327-328

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作者:◆5aBFKJ2h96 ---- 迷い家、というものがある。 山中に迷い込んだ旅人が人気のない屋敷にたどり着くという話だ。 箸のひとつでも持ち帰れば裕福になれるという。 そのような伝承を知ってか知らずか、一人の男が迷い込んだ。 男の名前は倉刀 作(くらとう さく)。 彼が見たのは空腹がみせた幻だったのだろうか。 いや、確かにそれは現実だった。 屋敷の前で憔悴しきっていた倉刀を、屋敷の主人が出迎えたのだった。 その女主人の名は、ハルトシュラーといった。 これはハルトシュラーと倉刀の、ちょっとした物語。 小さな和室に、男女が囲炉裏に向かいあって座っていた。 男は倉刀、女はハルトシュラーである。 ハルトシュラーは、部屋の障子の下半分を開けさせ、外の景色を眺めていた。 窓の外では降り積もる雪が地面をおおい隠してはじめている。 ハルトシュラーは先ほどから飽きもせず、その光景をずっと眺めていた。 倉刀は、変わり映えしない景色に興味をもてないのか、ときおり辺りに視線をうつしていた。 ときおりハルトシュラーの方にも顔をむけてみる。 長い金の髪に、黒を基調とした西洋のドレス。 和室にはすこし不釣合いだったが、少女の格好は良家の育ちを思わせた。 同じく座っていても、高さは倉刀の胸までしかない。 だが倉刀は、目の前の少女から刃にも似た厳格さを感じ取っていた。 この少女は見かけとは裏腹に、自分よりはるかに長生きしている。 ハルトシュラー本人からは過去を聞いた事はないが、倉刀はそう確信していた。 官憲に追われ山中をさ迷っていた倉刀を、ハルトシュラーは匿ってくれたのである。 それは、一時の気まぐれだったのかもしれないが、 結果的に助けてもらった事に、倉刀は恩義を感じていた。 そして、屋敷内にある不可思議な品々、贋作師であった自分の前で、 少女が手がけた作品の素晴らしさ。 打ちのめされた倉刀は、気がつくと弟子入りを頼んでいた。 ハルトシュラーは、大して興味無さそうな表情で、気だるげに頷いたのであった。 それから、倉刀はこの屋敷で住まう事になったのである。 師匠の身の回りの世話をしながら、技量を磨く日々。 腕前は向上したが、倉刀は満足できなかった。 (おししょーには、まだ遠い……!) 知識が深まるにつれ、師匠の技術の深淵さに圧倒されていく。 こうやって師匠が眺めている景色から、何かを掴もうとするが、 自分には何も感じられなかった。 そんな倉刀の心中を察したのか、ハルトシュラーは視線を外にむけたまま声をかけてきた。 「白い、な」 「は、はぁ……はい」 言葉につられ倉刀は外を見た。 あいかわらず雪がしんしんと降っている。 微風にあおられた雪は、羽毛のように舞って地面に落ちる。 ひとつ、またひとつと積み重なり白さを増していく。 障子の先に見える景色は、辺り一面真っ白になっていた。 「雪はなぜ綺麗に見えるかわかるか、倉刀?」 突然の問いに倉刀はうろたえたが、しばらく考えて、答えた。 「白い、から……ですか?」 倉刀の答えにハルトシュラーは顔をむけ、目を細める。 「すこし違うな」 囲炉裏の火鉢を手に取ると、急須にお湯を入れてで自分と倉刀にお茶を注ぐ。 一服すると、ハルトシュラーは言った。 「語らぬからだ」 視線を外の景色にむけ、ハルトシュラーはつづけた。 「周りがどうなっておろうとも、雪は黙って落ちる。そこが河だろうと 山だろうと、家屋だろうと荒野だろうと、雪はただ黙して語らず。 ひとつひとつ小さな我が身を投じ、やがて辺りを我が身と化す。 音を消し、色を消し、全てを白きに変えて見るものを惹きこむ。 世界は自分と雪だけとなり、自身の心身もやがて雪へと溶け込んでいくのだ。 だからこそ、うつくしいのだ」 凛と響くハルトシュラーの声に、倉刀は間の抜けた声で返事をする。 「はぁ……、なるほどです、おししょー」 間の抜けた顔で、師匠のいれた茶を飲む。 