちを先にすればいいのにと考え、あなたが少しイライラし始めた頃、大皿と手鍋を持って木乃香が戻ってきた。
 「すいませーん、遅くなっちゃいましたー」
 言葉では謝っているが、木乃香の顔にそういった様子はない。
 器にスープ――ミネストローネだろう――をよそい、大皿に山と積まれたコロッケのようなものをひとつ取って、木乃香はあなたの前にやってくる。
 「えっと、これはアランチーニっていうイタリア風のライスコロッケです。で、こっちはミネストローネでーす」
 両手のものを交互に見せながら説明をする。
 器をテーブルに置き、アランチーニとかいうものを大皿に戻して、今度は皿ごとあなたのほうに向ける。湯気が立ち上り、視界が少し曇る。
 「20個作りましたー」
 目尻を下げ、自慢げに木乃香が言う。
 なるほど、これだけあれば時間がかかるはずだ――。
 そんなことを思い、あなたはさっきイライラした自分を反省する。
 木乃香はクッションに座り、2つに割ったアランチーニを口に運ぶ。
 気のせいだろうが、サクッという音が聞こえた気がする。
 「あふいえふ~」
 慌ててグレープソーダをいっぱいに口に入れる。学習しないタイプなのだろうか。
 ほふほふ言いながら、なんとかひとつ食べた。
 上目使いでちらっとあなたを見て、器に口をつけ、ミネストローネをゆっくりと飲み干していく。
 「うん、今度はいい味です」
 そう言って、木乃香は満面の笑みを見せる。
 今度は3つにアランチーニを割り、1つ、2つ、3つ――とひょいひょい食べていく。
 揚げ物、しかも中身は米だから相当重いはずだが、まるで果物のように軽く飲み込んでいく木乃香を見ていると、最初のひとつ以外は違うものなのではないかと考えてしまう。
 そんなことを考えている人がいるとは全く頭にない様子で、下唇にチーズをつけたまま、木乃香は同じようにして次々に胃袋に収めていく。
 あなたは、木乃香が食べた数を数えていた。今食べているのが8個目――9個目に入った。
 テレビで見る大食いは、言ってしまえばダイジェストである。
 食べたということを示すものは、空になった器だけだ。
 放送時間が限られている以上仕方のない事だが、制限時間いっぱいのノーカット映像を見てみたいという思いはどうしても出てくるだろう。
 そういった番組に出る超人の皆さんの迫力には到底及ばないものの、渇望していたものがあなたの目の前で今まさに繰り広げられている。
 桃源郷というものは、案外近くにあるのかもしれない。

「ん~~……」
 13個目を食べている途中の木乃香の動きが、突然鈍くなった。
 しきりにお腹に手をやり、何度も腰を上げ、座りなおしている。
 食べる手を完全に止めてしばらくそうしていたが、やがて意を決したように立ち上がった。
 横を向いた木乃香の、薄手のサマーセーターの生地が、胸のすぐ下のあたりからぽっこり膨らんでいるのがわかる。
 小柄の木乃香だが、丈はそれ以上に短く、下腹部がちらりと見えている。
 胃のあたりを頂点とした曲線がスカートのウエスト部分で押さえつけられ、急激に厚みを失って2つに分かれている。体積を増したお腹が、スカートの意図されたウエストの限界を超えたのだ。
 「ちょっと恥ずかしいんで、あんまり見ないでくださいね…」
 照れたようにそう言い、スカートのボタンを外し、チャックを下ろしていく。
 押さえを失い、木乃香のお腹がぐーっと膨らみ、” ) ”に似た形を作る。
 ずり下がったスカートから下着が見えている。下着にいちごの模様が描かれているのを、あなたは見逃さない。
 はぁーっと大きく安堵の息をつき、楽になったお腹をさすりながら、木乃香が笑顔で言う。
 「これでまだまだいけますよー」

