鳴沢美佐子12


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……目覚めた時には、竜之介はひとりだった。
「…………ん……?」
それは当然のことのはずなのに、何かが足りない気がして。
突っ伏したまま、ボンヤリと記憶をたどる。
「……む?」
自分が素っ裸で布団の中にいることに気づく。
そして、シーツに沁みた、自分のものではない匂い。
「……あ……そうか……」
前夜のことを思い出す。美佐子との濃密な情事。
もう一度、部屋の中へと視線を巡らせた。
美佐子はいない。窓からは明るい朝の陽射しが差しこんでいた。
時計を見ると、午前九時を過ぎていた。
「……そりゃ、そうか。朝の支度も、店の準備もあるし」
一抹の寂しさを感じながらも、そう納得する。
「……でも、美佐子さん……タフだなあ……」
今朝も、いつもと同じ時間に起き出して、日常をこなしているとすれば、
たいしたものだと感心する。
竜之介のほうは、体に残る重たい疲労に、なかなか起き上がる気になれなかった。
昨夜は……結局、都合四回、竜之介は欲望を吐き出した。
最後には精も根も尽き果てて、昏倒するように眠りに落ちたのだ。
「……美佐子さん、激しかったなあ……」
しみじみ呟く竜之介。
立て続けに三度の射精を遂げて、さすがに泣きが入った竜之介を許さずに、
また口と舌で無理やりに勃起を強いて、跨ってきた美佐子を思い出す。 

「ま、無理もないか。十年ぶり、ってことだもんな」
一夜明ければ、すべてが甘い余韻に変わって。
竜之介は、美佐子の溜めこんでいた欲求の大きさを思って、同情する余裕すらあった。
あれほど成熟した肉体が、十年も性的な戯れから遠ざかっていたのだから、
昨夜の美佐子の乱れようも、無理はないことなのだろうと。
勿論、竜之介の胸には、ついに美佐子と結ばれたという感慨と、そして、
美佐子との情事がもたらした深い悦楽への満足感がある。
酷使された肉体に残る疲労すら、心地よく感じられた。
竜之介は、もうそこにいない美佐子を抱くように腕を伸ばして。
美佐子の横たわっていた場所に顔を埋め、残り香を吸いこんだ。
「……俺って、幸せものだよなあ……」
実感が、聞くもののない言葉になって洩れる。
これで、自分たちの関係は決定的になった。まだ、前途にはいくつもの障害があるけれども。
必ず、ふたりで乗り越えていける、と明るい未来を確信する。
「そうなれば……いつでも、美佐子さんと……」
悦楽の時間を過ごせるようになるのだ、と胸を高鳴らせて。
……いや、昨夜みたいのが続くんじゃ、身体がもたないかも? と一瞬不安になり。
いやいや、美佐子さんだって、いつでもあんな調子じゃないだろう、昨夜は久しぶりだったから、
ちょっとはめを外してたんだよな、と結論する。
いずれにしろ、竜之介には、もう美佐子以外の女性は考えられなくなっていた。
「……美佐子さん……」
すべてが現実だったことを確認するように、またシーツに鼻先を擦りつけた。
すでに、美佐子のぬくもりは残っていないことが、惜しかったが。
それでも竜之介は、この朝に感じる至福に、しばしたゆたった。 

……さらにしばらくの時間が過ぎて。
ようやく階下へと下りた竜之介を迎えたのは、唯だけだった。
「あ、おはよう、おにいちゃん」
「おはよ……もう帰ってたんだ」
「うん。お店の手伝いがあるし…」
言いながら、トースターにパンをセットする唯。
「それに。ねぼすけさんの朝ご飯も用意しなくちゃならないからね」
「ハイハイ……ありがたいこってす」
エッヘンと胸をはる唯に、苦笑を返す竜之介。
唯は笑って、レンジに向かい、竜之介の分のベーコン・エッグを作り始める。
「……美佐子さんは……もう店に?」
「うん」
開店の準備……少し時間が早い気がした。
(俺と……顔を合わせるのを恥かしがってるのかな。美佐子さん)
竜之介にしても、いささか気恥かしいものがある。どんな顔をすればいいのかわからない。
「できたよう」
手早く調理を終えた唯が、竜之介の前へと皿を置いて、対面に座る。
焼き上がったパンにバターをぬりこむ。毎度ながらの、甲斐甲斐しさである。
(……変に態度を変えて、唯に気づかれるわけにもいかないしな)
昨夜のことは、竜之介にすれば突発的に訪れたものだった。
美佐子がそれを許してくれるのは、唯に事実を告げてからのことだろうと思っていた。
だから、突然の美佐子の行動を意外に思ったのだが。
(唯が外泊するのも、急にきまったことだったからな)
無論、唯が不在だったからこそ、美佐子は行動を起こしたのだと思う。 

「……どうかした?」
知らず、ジッと見つめてしまっていたようで、唯が怪訝な顔をする。
「あ、いや」
竜之介は誤魔化すように、パンにかじりついた。
とにかく。唯には、決して昨夜のことを気づかれてはならない。
ふたりの関係を明かした後も、その以前に肉体を重ねたことだけは隠さねばならないだろう、と思った。
……家族である唯にたいして、期限つきではない秘密を抱えてしまったことに、後ろめたさを感じて。
「……どうだった、昨日は?」
つい、機嫌をうかがうような口調になってしまう竜之介。
「うん。楽しかったよ。みんなでね、いっぱい、おにいちゃんの悪口を言い合ったの」
「……いなくても、ネタにされるのかよ」
「しょうがないよ。おにいちゃんはネタの宝庫だから」
「ああ、そうですか。……唯は、今日も店に出るのか?」
「うん。おにいちゃんは?」
「うーん……」
少し悩む竜之介。美佐子の顔を見たい気持ちはあるが。
どうも、唯の前でボロを出してしまいそうな危険を感じて。
「昨日サボったからな。今日は勉強しとく」
「そう……」
ちょっとだけ残念そうな唯。
「じゃ、休憩したくなったら、店に来てね。唯が美味しいコーヒー淹れてあげるから」
「ああ……」
食事を終えると、唯は店に、竜之介は自室へと向かった。 

