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作者:ID:9mPVBEMs

「お師匠さま、僕、死にそうです。」
 やっとのことでそう言ったが、ハルトシュラーはさほど驚きもしなかった。
「そうだな。」
 彼女はそうとだけ言って読んでいる分厚い本を閉じる。
「たしかに今、お前はピンチだ。」
 彼女は全てわかっているようだった。しかし少しも慌てるような素振りは見せ
ず、椅子から降り、本を抱えて棚へと向かう。
 目で彼女を追いかけ、何か反応を返してくれるのを待ったが、彼女は僕のこと
はお構い無しに新たに本棚から一冊取りだし、中身を確認し始めた。
 僕は頼んだ。
「なんとかしていただくことは……?」
「それはお前の問題だろう?自分で何とかしてみろ。」
 彼女は横目でこちらを見、悪戯っぽく笑った。
 僕は肩を落とす。
「はぁ……どうしろっていうんですか……」
「本人に聞けばいいだろう。」
「僕は師匠と違って、そんな勇者なことは出来ない人間です。」
「お前は勝手に壁を作っているだけだ。とりあえずやってみろ。案外上手くいく。」
「そうですかねぇ……」
 僕は帽子を直した。
 その時だった。
 部屋にけたたましいベルの音が響いた。
 僕は顔をあげ、その音の発生源を見る。
 少し離れた机の上の、レトロなデザインの電話が、ひどく不吉なものに見えた。
 僕は諦めのため息をつき、自分の頬を軽く叩いてから足を動かす。
 いつもより受話器が重い。
 それを耳に当てた僕は相手が口を開くより先に発言した。
「こんにちは、メリーさん。」


 最初にその電話がかかってきたのは今朝だった。
「私メリーさん。今……に居るの。」
 勿論悪戯だと思ったが、よくよく考えて見るとこの館の電話番号を知っている
人間は限られているし、というかそもそも正しい番号でかけたからといって、必
ず繋がるような代物でもない。
 しかもその電話は一度だけでなく、二度三度と続いたのだ。
 これは異常だと思い、師匠に相談したところ、『学校の怪談』なる本を渡され
た。
 早速目を通すと、なんと今の自分とまるで同じ状況の話が書かれていた。
 その話には、怪談にはよくあることだが、主人公が最後にどうなったかが書か
れていない。しかし、大体想像はつく。
 その辺りでやっとこの身に迫る危機を真に理解し、慌ててハルトシュラーに助
けを求めたのだった。


 そして今に至る。
 受話器の向こうの話し相手は予想外の展開に戸惑っているようだった。

 きっと友好的に話しかけられることなんて殆ど無いのだろう。
 僕は体を反転させ、近くの壁を背にして寄りかかった。
「今どこに居ますか?あとどのくらいかかります?」
 全身を強ばらせる緊張をなんとか捩じ伏せながら、僕は明るくそう続ける。
「え、えぇと……今は……」
 オロオロしつつも何とか答えようとしている通話口の相手に、僕は間髪入れず
にさらに言った。
「折角お電話くれたのです。あなたはメリーさんでしょう?あの有名な。」
「うん……」
「でしたらこの機会に是非ともゆっくりとお話を聞かせていただけませんか?二
時間下さればケーキも焼けます。」
「え!?」
「どうでしょう?」
 我ながら口が回る回る。
 勢いでケーキ焼くとか言っちゃったけど準備もなにもしてないよヤバイよ。
 視線を上げたら師匠と目が合った。
 彼女はとても楽しそうにこちらを眺めてくれやがっていた。
「あ……はい、じゃあ、二時間後に……」
 何故か向こうも敬語になっていた。
「ありがとうございます。ではお待ちしています。失礼します……」
 きちんと相手が先に電話を切るのを待ってから、自分もそうする。
 途端にどっと冷や汗が吹き出し、足に力が入らなくなった。
「うーあー!」
 床に崩れ落ちたものの、手を机にかけることで、何とか倒れるのは堪えた。
 息も荒くなり、目には涙が浮かぶ。
 そんな僕を眺めて、ハルトシュラーは言った。
「ほら、やってみると意外と出来るだろう?」
「もう二度とやりたくないです。」
 僕はありったけの恨みを込めてハルトシュラーを睨んだ。
 彼女は笑う。
「まぁしかし中々上手かったぞ。この手のやつは追い返すより迎えた方がいい。」
「そんなこと知りませんよ。」
「わかっていてそうしたのではなかったのか?」
「僕は殺人鬼、しかもお化けなんかと電話で話したことは無かったので。師匠は
どうか知りませんが。」
 わざと嫌らしくそう言い、僕は壁に手を突きつつも何とか立ち上がった。
 今までの人生で一番緊張したかも知れない。
 ため息は尽きなかった。
「さてと。」
 ハルトシュラーは髪を肩から払い、手で指を軽く引き伸ばす。
「準備しなければな。」
「何のですか。」
「お客人を迎える準備に決まってるだろう。」
「なんで師匠が?」
「いくら相手がお化けとはいえ、お前のケーキを食べて無事でいられるとは思え
ないからな。」
 彼女の言葉に僕はカチンときたが、しかし反論のしようも無かった。
「……悪かった、もちろん冗談だ。そんな顔をするな。」
「師匠の冗談はそう聞こえません。」
 ハルトシュラーは困った様に首を傾げる。
 僕は疲れた頬で微笑んだ。
「じゃあ、お願いしていいですか?」
「もちろん。任せておけ。」
 そう答えた彼女は、その瞬間だけはパァッと明るい、外見相応の表情を見せて
くれた。

