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05 死神の哄笑
「……やっと来たか」
生徒会室前の廊下に立っていたのは、艶やかな黒髪に象牙色の肌、真っ白な着物を纏った雪女だった。
「弥生先輩、それ、似合いすぎですよ」
もう、似合うとかそういう次元じゃない。雪女そのものだ。弥生先輩の周囲だけ、空気が凍っているように見える。いや、実際にそうなのだろう。魔法を行使した形跡がある。彼女の後ろでは、気を失った生徒たちが山積みになっている。
「ああ、これか?突然襲ってきたんでな、少し休んでもらっているんだ」
「……1人でやったんですか?」 「いや、オルスにも手伝ってもらった」
俺は、弥生先輩の肩にとまっているもう1羽のオルスを見る。奴はぶんぶんと必死で首を振っていた。……やはり、先輩1人でやったらしい。最強かよ。
「ところで絵馬、他の奴らはどうした?」
微かに浮かべていた笑みを消し、先輩は無表情で尋ねる。
「それが……」
眠ってしまった生徒たち、えみるが床に飲み込まれたこと、校内を覆う荊、操られた生徒たち、三人が消えたこと、俺は順を追って説明した。先輩はしばらく黙っていたが、やがて口を開き、
「私が思うに、これは1つの空間魔法だろうな」
「はい?」 聞き慣れない単語に、俺は首を傾げる。
「空間に自身の魔力を同調させ、支配する。そんな魔法だ。おそらくこの学校は『敵』の支配化にある。校内に存在するあらゆる物が、敵の自由自在というわけだ」
……。無敵じゃねえかよ。
「じゃあ、その敵は一体何がしたいんですか。こんなわけの分からないことして……」
「さあな。どうやら敵は、お前のクラスの出し物でもある、『眠れる森の美女』を再現したいらしい。この学校を荊の城に見立ててな。私たちは、その登場人物といったところか」
くだらない、と吐き捨てる弥生先輩。表情には出さないが、かなり頭にきているらしい。
「とりあえず、これを見ろ」
先輩はそう言って、懐から東高の地図を取り出して見せた。全体に、青白い霧が掛かっている。
「注目すべきは5階のパソコン室。特に霧が濃いだろう。それだけ魔力が集中しているということだ。おそらく敵はここにいる。魔法の行使者を倒せば魔法は解ける。何故こんな事をしたのかは、奴を捕らえてから、指を折るなり爪を剥がすなりして吐かせればいいさ」
さらりと黒いことを言う弥生先輩だった。俺はなるべく穏便に済ませたいよ。平和主義者だからな。いや、ヘタレじゃなくて。
「サッサトイクゾ、エマ!」 「だから何で偉そうなんだよ」
オルスを横目で睨みつつ、弥生先輩の後を追おうとした、その時だった。先輩の小さな体が不意に傾いたかと思うと、もう既にその下半身は床に沈んでいた。
「先輩!」 「どうやら私も、ここで御役御免というわけか……」
最後に先輩はにやり、と笑い、そして、完全に飲み込まれてしまった。
「何でだよ……」 俺は絶望的な気分で呟く。何で俺だけ残ってんだよ。深い溜息と共に天井を見上げる。確か、5階のパソコン室だったな。
「俺がやるしかねえってことか……?」
「タヨリナイシュジンコウダナ」 「うるせえよ!!」
俺はオルスを肩にとまらせたまま、廊下を走り始めた。できるなら穏便に済ませたいんだよ本当に。しかし敵とやらはそう思っていないらしい。次なる障壁は、4階に着いたところで現れた。
「何かここ、おかしくないか……?」
俺は辺りを見渡す。天井が異様に高い。廊下が異常に広い。『空間』が拡大、している?
「オイ、エマ。ナンダ、アレハ」 「ん?」
オルスが翼で指す方を見ると、そこでは荊が集まり蠢いている。それは、徐々に形を成していき──そこに出現したのは、軽く3m強はある、荊の巨人だった。
「……。ありえねえだろ、これ。」
巨人はハンマーのような腕を、俺目掛けて振り下ろしてきた。何とかかわすことが出来たが、代わりに床の一部が粉砕された。その衝撃で、俺は不恰好にも転んでしまった。 (新喜劇じゃないんだから──) 天の台詞が脳裏を掠める。もう、次は避けられ……!
「楽しそうな事してんなあ、絵馬」
突然、廊下中に凛とした声が響き渡った。
「俺様を差し置いて、なーにやってんだよ」
眼鏡の奥から放たれる鋭利な視線。睨まれたら斬れてしまいそうな。そして、最後の登場人物、生徒会長・暮崎秋華は──
『死神』は、高らかに笑った。
(つづく)
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