「あてて……」
階段を上ろうとすると、腰が痛んだ。
体を屈めて、老人のように一段ずつ上がる竜之介。
「こ、こんな姿は唯には見せられないな……美佐子さんにも、か」
かなり情けないものを感じながら、ようよう辿り着いた部屋に入ると。
「……うん? 匂うな」
一度、出てから戻ったことで、室内に残る臭気に気づいた。
昨夜の名残、といっても饐えたような異臭はいただけない。
慌てて、窓を開け空気を入れ換える。
それから、乱れたままのベッドに向かった。
上掛けをどけると、皺だらけになって、めくれあがったシーツが現れる。
引き剥がして、ちょっと臭ってみる。
「……ウエッ」
確かに、美佐子の体臭も残っている……気はしたが。それ以上に強く自己主張している
汗と精液の臭いと混ざって、形容しがたい香になっていた。
朝は、こんなものに顔を擦りつけてウットリしていたのか、とちょっとヘコむ。
丸めたシーツを抱えて、また苦労しながら階段を下り、浴室へ向かった。
洗濯機に臭いシーツを放りこんだところで、じゃあ、こんなものの上で寝ていた自分はどうなのか?
と思い至って。その場で脱いだ服や下着も洗濯機に入れて、浴室に入った。
浴室は、使われた形跡があった。美佐子だろう。
「そりゃ、そうだよな」
そのまま、店に出るわけにはいかないだろう、と。
こんなことでも、美佐子と秘密を分け合っているようで、嬉しかった。 

熱めのシャワーで、ベタついた肌を洗い清める。
「……ここは、特に念入りに洗っておかないとな」
少しヒリヒリする部分は、慎重に手で洗う。
「……また、いつ誘われてもいいように。清潔を心がけないと」
などと言ってはみるが、そうそうチャンスはないだろうことも理解していた。
少なくとも、ふたりの関係を公にするまでは。
浮かれた気分のなかにも、竜之介なりに昨夜のことの意味を考えている。
美佐子が、自分を求めてきた。その唐突さに驚いたが、美佐子も心の中では、ああなることを
ずっと求めていたのだ。そうとしか思えない、昨夜の美佐子の行動である。
ならば、最近の美佐子の鬱屈は、その欲求を押しこめていたせいだったのか……とは、さすがに
竜之介も考えない。そこまで短絡的ではない。
美佐子は、やはり自分との関係について悩んでいたのだと思う。
特に、唯に対しての割りきれない思いに深く懊悩して。
その中で、確かなよりどころとなるものを美佐子は求めたのだと竜之介は解釈した。
竜之介自身が、昨夜の体験でそれを手にしたからだ。
一時は、美佐子の変調に不安を感じたりもしたが。
もう自分は揺らがないという確信が、いま竜之介にはある。
きっと、美佐子も同じであるはずだ、と竜之介は信じた。
あとは進むだけだ。いま、自分がやるべきことに全力を注いで。
「よし」
最後に冷たい水を浴びて、竜之介はシャワーを終えた。 

……結局、この日の竜之介は、終日を自室で机に向かって過ごした。
「おにいちゃん」
「……うん?」
呼びにきた唯に、テキストから視線を上げて。
「どうした?」
「どうしたじゃなくって。夕ご飯だよ」
「なぬ?」
時計を見れば、午後六時。窓の外は暗くなっている。机のスタンドは点いているのだが、
いつ点けたのかも記憶になかった。
「……ずーっと、やってたの?」
「ああ……ちょっと、集中してたから」
気合満点、頭の動きも快調で、没頭していたのであったが。
唯は呆れ顔で、
「……そんなことだろうとは思ったけど。お昼も食べに来なかったし」
「あっ! 本当だ。すごく腹が減ってるぞ」
「……ハァ。おにいちゃんて、絶対、体内時計がおかしいよね。一日中、寝て過ごしたりもするし」
「ちょっと忘れてただけじゃないかよう。さ、メシ、メシ」
いそいそと部屋を出ていく竜之介に、もう一度、ハァとため息をついて。後に続く唯。
だが、竜之介は廊下に出たところで足をとめて、
「唯。今日は……美佐子さんのようすはどうだった?」
心もち、声を潜めて訊いた。
「ええと……」
突然の問いかけを、唯は不審には思わない。美佐子の状態を気にかけることは、
最近のふたりの習慣になってしまっていたから。 

「今日は、落ち着いていた気がする。ボーッとしてるとこも見なかったし」
「ふんふん。そうか」
納得しきりの竜之介、いぶかしむ眼を向ける唯をあとに、足取りも軽く階段を下りて。
ただ、この日はじめて美佐子と顔を合わせるのには、少し緊張したが。
「お疲れさま」
迎えた美佐子の態度は、まったく何気ないもので。さすがだなあ、と竜之介を感心させた。
「う、うん。美佐子さんも、お疲れさま」
無難な言葉をかえして。しかし、“お疲れ”のひとことにも、
つい余計な意味を考えてしまう自分を、イカンイカンと諌めて。
「腹へったあ。いただきまーす」
とりあえずは、空腹を満たすことに集中する。ボロを出さないように。
旺盛な食欲を発揮しながら、さりげなく美佐子のようすをうかがって。
唯が評した『落ち着いている』という言葉を納得する竜之介。
美佐子は、相変わらず口数は少ないが。例の放心状態に陥ることもなく。
賑やかな唯と竜之介のやりとりの途中に話をふられれば、ちゃんと受け答えもした。
(うんうん。これだよなあ)
食後のお茶をすすりながら、竜之介は感慨にふける。久しぶりの、なごやかな団欒の構図に。
やはり、昨夜の出来事が、美佐子にとっても良いキッカケになっているのだと。
ひとり合点して、悦に入っていた。
そして。
(……もしかすると。今晩にも、唯へ事実を告げることになるかも)
とまで。先回りした考えを浮かべていたのだったが。 

