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 男の名は粕賀一平。
 四〇代半ばになろうというのに定職にもつかず、この不景気の
中、毎日をふらふら遊び歩いているのを自慢にしているような男
だった。
 父親が先負医院の医者で地元の有力者だとかで、おまけにその
父が年を経てからの息子らしく、だいぶ甘やかされてきたらしい。
本人はその威光と財力をバックにしているだけの、いわゆる馬鹿
息子と呼ばれる典型的タイプだ。
 ちはるの勤める店にやって来たのがほぼ一年前。
「普通はもっと高い店で遊んでるだけど」
 を第一声にした粕賀は、その小太りの体型と脂ぎった顔ともあ
いまって当然のことながらホステスの受けもよくなかった。
 おまけに毎日ふらふらしている割には、こういう店での遊び慣
れをしておらず、いつも行く「高い店」とやらと勘違いして、札束
をテーブルの上に積んでは女性の胸や尻に執拗にタッチしてこ
ようとする。
 が、女性の中にはちゃっかりしたタイプもいて、自分から肉体
的アピールを積極的に行っては高額の「小遣い」をせしめた者も
いる。遊び慣れしていないどら息子など、貪欲な女たちの手管に
かかれば他愛もないものだ。
 言うなれば、彼に目をつけられたちはるが、彼女たちほど図太
いタイプではなかったのが不運のはじまりだった。
 最初のうちはちはるも無難に彼の相手をつとめていた。
 脂ぎった目つきでじろじろ身体を見られるのは不快ではあっ
ても慣れていたし、家の自慢話に終始する彼の退屈な話につき合
うのも仕事の一環として捉えれば問題なかった。
 しかし、何をどう勘違いしたのか、粕賀はそんなちはるの態度
を自分への「仕事以上の好意」と受け止めたらしかった。 

 粕賀はちはるに目をつけて以来、毎日のように店に足を運んで
きては彼女を指名するようになった。
「金持ちのボンボンに気に入られるなんて、ラッキーじゃない。
せいぜいむしり取ってあげなよォ」
 同僚のホステスはこれもやっかみ混じりにそう言ったが、ちは
るはそこまで割り切れない。毎日のように粕賀と顔を突き合わせ
るのが嫌でたまらなかった。
 何かと言えば手や肩に触れたがるし、身体に無遠慮な視線をじ
ろじろと注いでくる。特に彼女自身がコンプレックスにしている
乳房へのねちっこい視姦は耐えがたいものがあった。
 一度など、酔った振りをした彼に抱きすくめられたことがある。
 それも思い切りだ。
 彼の腕の中で乳房がつぶれた。一見、スレンダーでか細く見え
るちはるだが、その実、女性としてかなり充実した肉体をしてい
る。みっしりとした女性の肉を抱きすくめながら、粕賀は獣のよ
うな息遣いをちはるの耳元で発していた。
 悪寒が鳥肌を立たせた。
「きゃ、粕賀さん、やめてください」
 それでもまだ粕賀を客として立てねばならない意識が働いて、
最初は笑顔交じりで押し退けようとした。
 粕賀はやめようとしなかった。
「おれはね、寂しいんだよ、ちはるちゃん。家では邪魔者扱いさ
れるしさ、周りの奴らはおれの金目当てで近づいてきているよう
な連中ばっかりだし。慰めてくれよお」
 いままさに金で釣ろうとしている女性相手に甘ったれた口調
で言いながら、ちはるの豊満な胸に顔を埋めようとしたのだ。
「きゃあ!」
 今度こそちはるは本物の悲鳴をあげた。 

 粕賀はちはるの胸元に顔を埋め、ぐりぐりと顔を振りたくった。
 ワインレッド色のスーツを勢いよく盛り上げる豊かな乳房が、
男の顔をふかふかのクッションみたいに包み込む。
「も、もォ――粕賀さんったら。酔っ払って子供みたいね」
 ちはるは辛抱強くプロ意識を保とうとした。
 困った風な笑顔で男の肩を掴んで押し離そうとする。
 しかしそれは男を図に乗らせるだけだった。うお、とちはるの
胸の中で感極まったような声をあげたかと思うと、ミニのタイト
スカートから伸びた太腿に手を這わせつつ、ぐいぐいと自分の下
半身をもう片方の脚に擦りつけてきたのだ。
「い、いやっ――」
 ズボン越しに熱く猛った男の欲望を感じ取って、ちはるは短く
叫んだ。
 必死に押し離そうとするちはるの抵抗をものともせず、粕賀は
ちはるの細いウェストを抱き寄せてなおも密着しようとする。そ
うしながら、太腿を愛撫していた手で今度は胸に触れようとして
いた。
 左の乳房を掴み取られる。まるで掌に載せるみたいに下からス
ーツ越しに触れられ、ちはるは「ひい」と声をあげて背筋を軽く
反らせた。
「本当にもう、や、やめ――」
 粕賀は夢中になっていた。最初はおそらく彼も酔った振りをし
て戯れる程度の目論見だったろうが、いまや二十歳近くも年が離
れた若々しい女体を味わうことに我を忘れている。
 腕の中でもがく女体にはそれだけの魅力があった。
「ちはるちゃん、ちはるちゃん、ちはるちゃん――」
 うわ言のように何度も彼女の名を呼びながら、ぐいぐいと身体
を押しつけてくる。 