 そして彼女は軽快な足取りで部屋の扉を開け、廊下に消えていった。
 残された僕は電話を見る。
 果たしてメリーさんは……
 彼女は素直に待っていてくれるのだろうか?
 そんなことは考えても仕方がないと判断し、僕は帽子をかぶり直す。
 それから「よし!」と一声気合いをいれた。


 シフォンケーキは会心の出来だった。
 辺りに漂う紅茶の香りは、どんなに茶に無知な人間であろうとそれに対して敬
意を抱かせる程に上品。
 その赤茶けた表面は他のどんなケーキの中に紛れようとすぐに見つけられるほ
ど、別次元の輝きを放っている。
 もしこのケーキをイギリス国王お抱えのパティシエにご馳走したなら、彼は文
字通り脱帽するだろう。それだけの代物だ。
 果たしてこれだけのモノを作れるようになるまでに、
僕には後何百年必要なのだろう。
 切なくなった。
「お見事です。」
 思わず拍手までしたくなったが、彼女はそういうことは嫌う質なのだ。組んだ
腕は落ち着かなかった。
 ハルトシュラーは三角巾とエプロンを外して腕にかけ、襟元をボタンは外さず
に緩めた。
「まぁ……今回はわりと上手くいったな。きっと口に合うに違いない。」
「師匠のケーキが合わない口の持ち主なんて居ませんよ。」
「止めろ恥ずかしい。誉めても何も出さんぞ。」
 そう言って顔を背けた。
 僕は壁の時計を見、それから電話を見た。
 もうそろそろだ。
 果たして電話がかかってくるのか、玄関の扉が叩かれるのか、はたまたいきな
り背後に立つか。
 無意識に僕は壁を背にしていた。
 ハルトシュラーはエプロンを置いてくるためか、知らぬ間に部屋から消えてい
た。
 時計の音だけが響く部屋で、僕は壁に寄りかかりながら、テーブルの上に置か
れたシフォンケーキの湯気が織り成す複雑な模様を眺めていた。
 ふと時計に目をやる。時間が遅い。
 落ち着かない気分のまま一人足首を回したりしていると、突然、ベルが鳴った。
 ビクリとして電話を見るが、音の出所はそこでは無かった。
 僕は慌てて部屋を出、帽子を押さえながら廊下を走り、エントランスへ出た。
 息を整えつつネクタイを締め直し、身嗜みをザッと確認する。
 何、恐れる必要は無い。いつもと同じだ。同じように、礼儀正しくしていれば
いい。
 息を吐く。
 一瞬だけ目をつぶり、開けて、扉に手をかけた。
 重く大きい扉を開く……
「ようこそいらっしゃいまし……?」
 礼をしながら扉を開けた僕は、顔を上げてようやく気づいた。
「……何やってんの?」
 つい間抜けな声を出してしまった。
 扉の向こうに居たのはメリーさんでは無かった。
 彼女は手を後ろで組み、何故だか気まずそうに苦笑いしていた。
「いや、あはは……」
 美作創の笑顔は明らかに不自然だった。
 僕はため息をつく。