唯と、春物の洋服の話などを交わしていた美佐子が、区切りのいいところで立ち上がって、
「……今日は、少し疲れたみたい。先に休むわね」
そう告げたことで、竜之介の気構えは無駄になった。
「あ、うん。今日もわりと忙しかったもんね」
特に、体調が悪いというふうではなかったから、唯はあっさりと納得する。
あれれ、ってな感じの竜之介だったが、引き止めるべき理由もなく。
唯とともに、美佐子へ、おやすみなさいを言うことになる。
「おやすみなさい」
美佐子が自室へ去って、なごやかな時間はあっさりと終わりを告げた。
「唯も、今日はもう寝ようかなあ」
唯が、小さくあくびをしながら言った。
「どうせ、昨夜はあんまり寝てないんだろ? いずみんとこで」
「うん、そうなんだ……おにいちゃん、お風呂さきしていい?」
「いいよ」
それじゃ、と唯も出ていって。ひとり残された竜之介。
「………………」
やはり寂しいものがある。
美佐子とは、ふたりで少し話したい気持ちもあったが。その疲労のわけも知っているから、
無理もいえない。
「……俺も、寝ようかなあ」 

……自室に戻った美佐子は、笑顔の仮面を外す。
この部屋が、すっかり逃げこむための場所になってしまっている。唯と竜之介から。
「………………」
足を引き摺るようにしてベッドへと向かい、腰を下ろした。
ボンヤリと宙を見つめて。
今さっきまでの食卓での和やかなひとときは、美佐子にとっては拷問のような時間だった。
美佐子は、自分への罰として、その苦痛に耐えた。
耐えようとして、これ以上は耐えられないとなって逃げ出した。
暗い部屋へと逃げて、しかし安堵の息はつかない。つかないと決めていた。
自分を責める言葉も吐かない。それもまた、自分を守るためのものだと知っているから。
責める価値すらない自分だと、思いしったから。
唯が感じたように。この日の美佐子の心は、鏡のように平らかであった。
朝、唯が帰宅した時には、そのような状態になっていた。
自責や慙愧の想いも、贖罪の涙も、夜のうちに流し尽くしていたから。 

昨夜……竜之介の部屋を訪れた。抱かれるために。抱いてほしくて。
あの時。この部屋で、おのが肉のあさましさに泣いていた顔を上げて。
風呂で身体を清めて。夜化粧をして。
階段を一歩一歩のぼっていった時に、自分はなにを考えていただろうか?
たすけてほしい、と思った。底無しの暗い穴に落ちかけている自分を救ってほしいと。
頼れるものは、彼しか竜之介しかいなかった。
竜之介なら、という一縷の希望もあった。彼が向けてくれる一途な愛情こそが自分を救ってくれるのではと。
そんな想いに、動かされていた。それは真実だ。
自分の心の真実の、一部だ。一部分でしかない。
竜之介の部屋の前に立った時。自分の“女”はすでに濡れていたではないか。
この扉の向こうに男がいて、これから自分は、その男に抱かれるのだと思っただけで、
欲深い肉体は熱く疼いて、トロトロと蕩けはじめていたではないか。
部屋に入り、竜之介の前に火照った肉体をさらした時には。もはや貪ることしか考えられずに。
せめて、それだけは、と自分に課していたはずの義務さえ放棄してしまったではないか。
最低限の義務、儀礼。竜之介にすべてを告白すること。
あっさりと、自分はそれを投げ捨てて、竜之介に襲いかかったのだ。
あの男のことなど、ひとことも口にせずに。ただうわごとのように、抱いてくれ、
犯してくれという意味の言葉だけを口走りながら。
何故、言えなかったのか? あの瞬間にも、すべてを隠したまま竜之介を求めることの
罪深さだけは理解していたはずなのに。それが、どれほどの裏切りであるか解っていたのに。
彼に嫌われたくなかったから? 彼の愛を失うことに耐えられなかったから? 

そうではない。そうではなかった。
あの時の自分が恐れたのは。
穢れた身体だからと、竜之介に拒絶されることだった。その場で、突き放されることが。
抱いてもらえないこと、犯してもらえないこと。目の前の若い牡の肉を貪ることが
出来なくなることだけが怖かったのだ。
だから、不都合な事実は穏遮した。ひととしての最低限の誠意など投げ捨てた。
すべてを隠したまま、竜之介を挑発して。そうして、望みのものを手に入れた。
猛りたった、男の肉体を。
竜之介の男性が自分の中に入ってきた時。はじめて、ふたりが結ばれた瞬間。
大切に大事に行うべきことを性急にして、感激も感動もなくしてしまったのは自分だ。
あの時の自分は、ひたすら待ち焦がれた本物のペニスを味わうことだけに意識を占められていた。
痴れ狂った。ただ己の欲望を満たすことだけを求めて。
それに巻きこまれて。竜之介はあっという間に爆ぜてしまった。
あっけない中断に愕然として。彼を責めるような気持ちさえ胸にわかせた。
竜之介の目の前で、彼の吐き出したものを味わってみせたのも、不満の屈折した表現だったと思う。
だが。そんな自分にさえ、竜之介は優しかった。
身体を清めてくれる竜之介の横顔を眺めるうちに。わずかにだが、理性が蘇った。
竜之介の優しさが辛くて。それでも卑怯な自分は、その温もりに癒されたくもあって。
すまない、とかたちばかりの慙愧を感じながら、告解の言葉を口には出来なかった。
竜之介が、二度目を求めてくれたことを幸いとして、そのまま流されることを選んだ。
……無論それは、まだ満たされない肉欲のせいでもあって。
どこまでも……悲しいほどに自分のことしか考えていなかったということ。 

