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作者:ID:8hy+hQU0

空に月が輝いていた。
その月下に琴の音がひとつ。
台座に赤敷物を敷いて美作が和琴を奏でていた。
その傍らで倉刀が茶を点てている。
二人とも和服が様になっていた。
そして、彼らから離れた先の赤敷物に少女が一人。
月光に劣らぬ銀髪をさらさらと風になびかせ、倉刀が点てた茶を頂いていた。
この少女も着物、身を整えて周りの桜を眺めている。
ハルトシュラーである。
ここは迷い家の庭、ハルトの敷地内だ。
師の提案により、夜桜の花見としゃれこんでいたのであった。
普段と違い、和服正装なのは風情を介するハルトゆえか。

「桜が綺麗だな、倉刀」

飲み干した椀を置き、ハルトは呟いた。
湯の加減をみながら倉刀は頷いた。

「左様で」
「なぜ綺麗か分かるか?」

師の問いに、しばし考える倉刀。
その間にハルトは美作へ声をかける。

「美作はどうだ」

問いかけられた美作は、手を休め師匠をじっと見つめる。

「う~ん……。淡い色してるから、とか?」
「倉刀」

ふたたび見つめられた倉刀は面差しをあげ、師に答えた。

「散るゆえ、かと」
「ほう」
「桜は散ります。ゆえに人はその儚さを感じます」
「なるほどな」

ハルトは立ちあがって二人に近寄り、自ら茶を点てる。そして二人に薦めた。
二人が茶をいだくと、ハルトは口を開いた。

「桜は語らぬ。季節になって花を咲かせ、そして散っていく」

……ふわり。
ハルトの茶碗に、散った桜の花がひとひら舞い降りた。
それをみてハルトは微笑む。

「後世に続き人々を魅了する物もあれば、一瞬ゆえに魅了する物もある。
 不思議。見事よな、作品というものは」

師の言葉に二人はそろって頷いた。

「御意」
「そうだね、婆ちゃん」

三人は桜と、それをうつす月下の夜空を飽きることなく見つめていた。


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最終更新:2012年05月26日 01:43
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