04 もしくは1つの魔法演劇
体育館同様、廊下も荊に覆われていた。俺とリエナ、リイナの3人は、荊の城と化した校内を、生徒会室目指して走っている。
(絵馬……!)
床に沈んでしまう直前、えみるはか細い声で俺の名前を呼んだ。それが耳の中で木霊している。くそ、こんな時にヒロイン装ってんじゃねえよ!正体は暴君の癖に!
「絵馬。えみるはきっと無事よ。今はこの状況を何とかすることだけを……」
リイナはそこで不意に口を噤むと、いきなり俺の肩を掴んで床に押し倒した。
「何する……っ」
文句を言おうとしたその瞬間、さっきまで俺の頭があった空間を、何かが轟音と共に通り過ぎた。
「ひえぇ!?」
リイナに開放され体を起こすと、そこには虚ろな目をした男子生徒が、魔法の杖を構えて立っていた。身の丈ほどもある杖の先では、空気が渦を巻いている。彼が杖を振り下ろすと、俺とリイナの間で床が引き裂かれた。
「不可視の斬撃──カマイタチ!?」
「そんな小細工が私に効くと思ったか!」
再び杖を振り上げた男子生徒に向かい、リエナは大きく踏み込んで一気に間合いを詰めると、長い足のリーチを存分に生かした回し蹴りを繰り出した。それを腕に喰らい思わず杖を取り落とした相手に、流れるような動きで今度は上段蹴りを彼の額に喰らわせる。男子生徒は2m先まで吹き飛ばされ、床に落下してそのまま動かなくなった。可哀相な事に、彼の腕はありえない方向に曲がっていた。
「腕じゃなくて杖を折れよ!」
「あれは学校の備品だ。壊したらリイナに怒られる」
「そうよ。杖だってタダじゃないんだから」
素知らぬ顔でそんなことを言う2人。最恐だった。
「それに、そんなつまらない事を話してる場合じゃなさそうよ」
ほら、と後方を指すリイナ。見ると、廊下の角や教室の中から、虚ろな目をした生徒たちが、ぞろぞろと集まってきていた。
「ふん、絵馬はともかく、妹には指一本触れさせんぞ!」
おい、それはちょっと酷くないか。
早くも戦闘態勢に移ろうとしていたリエナだったが、階段の方から掛けられた声に動きを止めた。
「そいつらの相手をしても無駄だ!こっちに来い!」
「カイ先輩!」
俺たちは生徒の集団に背を向け、カイ先輩と共に階段を駆け上がる。
「先輩、あれ、一体何なんですか?」
後ろから追ってくる生徒たちを振り返りつつ、俺は尋ねる。
「どうやら、意識を操られているらしい」 「操られてる……?」
おいおい、荊の城の次は、魔法使いの下僕──ってか?
「あっ!先輩方、お待ちしてました」
3階に到着したところで待っていたのは、メイド服に魔女っ娘帽子という異様なコスチュームのミチだった。
「危ないから下がっててくださいね」
ミチはそう言ってにっこりと微笑むと、
「はい、お帰りはこちらー♪」
ぱちん、と指を鳴らした瞬間、彼女の足元で大量の水が召喚される。それは荒れ狂う濁流となり、追ってきた生徒たちを飲み込んで廊下を下っていく。
「とりあえず、1階まで流しときました。当分、追ってきませんよ」
帽子の位置を直し、笑顔で俺たちを振り返る、『水の神鎚』水森ミチ。下の階から、水の音と共に、何かがぶつかる鈍い音が聞こえてくる。……ご愁傷様。
「足止めはあたしに任せて、先輩方は生徒会室に行って下さい」
「グズグズスルナ、エマ!」
いつの間にか俺の肩にとまっていたオルスが、耳元で騒ぎ立てる。何で俺だけ、烏にグズ呼ばわりされなきゃなんねーんだよ。
「分かったよ。行けばいいんだろ、行けば」
ミチに礼を言い、走り出そうとした時。
「……?」
そこで、ようやく俺は気付いた。リエナ、リイナ、そしてカイ先輩の姿が、どこにも見当たらないことに。