それでも。二度目の交わりでは、竜之介にすべてを委ねようとした。
いまさら、本当にいまさらなことだが。彼に愛されたかった。自分から貪るのではなく。
凌辱され蹂躙されて歪められてしまった肉体を、情愛に満ちた交わりで浄化してほしい、
そんな勝手な願い。愚かな希望。
だが、そんな最後の望みを打ち砕いたのも、自分だった。
竜之介は、充分に逞しく力強かったと思う。
もし……ひと月前なら。亡き夫しか男を知らなかった自分ならば。彼との行為に、
夢のような陶酔を感じて、この上ない至福を味わえていただろう。
だが……いまの自分にとっては……。
愛し愛される相手と結ばれたという感動は、肉体の感じるもどかしさに、すぐに霧消してしまった。
やるせなさに身悶える肉体が発する叫びを聞いた。
(あの男の肉体は、もっと逞しかった)
(あの男の動きは、もっと荒々しかった)
(あの男の責めは、もっと巧みだった)
(あの男の与える快楽は、もっとずっと深くて強くて、なにも考えられなくなった)
(あの男なら…………)
ついには、竜之介の生ぬるい行為に我慢しきれずに、彼の上に跨った。
少しでも、あの男が与えた悦楽に近づけるようにと。それだけを乞い願って。
組みしいた竜之介が二度目の欲望を遂げて。
それを女肉に受けて、自分も半ば強引に絶頂に達したのだが。
(もっと、もっと)
肉の声は止まず、どんどん強くなって。
竜之介の胸に抱かれながら。ああ……自分はどんな言葉を内心に呟いていた?
優しい言葉や気遣いなどいらないから。もっと激しく犯してくれと……。
ひどすぎる。救いようがない。救われる価値もない。
そんなことなど……愛情によって救済されることなど、この時の自分は欲していなかったのだから。 

……狂った牝が、どうにか理性らしきものを取り戻したのは。
さらに二度の行為を強要された竜之介が、喪神するように眠りについたあとだった。
それほどに若者を貪っておきながら、自分はまだ満たされていなかった。
だから、力を失ってしまった竜之介の肉体を未練がましく弄いながら、
疲れ果てて眠る顔に、恨むような眼を向けてしまっていたのだが。
竜之介が、眠りの中で、自分の名を呼んだ。他意のない、純粋な想いのこもった呟き。
血の気が引いた。
なにを……なんということを、自分はしてしまったのかと。
一瞬も、彼のそばには居たたまれずに、逃げ出した。床から引っ手繰ったローブは手に持ったまま、
裸で部屋を飛び出していた。
階段を駆け下りて、自分の部屋まで辿り着けずに、暗いリビングで崩おれて。
泣いた。我が身のあさましさに、犯した裏切りの恐ろしさに、慟哭した。
この罪深い肉体が消えてなくなればいいのに、と思った。
泣き続けて。自分を責め続けて。
そうしながら、そんな自分の行為に、吐き気のするような嫌悪を感じた。
涙を流すのも自分を責めるのも、所詮は自己弁護に過ぎないと気づいたから。
あれは、狂気の中のふるまいで? いまは正気にかえって、それを悔む?
そんなことはないのだ。
たったいままでの狂態が、自分の本当の姿なのだ。
情欲に盲いて、大切な絆さえ踏みにじる。いまの自分は、そういう女なのだ。
下劣な獣が下劣な行動をとったからといって、責めるに値するものか。
ましてや、悔恨の涙など……笑止なことだ。 

嗤うべきだ、と美佐子は思った。それこそが相応しい扱いだと。
夜の居間で、裸で床に跪いたまま、美佐子は口の端を歪めて無理やりに笑った。
なのに涙が止まらなくて、それが腹立たしかった。
どれだけの時間、無様な泣き笑いを続けていただろうか。
身体が冷え切った頃、美佐子は物憂く立ち上がって、浴室へと向かった。
竜之介との情事の痕跡を洗い流しながら。
竜之介への想いも、今度こそ諦めなければならないのだと、自分に言い聞かせて。
そんな感傷も不相応だと、自嘲した。
自分を見下げはてることで、美佐子は安定を手にした。
もう、なにもない自分だと絶望することが、安息を生んだ。
そんな状態で、美佐子はこの一日を過ごした。
自分の空虚を無価値を自覚すれば、懊悩にとらわれることもなかった。
それでも……終日、店に顔を見せない竜之介のことを思うと、かすかに胸が軋んだ。
幻滅して、もう自分の顔など見たくないのだろうと、彼の心を推し量って。
悲しみとともに安堵を感じた。それでいいのだ、と。
だが。夕食になって顔を合わせた竜之介の態度に、それが早計だったと気づいた。
竜之介は、変わらぬ、いや、いままで以上に想いのこもった眼を向けてきた。
それに美佐子は、喜びよりも困惑を感じて。
耐えきれず、彼の前から逃げ出したのだった。 

変わらぬ想いを向けられること。それがいまの美佐子には苦痛であった。
「……呆れて、嫌ってくれればよかったのに……」
そう呟いて。
ハッと美佐子は我にかえった。
「……私……なにを言って……」
“そうしてくれれば、片付くことなのに”
一瞬だが、そう考えてしまった自分に愕然とする。
……まだ、自分の心には欺瞞の皮が残っていたのだ、と美佐子は思い知らされた。
絶望してみせるのも、すべてを諦めると繰り返すのも。
結局は、言い逃れで。詭弁にすぎなくて。
本当は。竜之介を……諦めるのではなくて……。
「いやだっ」
美佐子は両手で顔を覆って、ベッドに倒れこんだ。
それ以上の思考を拒絶する。これ以上、自分の醜さを見つめることが出来なかった。
この日の美佐子を支えていた、絶望という安寧は脆くも破れて。
「……ごめん……なさい……ごめん、なさい……」
美佐子は顔を隠したまま啜り泣いて、禁じたはずの言葉を何度も繰り返した。
どこまで……この暗黒は深いのだろう、と慄えた。
まだ、自分は行き着いていないのだと思えば、震えは止まらなかった。
なんでもいいから、誰でもいいから、この虚ろを埋めてくれと惑乱した美佐子が。
思い浮かべた顔は…………。 

