中曽根政権とは?


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前川レポートとは?(概要)
 1986年、元日本銀行総裁の前川春雄氏が、中曽根康弘内閣の設置する経済構造調整研究会の座長として中心になってまとめた報告書。
目的、内容
  • 目的   経常収支不均衡を国際的に調和がとれるように縮小すること。
  • 基本的考え方 内需拡大と市場開放(輸入の増大)
具体的な提言
1. 内需拡大
住宅対策及び都市再開発事業の推進
  • 規制緩和、財政上のインセンティブ
  • 住宅減税
  • 地価上昇の抑制
  • 地権者調整の迅速化
消費生活の拡大
  • 所得税減税
  • 労働時間の短縮
地方における社会資本整備の推進
  • 地方債の活用など
2. 国際的調和のとれた産業構造への転換
産業構造の転換→国際分業の促進
  • 技術開発、社会及び経済の情報化およびシステム化
 ・サービス産業の発展促進←自由時間の増大、消費構造の多様化
直接投資の促進
  • 海外直接投資の促進→二国間投資保護協定の締結促進、海外直接投資保険制度の拡充、国際投資保証機構への参加
  ・開発途上国における投資環境整備
農業政策
  • 輸入の拡大
  • 内外価格差の縮小と農業の合理化、効率化
  • 輸入制限品目の開放
3. 市場アクセスの一層の改善と製品輸入の促進
  • アクションプログラム(関税、輸入制限、基準認証、政策調達など)の完全実施
  • 製品輸入等の促進
  • 節度ある企業行動
4. 国際通貨価値の安定化と金融自由化・国際化
適切な国際通貨価値の安定と維持
  • 金融・資本市場の自由化と円の国際化
 ・取引の自由化のさらなる推進
 ・非居住者による資金の調達、運用の両面での取引拡大
 ・運用面での国際化
資金運用市場の強化方法として
1.投資資産の多様化(特に短期金融市場)
2.流通市場の拡大・強化(制度、税制) 
5. 国際協力の推進、世界経済への貢献
国際協力
  • 開発途上国からの輸入増大
  • 累積債務問題への対応
  • 経済・技術協力の推進
  • 科学技術・文化面での国際交流
6. 財政・金融政策の進め方
  • 赤字国債依存体質からの早期脱却
  • 貯蓄優遇税制→非課税貯蓄制度の廃止を含め見直す。



国際収支不均衡を是正する方法として
 1モノ、つまり経常収支を是正
  例、内需拡大による国内消費の拡大、農作物の輸入の拡大、産業構造の転換による国際分業 など
2カネ、資本収支の是正することで国際収支として不均衡を是正。
  例 国際通貨価値の安定化と金融自由化・国際化
の二つに分けられる。前川レポートにおいては1のほうが大きい。


  • その後の政策に与えた影響
所得税減税→消費税導入(曽根内閣時の売上税法構想)
石炭鉱業の縮小、海外炭の輸入拡大(産業構造の転換に伴い)
農産物の輸入自由化(米、オレンジ、牛肉など)
日中投資保護協定

金融ビックバンと共通する点(とくに4.国際通貨価値の安定化と金融自由化・国際化)
業態間の相互参入、投資信託の窓口販売、インターネット証券会社の新規参入
→取引の自由化のさらなる推進、流通市場の拡大・強化。
外為法の改正→非居住者による資金の調達、運用の両面での取引拡大、運用面での国際化。



④70年代の国際的経済事情(文責:芋月)

課題:1970年代以降の金融市場の変化は、1980年代の日本に、どのような影響を与えることになったのか。
ここでは、その1970年代の金融市場の変化を簡単化しながら、記述していきたい。


石油危機


ロンドンを中心に巨大なオイル・ダラー市場が発達
(つまり、オイル・マネーが金融市場に流入してきて、市場規模を巨大化したということか?)


ユーロ市場が発達
※発行国であるアメリカ以外の地域に預けられた米ドル建ての定期預金が狭義のユーロ・ダラーであり、
それを取引する市場がユーロ・ダラー市場である。ユーロ円などドル建て以外の取引市場も含めて
ユーロ・カレンシー市場と総称される。同様の債権取引市場がユーロ・ボンド市場であり、発行国以外の
地域で行われる発行国の通貨建てによる金融・証券市場の総称がユーロ市場である。国内とのつながりを
絶って外国からの資金を外国に貸し出す(いわゆる外取引の)場合にはオフショア市場と呼ばわれる。
(伊東編『現代経済学事典』「ユーロ・ダラー」の説明より)


アメリカ国内における、金融の流れが変化
 ・預金金利は、アメリカ国内では規制されていたために、5%だが、自由金利のユーロ市場では15%
 ・資金が金利の低いところから高いところに流れた


金融商品の開発、金融技術革命
 ・メリル・リンチなどの証券会社は、預金金利規制を受けなかったために、
  高金利のマネー・マーケット・ファンドなどの金融商品を開発
 ・コンピューターなどの技術革命が金融技術革命を後押し


規制によって、低金利に抑えられていた銀行は窮地に陥る


アメリカの銀行は、金利規制撤廃を要請(金融自由化の発端?)


