坂上波旬の早朝


「……んじゃ、行ってきまーす」


「早く消えろや塵。滅尽滅相するぞ」


最終的にマグニチュード6.8レベルにまで到達した壮大な兄弟喧嘩は、両者痛み分けということで決着がついた。覇吐は顔面に拳型の陥没を作り、波旬はその逆立った金髪のつむじから大きな瘤を腫らしている。決着は分けだが、ヌキヌキポンシリーズの始末を妨害できた分、結果は覇吐よりかもしれない。


ともあれ喧嘩が終わった頃にはいい時間。覇吐は大学へと向かうため、部屋には波旬一人となる。……否、波旬独りとなる。


「―――つまり、今から俺の天狗道タァァァァァアアアイムッ! 鬱陶しくへばり付いて離れない塵愚弟から開放される、俺による俺のための俺だけのジ・カ・ン♪ あぁ素晴らしい、なんて素晴らしいんだ……。この安アパートの狭い部屋が今から俺の理想郷となる……。此処が俺の天狗道、誰にも侵されない俺だけの大欲界! ……ふふふ……あーっはっはっは!!」


坂上波旬、無職。好きなもの、自分、孤独。嫌いなもの、他人、外界。


自閉者の究極型と呼んで差し支えないであろう彼は、自室の中で一人になれた歓喜に打ち震え、関節の存在を疑うような困難極まるヨガのポーズをノリノリで次々とキめ、大きな鏡を見ながら額に眼のタトゥシールを貼り付け、「俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺」とひたすら延々と呟き自己愛を謳う。その様は、仮に傍で見ている一般人がいたら、躊躇無く警察を呼ぶであろうレベルの狂気である。


「そうだそうだよコレなんだよ。俺の宇宙は俺だけで完成するんだよ。終始一切俺、俺、俺!! 何処までも永遠に続く俺の天狗道。これ即ち至高の道理! 俺という完全な個をもって完成する唯一絶対天上天下唯我独尊! さぁ!平らかな安息を始めようかァ、ははははははははははははっ!!」




「……またお隣さんのアレが始まったか……」


「どうしたの蓮? 美味しくない?」


同時刻、坂上兄弟の住まうあけぼの荘106号室のお隣。第五て……げふんげふん……105号室のマルグリット・ブルイユと藤井蓮の二人は揃ってちゃぶ台につき、少し遅めの朝食をとっていた。献立は一般的な和食らしい。室内にも特別目立った特色があるというわけではないが、同棲中の二人には愛があれば十分なのだろう。……もっとも、その微笑ましい同棲生活は、毎朝隣から安アパートの薄い壁越しに高密度の自愛が漏れ出してくるという至極迷惑なサービス付だが……。


「あ、うん。マリィの料理は美味しいよ。ただ隣の……」


「あぁ、ハジュンくんね。今日も元気みたいでよかった」


「……そうだな……(個人的にはいつぞやの即身仏一歩手前くらいでちょうどいいんだけど)」


向かい合う黄昏の女神の微笑みを見ているとそれ以上は言えず、コンソメで出汁をとった味噌汁を啜りながら青年は一緒に文句を呑み込むのであった。


  • 女神のコンソメ味噌汁が超飲みたいw -- 名無しさん (2012-08-17 13:16:14)
  • ぎゃははははははははははは。いいぞ。面白い。 -- 他化自在天喇叭 (2013-03-21 13:05:41)
  • ああマリィ可愛いよマリィ可愛いよ幸せそうで可愛いよ(隣室から目をそらしながら) -- 名無しさん (2013-11-15 14:47:02)
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