翌日。月曜の朝。
唯と竜之介を学校へと送り出して。美佐子は『憩』の店内にいた。
いつものように開店の準備に動きまわることなく、カウンター席に座っている。
固い表情で座りこんで、美佐子は待っている。
予感があった。
すべてを見透かしているような、あの男だから。
たぶん……今日にも。
そんな確信を抱いて、美佐子は待っている。
そして。電話が鳴る。
「………………」
美佐子は立ち上がり、ゆっくりと歩み寄った。
受話器に手をかけて、一瞬の躊躇のあとに取った。
「……はい」
営業用ではない、硬く素っ気ない声で応答する。
果たして、電話は男からのもので。
『ステーション・ホテルにいる。いまから出てこい』
いきなり、用件だけを告げた。まるで、十日あまりの空白などなかったかのように。
「……はい」
美佐子が、了解をかえす。
男が部屋番号を教えて、短い会話は終わる。美佐子は受話器を戻す。
出掛ける準備をするために、家の中へと向かう。 

一時間ほど後。
如月駅に降り立った美佐子は、ステーション・ホテルを目指す。
通いなれた道だった。何度となく、この道を辿って男のもとへと向かった。
道ゆきだけではなくて。先刻の電話のように、男との間のやりとりには、
すでに確立された形式があって。それをなぞればいい、という容易さがあった。
そう、楽なのだ。いまの美佐子は、そう感じる。
あれこれと思い悩む必要がないから。
自分は弱みを握られている……そういうことになっている。
だから、男の意に従うしかない。
どうすればいいのか、とか、どうすべきか、とか考える必要がない。
考えるのは男の役割で、自分はそれを受け入れるだけ。
その関係のありようが、いまの美佐子にはありがたかった。
知らず、足取りが急いたものとなる。鼓動が早い。
身体が……勝手に蠢きはじめている。
これから過ごす時間に、久しぶりの“逢瀬”に期待して。

……部屋の前まで辿りついて。
美佐子はかすかに弾んだ息を整える。神経質に髪を直す。
ドア・ノブに伸ばした手が、震えているのに気づいた。
深く、息をついて。
美佐子は、そのドアを開けた。 

さすがに、最初の時のような高級な部屋ではない。
その後の男との“密会”に何度も使用していた、ごく普通のクラスの部屋だ。
滑りこんで、ドアを閉める。施錠する。
そして、思いきったように振り向いて、室内へと顔を向けた。
男が、いた。
「よお」
窓際の椅子に腰を下ろして、煙草を指に挟んで。馴れ馴れしい声をかけた。
「ずいぶん、早かったな。すっ飛んで来たってわけだ」
口を歪めて、皮肉な笑みを浮かべる。
美佐子は胴震いして。ジットリと下着が湿るのを感じた。
男の、舐めるような視線が、嬲る言葉が、感覚を刺激して。
どうしようもなく、血肉が熱くなっていく。
ああ……これなのだ、と実感した。
悪意を含んだ冷たい眼を向けられるのが、心地よかった。
純粋な思慕をこめた瞳で見つめられることよりも、ずっと。
男が横柄に顎をしゃくって、さし招いた。
ほとんど自動的に美佐子の足は動いて。
男のもとへと。 

微妙な距離をおいて、美佐子は立ち止まる。
見上げる男の視線から、気弱く眼をそらして。次の言葉を待った。
「ひさしぶりだな」
ごく当たり前の言葉を、男は口にした。冷淡に。
美佐子には、答えようがない。
「愛想がねえなあ。再会の喜びくらい、表してもらいたいね」
「………………」
美佐子は答えない。しかし、否定もしなかった。
「なんだよ。しばらくほったらかしにしてたんで、拗ねてんのか?」
「………………」
……そうかもしれない、と美佐子は思った。音信も途絶えていた間、
男を恨む気持ちを抱いたことも確かだったから。
「それだってよ、おまえから言いだしたことだぜ? 呼び出しを控えてくれってな」
……そうだったろうか? そんなことを自分は言ったのか……。
「それとも、ひさしぶりに逢えて、胸がつまって言葉が出ないってか?」
……それも……そのとおりかもしれない。
なにを言えばいいのか、わからなくなっている。
どんな顔を、男に向ければいいのか……。
やれやれ、と呟いて。男が腰を上げた。
ビクリと反応した美佐子は、身を固くして、近づいてくる男を待った。
下に向けた視界に、男のつま先が入ってきて。
グイと、顎を掴んで仰のかされた。
冷たい眼が、見下ろしていた。 

「……あ…」
かすかな声を洩らした美佐子は、もう眼を逸らすことが出来ない。
覚えのある男の体臭を嗅いで。軽く身体が触れ合って。
膝が震える。カッと喉の奥が熱くなった。
「……いい面だ」
ジックリと美佐子の顔をを眺めた男が笑う。
美佐子は、強い羞恥に首筋に血を昇らせた。
どんな顔を見せているのだろうか、自分は、いま。
きっと……淫らな期待に昂ぶった、“牝”の顔を……。
(……でも……どうせ、この男には……すべて、見透かされているんだから……)
いまさら取り繕ってもしょうがない、と開き直る気持ちがわく。
すべて、この男の思い通りに、踊らされてきた自分なのだから、と。
委ねれば、いいのだ。なにもかも。この男に。
男が顔を寄せてくる。
美佐子は目を閉じて、自分からも顔を上げて、それを受け入れた。
「……フ…ン…」
唇が合わさった瞬間、嬉しげに鼻を鳴らして。
入りこんできた男の舌に、すかさず舌をからめる。
男の体を掴みしめて、激しい口吻に耽溺した。
流しこまれる唾液を、嬉々として呑み下す。若い竜之介のサラリとした唾とは違うヤニ臭さ。
それがこよない甘露に感じられて。美佐子は恍惚として飲んだ。 