↓この間の変化については、まだ調べていない


アメリカ側から日本へ全面的な金融自由化の要求(84年の日米円・ドル委員会)
(どうして、アメリカが日本に対して、自由化を要求するのかについては、不明?)


これも一つの契機となって、日本の金利の自由化を加速させ、業務規制の緩和、国際資本
移動規制の緩和などの金融自由化が進んでいった。
(日本においては、どのような形で金融の変化に対応しようとしていたのか?また、国債の
発行が増加していたことなどもあったと思うが、それらは、どのような形で関連している
のだろうか?)

↓日本において、バブルがどのようにして発生したのかについても調べる必要がある。
↓・プラザ合意
↓・「前川レポート」
↓・世界の金融の変化に伴う、日本の金融マンの認識の変化
↓3つとも、具体的に、どのような形でバブルの要因になったかについては不明。

バブル経済→崩壊


96年の橋本6大改革

参考文献:
中村政則『戦後史』岩波書店、2005年、p.169-177。
伊東光晴編『現代経済学事典』岩波書店、2004年。


⑤中曽根政権時代の財政状態と構造改革の必要性
  • 財政状態 
 <原因1>
 73年オイルショック
 ↓
 狂乱物価   
 ↓
 「需要抑制型」政策 ・財政面 個人住宅・公共事業上半期前倒し
           ・金融面 公定歩合引き上げ
 ↓
 75年下半期 スタグフレーション→税収の大幅な不足
       補正予算 歳出17兆3400億に3兆9000億のもれ
       →特例国債 2兆2900億「赤字国債」

 財政の2原則 「建設国債の原則」・「市中消化の原則」
 →公債依存度30%論
 ↓
 以後 赤字国債依存財政

 <実体> フロー80年ベース ストック79年ベース(英・仏は78年ベース)
 フロー 公債依存度33.5% 発行規模14兆2700億 米・英・西独・仏の合計に匹敵
 ストック 日本30.1% 米28.2% 英45.4% 西独13.9% 仏3.4%  

 <原因2>
 高度経済成長期~オイルショック期 毎年巨額の自然増収 
 ↓
 増税はおろか、減税減税
 ↓
 オイルショック以降 
 税収が落ち込む一方で諸制度のほうは当然増収的膨張の仕組み
 ↓
 歳出・歳入のギャップを特例公債等で補填
 ↓
 構造改革の必要性

  • 80年代の好景気について
 輸出企業は好景気、国内産業は振るわない
 貿易黒字→円切上→価格増でも外国での売上は堅持(燃費のよさ)→以前貿易黒字
 一方国内はスタグフレーション

  • 構造改革の推進(ブレーン政治)について
 鈴木政権での中曽根は行政管理庁長官 
 臨調(臨時調整調査会)会長土光敏夫経団連名誉会長
 ↓ 
 行革審(臨時行政改革推進審議会) 中曽根政権時代

参考文献:
長岡実『素顔の日本財政』金融財政事情研究会、昭和56年
和田八束『財政危機の克服』東経選書、昭和57年
土志田征一『経済白書で読む戦後日本経済の歩み』有斐閣、2001年
宮島洋『財政再建の研究』有斐閣、1989年
牧太郎『中曽根政権・一八〇六日<上>』行研、昭和63年


①プラザ合意 (小野塚)
  • プラザ合意
1985年9月 米・日・独・英・仏(=G5)
ドル安に向けたG5各国の協調行動への合意
「近い将来に10~12%のドル下方修正」

  • プラザ合意の背景
米国の貿易赤字の増大
→アメリカは金融資本主義(この前原田さんが言ってた、個人消費主体の過度な経常収支赤字+資本収支黒字)に移行途中?赤字を解消のための手段を模索中?プラザ合意はそのための手段?

  • プラザ合意の影響
アメリカ国際収支調整
貿易収支改善がみられる。
しかし、1992年より、経常収支のGDP比は増加へ転じる
(ドル安は進行中)
日本国際収支
輸出:あまり落ち込まず
輸入:一貫して増加
←円高によるドル建て輸入価格の下落および内需拡大による輸入品需要の増大
成長刺激による増加ではないだろう
⇒アメリカ国際収支改善にそれほど効果的でなかったのでは?
⇒日本に財政・金融政策の緩和を求める

参考 『プラザ合意の研究』 近藤健彦