「あのな、今からちょっと大事なお客様がいらっしゃるんだ。中に入るなら早く
してくれ。」
「いやー……多分、そのことなんだけど……」
「……なんだよ。」
 美作の視線は泳ぎっぱなしだった。
 僕はピンときた。
「……もしかして……」
「ゴメン!」
 彼女は急に頭を下げ、手を僕の前で合わせた。
 僕はわずかな怒りを感じた。
「おい、まさか本当に?」
「ゴメン!あの電話、僕のイタズラ……だった……んだよ?」
 彼女は顔を上げない。
 僕は危うく崩れ落ちそうになったところを、扉に手をつくことで堪えた。
 あの電話が、イタズラ……?
 度が過ぎてるだろ。
 思わず舌打ちが出た。
 美作はそれに反応して顔を上げ、大袈裟な仕草で言う。
「いや、いくら倉刀でもまさか信じるとは思わなくってさ……」
「……ああ、そうですね、僕はこんなイタズラも見抜けない大間抜けですね。」
「もう本当にゴメン。ケーキ焼かせちゃった……よね?」
「謝るなら師匠に。」
「ばっちゃが作ったの?」
「自分で作るべきだったよ。そしたらお前が苦しむ様を見れたのに。」
「……ゴメン。」
 必死で謝る彼女を見ていた僕は、何故だか急に空しくなり、扉から離れた。
「いいよ、入って。師匠と一緒にケーキ食べよう。」
「え、本当?」
「ちゃんと謝ってからな。」
 また苦笑いをした美作はゆっくりと館の中へと入り、そうして玄関の扉は閉められた。


「……にしてもさ。」
 フォークが軽い音を立てて置かれる。
「信じた倉刀も倉刀だと思うんだよね。普通信じる?こんなあからさまなの。」
「まぁ……ね。」
 紅茶を啜る美作の言葉が少し耳に痛かった。
 考えてみると不自然なことばかりだったのだ。お化けがちょっと相手に強気に
出られたからと言って、後何時間くらいしてから来てくれ、なんて要求聞き入れ
る訳がない。妖怪変化はこちらの都合に合わせないから愛されるのだ。
「自分でも馬鹿だったな、と。」
「だよね。全く、『良い人』なんだから。」
 美作の皮肉を聞き流し、ハルトシュラーの方に視線を飛ばす。
 ハルトシュラーはほとんどケーキに手をつけていなかった。
「師匠、どうかしましたか?」
 僕が声をかけると、俯いていた彼女は我に返ったようで、その額に指を当てた。
「いや……鈍ったな、と。」
「すごく美味しいですよ。」
「そっちじゃない。」
 彼女は窓の外に顔を向けた。中庭では名も知らぬ小鳥たちが芝生の上で何かを
ついばんでいる。
 一体何のことを言っているのか、彼女は話してくれそうに無かったので、仕方
なく僕はまた美作に話しかけた。
「それにしてもさ、幾つだよ、美作。こんな悪戯するなんてさ。」
「だから悪かったって。」
 彼女のフォークを置く音は少し大きくなっていた。
「一回だけなら笑えるけどさ、ご丁寧に順番までなぞるなんてさ。」
「どゆこと?」


「朝早くからこんな下らないことのために何度も電話かけてくるなんて、暇人に
もほどがあるだろってこと。」
「ゴメン、何の話?」
「お前の悪戯に決まってるだろ。」
「僕、一回しかかけてないよ。」
「え?」
 思わずフォークが止まった。
 美作は続ける。
「僕がかけたのは、倉刀がケーキをご馳走するって言ったやつだけだよ。それ以
外は知らない。」
「……マジ?」
 美作は頷いた。
「凄く驚いたよー。だって、僕がメリーさんの振りをしてイタズラ電話かけるの、
倉刀予めわかってたんでしょ?」
 ……じゃあ待て、もしかして朝のやつは――

 電話が鳴った。


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