長く濃厚なキスが終わったときには、美佐子は白皙の頬を火照らせて、
乱れる息に隆い胸を上下させていた。
男が、軽く肩を押す。それだけの示唆で通じる。
美佐子は腰をおとして、男の前に跪いた。人形のように、男の意のままに動かされることに、
確かな安堵と喜びを感じながら。
ベルトを外して、ズボンを下ろす。毛深い脚と、こんもりと盛り上がったブリーフが現れる。
「………………」
その膨らみに眼を奪われながら、美佐子は震える指を、男の下着にかけた。
息をつめて、一気に引き下ろした。
「…………アァ…」
ゴロン、と現れ出たものの姿に、美佐子は感に堪えたような声を洩らした。
男の肉根は、まだわずかな充填しか得ずに、下を向いたままだったが。
それでも、その見事な量感は、美佐子の胸をひしいで、血を昂ぶらせた。
ゴクリ、と生唾をのんで。美佐子は戦慄く手を伸ばして、そっと握った。
確かな熱と脈動に、動悸を早めながら、顔を寄せる。
ムッと鼻をついてくる、男の体臭。精のかたまりのような男は、その性臭も強い。
「……あぁ…」
陶然たる表情を浮かべて、美佐子は、その臭気を吸いこんだ。
(……男の…逞しい、牡の…匂い……)
懐かしい香が、媚薬のように血肉を滾らせる。
昂ぶりに急かされて、美佐子は、持ち上げた肉根の先に舌を伸ばした。
男の味を舌先に感じると、もう止め処がなくなった。
徐々に力を漲らせていく肉に歓喜しながら、無心に舐めずりまわす。 

熱烈な舌の愛撫を受けた肉根が、半ばまで頭を擡げる。
もう我慢できずに、美佐子は口を開いて咥えこんだ。
「……フム……ウン……」
つむいだ唾液をジュポジュポと鳴らしながら、懸命に頭をふり、舌を蠢かせる。
「……しばらく逢わないうちに、ずいぶん積極的になったなあ」
頭上から男がかけた揶揄の言葉にも、美佐子は反応を示さない。
口腔の中で、急速に膨張していく肉塊に、意識を集中させていた。
「……フン……ウグッ…」
やがて、美佐子がズルズルと吐き出した肉根は、完全な勃起を遂げていた。
「……ああ……」
自分の唾液に濡れた、巨大な肉塊をマジマジと凝視して、畏怖の声を上げる美佐子。
その魁偉さ、天を突く勢い、テラテラと輝く肉傘の凶悪なまでの張り出し、
ゴツゴツと浮き出した血管、握った指を弾きかえすほどの硬さ。
「……すごい……すごいわ……」
その特長のすべてが、すさまじい愉悦の記憶を、美佐子の肉体に掻きたてる。
「げんきんな女だねえ。俺の顔を見ても、逢いたかったの一言もなかったくせによ。
 このデカマラとの再会には感激しちゃってさ」
男の嘲りをボンヤリと聞いても。美佐子には、それを否定できない。
(……これ…これが……)
欲しかった、と肉体が叫んでいたから。
その思いをぶつけるように、美佐子は精一杯に開いた唇を、巨大な肉傘に被せていった。
「……フグ…ウム…ウグ……」
長大な肉を喉奥まで呑みこんで、再び激しいフェラチオを開始した。 

口蓋を硬い肉で擦られると、目眩むような刺激を感じた。
それは奉仕というよりは、口腔での性交だった。
美佐子は、咽び泣きながら、口を喉を犯される快感に溺れた。
「フフ……よっぽど、こいつが恋しかったらしいな」
男は、ひとが変わったように、あからさまな狂乱を晒す美佐子に、
自分の目論見が図に当たったことを確信して、満悦の笑いを浮かべる。
「再会を祝って、飲むか?」
男の言葉に。
美佐子は男を咥えたまま、頷きを返した。蕩けた官能の中で、躊躇なく。
「即決ときたね。変われば変わるもんだ」
呆れながら、男は両手で美佐子の頭を掴んで、ガシガシと腰を突きこむはじめた。
「フグウーーーッ」
美佐子が洩らしたうめきには、苦痛ではなく歓悦の響き。
「……よし、いくぞ。タップリ出してやる」
美佐子の口腔の中で、男の肉体がひときわ膨れ上がって。
そして、盛大な噴射を開始した。
「……グ……ウッ……」
熱い波涛に喉を打たれた刹那、美佐子の脳裏は白く発光した。
流れこむ多量の男精を、喉を鳴らして飲みながら、膝立ちの腰をブルブルと震わせた。
男が肉根を引き抜く。美佐子はまだ口の中に溜まった白濁が零れぬように顎を上げて、唇をすぼめた。
反らした白い喉が動く。最後の一滴まで嚥下する。
仰のいたまま、荒い呼気を鼻からついて。生え際にはジットリと汗を滲ませ。
薄く開けた両目は、陶酔に霞んでいる。 