 手では乳房を弄びつつ、もう片方の手でくびれた腰を抱き寄せ
て、「ああ、ああ」と気味の悪い喘ぎ声をあげながらちはるの白
いストッキングに包まれた太腿に股間を押しつける。
 さすがにちはるも限界だった。
「やめてください!」
 大声で叫び、猛烈な勢いで粕賀を突き飛ばしたのだ。
 何事かと振り返った他の客や従業員の前で、粕賀は後ろの壁に
したたかに頭をぶつけていた。
 ちはるは目に涙を湛えつつも、男の逆襲を予想して気丈に彼の
顔を睨みつけた。
 人前で恥をかかされた彼は真っ赤になって怒り出すかと思い
きや、むしろ顔色を青ざめさせながらも、周りに弁解の言葉を投
げかけて愛想笑いさえ浮かべていた。
 きっと人並み以上にプライドだけは優れた男のこと、人前で女
性相手に喧嘩騒ぎを起こしたくなかったのだろう。
 しかし、ちはるにとってはその彼の青白い微笑みのほうが、怒
鳴りつける彼よりもむしろ恐ろしく思え、正直ぞっとした。
 その日は粕賀も大人しく酒を飲み、何をするでもなく適当な世
間話を交わして帰っていった。
 ちはるが店を辞めたのはその直後だ。
 粕賀との一件が、元々好きでやっていたわけでもないこの商売
をつづける意欲を完全に無くさせた。
 そういう意味では、踏ん切りがなかなかつかずにいたところに、
きっぱり辞められるきっかけをつくってくれた粕賀にはある種、
感謝もしていた。
 それから半年。
 ちはるの記憶から、ほとんど名前も顔も消えかかっていたその
男が、いま、目の前にいるのだった。 

「本当におれのこと、忘れちゃったの? 粕賀だよ。粕賀一平。
毎日通ってあげてたじゃない。つれないなあ。おれなんて、この
半年、ちはるちゃんのことを忘れたことなんて一日だってなかっ
たのにさ」
 花束を抱えた粕賀はにこやかに笑っていた。
 笑い返す女性などそう多くはないだろうと思われるその笑み
を、ちはるは尻餅をついたまま茫然と見上げている。
 が、微妙にスカートがめくりあがって露出した太腿に彼の視線
が注がれていることに気づくと、すぐにぱっとそれを直して立ち
上がっていた。
「帰って――帰ってください!」
 顔を真っ赤にしてちはるは怒鳴りつけた。それしか言葉が思い
浮かばなかったのだ。
 粕賀はさも驚いたふうに目をまん丸にしてみせた。
「帰ってったって、いま来たばかりだよ。こっちの用件も済んじ
ゃいないし」
「要件なんて、あたしには関係ありません。どうやって家の場所
を知ったの!?」
 ちはる自身は意識していなかったが、そうやって色白の頬を紅
潮させて男を怒鳴りつけるエプロン姿の彼女は、どこか男の本能
をくすぐるエロチシズムに満ちていた。
 短いスカートでは、せっかく隠した太腿も彼女のちょっとした
動きの拍子にちらりと垣間見えるし、シャツとエプロンを丸ごと
つんと突き出させた双乳もぷるぷる揺れ動いて男の目をいっそ
う楽しませている。
「なに、簡単さ。興信所に頼んだだけだよ。この写真を見せてね」
 粕賀が胸のポケットから取り出した写真には、ちはると彼が写
っていた。 