 木乃香は再び食べ始める。
 先ほどのペースダウンがなかったかのように、ひょいひょいと口に運ぶ。
 ミネストローネは4杯が木乃香の胃袋に収まり、手鍋は空になっている。
 残りのアランチーニが消えてなくなるのは、時間の問題だった。
 相変わらず表情を変えない木乃香は、途中から口に入れる前に割ることをせずに、そのまま大きく開いた口に持っていき、2口で食べている。
 そうして、木乃香の体内の消化を待つ行列は、14、15、16、17と順調に長くなっていく。
 ときおり、彼らの頭上から紫色の炭酸シャワーが降り注ぐ。
 1.25リットルのペットボトルが2本入った胃は、あるいはプールのようになっているのだろうか。
 そして、18個目が列に加わった。
 新たに開封したグレープソーダを飲み、次に手を伸ばした木乃香の表情が、少し険しくなっている。
 しかしそれは、苦しさを伴ったものではないように見える。
 同じものを食べ続けるのに飽きた、そんなふうに取れる。
 加えて、何かを気にしている様子でキッチンとは反対側の空間――あなたから見て左奥をちらちら見ている。
 それでも口は休むことなく動き続け、木乃香は最後の1つを手に取った。
 ここが締めとばかりに、とっておきの表情を見せ、口に運ぶ。
 念入りに咀嚼し、飲み込む。
 グレープソーダで喉を潤して、もうひと口。
 ここ数個続いたパターンである。
 やがて、20個目のアランチーニが木乃香のお腹に飲み込まれていった。
 木乃香のスマイルは、全く崩れていない。いくらかの値段がついてもおかしくない、どきっとする表情だ。
 「はい、おしまいでーす」
 空のグラスに紫色の液体を注ぎ、一息に飲み干す。
 おっぷ、と小さくげっぷを漏らし、ぽこーんと膨らんだお腹を満足げにさする。
 しばらくそのままの体勢でいたが、再び落ち着かない様子でちらちらと奥を覗きだした。
 3分ほど経ったころ、木乃香は決まりが悪そうに立ち上がる。
 「じゃあ、今のサイズ計りますねー」
 さらに体積を増した腹部が描く弧の頂点は、やや下に移動しているように見える。
 チャックを下ろしたにも関わらず、タイトなデザインのスカートは、さっきよりも大きく膨らんだ木乃香のお腹がひっかかる形になり、立ち上がり、歩いてもずり落ちずに張りついていた。
 やはりお腹が重いのか、木乃香の動きが少し鈍くなっているように思える。
 そして、置きっぱなしにしていた体重計に乗る。
 数秒間視界が大きく乱れ、やがて液晶の示す45.8という数字が目に入る。
 「わぁー、随分食べちゃったなぁー」
 驚いた様子の木乃香の声。
 「それじゃあ、お腹計りますねー」
 カメラを元の位置に戻し、お腹の形をトレースしている上衣をまくり、一番膨らんだ部分にメジャーを巻きつけていく。
 初めと同じようにゼロと重なった部分を指で押さえ、押さえた指をそのままにほどき、数字を読み上げる。
 「じゃん、82センチー」
 メジャーをあなたのほうに見せ、おどけて言う。
 なんとなく、恥じらいを隠している様子だ。
 「ふぅ……」
 ぱんぱんと両手でお腹を叩き、衣擦れのような音を立ててさすさすと撫でる。
 肥満体でも妊婦でもない、胸の下から下腹部にかけての膨らみ。
 強いて言うならそれは、栄養失調の子供に似ている。
 対極の位置にいる者同士が似たような姿をしていることは、強烈なアイロニだ。
 木乃香はあなたの前で回り、自身を正面から、横から見せる。
 真後ろ以外の角度からならどこからでも分かる、大きく膨らんだ木乃香のお腹が、息をするたびに、ゆるやかに隆起を繰り返す。
 そんなショータイムをしばらく続けていた木乃香が、突然あなたに近づく。
 あなたの視界には、大写しになった木乃香の顔と、82センチのお腹しか見えない。
 唇の端を吊り上げて笑みを浮かべ、そっと、木乃香はあなたに向かって囁く。
 「触って、みたい?」
 木乃香は少し後ろに下がり、抱え込むようにお腹を押さえ、そして満遍なくさすっていく。
 時折ちらりとあなたに視線を送る。
 「無理、しなくて…いいんだよ?」
 耐え切れず、あなたは鼻血を出してしまう。
 ここらが潮時、ということなのだろう。
 風の集う場所からログアウトして、ゴーグルを外し、ティッシュを鼻に詰め、あなたは”大食いの女の子が好き”スレにアクセスする。
 きっと盛り上がっているだろう。

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