「おら、いつまでもウットリと味わってんじゃねえよ」
男の声に、美佐子はゆるゆると目を向けた。
男は、再び椅子に腰をおろしていた。下肢は剥き出しのままだ。
広げた脚の間に、欲望を吐いたばかりの肉根が揺れている。
「…………」
美佐子はかすかに頷くと、膝歩きで男のそばへと向かった。
視線をあてた汚れた肉塊に吸い寄せられるように。
巨大な肉は、わずかに漲りを弱めただけで、項垂れてもいなかった。
「……あぁ……」
逸る心のままに、膝の動きは早くなって。
男の脚の間に入りこんで、屹立したものを握りしめた。
確かな熱さと硬さを掌に感じ取る。また熱い吐息がもれた。
そう、そうなのだ。この男の肉体は不死身だ。決して萎えたりしない。
骨身に刻まれた事実を再確認して。泣きたいほどの歓喜を感じた。
両手に捧げ持って、舌を這わせた。丹念な動きで、白濁を舐めとっていく。
汚れを清めるうちに、手の中の肉塊は力と硬さを増していった。
「……あぁ……すごい……」
蕩けた美佐子の瞳に、崇敬にも似た賛美の感情が浮かぶ。
(……すぐに……これで……)
この凄まじい肉の凶器で犯されるのだと思えば、震えが止まらなくなる。
擡げられた臀がくねった。すでに下着は、グッショリと濡れそぼっている。
(……ああ……はやく……)
期待と焦燥に炙られながら、美佐子は男の先端を咥えこんで、舌をからませた。
次の行為へと、男を誘うために。 

しかし、男は動こうとしない。椅子に深く背を沈めたまま。
やるせない思いをぶつけるように次第に口戯に熱をこめていく美佐子を、冷淡に見下ろしていた。
「……フン……ウウン……」
美佐子はムズがるように鼻を鳴らして。チラチラと男の顔を見上げた。媚びに満ちた目で。
それでも男は動かない。美佐子の身体に触れようともしない。
「……ねえ……」
堪えきれず、美佐子は訴えた。
「あん?」
「……おねがい……」
さすがに、それが精一杯だった。
それでも、その情欲に蕩けた眼と、せつなげな声音だけで、充分に意は通じたはずなのだが。
「さあて……? おねがい、ときたか」
男は、しらじらしく首を捻ってみせる。
「今日は、これで勘弁してくれってか?」
「……ちがう…」
嬲られていると解りながら、美佐子は必死に首をふって否定の言葉を吐いた。
「ううん? この状況で、おまえが願うことなんざ、それくらいしか思いつかないがなあ。
 なんたって、俺は卑劣な脅迫者で、おまえは、イヤイヤ身を任せてるんだから」
美佐子は、激しく頭を横にふり続けた。そんなことは、もうどうでもいい、と。
「じゃあ、なんだってんだ? その、おねがいとやらを、もう少しハッキリ言ってくれや」
「………………」
言わなければならないのだ、と美佐子は悟って。それ以上の逡巡はしなかった。
「……して……抱いて……」 

あからさまな懇願の言葉を美佐子に吐かせて。
しかし、男はまだ許そうとはしなかった。
「抱いてほしいのか? 俺に?」
美佐子はコックリと頷いて、熱く硬い肉に、欲しくてたまらないものに頬をすりよせた。
「ずっと、抱いてほしかったのかよ?」
また、美佐子の頭が縦にふられる。何度も。くなくなと、臀が揺れる。
「竜之介には、抱かれたのか?」
「……っ」
美佐子の身体が硬直する。脅えた眼で、うかがうように男を見上げた。
「どうなんだよ? 寝たのか、竜之介と?」
美佐子は、迷いながら、首を横にふった。
「なんでだ? 言ったろうが、辛抱できなくなったら、あのガキに慰めてもらえってよ」
「………………」
「いまからでも、いいじゃねえか。帰って、続きは竜之介にしてもらえよ。
 愛する男に抱かれりゃ、俺とヤるより、ずっと気持ちよかろうぜ」
「あっ、いやっ」
男が身を乗り出して、肉根にすりつけていた美佐子の顔を押しやる。
その皮肉な眼色に、美佐子は悟る。男が、すべて見通したうえで、自分を試しているのだと。
暗黒が誘う。奈落が、顎を開いて待ちうけている。
美佐子は。
「だ、抱かれたわっ!」
自ら、暗き底へと身を投げた。
「抱かれたけど、ダメだったのよ!」
泣き喚くように口走って。剛直を握る指に力をこめる。
「これじゃないと……あなたじゃないと、もう、私……」 

語尾が、嗚咽にまぎれた。
これで、永久に竜之介を失ったのだと理解して。
訣別……別れを告げたのは、単にひとつの恋だけではなくて、これまでの自分自身。
鳴沢美佐子という女を形作っていたもののすべて。
いいようのない寂寥を感じて、しかし、その裏には、途方もない解放の感覚があって。
堕落の坂を転げ落ちる美佐子は、惑乱の中で、目の前の男に縋った。
「……もう……私…私は……」
しかし、泣き咽ぶ美佐子を見下ろす男の目はあくまで冷淡だった。
やおら、両手に美佐子の涙に濡れた顔を掴んで、仰向かせた。
「堕ちたもんだなあ、美佐子」
ほとほと呆れ果てたといったふうに。
怒張の先を、美佐子の鼻面に擦りつける。
「乗り換えようってか? 竜之介から俺に。淫乱年増の身体は、ガキのセックスじゃ
 満足できねえから。ヒデえ話だなあ」
「……あ……うあ……」
男の言葉に胸を刺されて、美佐子はまた新たな涙をこぼす。
「牝犬か? 雌ブタかよ、おまえは?」
「ああぁっ」
ビクビクと美佐子の背が戦慄く。
もっと詰ってほしい、と思った。もっと責めてほしいと。
徹底的に自分の醜さを暴いて、そして、死ぬほど狂わせてほしい。
なにも考えられなくなるまで。この罪深い肉体が燃え尽きるまで。
だが、男は美佐子の望む救いを与えようとはしなかった。 

