本当にあった?怖い話

作者:ID:caFRxlgo

 それは蒸し暑い夏の夜のことでした。
 作業に熱中していてすっかり時間のことを忘れていた僕は、時計を見て驚きました。なんともう深夜三時をまわっています。
 席を立ち、キッチンで何か水でも飲んでから眠ろうと思い、部屋を出ました。
 僕の部屋は、大体は二階にあります。この館では階数なんかあてになりませんが。
 廊下は暗かったです。しかし窓のよろい戸は下りていないので、月明かりが差し込んでいました。
 そのせいでなにもかもが虚ろに感じます。何もかもがぼんやりとしています。
 まるで異世界に迷い込んだかの様でした。
 僕は蝋燭は要らないと思い、手ぶらで廊下を歩みました。
 廊下には足音だけが響きます。こつ、こつ。
 もしその音が絶えたら、もう二度と動けなくなるんじゃないか。そんな思いさえ抱かせるほどに、あまりにも館は静かすぎま
した。
 やがて階段にたどりつきます。ここには壁に窓がなく、月明かりが届かないので、階段の上も下も闇です。一寸先も見えません。
 ここに来て僕はやっぱり明かりをもってくれば良かった、とひどく後悔しました。
 だって怖いんです。最近ではついぞ見かけなくなった本物の闇がそこに大口をあけて蹲っているんですよ。僕のような小心者に
は絶えられない恐怖です。
 僕は部屋に戻って、明かりを取ってくることに決めました。
 そうして階段に背を向けた時でした。
 どさり。
 何か重く柔らかいものが落ちる音が下の階からしました。
 不振に思い、闇の中を覗きこみます。
 何も見えません。ただ、黒が広がってます。
 言い知れない不安にかられ、つばを飲みこみました。
 その時、闇の向こうで何かが動いたような気がしました。
「誰かいるんですかー……」
 恐る恐るですが、問いかけます。
 すると、それに答えるように、やはり何かが動きました。
 師匠でしょうか。いや、彼女なら問いかけられたらちゃんと返事をするはずです。
 美作でしょうか。いや、彼女は夜更かしすると肌によくないから、とか言っていつも十時ごろには寝ています。
 ならば、階段の下にいるのは?
 僕は恐ろしくなりました。
 ですが僕も男です。少し悩んだ末に、勇気を出してその正体を暴いてみることにしました。
 強くこぶしを握ります。階段に一歩、足をかけます。
 まずはあの踊り場まで行こう。そこまでいけば、階下にも月明かりが差し込んでいるはずだから、一体下にいるものが何なの
か、それぐらいの判断がつく位には明るいでしょう。
 ゆっくり階段を下りていきます。ゆっくりです。急いでは相手もびっくりするでしょうし、なにより僕自身がパニックになり
ますから。


 そうして、本当にゆっくりな動作で階段を下り、やっと踊り場につけた、と思ったときでした。
 階段の下に目をやった僕は体を硬直させました。
 原因は、その階段の下のものからの恐怖です。
 階段の下にはやはり何かが居ました。
 しかしそれは師匠でもなく、美作でもなく、不審者でもありませんでした。
 ぼんやりと光を放つ彼女は、綺麗な、銀の長髪をしていました。整った顔立ちで、まるで仏蘭西人形のようです。
 白いブラウスにその軽そうな体を包んでいました。
 ですが臍から下には何も着ていませんでした。当然です。だって着る体が無いのですから。
 彼女は上半身だけでした。ですが彼女は階段を下りてきた僕を見、そして――なぜはっきりとそう分かったのかはわかりませ
んが――笑いかけてきたのです。
 僕は動けませんでした。目の前の光景がショッキングすぎて、頭が止まってしまったのです。
 ですから彼女がその体をその非力そうな腕で引きずり、階段を一段ずつ上ってきても、僕はただ見ているだけでした。
 踊り場まで彼女はやってきました。そこで僕は気づいたのです。
 この子には下半身だけでなく、目も無いのです。眼窩はぽっかりと、闇を満たしていました。
 その瞳の無い目と目が合ったとき、僕の金縛りは唐突に解けました。踵を返してダッシュです。叫ぶよりダッシュです。
 僕は自分でも驚きのスピードで階段を駆け上がり、自分の部屋に駆け込み、鍵をかけました。
 心臓が痛いです。冷や汗も普通の汗も出まくりです。でもそんなことはどうでもいいです!
 僕は壁を背にして、じっとドアを見つめていました。手にはさっきまでの作業で使っていた彫刻刀を握っています。
 しかし、何も起こりません。ドアはいつまで経っても破られる気配はありませんし、壁を背にしているのに背後から手が伸び
る、だなんてお約束の展開もありません。
 そして集中力も切れかけた頃、僕の心臓は再び震え上がりました。
 こつ、こつ、こつ……
 足音です。
 誰かが廊下を歩いています。
 僕は息を潜めてその音が通りすぎるのを待ちましたが、はたと考えを改めました。
 階段の下にいた彼女には足がありませんでした。なら足音がするわけありません。ということは、今廊下を歩いているのは、
美作はもう寝ていますから、師匠に違いありません。
 師匠なら、オカルティックな知識も豊富ですし、今僕が目にしたものも一体何なのかがわかるかも知れません。
 僕は扉に駆け寄り、鍵をあけ、その足音の主を探しました。
 足音の主は目の前にいました。
 脚だけで。
 僕は腰をぬかし、床に座り込みました。
 目の前の、丁寧にスカートと靴まで履いた、腰から下しかない人間は、ゆっくりと僕に近づいてきます。
 声も上げれません。涙も止めれません。
 ああ、もうだめだ――そう思った時でした。
 なんと僕の足に躓いて、目の前の脚が転んだのです。どすり、と重い音がしました。
 あっけにとられた僕は、自分の横に転がってもがいているその脚の、腰を見ました。
 配線やらピストンやらが見えます。
 突然明かりが僕の目に飛び込みました。
「……何やっているんだ?」
 いつのまにか僕の師匠、ハルトシュラーが明かりを持ってそばに佇んでいました。
「え……?あ……」
「夜更かしは体に悪いぞ。」
 そういって彼女はその脚を持ち上げ、元のように立たせます。
 僕はまだ満足に発せられない声をなんとか出し、師匠にそれはなんなのか、と訊きました。
「これか?面白いだろう。一分の一スケールの私のロボットだ。今は動作テスト中でね。館の中を散歩させていたのだよ。」
「心臓に悪いです!」
 いつもの癖で突っ込んでいた。
「だから邪魔にならないよう真夜中にやっていたんだが……どうした?」
「……もういいです。」
 僕は立ち上がった。幽霊の、正体見たり、メカ人間。字余り。
「……?ところで」
「はい、なんでしょう。」
「足元のそれはなんだ?」
「え?何――」
 瞳の無い目と目が合いました。


おわり


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最終更新:2012年05月26日 01:28
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