 一度だけ、記念写真をせがまれたことがあり、ちはるは断りき
れずに仕方なく写真に収まったのだ。
 浮かべた笑顔がひどくぎこちないのは、肩に回された彼の腕の
せいだろう。
「帰って!」
 ちはるは悲鳴に近い声をあげた。
 粕賀が一歩、こちらへ近づいてこようとしたのだ。
「それ以上近づいたら警察を呼ぶわ。早く帰ってちょうだい!」
 ちはるは台所の包丁に手を伸ばそうとした。
 粕賀はさすがに歩みを止めたが、口元にはいやらしい笑みをへ
ばりつかせたままだ。
「おいおい。住所を知るためだけに興信所に高い金払ったわけじ
ゃないんだよ。こっちもそれほど金があり余ってるわけじゃない。
もっとも、これほどばっちりの情報がもらえるとも思ってなかっ
たんだけどね」
「何のこと? いいから、早く出てって!」
 包丁を構えたままちはるは怒鳴った。と言ってもさすがにへっ
ぴり腰だ。手だけ前に突き出していて、完全に腰は引けている。
 と、粕賀は笑みを保ったまま、もう一度ポケットに手を忍ばせ
た。
「まだ写真はあるんだ。それを見てからでも、態度を決めるのは遅くないと思うなあ」
 何のことやらちはるにはわからなかった。
 写真をいっしょに撮ったのはあとにも先にも一回きりだ。
 粕賀が取り出した写真は四、五葉ほどもあった。
「あ!?――」
 それを目にしたちはるの頬が以前にも増してかっと赤く火照
った。 

 目が丸く見開かれる。口元に手を当てた拍子に、両手で構えて
いた包丁が音を立てて転がった。
「あぶねえ、あぶねえ」
 粕賀はひとりごちながら足で包丁を遠くへ蹴っ飛ばす。ちはる
はそれにも気づかず、写真に見入ったまま硬直していた。
「あ……ああ……」
 呻き声を洩らす唇を塞いだ手はわなわなと震え、紅潮していた
顔色はいまやむしろ青ざめている。足も震えていた。肉づきの良
さそうな白い太腿がわなないている。
 おそらく、キッチンの窓越しに撮ったものだろう。
 方角的に言えばそちらはお隣の家があるはずだが、何か理由を
つけて潜り込み、撮影したに違いない。
 そこに映し出されていたのは、ちはるの全裸姿だった。
 ただのヌードなどではない。
 キッチンの上に仰向けに横たわる彼女の上に、Tシャツ姿の男
が覆い被さっているのだ。
 たわわな乳房を片手で掴み取り、もう片方の手でちはるの腰を
下から支えながら、下半身同士をつなぎ合わせた写真。
 そう、それは“彼”との情事を映し出した写真に他ならなかっ
た。
 しかもちはるのみならず、中には“彼”の顔もはっきりと写っ
ているものもある。
 ちはるはその場にへなへなと崩れ落ちた。
 粕賀の卑劣な行為に対する怒りはある。
 自分へ抱いた妄執への恐ろしさも感じている。
 自分の全裸や、あろうことかセックスの最中の写真を他の誰か
に覗き見られた羞恥心も悔しさもある。
 それら全ての感情が導いた先は、これ以上ないくらいの無力感
だった。 

「この写真をどう使うか、おれの考えひとつで決まるんだよねえ。
もっとも、ちはるちゃんの態度次第ではその考えも変わるだろう
けれど」
 これ見よがしに写真をぴらぴらと振りながら粕賀は笑う。
 ちはるはぞくりと身体を震わせた。
 粕賀の目的はあきらかだ。
 彼の、いまも全身に注がれている粘っこい視線だけでもわかる。
 ちはるは無意識のうちに自分の身体を抱きしめていた。
 中央に寄せ集められた乳肉が、さらにグンと量感豊かに突き出
される。粕賀の喉が鳴った。
(駄目よ――“彼”を巻き込んでは、いけないわ)
 絶望的な思いに駆られながらも、ちはるは決意を固めつつあっ
た。
 ちはるは恋愛に対して生真面目な考え方をするタイプだ。
 “彼”に抱かれ、“彼”に惹かれている自分を自覚しながらも、
まだ高校生である“彼”の将来を惑わせてはいけないと、一度は
身を引く決意をしたほどだ。
 それだけに、粕賀の写真を明るみに出してはいけないという思
いもひときわ強かった。
 ちはるは唇を強く噛みしめてから、くっと顔を持ち上げた。
 青白い顔にほんのりとピンク色の紅が差してある。呑み込んだ
屈辱と羞恥の色だった。
「わかりました――あなたの言うとおりにするわ」 















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