554-555

作者:ID:5mXxboa4

 早朝、倉刀が館の廊下を歩いていると、美作が慌てた様子で部屋から飛び出してきた。
その顔は涙でくしゃくしゃだ。
「大変だよ!倉刀!」
「いったいなんだ?」
「ばっちゃんが猫になっちゃった!」
「……は?」

~~2月22日、ハルト邸にて~~

 まだうすら寒い談話室は暖炉の火に暖かく照らされていた。
 小さなテーブルを挟むようにして倉刀と美作のふたりは座り、ぼんやりと紅茶などをすすっている。
 美作はだいぶ落ち着いたようだった。まだ目は赤いが、もう涙は浮かんでいない。
 倉刀はそんな彼女のカップにお代わりを注いでやりながら言った。
「……落ち着いた?」
 美作は頷く。
「よし、それじゃあ、最初から順を追って説明してほしいんだけれど、大丈夫?」
「……うん、へいき。」
「じゃあ、お願い。」
「あのね、今朝、ぼく、ばっちゃんを探していたんだ。」
「うん」
「それで部屋に行ったんだけど、誰もいなくて……」
「うん」
「そしたら、ベッドの上に……」
 そうして美作は暖炉の前で丸まるものを指さした。
 倉刀は頭を抱える。やはりそういう展開か。
 暖炉の前を我が物顔で占拠する毛むくじゃらは、紛れもない猫だった。
白い毛並みはとても美しく、キラキラと銀色に輝いているようにも見える。
青く透明な両目は思慮深さを感じさせ、同時にどこか威圧的でもある。
全体としてはどことなく気品もあり、なるほど我らが師匠っぽいと言われれば師匠っぽい。
 だが果たして人間が猫になるなんて、そんなことはあり得るのだろうか?
たしかに彼女に弟子入りしてからというもの、どうにも説明のつかない不思議なことには何度も遭遇してきたが、
さすがにこれは……
 ちらりと美作を見る。どうやら彼女はあの猫がそうだと信じきっているらしい。
 しかしどうしようもなく、倉刀は紅茶を飲んだ。
 まぁ、別に師匠が猫になったところで、それはそれでなんの問題も……
「ばっちゃんが猫になったところで、それはそれで……」

 不意に美作が、倉刀自身の思考と同じことを呟いたので、倉刀は思わず彼女を見た。
彼女の視線は猫に注がれている。
「まぁ、そうだね。別に師匠が猫になってもそれはそれで……」
「そうだよ、それはそれでーー」
 だが美作が叫んだ言葉は倉刀の予想外だった。
「ーー萌えるからよし!ばっちゃー!」
 そうして立ち上がり、くつろぐ猫にフライングボディアタック。だが猫は一瞬はやく気づいてすりぬけたので、
美作は床に叩きつけられた。
 倉刀は駄目だこいつ、と頭を抱えたが、美作はそんなことには構わない。
「もふもふさせれーー!!」
 そう絶叫しながら、猫のあとを追って部屋を出ていった。

 部屋にひとり残された倉刀は、美作が戻ってくるまで小説を読んでいたが、戸口に現れた気配に顔を上げ、
微笑んだ。
「どこへ行かれていたのですか?」
「なに、大した用ではない。」
 気配はこつこつと革靴の音をたてながらテーブルのそばの椅子に座り、いつ用意したのか、
新しいカップを引き寄せた。
 倉刀は本を閉じ、ティーポットをとる。カップに注ぎながら話しかけた。
「美作が、あなたが猫になってしまったと騒いでいました。」
 それを聞き、相手は呆れたように少し笑った。
「相変わらずわけのわからない考えをしている。人が猫になるなんて、あるわけないだろう。」
「まったくそうですね。……ところで」
 倉刀は相手はの肩を指さした。
「白い毛がたくさん、肩についていますよ。」
 言われて、不満げにその毛を指でつまんで捨ててから、ハルトシュラーは紅茶をすすった。

ーー日付は2月22日、猫の日に起こった、少し不思議な出来事。


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最終更新:2012年05月26日 01:45
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