「ケッ。気分出してんじゃねえぞ」
美佐子の顔から手を放すと、下着とズボンを引っ張り上げて、
いまだ突き立ったままのものを、隠してしまう。
「ど、どうしてっ?」
美佐子が泣き声を上げて、男にしがみついた。
「私、言ったのに、どうしてっ」
「ピーピー囀ってんじゃねえよ、いい年こいた女がよ」
男の手が、今度は美佐子の髪を鷲づかみにして、顔を引き寄せた。
覗きこむ男の表情は、ゾッとするほど冷たくて、美佐子は息をのむ。
「……ずいぶんと、悲嘆にくれてるみてえだけどなあ。まだまだ甘いんだよ」
吐き捨てるように、男が言う。
「ああ、私、こんなに堕ちてしまったわ、ってか? 酔ってんじゃねえぞ」
「そ、んな……」
「そんなことなんだよ。おまえは、まだ理屈を飾ろうとしてんだよ。
 爛れた肉の塊の分際で」
「……ひどい…」
「そら、そういう科白が出るってのが、まだ甘いっての」
「………………」
言葉を失う美佐子に、男は傍らのテーブル取り上げた封筒を放り投げた。
「おまえの写真だ。脅迫のネタってやつ。ネガも入ってるぜ」
「……っ!?」 

愕然として、美佐子は男を見やった。
「……どういう……こと?」
声が震える。自分は……やはり捨てられるのか、という不安に。
男は明確な答えを返さない。美佐子の顔色を楽しみながら。
「ちゃんと持って帰れよ。忘れたふりして、置いてくんじゃねえぞ」
「………………」
「で、それはそれとしてだ」
男がガラリと調子を変えて。
「どうだい、温泉でも行かねえか?」
「えっ?」
「冬至温泉に馴染みの宿がある。まだまだ寒いしな。二、三日ゆっくりするってのは」
「……温泉…に?」
「フフ……以前にも、誘ったことがあったな。あの時は、あっさり断られたが。
 いまなら、どうだよ?」
「………………」
美佐子は男の真意を悟った。
脅迫の材料である写真を返して。美佐子からすべての逃げ道を奪った上での誘い。
もう、脅し脅される関係ではないのだ。その口実は使えない。
(この男と……ふたりで……)
家族の眼を気にする必要のない場所で……。
「……そんなには、店を休めないわ……」
心を動かされながら、美佐子はひとまずはそう答えたが。
「いまさら、なに言ってんだよ」
男が笑うとおりだった。今日とて、店を休んで出て来ているのだから。 

「………………」
それでも、美佐子は逡巡した。
男と旅先で数日を過ごす。
それは、どれほどに濃密な時間になることか。考えただけで、身体が熱くなる。
だが、だからこその不安がある。その後に、自分はどんなことになってしまうのかと。
「そう、深刻に考えこむことでもないだろうが」
「あっ」
男が、いきなり美佐子の腰に腕をまわして、膝の上に引き上げた。
横抱きにして、片手で服の上から胸を掴んだ。
「なっ? いやっ」
唐突な行為に、かたちばかりの抵抗を示しても。
美佐子はようやく与えられる愛撫に、甘い痺れを背に走らせて、鼻を鳴らした。
「温泉で温まってよ、美味い酒を飲んで、そんでタップリと楽しもうってんだよ。
 悪かないだろうが?」
耳に吹きこみながら、もう一方の手はスカートの中に潜りこんでいる。
「ああっ」
下着ごしに撫でられただけで、美佐子はビクンと腰を跳ね上げた。
すでにグッショリと濡れたショーツの股布をずらして、指がとろけた肉に沈んでいく。
「あっ、いっ、そこ」
美佐子は男にしがみついて、舌足らずな嬌声を迸らせる。
(……ああ……感じる……こんなに……)
たったこれだけの行為でと、あらためて、この男に馴らされた自分の肉体を思い知る。
「あっ、いやっ! そ、そこは」 

秘肉を掻きまわして、官能を煽りたてていた男の指が、さらにその奥の不浄な箇所に触れて、
美佐子は羞恥の叫びを上げた。
「フフ、知ってるぞ。おまえ、こっちも満更じゃねえだろ」
「い、いや、そこは、きたない…から」
生理的な嫌悪はあっても、指先で摩られれば鋭い感覚が走るのは、男の指摘どおりだった。
「向こうでよ、こっちも仕込んでやるよ。なあに、おまえのことだから、
 すぐに味を覚えるさ。慣れりゃア、堪えられねえ良さだぞ」
「そん、な、あ、アアッ」
「心配すんなって。こっちも」
と、またグイと媚肉を抉って、
「アアアッ」
「いやってほど可愛がってやるからよ。何発でも、ブチこんでやるよ。
 死ぬほどの目にあわせてやる」
「……ああぁ」
うっとりと。夢見るような色が美佐子の潤んだ瞳に浮かぶ。
「どうする?」
もう、否やはなかった。美佐子はコクリと頷いて、
「……行くわ…」
「よし」
男が、指の動きに熱をこめた。
「アッ、あ、い、いいっ、いいのっ」
たちまち、美佐子の官能は追いこまれていく。
「続きは、向こうでジックリしてやるからな」
「アッ、いく、いく、ア、アアアアアッ」
手付けとして与えられる絶頂に、美佐子は女叫びを上げて、男の膝の上で反りかえった。 

“例の、入院していた友人が、めでたく全快した。
 世話になったということで、自分を温泉旅行に招待してくれた”
その日の夕食の席で、美佐子が切り出したその話には、特にいぶかしい点もなかった。
明日から出掛けるというのには、ずいぶん急な話だとは思ったが。
「ゆっくり、してきなよ」
「家のことは、唯がちゃんとやっておくから。お土産、おねがいね」
快く送り出そうとする唯と竜之介に返した美佐子の笑顔には翳りはなかった。
翌日。唯と竜之介が登校したあと。
小さな荷物を持って、美佐子も家を出た。
歩き出した足を、ふと止めて、一度だけ住み慣れた家と店を振りかえったのは、
どんな想いからだったろうか。
……やがて、踵をかえして、再び美佐子は歩き始めた。“知人”との待ち合わせの場所へ向かって。
二泊三日の予定だった。この時点では。 







 

 

 

 

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