緑茶の渋みが口の中に広がり、じんわりと温かさが腹中にひろがる。 湯飲みを盆におくと、師匠が尋ねてきた。 「代わりはいるか」 「いえ、けっこうです」 ふむ、とハルトシュラーはお茶請けに手を伸ばす。 煎餅をひとつ掴み、まじまじとながめる。 「こういうのもいいが、やはりコーヒーとケーキだな」 「こぅひぃとけぇきですか。西洋のお茶と和菓子ですね」 「うむ。そういえばもうそんな季節か」 「なにがですか?」 弟子の疑問に、師匠は茶を代えて飲み干し、間を持たせてから答えた。 「クリスマス、という物だ。私が生まれた故郷では、聖人の生誕を祝福し、 家族でケーキなどを作りその日を祝う」 家族、という言葉にハルトシュラーの表情が翳った気がしたが それは囲炉裏の火加減による陰のせいかもしれなかった。 「はぁ、そうなんですか」 「そうだ、……そうだ、そうだな」 ハルトシュラーは倉刀を一瞥する。 「倉刀、おまえにクリスマスケーキを作る課題を与える」 「ぅなに! え? けぇきですか?」 「そうだ」 うろたえる倉刀をハルトシュラーは冷ややかに見つめる。 「いや、だって……俺っち、けぇき作ったことないですよ?」 「だからこそいいのだ。概念に囚われず思う存分やれる」 しれっとした声でハルトシュラーがこたえる。 「いや…あの…いきなりぶっつけ本番てのはまずいのでは」 「大丈夫だ、クリスマスまであと一週間ある」 お茶を一口つけ、顔色を変えずにハルトシュラーは答える。 「あの……その……俺、考えたんですが―――」 「考えるな、迷いは創作に不必要だ」 しどろもどろになっている倉刀を尻目に、ハルトシュラーは立ち上がる。 襖の手前まで歩くと、後ろを振り向かずに静かな声で言った。 「では、クリスマスのケーキ楽しみに待っておるぞ、倉刀」 そのまま襖を開け和室から出ていく。 あとには倉刀と、静かな白銀の世界がのこっていた。 男の名前は倉刀 作。 女主人の名は、ハルトシュラー。 これはハルトシュラーと倉刀の、ちょっとした物語。
作者:◆5aBFKJ2h96 ---- 迷い家、というものがある。 山中に迷い込んだ旅人が人気のない屋敷にたどり着くという話だ。 箸のひとつでも持ち帰れば裕福になれるという。 そのような伝承を知ってか知らずか、一人の男が迷い込んだ。 男の名前は倉刀 作(くらとう さく)。 彼が見たのは空腹がみせた幻だったのだろうか。 いや、確かにそれは現実だった。 屋敷の前で憔悴しきっていた倉刀を、屋敷の主人が出迎えたのだった。 その女主人の名は、ハルトシュラーといった。 これはハルトシュラーと倉刀の、ちょっとした物語。 小さな和室に、男女が囲炉裏に向かいあって座っていた。 男は倉刀、女はハルトシュラーである。 ハルトシュラーは、部屋の障子の下半分を開けさせ、外の景色を眺めていた。 窓の外では降り積もる雪が地面をおおい隠してはじめている。 ハルトシュラーは先ほどから飽きもせず、その光景をずっと眺めていた。 倉刀は、変わり映えしない景色に興味をもてないのか、ときおり辺りに視線をうつしていた。 ときおりハルトシュラーの方にも顔をむけてみる。 長い金の髪に、黒を基調とした西洋のドレス。 和室にはすこし不釣合いだったが、少女の格好は良家の育ちを思わせた。 同じく座っていても、高さは倉刀の胸までしかない。 だが倉刀は、目の前の少女から刃にも似た厳格さを感じ取っていた。 この少女は見かけとは裏腹に、自分よりはるかに長生きしている。 ハルトシュラー本人からは過去を聞いた事はないが、倉刀はそう確信していた。 官憲に追われ山中をさ迷っていた倉刀を、ハルトシュラーは匿ってくれたのである。 それは、一時の気まぐれだったのかもしれないが、 結果的に助けてもらった事に、倉刀は恩義を感じていた。 そして、屋敷内にある不可思議な品々、贋作師であった自分の前で、 少女が手がけた作品の素晴らしさ。 打ちのめされた倉刀は、気がつくと弟子入りを頼んでいた。 ハルトシュラーは、大して興味無さそうな表情で、気だるげに頷いたのであった。 それから、倉刀はこの屋敷で住まう事になったのである。 師匠の身の回りの世話をしながら、技量を磨く日々。 腕前は向上したが、倉刀は満足できなかった。 (おししょーには、まだ遠い……!) 知識が深まるにつれ、師匠の技術の深淵さに圧倒されていく。 こうやって師匠が眺めている景色から、何かを掴もうとするが、 自分には何も感じられなかった。 そんな倉刀の心中を察したのか、ハルトシュラーは視線を外にむけたまま声をかけてきた。 「白い、な」 「は、はぁ……はい」 言葉につられ倉刀は外を見た。 あいかわらず雪がしんしんと降っている。 微風にあおられた雪は、羽毛のように舞って地面に落ちる。 ひとつ、またひとつと積み重なり白さを増していく。 障子の先に見える景色は、辺り一面真っ白になっていた。 「雪はなぜ綺麗に見えるかわかるか、倉刀?」 突然の問いに倉刀はうろたえたが、しばらく考えて、答えた。 「白い、から……ですか?」 倉刀の答えにハルトシュラーは顔をむけ、目を細める。 「すこし違うな」 囲炉裏の火鉢を手に取ると、急須にお湯を入れてで自分と倉刀にお茶を注ぐ。 一服すると、ハルトシュラーは言った。 「語らぬからだ」 視線を外の景色にむけ、ハルトシュラーはつづけた。 「周りがどうなっておろうとも、雪は黙って落ちる。そこが河だろうと 山だろうと、家屋だろうと荒野だろうと、雪はただ黙して語らず。 ひとつひとつ小さな我が身を投じ、やがて辺りを我が身と化す。 音を消し、色を消し、全てを白きに変えて見るものを惹きこむ。 世界は自分と雪だけとなり、自身の心身もやがて雪へと溶け込んでいくのだ。 だからこそ、うつくしいのだ」 凛と響くハルトシュラーの声に、倉刀は間の抜けた声で返事をする。 「はぁ……、なるほどです、おししょー」 間の抜けた顔で、師匠のいれた茶を飲む。 緑茶の渋みが口の中に広がり、じんわりと温かさが腹中にひろがる。 湯飲みを盆におくと、師匠が尋ねてきた。 「代わりはいるか」 「いえ、けっこうです」 ふむ、とハルトシュラーはお茶請けに手を伸ばす。 煎餅をひとつ掴み、まじまじとながめる。 「こういうのもいいが、やはりコーヒーとケーキだな」 「こぅひぃとけぇきですか。西洋のお茶と和菓子ですね」 「うむ。そういえばもうそんな季節か」 「なにがですか?」 弟子の疑問に、師匠は茶を代えて飲み干し、間を持たせてから答えた。 「クリスマス、という物だ。私が生まれた故郷では、聖人の生誕を祝福し、 家族でケーキなどを作りその日を祝う」 家族、という言葉にハルトシュラーの表情が翳った気がしたが それは囲炉裏の火加減による陰のせいかもしれなかった。 「はぁ、そうなんですか」 「そうだ、……そうだ、そうだな」 ハルトシュラーは倉刀を一瞥する。 「倉刀、おまえにクリスマスケーキを作る課題を与える」 「ぅなに! え? けぇきですか?」 「そうだ」 うろたえる倉刀をハルトシュラーは冷ややかに見つめる。 「いや、だって……俺っち、けぇき作ったことないですよ?」 「だからこそいいのだ。概念に囚われず思う存分やれる」 しれっとした声でハルトシュラーがこたえる。 「いや…あの…いきなりぶっつけ本番てのはまずいのでは」 「大丈夫だ、クリスマスまであと一週間ある」 お茶を一口つけ、顔色を変えずにハルトシュラーは答える。 「あの……その……俺、考えたんですが―――」 「考えるな、迷いは創作に不必要だ」 しどろもどろになっている倉刀を尻目に、ハルトシュラーは立ち上がる。 襖の手前まで歩くと、後ろを振り向かずに静かな声で言った。 「では、クリスマスのケーキ楽しみに待っておるぞ、倉刀」 そのまま襖を開け和室から出ていく。 あとには倉刀と、静かな白銀の世界がのこっていた。 男の名前は倉刀 作。 女主人の名は、ハルトシュラー。 これはハルトシュラーと倉刀の、ちょっとした物語。 ----

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